タイトル:【QA】ヒノエンママスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/02/07 06:10

●オープニング本文


●とあるセーフハウスにて

 飛縁魔。

 その姿は美しい女性でありながら、本質は夜叉のように恐ろしく、この姿に魅入った男の心を迷わせて身を滅ぼし、家を失わせ、ついには命を失わせると言う魔物を指す。

 ――もしくは、日本における吸血鬼。

「こんちわ」
 俺がそう声をかけると、そいつは銃を向け迷いなく引鉄を引く。
 1、2、3発。
 それだけの銃声が鳴り響いた。3発も撃つなんて、俺を殺す気満々みたいだ。
 弾丸は正確に俺の体の急所を貫通し、背後の壁に2つの弾痕を残した。どうやら、一発は俺の体の中に残ったらしい。
「酷いな、俺はただあんたをスカウトに来た――」
 再び銃声。
 俺の頭を狙った弾丸を、俺は首を傾げるだけで避け――
「あ」
 そんな間の抜けた声が俺の口から零れる。
 気づいたら俺の右手には剣が握られており、その件はスカウトすべき対象の胸を貫いていた。
 驚愕の表情を浮かべ俺を睨みつける傭兵。
 この傭兵も軍規に背き、UPC軍から追われる身になった居場所を亡くした傭兵だった。せっかく、居場所をあげようと思ったのに。
「まぁ、いいか」
 俺はそう言って、胸に突き刺した剣をそのまま下に切り下す。
 途中骨を断ち切る感触や、柔らかい肉をぷちぷちと割っていく感触が剣を持つ手に感じる。
 傭兵は足元に鮮血を零しながら床へと倒れ伏した。
 俺はそれを見下ろしながら、弾丸の残った自分の傷口に指を突っ込み弾丸を抉り出す。ぽたぽたと血が流れ落ち、倒れた傭兵の血と混ざりあい、黒ずんだ静脈血と鮮やかな赤の動脈血が、前衛的な芸術を冷たいコンクリートの床に描き出した。
 弾丸を抉り出した傷を撫でると、既に傷はふさがっている。
 イーノが俺に色々と試した結果得た再生能力だ。一度に大量の出血をしない限り、この再生能力は衰える事はない。銃創くらいであれば、瞬時とまでは行かないまでも、このくらいの時間で再生する。
 もし、大量の出血をした場合でも、人の血を経口摂取することによって、失った血の代わりにすることもできるのだ。

 だからヒノエンマ。日本における吸血鬼の名を名乗った。

 この再生能力に似たような力を持つ奴がいるとは聞いているが、トチ狂った能力だとは思う。

 死ねない体。

 聖ちゃんにも何度も刺され、とっとと死ねば。とよく言われるけれど、俺は死ねない――というか、極端に死ににくい体になっているのである。
 まぁ、あと一年も寿命が持てばいい。そういう力らしいが。
 それでもいい。あと一年も生きられるのだから。そういう意味では俺はイーノに感謝しているのだろう。
「さて、と」
 俺は傭兵を引き裂いた刀を血振りして鞘に納め、そう呟く。
 そろそろ大きく動き出す。その為にはもっと戦力を増やさなくてはならない。俺の命の砂時計の砂は刻一刻と落ちていくのだから。


 こつん。

 調整槽をたたくとそんな硬質な音がした。
 調整槽の中には、焔真にスカウトされてきた傭兵達が、外に出るのを今か今かと待っている。
 中にはまだ年端もいかない少年の姿も見えた。
「その男の子はね。病気だったんだ。余命数か月と告知された、ね」
 後ろに立つ焔真の言葉に、私はふぅん。と気のない返事を返す。
 それぞれのバックボーンに等、私は興味はない。
 いずれ、ここにいる連中も焔真も私が殺すのだから。
「少しでも長く生きたい。なんて言うからさ、だったら来るかい? って聞いたら頷いたよ」
「別に聞きたくないけど」
 私が素気無くそう言うと「ですよねー」と、焔真は苦笑を漏らした。
「で、ここを守ればいいんでしょ?」
「そうそう、この子たちが出てくるまでここを守ればいい。そうしたらここを破棄して宇宙に上がる」
 どうやら、UPCにこの強化人間調整施設の場所が割れたらしい。
 それ程大きくない施設にも関わらず見つかったのには、何か理由があるのだろうか。
 人類が宇宙に上がる前に、地上のバグアの設備を虱潰しにしていると考えるべきか。
「でも、間に合わなかったら無理に死守する必要ないんでしょ?」
「その時は爆破して終わりだね」
 焔真はそう言いながら、少年の入った調整槽にぺたりと手を付ける。その表情はいつもの張り付いた笑みを浮かべていて、真意はうかがえない。

 ――さて、行こうか屠殺場に。

 焔真はそう言って笑った。


「ふむぅ‥‥うん! これにしようっ!」
 そう頷いてから、四条ルリ(gz0445)コンソールを操作して依頼に登録して

 バグアの強化人間調整施設の破壊。

 少女は分かっているのだろうか、この戦いは人と人との殺し合いである事を。
 そして少女は、今まで戦った事の無い「強化人間」と呼ばれる存在と初めて対峙する。

 ――少女の記憶には無い、兄であったモノの手によって。

●参加者一覧

セラ(gc2672
10歳・♀・GD
ヨハン・クルーゲ(gc3635
22歳・♂・ER
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN
李・雪蘭(gc7876
37歳・♀・CA

●リプレイ本文



 ――私を狂わせて。

 そんな幻聴が聞こえて、俺は顔を上げる。
 視線の先には薄暗い部屋の中で、ぼんやりと光を放つ調整槽を見ながら物思いにふける聖ちゃんの姿が見えた。
 最近、聖ちゃんがこんな風に考え事をする姿を良く見るようになった。
「なに?」
 俺の視線に気付いて、不愉快そうに顔を歪める聖ちゃん。
 そんな彼女に苦笑を返して、手元にあった小太刀を投げて渡す。
「なによ、これ?」
 怪訝な顔で言う彼女に「お守りだよ」とだけ言う。
 普通の刀よりも肉厚な刃。その厚さは相手の剣を受けるのには十分な強度をもっている。防具を身に着けるのを余り好まない聖ちゃんにはぴったりだろう。
 事実、俺自身何度もこの小太刀に命を救われていた。
「何これ、死にフラグ?」
 それに応えず、俺は立ち上がる。
 どうやら、監視用の小型キメラが傭兵達の姿を捉えたようだ。
「来たの?」
 聖ちゃんの問いかけに振り返り、こくりと頷く。

 ――それじゃ、死を届けに行こうか。

 狂いたいと願った少女に捧げる為に。


「うおぉぉぉっ! 見て! お化け屋敷みたいだよっ!」
「ここに居る意味が分かっているかい、ルリ」
 目的の廃屋を前に楽しそうにはしゃぐ四条 ルリ(gz0445)に苦言を漏らしたのはセラ(gc2672)。いや、この口調はアイリスだろう。
 そんなアイリスに力強く頷き「ここをせいあつすればいいんだよねっ!」とルリは応える。
 まぁ、間違ってはいないだろう。きっと制圧の意味は分かっていないだろうが。
 今回の依頼について、ルリの母の藍は知っているのだろうか。と思いを巡らせるアイリスに村雨 紫狼(gc7632)が耳打ちをする。
「ルリたんの事頼むぜ、アイリスたん」
「分かっているさ」
 強化人間と戦う覚悟は、キメラと戦うものとは大きく違う。
 今、無邪気にはしゃぐルリはその覚悟が足りないようにも見えた。
「‥‥なんでそんな風に笑ってられるんですか?」
 その言葉に振り返ると、モココ(gc7076)がルリに向かって鋭い視線を向けていた。その視線にルリは息を呑む。
「なんで‥‥っ」
「そこまでにいたしましょう。モココ様」
 詰め寄ろうとするモココを、ヨハン・クルーゲ(gc3635)が丁寧な物腰で制する。
 モココは不満そうな視線をヨハンに向けるが、直ぐに視線を逸らした。自分の苛立ちをルリにぶつけてしまった事を自覚しているのだ。
 そんなモココの肩をぽんと叩く手にモココは振り返った。
「思うところがあるのは分かる。でも焦ったら得られるものも得られなくなるぞ」
 モココの肩に手を置いた追儺(gc5241)がそう言って笑い、廃墟へと油断無く視線を向ける追儺にヨハンが言う。
「鬼が出るか蛇が出るか‥‥ですかね」
「あぁ」
 そう応える追儺を先頭に、傭兵たちは廃墟へと足を踏み入れた――。


「どう?」
「いや、今の所向こうに動きは無い」
 大神 哉目(gc7784)の問いかけに月野 現(gc7488)はそう応える。
 元々は書斎だったと思われる部屋。板で打ち付けられた窓の隙間からぼんやりと日の光が差し込むだけで、部屋の中は薄暗い。
 かつては金持ちの屋敷だったのか、屋内に入ってみると外から見るよりも広く感じた。
「屋内図くらい入手してくればよかったかな」
「かもな‥‥ん?」
 哉目のぼやきに苦笑しながら応える現が何かに気付く。
「何か見つけたか」
 李・雪蘭(gc7876)が現の元に歩み寄ると、現の視線の先にある本棚の隙間にスイッチがあった。
「隠し扉‥‥か」
「みたいだ――押していいか?」
 李の呟きに端的に応え、現は他の傭兵達に問う。傭兵の中にスイッチを押したそうなルリのワクワク顔が見える。
 そんなルリを見て周りの傭兵に視線を送ると、皆どこか苦笑を漏らしながら頷いた。
「押すかい?」
「いいのっ!?」
「罠かもしれないから気をつけるんだよ?」
 釘を刺す哉目に「うんっ!」と大きく頷いてルリはスイッチを押した。
 スイッチを押すと本棚が動き、暗い地下へと続く階段が現れる。その階段の奥に溜まった闇がどこか不吉な予感を感じさせた。


「これが‥‥浚われた子供か」
 そこはぼんやりと光る調整槽が並ぶ、冷たい地下室だった。
 その一つ、少年が入っている調整槽に手をついて李はそう呟く。
 その隣で調整槽の中を覗き込み、首を傾げているルリは「助けなきゃっ!」と調整槽の強化ガラスを叩いている。
「うん、助けないと――」

 ――あら? 本当にそっくりね。

 李がルリに応える前に割り込んできた言葉に傭兵達が振り返ると、その先には聖が薄い笑みを浮かべていた。
 聖の視線はルリをじっと見つめている。視線を注がれたルリは「おねぇちゃん誰?」とでも言いたそうな顔をしていた。
 その視線を悲鳴に近い叫びが奪った。
「聖さんっ!」
「ふふ。モココちゃん、最近どう?」
「こうして向かい合うのは何度目でしょうね」
「‥‥さぁ、興味ないわ」
 モココの反応を楽しむように楽しそうに笑い、刀を抜くが――

 ――私達の側に来てください。

 モココの言葉に訝しげな表情を返す聖。それに構わずモココは続ける。
「これが、これが最後のチャンスなんです! 早くこっちに!」
 聖はそれに応えない。先程までの笑みは消え、冷たく――ただ冷たくモココを見つめている。
「驚いた。今になってもそんな事言えるんだ」
「聖さんっ! お願いだからっ!」
 不用意に近づこうとするモココの後ろには、いつでも割り込めるように追儺と現が控えていた。
 暫く聖は傭兵達とにらみ合った後、刀を仕舞う。その行動にモココの顔に喜びの表情が浮かぶ瞬間。


「見損なったわ」


 聖はそう言って傭兵たちに背を向けた。
「気が削がれた。後は任せるわ、焔真」
 聖が背後の闇の中にそう言うと、調整槽の影から闇から溶け出すように焔真が現れ苦笑を漏らして口を開いた。
「おいおい。職場放棄?」
「死ねば?」
「いや、ほんとに死んじゃうから、この人数相手にしたら」
 そう言う割には、焔真の口ぶりにはどこか余裕が見えた。
 背を向け、立ち去ろうとする聖に「待て!」と現が声を掛けると、背中越しに顔だけそちらに向ける。
「一つ聞かせろ、お前にとって救いとはなんだ」
「‥‥殺して‥‥死ぬ事よ」

 ――死ぬまで、殺す。ただそれを繰り返すだけよ。

 冷たくそう言い返した後、思い出したように聖は言った。
「あ、そうだ。そいつ、殺さない方がいいわよ」
「聖さっ‥‥」
「ったく、勝手なんだからなぁ」
 追おうとするモココを遮るように焔真が立ちふさがる。
「邪魔しないでっ!」
 そう言って拳を振るうモココの攻撃を、体を逸らして避け鳩尾へと肘を打ちつける。
 大きく吹き飛ばされるモココの体を追儺が抱きとめた。
「思いは分かるが、無茶をするな」
「す、すみません」
 そう応えて再び聖の姿を探すモココだったが、彼女の姿は既に消えていた。
 そんな様を傍目に、余裕を感じさせる構えで焔真は西洋刀を構えて告げる。
「言っとくけど、俺強いよ? 多分。かなりね」
「子供達が攫われて強化人間にされてた、犯人はお前かっ!?」
 李の問いかけに、焔真は「だとしたら?」と悪びれもせず応える。
「子供達に、強化人間とはどういう存在かを説明したのか?」
「したよ?」

 ――ほんとにいいの? って。

「でも、彼らが願ったんだ」
「自我が無くなる事、記憶弄られる事、人を殺す道具になる事、説明したか!?」
「めんどくさいな、あんた」
 焔真がそう呟くと同時に銃声。その射線に紫狼が割り込んで弾いた。
 それを見て、つまらなさそうにため息を吐き続ける。
「あんたらと俺らは敵同士。お互い相容れないから戦ってんだろーが、今更殺しあう以外に語る方法ないでしょ」
「そうだぜ、李ママン。ママンは早く爆弾を探してくれっ!」
「李様、私達は私達の成すべき事をいたしましょう」
 ヨハンの言葉に渋々ながら李は頷く。二人に着いていく哉目が現に声を掛けた。
「現! あんまり派手にやって壊さないでよねっ!」
「分かってる。さっさと行けっ!」
 3人が立ち去った後、焔真と傭兵たちはしばし睨み合う。焔真の視線がルリで止まると一層の笑みを浮かべた。然しその視線をアイリスと紫狼が間に割り込んで切る。
 そしてアイリスは背後のルリににやりと笑いこう告げた。
「実戦訓練だ。格上相手の戦い方、忘れたとは言わせないよ」
「うんっ!」
「ルリ、本当はお前に俺のこの姿を見せたくなかった‥‥」
 そう呟く紫狼の周囲を漆黒の闇が踊ると、ルリの口から「おおっ」と言う感嘆の声が上がった。闇が紫狼の体に纏わりつき闇色の装束へと変わる。
「だがな、お前やママン、みんなの笑顔を奪う奴を俺は許さない!」
「へぇ、カッコいいね」
「これ以上、お前に誰の命も奪わせない」
 紫狼の言葉を茶化すように言う焔真に、そう言い放ったのは現だった。
 この傭兵には覚えがある。と、焔真は思う。
 ふと、名を問おうと考えたが辞めた。無意味だからだ。自分が勝っても負けてもこいつらはここで死ぬのだから。
 だから、こう応える。

 ――奪うさ。生きるために。そしてお前は奪わせない為に俺を殺すといい。

 それが戦いの始まりだった。


 ヨハンと哉目、そして李はまもなく設置されている爆弾を発見した。
同時に背筋に冷たいものが走る。
「これ、は‥‥」
 李の口から零れ落ちる言葉にヨハンは苦々しく「えぇ‥‥」と応えた。
「なんなんだよこれ‥‥」
 その爆薬の量に哉目は呻く。
この屋敷を爆破して余りある程の爆発物。
 万が一これが爆発した場合、ここに居る自分達もほぼ間違いなく――死ぬ。
「この施設自体が罠って事か」
「随分と念が入った仕掛けですね‥‥」
 起爆装置らしきものを調べていたヨハンが続ける。
「複数の起爆装置、その全てがどこかからの指令によって起爆するようです」
「それを探さないと、か」
「いえ、大体‥‥分かります。聖さんの言った言葉、覚えていますか?」
「どう言う――」

 ――そいつ、殺さない方がいいわよ。

 ヨハンの意図を問いただそうとした途中で、はた。と哉目は気付いた。
「まさか‥‥」
「起爆のトリガーは恐らく――緋野焔真の命です」
「皆、止めるしないとっ」
 李の言葉に3人は皆が戦っている場所へと急いだ。


「一発かわし損ねたか。やるね、あんた」
 斬られた脇腹を押さえながら焔真はそう言って笑う。しかし、言われた追儺の顔は優れない。
 周りの仲間が致命傷と言わないまでも、かなりの怪我を受けていたからだ。
「残像か‥‥よ」
「傭兵の得意技じゃない? こう言うの」
 残された6人の連携から、紫狼の必殺の剣劇に繋げる予定だった。
 しかし、追儺の剣の一撃を除く攻撃が悉く避けられ、その全てにカウンターを合わされたのだ。
 遠距離攻撃をしていた現とルリは、そのカウンターを受けなかったが、少しでも前衛に加わった傭兵で無傷なものは居ない。
「紫狼にぃっ! アイリスちゃんっ!」
「問題ないよルリ。紫狼さんもいけるだろ?」
「当然だ。心配すんなルリたん」
 アイリスの蘇生術がアイリスと紫狼の傷を僅かに癒す。
 視界の端には震える腕を地面について、立ち上がろうとしているモココが見えた。
 皆が立ち直る時間を稼ぐ為に、追儺と現は焔真へと攻撃を再開する。
「っと、ちょ、ちょっと待とうよ、ほらほら俺も怪我してるしっ!」
「味方を害されて何もしないほど、俺は人間出来ていないんでねっ!」
 剛剣が焔真を襲う。現の射撃が動きに制限をかけ、追儺の剣が焔真の体を掠めた。やや無理な動きで回避を行った焔真の鼻先を、鋼鉄の拳が通り過ぎる。
 飛んできた方をみると、厳しい顔つきを向けるルリの顔が見えた。
「よそ見してる余裕はねぇだろっ!」
「これ以上好きにはさせらないんでな」
 そう叫びながら紫狼と追儺が迫った――



 ――二刀の男の剣筋は見える、もう片方の男の攻撃を凌げば問題ない。

 焔真は冷静にそう考える。考えた所で思考にノイズが走った。

 ――私を狂わせて。お願い。

 何故、今。あの子の言葉が呼び起こされるのか。
 微かに聞こえる歌声。この場に居る傭兵の能力か。
 二人の男の背後で金髪の少女がニヤリと笑うのが見えた。

 その思考の遅延が回避行動を遅らせる。
 腰に手をやり、いつもの小太刀で――

 ――あぁ、そうか。あれは聖ちゃんに渡しちゃったんだっけ‥‥。

 そんな事をポツリと呟いた。


「くはは‥‥」
 焔真は笑う。紫狼の剣劇、そして追儺の真燕貫突を受けてなお――笑う。
「決着だ、もう充分に殺しただろう?」
「いっただろ傭兵。どちらかが相手の息の根を止めるまで決着はつかないよ」
 現の言葉にあくまで道化に振舞う焔真。
「そうか、それなら――」

 ――撃つな現っ!

 叫びのようなその声に振り向くと、哉目が厳しい目をして焔真をにらみつけていた。
「これは罠だ!」
「どう言う事だ? 哉目」
「焔真の命が、ここに設置された爆弾の起爆トリガーになっているんですよ」
 ヨハンがそう言いながら、傷ついた仲間へ拡張練成治療を施す。
「ばれたかぁ‥‥聖ちゃんのヒントから?」
「そんな所です」
「ったく。聖ちゃんてばツンデレなんだからなぁ‥‥んで、続けないの?」
「‥‥行けっ」
 そう言って腕を広げ無防備な姿をさらす焔真に、現は吐き捨てる様に言う。
「んじゃ、また今度な――現」
「‥‥っ」
 堂々と出口へと進む焔真がすれ違う瞬間にそう言って消えた。
 犠牲を強いても、ここで倒しておくべきだったかもしれない。現はそう思って拳を強く握り締めた――。


「また‥‥私の言葉は届かなかった」
 調整槽の中で未だ目覚めない少年を見つめながらモココは呟く。
 聖が去り際に見せた冷たい視線。それが、モココの胸を苛んでいた。
「そうだろうか」
 こちらに背を向け調整槽の停止方法を探るヨハンの背中を見つめながら、モココの自問に李が応えた。
 その言葉にモココは顔を上げる。
「何故聖はヒントを残していったか――モココには分からないか」
「それ‥‥は」
「聖はきっと――モココ、お前を殺したくなかったんじゃないか思う」
 モココはそれには応えず、床へと視線を落とす。
 そんなモココの目の前にルリが駆け寄ってきた。
「モコねぇ! 笑って!」
「何を‥‥っ」
 空気を読まないルリの言葉にモココは不快に思った。しかしそれを気にせずルリは続ける。
「辛いときこそ笑え! 怖いときこそ笑え!」
 天を指差し言い放つルリにモココは面食らう。
「お前には仲間が居る! お前が笑えば皆が笑う! 力の無いお前は皆の力を借りろ――」

 ――お前は一人じゃない!

 そう言って天を指した指をモココに突きつける。
「ママが傭兵になった私に一番最初に教えた言葉! だから、笑ってモコねぇ!」
「‥‥モココ、お前はお前のしたい事貫く良い。力を貸してくれる仲間居るから」

 ――うん。

 涙を堪えたモココには、そう頷くだけで精一杯だった――。