タイトル:【初夢】儚きジルベスタマスター:氷魚

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/01/15 18:42

●オープニング本文


※注意
 このシナリオはIF世界を舞台とした初夢シナリオです。
 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。







 ――ぱたり。

 手にしていた文庫本が床に落ちる音で、私はうたた寝からはっと目を覚ました。
 驚いて辺りを見回すと、夕日の差し込む生徒会室で御前 海先輩が心配そうにこちらを見ている。
「うなされてたようだけど‥‥平気?」
「あ、はい。大丈夫です。海先輩」
 私は床に落ちた文庫本を拾い上げ、先輩の御前 海にそう応えた。
「はい。使って」
 海先輩が差し出したハンカチに首を捻ると、「涙。拭いた方がいいよ?」と微笑む。
 慌てて自分の頬を撫でると濡れた感触。どうやら、泣いていたらしい。
 私はそそくさと先輩のハンカチを借りて、涙を拭き「洗ってかえしますね」と言う。
「いいのに」
「そうもいきませんよ」
 私が断固として断ると、先輩は苦笑を漏らしながら「頑固なんだから」と呟いた。私はそれに苦笑を返しながら部室から窓の外へと視線を向ける。
 その視線の先には、この時間から登校してくる生徒が見えた。
「ちょっと。楽しみですね」
「そうね」
 今日は特別に参加者を募ってのジルベスタを校内で行うのだ。
 大人は年末忙しい様だが、私たち学生は試験も終わり手持無沙汰になっていた。
 その持て余した暇を使おうと、生徒会長の三上照天(gz420)がジルベスタパーティーを企画し、そして今日に至る。
 小中高大学と一貫した私立学校であるこの学園の広い敷地を利用し、出店や催し物なんかも用意されていた。なんと言うか、夜通し行われる文化祭みたいなものである。
 一般の入場も許可されているので、ご両親を連れて来れば小等部、中等部の生徒も参加できるようになっているのだ。
「しかし、ちっこいのに行動力ありますね、あの生徒会長」
「企画だけして丸投げなんだけどね、あの子」
 三上生徒会長の事を思い浮かべたのか、眉を顰めながら応える海先輩。
「それじゃ、各催し物の準備の状況でも見に行きましょうか、聖ちゃん」
「はいっ!」
 私はそう言って傍らに立てかけておいた竹刀を担ぐ。
「ひ、聖ちゃん? なんで竹刀を持っていくの?」
「剣道部ですからっ!」
 我ながら理由になっていない回答だった。多分、これから始まる祭りに心が高ぶっているのだろう。剣道部の顧問の守宮先生にも勝てそうな気がする。多分気のせいだけれど。
「それは冗談として、ほら、迷惑かける生徒が居たらこれで」

 きゅっと。

「みんなが楽しんでいるのを邪魔する奴なんて、死ねばいいんです」
「ぶ、物騒ね」
 そういって顔を引きつらせる海先輩に「あはは」と笑いで応える。

 夢の中の私の口癖。

 どうして夢の中の私はあんな風になってしまったんだろう。
 そう思うと、胸が締め付けられるように痛んだ。
「聖ちゃん。そろそろ行くわよ?」
「あ、待ってくださいよ」
 海先輩の声に、慌てて生徒会室を出る。そして私は一度生徒会室を振り返り――

 ――願わくば夢の中の私にも、今日のような楽しい一日を。

 そう思って生徒会室の扉をぱたん。と閉めた。

●参加者一覧

/ アルヴァイム(ga5051) / 百地・悠季(ga8270) / 瑞姫・イェーガー(ga9347) / 橘川 海(gb4179) / 石田 陽兵(gb5628) / 結城 桜乃(gc4675) / モココ・J・アルビス(gc7076) / 月野 現(gc7488) / 村雨 紫狼(gc7632) / 大神 哉目(gc7784

●リプレイ本文

●胡蝶の夢

 昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。

 自喩適志与。不知周也。俄然覚、則遽遽然周也。

 不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。

 周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。



 剣を振るう度に体が軋んだ。
 相手と剣を合わせる毎に体の中の血管がはじけ飛ぶ。
 体が酸素を求めているが、その一呼吸の隙が命取りになる。

 ――護る。

 その意志だけで繋ぎとめた意識で剣を振るい打ち倒した相手は。

 これで、いい。

 そう、呟いたような気がした――。


 ――はっ!?

 村雨 紫狼(gc7632)は、がばぁっ! と言う擬音と共に布団の中から飛び起きた。
 冬だというのに汗でシャツが肌にぴたりとくっついている。
「おいおい‥‥守宮の奴と死合う夢なんてな〜」
 夜勤疲れでも出たのだろうか。それにしても、妙に生々しい夢だった。
 紫狼は頭を振り、下がったテンションを振り払う。
「いぃよっし! こんな時は女子学生を愛でるに限るっ! いいいやっほおおおーっ!!」
 このテンションの上がり方とそのセリフは、聴きようによっては犯罪の匂いがするが、残念ながらこの男。学校の教師なんぞをしている。
 紫狼にとっては夢のような職場なのである。
 鼻歌を歌いながら、いそいそといつものくたびれたスーツを身につけた紫狼の携帯が鳴る。
「はいーもしもし〜。‥‥って藍センセか」
『何よ。嫌そうね』
「そ、そんなこたーねぇっすよ?」
『って、なんで敬語なのよ。私の方が年下なのに』
「え? そだっけか?」
 恐らく、物言いが上からの所為じゃないだろうか。同じ時期に入ってきた美術教師。苦手と言うわけではないが、紫狼はどうも頭が上がらない。
「まぁ、いいや。で、なんすか?」
「あー、うちの姪っ子がジルベスタに来るのよ。ちょっと面倒見てくれない?」
「いっすよ?」
「あっさり引き受けたわね」
「俺はロリの味方っすから」
「‥‥人選が正しいか判断に迷う返事よね。それ」
 正しいと思えば、正しく。間違いと思えば、間違い。そんな感じの回答に藍はため息を付き「まぁいいわ。任せるわね」と言って、電話を切った。
 ぱたり。と、紫狼は携帯を閉じるとにやりと笑うと。
「まっててねぇっっ! ロリばくだぁぁん!」
 ぴょーん。と棲息地(ボロアパート)から飛び出した。


 冬の夕暮れは早い。大晦日と言う事も手伝ってか、年明けを息を潜めて待つかのように、街は静かだった。
 しかし、とある学校にだけは大晦日を皆で過ごそうと、人が大勢集まってきている。
 そんな中、大きなスーツケースを引いた男(アルヴァイム(ga5051))が、その学校の巨大な校門を見上げていた。
 海外出張から帰ってきたばかりの男は、ダブルのスーツにトレンチコートを身にまとい、久しぶりの日本の空気を吸ってから、難しい顔で「ふむ」と鼻を鳴らす。
 小中高大の学校が集まった、巨大な教育施設内は学生達が出店なども出しており、まるで祭りの様に賑わいでいた。
 空港からの直接帰路に着いたため、まだ食事を取っていない。家に帰ってから食事を作る気も無い。
「たまには、構わないか」
 そう呟いて学校の敷地に足を踏み入れた時、背後から声を掛けられ振り返ると、一人の女子高生が立っていた。
「おかえりなさい」
 少女とは思えない、大人びた微笑と共にそういったのは百地・悠季(ga8270)だった。その言葉に、男は曖昧に頷く。
 そんな悠季の背後からひょこっと橘川 海(gb4179)が顔を出した。
「私もいますよ〜っ、おかえりなさいっ」
「そういえば、二人ともこの学校だったな」
 男が苦笑を漏らしながらそう言うと、「忘れてたの?」と悠季が呆れたように言う。
「ちょっと長めの出張だったんでな」
「ちょっと! 二人だけで会話しないでくださいよっ!」
「あはは。ごめん海。出店でなんかおごるからさ」
「良いのかなぁ、そんな約束して〜」
 にひひ。と海は笑い「ま、ジルベスタ実行委員の仕事までだけどねっ」と言った所で、何かを見つけ駆け出した。駆け足のまま男と悠季を振り向いて言う。
「あ、ごめん! ちょっと気になるのを見つけちゃった。二人で回っといて〜っ!」
 それだけ言って二人に背を向けた。人ごみに消えていく海の背中を見ながら苦笑を交わす。
「仕方ない。回りますか」
「そうだな」
 と、二人は消えていった海の背中を追って歩き出した。

 祭りの始まりに向けて。


「君、迷子?」
 海がそう言うと小さな男の子は心細そうに見上げてきた。
「パパやママとはぐれちゃったの?」
 そう言うと、大きな涙を溜めてこくりと頷いた。不安げな瞳に海はにっこりと笑って腕章を見せる。
「おねぇちゃんに任せて! こう見えてもおねぇちゃん実行委員なんだからっ!」
 腕で力瘤を作るようにしてみせた所で、背中から声を掛けられた。
「その子迷子か?」
「あ、月野せんせ」
「先生って呼べ」
 月野 現(gc7488)はそう言って、丸めた学内案内ガイドで海の頭を軽く叩く。苦笑している所を見ると、それ程怒っては居ないようだ。
「すみません」
 そう応えてぺろっと舌を出す海。
 現は「ったく」とうんざりしたように言いながら、男の子の方に視線をやると、男の子は海の影に隠れた。
 それに現が眉を顰め「あれ? 怖がられてる?」と口にする。
「きっと不安なだけですよ」
「あー、そうか。迷子なら‥‥」
「わかってますよっ。実行委員のテントですよね」
「あぁ、お前も実行委‥‥って、おい」
 現が言い終える前に、海は男の子の手を引いて駆け出していた。
 その背中を視線で見送り「忙しいヤツだな」と呟く。実際、実行委員はしっかりと働いている。
 現の心配を余所に、生徒会主催のジルベスタ実行委員がきちんと交通整理をした結果だろう。とはいえ、責任者としての教師達がちゃんと見回らないと、浮かれ過ぎた生徒がはしゃぎ過ぎる可能性もある。
「つ〜き〜の〜せんせ♪」
 現の背後からそんな猫なで声が聞こえて振り返ると、大神 哉目(gc7784)が、にやぁりと嫌な笑みを浮かべていた。
「なんだ、哉目か。何してんだ? お前学校違うだろ?」
「今日は一般開放されてるんだから、別にいいでしょうが。それに――」
 そう言って後ろを振り向くと、中等部だろうか。まだどこか幼さの残る少年少女が、そのやり取りを見ながら苦笑していた。
「この子達はこの学校の在学生なんだから」
 二人は礼儀正しく現に頭を下げる。
「この子がルルゥ。留学生。こっちが――」
「四条 蒼衣(しじょう あおい)です。叔母がお世話になっています」
「四条‥‥って。藍先生の?」
「叔母さんって言うと怒られますけど」
 現の言葉に蒼衣はそう言って苦々しそうに笑った。
 哉目は蒼衣とルルゥの首を両手で抱き寄せ、「いいカップルだろ?」と自分の事の様に嬉しそうに笑うと、蒼衣とルルゥは顔を真っ赤にして否定する。
「あはは、照れちゃって〜」
「あんまりからかってやるなよ。で、お前なんの用だ?」
 わざわざ声を掛ける事もないだろ。とでも言いたそうに言う現に「そうそう」と思い出したように哉目が口を開く。
「先生、私お米が食べたいんでそこの鉄板で炒飯作って下さい」
 焼きそばの屋台の鉄板を指差しそう告げる哉目。それに何を馬鹿な事を言っているんだ。俺は忙しいんだぞ。と言う意味を込めたため息を吐いてから現は応える。
「炒飯? 俺は学園の警備で忙しいんだ。他を当たれ馬鹿者」
「うーわ、こんな子供がお腹空かせてるってのに断るなんてそれでも聖職者ですか? この冷血漢! 外道! 朴念仁!」
 現のつれない言葉に哉目はわざと大きな声でそう騒ぐ。
 周囲の視線が冷血漢で外道で朴念仁の現に突き刺さり、うぐ。と現にうめき声を上げさせた。
「わ、わかった、分かったから静かにしろ。迷惑だろうが」
 そう言う現に対する哉目の顔には勝者の笑み。屋台をやっている生徒に頭を下げて鉄板を使わせてもらい炒飯を作り始める。ご飯は近くにあったとろろ飯屋から譲ってもらってきた。
 嫌々ながらも炒飯を作り出すと、気分が乗ってきた。
 ルルゥから期待の視線が注がれているのも相まって、妙なプロ意識みたいなモノが湧き出てしまう。
 鉄板の上を米が、卵が、たまねぎが踊る。
「なにやってんだ、お前?」
 そんな現を半眼で見ながらそういったのは紫狼だった。傍らには四条 ルリ(gz0445)が、現の作る炒飯をよだれを垂らして見つめていた。まるで獣の様である。
「ルリ! 行儀悪いよっ!」
「「お、お兄ちゃんっ!?」」
 急に声を荒げた蒼衣に驚きの声を上げるルリ(と紫狼)。
「な、生お兄ちゃんだとぉぉっ!?」
「うん! お兄ちゃんです!」
 紫狼はルリと蒼衣を交互に見ながら「ちょっとお前ルリたんとどういう関係?」とか聴いてる。
 いや、だからお兄ちゃんだってば。
 むしろ、あんたが誰だ。と言われてもおかしくない。
 屋台の前で皆して騒いだら営業妨害である。
 暫くそんな感じでどたばたとやっていると――

 ――しねぇぇぇぇぇっっ!!

 どずん。と竹刀の切先が紫狼の喉を抉る。うげぇぇっ。とかそんな呻き声を上げながら、地面をごろんごろんと転がる紫狼。しかししぶとく立ち上がり。
「死んだらどうするっっ!?」
「死ねばよかったのに」
 冷たい瞳でそう睥睨するのは天使 聖だった。竹刀を型に担ぎ、威風堂々大地に立っていた。
「天使。簡単に竹刀を振るうなよ。村雨先生だから良い物の」
「良くねぇぇぇっぇっ! 聖っ! てめぇ、本気で突きやが‥‥たぁぁっぁっ!?」
 続けての突きを寸前で避ける紫狼。「ち、しくじったか」という聖の呟きが耳に届く。え? 本気で殺す気?
 紫狼は大きく距離をとり、胸を張って言う。
「はははー残念だが俺は不死身だ、悔しかったらまた勝負してやるぜ!」
 そう言って背を向けて走り出す。それをルリが「紫狼にぃ待ってよぉっ!」と追いかけていく。

 ――うん。賑やかな祭りだ。

 そんな二人を更に追いかける聖を見送りながら、哉目は半眼になってそう呟いた。


「くっそ〜あの変態っ! 逃げ足は速いんだから」
 聖は肩で息をしながら、鋭い目つきで辺りを見回す。
 しかし、予想以上に盛況なジルベスタパーティーは人がごった返しており、一度見逃してしまうと、もう見つけるのは難しそうだ。
「お姉ちゃん‥‥どこに行ったんだろ‥‥」
「もう普通に呼び出してもらおうよ」
 そんな会話が背後で聞こえて、聖が振り返ると不安そうにあたりを見回す少女と、それについて歩く少年の姿が見えた。
 迷子かな? とも思ったが、迷子になるほど小さい子でもない。中等部の子だろうか。
「君達。中等部の子?」
 聖がそう声を掛けると、カメラを首から下げた少女がびくぅっ! となって「い、いえっ!? 高一ですよっ! 高一っ!?」と、上ずった声で答えた。
 どうやら嘘がつけない性格らしい。
 中等部以下は、保護者同伴でなければジルベスタに参加は出来ない。それ故にとっさに出た嘘なのだろう。
「いいわよ。保護者とはぐれちゃったんでしょ?」
「あ、はい‥‥すみません」
 しょぼーん。と言った感じでうなだれる少女に苦笑を漏らす。
「私は天使 聖。この高等部の生徒会の人間よ。ジルベスタの実行委員でもあるから、困った事があったら力になるよ?」
 笑顔を浮かべ、手を差し伸べる。
 少女はその手と聖の顔を何度か見てから、おずおずと聖の手を握り口を開く。
「モココ(gc7076)‥‥です」
「ヨロシク。モココちゃん」
 にへへ。と聖が笑うと、目の前のモココが手を握ったまま、じっと聖の顔を見つめているのに気付いた。
「どうしたの?」
「‥‥前にも‥‥会った事ありませんか?」
「え‥‥?」
 唐突な質問にモココの顔をもう一度良く見ようと、顔を近づけてじっくりと見る。

 ‥‥‥‥。

 しばらくにらめっこをしていたが、我に返った二人は顔を真っ赤にして、照れ笑いをした。
「もしかしたら、生徒会の用事で中等部に行った時に会ったのかも」
 聖のその言葉に、どこか残念そうに「そう、ですか」とモココは呟く。
「あ、あはは。うん。ほら、私達もう友達だからっ! そんな残念そうな顔しないでっ!」
 そう言って握った手をぶんぶんと振ると、モココがちょっと困ったような顔をする。その顔がちょっと聖の嗜虐心を煽り、少しいじめたくなってしまうが、モココの後ろの少年が声を掛けてくれたので思い留まれた。
「生徒会の方なんですか?」
「ん? 私? そうだよ」
「あ、ぼ‥‥俺、中等部の結城 桜乃(gc4675)って言います。照ねぇを探してるんですけど、見つからなくて」
「へぇ? お姉ちゃんって、照ねぇって人のこと?」
 そう言って手を握ったままのモココに聴くと、何故か顔を真っ赤にしてぶんぶん。と顔を横に振って否定する。
「あ、照ねぇは高等部の生徒会長をしてるはずなんですが」
「へぇぇぇっ!? あのちっこいのに、こんな可愛い弟が居たんだ」
「ち、違いますっ! テルねぇは近所のお姉さんでっ」
「あははは。分かってるよ。苗字違うもん」
 聖がそう言って笑うと、桜乃は苦虫を噛み潰したような顔する。
 この二人はいじめがいがありそうだ。とか、聖は思い、自分はサディストじゃないはずなんだけどな。などと頭を振った。
「ごめんごめん。んじゃさ、実行委員のテントに行こうか。多分呼び出せるから、会長もそこに居るんじゃないかな?」
 そう言って聖は二人に背を向けて歩き出し、苦い顔をした桜乃に手を差し伸べて言う。
「ほら、行こう。カウントダウンまで、しっかり遊び倒さないと」
「は、はい‥‥」
 桜乃はどこか釈然としないモノを感じながら、聖の後を追って歩き出した。


「あれ? 石田。会長は?」
 聖たちが実行委員のテントに着くと、石田 陽兵(gb5628)と阿部 愛華の二人しか居なかった。
「あぁ、ジルベスタライブの準備で体育館の方に行ってるぞ?」
「で、あんたは愛華とふたりでいちゃいちゃって事? やらしーなー」
「ちょ!? 御前が戻ってくるまで留守番してるだけだっ!」
 へぇ。と疑いの視線を聖は陽兵に向ける聖。
「信用してねぇな、てめぇ!」
「おっ? やる気? 私とやろうっての」
 がたっと立ち上がる陽兵に、竹刀を抜く聖。お互いにらみ合って間合いを取ると、愛華が叫んだ。
「やめてくださいっ!」
 二人の注意が愛華に集まると、腰に手を当ててちょっとお怒りの愛華さんの姿があった。トレードマークの大きな帽子が地面に落ちる。怒髪天ってヤツかもしれない。
「もう。折角のジルベスタなのに喧嘩しちゃダメですよっ!」
「あ、あぁ、悪い‥‥愛華」
 怒られながらも名前を呼び捨てにする時、ちょっと嬉しそうだった。
 クリスマスイブから付き合いだして、まだ1週間しか経っていない所為か、まだ名前で呼ぶのが嬉し恥ずかし的なアレである。
「‥‥なんか、白けるわね〜‥‥」
「聖さんも、茶化さないでください。陽兵君もなに嬉しそうにしてるんですかっ、もう」
 仕方ないなぁ。と言う風にため息を吐く愛華。落とした帽子を拾って被りなおす。
「テルちゃんだったら、ライブ終わるまでリハとかで戻って来れないと思うよ」
「そっか。んじゃ、そっちの方に行くわ」
 聖はそう応えて、モココと桜乃を連れて去ろうとしてから、陽兵の傍に寄って耳打ちをする。
「なんだよ?」
「はしゃぎ過ぎるなよぉ?」
「どういう意味だよ?」
 そう返す陽兵ににやーりと笑い「行き過ぎた行為は認められません〜」と告げた。生徒手帳に書かれている男女交際の項目である。
「ちょ、おまっ!」
「愛華も気をつけてね〜」
 手を振りながらテントを離れていく聖の視界に、顔を見えないように帽子を深く被りなおした愛華の姿が見えた。
 どうやら真っ赤になっているようだ。耳まで赤くなっている。
 初々しいそんな二人を尻目に、聖は二人を連れて体育館の方へと駆け出していった。
 その後姿を見て、陽兵は愛華に「あいつ、あんなヤツだっけ?」と等とぼやく。そして、どこか不可解な事でもあるかのように眉をひそめた。
「どうしたの?」
「あ、いや‥‥なんかもっと危ないヤツだったような気がするんだよな」
 いや、同級生に向かって竹刀をぶんぶん振り回すのは十分どころか十二分に危ないと思う。とは、あえて言わない愛華である。
「昨日、さ」
「え?」
「変な夢を見たんだ」
「夢?」
「あぁ、夢の中で俺は旅人で、誰かを探して旅をするんだ。夢の中でも愛華が居て、三上が居て――聖のアホは‥‥すげぇ危なくて」
 そう口にしながら、何かやりきれない気持ちから拳を握る陽兵。そんな陽兵の拳を愛華の両手が包み込んだ。
「私が居るよ」
「え?」
「私がここに居る。こっちが現実なんだから」
 そう、笑みを陽兵へと投げかける。そんな愛華に「あぁ、そうだな」と言葉を返すと愛華に応えるように笑った。
「そんなラヴいカップルはとっとと体育館に行きなさいな」
「なっ!? 御前っ!?」
 突如現れた御前 海に二人は慌てて距離をとる。それに苦笑を漏らしながら御前は続けた。
「そろそろダンスパーティの時間よ。とっとと行って、ラブラブしてなさい。ここは私が居とくから」
「え、でも‥‥御前さんは?」
「いいから。こういうのは実行委員の仕事なんだから」
 そう言って御前は二人をテントから追い出す。しぶしぶ離れていく二人の背中を見送っていると、陽兵がチラリと振り返り片手を立てて、感謝の意を表していた。
「まったく。羨ましい限りよね」
「何が羨ましいの?」
 ため息を付きながら笑みをこぼしていた御前に声を掛けたのは、海だった。持ってきた大きな段ボール箱を実行委員のテントの隅に置く。
 図らずとも同じ名前の二人。どこか親近感を感じてしまうのは気のせいだろうか。
「橘川先輩。実行委員なんか手伝わないで楽しめば良いのに」
「楽しいですよっ?」
 御前が差し出した温かいお茶を受け取りながら、御前の言葉にそう応える。
「皆に楽しんでもらうことが私の楽しみ。なんて言うと自己犠牲の様に思われるかも知れないけどっ」
 満面の笑みでそう言う海の言葉に嘘はない。
「物好きなんですね」
「あはは。御前さん結構ズバッと言うよね‥‥でも、御前さんだってそうじゃないの?」
「そんな事ないですよ。いつも貧乏くじばっかりで」
「でも、楽しそうだよっ?」
 そう言われて御前は苦笑して、観念したように口を開く。
「楽しいですよ。多分ですけど」
「だよねっ! このジルベスタは皆に思いっきり楽しんでもらいたいもんねっ! もう一頑張りしよっ!」
「私達は私達の楽しみ方で、精一杯。って事ですね」
「そうだよっ!」

 そう言って笑う海の笑顔は、実に清々しがった。



 ――私達って全く違うよね。

 控え室で出演の準備をしていた瑞姫・イェーガー(ga9347)が、傍にいたミズキにそう声を掛けた。
「急に、何?」
「同じ名前なのにさ。ミズキは落ち着いてて、私は――」
「――落ち着きが無くて子供っぽい?」
 微笑みながらそんな瑞姫の言葉を継ぐと、「ええっ!?」とショックを受ける瑞姫。
 瑞姫がショックを受けたのをしっかりと確認した後、自分の使うベースの調整に戻るミズキ。
「で、でも、一緒なのは彼氏がいるくらいかぁ‥‥」
「‥‥彼氏?」
 心当たりが無い。とでも言うように首を傾げるミズキに、「あれ?」と言う風に瑞姫も首を傾げる。
「ヨミ君の事」
「どうしてそこでヨミが出るの?」
「え?」
「‥‥え?」
 沈黙。ヨミの方は間違いなくまんざらでも無さそうだったが、どうやらミズキの方はそれ程でもないらしい。
「でも、嫌いじゃないんでしょ? ヨミ君」
「好きだけど?」
「あれ?」
「何?」
 なんだか話が噛み合わない。ミズキの言葉に瑞姫は「あるぇ?」って感じになってる。LikeとLoveの違い? どちらにせよヨミの思いは前途多難そうだ。等と思って瑞姫は苦笑した。
「それよりもあなたの方こそ。彼とはどうなの? 今日は居ないみたいだけど」
「うぐっ、しっ、仕方ない無いじゃん田舎にかえっちったんだからさぁ‥‥、そりゃクリスマスは良い思いをさせてもらったけど‥‥」

 ――異議ありっ!

 もじもじしながら言う瑞姫の言葉を、そんな言葉で遮る声がした。
「いや、異議は無いけど、その『良い思い』ってのは詳しく聞かせてもらいたいもんだねっ!」
「て、テルッ!? どこから湧いた!」
「人をゴキブリみたいに言わないでくれるかい、瑞姫!?」
 そんな二人のやり取りを我関せずを決め込んだミズキ。確かにおなじ『ミズキ』でも随分と性格が違うらしい。
「まぁ、いいや。リハは最高だった! 本番はその最高を超えてくれるよね」
「無茶言うなぁ‥‥テルは」
「ジルベスタでライブしたいって言って来たのは瑞姫だろ? ボクはそれに応えて舞台を整えた。今度は瑞姫が応える番さ」
 親指を立てて挑戦的な言葉を投げかけるテルに、「受けて立つよ」と瑞姫も親指を立てた拳を返す。
 それに満足そうに頷くテルに、瑞姫は微笑を返し――

 ――テル、ありがとうね最後にこんなステージ用意してくれてさ。

 そっとそう呟いた。


 金管楽器。

 甲高い一つ一つの『音』が絡み合い、複雑な響きを作り出す。
 その『音』は重なりあい厚みを持った音の本流へと変わり、体育館を振るわせる『曲』となる。
 その躍動的。かつ、力強い『音』と『曲』が余韻を残しながら漣の様に消えると、盛大な拍手が鳴り響いた。
 その拍手を受けた吹奏楽部達は満足そうに、お互い笑みを交わすが、指揮者がタクトを上げるとすっと自分達がやるべき事へと戻った。
 先程の生命力溢れる物とは違い、今度は静かな――身を任せると心地よい安らぎを覚えるような。そんな旋律。

 演出は十分だね。

 テルはそう胸中で呟いて微笑んだ。自分の仕事はこれで終わる。後はそれぞれのカウントダウンまで、皆がそれぞれ楽しんでくれればいい。
 そんな事を思って体育館を離れようとした時、良く知った人物の姿を見つけた。
「あれ? なにやってんのさ? 桜乃」
「あ、て、照ねぇ! 来年から通う学校の見学‥‥かな?」
 そう言う桜乃の様子をみて微笑を浮かべてから、眉を顰めた。
 んむぅ。と少し悩んだ後、腕を組みすこし高飛車なポーズで口を開いた。
「桜乃。ちょっと頭を下げなさい」
「え? なんで?」
「いいから。下げなさい」
 どこか釈然としない表情を浮かべたまま、桜乃は頭を下げると、テルは桜乃の頭を撫でて言う。
「楽しみに待ってるよ」
「こ、子供扱いしないでよっ!」
「そうだね。ほんとに大きくなった‥‥ちっ」
「何? 今の舌打ちっ!?」
 子供の頃はあんなにも小さかったのに。とか、ぶつぶつ言うテルに桜乃は苦笑を浮かべた。
「照ねぇは変わんないね」
「わるかったなっ!」
「そ、そう言う意味で言ったんじゃないんだけど‥‥」
 困ったように笑う。
 テルの身長は小学校でぴたりと止まってしまった。140cmと、公式には言っているが、残念ながら2、3cm程サバを読んでいる。
 子供の頃は小さかった隣の坊やも、今となってはテルよりも20cmも大きくなってしまった。
 テルはそんな残酷な現実にため息を吐き顔を上げる。その視線の先には吹奏楽部の奏でる音楽に合わせて、体育館を所狭しと踊る生徒達が見えた。
「桜乃、一人?」
「ん?」
「大人になったんなら、ダンスのエスコートくらいしてくれるよね?」
 そう言ってテルは桜乃に手を差し出した――。

 ――ルルゥ、ほら、もっと積極的にっ!

 テルと桜乃が慣れないダンスに向かう中、はらはらどきどきしつつ遠巻きにルルゥと蒼衣が踊るのを見ている影がそこにはあった。
 この日の為にルルゥにキレイなドレスを用意した哉目だ。
「あぁっ! 積極的にとは言ったけど、そんなに近寄ったらダメだってっ、くっ、もどかしいっ」
 まるで親の心持ちで見守る哉目。二人に上手く行って欲しいと思う反面、蒼衣がルルゥを傷つけるようだったら殺す。と言う覚悟を決めている。
 ‥‥そんな覚悟持たないでいただきたい。
「‥‥なんつーかさ。俺、お前を取り押さえた方がいい気がしてきた」
「うるさいなっ!」
 呆れたような顔をしながら言う現に、視線はルルゥに向けたまま噛み付くように応える。
 問題が起こらないようにするのが、俺の役目なんだけどな。なんて事を思いながら現もルルゥ達へと視線を向ける。
「いい子達じゃないか」
「せんせーは仕事に戻ったらどうですか?」
「知らなかったのか? 教師は生徒の面倒を見るために居るんだぞ」
「私、この学校の生徒じゃないんだけど?」
「関係ないさ。生徒ならな」
 そんな事を言って笑う現に、哉目は面白く無さそうに一瞥してからルルゥへと視線を戻した。

 ――あの子には、幸せになって欲しい。

 どうしてか、そう強く願った。 

 慣れないダンスに戸惑う生徒達の中、一組の男女が優雅な動きで音楽に身を躍らせていた。
「無愛想な割りに意外と踊れるのね」
「大人の嗜みだからな」
「その嗜みも出来ない大人が最近は多過ぎるのよ」
 悠季の言葉に男は口元を笑みに歪める。悠季は踊れないであろう男を、軽くからかうつもりでダンスに誘ったが、言葉少なで無愛想な男は余裕を持ったステップで悠季をリードする。
 近所の顔見知り。
 ただそれだけの人物だった。
 いつも忙しそうに海外を飛び回っているらしい事は知ってはいるが、歳も離れておりそれ程親しいわけではなかった。
 しかし、悠季の胸に不思議な懐かしさが生まれた。
 触れた事のないはずの男の手の温もりは、安心感を覚える。
「‥‥」
「どうかしたのか?」
 男の声にふと我に還り「なんでもないわ」と、悠季は応える。

 ――気のせいよね。

 気のせいでも別に構わない。
 今はこの心地よい音楽と、心地よい温もりを感じていよう。
 そんな事を思って、男のリードに身を任せた――。


 ばたーん。

 優雅に踊る二人から少し離れた所で、派手な音を立ててこける音。
「痛てて‥‥」
「大丈夫、陽兵君?」
「だ、大丈夫っ!」
 差し伸べられた愛華の手を取って立ち上がる陽兵。
「かっこわりぃなぁ‥‥」
「はしゃぎすぎだよ。陽兵くん」
「ちぇ‥‥」
 そう言って頬を掻く陽兵の隣でくすくすと笑う愛華。バツが悪そうに苦笑する陽兵。
 埃を払うようにズボンを叩き顔を上げると、愛華の顔が直ぐ目の前にあった。お互い顔を赤くする二人だったが、不意に体育館の照明が暗くなる。
「あ、瑞姫先輩のライブが始まるみたい」
 照れくささを誤魔化す様に愛華が舞台の方へと視線を向けると、陽兵も「あ、あぁ‥‥」と、慌ててそれに倣った。
 舞台の上は眩いばかりのライトで照らされ、そのライトの光の中に少女達が躍り出た――。



 ステージの上は好きだ。

 皆の視線が集まり、まるで世界の中心に居るかのような錯覚を覚える。
 ずっと、こんな世界で生きていけたらいい。そんな事を瑞姫は夢見ていた。
 右を見ればその視線に気付いたミズキが、口元にニヒルな笑みを浮かべる。
 左を見ればアルビノの少女。その白い肌がライトの光に実に映える。

 ――最高だ。

 だから。

 この最高の気持ちを皆に分けてあげよう。
 肩から提げたギターを一つ掻き鳴らすと、甲高い音がアンプから吐き出された。
 大きく息を吸い、目の前にあるマイクに向かってその思いを歌声に乗せた。

 『聞いてる夢の自分私が勇気を送るよ

 『RISING
  ネガティブ思考 ばかりの毎日
  希望なんて 見せかけに思える
  何も知らなければ 純粋でいられたら
  恐れはしないのに

 瑞姫の歌声に体育館に居る全員が歓声を上げる。
 テルが事前に歌詞カードを渡していたこともあり、瑞姫の歌声に合わせて口々に歌う。
 吹奏楽部が先程まで流していたのと同じメロディ。そうやってメロディを参加者に刷り込んでおくことで、このライブで皆がノれる様に演出もされていたのだ。

 『熱に浮かされる事を恐れるな 醒めるとしても
  舞い上がる事を怖がらないで 伸びる事を押さえ込むな
  始まりは、どこかに隠れて居るから

 そんな熱気の中、ジルベスタの終わりは近づいていく。



 ‥‥。

 隣できょろきょろと辺りを見回すモココを、眉根を寄せて見守る聖。
 体育館の中でお姉さんを探そうと、視線をめぐらせているらしいが‥‥。
「モココちゃん‥‥その格好だと、お姉さんも見つけにくいんじゃないかな?」
 聖の言葉に振り返るモココは手に持ったステッキを構え――

 ――闇夜に開く一輪の花! 怪盗モコモコ参上っ!

 びしぃっ! とポーズを決める。
 先程までびくびくして居た少女とは思えない。

 怪盗は大切なものを盗んでいきました‥‥あの子(モココ)の心です‥‥。

 とか、聖は思ったとか思わなかったとか。
「聖さんは生徒会の方なんですよね?」
「そうだよ? モココちゃんは来年高等部に上がってくるんでしょ? ヨロシクね」
「はい! その時には一緒に怪盗をやりましょうねっ!」
「あはは。そ、それは、あ、ほら! 私生徒会だから、怪盗を捕まえる方だよっ!」
「なるほど、つまりライバルになると言う事ですね」
「ふふん。私に捕まえられない怪盗は居ないよ?」
 どうやらそう言う事になるらしい。
 軽口を言い合って、そして二人は笑いあう。ひとしきり笑った後モココが口を開いた。
「フフフッ‥‥ずっとこうしてあなたと笑いたいと思ってた気がします」
「そうだね‥‥そんな、気がするよ」
 穏やかな笑みで聖が応えると、「あ、そうだ」とモココが手を打った。
「最後に一緒に写真撮ってもらってもいいですか?」
 年が明けるまで、それ程時間が無い。年が明ければこのパーティーも終わりを迎える。高等部に上がればいつだって会える事は分かっていても、モココは今この場で聖と写真を撮っておきたかった。
 モココの言葉に聖が首肯すると、モココは近くに居た先生にカメラを渡してシャッターを切ってもらう。
「ありがとうございますっ! 出来たら持って来ますね」
「うん。待ってるよ」
 聖はそう言うとシャッターを切ってくれた先生に振り返って「ありがとうございました。守宮先生」と告げた――。

 ――くっそーっ! 何で俺はカメラを持ってこなかったんだっ!

 守宮 井守が生徒達の写真を撮っているのを見て、紫狼は本気の涙を流した。
「あなたがカメラを持っている時点で通報されますよ」
「んだとっ!? 学生時代の決着をここでつけるかっ?」
「お断りです。そういえばあなたが連れていた女の子はどうしたんです?」
「藍せんせぇが連れてったよ。校内を走り回ってた所をぶん殴られた」
「あはは‥‥あの人らしい」
 そう言って体育館の中の生徒達へと視線を送る。
「平和ですね」
「だな」
「世が世なら戦うだけのつまらん人生をお互い送ってたかもな」
「‥‥そんな事ないですよ。馬鹿な事を言いますね」
 呆れたように言う井守に、「そう、だよなっ!」と紫狼は笑った。
「ほら、今年ももう終わりますよ」
 ステージを見て井守が言う。ステージの上では瑞姫がマイクを持って、カウントダウンを告げるところだった――。

 ――時計を見ながら、息を呑む。

 最後のライブ。
 それに、今出来うる限りの全てをつぎ込んだ。
 テルは最後のライブを自分にさせる為に、こんな素晴らしい舞台を用意してくれた。
 それに応えられただろうか。
 最高の舞台を届けられただろうか。
 テルだけじゃない。この歌を聴いてくれた人達に感謝の言葉を送りたい。
 そして、皆と年を越せる事が嬉しい。
「瑞姫」
 ミズキが後ろから声を掛けてくる。
 もう、時間が無い。
 カウントダウンを告げるために、自分を鼓舞する。
「みんなぁっ! いっくぜぇぇぇ〜〜っ!」
 その声に体育館に集まった皆が「おおおおっ」と応える。
「5.4.3.2.1――」

 ――ZEROっ! Happy New Year!

 瑞姫のそれに合わせて、新年を祝う叫びが体育館に響いた――。


 ――お誕生日、おめでとうですっ!

 テルが瑞姫のカウントダウンに満足そうに笑みを浮かべていたら、隣で桜乃がそう言って「え?」と言う感じになった。
「あれ? 照ねぇ、誕生日今日でしょ?」
「あ、そ、そうか! もう元旦なのかっ!」
「自分の誕生日忘れてたの?」
「誕生日と言うか、えーと、元旦って事忘れてたよ‥‥」
 このジルベスタを成功させる為に、小中高大の全責任者を回った。夜間に行う文化祭の様なもの。それを開くのには安全性や近隣への理解。出店での衛生責任者など、やるべき事が多く自分の誕生日の事など忘れていた。
「照ねぇらしいよ」
「なんか上から言われたっ!?」
 ため息を吐きながら言う桜乃に眉根を寄せるテルだったが、直ぐに笑みを漏らし「ありがと。嬉しいよ」と応えた。
 いつもと違う近所のお姉さんの言葉に、どきっとしたと言うのは気の迷いだろう。と、桜乃はそう思うことにした。


「あけましておめでとうございますっ」
「お疲れ様、海」
 年が明けて第一声はやはりこれだろう。と言う感じで挨拶をした海にねぎらいの言葉を掛ける悠季。
 これだけ大きい規模の祭りだ。実行委員を手伝っていた海も、相当疲れているだろう。
「楽しかった〜っ」
「そうね、楽しかったわ。‥‥はい、あげる」
 そう言って悠季は、海にイルカをかたどったシルバーのペンダントを手渡す。「?」を頭の上に浮かべながらそれを受け取る海。
「あいつと回ってたときに海に似合いそうなの見つけたからさ」
「ありがとっ!」
 満面の笑みを浮かべて例を言う海に、ついつい悠季も笑みがこぼれる。
「来年も‥‥いや、これからもずっとよろしくね、海」
「うん。こっちこそずっとよろしくお願いします」
 ずっと、こんな関係が続く事を願って。二人は握手を交わした――。

 ――私もこの学校に来ればよかった。

 体育館を出て振り返ってから哉目はそんな事を思う。
 付いて出てきた現が訝しそうな視線を哉目に送ると、なんでもない。と言う風に視線を切った。
「それにしても」
 現の呟きに、切った視線を戻す哉目。
「おまえら、一日の摂取カロリーを考えた食生活をしろ」
「たまにはいいじゃない。こういう時位、思い切り楽しまないとさ」
「まぁ、そうだけどな」
 そう言って現は視線を前に向ける。その視線の先にはルルゥと蒼衣。
 こんな穏やかな日々が続き、あの二人に幸せな時間がずっと続けばいいと願う。
 少し考えてから、哉目はルルゥと蒼衣に向かって走り出し、二人の肩を抱き寄せた。
「よし! これから初詣行こうっ!」
「おいっ! もう夜遅いんだから生徒は帰れ!」
「アンタが保護者になれば大丈夫でしょ?」
「ちょっと待て、俺はまだ片づけが‥‥」
「生真面目なヤツだなぁ。現が来なくても私達は行くからね。それを見過ごしたとなると、せんせーとしてはどうなのかなぁ」
 哉目の言葉に「ぐ」と言葉を無くす現。
「ほらほら行くよ〜」
「わ、分かった分かった。保護者として付いていけばいいんだろ」
「そう言う事」
 にやりと笑う哉目にため息を付き、哉目達の後を付いていく現であった。


「あっという間だったね」
 陽兵の呟きにこくりと頷く愛華。
 二人とも澄んだ空気の空を眺めながら帰路を歩く。
「俺は愛華と一緒で楽しかったよ」
「私も‥‥楽しかった」
 どちらからとも無く手を繋ぐ。
 ダンスパーティー用にドレスに着替えた愛華の、いつもと違う大人っぽい魅力に陽兵はどぎまぎしていた。
 握る手には力が入り、今にもその手を引き寄せて抱きしめたくなる。

 というか、抱きしめていた。

「え?」
「愛華‥‥愛してる」
「え? えっ? 陽兵くんっ!?」
 陽兵の唇が迫るのに、愛華は戸惑い――

 ――ばしーん。

 いい音がした。
 リア充末永く爆発しろ。とは筆者の言。げふげふ。
「ご、ごめんっ! 調子に乗った!」
「もうっ! 馬鹿っ!」
 怒りんぼ愛華。深く頭を下げる陽兵に腰を手を当て怒っていた。
 いつまで経っても頭を上げない陽兵に「顔を上げて、陽兵くん」と告げる。
 その言葉に陽兵は恐る恐る顔を上げると、頬に柔らかい感触と、甘い香り。
 何が起こったか理解できていない陽兵に、愛華には珍しく悪戯っぽい口調でこう言った――

 ――ほんと‥‥馬鹿なんだから。

 と。


 校門を出てから男は祭りの終わった学園内を振り返り、誰にとも無く口にする。
「忙しい時期にお祭り、か。お疲れさま」
 仕事の関係で一人の年越しには慣れてはいたが、偶にはこういう年越しも悪くは無い。
 根詰った仕事の気分転換には丁度良かっただろう。
 足元に置いたスーツケースを手に取り、家路に着く。

 ――謹賀新年。本年も宜しくお願いいたします。

 そう呟いた男の口元には、微かに笑みが浮かんでいた。

●泡沫のジルベスタ

 ――ぱたり。

 膝の上に置いていた刀が床に落ちる音で、聖はうたた寝から目を覚ました。

 ――なんだったんだ。あの夢は。

 先程まで見ていた夢が、胸の片隅をちりちりと焦がす。
 争いの無い世界の、平穏で平凡なジルベスタ。
 そこでの私は笑っていた。ただの少女の様に楽しげに笑っていた。

 ――くだらない。

 そう呟いた聖は気がついていないのだろう。
 自分が安らいだような微笑を浮かべていた事に。

 それが彼女にとって救いなのか、それとも忌むべきものなのか。

 それは誰も知らない。