タイトル:傭兵少女のママを追え!マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/10/04 06:43

●オープニング本文


「ママママママママママママママっ!」

 ドタバタバターン。

 そんな音を立てて今日もリビングのドアが開かれた。
 いつかドアが壊れてしまわないかが心配……というか、むしろまだ壊れていないドアに「もうゴールしても良いんだよ」と言ってあげてもいいかもしれない。等と私は思わなくもない。
「ママっ! 見て!」
 そう言ってその場でくるりと回る娘を、私は苦笑しながら見る。
 先日買い物から帰ってきた娘は、暇さえ有れば買ったばかりのマントを翻し――

――ヒーロー参上っ! ウルトラマリーン!

 と、声高らかに名乗りを上げる。
 お友達との買い物が、余程楽しかったらしい。この子を気にかけてくれる傭兵達が居てくれることは、実に有り難い事だった。

 きっと、私一人ではこの子を守れないだろうから。

 目の前ではしゃぐ娘の姿に目を細め、私は娘につい問いかけてしまった。
「アンタ……今、幸せ?」
 娘はぽかんと私の顔を見て、大きく頷く。
「うん! ママとみんなと一緒だから楽しいよっ!」
「そう」
 少し照れくさくなり、私は娘から視線を外す。
「ママっ! 私ママより強くなるよっ!」
「千年以上早いわよ」
「えー」
「えーじゃないの」
 そう言いながら、この子が自分を超える時を楽しみにしている自分が居ることも確かだ。
 まぁ、そうそう超えられて堪るか。と言う気持ちも有る。
「さて、と」
「あれ? お仕事?」
「そうよ」
「そう言えば、ママってお仕事何してるの?」
「知らないわよ」
「……え?」
 おっと、意外にもいつもと違う反応で来たか。
「なによ」
「今度学校の宿題で、おとうさん、おかあさんのお仕事について作文を書かないといけないんだよっ!」
 あ、そう言えば一応ちゃんと学校には行かせてたんだった。学校で死人が出てないところを見ると、馬鹿な娘なりに上手く力を制御してるのだろう。
「そんなの「うちのママはなんかしてます」って書いとけば良いじゃない」
「『なんかしてます』っ!? それじゃ宿題になんないよっ」
「なんないかしら?」
「うんっ!」
「ダメ?」
「ダメだよっ!」
「ダメじゃ無いでしょ?」
「ダメじゃないよっ!」
「そうよね。じゃ行ってくるわ」
「うんっ! いってらっしゃいっ!」
 ぺこーりと頭を下げた娘を背にリビングから出ようとする。
 ふとドアの前で振り返ると、「あれ?」と行った感じに頭を傾げる娘の姿があった。

 まぁ、いずれ教えてあげるから。

 でもその時はきっと――。

 扉を閉めた後、そう心で呟いて自嘲気味に笑みを浮かべた。

●娘の取った行動。
 リビングに残された四条ルリ(gz0445)は、先程のやり取りを繰り返し、何がおかしかったのかを確かめていた。
 暫く考えた後、やっと正解にたどり着き顔をあげて叫んだ。
「ダメじゃんっ!」
 ダメだった。
 そこでルリは考える。それならばママの後を追えば良いじゃないか。と。
 しかし、ママはルリの気配に直ぐに気付いてしまう。
 かくれんぼをしても、ほんの数秒で居場所を見つけられてしまうのだ。
「うぅむ」
 困った。腕組みをして唸りながら、無い知恵を働かせる。考える。考える。考える。

 ぼんっ。

 頭が爆発した――。



 ――数時間後、ルリは喫茶店『11』へとやってきていた。

「ん? どしたのルリちゃん」
 足元がおぼつかないルリが入り口から入ってくるのを見て、三上 照天(gz0420)――テルはそう声を掛けた。
 そのままカウンター席に座るルリに、ガムシロップを入れたアイスミルクを出すと、呆然とした顔のままストローで牛乳を啜る。
 うん。正常だ。
「で? 珍しいね、一人で来るなんて」
「‥‥! そう! そう! ママって仕事何やってるのっ!?」
「知らないよ? ルリちゃんは知らないのかい?」
「知らないよっ!」
「知らなくても、きっとルリちゃんの為になる事をしてると思うよ?」
「うん! でも宿題ができないのっ!」
「宿題?」
 問うテルに、かくかくしかじかとルリは説明する。
 それに、「なるほど」と頷くと、テルは一つ提案をする。
「傭兵さんにお願いしてみたら?」
「おおーっ! それだっ!」
 ルリはそう叫ぶと、疾風の様に外へと駆け出していった。
 ばたむ。と勢い良くしまる扉を苦笑しながら見つめるテルは呟く。

 ――ほんとに、いいの? 藍さん。

「まぁ‥‥いつまでも隠せるものでもないしね。本当に知りたいなら、教えてあげなくは無いわよ」
 店の奥から、四条 藍。ルリの母親が現れた。
 背伸びをしながら、カウンターの方に回ってスツールに座る。
「だから、傭兵さん達を通して伝えるって事かい?」
「秘密をいつまでも一人で抱えるのも大変なのよ」
「でも、ボクはずるいと思うよ、それ」
「女はずるくないと大切なもんを守れないのよ」
 茶化すようにそう言った後、不敵に笑う。

 ――私を捕まえられたらね。

 そう呟く藍の瞳はどこか覚悟の光を宿していた――。

●参加者一覧

美崎 瑠璃(gb0339
16歳・♀・ER
諌山美雲(gb5758
21歳・♀・ER
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
ヨハン・クルーゲ(gc3635
22歳・♂・ER
吉田 友紀(gc6253
17歳・♀・HA
ララ・スティレット(gc6703
16歳・♀・HA
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文


「ママママママ‥‥――ッ」

 うぉおおおん。

 ‥‥なんかすごい勢いで聞きなれた声がバイクで通り過ぎていった。
 どうやら、娘の一大作戦が始まったらしい。
 どんな作戦か知らないけれど――

 ――まぁ、私の本気を見せてあげるわよ。

 そう言って、私は自分の口元に笑みが浮かんでいる事に気付いて苦笑した。


「ルリちゃんっ! こっちから声掛けちゃだめだって!」
「そ、そっかっ! ごめん友紀ねぇっ!」
 吉田 友紀(gc6253)の言葉に四条 ルリ(gz0445)は、はっとして謝る。
 ミラー越しに通り過ぎたルリのママ――藍を見ると、どこか呆れたような顔をしているのが見えた。
 しかし、次の瞬間人ごみの中へと姿を消す。実に自然な動きだった為、目立つはずの長いポニーテールが、一度溶け込むとあっという間に消えた。
「うおっ!? もう分からなくなったっ!?」
 バイクを停止させ先程まで藍が居た場所に目を凝らすが、それらしい影は見えない。
 友紀はため息をついてから無線を取り出し、セラ(gc2672)に見失った場所を伝えるとルリに笑いかけ、「お昼ご飯でも食べよっか」と言うと、ルリは大きく頷く。

 ――お願いね。セラちゃん。

「任せるのですっ!」
 無線機を仕舞って元気良く拳を振り上げる。
 ぎりぎりで捕らえた藍の背中を、物陰に隠れながら追っていく。追いかけるセラに藍が気付いた様子は無い。‥‥多分。
 少しずつ人ごみの少ない路地裏に行く藍を無邪気に追うセラ。身のこなしはまるで猫の様で、ひらりひらりと、物陰から物陰へと音もなく姿を隠す。
 不意に立ち止まった藍に、出していた頭を物陰に隠すと、壁の上に座っていた猫と目が合った。

 にゃあ。

 そう啼く猫に「しー」と静かにするようにゼスチャーし、小声でこう告げた。
「セラってばルリママを追跡任務中なのです。ご協力お願いしますなのです」
 セラがそう言うと、分かったとでも言うように少し小さめに「なあ」と返す猫。

 しかし――。

 再び視線を藍に向けると、その場に藍の姿は無くなっていた。
 あ。と口にしてから猫のほうを振り返り、セラはちょっと残念そうに「なぁ」と猫の鳴きまねをした――。


 ――一方。

 藍の後を追っていると、食材を売っている店に入っていく。
 日頃の癖で良く行くお店との値段を比べてしまうのは、ララ・スティレット(gc6703)だった。
 そんな感じで、食材の前で頭をめぐらせていると‥‥。
「それだったら、向こうにも少し安い店あるわよ?」
「ほんとですかっ!? っひぃっ!?」
「ひぃっって何よ。せっかく教えてあげたのに」
「あ、いえ、はい。すみません」
 心の準備が出来ていなかったララの声は裏返っていて、藍は呆れたように苦笑する。
 まさか、向こうから声を掛けてくるとは思わなかった。
「私も行くんだけど、来る?」
「あ、はい。喜んでっ」
 とはいえ、藍の行動パターンを調べるに当たっては僥倖だ。
 ララはお言葉に甘えて付いていく事にした。

 ――こ、こんな‥‥。

 その店に到着すると、ララの口からそんな言葉が漏れる。
 いつも行っているお店よりももやしが5Cも安い。その他食材も、概ね5%位は安かった。
「こ、ここは楽園ですか‥‥?」
「あと、30分も待てばタイムセールが始まるわよ」
「なんとっ!?」
 これ以上安くなるっておっしゃいますか。
 ララはそのタイムセールに向け、購入する商品に目星をつける。
「あれと、これと‥‥あと、これもっ」
 そうやって物色するララを、藍は優しげに見つめ口を開く。
「それじゃ、頑張ってねララちゃん」
「はいっ!」
 店内の商品に夢中のララに藍はそう言って立ち去る。
 次にララが気付いた時、その両手には沢山の食材が詰まった買い物袋。

 それは、実に1時間以上経ってからのことだった――。


「申し訳ございません。少々お時間宜しいでしょうか?」
 静々としたその言葉に店主が顔を上げると、まるで天使のような微笑を浮かべた春夏秋冬 立花(gc3009)が立っていた。
「あぁ、なんだい?」
 少し面倒そうに言葉をを返すと、立花の天使の微笑が凍りつく。どうやら、自信が合ったらしい。
 そんな立花の背後で「力を見せてくれるんじゃなかったっけか?」と、からかう様に言う村雨 紫狼(gc7632)を立花の鉄拳が捉える。
「ぶっ飛ばすぞ」
「ぶっ飛ばしてから言う事じゃないよなっ!」
 そんな二人をよそに、諌山美雲(gb5758)が店主に向かって写真を見せる。
「こういう人を見かけたこと無いですか?」
「知ってるが‥‥そういった物はうちの売り物じゃないんでね」
「お友達の学校の宿題でご両親のお仕事を調べているのですが‥‥お力を貸していただけませんか?」
「こんな店に立ち寄るんだ。仕事なんて傭兵以外の何があるってんだ?」
 店主は視線を店内にめぐらせる。視線の先には傭兵の装備品等が並んでいた。
 確かに、ルリから聞く限りの戦闘能力からすれば、藍は確実に傭兵――もしくは、元傭兵だ。
「でも、だったら何でそれを隠す必要が‥‥」
「それはREO本人に聞けよ――」

 ――そう言う遊びなんだろ?

 美雲の呟きに不敵な笑みを浮かべ店主はそう続ける。
「REO?」
「Red eye orge。あいつの二つ名さ。恥ずかしいからその名で呼ぶなと言われてるけどな」
 くくく。と笑いながら、店主は店の奥から一つの地図を持ってきた。
「あいつが良く行く店の情報だ」
「さっき‥‥売り物じゃないって‥‥」
「だから、タダでくれてやるのさ」
 まるで、勿体ぶってそう言うのがカッコいいと勘違いしているかのように、店主は笑みを浮かべる。
「あ、ありがとうございます」
 紫狼に振り上げた拳を下ろし、居住まいを正した立花がそう言って頭を下げる。
 でも、きっと、ママさんが恥ずかしがっている二つ名をつけたのはこの人だ――確証はないけれど、立花はどこか確信を持ってそう思った。


「ふむぅ‥‥。かなり散っちゃってますね。ヨハンせんせーどう思います?」
 広げた地図にきゅきゅっと赤丸をつけながら、美崎 瑠璃(gb0339)はヨハン・クルーゲ(gc3635)へと問いかけた。
「ショップに格納庫‥‥傭兵が足を運ぶ所が多いですね」
 LH内にある傭兵向けの店舗で足を運んでいない場所はなさそうだ。しかし、それでも特に良く行く場所を洗い出す事はできる。
「この当たりに良くいらしているようですね‥‥どうしました?」
 顎に人差し指を当て、うぅむと悩んだように宙に視線を泳がす瑠璃にヨハンは声を掛けた。
「ルリちゃんのママはどうして傭兵の店に足を運んでるのかなって。ルリちゃんの話だと、依頼とかには出てなさそうだけど‥‥」
「何かに備えている様にも見えますね」
「それって‥‥何に?」
 瑠璃の疑問にはヨハンは首を横に振るだけだ。
 ただ、なんとなく‥‥。なんとなくではあるが――

 ――私達も試されているのかもしれません。

「試すって‥‥何を」
「それは――ご本人の口から聞かせてもらいましょう」
「そうだね。よぉし。ルリちゃんの宿題の事もあるし! いっちょやってみますかっ!」


 低く唸るエンジン音。
 腹に響くようなその音は、今すぐにでも駆け出したい衝動を必死になって抑えているかのようだ。
 友紀は父の好きだった煙草の匂いを嗅ぎ、口に咥えてバイクの後部座席のルリに笑いかける。
「よ〜しルリちゃん! 飛ばすよ〜!」
「うんっ! いっけぇっ! 友紀ねぇっ!」
 その言葉が合図になった。

 うぉぉっぉん。

 機械の馬の嘶き。
 それの鳴き声が、藍追跡任務の鬨の声となる。
「作戦――」

 ――開始っ!

 無線機越しに皆の声が届いた――。

「ルリちゃん! これでみんなにママさんが逃げた方向を伝えて!」
「らじゃー!」
 友紀に渡された無線機に向かって、藍の逃げた方向を叫ぶルリ。
『おっけー。任せてルリちゃんっ!』
 無線機の向こうから瑠璃の声が聞こえる。
 同時に物陰に待機していた瑠璃の視界を藍が駆け抜ける。
「よっし、追うよっ! ――セラちゃん! 上からの監視お願いねっ」
『任せてなのです♪』
 その呼びかけにセラの声が応える。
「ござる、ござる♪」
 そう楽しげに言いつつトリコロールからワイヤーを射出する。
 飛び出したワイヤーは向かいのビルの屋上の手すりに見事に固定された。
「ワイヤーアクションでかれーにジャンプ!」
 そう言って秋近い空に身を躍らせると、言葉通り華麗に隣のビルに飛び移った。
 着地と同時にふふん。と鼻を鳴らし、満足げに口を開く。
「セラってばもうニンジャマスターでいいんじゃないかな♪」
『セラちゃん。楽しそうだけど、藍さんの事見失わないでね』
 無線機から美雲の声が聞こえて、セラは慌てて藍の姿を探す。
「ルリママが3件先のケーキ屋さんの角曲がったよ〜」
『了解』
「そこはショートケーキが美味しいのですっ♪」
『じゃあ、今度ルリちゃんと一緒に行こうか』
「それは、いい考えなのですっ」
 そう言うセラの言葉にくすりと笑って、美雲は無線機に向かって声を掛ける。
「それじゃ、私と美崎さんは後ろから追います。ヨハンさんとララさんは正面を押さえてくださいっ!」
『了解しました』
『任せてくださいっ!』
 端的に応え二人は同時に動き出す。
 地上と頭上。三次元的に空間を少しずつ狭めて、藍の逃げ場をなくす。
 それが、傭兵達の作戦だった。
 その作戦は確実に藍を追い詰めていく。
 ヨハンの視界に藍が入ると藍の視線もヨハンを捕らえ、その口元が笑みを浮かべた。

 ――あなたは、私が何をルリに隠しているのか理解しているの?

「!?」
 この距離では。この雑踏の中では。決して聞こえるはずがない藍の言葉が、なぜかヨハンには届いた。
 それは気のせいかもしれない。
 だが、その言葉はヨハンを怯ませるには十分だった。
 ヨハンに背を向けて駆け出そうとする藍の前をララが立ちふさがる。
「行かせませんっ!」
「ララちゃん――」

 ――悪いけど、私には後ろにも目が付いてるのよね。

 藍はそう言って右へと体を避けると、ララの正面には藍の代わりにバトルピコハンを振り上げた友紀の姿。

 ぴこっ!

 勢いを殺しきれず振り下ろされたピコハンは、ララの頭を叩きいい音を鳴らす。
 同時にララの脳裏に星が飛んだ。
「ご、ごめんっ。ララ!」
 慌ててララに近づく友紀に苦笑を送りながら、崩れた包囲網を抜け出す藍――

 ――瞬天速っ!

 不意に聞こえたその言葉。
 藍が気付いたときには既に立花が飛び込んできていた。
「ママさんっ! 捕まえまし――」
 立花が手が藍の腰に回るか回らないかの瞬間、視界の端に見えていた青みがかった藍の髪が真紅に染まり――。

 ――瞬天速。

 立花が口にしたスキルと同じものを藍の唇が呟いた。
 立花が詰めた距離と同じだけの距離をあけた場所で、ふぅ。とため息をつく藍の姿が見えた。
「流石に今のは焦ったわ。やるわね立花ちゃん」
 そう言って藍は覚醒により真紅に染まった瞳で立花にウインクを投げた後、再び人ごみの中へと消えていった――。


 ――夕日が目に染みる。

 ビルの屋上のフェンスに背を預けて私がため息をつくと、かしゃん。と乾いた音が響いた。
 流石に現役の傭兵を相手8人を相手取るには、私の実力では無理だ。
 誤魔化し誤魔化し凌いではいるけど――。

 ――そろそろ年貢の納め時ってヤツかしらね?

 そう口にして、彼の方へと視線を投げる。彼――村雨 紫狼へと。
「あら、他の子たちと随分顔つきが違うわね」
 軽口を叩いてみるが、彼はそれを茶化そうとはしない。ふむ。と私は鼻を鳴らしフェンスから背を離し、きちんと彼に向き直り発言を促す。
 彼は少し息を呑んで、そして口を開いた。
「いい子‥‥ですよね」
「当然よ」
「俺はあの子の笑顔を守りたい」
「私もよ」
「俺は――貴女の隠し事があの子の笑顔を奪うんじゃないかって思ってる」
「‥‥そう」
 そう、かもしれない。
「イーノ=カッツォ」
 彼が口にしたその名前に。私の心がざわついた。動揺は――上手く隠せたと思いたい。
「そいつが棄てた施設で、ルリと変わらない子供達が無残な姿で死んでたよ」
「‥‥そう、でしょうね」
「俺は‥‥怖くなった。その亡骸にルリの姿を重ねちまった」
 彼は拳を強く握る。その拳を振り下ろす先が分からない。そんな感じだ。
 なら、私はまだマシな方かもしれない。怒りをぶつける相手が明確に見えているのだから。
「そんな寒い世界に、あの子の純粋さは奇跡に思える――」

 ――だから、あの子を裏切るような事はしないで欲しい。

「あの純粋さを曇らせたりしないで欲しい。真実はちゃんと貴女の口から伝えてあげて欲しい」
 きっと。この人はイーノの姿を見たのだろう。
 だから私が隠している真実に、大体見当が付いているのだろう。
「わかった。分かりました。お話しましょう。その代わり――」

 ――皆にも背負ってもらうわよ?

 精一杯。強がって。ジョークの様に。私は彼にそう告げた。


 夜遅く。営業時間外というのに、喫茶店『11』には灯かりが灯っていた。
 この場にはルリの姿はない。母の職業は『傭兵』と言う事で宿題を書き上げ、今頃紫狼から貰った人形を抱いてベッドで寝息を立てていることだろう。

 ――私はルリの本当の母親ではありません。

 ぶっ。
 立花が口にしていた紅茶を噴出した。
 藍が自分の口から伝えると言う事に一度納得し、それなら自分は聞くことは無いと紅茶に口をつけた瞬間の話だったからだ。
「じゃあ、お父さんの事を話せなかったのは」
「もう、死んでいるから――」

 ――バグアに殺されているから。

 瑠璃の問いに藍は語る。ルリの両親は藍の姉夫婦だった事。共にバグアに殺されている事。復讐心で狂うのは自分だけでいいと思った事。ルリと生活する間に、復讐ではなくルリを守りたいと純粋に思うようになったこと。
 長かったような、短かったような語りがぴたりと止まると、『11』の店内の空気は重くなっていた。
「む、難しい話はわかんないけどルリは守るのですッ?!」
 眉をひそめ唸っていたセラの言葉に「よろしくね。セラちゃん」と、藍は優しく笑う。
「それでは、藍様はルリ様を守れる力があるか、私たちを試したと?」
「強要するつもりはありませんし、出来ません。私はお願いするだけです――ルリの力になって欲しいと」
 そう言った後下げた頭を上げると、不敵な笑みを浮かべて口を開いた。
「なんて、ね。気が向いたら相手してやって」
 その言葉に頷く傭兵達に、どこかほっとしたようにため息を吐く藍。
「愛されているんですね、ルリ様の事を」
「当然じゃない――」

 ――私の自慢の娘なんだから。

 ヨハンの言葉に微笑んで藍はそう言って、長いポニーテールを揺らした――。