タイトル:強化人間はかく語りきマスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/09/25 22:04

●オープニング本文




 ――リュウグウノツカイ。

 私はかつて縛られていたそれの名を聞き、口の中で繰り返していた。
「なにか情報を持っているんだろう!?」
 目の前に座る将校がテーブルを叩きつけ唾を飛ばしながら叫ぶ。
 将校の後ろに控えた若い仕官が「まぁまぁ」と、冷めた目で将校を宥めに入る。
 どうやらこの怒鳴り散らす将校は、部下にあまり好かれて居ないらしい。
「ミズキちゃん。なにか知っていたらで良いんだ。教えてくれないか?」
 若い仕官が優しく問いかけてくる。
 強化人間として拘束された私――私達と仲良くなってくれた仕官の一人だった。
「RTはイーノ=カッツォの強化人間実験部隊。実験場があったけれど、もう廃棄されているはず」
「実験場?」
 眉を顰めて問い返す将校に、私はこくりと頷いた。恐らく場所も正しく覚えている。

 私が調整された場所だから。

 その所在を告げると、将校は口元を歪め仕官に調査するように指示を飛ばす。
 しかし、私それを止めた。
「なぜだ?」
「あそこには何も残っていない」
「なぜ言い切れる?」
「私がここにいるから」
 所在を知っている私が人類側に落ちた時点で実験場の場所は知れる。

 残っているとしたら罠くらいだ。

 リスクと比べて予測できるリターンが少な過ぎる。
 そう告げると将校は口元を歪め笑った。

 ――なら傭兵に行ってもらえばいい。

 そう言って若い仕官に命令を下した。

●強化人間達の他愛無い話。

 ――TB?

 床に座り込んだ焔真の言葉を、私は鸚鵡返しに繰り返す。
「Toy Boxの略さ」
「どう言う意味よ?」
「そのまんまの意味。イーノが人間を弄ぶ為に作った施設」
「イーノ?」
「おいおい‥‥あんたを強化人間にしてくれたヤツだろ?」
 あぁ、あの子供か。などと思い出す。
 あの子もいつか殺してやらないとな。などと思いながら私は口を開く。
「で、それが何?」
「そこでイーノが最後にやった実験があってさ」
 いつもどおり能面のような笑みを顔に貼り付けたままカカカと笑う。
 私には何が面白いのか全く分からない。心の中で「死ねば」と思いながら話を促す。
「聖ちゃんって『蟲毒』って知ってる?」
「なにそれ? 関係あるの?」
「あるある。壺とかの中にさ、毒蜘蛛とか蛇とかたっくさん入れて暫く放置しとくんだよ。んで、お互い喰らい合わせて最強決定戦をするんだ」
「馬鹿みたい」
「そうそう、馬鹿だろ?」
 ほんと、馬鹿だ。
 一方的に殺すから面白いのであって、殺しあうのには興味ない。
「それを、その施設でやったんだよ。廃棄するついでにってさ」
 私はふぅん。と興味なさげに剣を引き抜くと、壁に縫い付けられていた傭兵がずるりと床に落ちた。
「いつの話?」
「年末くらいの話かな?」
「じゃあ、皆死んでるわね」
 振り返ると焔真のわき腹の刺し傷から赤い血が流れている。
 こいつの血も赤いんだな。とか思いながら「血がでてるわよ」と言ってやると、「聖ちゃんが刺したんだろ」と表情も変えずにそう応えた。
 そういえば、傭兵を殺すのに邪魔で纏めて後ろから刺したんだった。
 死ねばよかったのに。
「でもさ」
 焔真は懲りずに話しかけてくる。
「もし、それで生きてるのが居たら面白いと思わない?」
「全然」
 私がそう即答すると、焔真は不満そうな声をあげた。
 五月蝿い男だ――

 ――ほんと、死んでしまえばいいのに。

 そう、面と向かって言ってやった。

●廃棄された少女

 ――僕の為に死んでくれるかい?

 うん、いいよ。と少女は応える。
 ワタシはキミに助けてもらったから。

 ――僕の為に殺してくれるかい?

 うん、いいよ。と少女は応える。
 ワタシはキミの為に生きているから。
 キミが人類の敵だというのなら、ワタシも人類の敵になるよ。

 ――流石、僕のルルゥだ。

 そう言って少年は少女の頭を撫でる。
 少女は少年に抱きつきたいのだが、着せられている拘束衣が上半身を縛っておりそれは叶わない。
 それでも、少女は目を細めて少年の手の感触を感じる。

 ‥‥‥‥。

 そこで――いつも目が覚める。
 目を覚ますと暗く冷たい石の床の感触。
 はっとして起き上がり、いつも少年が現れた入り口の方を見る。
 
 もしかしたら、今日は来てくれるかもしれない。

 そう思ったところで、お腹が空腹を訴えてきた。
 とりあえず朝ごはんを捕りにいこう。
 上半身を拘束衣で縛られながらも、器用に立ち上がり暗い階段を上っていく。
 周りにはもう動かなくなった友人達が居た。
 あの少年がここに来なくなってから、友人達は皆おかしくなってしまった。
 最初は互いにいがみ合い、ちょっとした小競り合いだった。
 しかし、それが本格的な戦いになるまでには、そう時間は掛からなかった。
 気付けばここには少女しか残っていなかった。

 ――ここを出ようとすれば、いつだって出られる。

 そう、思う。
 しかし、その度に少年の言葉が少女の心に響くのだ。

 ――ルルゥ。君は僕の大切なこの場所を護ってくれるかい?

 その言葉に、少女はやはり、うん、いいよ。と応えた。
 約束。
 ある意味少女が今、縋れる物はその少年との約束だった。

 いつか、きっと、あの少年が帰ってきてくれると信じて――。

●参加者一覧

キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
リュティア・アマリリス(gc0778
22歳・♀・FC
追儺(gc5241
24歳・♂・PN
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA
大神 哉目(gc7784
17歳・♀・PN

●リプレイ本文


 ――暗い闇へと続く穴。

 鬱蒼と茂る森の中に『それ』はあった。
 情報通り巧みに隠されたその洞窟の奥に、明らかに人工的に作られた地下へと続く階段があった。
 その濁ったような空気の中、ルルゥはふと顔を上げて鼻を鳴らした。
「‥‥知らない、匂いがする」
 それは、この施設の中では一度も嗅いだ事のない匂い。知らない人間の匂い。

 ――護らなきゃ。

 少年との約束。大好きだった――少年の記憶。
 ルルゥは立ち上がり、この広い施設の中駆け出した。


「動体‥‥あります」
 施設の入り口の壁に手を当て目を閉じていたリュティア・アマリリス(gc0778)が、月野 現(gc7488)へと告げた。
 現は眉を顰め後ろに立つキリル・シューキン(gb2765)に振り向いて口を開く。
「例のヤツですかね?」
「分からん――が油断するな。何かヤバい奴がいる可能性が高い」
「大型キメラ食べるような奴がいるんでしょ? あー、面倒くさ‥‥」
 大きなため息と共に愚痴を吐き出したのは大神 哉目(gc7784)だ。
 この施設に到着するまでに、食い散らかされたばかりの大型キメラを見かけている。それを喰らったヤツがこの奥に居る可能性があるのだ。
 それとの戦闘がある可能性を考えると気が重い。
「キリルさん。俺は施設内で動いてるのを押さえます――リュティア、哉目。付き合ってもらっていいか?」
「あ、はい。現様、哉目様。今回も宜しく御願い致します」
「りょーかい」
 現の言葉にそれぞれ了解の意を返す二人。それに乗っかるようにして、村雨 紫狼(gc7632)が手を上げる。
「んじゃ、俺もそっちにのっかろーかな? 人数的に、さ」
「お願いします。村雨さん」
 ぺこりと紫狼に頭を下げる現。
「では、こちらは残存資料の探索に掛かる――それで良いか?」
 キリルはモココ(gc7076)に向かって、釘を刺すようにそう言う。
 前回の単独行動の事もあり、罠があるかもしれないこの場所で無茶をさせない為だ。
 モココは黙って頷きを返し暗い階段の底に視線を投げかける。

 ――ここに‥‥彼女に繋がる鍵があるんでしょうか‥‥。

 モココの瞳にはどこか不安そうな光を宿していた――。


「暗いな‥‥」
「電源設備を探しましょうか」
「‥‥そうだな」
 そう応える柳凪 蓮夢(gb8883)に、しゃがんでいた追儺(gc5241)は立ち上がった。
 地下に作られた施設内は電源が落ちており、多少目が慣れてきたとは言えこのままでは捜索が捗らない。
 それに――。
「――酷いもんだな」
 追儺は先程まで調べていた物を見下ろしながら、ぼそりとそう呟く。
 暗くてはっきりと分からないが、恐らく‥‥子供の遺体。
 いや、暗いだけが理由ではない。損傷が激しく判断が付かないものも多いのだ。
 これまで確認しただけでも13体。その全てが体の一部を破損するほどのダメージを受けている。
「仲間割れか」
「この施設と一緒に廃棄された子供達のようですね」
「じゃあ、さっきの動体って言うのは‥‥生き残った子が居るかもしれないって事か?」
「可能性はあります」
 そう、あくまでも可能性。
 しかし、この施設に来る途中で見たキメラの死体に付いていた歯形は、幼い子供の物の様にも見えた。
 もし、生き残りが居たとして、それが本人にとって良かったのか、それとも――。
「人がいるなら救いたい‥‥でなければ、俺達もバグアと同じになる気がする」
 この施設内に漂う嫌な空気に歯噛みしながら言う追儺に、蓮夢は「ええ」と端的に応える。
 可能な限り救いたいと思うのは蓮夢も同じだ。
「罠‥‥ありませんね」
「油断はするなよ、聞いた限り最低なバグアだ」
「は、はい」
 モココの呟きにキリルがそう言うと、モココは慌てて応える。
 暗くてよく見えないが、キリルは気配を逃さないよう気を張っているのだろう。

 ここは――死の匂いで満ちていた。

 むせ返るような。息詰まるような。先日の強化人間と対峙した時の様な。
 そんな感覚をキリルとモココは感じていた。
 キリルがあの強化人間を思い浮かべ、苛立たしさを抑え付けるかの様に舌打ちを打つ。
 そこで、キリルの持つ無線機に通信が入る。地下である所為かかなりノイズ混じりに紫狼の声が聞こえる。その紫狼の言葉に、キリルは眉を顰めた。
「‥‥説得? ‥‥了解した。私たちもそちらに向かう」
 場所を確認し、通信を切ると皆を振り返り口を開く。
「生き残りがいたそうだ。あちらは説得を試みるらしい。こちらも合流する」
 その言葉にその場に居た3人が顔を上げ、各々頷きを返した――。


「くそっ、子供相手とか‥‥超面倒くさいっ!」
 大神が愚痴りながら頭を下げた瞬間、少女の蹴りが頭の上を通り抜け、コンクリートの壁を易々と切り裂いた。
 コンクリートを砕くのではなく、豆腐の様に切り裂いたその蹴りの威力に冷や汗が流れる。
 覚醒し、白に変わった大神の髪がぱらりと落ちた。
「ちょ、冗談じゃないっ」
「下がれっ! 哉目っ!」
 現の言葉に後ろに下がる大神を、少女が追いすがる。
 かわしきれないと判断した大神は腕をクロスさせ防御の体勢を取った。
 そして、体ごとぶつかるような頭突きが大神に激突する瞬間――

 ――わりぃけど、まず、おにぃちゃんと話をしようぜっ!

 紫狼のそんな声と共に、不可視の壁が大神を護った。
 守護神。
 鉄壁ともいえるその壁に弾かれ、少女は警戒し大きく距離をとる。
 不意打ちで大神が落としたランタンの光に照らされた少女は、何が起こったのかと理解できない様に首をかしげている。もしかしたら傭兵と戦闘するのは初めてなのかもしれない。
 その少女の姿は異様だった。
 上半身を拘束衣に包まれており、あどけないその顔はまだ10代前半といった所だろう。
 少女の動きを止めようとリュティアが呪歌の発動準備に入ったところを、現が手で制止する。
「現様‥‥?」
「俺達は君に危害を加えない。だから‥‥少し話さないか?」
 現の言葉に対し少女は応えない。しかし、攻撃を加えようともしない。
 話は通じるようだ。が、少女は警戒しているのだろう、足を大きく開きいつでも飛びかかれるよう構えている。
「そうそう、おにぃちゃん達と話そうぜ?」
「おにぃちゃん達‥‥何しに来たの?」
 現と紫狼の言葉に応えたのは、細く掠れた様な声。
 顎を引き訝しそうに傭兵達を見る少女が発した最初の言葉だった。
 ここからは慎重に言葉を選ぶ必要がある。リュティアが現の方に視線をやると、息を呑む現の姿が見えた。
「君は‥‥何故ここに?」
 質問に質問で返すのは通常禁忌ではあるが、それでもこちらの目的を伝える事が少女の行動のトリガーとなる可能性があった。故に現は敢えてその禁忌を犯す。
「約束だから」
「‥‥約束?」
 リュティアが少女の言葉を繰り返す。少女はリュティアの方に視線を送り頷きを返す。
「ここを護るって言う、彼との約束」
 少女のその瞳には『彼』と呼ぶ人間への、狂信とも言うべき光が宿っていた。
 この狂信が少女をここまで生き延びさせた物であろう事が想像でき、その狂信を作り上げた『彼』に対して、リュティア吐き気がするほどの不快感を覚えた。
 どれだけの悪意を注ぎ込めば、こんな幼い少女を狂わせる事ができるのか。
 いや、幼さゆえにここまで狂わせる事が出来た。とも言えるかもしれない。

 ――君は、イーノと言う少年を知っているかな?

 不意に背後から掛けられた言葉に少女は振り返る。いや、『イーノ』と言う言葉にはっきりと反応した。
 ランタンの光が届かない闇の中から、蓮夢がゆらりと現れた。
「少しだけ、話をしないかい? 彼に関して、さ」
「お兄ちゃんは‥‥」
「私も、彼と『約束』した事があるんだ。君と同じようにね」
 少女の唇が微かに動いた。『約束』と言う言葉を繰り返したのかもしれない。
「‥‥彼と、もう一度逢いたい?」
「‥‥逢いたい」
 少女はそう呟き。そしてもう一度泣きそうな顔で「逢いたいよ」と口にした。
「私に‥‥私達に協力してくれれば逢えるかもしれない」
「本当に?」
「彼は‥‥その時は近いと言っていた」
 慎重に。言葉を選び。少女の思いを。ある意味利用して。蓮夢は語る。騙る。
「どうかな?」
「一緒に来なよ、ここでずっと待ってても多分何も変わらない。だから、自分からそいつに会いに行きなよ」
 少女は少しの逡巡の後、大神の言葉に後押しされたのか首を縦に振った。
「‥‥ありがとう。君の、名前は?」
「ルルゥ」
「そっか、良い、名前だね」
 そう言って蓮夢はルルゥの頭を撫でる。ルルゥは驚きに目を丸くした後――少女らしい笑顔を浮かべる。
 蓮夢は後ろに居たキリルを振り返ると、キリルは手をかけていた銃把を放しため息を漏らした。
 説得を試みようとした蓮夢が失敗した場合、即座に少女の動きを抑える為に構えていたのだ。

 ――全く、甘い連中ばかりだ。

 そう、私も含めて。キリルはそんな事を胸中で一人ごちた。


 ルルゥの先導の元、傭兵達は施設の中枢部へと向かっていた。
 途中、いくつもの少年少女の遺体が横たわっている。腐乱による損傷の激しいものもあれば、ミイラ化しているものもあった。
 ただ、言える事としたらここはまさしく廃棄された場所。
 ルルゥを含めた少年少女すべてを弄び、飽きたと言う理由で廃棄された、既に全てが終わってしまった場所。砕かれた調整槽。壁に大きく空いた穴。そしてお互いの胸を貫きあった、まだ幼い子供の遺体。
 その全てがこの施設の狂気をあらわしていた。
 誰もが不快な気持ちになり、言い知れぬ怒りがあふれてくる。
「ついたよ」
 ルルゥの言葉に、傭兵達が皆顔を上げる。
 そこはかつて、この実験施設の心臓部ともいえる場所だったのだろう。やや広めの空間にいくつかの調整槽。そしてコンソールパネルがそこにはあった。
 比較的破壊が少なく、電源が生きていれば何かしらの情報を引き出せたかもしれない。
「電源設備は‥‥」
「シルが壊しちゃった」
 追儺の漏らした言葉にルルゥがそう応える。
 シルと言うのは、ここに来るまでにあった遺体の一つだろうか。追儺はため息と共に「そうか」と言う言葉を吐き出す。前情報通り、リターンは期待できない。と言った所だろうか。
 その中で、黙々とコンソールパネルの辺りを調べていたのはモココだった。
 あの少女に繋がる情報が少しでも欲しかった。あの少女に付けられた胸の傷を撫で、唇を噛む。廃棄された時期を考えると、ここにあの少女自体の情報は皆無であろう事は理解できる。
 それでも、あの少女を巻き込んだバグアの意図を多少は読み取れるかもしれない。
「流石に資料らしいものはありませんね。というより――」
 モココの背後でリュティアがため息をつき、ランタンの心細い明かりの下で中枢施設の中に視線をめぐらせる。
 比較的破壊が少ない。しかし、決して破壊されていないわけではないのだ。
「流石に――無理か」
 リュティアの困ったような視線に、追儺が苦笑を漏ら――

 ――ようこそ。

 ルルゥの声でも、傭兵達の誰でもない声が中枢施設に響いた。
 コンソールパネルを弄っていたモココの目の前の大きなモニターに少年の姿が映し出される。
「イーノっ!」
「あれが‥‥イーノ‥‥?」
 その声を聞き、ルルゥが嬉しそうな声を上げ、そして紫狼はその姿にあの快活な少女の面影を見る。
 しかし、それを無視するかのように声は続けた。

 ――そこに居るのは生き残った誰かか? それとも人間か?

「これは‥‥?」
 キリルはそう呟き考えを巡らせる。電源が死んでいるはずにも関わらず、このモニターは予備電源か何かで起動された。つまり――

 ――何かのトリガーになっているっ!?

「撤退するぞ! いやな予感がするっ!」
 突然現れたイーノの映像に気を取られていた皆は、その声に我に返った。
 手当たり次第に持てるものを持ち、大神、リュティアがまず駆け出す。
「モココさんっ! 早くっ!」
 イーノの映像をその目に焼き付けようと、モニターを睨み付けるモココに現が叫ぶ。
 それとほぼ同じくして、モニターに映るイーノが禍々しい笑みを浮かべた。

 ――まぁ、どちらでもいいさ。

 モニターの中のイーノがそう言うと、周囲の警告灯が辺りを赤色の光に染めた。
 現はモニターにかじりつく様なモココを引き剥がし、中枢施設から脱出する。
 それに続くように追儺。そしてモココと同じように動こうとしないルルゥを蓮夢が抱き上げて走り出す。
「村雨っ! 何をしている!」
「あ、あぁ‥‥」
 心ここにあらずと言った様に、キリルの声に応える紫狼。

 ――ただ、ごみはごみらしく死ね。

 イーノの嘲笑があたりに響く。耳障りな嫌な笑いだった。
「村雨っ!」
「っ!?」
 再び掛けられた言葉に、紫狼はやっと我に返りその場から駆け出した。
 それを確認してから紫狼を追う様にしてキリルは、中枢施設からの脱出を開始した――。


 ――爆音。

 施設のあちこちに仕掛けられていた爆薬が炎を巻き上げ、忌まわしい施設を焼き尽くす。
 爆発の影響で入り口となっていた洞窟は崩れ、脱出した今となっては傭兵達に爆発の振動を感じさせるのみとなった。
「結局持ち出せたのはこれだけか」
 追儺が皆が手当たり次第に持ち出した資料を眺めて呟く。戻り次第内容を整理する必要があるだろう。
「一番の収穫は彼女でしょうね」
 リュティアがその一番の収穫に視線を向けると、大神から貰ったチョコを口の周りに付け、何があったのか良く分からない。といった風に笑うルルゥが居た。
 どうやら大神と蓮夢に懐いた様にも見える。先程から二人から余り離れようとしない。
 大神はどこか面倒臭そうにしているが、まんざらでもなさそうだとリュティアは思う。
「あぁ、救えてよかった」
 そう言って追儺はやわらかく笑う。
 ルルゥにとっては、これから厳しい現実が待っているだろう。それでも、生きていればきっとよい事がある。追儺はそう思うし、生きていて良かったと思えるようにしてやりたいと思う。
 この少女はまだ本当の意味で救われたとはいえない。あのイーノと言うバグアにこれからも長く縛られ続けるだろう。
 ルルゥは二人の視線に気付くと、無邪気に手を振ってくる。
 それにリュティアが微笑んで手を振り返すと少女は幸せそうに笑った。

 俺達は、この子を本当の意味で救える日が来るのだろうか。

 ルルゥの笑顔を眺めながら、追儺はそう呟いた――。