タイトル:死を求める少女と牢獄マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/26 13:26

●オープニング本文


 ――暗い独居房。

 精々腕が通る程度の、明かり取り用の小窓から月明かりが少女の顔を照らす。
 両手両足を拘束されたまま、椅子に座り小窓から見える空を虚ろな瞳でぼんやりと見上げていた。
 房の広さは二畳もない。
 そこに置かれた椅子に、少女はどれくらいの時間拘束されて居るのだろうか。夜が三回訪れた辺りから数えるのを止めた。
 少女が着たシャツの隙間から見える胸元には、何かが抉り取られたような傷痕が見える。

 少女は罪を犯した。

 だから、今こうやって拘束され、傭兵であった証のエミタも少女の身体から摘出されている。

 ――だからどうした。

 少女はぼんやりとした思考の中でそう思う。人間なんて滅んでしまえばいいのに。だから作戦に同行中だった他の傭兵を皆殺しにした。
 助けるべき町の人間を皆殺しにした。
 少女の事を狂っていると誰かが言うと、そうだ。と少女は応えた。
 誰かが少女の事を人殺しと罵ると、おまえも殺してやりたい。と少女は応えた。

 ――だから、どうした。

 少女にとっては人間は敵だった。いや、本来人間の天敵は人間なのだ。
 地球上で無闇に同類を殺すのは人間だけだ。カッコウですら同族殺しはしないというのに。
 同族殺す程のその闘争心は、バグアを駆逐した後どこに向かうのかなど想像するまでもない。

 だから私は殺す。

 もし解放されれば、エミタなど無くとも可能な限りの方法で人を殺す。無意味に、無闇に無造作に。
 自分が息絶えるまでそれを繰り返す。

 少女は死を待っていた。

 死を望んでいた。むせかえるような死の匂いの中に身を置いて居たかった。死は人の命を爆発的に輝かせ、爆ぜる。
 それはまるで花火のように儚く、美しい。
 あの死の匂いが好きだった。

 ここは、この独居房は清らかすぎる。
 せいぜい看守が下卑た目で、少女の身体を舐めるように見るくらいだ。

 ――だから。

 不意に嗅ぎ慣れた死の匂いを感じた時、少女は鉄格子の向こうに視線をやっていた。

 視線の先には暗い闇。

 そして闇の奥から濃い、死の匂いが少女の鼻をくすぐった。
 じっとそちらを見つめていると、闇の中から少年が現れた。顔には人懐っこい笑顔を浮かべている。
「よ」
 少年は片手を上げて少女にそう声をかけた。
「あんたが大量殺人犯?」
 あなたもでしょ? と思ったが少女は口にしなかった。だからどうだというのだ。
「意外だねぇ、こんな可愛い娘が」
 くだらない。そう口にしようとしたが掠れて声が出なかった。そう言えば最後に声を出したのはいつだっただろうか。
「な‥‥にを」
「しにきたのかって?」
 少女の言葉尻を取って少年は続けた。
「スカウトさ。天使 聖(あまつか ひじり)ちゃんをね」
 少女、聖は自分の名を呼ばれ僅かながらに目を見開く。
「俺達の仲間になってよ」
「なか…ま?」
「仲間が嫌ならお友達からでもいいよ?」おちゃらけた風に少年は言う。笑ってはいるが、その目の奥には感情が微塵も感じられない。
「友達になってくれたら――」

 ――人を殺すための力をあげるよ。

 人形のような笑顔を貼り付け、少年はそう告げ、少女を監禁していた鉄格子を容易く破った。
「俺達には君の様な仲間が必要なんだ」
「あなた、ば‥‥ぐあ?」
「あ〜、まぁ、そっち側ってだけでバグアって訳じゃない。どう? 来る?」
 少女は音もなく笑い、口を開く。

 いいだろう。やってやる。

「おーけー。やってもらうさ」
 そう言って少年は少女の形をした狂気を解き放つ。
 久しぶりに解放され、少女は気付かぬうちに涙を流していた。
 喜びの涙を。

 ――これで、殺せる。

 そう、喜びの涙を。
「意外だね、大量殺人犯でも泣くんだ?」
「死ねば?」
「もう死んでるようなもんさ」
「そう」
「おし、聖ちゃんにもちゃっちゃと強化人間になってもらって、手伝ってもらわなきゃ」
「なにを?」
「仲間探しだよ。ゲームみたいだろ?」
 くすくす。笑う少年を一瞥して、少女は思う。

 だから、どうした。

 あんたたちもちゃんと殺してあげるわよ。と――。

●参加者一覧

藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
キリル・シューキン(gb2765
20歳・♂・JG
猫屋敷 猫(gb4526
13歳・♀・PN
加賀・忍(gb7519
18歳・♀・AA
天羽 圭吾(gc0683
45歳・♂・JG
ラナ・ヴェクサー(gc1748
19歳・♀・PN
モココ・J・アルビス(gc7076
18歳・♀・PN
月野 現(gc7488
19歳・♂・GD

●リプレイ本文

●少しだけ、先の話。

 ――今からでも‥‥間に合うかな?

 天使 聖はそう呟いて、モココ(gc7076)が差し伸べるその手にゆっくりと自分の手を伸ばす。

 瞬間――響く銃声。

 そして、鮮血がその場に散った――。


 二台のハンヴィーが軽快に林の中を走りぬける。
 先を行くハンヴィーから上半身を乗り出し、周囲を警戒していた月野 現(gc7488)がハンドルを握るキリル・シューキン(gb2765)に向かって無線機を片手に声を掛ける。
「先行班より、ルートクリア。キメラ掃討済みだそうです」
「つまり、相手には位置を掴まれている訳だな」
 キメラの数から考えて、こちらの位置をトレースする為の物だろう。
 バックミラー越しに後部座席に座るモココに視線を送ると、思いつめたように手元を見つめていた。
 キリルは視線を前に戻し口を開く。
「あれは仕事の邪魔だ。強化人間化しているなら猶更助命する価値もない」
 モココはキリルの言葉にはっとして、運転席のキリルへと視線を上げた後唇を引き結ぶ。
「お前が考えている事は――ただのエゴだ」
「エゴでも自己満足でもなんでも良い! 私は彼女を助けたいんです!」
 食い下がるモココに面倒臭そうに鼻を鳴らすキリルに、「まぁまぁ」と二人を宥める月野の姿がそこにはあった――。

 ――私達は狙われているのか。

 キリルたちのハンヴィーに続く車の窓から外を眺め、黄 虎人はそう呟いた。
 窓の外には小型のキメラの屍骸が黄の視界に入る。
「知る必要はありません」
 後部座席から猫屋敷 猫(gb4526)が黄にそう応えると、「そうだな」と薄く笑った。
 黄のその瞳は実験により大量殺人を犯した凶器の人間とは思えない理性の光が見える。
 運転席でハンドルを握る天羽 圭吾(gc0683)の後ろに罪人の二人。更にその後ろの席にラナ・ヴェクサー(gc1748)と猫が座り罪人の挙動を監視していた。
「愛想よく出来ないのかよ?」
 自分の後ろの座席に座る二人に宇敷 朋和は茶化すように言うが、ラナはそれに応えず錠剤を飲み下す。
「は。ジャンキーの小娘にエスコートされるなんて俺も落ちたもんだな」
 吐き捨てるように言う宇敷に冷淡な視線を向けるだけで、ラナはピルケースをポケットにしまった。
「よせ、若いの。彼らは別に馴れ合う為に同乗しているわけじゃない」
 黄の言葉に「ふん」と宇敷は窓の外にやる。木々の隙間から見える太陽は西の空に沈もうとしていた。


 山岳地帯に入る辺りで日が暮れ、そこで夜を明かすことになった。
 先行していた加賀・忍(gb7519)と藤村 瑠亥(ga3862)、それと瑠亥のバイクに同乗していたモココが戻ってくる。
「ルート上の危険物は排除済み」
「夜間帯は明かりをつけないようにして、周囲の警戒に当たってもらえるか?」
 そう言って足元にいくつもの炸薬を放り投げる忍と瑠亥。全て信管を抜き起爆しないように処理済みだ。
「ではまず私が見張りに立つですよ」
 猫がそう言った時車の排気音が皆の耳に届く。その後の傭兵達の動きは早かった。
 キリルはハンヴィーの運転席に滑り込みエンジンをかけ「モココっ!」と叫ぶ。その時にはモココはガトリング砲を音のした方に構えていた。
「Давай Давай Давай! さっさと行けッ!」
「ち、気を抜いたつもりはねぇんだけどなっ!」
 キリルの指示と同時に、ボヤキながら圭吾は罪人を乗せた車輌のエンジンをかけ、排気音がした方に視線を向けると、ヘッドライトがこちらを照らしているのが見えた。
「足止めをするっ! ラナっ! 罪人を頼む!」
 瑠亥の言葉に、既に動き出していたラナは頷きを返して罪人を乗せた車輌に乗り込んだ。
「撃てっ! モココっ!」
「は、はいっ!」
 キリルの指示にガトリングの引き金を引く。砲塔がけたたましい音共に回転し鉛の弾が吐き出され、近づいてくる車輌の前面装甲を蜂の巣にする。
 しかし、車輌はなお加速して一行の車輌に向けて突っ込んできていた。
「ターゲットを殺すつもりか!」
 ショットガンでタイヤを狙う瑠亥だったが、タイヤを撃ち抜いても十分に加速した車輌は慣性に任せて、護送車輌めがけて走りこんでくる。
「猫屋敷君‥‥っ」
「はいっ!」
 敵車輌が激突する前に、ラナと猫が罪人を抱え車輌から飛び出した。舌打ちをしながら圭吾もそれに続く。
 そして、鈍い金属同士がぶつかり何かが潰れるような音。続いて目を焼くような光と爆音。
「‥‥爆薬が仕掛けてあったのか」
 燃え上がる二台の車輌を見つめ呟く月野。誘拐対象の命のことを考えていない様な無茶苦茶な行動だった。
 そしてその炎の中からゆっくりと何かが現れる。

 ――へぇ、FFって便利ね。

 赤々と燃える炎を背にしながら、炎の衣を纏い現れたのは――

 ――天使 聖。

「とりあえず、死んでくれる?」

 最悪の狂気の少女は笑顔でそう言った。


「周囲警戒! 護衛対象を遠ざけろっ!」
 野営する直前に仕掛けて来たのは、車輌のエンジンを切っているタイミングを狙ったのだろう。撃退したキメラ以外に、何か監視用のキメラがいたのかもしれない。
(撃退したキメラは囮か)
 そう考えながら、瑠亥は体を半身後ろへと逸らす。瞬間今まで瑠亥がいたところを白刃が通り過ぎた。白刃を振るった相手に、左の小太刀で斬り返す。
 相手は振り下ろした体勢から強引に小太刀を回避すると、猫の様に俊敏な動きで瑠亥との距離を取った。
「あれ? 殺れると思ったけど、やるねキミ」
 くすくす。と笑い、少年――緋野 焔真は能面のような笑みをその顔に浮かべて続けた。
「ねぇ、俺たちの仲間にならない?」
「馬鹿な事を」
 瑠亥がそう口にした時には既に少年の後ろに移動して小太刀を振るっていた。その切っ先が薄く少年の胸元を裂き朱線を走らせる。
「あちゃー、相手が悪かったかなぁ」
 大きく距離をとりながら胸元の傷を撫で、指についた自らの血を舐め取る。
 実際に今の戦況をどう思っているかは、張り付いた笑顔の所為で図れない。
「緋野 焔真っ!」
 その声に焔真がそちらを見ると月野の姿があった。自分の名前を呼ばれ「俺も有名になったもんだ」と呟く。
「人を殺すための力、仲間探しのゲーム? 生命を玩具にするな!」
「人生の楽しみ方は人それぞれだろ?」
「それに他人を巻き込むなって言ってるんだ!」
「はは、いい人だね。キミは――」

 ――その甘さ嫌いじゃないよ?

 焔真のその言葉は月野の直ぐ目の前で聞こえた。
「そう言う人は殺しやすいから、さ」
 一瞬で月野との距離を詰め、焔真が抜き放った刀が月野の喉元へと伸びる。
 その切っ先が届く瞬間――金属を打ち合う甲高い耳障りな音。
 割込んだ瑠亥の小太刀が焔真の刀を弾き、もう片方の小太刀が焔真の喉を狙うが、焔真の首の薄皮を切り裂くに止まった。
「いてて‥‥、やっぱり遊びに真剣になっちゃ駄目だね。俺はこの辺で帰るよ」
 そう言ってから不吉な笑みをその顔全体に浮かべ――手持ちの手榴弾を、ありったけその場にばら撒いた。

 ――俺を退けたボーナスさ。

 くかか。と次々と爆発する手榴弾の爆炎に紛れながら焔真はその場から消えた――。


 天使 聖は目の前の女に同じ匂いを感じていた。いや、きっと目の前にいる女もそうだろう。

 きっと、そうだ。

 そう思う。
 甘さの無い太刀筋、ただ殺す効率のみを突き詰めた戦闘スタイル。この女は――

 ――Carnage Heart.

 ただ、殺すことのみを望む殺戮人形だ。
 狂気と正気の境界でゆらりゆらりとたゆたう女だ。
 自然と笑みが漏れる。
 これはお互いが相手を殺すためだけに相手の考えを読みあう詰め将棋のようなものだ。
 淡々と殺意を聖にぶつけてくる女に興味が湧くが、会話をするよりも殺しあう事がお互いの事を分かり合えるだろう。
 恐らく、戦闘能力では聖の方が上回っている。
 女の肌にいくつもの傷をつけてはいるが、致命的な攻撃は悉くいなされている。

 それに――

 聖が大きく後ろに下がると、先程まで居た場所をガトリングの弾丸が大地を抉り取った。
「‥‥気に食わないクソガキめ。さっさと失せろッ!」
 キリルのガトリング砲の弾道が、下がる聖を追いかけてくる。その射撃が終わると、息を吐かせる間もなく忍が太刀を振り下ろす。

 ――この連携が厄介だ。

 キリルの射撃はかなり正確に聖の行動を制限してくる。FF越しとはいえ、一、二発貰ってしまった。
 どちらもいい腕だ。簡単には殺せない。
 ハンドガンに残った弾丸も後二発。ガトリング砲を持つキリルを仕留めるには心もとないと言った所だ。
 どうやって殺そうか。
 聖がそう思考を巡らせていると、視界の端に小さな影が割り込んできた。鋭い蹴りが聖の腹部をめがけて飛び込んでくる。
 それを右手の剣の柄で打ち払うと、目の前の少女――モココは聖にしか聞こえない声で「二人だけでお話がしたいです」と告げた。
 戦闘中の相手に話しかけてくるモココに興味が湧き、小さく顎で促すと、戦場から駆け出すモココを聖は追う。
 モココを追う聖を視線で追い、キリルは「まさか」と口にする。
「モココ――お前は自分の我儘のために私に民衆から石を投げられろと言うのか」
 キリルは吐き捨てる様に、そう言った。



 ――銃声。

「いけっ!」
 圭吾の声にラナと猫が二人が頷き、二人の罪人を担ぎその場から駆け出した。
 それを追って飛び立つキメラを圭吾の小銃が火を噴き撃ち落す。
 行く手を遮るキメラをすり抜け、ラナと猫は迅雷の様に山岳地帯を駆け抜ける。
 圭吾の持つ銃の銃声が、瞬く間に遠くなってゆく。
「猫屋敷君‥‥どこまで持つ‥‥?」
「もう、ちょっと‥‥ですかね?」
 少しでも敵から距離をとらなければと、二人はスキルを併用して走れるだけ走る。
 暴れた宇敷には気絶して貰ってラナが背負い、大人しく従った虎人は猫が担いでいた。
 しかし、暫く走ったところで二人は同時にぴたりと足を止めた。

 ――こんばんわ。

 目の前の道に一人の青年が立っていたからだ。
 その顔には穏やかそうな微笑を浮かべ、腰には日本刀を差している。
 隙あらば二人はその脇をすり抜けることも考えたが、すり抜ける途中で首が飛ぶイメージがよぎり二人の足を止めさせたのだ。
「守宮 井守(もりみや いもり)と申します。――用件は分かりますね?」
 ラナと猫はその背に負った罪人に意識をやり、再び青年へと視線を戻す。
「ラナさん」
「‥‥あぁ」
 二人がかりなら何とかなるかもしれないが、今はお互い人を一人背負っている。
 今思えば、分散させられここに誘い込まれたのかもしれないとすら感じた。
「あら、可愛い子達ね」
「だが彼女達は傭兵です」
「そうね」
 突如現れた女を見て「‥‥四人目」と猫は悔しげに呟く。
 人一人というハンデを背負って、強化人間を二人同時に相手するには荷が重過ぎる。味方が追いついてくるまでの時間は稼がせてはくれないだろう。
「御前 海(おのまえ うみ)。分かっていると思うけれど強化人間よ?」
 二人は息を呑む。

 ――降ろしてくれるかね?

 その緊張の中、猫に背負われた虎人がそう口にした。
 戸惑う猫に「逃げはせんよ」とだけ告げ、後ろを振り返り呟く。
「小を殺し、大を生かす。それでよい――」

 ――それが人間だ。

 そうしてゆっくりと目を閉じる。
 瞬間乾いた銃声と共に、一発の銃弾が虎人の眉間を貫いた。
 振り返った先には追いついてきた圭吾が、銃を構えた姿が見える。
 同時にラナのイオフェルが宇敷の喉を掻き切った。
「ラナさっ‥‥」
「これ‥‥で、あなた‥‥達のターゲットは‥‥無くなった」
 ラナは宇敷の返り血を浴び、血に赤く染まりながら二人の強化人間に告げる。
 それに、驚いたように目を丸くする守宮と御前。それから、苦笑を浮かべた。
「やられましたね」
「ははっ、あんた達の勝ちよ」
 踵を返し二人の強化人間は立ち去った。

 勝者のいない、この戦場から――。



 ――あなた、いい匂いがする。

 二人きりで向かい合った瞬間――瞬時にモココの背後に回った聖が耳元で囁く。
 慌ててモココは瞬天速で、距離をとり聖へと向き直った。
「な、なにをっ!」
「あなた、何でそちら側にいるの?」

 ――なんで、そちら側にいられるの?

 本当に不思議そうな顔で聖はモココに問う。
 それは単純な疑問であり、聖には理解できない状況だった。
「そんなにも、死の匂いがするのに」
 その言葉にモココは息を飲み、それでも前へと足を踏み出す。
「あなたも‥‥こっちに戻ってこれる」
 聖は僅かながら目を見開き、震える唇で言葉を紡ぐ。

 ――今からでも‥‥間に合うかな?

 まっすぐにモココを見つめる聖にゆっくりと歩を進める。
「傷つけた分だけ救えばいいんです‥‥まだ間に合います!」
 その言葉に聖はモココへと視線を向け、不器用に微笑んだ。
 手を差し伸べるモココにゆっくりと自分の手を伸ばす。

 瞬間――モココの胸が大きく裂かれた。

 ゆっくりとその場に倒れるモココ。「あ‥‥」と言う言葉が口から漏れる。
 見上げた空には丸い、月が。
 足元には血のついた小太刀が転がっている。
 聖は舌打ちを一つ打ち、腕を押さえながら大きくその場から飛びずさった。
 忌々しげに睨みつけた先には、硝煙をなびかせた拳銃を構える圭吾と猫の姿。猫はモココに駆け寄りモココの傷を見る。
「命に別状はありません!」
「そりゃ、何よりだ――で、嬢ちゃん。目的の罪人どもはもういねぇぜ? 続けるかい?」
 圭吾の言葉に聖はくすくすと笑う。
「はは。私は戦いが好きなわけじゃない――」

 ――殺すのが好きなの。

「その子の名前は?」
「聞いてどうする?」
「だって、甘くて‥‥殺しやすそうなんだもの」
 聖は唇を舐め、嘲るようにして言う。

 ――モココ‥‥。

 掠れて、ともすれば聞き漏らしてしまいそうな程の声でそう答えたのは、猫に応急手当を受けていたモココ本人だった。
「そう、いい名前ね――次はちゃんと殺してあげるから」
 その言葉を最後に、聖はこの場から姿を消した。


 病院に運ばれるモココを見送りながら、天羽は煙草に火を点けた。
 煙を大きく吸い込み、ため息と共に吐き出す。
 モココの傷はそれ程深く無いそうだ。傷よりも精神的なショックで少しの休養が必要らしい。
「小を殺し、大を生かす‥‥か」
 虎人の口にした言葉。それはバグアを打倒する為に研究を続け、その結果多くの犠牲を出した男の結論だったのかもしれない。

 ――凶悪犯だからと言って、手を下す権利はあるのか。

 そう、自問する。
 モココが聖を救いたいと思ったのもエゴであれば、あの老人を殺した事も自分のエゴだったのではないかと――。

 その答えは、この戦争の先にあるのだろうか。

 天羽はそう呟く代わりに、紫煙を吐き出した――。