タイトル:傭兵少女と海の特訓マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/08/08 21:53

●オープニング本文


●悪夢のような記憶

 ――どちらか選ばせてやるよ。

 イーノは倒れ伏す私に、酷薄な笑みを浮かべながらそう口にした。
「どう言う、意味‥‥?」
「ははは。わからないのかい? だから男か女か助けたい方を選べよ。選ばなければ――」

 ――両方殺す。

「っ」
 言葉にならなかった。
 私に選べというのだ。このバグアは。
 見殺しにする子供を。私に‥‥選べというのだ。
 その子供達の父親の顔で、声で。どちらか一方を見殺しにしろと言うのだ。
 怒りと共に立ち上がろうとする私の肩を、灼けるような痛みが襲う。熱を持った光の槍が体を突き抜けて行くのがわかった。私は歯を食いしばり何とか無様な鳴き声を上げるのを避ける。
 私はイーノを睨みつけた。憎悪だけでイーノが殺せるのであれば、きっと三回は命を奪えただろう。
「5」
「!?」
「4」
 歌うように。楽しそうに口ずさむ突然のカウントダウンに、私はきっと冷静な判断力を奪われたのだろう。
「3」
 カウントダウンが終われば何が起こるか。想像がする必要が無いほど分かり切っている。
「2」
 残酷に進むカウントダウン。たったこれだけの時間で私はどれだけの思考を繰り返しただろう。
 何度、姉さんと義兄さんの顔が脳裏に浮かんだだろう。何度、懺悔しただろう。

 ごめん。姉さん。

 私はそう心で呟く。
「1」
 その時、私はイーノに抱かれた子供の一人の名前を口にする。
「瑠璃を。女の子の方を返せ」
 私の言葉にイーノは満足そうに笑う。
 私はその顔を見ながら、義兄さんはそんな顔しない。そんな醜い笑みを浮かべたりしない。奥歯が砕けそうな程の力で歯を食いしばる。
 気持ちが悪い。目の前が真っ暗になっていく。
「ははっ、男の方を『見捨てる』んだね?」
「うる‥‥さい」
「いいよいいよ、人間。お前たちのその顔が見たくて僕は地上に降りてきたんだ」
「うる‥‥さいっ」
 感情とは裏腹に体は動いてはくれない。
「なら、この娘は置いていく」
「その子を‥‥どうするつもり?」
 未だ解放されない甥の寝顔を見つめながら、私は掠れた声で問う。
「面白い事を思いついたんでね。連れて行く事にするさ」

 ――面白くなってきた。

 ヤツはそう言って目の前から消える。
 残ったのは私と、瑠璃と、静寂だけ。

 私は言うことを聞かない身体で地面を這いずり、ヤツが地面に置き去りにした瑠璃に手を伸ばす。
 そして胸に強く掻き抱き、私は空に吠えた――

 ――ごめん。

 そう、誰にともなく謝罪を繰り返しながら。

●今の日常。
「ママママママママママママママママママっ!」
「今日は何?」
 背後から迫る騒音にうんざりしながら後ろを振り返ると、不覚にも驚かされた。
「ほら! お揃いっ!」
 そう言って私の目の前でくるりと一回転すると、長い髪を後ろで括ったポニーテールが、まさしく尾を引いて娘の周りを一周する。
 どうやら覚醒したときに髪が伸びる事に気付き、私と同じ髪型に挑戦してみたらしい。
 無邪気に「どう?」と聞いてくる瑠璃に苦笑し、頭を撫でながら「似合ってるわよ」と言うと、えへへと嬉しそうに笑った。
「えいっ!」
 と、瑠璃が言うと同時に私は上半身を逸らし、風を切る娘の拳を回避する。そのまま身を翻し、両足を瑠璃の首にかけ、バク転をするように一気に背後へと放り投げる。
 所謂、フランケンシュタイナーと言うヤツだ。
 頭から地面に激突した瑠璃だったが、何事も無かったように立ち上がり「惜しかったのにな〜」とか言ってる。
「不意を突くのは悪く無いわね。でも不意を突くなら発光するようなスキルの選択は駄目よ?」
 とは言え正直な所危なかった。私の戦闘に関する勘が危険信号を発しなければ、間違いなくあの一撃を受けていただろう。
 その辺りは経験の差だ。
 ‥‥娘に対して危険信号を感じる家庭環境は、まぁ普通じゃ無いけれども。
「今度は頑張るよっ!」
「えぇ、ガンバんなさいな」
 私はそう言い手をひらひらさせてその場を去ることにする。

 傭兵になったからには、もっと強くなんないといけないんだから。

 苦笑しながら、私はそんな事を胸中で呟く。
 そして、私を真似てポニーテールにして来たあの子の行動が嬉しくて、ちょっと照れくさかった。

 親なんてそんなものなのかもしれない。

●参加者一覧

龍深城・我斬(ga8283
21歳・♂・AA
美崎 瑠璃(gb0339
16歳・♀・ER
セラ(gc2672
10歳・♀・GD
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
ヨハン・クルーゲ(gc3635
22歳・♂・ER
キロ(gc5348
10歳・♀・GD
田中 義雄(gc7438
23歳・♂・GP
村雨 紫狼(gc7632
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

●浚われたママ!
「特訓だーっ!」
「おおーっ!」
 ルリの揚げた叫びに鬨の声を上げるキロ(gc5348)とセラ(gc2672)は、海の家でスタンバっていた。
 ルリとキロの目の前には巨大なかき氷。二人はそのかき氷を真剣な表情で見つめた後、お互い不敵な視線を交わす。
「ではかき氷早食い特訓! スタートっ!」
 セラのその言葉と同時に二人はかき氷を掻き込む。暑い夏。普段であればその氷は涼を取るための素敵なツールになるはずであろう。
 しかし、その氷は雷撃のような刺激と共に、二人のこめかみを襲う。
「あぅあぅあぅっ!?」
「痛いのじゃっ! 頭がっ!」
「がんばれーっ!」
 きぃん。と言う擬音が正しいか分からないけれど、頭を襲う痛みに二人はその場をのた打ち回る。
 もう、既に何の為の特訓なのか全く分からない。
 その時、ずざざざっ! と砂煙を上げ海の家の前に止まりルリ達に声を掛ける少女――春夏秋冬 立花(gc3009)である。
 競泳用の水着を身に纏った姿は、実に‥‥滑らかで、うん。えーと。抵抗の少ないであろうそのフォルムは、きっとベストタイムを叩きだせることだろう。
立花は息を切らせながらルリに告げる。
「お母さんを預かったって。返してほしければ合格バッジを集めろって」
「そんな‥‥ママがっ!」
「ちょ、ちょっと待って!」
 目的もなく駆け出そうとするルリを引き止めて、地図を手渡す立花。
「さぁ、行こう。その地図に書かれた場所に、バッジを持っている人がいる!」

 ――そして、一番手は私だよ。

 その声に振り返ると、薄く笑みを浮かべたセラ。
 優雅な動きで他の三人に背を向け、海の家の外まで歩き日傘を差すと振り返って口を開く。
「戯れるとしようか、淑女的にね」

 セラのもう一つの人格、アイリスはそう告げた。

●特訓開始
「アイリスちゃん! どうして!」
「理由なんか無いさ、ルリが欲しがっているバッジは‥‥ほら、ここに」
 そう言って胸の辺りを指差すアイリス。そこには小さなバッジが付けられている。
「それちょーだい!」
「欲しければ私から取ってごらん」
 そう言うが早いか飛び掛るルリの足をさらりと払うアイリス。ルリは勢いあまって頭から突っ込んだ。口の中に砂が入ったのか、ぺっぺっと吐き出している。
「相手をよく見るんだ。観察は戦いの基本だ」
「う〜」
「いつでも取りに来るといい。歓迎するよ」
 そう言ってルリに背を向けて、立ち去っていった――。

 ――頑張っている子は応援してあげたいものですね。

 離れた所でそれを見ていたのはヨハン・クルーゲ(gc3635)だった。
 アイリスが去っていくのを、ぼんやりと眺めていたルリに近づき声を掛ける。
「はじめまして、ヨハン・クルーゲと申します」
「あ、はいっ! 四条 ルリです!」
「お困りのようですね。どうしたんです?」
「かくかくしかじかっ!」
「なるほど‥‥そうですか」
 全く説明になってないルリに、予め事情を知っているヨハンは苦笑して頷く。
「ルリ様はどうも真っ向から行き過ぎですね」
「そうなのっ!?」
「相手の注意を逸らし、不意打ちを行うことも戦闘の基本ですよ? 例えば――」

 ――ぱちん。

 不意にヨハンが右手の指を鳴らすと、ルリは「おっ?」といった風に視線をやる。
 次の瞬間、ヨハンの左手がルリの頭の上に乗っていた。
「おおっ!?」
「こんな感じです。先程の方からバッジを奪うには、このように意識を逸らす工夫をしないといけませんね」
「じゃあ、こんなのはどうかなっ!」
 ルリがヨハンに自分の考えた方法を告げると、ヨハンはふむ。と鼻を鳴らし「それでやってみましょう」と微笑を浮かべた――。


 ――そのくじけない心は認めよう。

 目の前に立つルリを睥睨してアイリスは笑う。
「策でも練ってきたのかい?」
「へへへ〜」
 アイリスの言葉に自信ありげに胸を張るルリ。次の瞬間アイリスへと走り込み拳を振り上げる。
「また正面からか。少しは策があるのかと思ったけど――」

 ずどん。

 そんな音と共にルリの拳は直前で軌道を変え、アイリスの足元に突き刺さった。
 大きな砂柱が上がりアイリスの視界を奪う。
「っ!?」
 降りかかる砂を日傘で避け後ろに下がろうとするアイリス。
 そのアイリスに巻き上がった砂の柱の真ん中から、細い腕が伸びアイリスの胸元にあるバッジを掴むっ!
「おおおおおおっ!」
 力任せにそのバッジを自分の元に手繰り寄せるが、体勢を崩して砂浜を転がる。
「取ったど〜っ!!」
 体中砂だらけになったまま空に向かってそう叫んだ。
「ふふ。よくやったね。まさか、結局中央突破とは思わなかったよ」
 そう言ってルリに近寄ってくるアイリスは、肌蹴た胸を隠しながら微笑んだ。
 その背後からヨハンが拍手して手を差し出す。
「ルリ様、合格です」
「ほえ?」
「私からの贈り物です」
 そう言ったヨハンの手の中には合格バッジが握られていたのだった。

 るりは ごうかくばっじを ふたつ てにいれた。

 なんか、ファンファーレが鳴ったような気がした。

●守りと忍耐と。

 ごきゅごきゅごきゅ。

 ヨハンに貰ったコーヒー牛乳を飲み下しながら、ルリは次の目的地に向かって歩く。
 その後ろにはセラ、立花、ヨハンが続く。
「よぅし! やるぞ!」

 ――そう簡単にやれるかな?

「だれだっ!」
「もう一人の『瑠璃』と言えば分かるんじゃない?」
 その声の先には美崎 瑠璃(gb0339)が立っていた。
「瑠璃姉ぇっ!」
「ルリちゃんが欲しがっているバッジはこれでしょ?」
「うん! それちょーだいっ!」
「なら、私とこれで勝負!」
 そう言って取り出したのはエアーバットと、紙風船だった。
「お互いこの紙風船を体に付けて、ルリちゃんが私より先にこの風船を割ったらバッジをあげる」
「よし! やろうっ!」
 いそいそと紙風船を頭の上に付け、胸を張るルリ。対する瑠璃はバットを構えてにやりと笑う。
「同じ『瑠璃』の名を持つあたしを超えない限り、お母さんに勝つなんて夢のまた夢だよっ! さぁルリちゃん、いざ尋常に勝負ーっ!!」
「おおーっ!」
 突き、払い、斬り。ルリがぎりぎり避けられる程度に攻める瑠璃。
 しかし、ルリはその悉くを避けきれない。
「ほら、直線的に攻めるばかりじゃ駄目だよっ! ちゃんと守らないと紙風船が割れちゃうよっ!」
 そう言われ、慌てて紙風船を守るルリ。そこに鋭い瑠璃の振り下ろしが来る。
「闇雲に攻撃しちゃ駄目! ちゃんと相手をよく見ること!」
「相手を‥‥よく見る!」
 守りに入っていたルリは、逆に瑠璃の振り下ろしに合わせ自分のバットを全力でぶつけた。予想外の反撃に瑠璃のバットが大きく弾かれる。
 瞬間――

 ――ぱぁん!

 瑠璃のつけていた紙風船が割れた。
 驚きで瑠璃の目が大きく開かれ、そして満面の笑みに変わる。
「おめでと! ルリちゃん」
 そう言って瑠璃は目の前のルリをぎゅっと抱きしめた。


 もぐもぐもぐ。

 瑠璃に貰ったチョコクッキーを頬張りながら、ルリは次の目的地へと向かう。
「よぅ」
「我斬にぃ! こんな所で何やってるの?」
「見て分かるだろ? 釣りだよ釣り」
 そう言う龍深城・我斬(ga8283)を見ると、確かに海に向かって釣り糸をたらしている。
「ルリもやってけよ」
「でも、今ママが浚われて大変なんだよ!」
「だから――」

 ――これがいるんだろ?

 我斬の手には、きらりと光る『合格』の文字が刻まれたバッジ。
「なんで我斬にぃがもってるの!?」
「どうだっていいだろう? 俺より先に3匹釣ったらこのバッジくれてやるよ」
「だって私、釣りなんてやったこと無いよ!」
「でも、釣れねぇとこのバッジは渡せないぜ?」
「じゃあ、にいちゃん教えてよ!」
「あーもう、仕方ねぇな」
 そんなやり取りの後、懇切丁寧に釣りの仕方を教える我斬。
 最初はルリも眉をひそめ、唸ったりしながら釣り糸をたらしていたが‥‥。
「お。おおっ!?」
「よし! 竿を立てろっ! 焦るなよ? じっくりと相手が疲れるのを待つんだ!」
「おうっ!」
「よしっ! 今だっ! 一気に引けっ!」

 ぱしゃんっ!

 そんな音を立てて、ルリ達の足元に一匹の魚が釣り上げられた。
「にぃちゃん! やった! やったよ!」
「よぅし、いい調子じゃねぇか! もう一回だ」
「らじゃーっ!」
 我斬の教えがよかったのか、ルリの筋がよかったのか、気付くと足元のバケツには7匹の魚が泳いでいた。

 ‥‥あれ?

「にいちゃん、次々っ!」
「あー、えーと。ルリ。お前の勝ちだ」
「なにが?」
「このバッジが居るんだろ?」
「あ、うんうん! でも我斬にぃは?」

 ‥‥教えるのに夢中になり過ぎて、一匹も釣っていない。

「いいから。お前の勝ちなんだから、もってけ!」
「うん!」
「あと、これも」
 そう言ってよく冷えたプリンをルリへと差し出すと、ルリはその場で大喜びした。
「楽しかったか?」
「うん! ありがと! 我斬にぃ!」
 ルリが浮かべた笑顔に我斬は釣られるようにして笑った――。



 うまうまうま。

 貰ったプリンを口に運びながら、ルリは次の目的地へ向かっていた。
 なんか行く先々でおやつを貰っているぞ。と、そんな時、高笑いが辺りに響いた。
「フハハハハッ! 待っていたぞ!」
 そんな声に振り返ると高台に二つの人影があった。
 太陽を背にして、背中合わせに腕を組み一行を見下ろしている。
「私の名は田中 義雄(gc7438)!」
「俺の名前は村雨 紫狼(gc7632)!」
「ここでは私たちの戦いを見て、どちらが勝つか予想してもらう!」
「予想が当たったら俺達の持つバッジをくれてやるぜ!」
 なかなか息のあった二人の名乗りである。とうっ! と高台から飛び降りた二人は互いに向かい合う。
「‥‥覚悟しろよ村雨」
「てめぇこそ、前はよくも俺の見せ場を奪いやがったな‥‥」
 木刀を二刀に構える紫狼に対し、腕を上げ構える田中。
 じりじりと間合いをつめる二人は、今にも飛び掛りそうな勢いだ。というか飛び掛った!
 まるで疾風の様に田中の懐に潜り込み、左の木刀を振るう紫狼。その木刀を田中はたくましい筋肉で受け止めると、すばやく足元の砂を掴み紫狼へと投げつける。
「フハハッ! こういう戦法もありだっ!」
「きっ、汚ぇっ!」
 叫びながら右の木刀で薙ぎ距離をとる紫狼。砂が目に入って視界を失った紫狼に、すさまじい跳躍を見せ飛び掛る田中。
 一進一退の攻防。
 手数の多さで田中が紫狼を追い詰めたかと思えば、紫狼が刀のリーチを上手く使いそれを凌ぐ。
「おおっ! おおおっ!」
 攻守目まぐるしく変わる戦いに、ルリは見入っていた。

 ――結果。

「どう、だ、俺の勝ちだろ?」
「地に伏したヤツが言って‥‥も、説得力はない、ぞ」

 ――引き分け。

 二人とも砂浜に倒れ込み、喘ぐように言う。
 そんな二人をヨハンが拡張練成治療で二人の傷を治す。
「この場合、どうなるの!」
「‥‥ごう、かくだ」

 ぱたり。

 そう言って二人はルリに合格バッジを託し天に召された。
 この犠牲を無駄にしない為にも、私達は戦い続けるのだ。

「「勝手に殺すなっ!」」
「あ、生きてた」
 そんな勝手なナレーションを入れた立花への二人の突込みは、実に鋭い動きを見せた――。

 さくさくさく。

 田中から貰ったスナックで爽快な音を立てながら、ルリは次の目的地に向かっていた。
 上機嫌にスナックをパク付いているとルリだったが‥‥

 ずぼっ!

 落とし穴に嵌った!
 穴の深さはそれ程深くないが、腰の辺りまでずっぽり嵌っている。
「ふふふふ! 周りを意識しないからそうなるのだ! ここには沢山の落とし穴がある!」

 ――私にも分からないほどになっ!

 ルリが振り返ると、同じように落とし穴に嵌った立花の姿。
 立花はそそくさと落とし穴から這い出た後一つ咳払いをし、続ける。
「ふふふふふ!  実は私が黒幕! 私がヒトトセジムのジムリーダーだ!」
「な、なんだって〜!!?」
 うんしょ。と穴から這い出たルリが驚きの声を上げるのを余所に、立花は落とし穴を埋めていた。
「か、勘違いしないでよね! 別にあんたが穴に落ちるのが心配なんじゃないんだから!」
 どうしてツンデレか。
 そうやって一生懸命穴を埋める立花を、手伝い始めるルリ。
「そ、そう! 一人でなんでもやろうと思うな! 自分は一人ではないと知れ!」
「うん! 立花姉ぇは一人じゃないよ!」
「う、うん。ありがと」
 立花はちょっとホンワカした。
 一通り埋め終わった後、ルリを振り返った立花は高らかに言う。
「さぁ、長かったこの戦いに決着をつけよう!」
「おぅっ!」
 立花の課題は今までの特訓の最終統括といえるものだった。
 ルリは今まで教わったことを幾度も繰り返した結果――とうとう立花を追い詰めた。
「どう! 立花姉ぇ!」
「ん。私の負け、かな? おめでとうルリちゃん」
 息を切らせたルリに、立花は笑顔で応え最後のバッジを握らせる。
「ちゃんとお母さんを守れたら良いね。じゃあね」
「立花姉ぇ!」
 立ち去ろうとする立花の背にルリが呼びかけるが立花は手だけで応える。

 ずぼっ!

「足元に気をつけて!」
「‥‥うん、ありがと」
 立花はそう言って、落とし穴の中で――少し泣いた。


●少女ふたり
 紫狼の提案で、少し遅いお昼を皆で揃って食べていた。
 田中と紫狼はお互いの皿を奪い合い、それを苦笑しながらヨハンが上品に料理を口に運ぶ。セラは自分の作ってきたゼリーを振る舞い、瑠璃と和やかな会話を楽しむ。
 少しへこんだ立花を我斬が慰めている姿も見えた。
 その中に、一人だけ姿が見えない。
「ルリたん! 俺達傭兵はさ、こう、やって初対面のヤツともっ、楽しくメシを食えなきゃ駄目なんだ!」
「そう、そのとおりだっ」
 応える田中を殴りつけ、自分の皿を取り戻し紫狼は言う。
「いろんなヤツが居るけど、嫌いだとか、気にくわねーとか言ってたら、依頼で安心して組めねーんだよ!」
 ふむふむ。と熱心に話を聴くルリだが少し表情が曇る。
 そんなルリの肩に優しく手を置いたのはヨハンだった。
「行ってきなさい」
 ルリは少し迷ってから「うん!」と言って、目の前の皿をもてるだけ持って走り出す。
 海の家の出口のところで一度立ち止まり降り返ると。
「ありがと! ヨハンせんせいっ!」
 そう言ってルリは駆け出した――。


 ――キロさんっ!

 キロが振り返るとそこにはルリが居た。
「どうしたんじゃ? ルリ」
「一緒にご飯食べよう!」
「じゃが、お前は連中と一緒に食べてたんじゃないのかの?」
「そうだけどっ! 私、キロさんの特訓まだちゃんとやってない!」
 キロは少し驚いたように目を丸くした後、「いい度胸じゃな。うん」と不敵に笑った。
「なら、その前に腹ごしらえじゃ! 食うぞルリ!」
「うん!」
 二人はぺろりと皿の料理を平らげると、浜辺に距離をとって向かい合う。

 もしかしたらその特訓は、どの特訓よりも大切なものを得たのかもしれない。

 友達と言う、大切なものを。