タイトル:【AC】少女と珈琲豆マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/07/10 22:45

●オープニング本文



 店には『closed』の看板が掛けられていた。
 私は小首を傾げながら、入り口の扉を開く。
 扉には鍵はかかっておらず、いつものようにカウベルの牧歌的な音を立てて、私の来店を告げた。
 店内は昼間だと言うのに暗く、いつも柔らかく迎えてくれる店内の空気も、どこか重く感じられる。
「テルちゃん?」
 私がこの店の店主にそう呼び掛けると、店の奥で気配がした。
 暫くして、奥から小さな少女――三上照天が現れる。
「おや、愛華じゃないか、外の看板みなかったのかい?」
「見たけど……」
「まぁ、いいさ。珈琲、飲んでいってよ」
「え?」
 背を向けるテルちゃんに、私は間の抜けたような声を上げる。
 テルちゃんはいつも、私が来ると黙って紅茶を淹れる。私が珈琲を苦手だとよく知っているからだ。
「どうか……したの?」
「どうもしないよ?なんて事はない。なんて事は無いんだ。ただ――」

 ――このちっぽけな喫茶店が閉店するだけさ。

 そう言って背を向けたまま、自嘲気味に笑うテルちゃんに、再び私は気の抜けた声を漏らした後、思わず叫んでいた。
「どうしてっ!? やだよ『11』が無くなるなんて! 今までだってなんとかなったじゃない。これからだって何とかなるよ! 頑張ろうよテルちゃん!」
「愛華。駄目なんだよ。もう、駄目なんだ」
「そんなのテルちゃんらしくな――」
「ボクらしいってなんだよっ!」
 テルちゃんが振り向きざま叫んだ。
 その小柄な体からは想像出来ないほど大きな声で。
「ごめん、愛華。ボクだって潰したくなんかない……でも駄目なんだよ」
 大きく息をすってから、そう口にしたテルちゃんの声は震えていた。
「何があったの?」
 私がそう問うと、涙をこぼしながら彼女は語り出した。
 アフリカで戦線が広がった事により、アフリカ地域のコーヒーベルトの生産量が低下し、さらには流通経路の凍結によって、珈琲豆の輸入量が格段に減った。
 ただでさえ高級嗜好品となってしまった珈琲が値上がりしたのだ。
 いや、それだけなら何とかなったのかもしれない。テルちゃんなら手に入る限りは喫茶店を閉めるなんて言わなかっただろう。
「輸入量が減ったら、うちみたいな個人経営の喫茶店には卸されないんだよ」
 少し落ち着きを取り戻したテルちゃんはしゃくり声を上げながらそう口にする。
 私はそんなテルちゃんを抱きしめてあげることしか出来なかった――。

●流通拠点にて――
 拠点の小さなモニタルームに3人の強化人間が居た。
 三人は三人とも珈琲を傍らに用意し寛いでいる。
 モニターには戦車や、航空機が炎を上げているのが見えた。
「ま、一般兵器ならこんなもんか」
「でしょうね」
「くんのかな? 傭兵達」
「来るでしょう。アフリカ戦線に関してはそれなりに重要拠点ですからね」
「そっか。戦いたくねぇな‥‥正直言って」
「ヨミ。そうは行きませんよ‥‥ミズキの命がかかってますからね」
「分かってるよ、イツミ」
 ヨミと呼ばれた青年は、二人の会話に興味なさげに本に視線を落す少女を見る。ミズキは視線を落したまま応える。
「気にしないで。二人が戦うのが嫌ならば、私はそれで良い」
 静かに、どこか覚悟を決めた様に少女は言い珈琲を口にする。
 穏やかな珈琲のその香りは、懐かしい――あの、喫茶店の店主の顔を思い出す。

 悪戯に残された――まだ、人間だった頃の記憶。

「僕達が勝っても負けても、この拠点は人間の手には渡さない‥‥か」
「あのクソガキバグア。気分悪いことばっかり考え付きやがる」
 イツミの言葉にヨミが吐き捨てるように言って、拠点内設備をモニタに映し出す。
 その構内設備図にいくつかの赤い光点が光った。それは設備内に設置された爆薬の位置である。
 各所に設置された爆薬は、ミズキの命がトリガーになっていた。
「お前を死なせはしねぇよ――絶対な」
「‥‥そう」

 ヨミの言葉にぽつりとそう呟いて、人の道から外れて生きる事に意味はあるのか。ミズキはそんな事を思う。

 ――テル。貴方ならどう思う?

 かつての友人に心の中でそう問うた。

●参加者一覧

瑞姫・イェーガー(ga9347
23歳・♀・AA
美崎 瑠璃(gb0339
16歳・♀・ER
イスル・イェーガー(gb0925
21歳・♂・JG
マヘル・ハシバス(gb3207
26歳・♀・ER
エミル・アティット(gb3948
21歳・♀・PN
小笠原 恋(gb4844
23歳・♀・EP
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
三日科 優子(gc4996
17歳・♀・HG
明神坂 アリス(gc6119
15歳・♀・ST

●リプレイ本文


「やっぱり来ちまうよなぁ」
「当然ですよ。人類側から見れば僕達は排除すべき敵ですからね」
 まだ日が登るか登らないかの時間。
 拠点外周部を監視するカメラの映像を見て、ぼやくヨミにイツミが応える。
「敵、ねぇ。俺は人間止めたつもりはねぇんだけど‥‥しかたねぇ、やるしかねぇか」
「ええ」
「んじゃイツミが倉庫な? 俺荷捌き場行くから」
「分かりました」
 椅子から立ち上がり出口へ行くヨミにイツミが続く。
「死なない程度に頑張ってきて」
「あぁ、ミズキもな」
 本に目を落したまま言うミズキに快活そうに笑い、管理センターを出て行くヨミとイツミ。
 二人が出て行った後、ミズキは閉じた扉に視線をやる。
 それから、冷めた珈琲を口に含んだ――。


 倉庫の中は少し埃っぽく、電気もついておらず薄暗かった。
 その倉庫内には大量の爆発物と書かれたシールが貼られた箱が積み上げられており、その爆破装置の解除に取りかかっていたマヘル・ハシバス(gb3207)は息を飲む。
「これはっ‥‥ソウマさんっ! 柳凪さんっ!」
 マヘルと同じく、起爆装置の解除に取りかかっていたソウマ(gc0505)と柳凪 蓮夢(gb8883)に声をかけると、二人ともこくりと頷き無造作に小型の受信機らしきものを引きちぎった。
 どうやら、マヘルが見ている起爆装置以外も同じらしい。

 ――まるで、解除させる事が目的だったかのような。

 そんな、何かの受信機。
 マヘルは受信機を取り外す時、これを作った人間がまるで爆発してもしなくても、どっちでも良いと考えているかのように感じた。
「‥‥どちらであろうが、結果は同じ‥‥?」
「爆薬以外に、何か裏があるってこと?」
 マヘルの呟きに、近くで他に受信機が無いかを探していた美崎 瑠璃(gb0339)が問いかける。
「急ぎましょう! 嫌な予感がします!」
 マヘルの指示に傭兵達は残りの受信機の解除を急いだ――。


 ――よくあの量の爆薬を運び込んだもんだね。

 走りながら解除した受信装置を弄び、瑞姫・イェーガー(ga9347)は呆れたようにそう呟く。
 強化人間達の邪魔もなく倉庫の受信装置を解除した傭兵達は、荷捌き場へと急いでいた。
「‥‥とりあえず、無事に解除できてよかったよ」
 並走するイスル・イェーガー(gb0925)が、そう言って微笑むと瑞姫はこくりと頷く。
 だが、気にかかるのは強化人間達の妨害が無かった事だ。ただ、能天気に「陽動班が上手く引きつけてくれた」と思うには、容易に解除できる受信機など、気がかりな部分が多すぎる。
 不安と疑問を持ちながら傭兵達が爆薬の前に辿り着くと。

 爆薬の傍に一人の青年が立っていた。

「よ。俺、ヨミっつーんだけどさ‥‥」
 片手を上げて気さくに挨拶をしてくる青年に、傭兵達はいつでも動けるように身構える。
「あんたら、引いちゃもらえねぇかな?」
「引けないよ。『11』を潰す訳にはいかないんだ」
 言い返す瑞姫の言葉に、ヨミは「『11』?」と聞き返す。
「ええ、私達の大切な‥‥帰る場所です」
 マヘルも同じように続くとソウマは頷き、瑠璃は「ちょっとお世話になったからね」と口にする。
 そんな傭兵達を見て、頭を抱えてヨミは愚痴る。
「あ〜‥‥ミズキの友達の友達かよ‥‥。やりにきぃったらねぇなぁ‥‥でもよ――」

 ――俺も引けねぇんだわ。

 その声は瑠璃の直ぐ傍で聞こえた。
 瑠璃の喉元に向けて、ヨミの右手に持った薄く光る短刀が閃く。
「っ!?」
「させないよっ!」
 死を誘う刃が瑠璃の喉に触れる直前、イスルの言葉と共にその刃が大きく弾けた。体勢を崩したヨミに瑞姫が間合いを詰めるが、その場に踏み止まったヨミは、敢えて瑞姫にぶつかる様にして短刀を振るう。
 それをラブルパイルで受け止め、鍔迫り合いの様になる。
「ねぇ、ミズキってどんな子?」
「あ?」
「ボクも瑞姫って言うんだ」
「へぇ‥‥」
 歯を食いしばりながら、押しあう二人。その会話は戦っている者同士とは思えない、どこか日常じみた会話。
「ほっとけねぇヤツってとこかなぁっ!」
 押しあっていた短刀を引き、瑞姫の体勢を崩した所にヨミは蹴りを入れる。
 追撃しようとするヨミに、瑞姫は苦無を投げて牽制する。
「ったく! やりにくいよな!」
「ヨミさん‥‥あなたは自分達の体に何が仕掛けられてるか知ってますか?」
「ん、あー‥‥」
 ヨミは自分の胸の辺りを見つめて言うソウマにバツが悪そうに頬を掻く。何かは知らないけれど、何かを仕掛けられているだろう事は分かっている――そんな顔だった。
「これを見てください」
 そう言ってソウマが投げてよこした物を上手にキャッチし、手の中の物を確認して、息をのむ。
 手の中には先程倉庫で解除した、受信装置だった。
「倉庫で回収してきた物です」
「‥‥てめぇら‥‥イツミを殺ったのか?」
 さっきまでの飄々とした顔と打って変わって、怒りの表情で傭兵達を睨みつける。
「いえ、倉庫には誰も居ませんでした」
「‥‥へ?」
 ソウマの言葉に、ヨミは拍子抜けした様な声を上げた。
「どういう‥‥事だ?」
「そのままの意味だよ」
 イスルがライフルを構えたまま応える。
「倉庫には誰も居なかった。誰もね」
「‥‥じゃあ、イツミはどこに‥‥?」
 考えを巡らせた後、何かに思い至ったのか「馬鹿野郎!」と吐き捨てて、ヨミは管理センターへと駆け出した。
「待てっ!」
 背中を向けたヨミにライフルを向けたイスルを、マヘルが手で制する。
「私たちの仕事は、まず目の前のこれを解除する事です」
 解除が容易いとはいえ、それでも機能はする筈だ。先ずは自分たちの仕事をこなさねばこの作戦は失敗するだろう。
 イスルも同じくそう判断をしたのか、頷きを返し周囲の警戒に入った――。

●独白

 ――他の二人を殺したら、お前だけは生かしておいてやるよ。

 そんな言葉。
 そんな誘惑。

 頁をめくりながら、イーノが吐いた言葉を思い出して吐き気がした。
 丁度その時、管理センターの分厚い自動扉が開く。
 私は読んでいた本を閉じ、そしてそちらへ向き直る。

 ――いらっしゃい。

 私は可能な限り酷薄な笑みを浮かべ、与えられた武器である大鎌を展開する。
「それじゃあ‥‥殺し合いをしましょう」
 私のその言葉に、傭兵の一人がどこか悲しそうに胸の辺りを抑えた。

 あぁ‥‥この人は私達を助けようとしているんだ。

 ただ、それだけで涙が出そうだった。
 でも、私は救いを求める事は出来ない――イツミとヨミの為に。

 友達の、為に。



 ――殺し合いをしましょう。

 傭兵が管理センターに突入した時、強化人間の少女は珈琲を口にしてそう言った。
 その手には冷たい刃を鈍く光らせる大きな鎌。
 酷薄な笑みを浮かべながらも、少女の目は泣きそうに見える。
 その瞳を見て、小笠原 恋(gb4844)は息が詰まった。
「言いたい事があるんちゃうの?」
 恋の背中を軽く叩き囁く様にそう言ったのは、三日科 優子(gc4996)だ。
「何かがあったら僕が守るよ」
「気の済むようにやれよ、恋姉さん」
 その言葉に振り返ると、エミル・アティット(gb3948)と明神坂 アリス(gc6119)が力強く頷いた。
 仲間の言葉に背中を押され、恋は強化人間の少女に向き直る。
「あなたは人間に恨みがあってバグアに協力しているんですか?」
 少女は応えない。
「ここを守っているのは御自分の意思ですか?」
 少女は応えない。
「バグアから解放されたいと思っていませんか?」
 少女は応えない。
 一方的な語りかけ。強化人間の少女は目を伏せ、ただ、恋の言葉に耳を澄ます。
 仕掛けてこないのであれば何かしら思う所があるはず。そう信じて恋は言葉を続ける。
「強化人間化を治す方法がある事をご存知ですか?」
 その言葉に少女はぴくりと反応した様に見えた。それはほんの微かな、伏せていた目が少しだけ開いた様なその程度の反応。
「‥‥戻る、方法?」
 初めての少女の反応に思わず笑顔が漏れる恋。
「はいっ! あるんで――」

 ――恋っ! 危ないっ!
 
 アリスが叫ぶと同時に、ジャバウォックの装甲が弾け飛ぶ。
 エミルが恋を押し倒す様にして伏せさせ、近くの物影へと隠れさせた。
 
 ――ミズキっ! 大丈夫かっ!

 叫びながら管理センターの入口に立つ傭兵達の隙間を縫って、ミズキの元へと駆け寄る青年が居た。
「‥‥イツミ、どうして?」
「心配になって戻ってきたんだ」
 そう言って、イツミと呼ばれた青年は傭兵達に向き直る。
「ミズキに馬鹿な事を吹き込むな傭兵」
「馬鹿な事って、あんたら戻れるかもしれへんねんで!?」
「そんな証拠がどこにある?」
 優子の言葉に冷たく応え、手に持った弓を引く。矢が放たれるとほぼ同時に着弾。優子は辛うじて避けるが、爆発に巻き込まれる。
「確かにっ! 信用出来る理由はあらへんけどっ!」
 物影に転がり込んで優子は叫んだ。
「なら、僕達三人の邪魔をするなぁっ!」
 イツミは叫び、複数の矢を一度に弓に番える。
 しかし、その矢は放たれる事は無かった。
「アリス! 連携アタックだぜ!!」
 一瞬で間を詰めたエミルの拳がイツミを捉え弾き飛ばす。
 アリスのジャバウォックの脚部に紫電が走りイツミに迫るが、横からの衝撃に弾かれる。
「させない」
 イツミを守る様に立つミズキ。

 ――よせっ! イツミっ!

 管理センター内に声が響く。同時に。
 ミズキの体が宙を舞った。
 イツミの放った矢がミズキを射抜き、そのまま壁に激突させる。
 それにミズキの名を呼び駆け寄るヨミ。
「ミズキっ!」
「は、ははっ! ヨミ! お前もミズキと一緒に死んでくれよぉっ!」
 イツミは続けてミズキに駆け寄ったヨミに矢を――

 ――あんたの敵は、その子らとちゃうやろ?

 その声がした方を見ると剣を振り上げた優子。
 風を切る音と共に振り下ろされるそれを、イツミは辛うじて避けて笑った。
「まぁ、良いさ。ミズキが死ねばここは跡かたもなく――」
「――爆破させないよ」
 その言葉と共に、イツミの持っていた弓が弾け飛ぶ。
 そちらに視線をやると、追いついてきたイスルが硝煙を揺らすライフルを構えていた。
「管理センター内の爆薬も解除完了です」
「な、んだと?」
 入口に背を凭れ、腕を組んだソウマが言った言葉にイツミは息をのむ。
「なんで、あんたがその子を撃ったんか分からんけど‥‥」
 優子がイツミに手を差し伸べる。
「自分らが三人共生きよう思ったら‥‥どれだけ怪しかろうが、ウチらを信じて、この手を取るしか道はないねん」
 口をぐっとへの字に曲げ、それでも力強くイツミへと手を差し伸べる。
 それにイツミは首をゆっくりと左右に振り、ミズキを視界に入れた後‥‥背後に会った窓を破って逃走した。
 優子は差し出した手をどこか寂しそうに下し、残された二人の強化人間を見る。
「‥‥助けてくれ」
 ミズキの傍に膝をついたヨミが擦れた声で傭兵達に言う。

 ――ミズキをっ! 助けてくれよぉぉっ!!

 嘆きにも似た叫びが、管理センターに響いた――。


「気晴らしにもならなかった」
「今度はちゃんとやる! だからっ」
 白衣の少年の呟きに、慌てて弁明するイツミの胸に光の槍が音もなく突き立った。
 イツミの口から鮮血が零れ落ち目から光が消えていく。
「まぁ、ありもしないモノに怯えているお前を見ているのは、それなりに楽しめたかな‥‥」
 口の端を醜く歪めて笑う。

 ――イーノっ!

 その声と共に少年に斬りかかる影があった。
 少年は大きく飛びのき、その影へと視線を向け笑って再生させた腕をなでる。
 その視線の先には槍を構えた蓮夢が立っていた。
「あの時の傭兵じゃあないか、何か用かい?」
「覚えていましたか」
「約束‥‥だからね」
 その言葉にがしゃり。と蓮夢は槍を構えなおす。
「慌てるな傭兵――」

 ――約束の時は近い。

 言って、イーノが腕を振るうと、大量の光の矢が蓮夢を襲う。
 爆発を伴った光の矢は蓮夢の視界を奪い、爆発が収まった後にはイーノの姿は消えていた。
 苦い思いを噛み潰しながら、倒れているイツミへと蓮夢は駆け寄る。
 傷を見ると貫かれた箇所から内臓を内側から焼かれ、到底助かる傷ではないのが分かった。
「僕は‥‥生きて‥‥いたかったんだ」
「あなたの想いは、必ずイーノに届けます」
 喘ぐ様にそう言うイツミの手を取り連夢が応える。するとイツミは少し微笑み、息を引き取った。
 蓮夢はすっと立ち上がり、イーノが居た方をにらみつけると――

 ――あなたの思い通りにはさせません。絶対に。

 そう、宣言した。


 目を覚まして視線をめぐらせると、隣にヨミが寝ていた。
「あ、目が覚めた?」
 快活そうな女の子が、私を覗き込んでそう言った。
「ここは‥‥?」
「軍の病院」
 私は「そう」とだけ言葉を返し、白く塗られた知らない天井を見上げる。

 生きてる‥‥のか。私は。

 ポツリと、胸中でそう呟いた。
「彼も無茶するよね。自分にだけ爆弾が仕掛けられてるの知ったら、無理やり取り除こうとするんだもん」
 少女――瑠璃さんが言うには、どうやら私の体には何も仕掛けられておらず、ヨミの体にだけ爆弾が仕掛けられていたらしい。それを知ったヨミは誤爆を避ける為、瑠璃さんに攻性操作をかけてもらい無理やり自分の体から爆弾を取り除いたと言う。
「もちろん、爆薬から離れたところでね」
 と、瑠璃さんは苦笑する。
 どうやら私たちはイーノの虚言に踊らされていたようだ。
 ふと、手が握られている感覚がしてそちらを見ると、最初に私に語りかけてきた女性が私の手を握ったまま眠っている。
「眠らせておいてあげてよ」
 後でアリスと名乗った少女がそう言って続ける。
「せめて目が覚めるまでって、軍に確保されそうだったあんた達を庇ったんだ。自分たちが責任を持って監視しておくからって」
「そう」
 私は端的にそれだけ言って、握られた手を少し強く握り返す。

 ありがとう。

 多分、私はあなたに。あなた達に出会えて良かった。
 これから、私たちがどうなるかは分からないけれど、もしかしたら『11』にまたいけるかもしれない。
 そんな事を思って、私は白い天井を見上げた――。

●喫茶店『11』にて。
「はー‥‥これで安心してお茶できるぜ?」
 スツールに座ったエミルが、満足そうにそう言って珈琲を啜った。
 日頃、客の居ない『11』に傭兵達が沢山来店している。
 作戦に参加した傭兵達に、店主が喜びで涙目になりながら、友人にメイド服を着せて接客させ(無理やり)、手作りのデザートを振る舞い珈琲で祝杯を上げた。
 そんな、穏やかで大切な時間がゆっくりと流れて行く。
 強化人間になってしまったあの少女が、ここに訪れる事が出来るかはわからない。
 しかし、強化人間になった少女が訪れても、店主はきっとこう言うのだろう。

 ――お帰りなさい。

 と。満面の笑みで。迎え入れるのだろう。
 ここは、いつだって帰ってくる人を待っているのだから。