●リプレイ本文
●
「遊園地‥‥か。動いてねぇと寂しいモンだな‥‥」
動きを止めた観覧車を見上げながら赤槻 空也(
gc2336)は呟いた。
かつては家族連れや恋人達が集い、楽しい時間を過ごしたであろうそこは、今は息を殺したように時間を止めている。
「ルリ〜! アップルパイ持ってきたよ〜!」
「お〜いルリちゃ〜ん、お菓子があるよ〜出ておいで〜」
セラ(
gc2672)とジグ・ゼリア(
gc6512)が声をかけるが、それに答える者は無い。
ジグは溜息を一つ吐き、傍らで耳をすませるララ・スティレット(
gc6703)に「何か分かる?」と問う。
「えっと‥‥あっ」
「見つかった?」
「いえ、何か‥‥っ!」
――獣の咆哮。
動物園にふさわしく。しかし、傭兵達が今居る遊園地には相応しくない雄叫びが響いた。それを皮切りに次々と狼型のキメラが集まってきた。
「ち。入り込んでやがったか」
「クー兄さん。直ぐに片付けよう」
舌打ちをして拳を握る空也に、冷たい瞳をしたセラ――いや、アイリスが応え飛びかかってくるキメラの牙をガントレットで受け流す。
「ルリさんが心配ですっ!」
「ルリちゃんも心配だけど、自分の身も心配になって来たよっ!」
ララの言葉にジグがそう愚痴で応え、キメラに練成弱体を仕掛けた。
「数が多い! サポートは任せて思いっきりどうぞ!」
「あぁ! 情けはかけねーぞ‥‥! 行くぜオラァ!」
空也の怒号と共にキメラの群れの中を、地面に炎の軌跡を描き一条の火線が駆け抜け、弱体したキメラを蹴散らす。
――荒ぶる御魂を鎮めて沈め‥‥。
不意にララの歌声が辺りを包む。
力ある呪歌は澄んだ歌声に乗ってキメラをその場に縛り付けた。
そこにセラの小さな体が滑り込み、手にした光盾で狼を殴りつける。その一撃で狼はその場に沈んだ。
「こいつらそれほど強くない。蹴散らしてルリちゃんを探すぞ!」
空也の言葉にその場に居る全員が頷きを返した――。
●
檻の中の動物たちが、招かれざる獣たちに警戒の鳴き声を上げている。
遊園地側と同じく、動物園側にも小型のキメラが入り込んでいた。
「御姉様っ、そっちいったよ!」
「こっちね‥‥任せなさいっ」
月臣 朔羅(
gc7151)と祝部 陽依(
gc7152)が息の合った連携でキメラ達を確実に撃破していく。
不意をついて二人に飛びかかる狼を、キロ(
gc5348)が仁王咆哮で引きつける。その手には漫画で描かれるような肉を持ち、引きつけたキメラをそれで殴りつけた。
「ルリ以外の物が釣れたのじゃー!!」
「ルリちゃ〜ん! どこ〜!」
キロの叫びに美崎 瑠璃(
gb0339)がルリに呼び掛けると――
――ぁぁぁぁぁぁあああああ。
遠くから――頭上から、そんな悲鳴が聞こえてきた。
傭兵達が声のする方を見上げると、騒音を上げて宙を舞う人影があった。
ぽてん。ごろごろごろ。どきゃ。
そんな音を立てて土埃を上げながら墜落。
「‥‥いたたたた」
「ルリ!」
「あ、あれ!? キロさん!? どしたの?」
空から舞い降りた‥‥降って来たのは四条 ルリ。傭兵達が捜索を頼まれて居た本人である。いつも通り一々声が大きい。
「ママさんに言われて探しに来たのじゃ〜」
「おぉ?」
「あなたがルリちゃん? あたし美崎 瑠璃。よろしくね」
「おぉっ!? 瑠璃姉ぇ、よろしくっ!」
キロと瑠璃は、元気よく挨拶をするルリをキメラから守る様に立ち、どこか緊張感に欠ける会話を交わす。歴戦の傭兵達は、それでも周囲を囲んでいるキメラへの警戒は怠らない。
「しかし、なんで空から降って来たんじゃ?」
「あ、うん! この子守ろうとしてたの」
ルリの腕の中には小さく鳴き声を上げる猫――いや、ホワイトタイガーの子供が抱かれて居た。
「そしたら――」
――おおおおおおおおぉぉぉん。
辺りに轟く様な咆哮が傭兵達を襲い、それに気押されるかのようにキメラたちは散り散りに逃げだしていく。
傭兵達が咆哮がした方向へ視線をやると、獣舎を破壊して現れる巨大な虎型のキメラ。巨大なキメラは2階建ての家屋ほどの体を震わせ、傭兵達を睥睨する。
キメラの周囲に冷気が漂い、その口からは白く冷たい息が漏れていた。
「コイツにふっ飛ばされちゃった」
そう言ってルリは、てへ。とばかりに舌を出した――。
●
「さ、挟み込むわよ!」
「はい! 御姉様!」
朔羅が薄い残像を伴って、巨大な虎の足元を切り裂き注意を引くと、陽依の手足に現れた幻影の鈴が、澄んだ音の代りに燐光を撒き散らしキメラの急所へと攻撃を仕掛ける。
その様子は、番いの鳥が空でワルツを踊るかのように優雅で――美しかった。
「ルリちゃんはその子を守ってて、あのキメラはあたし達がやるから」
「あ、うん。分かった瑠璃ねぇ!」
そう言って前衛に立つ二人に、練成強化を飛ばす瑠璃。ルリは釘バットを勇ましく振り上げてそれに応える。
朔羅と陽依の連携と、爪と牙が当たらない事に苛立ちを覚えたキメラは、大きく息を吸い込むと、極寒のブレスを二人に吐きつける。
「陽依危ないっ!」
広範囲に広がるブレスから、陽依を守ろうと朔羅が身を呈して盾になる。
しかし、植物すら凍らせかねない極寒のブレスは二人には届かなかった。
――ちと。冷房にするには寒いかの?
デカラビアを構え、その冷気を遮ったのは小さな体のキロだった。盾の陰からキメラに向け不敵に笑う。
不遜なキロのその態度に、キメラはその巨大な爪を振るった。しかし、その爪は何もない植え込みの杉の木を薙ぎ払う。
あまりにも手ごたえのないそれに、キメラがどこか不思議そうに鼻を鳴らした。
――廻れ廻れ‥‥意識を廻れっ。
薄く、静かに、しかしはっきりと耳に届くララの歌声。
「お前はもうララの歌声にヤられちまってんだよ」
そんな言葉と共に、拳を振り上げた空也がキメラの頭上から飛びかかる。炎を帯びたその拳は、キメラの眉間を正確に撃ち貫いた。
苦悶の叫びを上げながら、キメラはまだ宙を舞う空也へブレスを吐く。極寒のブレスは空也を飲みこみ、辺りの景色すら凍てつかせた。
だが、ブレスの余韻が風に吹き散らされた後、そこには何事もなく地に降り立った空也の姿。その傍らには雪原に咲く小さな花の様に少女が佇んでいた。
空也の周囲をきらきらと光る壁が張られ、極寒のブレスを遮ったのだ。
「刮目しろ。――これが守護者たる者の光の壁だ」
そう口にした少女はキメラに向かってにやりと笑う。
知能の無いキメラが、忌々しそうに唸ったのは気のせいではないかもしれない。
「よそ見してる余裕なんてないと思うよ〜っ!」
完全に注意を逸らされていたキメラに、陽依が拳を大きく振り上げ渾身の一撃を振るう。だが、キメラは素早くその巨体を後退させ、陽依の大振りの拳を辛うじて回避した。
「御姉様っ!」
陽依が朔羅へと叫ぶ。
キメラが後退した場所は朔羅の牙――双子座を司る双剣「ジェミニ」が届く距離。キメラは朔羅の射程に追い込まれたのだ。
残像の尾を引いて瞬時に肉薄する朔羅の刃が、キメラのフォースフィールドを切り裂き、喉元へと音もなく突き刺さる。
そして両の手に持った刃を十文字に斬り払うと、鮮血が吹き出した。
その鮮血を避け素早く後退した朔羅と入れ替わって、陽依が本命の拳を急所へと突き入れた。
キメラの断末魔が園内に轟く。
「私達に立ち塞がったのが、あなたの敗因よ」
敵に止めを刺した後、駆け寄ってくる陽依を見て微笑みながら朔羅はそう呟いた。
●
動物園の近辺のキメラを掃討した後、傭兵達は飼育員の休憩室に集まっていた。
「ルリちゃん、お腹すいてるんじゃない? はいこれ。マドレーヌ」
「わぁい! 瑠璃ねぇ大好きっ!」
そう言ってルリは貰ったマドレーヌを口いっぱいに頬張った。その様は餌をほお袋にため込んだリスの様にも見える。
名前が同じで親近感があるからか、初対面にも関わらず仲の良い姉妹の様にも見える。マドレーヌを頬張るルリを見ながら、穏やかな微笑みを浮かべ瑠璃は続けた。
「ルリちゃん、今度もしよかったらあたしと雨ちゃ‥‥じゃない、雨音ちゃんがやってる喫茶店兼兵舎においで。その時は美味しいもの沢山ご馳走しちゃうから♪」
「雨ねぇもいる喫茶店! いくいくいくいくいく〜っ!」
「うん。待ってるよ〜」
元気よくぴょんぴょんとび跳ねるルリに、笑顔で瑠璃は応えた。
「ちなみに‥‥どういうお使いだったのかな?」
テーブルの上のお菓子を、ルリとキロが一緒になって食べつくしていく様に苦笑しながら、ジグがルリに聴く。
「お使い?」
「え?」
「あ、お使い?」
「うん」
「‥‥なんだっけ?」
「え?」
ルリは動物園に行ってきてと言われて、家を飛び出した。
つまりお使いの内容を聞いていなかったのである。それを傍で聞いていた空也が、呆れたように半眼になって口を開いた。
「俺たちゃ、おかーさんに頼まれて探しに来たんだが‥‥」
「ママが! んじゃ帰る!」
頬張ったマドレーヌの破片やらを口から飛ばしながら、手を上げて叫ぶルリ。意外とあっさり。
「にしても、三日間も何してたの?」
「うん。ここの子たちと遊んでた! ね〜♪」
ジグの問いに答えながらルリが足元に向けて言うと、にゃぁ。ホワイトタイガーの子供が鳴き声を上げた。
「御姉様ぁ、可愛いぃ〜」
それを陽依がしゃがんで撫でながら、朔羅に声をかけると朔羅はすっと陽依の後ろに立ち、ホワイトタイガーの子供を覗き込むように屈んで、「そうね」と微笑みながら続ける。
「虎の赤ちゃんもいいけど‥‥陽依のその姿は、それ以上に可愛いわよ」
「っ!?」
まるで耳元で囁く様なそれに、顔を真っ赤にする陽依。
そんな心温まるシーンを傍目に、セラが作って来たアップルパイを並べる。
「どんどん食べてね! たっくさん作って来たから!」
「「おー! これが楽しみ〜(じゃ〜)」」
ルリとキロが補充されたおやつに喰らいつく。超似た者同士な二人である。競い合う様に食料を平らげて行く。
「今日は有難うございました」
わいわいがやがやと騒ぐ傭兵達に、眼鏡をかけた冴えない飼育員が頭を下げた。
「あ、あぁ。まぁ、キメラはほっとけねぇからな‥‥」
「クーお兄ちゃんってば照れてるの?」
「そんな事ねぇよ!」
「そういえばルリ〜。ルリのママっていくつなの?」
「はふぁふふぃ‥‥だよ!」
「へぇ。そうなんだ!」
‥‥‥‥なに?
ルリが頬張ったまま喋ったので、なんと言ったか分からなかった。どうやらセラは理解したようだったが――いや、他の皆も何となくなんと言ったか分かったからこそ、空也はもう一度聞き返す。
「え‥‥と、いくつって?」
「はたち!」
‥‥‥‥ざわ、ざわ。
全く計算が合わないどころか、どこか犯罪の匂いがする。
ルリが十歳と言う事は、お母さんが十歳の時の産んだ事になる。
ざわつく傭兵達を不思議そうに見ながらルリは続けた。
「だってママ、あたしは永遠のはたちだー! っていつも言ってるよ?」
「そ、そう言うオチか‥‥」
頭を抱えて溜息を吐く空也。しかし、実際いくつなのだろうか。それは謎のままになりそうだった。
そんな傭兵達のやりとりを苦笑して微笑む飼育員。
「これからもルリちゃんをよろしくお願いします」
「あれ? 飼育員さんはルリちゃんと顔見知りなんです?」
飼育員の言葉にジグがそう聞き返すと、「どちらかと言うと藍ちゃんに、ですかね?」とルリへと視線を向けて応えた。
「ルリちゃんのお母さんと面識が?」
「まぁ、昔の話です」
「じゃあ、ルリちゃんのママの年齢は‥‥」
そう問いかけるジグに、悲しそうな顔をして飼育員は呟いた。
――あはは‥‥それを言ったら殺されちゃいますよ。僕が。
それは開けてはいけないパンドラの箱なのかもしれない。
●
――電話の音。
「あ、終わった? どうだった? ‥‥そう」
四条 藍の声が、昼下がりのリビングに響く。
どこか楽しそうに笑いながら、電話の向こうに「ごめんごめん」とか言っている。
「あぁ? 私の年齢を聞かれた? それ答えてないでしょうね? 答えてたら殺すわよ?」
結構本気の殺意を撒き散らす藍。
リビングの外からでも、敏感に殺意を感じ取った鼠とかが逃げ出していたかもしれない。
「でも、よかった。あの子を気にかけてくれる傭兵が居て」
藍は本当にそう思う。
これからのルリには、そう言う友人が必要になるだろう。
そして、その支えがルリを人間として強くしていくだろう。昔の自分と同じように。
「ん。ありがと。今度飲みましょ? おごるから‥‥どういう事よ怖いって? あぁ、うん。またね」
そう言って、電話を切ると玄関の扉が開く音がした。
どうやら、可愛いバカ娘が返って来たらしい。
藍はクスリと笑ってソファから立ちあがり迎えに行くと、ルリが飛び込んできた。
今回の件について色々と、言葉足らずにも一生懸命話しかけてくる。
――もっと強くなりなさい。自分自身を守るために。
藍は娘の頭を撫でながら、心の中でそう呟いた。