タイトル:【JL】味の掠奪者マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/11/04 12:22

●オープニング本文


 ジョイランド――それは本日、ハロウィンからグランドオープンとなった巨大総合遊園地だ。
 ハロウィンに合わせたオープンイベントと言う事もあり、お化けや魔女の衣装を着た人たちで溢れ返っていた。

 巨大総合遊園地ジョイランドの食を司るエリア――ワールドフードコート。
 そこは各国の料理が楽しめるほか、外国の料理の作り方を教えてもらいながら料理を体験できるエリアだった。
 ハロウィンのイベントが行われている事もあり、ワールドフードコートはたくさんの人でごった返している。
 夕食と言うにはやや遅めとも言える時間にも関わらず、いまだ人の波が途切れる様子は無い。
 つまり、当然の事ながら出店する側も料理の提供、材料の仕込み、管理に大忙しである。
 そんな中――
「きゃあああああああっ」
 ワールドフードコートから少し離れた場所にある供用食材倉庫から悲鳴が響く。
 悲鳴を上げた当人――食材の補充にやってきた店員は、驚きのあまり倉庫の床に尻もちをつき、言葉にならない呻きをあげながら『それ』を見つめていた。
 『それ』はゆっくりと店員の方を振り返り――

 ――なに見てんだよ。

 『それ』は大きな犬の様な、しかし頭が人の頭の形をした何か。
 人の頭を持った犬。そうとしか言えない化け物。
 それが二匹、器用に口で食材の肉をずた袋に詰め込んでいる。
 そして、かなりの量を詰め込んだ後、店員の目の前を素早く‥‥もなく、ずりずりと引き摺って二匹の人面犬は店員の前を去って行く。
 しかし、腰を抜かした店員はただただ怯えた顔で見送るしか出来なかった。

 同時刻――野菜倉庫。
 
「急がなくっちゃ、急がなくっちゃ」

 倉庫内に可愛らしい鳴き声が響き渡る。野菜を補充しに来た男性店員は見た。大きなぬいぐるみの様なウサギが「急がなくっちゃ」と鳴きながら、リュックサックに山ほど野菜を詰め込んでいるのを。
 その愛らしさからハロウィンイベントで他の店の店員が、着ぐるみを着ているのかと思い「お疲れさ〜ん」と声をかけたが、ウサギは一心不乱に袋に詰め込んでいる。
(「あちらさんも忙しいんだな」)
 男性店員はそんな事を思い、自分の仕事に取り掛かりウサギと同じように目的の野菜類をナップザックに詰めていく‥‥と。人参だけがありったけ無くなっていた。
「ちょっ!? おまっ!」
 まさか全部持っていくなんて。出口の方に視線をやるとナップザックを引き摺っていった跡――ナップザックからこぼれ落ちたのであろう人参が出口に向かって落ちていた‥‥。

 同時刻――海産物冷凍庫。

「誰だよ‥‥冷凍庫の扉ちゃんと閉めなかったのは‥‥」
 魚やエビ、イカなどの海産物を保管している巨大な冷凍庫の扉が開いているのを見つけ、若き金髪の寿司職人はぼやいた。
 寿司の魅力にとりつかれ、自ら寿司を握る事を夢見て親方に弟子入りしたのは良いが、未だ包丁すら持たせてもらえず、精々酢飯の仕込み程度しかやらせて貰えていないのだ。
 つまり、寿司職人‥‥と言うにはまだ早く。また全然見習いの見習いと言ったところでしかないのがこの金髪だった。
(「こんなはずじゃなかったんだけどな‥‥」)
 金髪は心中でそうぼやき、冷凍庫の扉をぱたりと閉める。
 本来なら華麗な包丁さばきで魚を切り分け、生魚とライスをこれもまた華麗なドッキング技術でドッキング! そして客に華麗なポーズで提供するはずだった。それがいつまでも親方に怒鳴られ、兄弟子にはアゴで使われ‥‥一体いつになったら生魚とライスをドッキングさせる事が出来るのだろうか。
 金髪が冷凍庫の扉に手を突いたまま、今日だけでも何度目になるか分からない溜息をついた時――

 トントン。

 と、冷蔵庫の向こうからノックの様な音がした。
 金髪は気のせいかと、もう一度耳を澄ます。

 トントン。

 やはり冷蔵庫の中からの音。
「中に誰かいたのかよ、だったら言えよなー」
 柔らかな金髪の頭をぼりぼりと掻きながら、冷凍庫の扉を開けると‥‥。

「ぺーん」

 ペンギンが出てきた。
 それもタキシードにシルクハットで着飾ったペンギンだ。その背にはサンタが持っているような袋を引き摺っている。ペンギンは金髪に気付くと「御苦労」とでも言うように「ペン」と一声鳴いてその場を去って行った‥‥。冷蔵庫の中からは寿司ネタで重要なマグロが全部消えてなくなっていた‥‥。

●参加者一覧

UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
旭(ga6764
26歳・♂・AA
ガーネット=クロウ(gb1717
19歳・♀・GP
フローラ・シュトリエ(gb6204
18歳・♀・PN
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
荊信(gc3542
31歳・♂・GD
ヘイル(gc4085
24歳・♂・HD

●リプレイ本文

●鏡の中の――
 洞窟の奥にその迷宮への入口はあった。
 かつて世界に名を馳せた海賊ウォー・ロック。彼は海賊であるとともに偉大なる魔法使いでもあり、彼の船は空を飛び、地に潜る事も可能だったと言う。その魔法の船の不気味な程暗い入口が口を開いていた――。
 船内は魔法の鏡の迷宮となっており、知恵や体力を試し、認めたものに宝を授けると言う。
「こりゃぁ、まるで映画だな‥‥敵をはっきりさせるにゃぁ鏡をブチ割ればいいんだが‥‥今回はそうもいかねぇか」
「本当に厄介な場所にキメラが現れたものですね」
 鏡張りの通路を進みながら頭を掻きぼやく荊信(gc3542)に道化師――所謂クラウンの恰好をしたソウマ(gc0505)は応える。勇者の恰好をした荊信と洞窟に挑む姿は、ファンタジーRPGの一場面を彷彿とさせた。
 ソウマの言葉に二人の背後を警戒しながらついてきていたシクル・ハーツ(gc1986)も頷き口を開く。
「ええ、キメラに人々の憩いの時間を壊させる訳には行かない――しかし、こう鏡張りだと動きにく‥‥」
 ごっ。
 シクルの言葉が途切れると同時に鈍い音がした。
 その音に前を行く二人が振り向くと、涙目で頭をさするシクルの姿。
「な、なんでも‥‥ない」
「そ、そうか‥‥んで、ソウマ。この先なんだよな?」
「はい。このミラーシップにはいくつかの分岐ルートがあり、この先の少し広い空間にキメラが居ます」
 荊信の問いにソウマはそう断言する。
 このアトラクションの内容とキメラの位置を事前に確認し、このルートは自分たち以外入れないようにスタッフに手配したのもソウマだからだ。
 荊信はソウマの言葉に口元をにやりと歪めて笑う。この少年の言う事を信用――いや、信頼しているのだろう。
 しばらく薄暗い鏡の回廊を進んでいくと‥‥。
「急がなくっちゃ、急がなくっちゃ」
 そんな声が三人の耳に届いた。
「ビンゴだな」
 そう言って荊信は回廊から広間を覗き込む。後の二人もそれに続く。三人の視線の先には大きなナップザックの隣に座りこみながら、人参を齧る着ぐるみほどの大きさのウサギが居た。
「あれが‥‥キメラか? か、可愛い‥‥」
実に抱き心地がよさそうだ。
 不意にウサギキメラの耳がピクリと動く。先程まで齧っていた人参も床に置いている。その後、まさしく脱兎のごとく奥へと駆け出した。
「はっ!? お、追いかけないとっ!‥‥あぅっ!?」
 シクルが慌てて立ちあがったと同時にまた鈍い音。また、どこかに頭をぶつけたらしい。それを尻目に荊信とソウマがキメラを追って広間へと駆け出した。
「逃がしませんっ!」
 同時にソウマの手からイアリスが投擲され、キメラの足元に突き刺さり逃亡を阻止した。そしてそれを追う様にして飛び出した荊信がキメラの前に立ちふさがる。瞳は紅く炎の様に燃え上がり、その口元には不敵な笑み。
「おっと、この『皆遮盾』の荊信の前を素通りできると思うなよっ!」
 叫びと共にキメラを盾で殴りつけ、広間の中央に吹き飛ばす。
 そしてその先には――着物姿の女。シクルが静かに立っていた。その瞳は蒼く、冷たい光を宿している。

 ――貰ったぞ!

 シクルが着物の裾から手を抜き振るうと、薄桃色の光が辺りの鏡に反射し広間の中を万華鏡の様に彩った。
 シクルの手には機械剣。後には両断されたキメラが残されるのみだった。

●双頭の猟犬
 空を見上げると大きな月が上っていた。
 バトルフィールドのパターンは荒野の夜。西部劇の一シーンの様なステージだ。
 月下の召喚術師は時間経過によってフィールドが変化し、パターンによって有利な符獣が異なる。その為パターンに合わせた符術の行使や、符獣の召喚をする必要がある。
 フィールドの特性を読み、相手を上回る高度な戦術が符術師を勝利に導くのである。
 荒野の夜は土と闇属性の符獣が活性化する。
 そんな荒野を、ガンマンの恰好をした少女と騎士の恰好をした少年が佇んでいた。
「今日の私は西部の女ガンサムライなのです」
 フィールドの雰囲気と選んだ衣装が合っていた事もあってか、ガーネット=クロウ(gb1717)は上機嫌で言った。
「お似合いですよ、クロウさん」
 旭(ga6764)が柔らかい声で応える。
「それにしても、良くできてますね」
 旭は感心して辺りを見回す。ゲームだと軽く思っていたが、リアルなバトルフィールドに息を呑む程である。

 ――当然だ。我が社の命運を賭けた企画だからな。

 そんな声がした方に二人が視線をやると、そこには黒衣の仮面の男。
「あなたは‥‥」
「よくぞ聞いてくれた! 私は森皇 凱(もりおう がい)。月下の符術召喚士を作ったメーカーの社長だよ」
 ガーネットのつぶやきに、マントを翻し名乗りを上げる凱!
「社長!?」
 社長が一体何しに来た。
「決まっているだろう‥‥遊びに来たのだ!」
 セリフじゃない所と会話をしないで頂きたい。
「君も運が無い。この私とデュエルする事になるなんてな」
「い、いや、僕達は‥‥」
「ほぉぅ。常時召喚型の符獣か。しかも会話するなんてどういうAIだ? ‥‥まぁいいデュエルスタンバイ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! それどころじゃ!」
「私のターン! ドロー! 双頭の猟犬を召喚!」
 ガーネットの叫びも無視し、自らのデッキからカードを抜き符獣を召喚する社長。召喚に応えシステムが符獣の姿をホログラム化する。それは巨大な犬の頭部が人の頭をした――

 ――何見てんだよ。

 人面犬が二匹現れた。
 同時にガーネットと旭の顔に緊張が走る。
「むぅ。双頭の猟犬ってこんなデザインだったか? ‥‥構わん。アタックだ!」
「クロウさん! ここは相手に合わせましょう」
「わ、分かりました! わ、私のターン! 青き聖騎士アサヒを召喚します!」
 ガーネットの声に応える様に旭の容貌に変化が起きる。瞳は金色に輝き、足元からは波紋のように燐光が広がる。そしてその両手には炎の剣と氷の剣。
「なるほど、発動型のカードだったか!」
 実に楽しそうな森皇 凱。しかし、ようやく異変に気付く。猟犬が目の前の二人に対し攻撃をせず、凱の周辺を歩き回っているのだ。
「な、なんだ? バグかっ?」
「いけない! アサヒ、さん。アタックです!」
 ガーネットの指示に従い旭が人面犬に駆け出す。炎の剣が人面犬の喉を貫き一撃で屠る。
 しかしその時、残ったもう一匹が凱に飛びかかっていた。
「「させ、るかぁっ!」」
 ガーネットと旭。二人の声が重なった。
「アサヒっ! 必殺剣です!」
 予め決めていた指示に旭の音声ユニットが『Maximum Charge Elemental Cross!』と鳴く。その音声に合わせ旭の炎の剣と氷の剣が吠えた。それは十字の軌跡を描き、残った人面犬を四つに断ち切ったのだった――。

 この日を境にネット上で、『青き聖騎士アサヒ』と言う幻のカードが話題になったのは言うまでもない。

●ペンギンは空に憧れる。
 子供達が竜の着ぐるみの前ではしゃぐ。着ぐるみが子供達に向かいぎゃおーと吠えると、子供たちは「やっつけろー」と着ぐるみを殴る蹴る。
(「‥‥良いものだな。子供達の楽しそうな顔は‥‥」)
 UNKNOWN(ga4276)は着ぐるみの中から、子供達を微笑ましく見守っていた。しかしその視線の先には依頼にあったペンギン型のキメラが映っている。
 発見は容易だった。ペンギンは空高く聳え立つフリーフォールを見上げ呆然としていたのだ。
フリーフォールに乗ろうとしたが身長制限で拒否されたのを目撃している。乗れなかった事が相当ショックだったらしい。
「探すまでもなかったわねー」
 着ぐるみの周りから子供達が去ったのを見計らって、フローラ・シュトリエ(gb6204)が着ぐるみに声をかける。フローラが通り過ぎると人が振り返るのは、その美しい姿のせいだろう。
 吸血鬼に扮した彼女に優しく噛まれたいと思う人も多いのではなかろうか。
「あんなに目立つ所に居られると、逆に仕掛けられないな」
 フローラの言葉にヘイル(gc4085)が応える。AUKVを上手く工夫し、甲冑の様に見せこのハロウィンイベントに溶け込んでいた。
 確かにヘイルの言うとおりペンギンは、フリーフォールに並ぶ客の列の隣で呆然と天を突く塔を見上げて動かない。
「今のところ周りに危害を加えそうな様子が無いにせよ。場所を変える必要があるわね」
 そう言ってフローラは、ペンギンの傍らの荷物に視線を向ける。キメラが呆然としている今ならば、盗まれた食材を取り戻し、それを囮に誘き出せるかもしれない。
しかし――
「ペン!」
 ペンギンは突然そう鳴くと翼をはためかせ、スタッフに詰め寄り何かを訴えるように鳴く。
 そして一際大きく鳴いたと思うや、スタッフに飛びかかった。
 だがその嘴はスタッフに届かず、何かに弾かれるようにして大地を舐める。
 その機にヘイルとフローラがペンギンの前に踊り出し、大きく手を広げて周囲に向かって言い放つ。
「さてご来園の皆様方。上手く当たれば盛大な拍手をお願い致します!」
 ヘイルのその言葉に周囲の客の視線が集まり、何かのイベントかとペンギンと二人を中心に大きな輪が出来た。着ぐるみを来たUNKNOWNが人の輪を整理しているのが見える。客は誰一人気付いていないがスタッフを襲おうとしたペンギンを止めたのは、この男の銃弾だ。
 着ぐるみの中で男は微笑む。
(「‥‥いい所は若者に譲るとするさ」)
 地に伏していたペンギンはゆっくりと立ちあがると、リュックサックから巨大な冷凍マグロを引き抜いた。流石キメラと言うべきか、何百キロという重さのマグロをバットのように振るい、やる気満々の様子である。
 対峙する二人と一匹。そのミスマッチなシチュエーションでも、その場に満ちた緊迫した空気に人の輪は皆息を呑んだ。
 先に動いたのはペンギンだった。マグロを大きく振りかぶりフローラに襲いかかるが、フローラは華麗な足さばきで避ける。そしてすっと引いたフローラの拳には銀色の紋様が浮かび上がった。
「吸血鬼の爪‥‥とはちょっと違うけど、この手は強烈よー」
 フローラの拳を受け、ぽよんとコミカルに地面を跳ねるペンギン。そしてころころと転がる先にヘイルが立っていた。
「悪戯はもう充分だろ。眠りな」
 流血を避け刺し貫くのではなく、殴りつけるようにして手にした槍を振るう。静寂の蒼竜を使用した鋭い攻撃をペンギンには避ける術もなく、人の輪の中央に転がり倒れた。
 そしてペンギンが何かを掴むように最後に手(翼)を伸ばした先にはフリーフォール。
 天を突くように聳え立つそれは、あたかも神の意に背き天を目指したバベルの塔。人がその塔を登り天を目指す時、神の怒りに触れ作り上げた塔と共に地に落ちる。
 フリーフォールは神話に語られる禁忌の塔を模したかの様だった。
空に昇りただ落ちる。しかしそれでも空に憧れ、近付きたいと言う思いが、このキメラをフリーフォールに執着させたのかもしれない。

●守ったものは――
 黒衣の男は喫煙所で紫煙を燻らせながら、ジョイランドから笑顔で帰っていく客達を見つめていた。口元には満足そうな微笑が浮かべられている。
「守れて良かったな」
 そう言いながら煙草をくわえた荊信が喫煙所に入ってくる。そして火をつけゆっくりと煙を吸い込むと、大きく煙を吐き出した。濃い煙が喫煙所の中に立ちこめる。
「ああ」
 先に喫煙所に居た男――UNKNOWNは端的に応えた。
 仕事の後の一本の煙草。
 男達にとって喫煙と言うのは、一つの仕事が終わったと言う区切りの意味を持った、一種の儀式に近いのかもしれない。
 しばしの間。
 そして、煙草を吸いきった頃、荊信が口を開く。
「あんた、これいける口かい?」
 言って、口元で杯を傾ける仕草をした。それに苦笑しUNKNOWNは「付き合おう」とだけ答える。
 ここからは大人の男達の時間だ。そうとでも言うかのように二人は煙草を灰皿でもみ消し、フードコートの方へと消えていったのだった――

「シャリとネタのドッキング‥‥ですか。奥が深いです」
 フードコートの日本食エリアに、ガーネットと旭は寿司を食べに来ていた。それを出迎えたのは金髪の寿司職人。彼は得意気に寿司を握ったが、目の前の寿司は日本人である旭が見たことない形をしていた。
 寿司を食べた事が無いガーネットはしきりに感心している。楽しそうな彼女に対し、これは寿司じゃないと言うのは余計なことだろうかと旭は悩む。
「どうしたんだい? ほら、早くお食べよ」
 急かす金髪。ふぁさっと前髪を掻きあげると、ごっ! と鈍い音がした。金髪はゆっくりと後ろに倒れ込む。
 倒れた金髪の背後から現れたのは、苦虫を噛み潰したような顔をした壮年の親父。
「こんなものを寿司と思われちゃたまんねぇよ。すまねぇな嬢ちゃん達」
 親父はそう言うとカウンターに立ち寿司を握る。
 再び二人の前に現れた寿司は、良く知る寿司でほっと胸を撫でおろす旭。
「いい経験が出来ました。ご馳走様です」
 ガーネットがそう言って店を出られたのは僥倖だったと言えるかもしれない。

 雪原のヴァーチャル空間でヘイルとソウマは睨み合っていた。
 デュエル開始後、フィールドの特性をいち早く掴んだソウマが優勢だったが、ヘイルの場に伏せられたカードが増えるに従い、ソウマは攻めあぐねていた。
「『死棘の槍』を発動! こちらの召喚獣と引き換えにそちらの符術士に直接ダメージ!」
 ヘイルの符術でライフが削られ、ソウマは呻きを上げる。
「ターンエンド。俺を甘く見過ぎてたみたいだな」
 終了宣言を受け、ソウマは苦々しく自分のデッキからカードを引いた後、にやりと笑う。
「そうみたいだね。でも幸運はいつも僕に降ってくるのさ」
 今、引いたばかりのカードで符獣を召喚するソウマ。それに対し不敵な笑みを浮かべるヘイル。

 その後、数時間に渡る二人の戦いは、後に語り継がれる事になる。

「ふぅ‥‥」
 シクルはベンチに座ると、任務完了の達成感に息を吐いた。
 皆は思い思いのアトラクションへと向かい、楽しんでいる事だろう。
 目を瞑り夜の冷たい空気を感じていると、隣に誰かが座る気配がした。
「一人?」
「え?」
 隣を見るとフローラが居た。色っぽい吸血鬼の恰好で悪戯っぽい笑みを浮かべている。
「一人ならさ、一緒にミラーシップ行かない?」
「わ、私と‥‥?」
「他に誰が居るの?」
 眉根を寄せてフローラがずいっとシクルに顔を寄せて言う。
 しばらくしてお互い見つめ合っているのが可笑しくなって笑い声が漏れた。
「ふふ、分かった」
 微笑を浮かべシクルは言う。それに満足そうに頷きフローラはベンチから立ち上がり大きく手を広げる。
「せっかくなんだから楽しまなくっちゃ――」

 ――ここは、私達が守った場所なんだから。

 そして、フローラはシクルの手をとって駆け出す。
 守り抜いたこの場所を、精一杯楽しむために。