タイトル:デュエルダイバーマスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/06/13 22:29

●オープニング本文


●消えた社長

「近日中にすごいものを披露しよう」

 そんな事を言って社長は出社しなくなった。
 お陰で秘書としての私の仕事も、訪ねてきたゲストに「社長はお休みを頂いております」と、あくまで申しわけなさそうに応えるだけだった。
 それにしても、社長の顔はどれだけ広いのか。
 ゲストの中には芸能人や軍の技術開発部門の人間など、一体どんなパイプをお持ちなのか。とそんな事を思う。
 社長が居ないと、この部屋はとても静かだ。
 社長が戻ってくる見通しが無い以上、暫くの間スケジュールも真っ白である。
 静かな執務室の中で、定時まで来客の対応をした後、社長がいつも座っている机の方に視線を投げる。
 別に寂しいわけでは無いが、いつもなら社長の影に隠れた居酒屋チェーン「氷魚民」の煤けた看板が、どこか物寂しく視界に入った。

 ‥‥‥‥‥‥

 その視界の隅っこの方。一瞬だがみない方が良かったかなぁ。なんて思わせる、怪しげな物。と言うか…まぁ社長らしき物が、窓の隅の方から私を見ていた。
 ここ五階なんですが。
 社長ならそんな事も有るだろう。あまり深く考えない事にする。
「社長。なにやってるんですか?」
 窓の鍵を開け、からからと音をさせながら私は窓を開けてため息をつく。
「突然舞い戻って君を驚かせようと思ってな。しかし窓に鍵がかかって居たので入れなかったのだよ。窓を破壊して 飛び込もうとも思ったのだが…」
「私に怒られると思って出来なかったと」
「うん」
 いい年したおっさんがうん。とか頷くな。
「で、戻ってきたと言うことは」
「そう! 完成したのだよ」
「なにがです?」
 聞き返す私に、社長はずずいっと顔を私に近づけて来た。から、殴った。
「なななななな、なぐ、殴ったね!」
「セクハラです」
「ち、違うっ、違うのだ!これを見せたかったのだよ!」
 そう言って社長は自分の顔を指さした。
 言われてみると、いつも社長がつけている仮面とは違い、機械的な仮面だ。
 あ、言い忘れて居たけれど、社長はいつものように漆黒の服にマント。それにいつもと違う仮面…と言うよりサンバイザー付きのヘッドセットの様な物をつけている。
「なんです? それ?」
「ふっふっふ。よくぞ聴いてくれた。これは―」

 ――デュエルっ、ダイッヴァーだ!

 ポーズを決めてそう叫ぶ社長。
「はぁ」
「いや、私がカッコ良く決めてるのに『はぁ』ってなんだね君っ!?」
「はい、凄いですね。で、何なんですか?」
「くっ。その態度には大いに不満だがおしえて‥‥」
「いえ、不満なら別に教えて頂かなくても」
「教えさせてください」

 そう言った社長の土下座は、とても輝いて見えた。


「で、デュエルダイバーって?」
「あ、あぁ。ヘッドセット型のデュエルツールだ」
 こんこんと、自分の頭に装着したそれを軽くたたく。
 ちょっと近未来的なデザインのそれは、まぁ、カッコイイ。と言えるかもしれない。あくまで、実生活で装着していなければ。ではあるけれど。
「デュエルポッドと何が違うんです?」
「ポッド程の拡張性や表現力は無いが、今、自分が見ている光景を画像処理し、あたかもデュエルスペースに居るかのように見せる機械だ」
「つまり――なんです?」
「リアルタイムで自分が見ている景色を背景に、デュエルを楽しむ事が出来るのだよ」
「はぁ‥‥?」
「ま、また言ったね! 『はぁ?』って」
「それにどんな意味が‥‥」
「ろ、ロマンだよ! バイザーモニターを通して、実際に自分が日常的に見ている世界に符獣を召喚した様に見えるんだよ? 凄いじゃないか!」
「それが次の商品ですか‥‥?」
「その通りだ! しかし、これはまだ試作型なのでな」
「また、傭兵達に依頼‥‥ですか」
「流石、私の秘書君だね。その通りさっさと依頼してきたまえ」
「‥‥分かりました」
 また無茶な商品を。しかし、その無茶を徹して売り出したデュエルポッドは少しずつではあるがシェアを広め、海外のアミューズメントパークでの販売も予定されている。
 自分が働いている会社の経営が上向きなのは良い事だ。
「ちなみにこのデュエルダイバーの開発費に多額の借金をしたのでね。売れて貰わなければ我が社は倒産だ」

 ‥‥‥‥。

 あぁ。知らない方が幸せだった。
 秘書はそんな事を思って、ULTの出張所へと走り出した――。

●参加者一覧

ベーオウルフ(ga3640
25歳・♂・PN
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280
17歳・♂・PN
紅月・焔(gb1386
27歳・♂・ER
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
ソウマ(gc0505
14歳・♂・DG

●リプレイ本文



 ――暗い闇。

 男が付けた白の仮面だけが、闇の中で浮かんで見える。
「諸君」
 集まった決闘者達に森皇 凱はそう声をかけ外套を翻す。
「君達の手元にあるDDは、この世界の全てを君達の決闘場へと変えるだろう」
 凱はその言葉に余韻に浸ってから続ける。
「さぁ、行け! 決闘者達よ――!」

 しゃっ!

 そんな爽やかな音と共に、外の光を遮っていた暗幕が開かれた。
 初夏のまばゆい光が株式会社森尾の会議室に差し込む。
「ぎゃぁっぁぁ! 目がっ! 目がぁっ!」
 目を焼かれ会議室の床を転げまわる凱を冷たい瞳で睥睨しながら、秘書が「それでは」と続けた。
「皆さんにはDDの試験を行って貰います。場所は皆さんの好きな場所で構いません。宜しくお願いします」
 冷静な秘書の言葉を背に傭兵達は会議室を出て行く。

 ――行くのだ、決闘者達よ。私の夢と共に‥‥。

 傭兵達の背中に、日光に悶えながら凱はそう呟いた――。


 静かなスタジオ。
 スタジオには二脚の椅子が置かれ、ぼんやりとした明かりだけが室内を照らしていた。
 そこに足を組んで腰かけていた辰巳 空(ga4698)は、手にしていた本を閉じすっと立ち上がった。
「やはり、貴方がいらっしゃいましたか」
「‥‥ああん?」
 空の言葉に訝しそうな声を上げたのは、紅月・焔(gb1386)。
 ガスマスクの上からDDを装着した焔の姿は、どこから見ても変質者にしか見えない。
「私の相手は貴方じゃないかと思っていたんですよ」
 ぴくり‥‥と、ガスマスクがどこか愉快そうに揺れる。
「面白い‥‥真のデュエリストはこの俺だ! ‥‥ルール良く知らんがナ! ぐへへ‥‥」
「そう簡単に行くと思わないで頂きたい」
 向かい合った二人は、ほぼ同時にデュエルカードをDDの挿入スロットへと挿しこんだ。
 Dカードと呼ばれるそれは、自らのデッキをデータ化し登録しておく事ができる。つまり、決闘者の魂そのものとも言える物だ。
 Dカードが挿入されると二人の視界、DDのバイザーモニターに赤い文字が映し出された。

 ――Duel stand up.

 その字が消えると、静かだったスタジオ内が激しい炎に包まれた。
 DDによる映像効果だが、実際の熱を錯覚してしまう程の現実感だった。
「これは‥‥なるほど――」

 ――面白い。

 空は小さな声でそう呟く。
「ぐははは。良いね良いね。さあ、戦って貰おうか! このインセクハラー・焔とな!」
 焔が手をかざすと目の前に手札の映像が浮かんだ。
 DDがデータ処理し、手札をモニターを通し視覚化したのだ。空も同じく手札を引き構える。
「私の先攻の様ですね。『イージス高原のハリネズミ』を召喚します」
 薄く笑みを浮かべながら空が、宙空に浮かぶように映像化された札に触れる。すると札が光となって消え、同時に空の足元に一匹のハリネズミが現れた。
「ぐははは。そんなちっぽけなネズミで何ができる?」
「過酷な環境に生きる鼠を舐めないで頂きたい」
 そう言って空が符獣を焔へけしかける――

 ――『詮索する妻』。

「ぐはは。女の嫉妬は恐ろしいなぁ。符獣は妻の目が恐くて動けないようだぜ?」
 ドアの隙間から覗いている女の瞳に睨まれ、ハリネズミは待機状態にされた。その女の目が超怖い。
「俺のターン!  貴様に見せてやろう! 神のカードを!」
「神のカード‥‥?」
 燃え盛るスタジオ内に焔の高笑いが響く。
「出ろぉっ『ダーク・オブ・ガ・スマスク』っ!」
 地面に巨大な穴があき、その奈落からゆっくりと現れたのは巨大な――ガスマスク!
 頭部だけのそれは、不気味に宙に浮かび空を圧倒する。
「くっ。『予言者の弟子(笑)』を召喚‥‥(笑)だと!?」
「ふ。この神は相手のカードに強制的に(笑)を付けるのだ!」
 びしぃっと空を指を差しながら、カッコよくポーズを決めて宣言する焔。
「他の能力は‥‥」
「ないっ!」
「‥‥属性一致に寄る『預言者の弟子』の効果で、『火炎巨人』を発動」

 ぱちゅん。

 そんな効果音を伴って、ガスマスクは巨人の拳で潰された。
「うおおっ!? 俺の神(自称)がぁっ!?」
 そんな物、神に祀り上げないで頂きたい。
「これで終わりですか?」
「ちぃっ! 『懐を弄る盗人』召喚。アタックだ! 盗人の攻撃が成功した場合‥‥」
「それは既に見抜かれている。トラップカード『預言書』発動」
 『預言書』の効果に寄り悪事を見抜かれていた盗人は、警官に手錠をかけられ、とぼとぼとスタジオの外へと連れられて行った。
 扉を出て行く時に、焔に向かってすまなそうな目をしていたのが印象深い。
「あれ?」
「さて、もう決着をつけましょう。私には全てが見えている」
 テーブルの上に置かれた赤ピーマンを一齧りして空は告げた。

 ――『偉大なる予言者・イシュテグル』

 その呼び声により、二人の視界が劇的に変化した。
 スタジオ内だった視界は、一瞬にして嵐の荒野へと変わる。
「偉大なる予言者は嵐を呼ぶ。そしてその嵐とは――」

 ――『天空の超古代都市・ファーディラント』の事を指す。

 嵐の荒野。その雷雲の隙間から巨大な要塞が降りてきた。
 かつては栄華を誇り、空を支配した天空人の居城。それを呼び出す事の出来るイシュテグルは、天空人の系譜を持っているのかもしれない。
「我が敵を焼き払え。ファーディラント!」
 空中要塞から覗く無数の砲台が、焔に向かって雨の様に砲撃を繰り返す。

「次からはルールを読んでから対戦する事だな」

 焔の断末魔を聴きながら、空はそう言ってもう一度赤ピーマンを齧った。


 砂浜の白い砂が足元でさくさくと心地よい音を鳴らす。
 その砂浜でヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)と流叶・デュノフガリオ(gb6275)は向かい合っていた。 
「覚悟しろ。連敗記録更新中だけど、今日こそは勝たせてもらう!」
「きみも懲りると言う事を覚えた方が良い」
 息を撒くヴァレスに余裕の表情で返す流叶。
「余裕じゃないか流叶。なら賭けをしよう」
「どうせ私が勝つんだ。構わないよ」
 気安く受けた流叶に、ヴァレスはどこか邪まな笑みを浮かべた。
「じゃあ、符獣がやられる度にやられた方は一枚脱ぐ」
「!?」
「そして負けた方は、勝った方の言う事を聞く」
「!!?」
 その条件に動揺を見せた流叶に「どうせ俺が負けるんなら良いだろ?」と挑発を重ねる。
「い、いいだろう。その条件を飲もうじゃないか」

 おおおおおっ!

 流叶の言葉にヴァレスは魂魄からの叫びとも言える雄たけびを上げた。
「俺が勝ったらこれ着てもらおうかなっ♪」
 ヴァレスが手にしたのはシースルーの水着。
「ば、馬鹿かきみはっ!?」
「ふふふ。おれは本気だっ、デュエルスタンバイ!」
 そう言って勢いよくDDのバイザーを下すと視界が海中へと変わった。視界の端に色鮮やかな熱帯魚が横切って行く。

 ――先攻は俺だ。

 先攻判定の結果をみてヴァレスが不敵に笑う。
「出ろ! 『終焉を招く巨龍』!」
 同時にヴァレスの背後で、見上げる程巨大な闇色の龍が召喚された。
 対する流叶も宙空に浮かぶ手札から符獣を召喚する。
「ふむ‥‥先ずはこんなものだろう」
 流叶が召喚したのは『物言わぬ土人形』。巨龍に負けないほどの巨体で、流叶を守る様にヴァレスの前に立ち塞がる。
 立体映像とはいえ、その二体の巨大な符獣の迫力に二人は息を飲んだ。普段二人で卓上で遊んでいる物とは違い、ピリピリとした戦いの空気を二人は感じる。
「いけ! 終焉の咆哮!」
 ヴァレスの指示に巨龍が吠えた。その咆哮を受けながらも土人形はその巨大な腕を伸ばし、巨龍を地面へと押し倒す。
 そこに止めの拳を振り上げた時、巨龍の赤い瞳が怪しく光った。睨まれた土人形はゆらりと大地に膝を突く。
 その隙をついてヴァレスが手札から次なる符獣を呼び出す。
「焼き尽くせ! 『イオルムンガンドル』! ノヴァ・エクスプロージョン!」
 炎を纏った龍がゴーレムへと灼熱の炎を吐きだした。炎は周囲の水を沸騰させながら土人形を焼き尽くす。
「どうだ!」
 胸を張って言うヴァレスの目の前で、土人形はその場で動きを止める。それに流叶が歯噛みして上着を一枚脱ぐと、白磁の様な肌が外気にさらされた。
「‥‥っ、まだまだっ!」
 羞恥心を吹き払う様に流叶は叫び、次なる符獣――シルフを呼び出した。
「さぁ、切り刻め、風の化身!」
 シルフは真空の刃で炎龍を切り刻む。断末魔を上げ光となって消える炎龍。
 ヴァレスは小さく呻きを上げながら制服を脱ぎ、次なる札を切る。
「風には風だっ! 『ヴァイオレットウィンドドラゴン』!」
 呼び声に応じ辺りの水が渦を巻き現れたのは風の龍。
「さぁ、賭けろ! ウインドジャッジメント!」
 ヴァレスは叫ぶ。しかし――

 ――布石は事前に、さぁ、出でよ業炎の英霊! ‥‥焼き尽せ!

 流叶が詠う様にそう言った。
 動きを止めていた土人形がその身に炎を纏わせ風龍に拳を振るうと、風龍は炎に包まれ苦悶の鳴き声を上げた、が。
「『リヴァイアス』」
 小さく。しかしはっきりとヴァレスがそう口にすると、風龍を包んだ炎が立ち消えた。
「アクアフォースフィールド。指定したカードの能力を無効化する」
 どこか得意げに告げたヴァレスは、続けて攻撃を宣言する。しかし対する流叶は微笑みを返して口を開く。
「悪いね。その子は私に懐いてしまった様だ」
 その言葉にヴァレスは訝しげに眉を顰める。
 次の瞬間――風龍と水龍が互いの攻撃で光となって消えた。
「‥‥な!?」
「行け! イフリート!」
 流叶は炎の魔神を残った闇龍へとけしかける。
 その力はほぼ互角。少しの間拮抗した後、爆散して消え去った。
「そろそろ‥‥決着を付けようか」
 倒された符獣の数だけ服を脱ぐヴァレスに、流叶も服を脱ぎ捨て頷きを返す。
 今、二人の決闘者の瞳に見えるのは勝利への渇望のみ。

 ――終止符を打て! 『ブリリアントエンペラードラゴン』!」
 ――輩の亡骸よりいでよ! 『フェニックス』!」

 爆音と爆光が辺りを包む。
 そして、その音と光が消えた後立っていたのは――。


 本来はコレクターなんだがな。

 胸中でそんな事を思いながらベーオウルフ(ga3640)は、商店街のオープンカフェで、Dカードを眺めていた。
 カードをコレクションせず、データとして持ち歩くのはコレクターとして少し残念に思う。
「まぁ、いいさ――」
 そう呟きながら立ち上がり、商店街の入口へと視線を向けた。
 その視線の先には漆黒のタキシードを着て、既にDDを装着しているソウマ(gc0505)の姿。遠くから見ても余裕の笑みを浮かべているのが見える。

 ――たまにはプレイヤーになるのも悪くない。

 そう言って、ベーオウルフはDDのスロットにDカードを挿入した。モニターに写ったのは熱風荒れ狂う商店街。風が炎を撒き散らし、じりじりと辺りを焼き尽くす。
 そんな中、井戸端会議をしている主婦達の姿がどこか滑稽に見える。

 ――始めましょうか。

 まだ遠くに居るソウマの口がそう言っていた。
「あぁ、始めよう――」

 ――Set your mind.

 二人の意識がDDを通じてリンクする。
「『グレンデル』アタックだ!」
「『ケットシー』! 受けろ!」
 悪鬼の攻撃にケットシーが立ち塞がる。その瞬間ベーオウルフの口元が笑みに歪んだ。
「『グレンデル』の能力を半減させる。それによって相手プレイヤーに直接攻撃を行う!」
 その宣言で悪鬼の爪がソウマへと直接届きライフを削る。
 しかし、同時に『ケットシー』の持つ剣が力を減じた悪鬼を斬り倒した。
「かかったな! 『グレンデル』が墓地に送られる事で『マザーグレンデル』を特殊召喚! 続けてアタックだ!」
「――『唐突な出会い』。この効果により手札から『気まぐれなドッペルゲンガー』を召喚! その効果によって『マザーグレンデル』の姿を写し取る」
 悪鬼二体が激しくぶつかり火花を散らす。
 一進一退の戦いを見せる二人の決闘者を見て、主婦たちが怪訝そうな顔で避けていく。
 周りから何をしているか分からないのは、やはり問題があるかもしれない。
「『古の戦士ベオウルフ』を召喚! 敵を蹴散らせ!」
 お互いの悪鬼が光となって消えるのを傍目に、ベーオウルフが新たな符獣を召喚し『ケットシー』を墓地へと葬る。
 続けてベーオウルフが符術を発動させた。

 ――『時の奔流』。時の流れに飲まれろ。

 発動と共に、周囲の商店街の建物が朽ちてゆく。
 街ゆく人も年老いて、その虚ろな瞳が二人の決闘者の戦いの行方を見守っていた。

 ――そして戦士は時が流れて王となる。

 時の腐食の中、戦士は経験を積み王へと上り詰める。
 老齢となってもその瞳には変わらず戦士の意志を宿していた。
「『古の王ベオウルフ』。召喚」
「『古の王』‥‥ですか。デッキの上から三枚捨てる事で、様々な効果を打ち消すと言う」
「その通りだソウマ。アンタ、今まで自分の手の内を見せすぎだぜ?」
 ソウマと戦うに当たり、ベーオウルフはソウマの戦闘の内容を調べていた。
 特殊効果を有効に使い相手を翻弄するその力は、決して幸運の一言では収まらない。
「やるからには勝つ。それだけだ」
 ベーオウルフのその言葉通りそこからは一方的だった。
 しかしソウマは、召喚した『運命のダイス』の特殊効果を繰り返す。
 切り札の一つでもある『運命の女神三姉妹』を盾にしてまで、ソウマは『運命のダイス』を守り続ける。

 ――はは。

 それを幾度か繰り返したソウマの口から、乾いた笑いが漏れた。
「どうした。やっと諦めたか?」
「いえ、そろそろかなと」
「どういう意味だ?」

 ――貴方のデッキ‥‥残りは何枚でしょうか?

 背筋が寒くなる様な少年の笑み。
 そして再び『運命のダイス』の効果を発動させた。ベーオウルフは舌打ちをしてデッキの上から三枚を捨てる。
 そこでソウマは口を開いた。
「賭けをしませんか?」
「賭け、だと?」

 ――『キョウ運の招き猫』召喚。

「この札は、半分の確率で自分か相手に大ダメージを与えます」
「俺はその効果を消すかもしれないぞ?」
「消せませんよ。札を引けなくなったら貴方の負けですから」
 ベーオウルフは歯噛みして「やれよ」と憮然に答えた。

 ――幸運は、自らの手で招き寄せる物です。

 判定の結果を見て、ソウマはそう言って笑った。


「ま、またか‥‥何度目だっ」
「邪まな考えをするからだ」
 メイド服を着て項垂れているヴァレスと、それに苦言を呈する流叶を傍目に、秘書は凱に口を開く。
「商店街から苦情が来ています」
「他には?」
「ガスマスクを被った怪しい男が、子供に何か吹き込んでいると苦情が来ています」
「そう、か――」

 ――成功だな。

 したたかに殴っておいた。

 そこかしこでこんな事になったら社会問題になりかねない。開発段階でそれが確認できただけでも良かった。
 確かに、そう言う意味では成功と言える。

 しかしDDの市販はもう少し先になりそうだ。と、そんな事を一人ごちた。