●リプレイ本文
●『11』と言う喫茶店
ふらり‥‥と。
そう、その言葉通り、キリル・シューキン(
gb2765)は足取りも怪しく道を歩いていく。
先日の依頼で怪我を負ったにも関わらず、仕事で本部に詰めていた所為で、キリルの体は足を進めるのも一苦労な程疲れていた。
「‥‥疲れ、た。無理だ、帰れん‥‥」
擦れた声がキリルの口から洩れる。
道の脇の壁に背を凭れかけ、大きくゆっくりと息を吸う。
そしてどうしようもない疲れと共に、空を仰ぎながら重たい息を吐いた。
今日の空はとても蒼く、その空を白い雲が急ぎ足で流れて行く。
その視界の端に――
――『11』
と、たったそれだけ彫られた、厚みのある木で出来た看板が目に入る。
なんだ、と視線を巡らせると、自分が背を預けた壁はどうやら喫茶店の壁だったらしい。
「‥‥休もう、いったんここで‥‥」
そう呟いて、喫茶店の扉を開けるとカウベルの音が響き、メイド服を着た少女とキリルの目が合うと、そのメイドに向かってキリルは口を開いた。
「Чай и мороженое пожалуйста.」
「あぅ、ご、ごめんなさい。今日は貸し切りなんです」
キリルの言葉が分からなかったのか、戸惑いながらもすまなそうにメイドはそう言った。
(自分、寝ぼけ過ぎだな‥‥)
つい自国の言葉を口にした自分に、キリルは胸中でそんな事を思い舌打ちをする。
メイドはその舌打ちを、『貸し切り』という言葉へのものと思ったのだろう。どこか怯えたように頭を下げる。
「あぁ、すまない‥‥。なら仕方ないな」
共用語でそう告げて喫茶店から出ようとした時、キリルの背中に声が掛けられた。
「あ、ちょ、ちょっと待って!」
振り返るとカウンターの向こうに、ぴょこんとツインテールの少女が見える。どうやら声の主はあの少女の様だ。
「良いよ愛華。折角のお客さんじゃないか。座って貰ってよ」
「あ‥‥うん!」
愛華と呼ばれたメイドは、キリルの背中を押してスツールへと促す。
キリルは喫茶店の店員二人のやりとりに、やや戸惑いながらカウンターに座ると、目の前に一杯の紅茶と、濃い茶色をしたチョコレートのアイスクリームが置かれて居た。
「これ‥‥は」
「注文したろ? サモワールは無いけど、それなりに楽しんでもらえると思うよ?」
――ボクが君の為に淹れたんだからね。
そう言って笑う少女の淹れた紅茶を口に含むと、どこか懐かしい少し甘い味がした。
●
午後に近くなってくると、三上 照天(gz0420)が呼び出した傭兵達が集まり、いつもは閑散としている『11』の中に賑やかになってくる。
「ちょっと奥借りるぞ」
そう言って宵藍(
gb4961)が店の奥に消え、それに瑞姫・イェーガー(
ga9347)が、テルの方をちらりちらりと気にしながら後に続く。
賑わいで来た『11』のカウンターでは三人が項垂れていた。
紅茶とアイスを平らげ眠りについたキリルと、その隣で寝息を立てるテル。そして、さらにその隣で――
「愛華さ〜ん、コーヒーよろしく〜」
「マヘルさぁんっ! 伝染しないでくださいぃぃ」
どこか間延びした声で愛華にオーダーを入れるマヘル・ハシバス(
gb3207)に、愛華が悲鳴にも似た叫び声をあげながら、マヘルの前に珈琲を出す。
しかしマヘルさんもこんな風になるんだなぁと、親しみを感じて愛華は少し嬉しくて、笑みがこぼれる。
マヘルは目の前に置かれた珈琲に口を付けると、ほっと一息を吐き、立ちあがり愛華のいるカウンターの中へと入る。もう勝手知ったる何とやらだ。
食パンを棚から出し、サンドイッチを作り始める。
「そう言えば」
「?」
ハム、レタス等冷蔵庫に入っていた物をパンに挟みながら、思い出したように隣に立つ愛華にマヘルが小声で問いかける。
「愛華さんの好みのタイプってどんな人ですか?」
ちらりとテーブル席に座る石田 陽兵(
gb5628)の方を見たかもしれない。
不意打ちの様なマヘルの質問に、愛華は「え? あ、え? あぅぅ‥‥」などと口どもる。
初々しい愛華の反応に、マヘルの口元に微笑が浮かぶ。
答えに窮している愛華を余所に、店の奥から白ネコメイドの服を着た瑞姫とチャイナドレスを着た女性が現れた。
瑞姫の可愛らしさと、チャイナドレスの女性の美しさに『11』内に居た皆が息を吐く。
‥‥‥‥あれ?
先程店の奥に消えて行ったのは、瑞姫と宵藍だったのではなかろうか。宵藍は紛れもない男だ。
がたたっ!
そんな音を立てて、テルがカウンターから立ち上がる。
「シルキーキャットと男の娘の匂いがする!!!」
ちょっと待て、一体それはどんな匂いだ。
そんな突っ込みが入るか入らないかの一瞬で、テルは瑞姫と男の娘(暫定:宵藍)の傍へと移動していた。瞬天速もびっくりだ。
「瑞姫ちゃん可愛いっ! 宵藍さんもそんな趣味があるなんてっ! いいぞ! もっとやれ!!」
「にゃー、はっはー、ボクは瑞姫じゃないのにゃ『11』に、助っ人に来たシルキーキャットにゃ」
びしっ! とポーズを決める瑞姫。それを見てテルは店の奥へ消えた‥‥かと思うと直ぐに戻って来た。その間30秒。
戻って来たテルは瑞姫と色違い。黒ネコメイドの姿で立っていた。本当に変身してきたのだろうか。
「ふふ。ボク程のレイヤーになると、これくらいは朝飯前なのだよ」
ふふん。と得意気に言う――いや、今、誰の疑問に応えた?
そんな事には気にかけず、テルは瑞姫の隣に立ってポーズを決める。ボクッ子二人のその姿は実に様になっていた。
一方チャイナドレスを身に纏った宵藍(確定)は、紅を引いた艶やかな唇に微笑を浮かべて口を開く。
「では、舞を一指し――」
中国の民謡を口ずさみながら、しなやかに、時に入る動きの緩急。女性よりも女性らしい色気のある動きに、皆が目を奪われた。
ひとしきり舞を終えた宵藍は、テーブル席にどかっと座って足を組み――
――んで、新メニュー? 杏仁豆腐とかどうよ?
と、にやりと笑ってそう言った。
●
「アルフェル。これ、着て貰っていいかな?」
「‥‥? 良い、ですけど‥‥これ、何の服‥‥ですか?」
鹿島 行幹(
gc4977)にセーラー服を渡され、アルフェル(
gc6791)は小首を傾げた。
「いや、もしも同じ学校だったら、どんな姿だったのかなー‥‥っていう興味が沸いてさ」
「そういう事‥‥でしたら、‥‥着替えてきます、ね‥‥」
照れる鹿島に微笑んで、店の奥へと消えて行くアルフェルを見送った愛華は、「どうして、普通の制服があるんだろう?」と言う疑問のまなざしをテルへと向ける。
「聞くだけ野暮だよ?」
「あはは‥‥」
等と、先にテルに釘を刺され愛華は苦笑を浮かべた。
暫くしてセーラー服を身に纏って戻って来たアルフェルは、控えめに鹿島に聞く。
「ど、どうでしょう‥‥か?」
「ん、似合ってる。可愛いよ」
そんなやりとりをしている二人を微妙に嫌な笑顔で観察するテル。
満足そうに笑うテルに、二人の世界を作っていた鹿島とアルフェルははっと我に返った。
「し、新メニューか‥‥どんなのがいいかね。シンプルに考えると、ケーキかな?」
「といっても、色々‥‥ありますが‥‥何が良い、でしょうか‥‥?」
カウンターに入りながら二人で考える。「とりあえず‥‥作ってみましょうか」と言いながら、アルフェルはセーラー服の上からエプロンを付けた。
それが実に可愛らしく、鹿島はつい心を奪われる。
「そっちの方‥‥お願いします、ね‥‥」
アルフェルの言葉に曖昧な言葉を返す鹿島。
しかし、恋人のその姿に見惚れて包丁を持った手への注意が疎かになっていた。
「ぃつっ‥‥!?」
不意に痛みを感じ鹿島が手を確認すると、包丁の刃で指先を浅く切っていた。傷口からじわりと血が滲む。
「だ、大丈夫‥‥ですか?」
「あ、いや。この位なら大丈夫だか‥‥」
「――。‥‥はむ」
‥‥鹿島の指をアルフェルが咥えた。
それを一部始終見ていたテルが、小声で「うおおぅ」と感嘆の声を上げる。
指を咥えられ真っ赤になりながら擦れた声で鹿島が呟く。その視線は宙空を泳いでいた。
「あ、その‥‥絆創膏、貼ってもいいかな?」
「ぁ‥‥えっと、‥‥余計な事、しましたか‥‥私‥‥?」
「や、余計な事じゃないっ。うん、問題ない!」
どこか不安そうに問うアルフェルに、鹿島は慌てて言葉を返す。
‥‥いやぁ、幸せそうだな。こん畜生。
賢明な皆さんは‥‥この言葉をきっとテルの呟きだと思ってくれる事を、私は信じている。
そんな平和で素敵な、とある喫茶店での昼下がりだった。
●少し思う所
ふむ。彼か。等とそんな事を思いながら、ボクはカウンターの向こう側で頬杖をついて二人――愛華と石田 陽兵(
gb5628)を眺めていた。
愛華が欲しければボクを倒して行けと言いたいところだが、実際簡単に倒されて奪われていくだろう。一般人だもんな。デコピンでやられちゃうよボク。とかなんとか思っていると、向かいに座ったソリス(
gb6908)が声をかけてきた。
「‥‥そういえば、愛華さんとはどういった仲で? 私は単に一度依頼で護衛を担当しただけですけど‥‥ところで、チーズケーキはありますか?」
「ん? ん〜‥‥どういった仲‥‥か? むぅ」
最初に声をかけたのはボクの方だったと思う。
あまりにも一人で寂しそうだったから。としか言えない。いや、同じく父も母も居ない自分を、愛華のその姿に重ねてしまったのだろう。
そんな事を思っても、上手く説明が出来ず悩み顔でソリスにチーズケーキを‥‥。そうだ。
「レア? スフレ?」
「あ、スフレで。‥‥これ、自分で焼いてるんですか?」
「あ、うん。趣味も兼ねてね。余ったら自分で食べるし‥‥まぁ、いつも、余るけど」
肩を落として言いながらケーキを出すボクに、苦笑を返してから愛華の方を見るソリス。
「えーと。ソリスさんだよね?」
「え? あ、はい」
ボクの問いに怪訝そうに応えるソリス。
「最初の旅から戻って来た時、キミ‥‥え、とソリスさんの話をよくしてたよ、あの子」
意外だったのかその言葉に「え?」とソリスは聞き返した。
彼女が来ると言うのを知って、愛華はとても喜んでいたのを思い出す。
「『人の思いを伝えられる様になりたい』ってさ」
それは、愛華がソリスに聞いた、ソリスの大事な人の言葉。
多分それが今の愛華の行動指針を支えているのだろうと思う。
死んだ父親の遺志を継ぐかのように――それは、ボクも似た様なものだけれど。
「‥‥そう、ですか」
そう言って愛華の方に視線をやるソリスは、どこか優しい瞳をしていたと思う。
●
「あ、あの‥‥いつも有難うございます」
「あ、い、いや。うん」
愛華と陽兵は二人とも立ったまま、そんな事を言いあっていた。
「えっと‥‥今日はメイドさん?」
「あ、はっ、はい」
陽兵は、先日父を亡くしたばかりの愛華にどう接すればいいか分からず、愛華は愛華で泣いてる姿を見せてしまった気恥ずかしさがあった。
「あ‥‥どこか行ってたんですか?」
「あ、あぁ、人探し。収穫は0だったけど」
苦笑しながらポーチを叩く。ポーチは許容量一杯まで物が入っているらしくパンパンに膨れ上がっていた。
「人探し‥‥見つかるといいですね」
「見つけるさ。絶対」
そう言っていつもの笑顔を愛華に返すそんな陽兵に、背後から瑞姫が小声で耳打ちする。
「陽兵好きな子出来たんだね」
「んなっ!?」
「愛華もさ、受け止めてくれる人がいるなら泣いても良いんだよ?」
大慌てする陽兵を傍目に、瑞姫は愛華に向かってそう言うと、愛華は陽兵の前で泣いてしまった事を思い出して赤面する。
「ちょ、瑞姫っ! おまっ!?」
「ボクは瑞姫じゃないにゃん。シルキーキャットにゃんよー」
「都合のいい時だけ、キャラ変えんなっ!」
決して広くない店内をちょこまかと逃げる瑞姫を、顔を真っ赤にして追いかける陽兵。
「あ、あはは‥‥」
そんな店内の惨状を眺めながら苦笑を洩らす愛華に、ソリスが声をかける。
「無事にやってるようで安心しましたよ」
「あ、はい。お陰さまで」
「お父さんの事、聞きましたよ」
ソリスの言葉に、愛華は少し顔を伏せた。
「1、2ヶ月で無理して立ち直る事もないと思いますけど」
「え?」
「ここだけの話、現実は甘いですよ? 私も以前どうしようもないところまで堕ちてましたけど、結果的にここまで立ち直れましたし――」
――人間その気があればいくらでも立ち直れますよ。
そう言ったソリスは、微かに‥‥優しく笑った様な気がした。
来店した時は少し落ち込んでいた様な愛華が、傭兵達とのやりとりで少し元気が出ているように見えた事に安心したのかもしれない。
「これからも縁は大事になさってくださいね、あ、悪いですけどお金は払っておいてください、それでは」
「あ‥‥待ってください」
カウンターに珈琲代を置いて去ろうとするソリスを、愛華が呼びとめた。カウンターに置かれた珈琲代を取り、呼びとめたソリスの手に握らせる。
「また、来てください。待ってますから」
「でも、これは‥‥」
「奢りです。テルちゃんのですけど」
そう言って愛華はぺろりと舌を出した。
●おかえり、ただいま。
駅のホーム 交差点の途中
ふとした時によぎる場面
人はそれを想い出と呼ぶのでしょう
形あるモノは全部
いつかその姿を変え崩れ落ちてゆくけれど
目に見えない何か 確かにこの胸に
今笑う為 時に泣き
歩く為 立ち止まった日もある
光と影 表と裏
寄り添いながら
Don’t be memory
想い出にはしたくない
私を作る全て想い続けていくよ
置き去りにせず一緒に
向かいたい 未来[あした]へ
二胡の音色に合わせ宵藍の歌声が響く。
その店内では傭兵達が思い思いに新メニュー考案や、恋愛談議に花を咲かせている。そんな会話が、この小さな喫茶店から遠く離れないボクの数少ない楽しみの一つだ。
ボクとしては愛華の事を気にかけてくれる人が多く、まるで自分の事の様に嬉しかった。
カウンターの中で隣に立つ愛華に視線を向けると、ボクと同じように喫茶店の傭兵達に苦笑しながら、楽しそうな顔をしている。
「あ、そうだ言い忘れてた」
愛華はそんなボクの言葉に首を傾げ、「なに?」と聞き返してくる。
愛華が帰って来てから、まだこの言葉を言っていなかった。
だから、いつものように、何気なく。その言葉を口にする。
――おかえり、愛華。
その言葉を聞いた愛華は、顔に満面の笑顔を浮かべ「うん、ただいま」と応える。
そう、ボクが出来るたった一つの事。
それは疲れて帰って来た人が、少しの間休める場所を守る事だけなのだから。
――おかえり。
ボクは胸の中でもう一度そう繰り返す。
ここに居る皆が、また『11』に無事戻って来れる様祈りながら。