タイトル:【極北】欠けた記憶マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/13 07:02

●オープニング本文


●欠けた記憶

 ――うさん。

 誰かの声。聞き覚えが有る声がして目が覚めた。
「起きたかい?」
「ああ」
「うなされていたように見えたけど」
「そうか」
 俺は、興味も無さそうに応える。
 柔らかそうな金色の髪の男アレス=ラファールは、壁に背を預けたまま無愛想な俺に対してくすくすと笑う。
「また、あの夢?」
「ああ」
「疲れてるんじゃないの?」
「馬鹿を言うな。街の一つを落としたくらいで疲れるほど柔な体ではない。ただ――」

 ――自分の中に何かが欠けているような気がするだけだ。

 そう言おうとしてやめた。
 それを察してか、金髪の男は「そう」と興味無さそうに言って壁から背を離す。
「イーノは?」
「部屋に篭ったままさ。傭兵たちへの復讐ばかり考えてて、もう僕たちには興味を無くした様だよ」
「ふん」
 俺は俺を拾い、強化人間にしたバグア――イーノ=カッツォの事を思い浮かべる。
 少年のように無邪気に、人の体を弄くり弄ぶ。気に食わないクズだ。
 先日、中国での遊びが過ぎて、片腕を失って戻ってきてからずっと部屋に篭りきりになっている。
「どうせ、ろくでもない事を考えているんだろう」
「ろくでもない事しか考えられないみたいだからね」
 どこか弱々しく笑うのは、アレスもイーノに良い感情を持って居ないからだろう。
「でも、僕達は逆らえない。だろ?」
 ち。と俺は舌打ちを一つ打ち、病院を想像させる無機質な白い天井を見上げる。
 俺たちはバグアの手下。強化人間だ。
 だが、イーノが地球人が苦しむのを見る為だけに、俺たちは人であった頃の記憶を残されたまま、人類の敵へと体を弄繰り回された。
「逆らえない。しかも自殺も出来ない。傭兵たちに殺される為に戦場へと向かう‥‥か」
「あぁ、僕達は本気で彼らと戦って、殺されなくては解放されないんだ」
「だが、俺たちは簡単に殺されるほど弱く作られて居ない」
「だね」
 アレスは苦笑を浮べながらそう応え、続ける。
「それじゃ、次の戦場に行こうか」
「次はどこだ?」
「寒い所さ」
「そうか」

 ――グリーンランド。

 ああ、本当に寒い所だな。と、そんな事を、俺はひとりごちた。

●父の記憶

 お父さんが……生きていた?

 阿部 愛華(あべ まなか)の口から漏れた言葉に、電話の向こうの人物はそれを肯定はしなかった。
「あなたのお父さんらしい人物を見かけた。と言う人がいるだけよ」
 電話の向こうの人物は「それでもあなたには伝えておいた方がいいと思って」と続ける。
 電話の向こうの一度だけ言葉を交わしたオペレーター石枡 安奈(gz0395)の声に少女は息をのむ。
 少女の緊張は電話ごしに相手にも伝わっているだろう。
 戦場カメラマンだった少女の父は、かつて自らの生きる場所だったその戦場で命を落としたと思われていた。
 故に、少女は父が命を落としたと聞いた戦場に傭兵に守られながらも赴き、その死を乗り越えた。

 乗り越えたはずだった。

 しかし少女の頬を涙が伝う。

 ――お父さんが、生きていた。

 ただそれだけで胸が熱い。
 感情が止められない。喜びと生きていたという連絡を寄越さなかった父への怒り。
 それがないまぜになった物が、涙となって溢れ出す。

「その…、お父さんらしい人はどこで…」
「グリーンランド――」

 ――極北よ。

 その言葉を聞いて「わかりました」とだけ、愛華は応え電話を切る。
 そして振り返ると、髪をツインテールに結んだ少女が愛華を見つめていた。
「行くのかい?」
 少女――三上 照天(みかみ てるたか)のその言葉に、愛華は力強く頷いた。
「それが、悲しい結末になるとしても?」
 再び、頷く。
「そう、か」
 呻くようにテルは口にする。
「私はお父さんに会って来る。会って、どんな結末でも見届けてくる」
 強い意志を持った愛華のその瞳を見て、三上は苦笑を浮べて口を開く。
「強くなったね」
「うん。傭兵さんたちに教えてもらったから――」

 ――自分の足で前に進まなければ、本当の事は見えない事を。

 愛華はそう言って、喫茶店『11』の扉から出て行く。
 テルは愛華が出て行った扉を見つめながら、ただ無言で愛華の無事を祈った――。

●参加者一覧

終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
ORT(gb2988
25歳・♂・DF
マヘル・ハシバス(gb3207
26歳・♀・ER
雪代 蛍(gb3625
15歳・♀・ER
宵藍(gb4961
16歳・♂・AA
石田 陽兵(gb5628
20歳・♂・PN
柳凪 蓮夢(gb8883
21歳・♂・EP
市川良一(gc3644
18歳・♂・SN

●リプレイ本文

●極北に立つ少女
 風に吹き上げられた雪がちらほらと舞い散っていた。
 吐く息すら凍てつかせる極北は一般人の少女には決して楽な場所ではないだろう。

 しかし少女は、それでもここに来た。

 父を追って戦場に向かった時とは、また別の想いをその胸に秘めて――。

「よろしくお願いします」

 初めての依頼の時と違い、幾度か戦場へ赴いた少女は落ち着いた雰囲気でそう言った。
 微笑みを浮かべ傭兵達に頭を下げる愛華。いつもの動きやすい軽装とはちがい、暖かそうなコート。
 いつもの大き目の帽子は防寒用の物を深く被っている。
「付いて来たいなんて相変わらず無茶するよね、愛華ちゃんもさ」
「あ‥‥、はい」
 頭の後ろで手を組んで茶化す様にそう言うのは、幾度か愛華の依頼を受けてきた石田 陽兵(gb5628)だった。
 陽兵の言葉にちょっとバツが悪そうに、苦笑を浮かべて愛華は頷く。
「まぁ、いいけどね――」

 ――俺が全力で守るからさ。

 そう言ってくれる陽兵の存在が愛華にはとても心強く、こくりと頷いて言う。
「信じてますから‥‥もちろん」
 笑顔で言う愛華に、少し顔を赤くして「あ、当たり前だろっ!」と、慌てる陽兵を見て愛華はクスクスと笑い声を上げた。 
「入国記録を確認して見ましたが、愛華さんのお父さんが”人類側の手段”で入国した記録はありません」
 いつも通りにも見える愛華をそれとなく伺う様に、マヘル・ハシバス(gb3207)が声をかける。喫茶店『11』の常連でもある彼女も、愛華と少なからず面識があった。
「――愛華さんには見られたくない。とお父さんは思っていると思いますよ」
 その言葉に、愛華は曖昧な微笑で応えて口を開く。
「『俺が無職になる日が待ち遠しい』」
 少女が口にした言葉の意図が組めず、マヘルは目を丸くする。
「あるカメラマンの言葉です。お父さんは好んでこの言葉を使っていました。自分が戦場カメラマンと言う職を失う時が待ち遠しいって」
 どこか遠くを見て、懐かしんでいるかのようにそう言って微笑む。その言葉にどんな思いが秘められているのか。
「行きましょう――」

 ――お父さんに会いに。

 愛華は強い意志を持った瞳で、冷たく冷え切った雪原へと視線をやった。


「‥‥‥」
 高台で腕を組み、ORT=ヴェアデュリス(gb2988)は、捜索班が向かった方向をじっと見つめていた。
 その顔には表情は無く、ただこの雪原の様に、冷たくこの戦場に居る敵を見逃すまいとするかのようだった。
 話しかけてもあまり反応の無いORTに、溜息を吐き市川良一(gc3644)は、雪代 蛍(gb3625)と愛華の所へと戻って来る。
「寒‥‥」
 コートの襟元を詰め、暖気が逃げないようにしながら二人の元へと来た良一に、湯気を立たせるカップが差し出された。
「私が淹れたので、そんなに美味しくないかもですけど」
 愛華が差し出したのは温かい珈琲だった。
 冷たい空気の中、それでも温かい飲み物はありがたい。 
「ありがとう、頂くよ」
 よく見ると蛍と陽兵の手にも、同じ様にカップが握られていた。
 カップに口を付け珈琲を飲み下すと、身体の中から温まって行く。
「ん。美味しいよ」
 にこやかに良一がそう言うと、愛華は微笑みを返す。
 ちょうどいい岩に座って、じっとカップの中身を見つめている蛍に気付き、愛華は「あ、珈琲苦手だった?」と問う。
 しかし、蛍は首を振って、カップの中を見ながら口を開いた。
「強いな、愛華‥‥さんは」
 その呟きに、愛華は目を丸くしてから苦笑し「そんな事ないよ」と言って、蛍の前にしゃがみこんでその手を取り、蛍の顔を覗き込んで言う。
「こんなに、震えてる」
 そう口にする愛華の手は、確かに震えていた。それはこの極北の寒さの所為だけではないだろう。
「皆が‥‥蛍ちゃん達が居るから、私はここに立っていられるんだよ」
 愛華は精一杯強がって笑う。
「愛華さ‥‥」
「愛華。呼び捨てでいいよ」
 そう言って、蛍に微笑みかける。それに蛍はこくりと頷いた。
「頼りなるか分からないけど、守り抜いてみせるから愛華」
「よろしくね、蛍ちゃん」
 愛華がそう言ったところで、無線機からの報告を聞きORTが動く。
「‥‥見敵。行くぞ」
 ORTの口から零れたその言葉に、こくりと頷き立ちあがる。

 そして愛華が見上げた先には、照明銃の光が見えた――。


 生ける屍。そうとしか表現できない怪物を引きつれて居た。
 阿部 克己(あべ かつみ)。
 それが、かつてバグアとの悲惨な戦争をフィルムに収め、戦争が無くなる事を願い続けていた男の名前だった。
 彼は傭兵達の姿をみると、どこか悲しげな、それでいて安心した様なそんな表情を浮かべ、隣に立つもう一人の強化人間に苦笑を投げかけた。
「お前、愛華の親父か?」
 次々と襲い来る屍人の姿をしたキメラを斬り伏せながら、男にそう声をかけたのは宵藍(gb4961)だった。
 その問いかけに、克己は眉を顰め首を傾げる。人違いか――そう思いもしたが、出発前に愛華に見せてもらった写真の男に間違いはない。
 愛華の写真を見せて確認させたいが、屍人が邪魔をしてそれを許さない。

 ――娘の事を忘れましたか。

 静かな、それでいて圧倒的な存在感を持つ声がその場に響いたかと思うと、金属同士が強く打ちあわされる音が雪原を切り裂いた。
 終夜・無月(ga3084)が直上から斬り付けた大剣を、克己が手に持った大斧で弾き返したのだ。
 重力を無視した様に宙を舞い、ふわりと地に降り立った無月は、月の輝きの様に金色の光を放つ瞳を克己へと向ける。
 その動きに合わせ克己が走り込み大斧を振り下ろすと、自らの持つデュランダルでその大斧を受け止めた。
 力の拮抗。その競り合いの中で克己が口を開く。
「娘とはどういう事だ」
「あなたを探せと、あなたの娘さんからの依頼で俺たちはここに居るんですよ」
 そう言って、大剣を振り払い克己との距離を取る無月。その無月へと光の矢が飛翔する。それを二歩左へと身体をそらし無月は回避する。
 矢が飛んできた方をみると、金髪の男が困ったような笑みを浮かべていた。
「すみませんね。手加減ができないんですよ」
「それについては同感です」
 金髪の男のセリフに被せるようにマヘルが口にし、エネガンの引き金を絞る。
「愛華さんには悪いですが、あなた達を野放しには出来ないんです」
 周囲に集まる屍人を機械剣で牽制しながら言うマヘルに、克己が微笑んだ。
「あぁ、これ以上俺達を野放しにしないでくれ」
 歯を食いしばり、斧を振るう。その瞳にはバグアに屍人にされた人々への懺悔、そして――殺されたいと言う渇望。
「そう言う‥‥事か」
 その言葉に、柳凪 蓮夢(gb8883)は、マヘルの背後に迫る屍人を天槍「ガブリエル」で薙ぎ払いながら呟いた。
「あなた達は死に場所を‥‥」
 だから、彼は。彼らの行動は戦場を求めているように見えたのか。蓮夢はそう得心する。
(この大切なモノを奪い弄ぶ手口‥‥まさか)
 人をキメラへと変えるの好み、人が苦しむのを見るのが何よりも愛していた少年。暗い海の底で聞いた彼の嘲笑が耳鳴りの様になって蓮夢に襲い、不快な気持ちを思い起こさせた。
「‥‥イーノ=カッツォ」
 苦々しくその名を呟くと、金髪の男が蓮夢に弓を向け矢を放つ。その矢は、頭を逸らした蓮夢の頭を拳二つ分外れて、背後の屍人に当たり爆裂した。
「そうか、君もイーノに因縁があるんだね」
 悲しそうな笑みを浮かべて金髪の男は言う。

 ――それは、不運だ。

 そう、実に悲しそうに言った。

●戸惑い

 覚えていない。

 俺に、娘が居た事など。覚えていない。

 そんな俺の戸惑いを余所に、身体は目の前の傭兵達を殺そうと身体が動く。かつて肌身話さず持っていたカメラの代りに斧を振るい。最も嫌っていた戦争の中心に俺は居る。
 そして、仲間だった傭兵達に牙を剥く。

 早く、俺を殺してくれ。
 もし、本当に娘がいるのなら道を踏み外した俺を見せたくはない。

 ――うさん。

 また、夢で聞いたあの声。
 とうとう、白昼夢を見るようになってしまったらしい。
 そんな自分を嘲るように苦笑した後――

 ――お父さんっ!!!

 そう、夢で聞いた声が今度ははっきりと聞こえた。
 顔を上げると、その視線の先に一人の少女が立っていた。俺が使っていたカメラを首から下げた、その少女は必死の形相で俺に向かって呼びかける。

 ――あぁ‥‥なんだ。

 ――あれは俺の娘じゃねぇか。

 そう思い出した時。俺の体は俺の意志とは裏腹に駆け出していた。


「お父さんっ!!!」
 愛華の呼びかけに強化人間が此方を向いたかと思うと、彼はあっという間に愛華の目の前で斧を振り上げていた。
 愛華自身も状況が見えず、その様に呆然とする他なかった。
 風切り音を伴って振り下ろされる大斧と愛華の間に割り込む影――

 ――指一本触れさせん!

 そう叫びながら陽兵が大斧の腹の部分を、手に持ったナイフで叩き軌道を逸らす。しかし完全には逸らし切れず、肩口を斧が掠めて行った。
 しかし、体勢を崩した克己に対し冷たい声が届く。
「見敵、必殺」
 そう口にしたORTの手に握られた獅子牡丹が、克己の首を落さんと振り下ろされた。
 その刃を克己は左腕で受け止め軌道を逸らし、左腕を失いながらも致命的な一撃を避け、白い雪原を赤く染め上げながら、残った右手で大斧を振るいORTを牽制する。
 それを追うかのように飛んできた光の矢を、ORTはバックステップで回避した。そして目の前には金髪の男。
「彼に‥‥克己に話をさせてやってくれ!」
 金髪の男はその身体のあちこちから血を流し、既に満身創痍と言えた。無理に無月や宵藍達を振りきって来た所為で、その攻撃を無防備に浴びたのだ。克己に話をさせる為だけに、自らの事を省みずにだ。
 とは言え屍人達が移動の邪魔をして、無月達が追いついてくるまでは少し時間がある。
「その間は僕が君の相手をしよう」
 そう言って弓に矢を番え、ORTへと構える。それを見てORTは興味もなさそうに獅子牡丹を構え――

 ――我、ただ眼前の敵を屠るのみ。

 そう、告げた。

●少女の言葉
 片腕を失いながら、父はその場に膝を突いていた。
 必死に歯を食いしばり何かを堪えるかのように、時折うめき声を上げる。
 追いついてきた宵藍さんが、私の前に壁になる様にしながら声をかけてくれる。
「愛華、次はないかもしれん。後悔しないよう言葉ぶつけろ!」
 そう言われて私は口を開くが言葉が出ない。
 言いたい事が、話したい事があり過ぎた。素敵な傭兵さん達に出会えた事。喫茶店の友達の事。自分がお父さんと同じ戦場カメラマンになった事。お父さんの気持が凄く良くわかった事。次から次へと思い浮かぶが、一つとして言葉に出来ない。
 父達だけではなく、屍人達もじりじりと私達へと迫ってきていた。
「三下に構ってる暇は無いが、放ってもおけんっ!」
 宵藍さんがそれに舌打ちをしながら、エネガンで屍人を打ち倒す。
 私が戸惑っている間に、ゆっくりと父が立ちあがる。
「ま、なかに‥‥かまう、な」

 ――はやく。殺してくれ。

 父は傭兵さん達にそう懇願した。
 その懇願に、私はやっとの思いで言葉を吐き出す。
 これ以上傭兵達を困らせたくなかった。これ以上父が苦しむ姿を見たくなかった。
 だから――

 ――私、大丈夫だからっ!

 不器用な言葉だった。
 でも、それが父に伝えたい一番の言葉だったのかもしれない。
「だから、安心して‥‥お父さん」

 泣くのは、我慢した。
 泣いたら、お父さんが心配すると思ったから。
 だから、無理やりに作った不細工な笑顔で皆にこう言った。

「楽にしてあげてください――」

 ――と。

 最後にお父さんが聞き取れない程の小さな声で、何かを言った気がした。



「任務達成。帰還する」
 そう告げて去って行くORTに愛華は頭を下げたが、ORTは此方に視線を向ける事もなかった。
 彼は彼なりの思いを持って、また次の戦場へと赴くのだろう。
 マヘルが自分を心配そうに見ているのに気付き、愛華は「私、大丈夫ですから。また、『11』に来てくださいね」と言うと、彼女は薄く笑って頷いた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。あの‥‥有難うございました」
 優しげにそう言った無月に、慌てて頭を下げる愛華。
 父を楽にしてくれたのは彼だった。色々と気を使わせてしまったと、愛華の方が気に病んでいたくらいだ。
 そんな愛華に宵藍が蛍を伴ってやって来た。
「‥‥ちゃんと気持は伝えられた?」
「あはは‥‥実を言うと分かりません。ごめんなさい。無茶な依頼でしたよね?」
「あはは。構わないさ。俺たちは無茶を通す為の傭兵だからな」
「なら、また無茶な依頼しちゃいますよ〜?」
「あぁ、どんと来い」
「『11』でメイド服着て貰っちゃいますよ〜?」
「あ、いや、それは‥‥」
 そんな軽口を交わし、お互い笑い声を上げる。
「あ、蛍ちゃんも良かったら『11』に来てね? 歓迎するよ」
「『11』?」
「私の友達がやってる喫茶店。彼女も蛍ちゃんの事気に居ると思う」
 へぇ。と話を聞いている蛍に「あ、そうだ」と、愛華は思い出したように手を打った。
「蛍って名前。凄く可愛いと私は思うよ? 私下手したらLAYKAって名前になるところだったんだもん」
「らひか?」
「違うけど‥‥カメラブランドの名前」
 そう言ってどこかバツが悪そうに愛華は苦笑する。
 そんな談笑をしている愛華の前に一枚のディスクが差し出された。
「『彼』の最後の言葉だ」
 ディスクを差し出した本人――蓮夢は端的にそう言った。
 愛華が一瞬。ほんの一瞬だけ表情を凍らせ、息を飲んだのに気付いたのは蓮夢だけだろう。
「どうするかは、君に任せるよ」
「はい。有難うございます蓮夢さん」
 再び笑みを取り繕い愛華はそう答えるのが、蓮夢の心に何か冷たいものを感じさせるが、蓮夢には克己の言葉を届ける事しか出来なかった。

 傭兵達は、自らの向かうべき場所へと向かう。
 愛華はそれを笑顔で見送る事しかできない。だから自分の精一杯の笑顔で送り出そう。送りだしたら、ちょっと泣こう。そんな事を考えていた。
「愛華ちゃん」
 そんな事を考えていたら、陽兵が声をかけてきたので慌てて笑顔を作る。
「あ、あはは。陽兵さん‥‥どうしたんですか?」
「ん。あー‥‥いや、うん。大丈夫かな〜って」
「大丈夫ですよ! ほら、元気です!」
「な、なら、良いんだ! 良かった」
 そう言って立ち去ろうとする陽兵の袖を、愛華は無意識に掴んでいた。
「あ、な、何でもない‥‥です」
「そ、そっか」
「あ、うぅん‥‥何でもない事無いです」
「え?」

 ――少し、泣いても良いですか?

 俯きながらそう言って泣く愛華の傍に立つ陽兵は、それでも泣きやむまで付き合ってくれた。

●父の言葉

 ――幸せにな。愛華。

 蓮夢が愛華に残したディスクにはそんな父の言葉が残っている。