●リプレイ本文
●
――歓声。
ジョイランドのアトラクションの一つ『月下の符術召喚士』内は、沢山のデュエリストが集まっていた。
「はははー、これで僕のかちだよー」
「あー‥‥なんだよーっ! あそこでこのカード引けてたらー」
楽しげに笑い、喜んだり、悔しがっている子供達。それを暖かい目で見守る親。
実に素敵な休日の午後が繰り広げられていた。
その心温まる風景の中に――仮面を付けた黒衣の男。
「ず、ずるいではないか! そのカードは禁止カードになって居る筈だぞ!?」
「ずるくないよー。このおじちゃん変な事言うよ、おとうさん」
子供相手に激高する男! 森皇 凱!
「いや、このっ! 私はデュエリストだぞ! そんな汚い手はゆるたっ!?」
「殴りますよ?」
仮面の男の背後に立った影は、とりあえず殴ってからそう言った。
音もなく凱の背後に立っていたのは、株式会社森尾の秘書である。
その手には、そろそろ彼女の手になじんできた鈍器。どんな鈍器かは敢えて口にする事は避けるが、それなりに威力のあるものだとご想像頂きたい。
舌を噛んだのか、口の端から一筋の血を流し気を失った凱は、ずるずるとアトラクション『月下の符術召喚士』の奥へと引き摺られて行く‥‥。
「おや‥‥?」
と。不意に復活した凱が何かに気付き呟いた。
「どうしました社長?」
「いや、何でもない‥‥それと私の事は凱と呼びたまえ」
「はぁ‥‥」
自らを引き摺ってゆく秘書にそう指摘しながら、凱は口の端を喜びに歪める。
どこか邪悪そうに笑うその様は、街中で見れば完全に怪しい変質者。アミューズメントパークであるジョイランドでなければ、即通報ブタ箱入りである。
凱は仮面の下の視線だけで、ジョイランドの体感型カードゲームスペース『月下の符術召喚士』に向かう人影を眺めていた。
この『月下の符術召喚士』。略してムーンリットサマナーズ。文字数にして三文字増えて何が略称か。と思う方も多いかと思いますけれども、それはほら。Moonlit Summonersの頭文字をとって【MS】と呼ばれてると思いねぇ。
「いや、何でもなくないな。あれを見たまえ」
「はぁ‥‥」
既に自ら歩く気がなさそうな凱に気のない返事を返しつつ、秘書がそちらに視線をやると、その先には見覚えのある恰好をした人物が見える。
「あれは‥‥アサヒ。ですか?」
存在しなかった筈の『青き聖騎士アサヒ』のコスプレをしている人物は――二人は知らなかったが、幻のカード旭(
ga6764)本人である。
今となってはアサヒシリーズのカードすら出来る程の人気カードだ。ネット上で幻と言われた『青き聖騎士アサヒ』自体は、やはりシステム上に存在しなかったが、色々なバリエーションのアサヒが既に【MS】の中に存在している。
「その通りだ。幻と呼ばれたカードの衣装遊び(こすぷれ)だな。実に良い。デュエリストはあのように外見から入らねばならない――」
――私の様にな。
腕組みをし、どや顔で言う凱に頭痛を覚える秘書。
引き摺られながら恰好を付けても、決してカッコよくない。
あんたもう幾つだ。とは口が裂けても言えないが。いや、実年齢については秘書も全く知らないけれど。
「さて、我々は我々の戦場へ向かおう」
「そうですね」
凱の声に秘書はそう答えて、ジョイランドに設営されたデュエルシュミレーターを見上げた。
●
「デュエリスト共! 用意は良いかっ!」
おおーっ!
スタイリッシュなハットをかぶった男が、マイクを手に叫ぶ。
それに応えて集まったデュエリスト達が歓声を上げる。
「【MS】新規システム! チームバトルに怯えたやつは居ないかっ!」
おおーっ!
「なら良し。ならば始めよう。決闘者の宴をッ!」
おおーっ!
小さな子どもから大きな大人まで、数限りないデュエリスト達の雄たけびが怒号となってホールに響いた。
「前回はデュエリスト、しかし今回は実況として席に収まるは、皆様ご存じないことかと思いますが私、布野 橘(
gb8011)でございます! 一般の部のチームバトルが終了し、これから始まるのはエキシビジョン! 実の戦場を知る傭兵達のバトルっ! 一体誰に、どのチームに勝利の女神はほほ笑むのかっ!」
観客を煽る布野。猛るデュエリスト。
「今日は解説にあの伝説のカード。青き聖騎士アサヒさんをお招きしています」
ざわ‥‥、ざわ‥‥。
その言葉に観客がざわつく。
集まったデュエリスト達の視線が、布野の隣へと集まる。
「よろしくお願いします」
そう言葉を発したのは、まさしく幻と言われたカードそのものの姿をした旭であった。その姿を目にして特に喜んだのは子供達だった。
無邪気な歓声に旭は柔らかく手を振って応える。
「では、そろそろお時間ですね。アサヒさん。コールをお願いします」
布野が旭に向かって言うと、こくりと彼は頷いて「それでは‥‥」と口を開いた。
「いったい月はどのチームに微笑むのかっ!? それでは――」
――デュエル開始っ!!
旭のその宣言で決闘者達の宴は始まった。
●天秤はどちらに傾く。
――カードを引け。話はそれからだ。
どちらからともなくそんな言葉が紡がれた。
遠くの山の隙間から、朝日が白い光を差し込ませている。
その朝の光の中で、ヘイル(
gc4085)と犬坂 刀牙(
gc5243)。そしてソウマ(
gc0505)は向かい合い沈黙のままアーカイブから手札を引く。
「お久しぶりですね。ヘイルさん」
「ああ、あの時の決着をつけようかソウマ」
「ええ、今度こそあなたを打ち倒し、僕は次のステップへと行かせて貰いますよ」
「たった一人で、ボク達に勝つつもりなの」
「例え一人でも、僕は強いですよ」
少し緊張した声で言う犬坂の視線を受け、漆黒のタキシードを身に纏ったソウマは薄く笑う。
ソウマの態度に満足そうに笑みで応え、ヘイルは懐から取り出した闇色の仮面をつけて口を開く。
「フ、いい覚悟だ。だが『槍の遣い手』たる俺を倒せるかな?」
以前一度相まみえ、決着を付けられなかった二人のデュエリストが、今再び戦場で出会う。それは無意識のうちにお互いが求めた戦いとでも言えるのだろう。
CPUが先攻判定を行う。そして先攻は――ソウマ。
「倒して見せますよ。敵が強ければ強い程、勝負師は奇跡を起こすものです」
ソウマはそう口にして手札からカードを引き抜きコールする。
「『運命のダイス』を召喚!」
その呼び声に応え、ソウマの頭上に黄金に輝く巨大な正六面体――つまりダイスが映像化される。
ゆっくりと回転していた『運命のダイス』は、2つの星が刻まれた面をヘイルと刀牙に向けて止まった。
「‥‥なん、だ?」
呻くように漏れたヘイルの言葉を、楽しげに笑う。
「そして、もう一枚カードを伏せてエンド」
「次はボク達の番だねっ!」
元気よくそう行って刀牙が一枚のカードを宙に放り投げる。
するとそのカードは10機の獣の爪を模した武器が、刀牙の周囲を取り巻くように浮遊した。
「いくんだよっ! ファングゥッ!」
刀牙の命令に従い、『ファング』は風切り音を伴いながら、ソウマに向かって飛翔する。しかし、ソウマは腕組みをしたまま動かない。
「それは、油断って言うんだよっ!」
ソウマに向かって、そう刀牙が言うと同時にファングはソウマの足元に伏せられたカードへと向かう。
「なっ!?」
「『ファング』は――獣は相手のトラップを噛み砕くっ!」
映像化されて居たソウマの伏せカードは、ファングにその言葉通り噛み砕かれ――
――『運命のダイス』の効果発動。
ソウマの口から告げられる言葉。
「『運命のダイス』の目が「2」の時、トラップカードが破壊されると破壊したプレイヤーに攻撃を行う」
今度は刀牙が驚愕の声をあげる番だった。ソウマの宣言と共に『ファング』が砂の様に掻き消え、『運命のダイス』が刀牙に向かって光線を放つ。
「油断していたのはあなただった様ですね。裏の裏をかく。それが【MS】の基本ですよ」
しかしソウマの瞳に見えたのは、刀牙と光線の間に割り込む影。
「ソウマ。お前の言う事は正しい。しかし――」
――今回はチームバトルだ。
そう言って光線の前に立ち塞がったヘイルは自らのアーカイブからカードを引き抜きコールする。
「出ろ、黒の槍兵。眼前に迫る我と我が友の敵を阻め」
ヘイルの足元の影が伸びるように、光線の前に片手に長槍、もう片方の手に短槍を持った漆黒の槍兵が現れ、死を呼ぶ光線をその身に受け消滅する。
「そして『双槍の担い手』は維持コストを払うことで、次のターン終了までその場に有り続ける」
口元に笑みを浮かべたヘイル宣言すると、光線を受け消滅した槍兵は亡霊の様な影となり、その場に残った。
「続けて行くぞ! 舞い降りよ、希望纏う戦乙女。我に仇なす敵を討て」
続けてカードを引いたヘイルの傍らに現れたのは、蒼髪蒼眼、輝く白銀の武具に身を包む槍と盾を持った戦乙女。
戦場で死した勇者の魂を神の戦場へと誘うと言う女神は、その伝説の通り一人の英霊をこの戦場へと呼び寄せる。
そしてその場に呼び出されたのは青き聖騎士。
かつて【MS】内で幻と呼ばれ、その幻を求めた者が作ったカード。
『幻の聖騎士アサヒ』。
「いけ! アサヒ。アタックだ!」
ヘイルの宣言と共に、場に居る符獣を引き連れ総攻撃をかけるアサヒ。
しかし――ソウマの口元からは笑みが消える事は無い。そしてゆっくりと口を開く。
――来い。『運命の女神三姉妹』
それは、本当に偶然だったのだろうか。
折しも戦乙女と同じく北欧神話に語られる、三柱の女神がソウマの周りに現れた。
世界樹イグドラシルを守ると言われ、過去、現在、未来を指し示す彼女たちは優しい頬笑みを湛え、戦場へと呼びだされた英霊アサヒを見つめる。
「『運命の女神三姉妹』は対象のカードを一枚自分のものにする。対象はアサヒ。そして、その場に即召喚する」
時を司る女神たちに囚われたアサヒが、その剣をヘイルへと向ける。
ヘイルは「ち」と舌打ちをするが、アサヒの剣から自らを守る術はない。
「ここで守るよ! ペンデュラム!」
刀牙のコールと共に、ヘイルの眼前に円錐形の水晶が割り込んだ。
ヘイルの喉元にアサヒの剣の切っ先が届く直前に、『ペンデュラム』はアサヒの剣を格子状の網で巻き取った。
剣を巻き取られ、身動きが出来なくなったアサヒを『双槍の担い手』が長槍で退場させる。
ヘイルと刀牙はお互いの隙をフォローし、ソウマを追い詰めていく。
「どうしたソウマ。もう終わりか?」
「勝利の天秤は、まだどちらにも傾いていませんよ? ヘイルさん」
「こんなときに笑うなんて、強がりなんだよ!」
明らかに不利な状況で、ソウマは腕を組み直し不敵に笑う。
「真の勝負師は自分で勝ち負けをコントロールする――」
――つまり、全ては想定の範囲内って事なんですよ。
そしてカードを引き抜く。
「今回は次もありますからね。早めに決着を付けましょう」
「させるかっ! 犬坂行けるなっ!」
「わっふーっ! もちろんだよっ!」
刀牙が手札から一枚のカードを引き抜き発動させる。同時に、フィールドの空を天使の輪の様な光の輪が覆い尽くす。その光景はあまりにも神秘的で、対峙するソウマですら息をのんだ。
「『サークリングレイ』。光の輪から撃ち出される光の矢は、相手の行動を1ターン阻害するんだよー!!」
朝日が昇る空に浮かぶ、天使の輪。ゆっくりと回転する光の輪のその中心から、流星の様に光が降り注ぎソウマの行動を阻害する。
「隙は作ったんだよ‥‥っ!」
刀牙のその言葉を聞く前に、ヘイルは既に動いていた。
「来たれ我が槍。朽ちた魂と共に、我が敵を屠れ」
ヘイルの右手に空に登る太陽の光を拒絶するかのような闇が集まる。
その光すら飲みこむ闇は次第に槍の様な形を取っていく。
――突き穿つ――死翔の槍!!
ヘイルは流れる様な動作で、その闇の槍。さながら穿つ物の命を奪う死の棘を投擲する。
闇色の棘は空間を切り裂く様な。甲高い音を立てながらソウマへと飛翔し――ソウマの胸を撃ち抜いた。
その場にがくりと膝を突くソウマに背を向けて口を開く。
「幸運だけでは勝てない、と言う事だ。次に期待させて貰おうか」
「一人の力では限界がある‥‥と言う事ですか。‥‥ですが、全力を出し切れた良い決闘でした」
ソウマは満足そうな笑みを浮かべてヘイルに応えた。
その言葉に、ヘイルは立ち去ろうとする足を止め背を向けたままソウマに告げた。
「次は、一対一で勝敗を決めよう――」
――その時を楽しみにしている。
まだ、二人の決着はついていない。と。そう告げるヘイルの顔にはどこか楽しそうな微笑みが浮かんでいた。
●王と女王。龍と虎。
「何でペンギンなんてカード出来てるのっ!?」
解説席に座っていた旭は、がたがたっ! と音を立てながら立ち上がった。
「いまや、アサヒデッキが作れるくらいバリエーションが増えているらしいね。さっきの幻の聖騎士って言うのもそうだし‥‥」
布野と旭が見ているモニタには『クイーン&ナイト』VS『虎龍』戦が映し出されている。
その場にはアサヒバリエーションの一つ、ペンギン旭が召喚されて居た。その風船を持った愛くるしい姿に子供たちの歓声が沸く。
そんな中『虎龍』の二人、煌 輝龍(
gc6601)と煌 闇虎(
gc6768)
に動きがあった――。
――暗闇を解き放て! いでよっ 黒龍っっ!!
――食いちぎれ! 黒虎を召喚っ!
二人の銀糸の様な髪が揺れる。双子の二人はまるで鏡写しの様に影が交錯する。
同時に、二人の背後に黒の鱗に覆われた漆黒の龍と、黒の毛皮を纏った巨大な虎が映像化される。その姿は雄々しく、猛々しくそして美しかった。
満足げにそれを見上げ、双子のデュエリストは宣言する。
――黒龍と黒虎が場に存在する時、特殊能力が発動するっ!
陽光を照り返す湖に美しく聳え立つ水晶の古城。
二体の獣が咆哮を上げると、光と水を司る水晶湖ステージが夜‥‥いや、闇の帳が降りてくる。
「おぉっとここで符獣の召喚だ! 禍々しいその姿は黒龍、黒虎! フィールド属性を闇にしてしまったぞ!」
モニタごしに見えるその光景に、やや興奮しながら布野が叫ぶ。
布野の実況の通り、まるで黒の絵の具がキャンバスに広がって行くように、符獣が呼び出した闇が相反する光を飲みこんでいく。
ステージの属性を変更するのは、かなりの条件が必要であり、それを単独で変更するのは難しい。
それを輝龍と闇虎はチームワークに寄って、早い段階でクリアしたのである。
そして二人は口をそろえて言う――
――アタックだ。
二人が指さしたのは、『クイーン&ナイト』の女王。桜井・遊美(
gc1284)の符獣――『白き魔導少女』と『黒き魔導少女』の二体だ。
『虎龍』の二人は遊美がアーカイブからカードを引くたびに、レベルが上がって行く二体の符獣を警戒し、早々に退場させようと考えたらしい。
対する遊美は白と黒の魔導少女を、指で自分の方に招くように指示し、少し後退させる。
それと入れ替わる様に、二体の影が魔導少女の楯になるかのように立ち塞がった。
雑兵『バスタード』。
雑兵と銘を打たれた通り、決して強くは無いカードだ。精々、切り札になるカードの代りに楯になり、墓地へ送られるのが関の山。
しかし召喚者である『クイーン&ナイト』の騎士。守剣 京助(
gc0920)は、その雑兵の一体を補助符術で強化し、黒虎の牙を凌ぎきった。
「くっ、バスタードが1体やられたか。だが1体残れば十分だぜ!」
京助はそう言って笑みを浮かべ、自分にターンが回って来た事を確認しコールする。
「いくぜ! 俺のターン! 進化せよ! 選定する女騎士『ワルキューレ』を召還!」
粗末な鎧。粗末な武器。それを身に着けていた『バスタード』が、光の粒子を纏いながら姿を変えていく。
その後に現れたのは、光り輝く白銀の鎧を身に纏い、羽で意匠を施された兜を被った美しい女騎士。
選定するもの『ワルキューレ』。その背後に突き従うは、まだ未熟な魔導少女。
「なかなかやるのぅ‥‥じゃが此方も引く気はないっ」
遊美と京助のコンビネーションに、実に面白い。と言った風に笑う輝龍。
「ここからが本当の勝負よ。私達と貴方達どちらかが吹き飛ぶまで!」
二人の魔導少女の後ろに立ち、『虎龍』の二人に宣言する遊美。その宣言を真っ向から受け止め闇虎が応じる。
「上等じゃねぇかっ! 受けて立ってやるぜぇっ!」
「受けて立てる符獣が居るなら、ね」
闇虎の言葉にくすりと遊美は笑みを浮かべた。そしてまさに女王の様にアーカイブから優雅にカードをドローし、挑戦的に唇を開く。
――これで、少女は十分に大人へと成長した。
遊美の両脇に立つ『白き魔導少女』と『黒き魔導少女』は、今、遊美がアーカイブからカードを引く事に寄って、レベルを5へと上げる。
「成長した少女はその姿を、美しい女魔導士へと姿を変える」
人差し指を立て、どこか可愛らしく遊美が宣言すると、それまで少女だった魔導士は白銀の光を纏った魔導士と、漆黒の闇を従えた魔導士へと変化した。
その変貌に『虎龍』の二人は驚きの声を上げる。
「それじゃ、そっちの子は手札に戻ってね?」
にっこりと笑みを浮かべて『黒龍』を指定し、『漆黒の魔導士』の攻撃力を下げる。『漆黒の魔導士』がその金髪を揺らしながら、手に持った漆黒の斧を振り下ろすと、カードの特殊効果に寄り『黒龍』は輝龍の手札へと戻る。
同時にフィールドに満ちていた闇が、振り払われた。
そして、光がさした水晶湖に遊美と京助の声が響く。
――アタックだ!
その命令に従い、二人が従える符獣が『虎龍』を襲う。
成長型デッキ。それが『クイーン&ナイト』の二人が操る戦術だった。また、お互いのデッキをフォローしあい、最終段階までたどり着かせたのは、チームプレイならではと言えるだろう。
三体の符獣のダイレクトアタックを受け、『虎龍』の二人はその場に膝を突く。
「やるなっ! ‥‥だが俺達も諦めないぜっ!」
猛々しく吠える闇虎。ライフを半分以上持っていかれ、それでもなお瞳には戦いの意志が燃えたぎる。
「そのとおりじゃ。我らのデッキの本当の力を見せようぞ――いでよ銀龍」
「来い! 白虎!」
白銀の鱗を持つ東洋龍と、雪の様に白い毛皮を持った巨大な虎が場へと召喚された。
同時に――
「ほう‥‥我らの運も捨てたものじゃないな」
呟く輝龍と闇虎の周囲に光の粒が降り注ぎ、ライフゲージを回復させていく。銀龍と白虎が場に現れた時、低確率で発動する特殊能力だった。二人はその低確率を引き当てたのだ。
それをみて京助は実に楽しそうに笑った。
「はっはーっ、いいぜ、あんた達! 最高に面白くなってきたじゃねーかっ」
お互いの場には三体ずつの符獣。‥‥いや、ペンギン旭を含めると数だけで言えば『虎龍』の方が優勢だろうか?
睨みあう『虎龍』と『クイーン&ナイト』。
そしてどちらからともなく、どちらの符獣も牙をむき、剣を振るう。
その力はほぼ互角。白き虎が闇を従えた魔導士を打ち倒せば、白銀の光を放つ魔導士が、黒き毛皮の虎を墓地へと埋葬する。
一進一退と言った戦いの中、一つ。その拮抗を打ち砕く切っ掛けとなる切り札の名を、その雄大なる剣を京助が呼ぶ。
――雄大なる剣『レオノチス』
ライオンズイヤーとも呼ばれる花の名前を冠したその大剣は、全てを切り裂くかのような冷たい光を放っていた。
『ワルキューレ』は盾を捨て、その両手持ちの大剣へと持ちかえる。女騎士がその大剣を振り下ろすと、目の前に居た龍の銀の鱗を容易く引き裂き墓地へと送る。
「大勢はきまったんじゃないか?」
場に残った符獣をみやり京助は告げる。だが、その手は油断なく自らのアーカイブへと添えられている。
その言葉に、ふぅ。と輝龍は軽くため息をつき口を開いた。
――切り札は、先に見せた方が負けるのが常套ではないかの?
そしてコールする。
「ペンギン旭を生贄に‥‥! 『青の聖騎士アサヒ』を召喚じゃっっ!」
威風堂々。豪華絢爛。順風満帆。覚悟完了。そんな感じで胸を張り、ペンギン旭を指さす輝龍。
急にお呼びがかかったペンギン旭は、少し嬉しそうにその場でとび跳ねたが、生贄。と言う言葉に「え? あれ?」と言う風に首を傾げた。
どうやら、生贄にされるときに、わざわざそう言ったアクションを取るようプログラミングされているらしい。
そしてペンギン旭は「きゃーっ」という、可愛らしい悲鳴と共に闇に飲みこまれていった。
芸が細かいと言うか、演出過剰と言うか。これのシステムを作ったヤツの顔が見てみたいものである。「ちょっ! 僕が生贄にされたっ!?」と実況席で少なからずショックを受けていたのは、モデルとなった旭さん本人である。
ペンギン旭が飲みこまれていた闇から入れ替わる様に、青い鎧を身に付けた騎士が迅雷の勢いで『白銀の魔導士』へと肉薄する。
そして、風切る様な音。
その一瞬後、『白銀の魔導士』の像が揺らぎ、墓地へと葬送された。
青の鎧を纏った聖騎士はゆっくりと『ワルキューレ』へと向き直る。
『ワルキューレ』はそれを迎え撃つべく『レオチノス』を構えた。彼女が。強敵の出現に笑ったように見えたのは京助の気のせいだろうか。
いや、この場、この日、この時間。それを気の所為だと思う方が無粋であろう。
――俺たちは、デュエリストなのだから。
胸中で呟き、京助もつられて笑みを浮かべた。
「お互いの場には一体ずつ。しかも次の符獣を呼ぶにはコストが足りねぇ‥‥か」
闇虎がそう口にし、舌打ちをする。
場に残った符獣は『青の聖騎士アサヒ』と『ワルキューレ』の一体ずつ、お互いのライフはまだ残っている。しかし、この勝負を押し切った方が勝利するだろう。
そんな予感が‥‥いや、確信が闇虎にはある。
それならば。
「後は任せる」
輝龍に向かってそう言い、闇虎はその場に座り込んだ。
その言葉を受け、輝龍は不敵な笑みを顔に貼り付けながら一歩前へと出て応える。
「姉の勝利する姿を、そこで見ておるがよい」
ざっと、足音を立てて前衛に立つ輝龍を見て京助は遊美へと声をかける。
「この勝負、俺に任せてもらえるか?」
遊美は肩をすくめて「任せるもなにも」と口にしてから続ける。
「私の符獣は出せないし、任せるしかないじゃない」
自らの手で決着がつけられないのが悔しいのか、少し唇を尖らせて「絶対勝ってよね」と京助に言った。
「ああ、勝ってくる」
遊美にそう応えて輝龍と同じく一歩前に出て対峙する。
「ほう。そちらもここが勝負どころだと言う事が分かっておるようだのぅ?」
「まぁな」
「ならば、決着をつけようかの。全力で行かせてもらう」
「当然だ。全力で来ないと後悔するぜっ! 『ワルキューレ』っ!!」
京助の呼び声に応え、『ワルキューレ』が足を肩幅程度に広げ、『レオノチス』を大上段に構えると、その雄大なる剣は炎の様なオーラを放ち始めた。
それは、立体映像とは思えないほどの気迫を感じる程の力。空気が震える様な感覚は、そう言うエフェクトなのか、それとも『ワルキューレ』を従える京助の気迫か。
「良い気迫だ。その気迫ごと打倒せアサヒ!」
その指示に従って、アサヒは炎を纏った剣と冷気を伴った剣を両手に構える。
「いけ! アサヒ! 必殺剣じゃ!」
輝龍の呼び声にアサヒは応える。彼は両手に携えた魔剣を交差させると、両の魔剣が強い光を放ち始める。
――Maximum Charge.
青き鎧の聖戦士がそう告げると、周辺の空気がビリビリと振動を始める。
それに応えるかのように『ワルキューレ』の持つ『レオチノス』が爆光で辺りを照らした。
「ぶった斬れぇぇっ! グランドッストライク!」
「打ち崩せぇェッっっ! Elemental Cross!」
赤と青。そして白。その三条の光が触れあい辺りの風景を、文字通り食いつくしていく。水晶の様な湖面が裂け、その先に見える古城がたった二体の符獣のエネルギーに振るえ、崩れ落ちて行く。
そして光が収まった時――
――我らの勝ちじゃ。
爆風とも言える風にその長い銀色の前髪をなびかせて、輝龍は爽快にわらった。
「ちぃ‥‥俺たちの負けか」
「いや、あんた達も強かったよ。出し惜しみしてたらこっちがやられてた」
膝を突く京助に、闇虎がそう声をかける。
「勝負は時の運じゃ、次にやったらどちらが勝つか分からぬよ」
「今度は私たちが勝つわよ」
少し悔しそうに呟く遊美に京助は苦笑しながら口を開いた。
「残念だったな、遊美。でも、すっげえ楽しめたよな!」
にこやかにそう言う京助に遊美は「もぅ‥‥」と、肩を少し落としてから京助に背を向け――
――次はちゃんと勝ってよね。
それでも、そう口にした遊美の口元には笑みが浮かんでいた――
■月下に吠える狼、架かる虹
――風が啼く。
草原を駆け抜ける風が、柳凪 蓮夢(
gb8883)の前髪を無造作に撫でつけて行った。
風が吹き付けてくる方向に視線を向けると、遠くに光の柱が見えた。
どこかで会った様なシチュエーションだ――それを見て、暗い海の底で呪いの言葉を吐いた少年の姿を思い出す。
(まったく、こんな時まで思い起こさせるなんてね)
苦い気持ちを噛み殺し、蓮夢は気持ちを切り替えて辺りの気配を探った。
どうやら少し前に遭遇したチーム『ヘイルと犬』は、上手く撒けた様だ。彼らには別のチームと潰しあって貰わなくては困る。
バトルロイヤルと言う事は、最後までこのフィールドに立っていた者が勝者なのだ。
そこまで思ってから蓮夢はくすりと笑う。
「とは言え――ずっと隠れている訳にも行きませんか‥‥」
視界の端に赤く光るアラートを見て蓮夢は呟く。
『ヘイルと犬』は撒く事は出来た。しかし、その代わりに別の対戦者と遭遇してしまったようだ。
「わんっ! やっと対戦相手を見つけたですよ〜‥‥」
声のした方を見ると、白銀の長い髪を風に弄られながら、少し泣きそうな顔で立つ少女――シルヴィーナ(
gc5551)が立っていた。
遠くで大きな爆発音や、戦闘エフェクトが見えるにも拘らずなかなか対戦相手に遭遇出来なかったのだ。
いくらバトルフィールド上にランダムで飛ばされるとは言え、たった一人で想像以上に広いフィールドを歩き回るのは、ちょっと心細かったシルヴィーナだった。
「わふぅ‥‥さあ、勝負ですよぉ!」
ようやく巡り合えた対戦相手(遊び相手?)に、シルヴィーナはいそいそと自分のアーカイブから手札を抜く。
「どうやら‥‥避けられそうにない、かな」
シルヴィーナの愛らしい行動に、微笑ましく思いながら蓮夢も自らのアーカイブから手札を引いた。
それと同時に今まで太陽が輝く青空に、闇が墨を零した様に広がって行く。
「!?」
「わ、わんっ!?」
二人のデュエリストは、突然訪れた変化に辺りを見回した。
見る見るうちに夜の気配がフィールドを包み、空には煌々と輝く三日月が登っていた。
「フィールド属性の変化‥‥か」
主催者は『変転』と言っていただろうか。
チームバトル等の特殊な条件がある場合、一定の時間ごとにフィールド属性が変わると言う。その為、デュエリスト達は臨機応変な対応が迫られると言う訳だ。
突然空に現れた三日月を、ぼんやりと見ていたシルヴィーナが、蓮夢の方へと向き直る。銀色の髪が月の光を浴びて、きらきらと輝いた。
そして、振り返ったシルヴィーナの瞳はデュエリストとしての闘志が宿っているように見えた。
小柄で愛らしかった少女の雰囲気が、戦士の意志を纏った事に、蓮夢は一瞬息を飲み、そして微笑んで――
――それじゃ、始めようか。
そう、告げた。
光、そして水の刃が交錯する。
二人の決闘者は下弦の月の下、符獣の召喚をせずお互いの手札の符術での攻防を繰り広げていた。
炎の雨が降り注げば水の壁でそれを防ぎ、光の矢が飛翔すれば闇の衣がそれを絡め取る。一進一退、相手が押せば引く、怯めば術を叩きこむ。
お互い、必殺の一撃を叩きこむために相手の隙を伺い、攻めは引く。
しかし、シルヴィーナの放つ術は七割程度が蓮夢から外れ、光の刃が周囲の地面へと突き刺さっていた。
符獣を召喚しないスタイルは、目の前に壁を作れない分、直接相手プレイヤーへの攻撃を打ち込める手段が多くなる。
その為普通は、自らのライフが符獣に削りきられる前に相手プレイヤーを打ち倒すのが、符術デッキの王道パターンだ。
しかし、両プレイヤーが同じ符術デッキだった場合は例外となる。
符獣同士のぶつかり合い、削り合いではなく、相手プレイヤーの行動を先読みし、相手の手札を予想し、より効果的なカードを選び出して戦うセンスが必要となるのだ。
(それにしては、彼女は自分のデッキに振り回されている感があるね)
蓮夢は胸中でぽつりと思う。
シルヴィーナが使用するカードは、『月光の欠片』と呼ばれる光属性の投擲型攻撃カードばかりで、防御符術が殆どない。
その為、蓮夢の放つ符術をその身に受け続け、ライフも残り二割近くまで減らしていた。
「‥‥‥‥」
しかし、対するシルヴィーナは無言――
――いや。彼女は薄く笑っていた。
あどけない少女の顔に、薄く笑みが浮かぶのを見て蓮夢の背筋に悪寒が走る。
嫌な予感――いや、確信。
蓮夢はその予感が手遅れになる前に、少女に残された、あと二割のライフを削りきる札を切る。
――虹の涙よ、煌めき貫けっ
プレイヤーへの直接攻撃は、致命的な一撃になる事が多い為、ダメージを抑えられている。その中でも二割。つまり一撃で相手プレイヤーのライフを五分の一を削り取るカード『虹の涙』を発動させた。
空気中の水分が蓮夢の眼前に凝縮し、槍の様な姿へと変える。
それはまるで、聖人をゴルゴダの丘に磔刑にしたロンギヌスの槍を彷彿とさせた。
その槍は月の光を受け、七色の光を放ちながらシルヴィーナを磔刑にしようと飛翔した。
――『それ』は、対象プレイヤーへの直接攻撃を無効化する。
少女の淡々とした――冷たい声。
――『それ』は、『月光の欠片』を喰らい、世に顕現する。
追いかけるように、少女の声。
『虹の涙』はシルヴィーナにぶつかる直前で弾け、月の光を受けてきらきらと水滴を撒き散らしながら打ち消されていく。
「な‥‥」
蓮夢の口から驚きの声が漏れる。
――『それ』の名は‥‥『三日月狼シルヴィーナ』。
召喚された、自らと同じ名を持つ符獣の名前を口にして、少女はぽつりと呟いた。
これで、終わり――と。
「まさか、そんなカードを入れてるなんてね」
「わふっ‥‥どうしても入れたかったんですよ〜」
にこにこっと笑いながらシルヴィーナは語った。
『三日月狼シルヴィーナ』。シルヴィーナと同じ名を冠するカードには、大鎌を腕に抱き、それにに身を任せるように目を閉じた少女が三日月を背にしたイラストが描かれていた。
そのカードは沢山の『月光の欠片』を召喚コストとして使用する上、維持コストにも同じく『月光の欠片』を必要とする。
その為、召喚するのに時間がかかる上、慌てて召喚してしまうと何もできないまま、自ら墓地へと潜ってしまうのだ。
しかし、その分『三日月狼シルヴィーナ』は、たった一撃でプレイヤーのライフを半分刈り取る程の攻撃力を持ち、また、その防御力に並みの符獣等では、返り討ちにあう事だろう。
シルヴィーナ自身は自分の名前を冠し、また、自分に良く似た少女が描かれたカードを選んだだけだった。
フィールド属性と相性に恵まれたとはいえ、それが彼女を勝利に導いたのかもしれない。
純粋に勝利を喜ぶシルヴィーナを見ながら、蓮夢は微笑みを浮かべて口を開く。
「ん、残念。そのうちまた、リベンジさせて頂くよ」
「わんっ! 望むところなのですよ〜」
そう言ってシルヴィーナは満面の笑みで応えた――。
●宴の終わり
「凄いじゃないかシルヴィー。準優勝だってさ」
「わふ‥‥」
旭の言葉に照れくさそうなに俯くシルヴィーナ。それでもどこか嬉しそうだ。水蓮の峡谷ステージにて『虎龍』を退けた『ヘイルと犬』との戦いに、シルヴィーナは発動に時間がかかる、『三日月狼シルヴィーナ』を出す前に押し切られる形で敗北した。
しかし、それでもどこか満足げに笑うシルヴィーナ。その後ろでは『虎龍』と『ヘイルと犬』が、ここはこうした方が良かった。あの時にこっちの札を切って居れば‥‥。――などとお互いのデッキの検討をしている。
「ソウマさん! 勝負よっ!」
「おや、良いんですか? また敗北する事になりますよ?」
負けず嫌いな遊美は、チームバトルで負けた分を取り戻そうとソウマに決闘を申し込み、それを楽しそうな笑みを浮かべながらソウマは、デュエルポッド(商標登録中)へと潜り込んだ。
「やっぱり、俺も参加すりゃよかったかなぁ」
「はっはー、次回もあるって! いや、俺とやりあってみるか?」
ぽつりと呟いた布野に京助が言うと「いいね」と布野は応えた。
「ならば私――森皇 凱も混ぜて貰おうか。キミ達の戦いに胸が熱くなり心が躍った。この滾る想いをぶつけさせて貰おう」
ぶわさぁっ! とマントを翻して現れる森皇 凱! その暑苦しさに周囲の気温が1度程上がったような気がする。なんて暖房要らず!
「だったらよ、チームシャッフルしてバトるのもいいんじゃね?」
「そうじゃな、愚弟とばかり組んでおっても刺激が足りないと思っておったところじゃし」
デッキ検討をしていた闇虎と輝龍がそんな提案をすると、喧々囂々、和気あいあい。あっという間に即席チームを作り上げ、各々デュエルポッドへ潜り込み、ヴァーチャル空間へと飛び込んでいく。
昨日の友は今日の敵! それがデュエリストの性質と言うものだ。強いやつが居たら、闘ってみたくなるのが性分なのだ。
その様を蓮夢は少し遠くで、笑みを浮かべながら眺めていた。
この穏やかで楽しい記憶を、蓮夢は決して忘れない。皆のこんな時間を守るために、自分達傭兵は戦っているのだ。
それを改めて心に刻みつけ、また、次の戦場へと向かうのだろう。
――だから、今日くらいは仮想空間の戦場を楽しもう、か。
そう呟いて、蓮夢もデュエルポッドへと潜り込んだ――。