タイトル:sweet二人の護衛マスター:氷魚

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/03/08 18:34

●オープニング本文


●本題とは別な都市伝説の事。

 ――その店は、小さな喫茶店だった。

 ビルとビルに挟まれた、何故こんなところにあるのかも不思議な店。
 二階建てのその建物は一階が喫茶店となっていて、二階は多分店主の居住スペースなのだろう。
 僕はその建物を見上げてから、意を決して扉を開いた。
 からん。と、カウベルが音を立てて僕の来店を知らせる。
 店内を見回すとカウンター席が三つ、四人がけのテーブル席が二つのたった11席しかない。
 店内には誰も居らず、僕は不用心だな等と言う感想を持った。

 ――いらっしゃい。

 誰も居ない筈なのに、急に掛けられた歓迎の言葉に、僕は慌てて辺りを見回して人影を探す。
 その言葉の主は、くすくす。と言った風の笑いを伴って、カウンターの向こうから現れた。
 声の主は小学生くらいの女の子。頭の上で結んだツインテールが可愛らしく揺れる。どうやらカウンターの下に踏み台があるらしく、僕が入店したのに気付いて、その上に乗っかった様だ。
「ご注文は?」
「え‥‥?」
「なんだい? キミは喫茶店に来て何も注文しないで帰るのかい? 見たまえ。この店の繁盛していなさ加減をっ!」
 少女は大仰に店内を手で示した後、嘆くようにどんどんとカウンターを叩く。
 きちんと掃除が行き届いている店内だが、客の一人も居やしない。ある意味、噂通りと言えば噂どおりなのだけれど、僕は一抹の不安を覚える。
「え‥‥っと、マスターは‥‥?」
 少女しか居ない店内を見回しながら、目の前の少女に問う。
「ボクだけど?」
「え、と‥‥三上 照天(みかみ てるたか)さん‥‥?」
「ボクだけど?」

 ‥‥‥‥へぇ。

「不満?」
 僕の、どこかがっかりした様な、呆れた様な、溜息の様なそれに、眉を顰めて不機嫌そうに言う三上さん。幼い顔に剣呑な視線を貼り付けて僕を見る。
「い、いえ‥‥」
「とりあえず、座って注文。話はそれからだ」
 カウンターを人差し指でトントンと叩いて言う少女。
 僕は少女――三上さんの指示に従ってカウンター席の一つに座る。そして、この店に来る前から決めていた物を‥‥意を決して注文した。

 ――カフェ・ロワイヤルをお願いします。

 カフェ・ロワイヤル。ブランデーを染み込ませた角砂糖に火を付けてアルコールを飛ばした後、濃いめに淹れた珈琲に落すと言うアレンジコーヒーらしい。
 少しの間があって、三上さんの顔が実に嫌そうな顔に変わった。
「あ〜‥‥またか。なんて言うの? 都市伝説ってヤツだっけ?」
「え? あ、え? はい」
「なんだっけ? うちの店でカフェ・ロワイヤルを頼んだら、なんて言うか秘密の依頼みたいなのを受けてくれるとか言う‥‥? はぁ〜、なんだよそれ。中二病設定ってヤツかい? いつからうちは、そんなおかしな商売始めたんだい? うちは喫茶店だよ喫茶店! 分かる? 最近その都市伝説ってやつで、君みたいな人がちらほらやってくるようになったんだけど。正直ちゃんと珈琲飲んで帰ってくれるから助かるけどっ! 全然困らないんだけどねぇっ!」
 頭を掻き毟りながら、ポットでお湯を沸かす少女三上。
 怒っている風に喋っては居るけれど、困ってはいないらしい。
 手際良く珈琲を淹れると、角砂糖にブランデーを垂らし火を付ける。
 青い炎を伴いながら燃えるブランデーの香りが店内に広がり、そしてそれをゆっくりと落した珈琲へと沈めた。
「はい。カフェ・ロワイヤル」
 かちゃりと音を立てて、僕の目の前にカップを置いた少女三上は、大きなため息をついてからこう言った。

 ――じゃあ、キミのその話ってのを聞こうじゃないか。

●やっと本題。

 ――二人が出会えなかったら‥‥お互い諦めよう? ねぇ。

 僕が話し終えると、三上さんはそう言った。
「樋山君だっけ?」
「あ、はい」
「エロい! 女教師と生徒の恋って響きがもう!」
 くぅぅっ! と言った感じでカウンターの向こうでもだえる少女。
「で、その先生ってのはキミの所為で学校辞めさせられて、実家で結婚する事に決めた訳だ」
 キミの所為で。と言う言葉が抜き身の刀の様に僕の胸に突き刺さるが、そんな事はお構いなしに三上さんは続ける。
「でも、諦められない樋山君は、思い出の場所に18時までにたどり着いて、結婚前夜の先生を浚いに行く訳だね〜、『今、浚いに行きます』!? どこの映画だよ。あははー」
「僕と先生にとっては笑い事じゃないんです! お互い本気なんです! だからっ!」

 ――ボクには何もできないよ? 見ての通り普通の女の子だもん。

「聞いた感じ、途中にはキメラとか居るんでしょ? 無理無理。ボク一般人だもん。最弱キャラだよ? ボクに出来る事はお話を聞いてあげる事だけ」
 三上さんは僕の目を見て冷たく言い放った。
 その目は、まるで僕の迷いを見透かすようでもあった。
 僕の先生に対する気持ちは本気だ。でも、先生は迷惑に感じているのかもしれない。
 目の前から居なくなり、見合い相手との結婚を決めた先生にとって、僕は――
 
 ――ぱん。

 目の前で手を打たれて僕は目を丸くした。
 そして手を打った張本人。ツインテールの少女は腰に手を宛て、僕を叱咤する。
「悩めよ少年。でも、それは先生との未来について悩みたまえ!」
 そう言った少女の顔には不敵な笑み。
「その思い出の場所ってのはどこだい?」
「あ‥‥」
 僕が場所を告げると、三上さんは慌ててカウンターから飛び出す。
「あ、後5時間くらいしかないじゃないか! ほら、急いで急いで!」
 そう言いながら僕の手を引いて、店からも飛び出した。
「どっ、どこに行くんですかっ! 三上、さんっ!」
「ULTの出張所! 傭兵さん達にお願いしに行くんだよっ! みんな気のいい人だから、きっとキミの力になってくれるっ!」
「か、鍵かけなくて、良いんですかっ!?」
「どうせ、客なんて来やしないよ! 開けっぱで大丈夫!」
 僕の疑問に、三上さんは大きな声でそう答えた。

●これは全くの蛇足。
「あれ?」
 喫茶店『11』の扉は開いていたが、その中に居るべき人物が居なかった。
「テルちゃん?」
 声をかけるも反応はない。留守だろうか?
 阿部 愛華(あべ まなか)は、はぁ。とため息を吐き店の中に入る。
「仕方ないなー‥‥」

 愛華はそう呟いて、エプロンを身に付けた――。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
リュイン・グンベ(ga3871
23歳・♀・PN
最上 憐 (gb0002
10歳・♀・PN
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
春夏秋冬 立花(gc3009
16歳・♀・ER
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD

●リプレイ本文


 僕はその人たち――傭兵の前に緊張した面持ちで立っていた。
 ただの学生でしかない僕の為に、依頼とは言えこうやって集まってくれたのだ。
 僕の隣には腕組みをして満足そうな三上さんが得意げに頷いている。そして、傭兵の中に見知った人物がいたのか手を振った。
「憐ちゃん! 白夜さん! 彼の事よろしくね」
「ええ、お任せください、妹たちもやる気になっている様ですし」
 そう言って一人の少女に視線を投げたのは、八葉 白夜(gc3296)と名乗った長身の男性だった。
 白夜さんの視線の先には八葉 白雪(gb2228)と名乗った少女一人しかいない。僕が首を傾げていると、白夜さんは意味ありげに笑うだけだった。なんだろう‥‥。
 一方、三上さんにぐりぐりと抱きしめられながら可愛らしい少女――最上 憐(gb0002)は、その妙に冷静な瞳を僕に向け口を開く。
「‥‥ん。無事に。成功したら。結婚式には。呼んでね?」
「あ、はい‥‥」
 こんな小さい子が傭兵だなんて、本当なのだろうか。自分の為に集まってくれた人に対して失礼だと思うが、そんな事を思う。
 そんな僕の不信感を余所に、皆に指示を飛ばす白鐘剣一郎(ga0184)の姿が見えた。
「時間が無い、出発するぞ。皆それぞれ決めた車両に乗ってくれ」
 その声を受けて、傭兵達は各々決められた車両へと乗り込んでいく。
「君はこっちの車だ。よろしく」
 そう言う白鐘さんに言われた通り、僕が後部座席に乗り込むと助手席から妙にテンションの高い春夏秋冬 立花(gc3009)が顔を出し、まくしたてるように質問してきた。
「ねぇねぇ。お相手のお名前は? どこが好きになったんですか? どこで会ったんですか?」
「え、あ‥‥?」
 戸惑いながら僕が応えると「くぅぅぅ! 萌えますね!」と、拳を握り悶える立花。
「絶対送り届けてあげますね! 安心してください」
 走り出した車の中、立花はひとしきり悶えて満足したのか、そう言って笑う。

 そんな気安い傭兵達に戸惑いを隠せなかった。
 戸惑いはしたけれど、僕は悪い気はせず笑みを浮かべた――。


「しばらく窮屈かもしれないが、我慢してくれ」
 視界に検問らしき物が入り、白鐘は座席後部に向かってそう声をかける。すると積載スペースの防水シートがそれに応えるように揺れた。
 助手席に座った立花は少し苛立たしそうな溜息を吐く。
「あー、もう。時間が足りませんねっ! そう簡単には尻尾は掴ませませんか‥‥」
 うだーっと、膝の上にノートパソコンを載せたまま、アタッシュボードに項垂れる。新郎側の情報を掴もうと色々試してはみたものの、いかんせん時間が足りなかった。
 樋山の相手の女性に連絡を取り、結婚相手の弱みなどを握ろうとしてもみたが、樋山から聞いた電話番号にかけても全くつながらない。
 最近の携帯電話にはGPS等が付いている事もあり、新郎側に居場所がばれないように、電源を切ってしまっているのかもしれない。
「そろそろだぞ」
 うぅ。と呻く立花に白鐘がそう声をかけると、立花はすっと澄ました顔になる。そうやって黙って居れば、深窓の令嬢にも見えた。
 白鐘の運転する車両の後ろに付いてきている車に乗る、新条 拓那(ga1294)へとバックミラー越しに視線を送ると、拓那は隣に座る石動 小夜子(ga0121)を見てから白鐘に向かって頷く。
 二台の車が検問に近付くと警察官の恰好をした数人の男が、白鐘の運転するジーザリオに寄って来た。
「どちらへ?」
「何かあったのか?」
「いえ、この辺りに凶悪犯がうろついているそうでして。貴方がたは?」
 友好的な笑みを浮かべながら言う警察官。しかし、10人前後の男達はじりじりと、車両を囲んできているのに白鐘は気付く。
「先に傭兵が乗った車両が通らなかったか?」
「あぁ、この先のキメラ退治に来たとか‥‥貴方がたも?」
「そうそう。なので急いでいるんですよー」
 運転席側の白鐘に話しかけている警察官に、助手席から身を乗り出す様にして立花が言うと、警察官は少し困ったような顔をして再び白鐘に言う。
「積み荷を拝見しても?」
「‥‥ああ、構わない」
 そう言って運転席から降りる白鐘。車両後部を開き、中にあるものを警察官に見せる。
 積載スペースにはガトリングガン、段ボール一杯に詰められた弾薬が載せられている。
「問題ないだろう?」
 白鐘の言葉に、警察官がふむ。と鼻をならして「少し中を調べても?」と口にした時、
白鐘の無線機に通信が入った。
「白鐘だ。了解した。キメラは予定のポイントへ追い込んでくれ。すぐに合流する」
 白鐘は無線機に向かってそう言い放つと、「悪いが任務なのでな。失礼する」と警察官に告げると運転席に乗り込む。
「ま、待て!」
 そう言って追いすがる警察官に無線機を突きつける。すると無線機の向こうから先刻、検問を通った剣呑な目で睨みつけてきた少女の声が聞こえてきた。

 ――白鐘さん? 悪いんだけど、件のキメラがちょっと多すぎて‥‥早く助けに来てくれない? そっちの方にキメラいっちゃうかも。

「だってさ。一般の人じゃ食べられちゃいますよ〜?」
 白鐘の向こう、助手席から悪戯っぽく言う立花に警察官は息を飲む。
 それを横目に白鐘は「そう言う事だ」と薄く笑ってアクセルを踏んだ――。


「えぇいしつっこい! 人の恋路の邪魔ばっかしてると、馬に蹴られてシューティングスターって故事を開け知らないのかな、あの連中!」
 バックミラーを覗き込みながら、拓那は吐き捨てるように叫んだ。
「また一台増えましたっ!」
 小夜子の声に拓那が再びミラーを覗き込むと、既に三台の車が列をなしていた。
 前を行く樋山を載せた車にパッシングして先に行くように促す。
 その車を追おうと3台の車が拓那の車を追い越そうとするが、蛇行運転をさせて邪魔をする。車体がぶつからないのが不思議なくらいまで接近しては、巧みにハンドルを切る拓那。
 その車の窓から顔を出し小夜子が、追いすがって来る車に叫ぶ。
「気を付けてください! 今度はぶつけるかもしれませんよっ」
「そうそう、ぶつかっちゃうかもよ!」
 小夜子のセリフに拓那はどこか楽しそうに応え、ハンドルを切りカーブを曲がる。
 スピードに緩急をつけ、決して抜かれないよう細心の注意を払いながら牽制する。
 運転席の拓那に視線を移し、小夜子は真剣な顔で口を開く。
「振りきれそうですか?」
「振りきるさ」
「二人の想い、実ると良いですね‥‥」
「実るさ」
 ハンドルを握りながら、小夜子の言葉に自信あり気に拓那は応える。
 不思議そうな顔で拓那の顔を覗き込む小夜子。

 ――俺らが手伝うんだから幸せにさせるさ。

 バックミラーで後ろの車両の確認しながら、にやりと笑みを浮かべる拓那。
 その拓那の言葉に、小夜子は少し驚いた顔をした後「ええ」と微笑んだ。
「少しラフな運転になるよ。しっかり捕まってて」
「はい」
 小夜子が応えるのを確認して、拓那はアクセルを踏んだ。
 見失った樋山の車の手がかりでもある拓那の車を追う様に三台の車が続く。
「そうそう、きっちり追ってこいよ」
 ぐんぐんとスピードを上げ、風を切りながら峠を駆け抜ける四台の車両。
 時に差を詰め、時に突き離し、追いかけてくる車両が自分の車を見失わない程度に調節しながら、拓那は目的の場所を目指す。
「もう少し、です」
「わかってるさ」
 小夜子のセリフに、タイミングを計る。緩やかな上り坂になっている道路を登りきると、視界が開け目の前に大きく曲がるカーブが見えた。
「今です!」
 小夜子の言葉と同時に拓那は大きくハンドルを切る。
 耳障りな音を立ててカーブを曲がる。タイヤがアスファルトを滑り、黒くその軌跡を焼きつける。
 大きく車体が揺れた後、再びタイヤがアスファルトを掴み、インデースがカーブを駆け抜けた。
 そして――

 ――ガシャ、ガシャン

 先頭車両が視界に突然現れたカーブを曲がり切れず、ガードレールにぶつかると、後続の車もガードレールにぶつかり、減速した先頭車両をかわし切れず追突して止まった。
「はは、さっすが〜。スクリーンで見ればどこのアクションスター? って感じだよ」
 それをバックミラーで確認しながら、拓那はそう口にしてから先を行く仲間の後を追った。



 ――タタタタタ。

 リュイン・カミーユ(ga3871)の持つSMGから、軽快な音を立てて鉛玉が射出される。
 それは、まるでゾンビの様に追いすがる餓鬼の様なキメラを纏めてふきとばした。
「情報通り、と言ったところか」
 リュインが弾切れになったSMGを捨て、帯剣していた鬼蛍を引き抜くと、その赤い刀身は怪しい光を放つ。
 キメラ出現ポイントと聞いていた場所に到着し次第、餓鬼型のキメラが餌に群がる蟻のように、傭兵達の乗るジーザリオに群がって来たのだ。
「申し訳ありませんが早々にお引取り願います。今は一刻の猶予もありませぬ故」
 白夜は倒れた餓鬼から、自らが投擲した小太刀を引き抜き、背後にせまったキメラを斬りつける。
「餓鬼は地獄へ帰りなさい」
 白夜の九つに分かれた金色の髪は、金毛九尾の狐を連想させた。その狐は両手に持った小太刀で現世に迷った餓鬼どもを食い散らかしてゆく。
「貴方達に構っているほど二人は暇じゃないのよ!」
 白夜の背後から飛び出したのは白雪――いや、翼の様に冷たい吹雪を背負うのは、彼女のもう一つの人格である真白である。
 背負う吹雪と踊る様に、餓鬼の爪を避け返す刀で周囲の餓鬼どもを纏めて斬り伏せ、打ち倒す。
 その脇を小さな影が疾風のように駆け抜けた。
「‥‥ん。キメラ。大量だね。うん。とりあえず。密集地帯に。突撃して。蹴散らしてみる」
 口にした時には憐は瞬天速によって、餓鬼どもが集まった中心にその小さな体を躍らせていた。
 突如現れた小さな少女に、餓鬼は群がり牙を剥く。
 唾液にまみれたその牙が憐の首筋に突き立ち――

 ――‥‥ん。ソレは。残像。残念。ばいばい。

 可憐と言えるその声は。彼女が振るう大鎌の悲しい音色は。餓鬼の耳に届いただろうか。
 一拍の後、憐を狙った餓鬼共は全て、嫌な匂いをする血をまきちらしながら屍の山となった。
 それをつぶらな瞳で見やりながら、憐はぽつりと口にする。
「‥‥ん。おいしく。なさそう」
 鎌を振り、餓鬼の血を振り落して肩に担いだ憐は、興味無さそうに次のターゲットへと駆け出した。

 金色の鬼。

 その圧倒的な気配に、知性の薄い餓鬼ですら近づく事を躊躇っていた。
「どうした。飢えているのだろう? 怖気づいたのか?」
 リュインの金色に輝く瞳が細められ、辺りを囲む餓鬼どもをねめつけると、一匹が恐怖で混乱したのかリュインに襲いかかる。

 微かな鍔鳴りが聞えた。

 ずるり。と、襲いかかった餓鬼の身体がずれる。
 そしてまるで時間がゆっくりと過ぎるかの様な錯覚を伴い、どさりと二つに分断されたそれは地に落ちた。
 それを、ふん。と鼻を鳴らし一瞥すると、リュインは周囲を囲む餓鬼へと視線を移す。そして、煮え切らない餓鬼共を挑発するかのように、リュインはその場で足を踏み鳴らした。
 音の波に餓鬼共は驚き、混乱のままリュインへと襲いかかった。
 打ち寄せる波の様に迫りくる餓鬼の爪と牙。それを紙一重で避け鬼蛍が閃くたびに屍を積み上げて行く。
 嵐の様に血風が吹きすさび、その一瞬道が開ける。

 ――その一瞬の間に一台のジーザリオが、その隙間を唸りを上げて駆け抜けた。

 助手席から半身乗り出し、小銃を構えた立花がジーザリオに集まってくる餓鬼に制圧射撃を行い道をあけさせる。
「悪いが、先に行く!」
 白鐘はキメラを殲滅していた仲間にそう礼を言い、アクセルをべた踏みして餓鬼を振りきる。
「先に行ってますね〜」
 立花は小銃を振り、皆に感謝の意を示す。
 無事に樋山を載せたジーザリオが通過し、それを追う様に拓那がハンドルを握るインデースも通り過ぎる。
 それを確認した四人は、皆ジーザリオに乗り込み後を追った。

 ――この恋の結末を見届ける為に。

●共に歩き出す、始まりの場所。
 日が西に傾き、傭兵達の影が長く伸びていく。
「ありがとう‥‥ございました」
 僕は深く頭を下げた。彼らに、顔を見せられなかった。
「樋山、汝はもはや生徒でなく1人の男。責任は重いぞ」
「はい」
 顔を上げないままリュインさんの言葉に応える。
 僕の胸にその言葉は深く突き刺さる。それは、僕が一番感じていたからだ。僕は歯を食いしばったまま、頭を上げられない。

「頑張れ男の子」

 不意にかけられた声に僕は頭を上げた。
 視線の先には立花さんが微笑みを浮かべて、僕を見ていた。
 その言葉が僕の背中を優しく押す。
「はい‥‥行ってきます」
「残り時間はそう多くない。急ぎなよ?」
「大切に、してあげてくださいね?」
 寄り添い、手を繋ぎながら言う石動さんと新条さん。
「はい。お二人の様に、きっと」
「後は君次第だ。頑張れ」
「白鐘さんも、有難うございました」
「‥‥ん。結婚式の。食べ放題で。また。会おう」
「うん。その時を楽しみに待っててくださいね」
 僕のシャツの裾を引っ張りながら言う最上さんに、僕は喜んでそう答える。
「心得て置いて下さい。親の庇護の元守られていた者が守る側になるという事の難しさを」
 最上さんの後ろに立っていた白夜さんが、僕に向かってそう言った。
 僕が白夜さんの目を見返して「はい」と応えると、彼は柔らかい笑みを浮かべ、僕に袋を手渡す。
 何かと思い何かを覗くと、沢山のお金が入っていた。
「僅かばかりですが、新たな人生の門出を迎える今の貴殿には御入用かと思いますので」
 僕は白夜さんの気持ちが嬉しかった。でも、だからこそ僕はそのお金を白夜さんへと返す。
「僕は、本当はここに自分の足で来なくちゃいけなかったと思います」
 白夜さんはその言葉だけで、僕の言いたい事は分かってくれたのかもしれない。
 でも、僕は。それでも僕は言葉を続ける。
「これからは、僕が自分の足で彼女と歩いていく為に、これ以上皆さんに甘える訳にはいきませんから」
 自然と自分の口元が笑みに歪む。
 そうやって笑いあう僕と白夜さんの間に薔薇の花束が差し込まれた。
「これくらいは持って行きなさい。大切な人に会うのに贈り物も無しに会う訳にもいかないでしょう?」
「白雪さん‥‥」
「真白」
「え?」
「真白よ。今のあたしは」
 真白と名乗った白雪さんと白夜さんを交互に見ると、白夜さんは何も言わずにこくりと頷くだけだった。
「‥‥ありがとう。真白さん。それじゃあ、これは貰って行きます」
 僕の答えに「行きなさい」と真白さんは告げる。
「はい。ありがとうございました」
 もう一度。最初に頭を下げた時と違う気持ちで僕は頭を下げた。

 ――本当にありがとうございます。

 そして、僕は彼らに背を向けて歩き出す。

 愛する人と僕の始まりの場所へと――。