●リプレイ本文
●月と老人
静かな夜風に、月に照らされた麦穂がさざめく。
そこは見渡す限りの小麦畑で、黄金の麦穂は月の光を受けて静かな光を放っている様にも見えた。
息を吸うと、豊かな土と緑の匂いが鼻をくすぐる。
穏やかな夜だ。
黒衣を身に纏った老人(UNKNOWN(
ga4276))は、穏やかな瞳を空に浮かぶ月に向けながら思う。
――息子は元気にやっておるか。
月を見上げる度に思うのは、研究者として月へと行った息子の事ばかりだ。
自嘲するように笑みを浮かべ、胸ポケットからシガレットケースを取り出す。
ケースの中にはやや几帳面に並べられた葉巻が収まっていた。
その中から一本の葉巻を手に取り、口に咥えて火を付ける。
煙を胸一杯に吸い込み、香りと味を楽しんでからゆっくりと吐きだすと、紫煙が辺りに漂った。
老人が歩き出すと、すぐ傍でうたた寝をしていた老犬が寄り添う様に付いてくる。
連れ合いを亡くした老人と、長い時間共に同じ時間を過ごしてきた相棒の様な犬だ。
せっせと付いてくる老犬に微笑を投げかけながら、黙したまま小麦畑の畦道を歩く。
歩き慣れたその道は、長い年月を重ねた今も、妻と息子と共に過ごした日々を思い起こさせる。
――流れ星か。
空を見上げると、沢山の星達がまるで最後の命を使い切るかのように流れ落ちる。
それは青い地球の美しさに恋い焦がれ、惹かれているかにも見えた――。
●彷徨う星達
「‥‥やはり綺麗な星ですね。眺めていて飽きない‥‥」
愛機、ES『Moros』のコックピットの中でhalo0925(イスル・イェーガー(
gb0925))はそう呟いた。
haloの視線の先には蒼く輝く地球が、暗い宇宙空間に浮かんでいる。
「halo地球を眺めているのは良いが‥‥」
「そう思いませんか? Nebula」
『Moros』に近付きぼんやりしていたhaloを、接触回線で諌めるNebula9347(瑞姫・イェーガー(
ga9347))だったが、逆に同意を求められ地球へと視線を向ける。
その蒼い星は、どこかNebulaの胸中に苦いものと――どこか懐かしい、郷愁に似た感情を思い起こさせた。
少しの間その美しい星に見惚れた後、薄く笑みを浮かべて口を開く。
「そう‥‥だな。今まで見てきたどの星よりも」
自らの体をサイボーグと化し、長い‥‥本当に長い間、追放された民達を護り続けてきた。しかし、Nebulaがサイボーグ化してまで生きてきたその長い時間は、その護ると言う意味すら記憶の海に飲まれ薄れかけている。
この作戦に参加した想いはただ一つ――
――あの星に還りたい。
その想いこそがNebulaを突き動かしている物だった。
「行こうhalo。ボク達の還るべき星に」
「ええ」
Nebulaの言葉にhaloはそう応える。
長い時を共に歩み、共に彷徨った二つの流星は還るべき星へと流れて行った。
●時の流れに取り残された者
Gaia Keeper――通称GK。
この地球を護る為に作られた‥‥と言うと実に皮肉に思えた。
一部の人間のエゴによって地球を護る者と名付けられた鋼の巨人は、結局のところ人間同士が争う為に作られた兵器でしかない。
今はただ、空から降ってくる『外敵』に対抗しうるものとして戦線に投入されているが、事実『外敵』が居なかった場合、その矛先を何に向けるのかは少し考えれば分かる事だろう。
そのコックピットの中で伊藤 毅(
ga2610)は、そんな人間の業の深さに自嘲の笑みを浮かべていた。
――人の天敵は人と言う事か。
そう思うのは毅自身が元能力者だからなのかもしれない。
永い時をコールドスリープ処理されていた為、毅は能力者でありながらこの地球に残る事が出来た。
しかし、目覚めた時――毅の戦友であった能力者達は、一人として残って居なかった。宇宙へと放逐されるか‥‥それとも、能力者狩りによって命を落としたか。
たった一人時代に取り残された毅は、軍に戻り戦い続けた。
そして、ふと気付いた時には――自分を慕う多くの部下達を引き連れる地方航空団の司令職を務めるまでになっていた。
毅はかつてエミタが埋め込まれていた場所を撫でて口を開く。
「ドラゴン1よりイーグル・ファルコン・ホーク各隊、所属不明機を迎撃する。各隊不測の事態に備えよ、バグアの例もある、何があってもあわてず、隊長機指示のもと2機編隊を維持せよ」
毅はそう部下に指示を飛ばし、上空へ視線を向けるとまるで流星の様に落ちてくる沢山の光。
月面から大気圏にかけての戦闘では、かなり敵戦力を削ったと聞いているが、油断はできない。
「おいでなすった、マスターアーム点火、兵装使用自由、イーグル・ファルコンは左右の敵編隊を、ホークは俺に続いて中央の編隊を攻撃する、全機散開!」
――死ぬなよ! これは命令だ!
その命令を皮切りに、平穏だった空に炎の華が咲く。
●エミタの後継者
「艦を出せ! このままじゃ良い的だ。「ロサンゼルス」と「エルドラド」は出航可能か? 可能なら陣形を組んで湾外に出るぞ」
GK運用水上母艦「ナゴヤ」の艦橋で声を張り上げクルーに指示を出すのは、クラーク・H・エアハルト(クラーク・エアハルト(
ga4961))だった。
月面の防衛網を超えて、次々と侵略者たちが衛星軌道上から地表に降下して来ており、クラークが指揮する「ナゴヤ」が停泊している港湾地区にも敵部隊が降り立ったと言う報告が彼の耳にも届いていた。
「急げよ! 訓練の成果を見せてみろ!」
怒号にも似た檄をクルーに飛ばすクラーク。しかし、月面からの報告に気にかかる物があった事に
呟きを漏らす。
「エミタの後継者‥‥」
エミタ。既に歴史上の物でしか無かった物。
かつて、『バグア』と呼ばれる存在から、世界を護りとおした能力者が身に宿していた物だ。
エミタと言うその名前は、祖父の昔語りで幾度か耳にしていた。
祖父自身、バグアと呼ばれる侵略者との戦争を体験した世代ではない。
だが、祖父の語る能力者だったご先祖様の物語を、子供心に胸をわくわくさせたものだ。
「能力者の子孫‥‥か」
能力者であったご先祖様の名を継ぐクラークは、侵略者に対して少なからず思うところはある。
エミタの後継者――能力者の子孫を名乗り、地球圏に戻って来た彼らの中には、もしかしたらご先祖様と共に戦った能力者の子孫も居るかもしれないのだ。
しかし――
――なんにせよ、今は敵には違いない。
ならばやる事はただ一つ。見敵必殺、だ。
「あがれる機体は全機発進させろ。周囲の制空権を取り戻すぞ」
ドックから出た「ナゴヤ」の艦橋から見える空では、既に航空部隊とエミタの後継者達の戦いが始まっていた。
●戦争
「降下完了! 誰もやられて無いだろうな?」
第一強襲機動歩兵隊・分隊長リック・オルコット(
gc4548)は、部下達にそう投げかける。
隊員全員から返事が返ってきたところをみると、幸運にも自分の部隊は全員無事地上に降り立てたようだ。
AU‐ES『クルセイダー』。
先祖が残したAU−KVの後継となるパワードスーツだ。
強襲制圧を主眼として開発され、バックパック一体型重機関砲及び4連装対ESミサイルポッド、高速振動ブレードを標準装備した汎用性の高い機体となっている。
分隊長であるリックの『クルセイダー』には電子戦装備が施されており、頭部から出たアンテナが、まるで角の様にも見えた。
「よし。作戦通り通信ネットワーク施設に向かう。民間人と負傷者は撃つなよ? 撃ってきたら撃ち返して良いが」
そう指示を出すとともに目標ポイントに向かって移動を開始した。
夜間強襲用に黒に染め上げられた装甲が、月明かりを受けて鈍く光る。お互いの死角をフォローし合いながら市街地を駆け抜ける強襲部隊は、さながら一つの意志を持った動物の様にも見えた。
リック達の頭上では後継者側のESと地球側の機動兵器が空中戦を繰り広げている。
首尾よく目的地のネットワーク施設の前に到着したリック達の目の前に、地球側の機動兵器が立ち塞がった。
リックは『クルセイダー』の内部で不敵な笑みを浮かべ呟いた。
――さぁ、戦争をしようか?
●接触
「AU−GK!? でも見た事ない機体だ」
怪我人の回収の為、GKを駆り市街地を走り回っていた浮月ショータ(
gc6542)は、通信ネットワーク施設の前で、小型の人型機動兵器部隊と遭遇していた。
その形は地球側のAU−GKとデザインが異なり、闇に溶ける様に漆黒に染め上げられたその小型人型兵器は、ショータの乗るGKに気付くなり、散開し攻撃を仕掛けて来る。
「敵っ!? エミタの後継者かっ!?」
不意打ちで飛んできたミサイルの直撃を受けるが、ミサイル程度ではGKの装甲は揺るがない。少しバランスを崩すが直ぐに立ち直り、センサーで状況を確認する。
建物の陰や立ち並ぶ木の陰に複数の熱反応。容赦なく攻撃を仕掛けてきたエミタの後継者にショータは下唇を噛む。
地球を追放された能力者達の子孫である、エミタの後継者たちの気持ちは分からなくは無い。
「分からなくはないけどっ! こちら側に生まれた以上侵略は御免ですよっ」
コックピットの中でショータは吠える。そして陰に隠れた陰に向かってGKの巨大な銃口を向ける。引鉄を引くと銃口から吐き出された銃弾は、着弾と共に轟音と激しい光を辺りに撒き散らす。
ショータの銃に込められていた銃弾はスタングレネードだった。
侵略者に殺されるのは嫌だったが、殺すのはもっと嫌だった。だから、間接的に戦闘不能に出来る様に、殺傷能力の低い兵装を選んで来ている。
とはいえ、GKの持つ銃から発射される弾丸を、あのAU−GKもどきに直撃させてしまったら、命にかかわるダメージを与えてしまうだろう。
ショータは直撃させないよう細心の注意を払い、周辺に隠れた人影を相手取っていく。
一方、人型機動兵器部隊の隊長であるリックは、GKの装甲の厚さに舌打ちをしていた。
「対ES用のミサイルの直撃を受けて、バランスを崩すだけだと!?」
どうやら、地球側のGKとやらはESを遥かに凌ぐ装甲を持っているらしい。友軍からの通信にしたって、地球側の兵器の装甲に攻めあぐねている様だ。
「間接とセンサーを狙え! 無理に撃破する必要は無いぞ! 俺たちは俺たちの目標に向う」
GKの撃破よりも目標の撃破を優先する事にする。行動不能になった者は手の空いている部下に回収を指示する。地球側との初戦で部下を失うわけにはいかない。
「あのツノ付きがリーダーか」
的確に指示をする一つのAU−GKもどきに気付いたショータは、その動きに注意を払う。そして、直撃させないようにスタングレネード弾を撃つが、リックは障害物を盾にしてスタングレネードの効果を上手く避けていた。
「新兵か? これは戦争だぞ。その甘さが命取りになる――」
――まぁ、嫌いじゃないがな。
リックがそう呟いたと同時に、ショータの駆るGKが片膝を地に付けた。
「なっ!?」
装甲の厚い筈のGKが揺らいだ事に驚き、ショータは慌てて被害状況を確認する。
左足首関節部中破。
ショータがリックに気を取られている間に、別のAU−GKもどきが左足首関節に集中攻撃をしたらしい。オートバランサーのお陰で辛うじて点灯せずに済んだが、歩行するには少し手間取りそうだ。
リックはショータの乗るGKの動きが止まったのを確認すると「よし、もういい! 目標に向かえっ」と部下に指示を出す。それを受けて黒い一団は素早く目標に向かって移動を開始した。
その集団が通信ネットワーク施設へと侵入するのを、ショータは見送る事しかできなかった。
●空から来た少女、地に立つ少年
ESの編隊が暗闇を切り裂き、月夜の空を駆ける。
幾度目かの地上からの砲撃を凌ぎ切り、目の前にはやっと目標のポイントが確認できた。
刃霧零奈(
gc6291)は、自分のパーソナルカラーの真紅に染め上げられたESの中で、沸騰しそうな程の感情を抑えきれず叫ぶ。
「ご先祖様が受けた屈辱‥‥万倍にして返して、地球を絶対に取り返してみせる!」
零奈の機体が編隊を乱している事を隊長機から注意されるが、今の零奈は頭では理解できても体が、いや、ご先祖様の遺伝子が言う事を聞かない。
機動性を重視した零奈のESは、この部隊の中で最高速を誇っている。零奈が最高速を発揮した場合、誰も追いつけない。
グングンと後続の寮機を置いて、目的のGK開発区へとたどり着いた零奈は、マウントされていたブレードを抜き放ち、手近にあった施設を破壊する。
「こんなもの‥‥全部、破壊してやるぅっ!」
施設の破壊を行う零奈機へと、防衛部隊であろう敵GKが攻撃を仕掛けて来るが、それをひらりとかわしスラスターを全開にして敵GKへと接敵――そして怒りにまかせ、ブレードを振り下ろす。
「GK‥‥? 抵抗する気? なら、叩き潰すだけだよっ」
風を切る音と共に振り下ろされたブレードを、敵GKは盾を使って上手くいなす。零奈機のブレードは火花を散らしながら盾の表面を滑った。
ブレードをあっさりとかわされた零奈は、青と白でカラーリングされた機体を睨みつけ舌打ちを打つ。
一方GKを駆っていた日野 竜彦(
gb6596)はコックピットの中で冷や汗を流していた。
零奈機からはあっさりかわしたように見えたようだが、実際のところもう少しタイミングが遅かったら、首を持っていかれていただろう。
日野の駆る機体は耐久性を犠牲にし、運動性を上げたカスタム機だった。いくら侵略者たちの機体よりも耐久性が高いと聞いていても、直撃したらひとたまりもなかっただろう。盾に搭載されているシールドガンでけん制を行うが、零奈機は一瞬早くその場から回避した。
「くっ、早い!」
呻きながら弾丸をばら撒き、距離を取る日野機。しかし、真紅にぬり上げられた機体は、巧みに弾丸を避けこちらの間合いで戦わせてくれない。
先に言ったように、日野の機体はGKの中でもかなり運動性が高い。しかし、もとよりGKである日野機よりも機動性が高く、さらに機動性を重視した改造を施している零奈機には、付いて行くのがやっとである。
「くっ、カスタムしても鈍いなこのドンガメは!」
自らの機体に毒づきながらも、右から左から攻め立てる零奈機の攻撃を凌ぐ。
「ちょこまかするなぁ! さっさと潰れちゃえぇ!」
零奈はコックピットで怒号上げた。
日野機が構えた盾にスタッフを叩きつけると同時にトリガーを引く。
盾に叩きつけたスタッフが赤いビーム粒子を放ち爆発し、日野機の構えていた盾と共にGKの左腕をもぎ取った。
「やった!」
喜びの声もつかの間、爆発の反動で硬直している零奈機に、日野機が右腕に持ったマシンガンを突きつけ、零距離で全弾丸をぶち込む。
零奈機は慌てて回避行動を取るも、避けきれず左足を持っていかれる。
元々、装甲を犠牲にしていた零奈機は、真紅の装甲をまるで血の様に弾けさせながら地に転がった。
転倒の衝撃で零奈の口から擦れた空気が漏れる。
くらくらする頭を抱えながら、機体のチェックをするが各駆動系に致命的なダメージを受け、戦闘には耐えられなさそうだ。
「くっ! まだまだ、ESが潰れたぐらいで、諦めないんだからっ!」
機体と同じ赤いパイロットスーツを着た人物が、機体から降りるのをモニター越しに確認しながら、日野も機体の損害状況を確認する。
零奈と同じく機動性を重視したカスタムを行っていた事もあり、外見上では左腕を失っただけだがフレーム全体の被害は、致命的損害の赤に染まっていた。
日野自身に大きな怪我がなかったのは、パイロットスーツではなくAU−GKを着こんでいた所為だろう。
モニタ越しに見える敵パイロットは、生身の戦闘を御所望らしい。機体を乗り捨て近くの格納庫の中へと消えていく。
「逃がすわけにも行かないからな」
日野はそう呟き、格納庫へと消えた敵を追った。
●ボクがすべき事。
「コレが、重力か」
コックピット内でNebulaは呟いた。
少し息苦しさを感じるが不快ではない。むしろこの感覚は懐かしさを感じさせる。
遠い記憶に残された記憶。
永い時を旅して、他の記憶は薄れてもこの星の記憶だけは色あせなかった。
それほど焦がれた故郷に帰って来たと言う実感がわく。
Nebula自身気付かないうちに、口元には笑みが零れていた。
「‥‥? どうしましたNebula」
Nebulaの様子がどこかおかしい事に気付いたhaloは、不思議そうにNebulaに問う。
「なんでもない‥‥帰って来たのだな」
そう口にするNebulaの瞳から一筋の涙が流れた。
永い時を生き、体をサイボーグ化して生きながらえ、人としての感情すら薄れていた自分に、まだ涙を流す感傷が残っていた事に少し驚く。
「そうか‥‥ボクは‥‥」
Nebulaモニターに移る周辺の戦況を見る。
エミタの後継者と地球圏の防衛部隊が、お互い銃を向け合い命の奪い合いをしていた。
(これが‥‥今の地球の姿か)
今も昔も変わらない‥‥地球人達。バグアと言う外敵が居ればそれと戦い、それが無くなれば今度は地球人同士で争う。
理解できない存在に対して恐怖を覚え、その恐怖を振り払うために憎み、戦って排除する。
――同じ人間なのに。
いや、人間だから。なのだろうか。
既に戦闘命令が下って居るにも関わらず、戦闘行動を取らないNebulaに対し、隊長機が訝しげな声で戦闘開始の命令を繰り返す。
それを無視して、Nebulaはhaloが操る『Moros』に対して限定した通信を投げた。
「halo。聞こえる?」
「ええ、聞こえています」
いつもと少し口調が変わったようにも思うが、それに対しhaloはいつもと変わらない調子で応える。
「ゴメン、ボク地球人なんだやっぱりさ」
「どういう意味ですNebula?」
「同じ人間同士での戦いを止めたい。と思うんだ」
「どうやって? 既に戦闘は始まっています。そして戦争を仕掛けたのは僕達です。地球側の兵士たちを止める事はもちろん、後継者側の兵士達も止められないでしょう」
淡々と事実だけを述べるhalo。
通信機越しに聞こえるhaloの言葉に、見えないと分かっていてもNebulaはコックピット内で一人頷く。
「まず、この戦場を終わらせよう」
Nebulaがそう言うと、haloは目を閉じてNebulaの次の言葉を待つ。
この戦場を終わらせるための方策を。
無茶な事を言っている自分の話を、haloが黙って聞いてくれている事がNebulaは素直にうれしかった。永い時をhaloが共に歩んでくれて、本当に良かったと思う。
つい先ほどまでは、嬉しい。と言う感情すら分からなくなっていた自分に苦笑すらする。
そして、Nebulaは通信機に向かって――
――この戦場にある全ての兵器を黙らせる。
少しの間。
ほんの少しの間があって、通信機の向こうから「そうですか」と言うhaloの声が聞こえた。
「それがあなたの答えなら良いのではないですか? ただし、エレメントの解散は拒否しますよ」
変わらない口調で、通信機の向こうのhaloはそう応える。
つまり――Nebulaと共に、両陣営を敵に回すと言っているのだ。そんなhaloにNebulaは心の中で感謝の言葉を告げておく。本当に良いのか? 等と問いかけるのはhaloに失礼だと思ったからだ。
だから、二人は先程から絶え間なく戦闘開始指示を出している隊長機にこう告げた。
――Nebula9347戦闘を開始する。
――halo0925、Nebula9347の支援行動を開始します。
この戦場に終りを告げる為に。
●加速する混沌
「市街地の友軍とは連絡はつくか?」
「通信が乱れている様で、市街地の友軍との通信が出来ません」
クラークが問うと、オペレーターの石枡 安奈(gz0395) が応える。
「可能なら増援を送ってやりたいが‥‥」
他の戦闘区域の情報が見えない以上、こちらを手薄にする事は危険だ。
一つの艦を預かる以上、必要以上のリスクをクルーに背負わせる訳にはいかない。
状況を鑑みるに、ネットワーク施設に何かがあったと考える方が妥当だろう。
市街地に要救助者を探しに向かったショータの事が気にかかるが、この艦を沈めるわけにはいかない。
「侵略者たちに好きなようにやらせるなっ! この地球を渡す訳にはいかないっ」
クラークは敢えて『侵略者』という言葉を使う。
クルーの中にも相手が、かつて追放された能力者達の子孫である事を知り、戦いに戸惑う者が居るからだ。
還って来た者達と追放した者たち。一体どちらに正義があるのか。
「市街地との通信をなんとしてでも拾え! 『ナゴヤ』を通信の中継艦として使うぞ!」
そんな考えを振り払う様に、クラークは艦橋内で指示を飛ばす。
今は、この戦場を切り抜ける事が先決だ。
(戸惑いを部下に見せる訳にもいかないしな。)
「了解!」
他の艦とのネットワークを繋ぎ、少しでも情報の共有を図る『ナゴヤ』に気付いた敵機動兵器がまるで虫の様に群がってくる。
「ファランクスで弾幕を張れ。相手を近づけるな!」
次から次へと降ってくる敵の機動兵器に向かって弾幕を張って凌ぐ。
今のところ味方GKの防衛網を超えて攻撃を仕掛けてくる敵機動兵器は居ないが、それでもいつエミタの後継者たちの牙がこの艦に届くかは分からない。
「艦長! 『エルドラド』がっ!」
石枡の悲痛な叫びに、右舷に視線をやると爆発を伴い海へと轟沈する『エルドラド』の姿が見えた。
その光景にクラークは息をのむ。
そして正面に視線を戻した時――
――敵機動兵器の銃口が『ナゴヤ』の艦橋に向けられていた。
艦橋に居た全てのクルーの顔に絶望の表情が浮かぶ。
(ちくしょう)
クラークが最後になるであろう言葉は、そんなありきたりな言葉だった。
瞬間艦橋を爆光が包む。
‥‥‥‥‥‥あ、あれ?
それは、だれが呟いた言葉だっただろうか。
艦橋に銃口を向けていた敵機動兵器は、いつの間にか居なくなっていた。クラークは慌てて窓に貼り付いて周辺を確認する。
そして二機のGKが周辺の敵機動兵器を手当たり次第撃墜していた。
「いや‥‥、GKじゃ‥‥ない?」
GKとは設計思想が根本から違う。なにより識別信号がGKでは無い。
「仲間割れか?」
「違いますっ! 『エルドラド』を沈めたのもあの二機です」
「なんだと?」
オペレーターの回答に、視線を敵機動兵器の二体へと戻す。
――本当に‥‥一体何のつもりだ。
苦虫を噛んだ様に表情を曇らせ、オペレーターへと指示を出す。
「艦に戻れる隊に帰還するように指示しろ」
「し、しかし通信が届くか分かりません」
「届く範囲だけでいいっ! あの2機の所為でこの戦場がどうなるかわからん。急げっ!」
「は、はいっ!」
――これ以上の混乱をこの戦場に持ち込むつもりか。
そう呟き、戦場を駆ける二機の敵機動兵器を睨みつけた――
――混戦する空。
火線が夜の闇を引き裂き、運悪くそれに触れた者は敵も味方も関係なく空に大きな華を咲かせる。
「この飛び方、どこかで‥‥KV? それにしては挙動が重いが‥‥」
けたたましく戦況が変化する空中戦。自らの体にのしかかるGを感じながら毅は呟く。
記憶にある動きには及ばないが、回避パターンに見覚えがあった。
見覚えがあるからこそ、おおよその着弾予測点が把握できる。
「‥‥間違いない、能力者の戦い方だ、だったら‥‥」
自分の得意分野だ。幾度となくこんな戦い方をしてきた自負が毅にはある。
「港湾地区の敵機を排除する、ホーク2−1から2−4、降下し敵部隊を迎撃、他はこのまま迎撃戦闘を継続」
部下に指示を出しながら、接近してきた敵機動兵器をプラズマナックルで殴り付け、至近距離でビームガンポッドをぶち込む。
同時に毅が緊急離脱すると敵機は空に大きな花火を咲かせた。
「能力者の戦いだったら、僕も年季が入っているんでね」
花火を背にしながらそう呟き、不敵な笑みを浮かべた瞬間、狙ったかのように通信が入る。
「何? 『ナゴヤ』の護衛に付け? クラークの子孫の艦か‥‥」
かつての戦友の血と名を継いだ、どこか戦友の面影が残る艦長の顔が思い浮かぶ。クラークの名を継いだあの男は、保身のために軍を動かす様な男ではない。
少し考えた後、部下のGKに通信を飛ばす。
「‥‥了解。自分がいく、ホーク、スコッドついてこい」
そう命令すると部下の返答を待たず、毅は『ナゴヤ』へとGKを向かわせたのだった。
●青年とその想い。
ショータは銃弾が飛び交う戦場を、息を切らせながら歩いていた。
GKは捨ててきた。あの後――動きが鈍くなった所を敵機動兵器に襲われた為だ。
その敵機動兵器と相打ちにまで持ち込んだが、機体は完全に機能停止し、その場に捨てるしかなかったのだ。
そんなショータは背中に傷を負った男を背負っていた。それはつい先ほどまで、ショータと戦っていたエミタの後継者側の兵士だった。
背負われた男は意識が朦朧としているらしく、時折地球人に対して恨み事めいた声を上げるばかりだ。
「どう‥‥して、地球人が‥‥俺を助ける?」
混濁した意識の中、男はショータに問いかける。
「ここで殺し‥‥ておか、ないと後悔する、ぞ」
「怪我をした人を目の前にして‥‥ほっておく事なんて出来ないですよ」
ショータ自身も無傷では無いが、男の問いに強がった笑みを浮かべ応える。それは、ショータの素直な想いだった。
「ボクは‥‥皆で仲良く暮らしたいんです」
「甘い‥‥な」
男はそう吐き捨てながらも、どこか納得した様に笑う。
「死なせはしません。絶対に」
「そん、な‥‥事ばかりしていると、自分の命を失う‥‥ぞ?」
「あなたを死なせませんし、ボクも死にません」
自分自身も息も絶え絶えになっているにも関わらず、ショータは男に断言する。そんなショータに男は「物好きなやつだ」と言った。
「物好きですよ。だから黙って助けられてください。それに打算的なところもあるんですから」
「どういう、事だ?」
――興味があるんですよ。宇宙に出た人間がどう進化したのか
悪戯っぽく言うショータに、男は一瞬驚いた様な表情を見せ「好きにしろ」と声を上げて笑った。
●重なる想い――そして願い。
――動くなよ?
日野は零奈に銃を突き付けたままそう告げた。
暗い格納庫の中、天窓から差し込む月の光がお互いの必死の形相を照らし出す。
「投降しろ。勝負はついた」
しかし拳を構えたままの零奈の瞳は、それを拒否しているのが見てとれる。
「どうして、そこまでやる。死にたいのか?」
「お前達に分かるもんかっ!」
冷たい銃口を向けられながらも、噛みつく様な勢いで叫ぶ零奈。
「お前達に暗い宇宙を旅する者の気持ちが分かるかっ! 暗い宇宙に放り出されたご先祖様たちの気持ちが分かるかっ! ぬくぬくとこの美しい星で生きるお前達に分かってたまるかっ!」
「こちらだって、攻撃を仕掛けられたら反撃するしかないだろうっ! どうしてもう少し違う接触を試みなかった!」
「追放した側の人間が良く言う!」
「動くな! 本当に撃たないといけなくなる!」
「撃てばいいじゃない! あたしは敵だ! お前の敵だ! 戦えっ!」
そう叫び、日野に向かって走り出す零奈に、それでも日野は銃の引鉄を引けなかった。
舌打ちをしながら、零奈の拳を避け距離を取る。
その時、零奈の背後の壁が耳を劈く様な爆発と共に崩れた。
「危ないっ!」
日野はそう叫ぶと、咄嗟に駆け出していた。
崩れ落ちる壁が零奈に降り注ぐが、日野が身を呈して崩れ落ちる壁から彼女を護る。
「どう‥‥して?」
日野に押し倒されるようにして、地面に背を付けた零奈は日野を見上げながら呟く。破壊された壁からのぞく夜空には、今も火線と爆発の光が瞬くように光を散らす。
どうやら、流れ弾が格納庫の壁を破壊したらしい。
「どうして‥‥だろうな」
体の下で日野を見上げる零奈の瞳に、どこか恥ずかしくなって立ち上がり、破壊された壁から空の戦況をみる。
瞬間、日野の顔に驚きの表情が浮かんだ。
「なんだ‥‥あれは?」
呟く様な日野の言葉に、零奈も立ち上がって横に並んで空を見あげた。
二人の視線の先には――敵味方関係なく攻撃を仕掛ける二機の機動兵器。
「なに‥‥あれ?」
「お前たちの機体じゃないのか!?」
「た、多分そうだけど‥‥どうして味方も‥‥」
「あんなのがお前たちの正義だと言うのかっ!」
「違うっ! あたしたちはこの星に戻ってきたかっただけっ!」
「‥‥っ!」
零奈の言葉を最後まで聞かず、走り出す日野に零奈が叫ぶように声をかける。
「何を‥‥っ」
「あいつらを止める。この戦場をこれ以上混乱させられてたまるか!」
ここはGK開発区だ。一機くらいは動くGKもあるだろう。
日野はそれを探して、あの戦闘空域へ向かうつもりだった。
「待って!」
「まだやるってのか!?」
「違う! あたしも連れて行って!」
その言葉の意を見抜こうと日野は、射抜く様に零奈を見つめた。
そして、しばらくして「ついてこい」とだけ口にして零奈に背を向けて走り出す。
走り出した日野の背中を追いかけながら、零奈はぽつりと呟いた。
――あんなの、ご先祖様が望んだ事じゃない。
●混沌の戦場
「何が‥‥起こっている?」
通信ネットワーク施設を制圧した後、地球側の通信の妨害を行っていたリックは、自軍の通信を拾い驚きの声を上げる。
二機のESが裏切り、手当たり次第に味方を攻撃し始めたと言うのだ。
いや、正確には敵、味方問わず仕掛けているらしい。
「何を考えている‥‥」
裏切ったと言う二機のパイロットの考えが読めず、リックは呟く。
その意図を知りたかったが、今からその二機が居る戦場に向かっても、到着した頃には全て終わっているだろう。
(ならば、俺は俺でやれる事をやるだけか)
少し心残りだが、自分のそんな感情は瑣末な事だ。
そう割り切って、リックはまだささやかな抵抗を行っているネットワーク施設の防衛隊の制圧に向かった――
(‥‥こいつら)
敵の攻撃をかいくぐりながら毅は心の中で呟いた。
二機の敵機動兵器‥‥ESとか言っただろうか。
目の前の二機は、他の連中よりも遥かに重力下の戦闘に慣れているようだった。
まるで、かつてこの地球で戦っていたかのように華麗に空を舞い、ES、GK問わず撃墜していく。
「気をつけろ! ヤツらの連携を崩せ!」
部下に命令を飛ばすが、敵味方関係なく攻撃を仕掛ける為、実に動きが読みづらい。
恐らくあの二機の動きに辛うじて付いていけているのは、部隊の中では毅だけだろう。
ただ、二機の動きに感じる違和感。
「‥‥何が目的だ」
毅がぽつりと呟いた時、回線に割りこんでくる通信があった。
――戦闘を停止してくれれば攻撃しません。そうすれば対話の時間ぐらい作れるでしょう。
淡々とした声で告げられたその言葉は、あの二機のESのパイロットの片割れか。
たった二機でいつまでも、戦況を支配し続ける事が出来るとでも思っているのだろうか。と毅は一人ごちる。
そして、また別の声が通信に割りこんでくる。
――我らは、双方に就く意志はない。敵はただ一つ。憎しみという名の鎖。
恐らくこの言葉は、広域通信でこの戦場に居る全ての人間に届いているのだろう。
一機のGKが戦場に混乱をもたらしている二機に迫るが、一瞬のうちに分断されて海へと落ちて行く。
GKの装甲の隙間を狙った鋭い動きだ。
しかしその二機のESに風を切って迫る一機のGKがあった――
「これ以上好き勝手させてたまるかっ!」
セマイコックピットの中で日野は叫びを上げながら、二機のESに向かって飛翔する。
格納庫から持ち出してきた機体の名称はGK‐27。
それが、まだ正式運用が開始されていない細身のGKの名前だった。ただ、高機動型と言うだけでなく、各種兵装を交換する事であらゆる戦況に対応できる、汎用性を重視した機体だ。
しかし――
「なんだっ! この暴れ馬はっ!」
「あなたが選んだんでしょっ!」
その機体を駆り狭いコックピットの中で叫ぶ日野の傍らで、しがみつくようにして文句をぶつける零奈。
GK‐27はまるでパイロットの事を考えていない設計だったのだ。
各種兵装を交換する事で、あらゆる戦況に対応できる。と言えば聞こえはいいが、各種兵装に対応するためにあらゆる面で無茶をしていた。
特に対G機能が極端に低く、高機動型に慣れた日野と零奈ですら吐き気を覚える程である。
「っ!? 左! 来るわよっ!」
「わ、分かってるっ!!」
お互い喚くように言い合いながら、敵ESのガトリングガンから放たれる銃撃を、曲芸の様な機動で回避する。
その隙を狙って、ツインブレードを装備したESがGK‐27へと斬りかかってくる。
辛うじて内臓されていた高周波ブレードでそれを受けるが、大きく弾かれ体勢を崩された。
「くっ!?」
――邪魔をするのならば排除する。
敵ESからの通信。
「ふざけるなっ! お前たちがどれだけ戦場を混乱させているのか分かっているのかっ!」
「私たちはこんなの望んでない! あなた達は間違っている!」
二人の訴えに、相手は少し黙り‥‥それから言った。
――ならば、この戦争を止めてみろ。
その宣言と共に二機のESはGK‐27へと攻撃を再開する。
二対一の戦闘は流石に不利だ。日野は舌打ちを一つ打ち、二機の攻撃の回避に専念しようと、スラスターを全開しようとしたその時――
――よく気を引いてくれた。
そんな通信がGK‐27へと届いた。
同時に、後衛のESのスラスターが大きな爆発を起こす。スラスターを破壊され推力を失った青と白のカラーリングの機体は海へと落ちていく。
GK‐27の目の前の機体が、ほんの一瞬相棒が海に落ちていくその光景に気を取られた。
お前の相手はっ――
――あたし達だっ!
コックピットの中で二人が叫ぶと同時に、高周波ブレードでESを薙ぐ。
高周波ブレードは防御の為に突き出した右腕部を、ツインブレードと共に切り落とし、ESの胸部装甲を火花を散らしながら切り裂いていく。
そして、この戦場に混乱をもたらしたESは、相棒を追う様に落ちて行った。
――よくやったな。そちらの所属は?
呆然としていた日野と零奈に先程、援護してきた毅の機体から通信が入る。
その言葉に、二人は顔を見合わせて苦笑した。
まさか、この機体に敵と味方が乗っているとは思わないだろうから――
●これから――
静かな浜辺に二人は立って、空を見上げていた。
「これからどうするつもりです?」
そう問う少年に対し、地球の空気を胸一杯に吸ってから応える。
「haloは?」
「別に」
「んじゃ、ボクのしたいことに付き合って」
haloと呼ばれた少年は「したいこと?」と聞き返す。
それに頷き、聞き返された少年は口を開く。
――この戦争を終わらせるんだ。
もっと、別の方法で終わらせる方法を考えていこう。
未だ終わる気配のない戦場の空を見上げながらNebulaはそう誓った。
これからの――地球の為に。
●黄金色に輝く麦穂の中で。
避難勧告が出ているのは知っていた。
知ってはいたが、この家を離れる気は起きなかった。
電気を消した暗い部屋の中で、安楽椅子にすわった老人は、グラスに入った琥珀色の液体を月の光に翳してから一気にあおる。
熱い液体が喉を通り腑に落ちると、その後にはどこか物悲しい感情が胸を突く。
それを慰めるかのように、年老いた犬が老人の座る安楽椅子の傍に来て、横たわる。
その頭を撫で、再びグラスにウイスキーを注ぐと、氷が割れる乾いた音が室内に響いた。
少しずつ近づいてくる爆発音に、戦場がこの家まで巻き込むまで、そう時間
も掛かるまい。
「逃げてもよいのだぞ?」
老犬にそう告げるが、彼はうるさそうに頭を少し持ち上げると、再び頭を下げて目を閉じた。
それを見て老人は、大海を思わせる様な思慮深い瞳を細めて苦笑し、老犬と同じように目を閉じる。程良く回ったアルコールが、快い眠気を誘った。
夢現に老人は、過去の事を思い出す。
自分の反対を押し切ってまで月へと行った息子。
その息子の覚悟に、反対しながらも内心誇らしかった自分を思い出す。
そんな思い出にぼんやりと笑みを浮かべた。
――明日、息子のいる月面に手紙を出そうか。
遠くから何かが飛来する様な音を、どこか夢の中の出来事の様に耳にしながら、ぽつりと老人は呟く。
しかし、そう呟いた老人の手紙はもう届く事は無い。
それが――戦争なのである。