タイトル:墜落からの生還マスター:緋村豪

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/24 02:05

●オープニング本文


「メイデイ、メイデイ! こちらカーゴ117! キメラの襲撃を受けている! 至急応援をよこしてくれ!」
 操縦桿を握っている男が、インカムに怒鳴りつける。その目は計器の数字を読みとるのと外の様子を確かめるために、めまぐるしく動き回っている。
「メイデイ! 聞こえてないのか! クソッタレ!」
「やっぱり、さっきの衝撃で壊れたんじゃ」
「整備したのはミックの野郎だったか!? 基地に帰ったらぶん殴ってやる! いい加減な整備しやがって」
 男はヘッドセットをかなぐり捨てて前方をにらみつける。
 帰投先の基地は、まだ遙か彼方だ。
 眼下を広大な緑の絨毯が飛ぶように流れていく。本来ならもっと高いところを飛行していたのだが、今ではこれが精一杯だった。
 簡単な任務のはずだった。一仕事を終えた能力者たちを乗せて、高速移動艇の待つ基地へ輸送するだけの。それが蓋を開けてみれば、ヘルメットワームに追い回されるわ、振り切るために高度を下げてみれば雲霞のようなキメラにたかられるわ。
 機体も酷い状態だった。尾翼はとっくに機能を停止しており、主翼は被弾でいくつも穴が空き、2つあるエンジンの片方は完全に沈黙している。残ったエンジンでどうにか飛んではいるが、無茶な機動をくり返したおかげでいつ火を噴いてもおかしくなかった。
「軍曹! もう機体が保ちませんよ!」
「ええいクソ! ここで降りるしかねーな」
「降りるって、そんな無茶な」
「機体が空中分解して空に放り出されるよりマシだ! エンジンカットオフ、残りの燃料は全部捨てろ!」
「り、了解!」
「後ろの乗客にも言っとけ! ちょっとばかり荒っぽいタッチダウンになるってな!」

 気がつくと、あたりはすっかり暗くなっていた。
 いや、暗いなんてものではなく、一切の光がない状態だ。目を開いているのに、閉じているのかと思えるほどだ。
 パニックを起こす前に、自分の体の状態を確かめる。
 シートにベルトでしっかり固定されている。装備も失っていないらしく、気を失う前の状態のままだった。
「気がつかれましたか」
 声とともに、ぼんやりとした明かりが灯る。ほんのかすかに見える程度。ペンライトか何かを布で包んで明るくなりすぎないようにしているらしい。声をかけてきたのは、パイロットの1人だった。
「申し訳ありません。本当ならとっくに基地に着いている予定だったのですが」
 その言葉にゆっくりとうなずく。事情はわかっている。誰かを責めるつもりはない。
「あの後、着陸には成功しました。機体が爆発するようなことはないので、その辺は心配しないでください。ただ」
 とりあえず、体を固定していたベルトを外した。こわばっていた体の筋をゆっくりともみほぐしていく。
「無線機が完全に壊れてしまっているようで、基地と連絡を取る方法がないんです。従って救援を呼ぶこともできません」
 今現在の場所がどこかはわからないが、個人で携帯できるような無線機では出力が弱すぎて基地まで届かないのだろう。
「ですから、このままここで待っているというわけにはいかないんです。力を貸してもらえませんか」
 状況が状況だけに、断るという選択肢は存在しなかった。生きて帰りたければ、嫌でも協力しなければならないのだから。

●参加者一覧

鳳 湊(ga0109
20歳・♀・SN
赤霧・連(ga0668
21歳・♀・SN
木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
シリウス・ガーランド(ga5113
24歳・♂・HD
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
鐘依 透(ga6282
22歳・♂・PN
煉威(ga7589
20歳・♂・SN
アルクトゥルス(ga8218
26歳・♀・DF

●リプレイ本文

「どうですか、軍曹さんたちの怪我の様子は」
 貨物室に入ってきた木場純平(ga3277)は、両手に様々な荷物を抱えていた。機外へ持ち出すものを選別するのだ。
「よくないね。とりあえず圧迫止血の処置だけはしたけど、これで保つかどうか」
 アルクトゥルス(ga8218)がため息混じりに答えをよこした。
「体の中に異物が残ってるってことはなさそうだけど、こんな状況でできるのは応急にもならないような手当だけだよ。後は、内臓や重要な血管がやられてないのを祈るくらいしか」
「そうですか。そちらはどうかな」
 丁度処置が終わったところらしい。鐘依透(ga6282)が手を止めて振り向いた。
「骨折しているところは固定しましたけど、移動するのはかなりつらいでしょうね。誰かが介助しないと」
「なるほど。そのあたりはまた皆で相談しないといけないな」
 床に広げたシートに寝かされていた軍曹が目を覚ましたようだった。医療用品のつまったコンテナを引っかき回していたアルクトゥルスが、手短に状況を伝える。
「そうか。あんたらが無事でよかった。俺たちは換えがきくが、能力者だとそうはいかんからな」
 身を起こそうとするのを、アルクトゥルスがあわてて押しとどめる。
「あんたらに迷惑をかけるわけにはいかねぇ。オレたちはここに置いていってくれ。基地に帰れたら、迎えをよこしてくれりゃいい」
「そんなこと言わないでください」
 赤霧連(ga0668)と鳳湊(ga0109)が入ってきた。先ほどの木場と同じように、両手いっぱいに様々なものを抱えている。
「私たちに怪我1つなかったのは、軍曹さんたちのおかげなんですから。今度は私たちの番ですよ」
 能力者たちが一斉にうなずく。その状況に戸惑うのはむしろ2人のほうだった。
「しかし」
「怪我人は黙って我らに従っておればよい」
 シリウス・ガーランド(ga5113)が首だけをのぞかせる。
「ともかく、準備ができ次第、ここを離れるべきだ。ヘルメットワームやキメラどもが、いつやってくるともしれないのだからな」

 翌日。
 赤霧は怪我人を連れた本隊に先行して、索敵を行っていた。
 怪我人を連れた状態で戦闘をするのは得策ではない。避けられるならそれに越したことはない。
 それにしても、やりにくい所だった。
 密林とはよく言ったもので、ありとあらゆる植物が絡み合って混沌の様相を呈している。人1人通れるかという隙間があれば、ツタやツルが垂れ下がり、足下にはシダ類が生い茂って地面を覆い隠している。腐った倒木に足をつっこんで転倒しそうになったのも、1度や2度ではなかった。
 そして、空気。無臭というものがどんなものだったかすら忘れてしまいそうになる。木の臭い、土の臭い、水の臭い、泥の臭いに、花のような甘い臭い、そしてそれらが腐敗したような臭い。どこからか排泄物のような臭いまで漂ってくる。
 何よりもつらいのは、湿度と気温だった。まとわりつくような湿気と熱気に、頭がうまく回らなくなってくる。じっとしているだけでも汗がしたたり落ちてくるほどだというのに、高い湿度のせいで乾くことがないからどうにもならない。高い密度の木々に遮られているからか、風らしい風がほとんど吹いてこないのも拍車をかけていた。
 長い髪が汗で顔や首筋に張り付いて非常に不快だった。せめてゴムか何かでまとめておくべきかもしれない。赤霧は、次の休憩時間に使えそうなものが荷物に入ってないか探そうと決めた。
 無線機から、鳳の声が聞こえてきた。赤霧と同じように先行して索敵しているはずだ。
『キメラを発見。本隊進行方向から10時の方向。こちらの存在は気づかれていない』
『迂回はできそうか?』
 本隊に同行している木場が、同じように無線で報告に応える。
『まだ離れているし、できると思う』
『了解。進路変更して迂回する』
『了解』
 こう長い時間、緊張を強いられていると息が詰まりそうになる。せめて音楽があれば気も紛れるのだが。
 今の状況にはどんなBGMが合うだろうかと、赤霧は無意識に考えていた。

 夜になっても、森が静かになることはなかった。
 昼は鳥の叫びが時折耳についたが、夜になるとそれに代わって虫の鳴き声がわき上がってくる。虫もそうだが、それ以外の生命活動も活発さを失わないらしく、むしろ騒々しいくらいだと言ってよかった。密林の上部は風に揺られているようで、葉ずれの音も降りてくる。密林の広大さのせいか、ありとあらゆる音が混じり合って、遠くから響いてくる轟音のようなものも聞こえていた。
「もうすぐできますからね〜。もうちょっと待っててくださいねっ」
 シエラ・フルフレンド(ga5622)が、火にかけた鍋の中身をかき混ぜる。そのたびに、こわばった神経を解きほぐすような香りが立ち上る。
「うーん、腹減っちまったぜ」
 煉威(ga7589)が、周りに用意されていたパンを一欠片つまんで口の中に放り込む。
「あっ、つまみ食いはダメですよーっ」
「んなこと言ったって、すげェ良い臭いしてんだぜ? これで食うなってのは、ある意味ゴーモンだぜ」
「そー言われると嬉しいですけどぉ。って、ああっ! だからダメですってばーっ」
 少し離れた位置に担架が置かれ、その上に軍曹が寝かされていた。近くの木の枝には輸液のパックがぶら下げられて、細い管が腕につなげられている。
「軍曹、調子はどうですか」
 テントを張り終えた木場が、気遣うように声をかける。
「まるでピクニックだな」
「若い人が多いですからね。それに深刻ぶっても事態が好転するわけではありませんし」
「良いさ。シメっぽくなるよりはな」
「食欲はありますか」
「土手っ腹に穴空いてるからな。食ったしりからこぼれっちまいそうだ」
 口の減らない軍曹に苦笑を浮かべながら、木場はアルクトゥルスに目を向ける。副操縦士の様子を見ていたアルクトゥルスは、木場と同じようにややあきれ顔だ。
「まだ出血は続いてるから、楽観はできないよ。それがホントの出血なのか、腹に溜まってた血が出てきてるだけなのかは判別できないけど。口から血を吐くってことはないみたいだから、消化器系に傷はないみたい。食欲さえあるのなら食事はできると思う。でも、ここまで元気だとホントに物が貫通してったのか疑いたくなるよ。腹と背中に傷が付いただけじゃないのかって」
「カラ元気じゃなければ良いんですけどね。副操縦士さんの方は?」
「熱が出てきてるみたいだ。こんな環境じゃ冷やしてやることもできないし。明日の行軍、歩かせるのは難しいかもしれない」
「そうですか。なら、交代で背負って行くしかないですね」
 夜になって多少気温は下がったとはいえ、過ごしやすいとはとても言えない。これからますます体力が落ちていく彼らにとっては、つらい状況が続くだろう。考えたくはないが、最悪の事態が訪れることも覚悟しておいた方が良いのかもしれない。

 密林中の行軍も2日が過ぎて3日目になると、能力者たちにも次第に疲れが目立ち始めていた。
 その頃には軍曹の意識が覚醒するのも間遠になり、症状の悪化は素人目に見ても明らかだった。適切な処置を行えない歯がゆさと、進行距離を稼げないもどかしさに焦りが出てきている。
 距離を稼げない理由に、キメラとの遭遇率の高さがあった。初日こそ大半を迂回してやり過ごせていたが、3日目の今日になると気づかれてしまうことが多くなっていた。強さそのものはそれほど問題になるものでもなかったが、環境と足場の悪さが能力者たちに小さなミスを誘発させる。それが余計に焦りといらだちを募らせ、またミスを生み出していく悪循環に陥っていた。
「くっそ、またかよッ」
 昼の休憩中、煉威はシューズを脱いで罵り声を上げた。まるまると太ったヒルが数匹、その足にへばりついていたのだ。どんなに注意深く密閉していても、気がつくと噛みつかれている。痛みこそないが、得体の知れない病原菌を媒介しないとも限らない。それ以前に、ただ単純に血を吸われるのが気にくわない。
「誰かナイフ貸してくれよ」
「構わんが、無理に剥がすのは良くないぞ」
 シリウスはベルトからアーミーナイフを引き抜き、柄を向けて差し出す。
「歯が皮膚ン中残って化膿するってんだろ? わかってるよ」
 ナイフを受け取った煉威は、シエラが料理している簡易コンロの火に刃を差し込んだ。熱した鋼をヒルに押し当てて、熱で焼き殺すのだ。実際には歯が残るのではなく、噛みつかれてできた傷口が広がったり、ヒルがちぎれて病原菌がまき散らされてしまうからなのだが。
 木場はその様子を見ていて、1人胸をなで下ろしていた。
 いらだちや焦りのせいで、皆の間に不和が生じるのを恐れていたのだ。
 実際の所、ヘルメットワームやキメラよりも、隊内不和のほうがよほど恐ろしい。敵と遭遇した場合には選択肢がいくつか存在するが、不和が発生すると選択肢すら存在しない場合があり得るのだ。それだけはなんとしても回避すべきだった。
 その点に関しては、杞憂で済みそうだった。
「それにしても、キメラに気づかれる確率が高いですね。もう少し避けて行ければいいんですけど」
 シエラから渡された紅茶をすすりながら、鐘依が問題を提起する。
 そのことは他の皆も感じていたことらしく、一様にうなずいている。
「うーん、わかんねェけど。ひょっとしたら臭いのせいかもなッ。ほら、ここしばらく風呂とかシャワーとか入れてねェしよ」
 煉威の指摘に、女性陣がギクリとした表情を浮かべた。鳳はその意見を冷静に吟味しているようだが、赤霧やシエラはあわてて自分の服に鼻をつけて臭いを確かめている。アルクトゥルスは聞こえないふりを決め込むようだ。
「も、もうっ、レンイさん! 変なこと言わないでくださいよーっ」
「いや、的を射た意見だと我も思う」
 顔を真っ赤にしたシエラが抗議の声をあげるが、シリウスはあくまでも冷静に同意を示す。
「動物をベースに作り出されているのだから、嗅覚が強化されていることもあろう」
 事実、密林を移動するようになってから汗が引いたことなど一度もないのだ。そんな状況がもうすでに3日も続いている。袖口や襟元、無意識に汗をぬぐう袖などは汚れが目立つところも多い。額や首筋に垢が浮かんでいる者も少なくなかった。
「キメラのことももちろんそうですが、こうも汗が流せないのでは我々の気も滅入ってきますね。スコールでも来てくれれば少しはマシになるのでしょうけど」
「しかし軍曹さんたちを雨にさらすのは危険だよ」
「そうですね。それが問題です」
 1つの問題が、他の様々な問題へと影響を及ぼしていく。物事が単純に済まないことも、疲労や焦りの原因になっていた。

 4日目。
 誰ひとり口を開く者はなく、黙々と足を運んでいる。輸送機から持ち出した荷物も少なくなっているはずなのだが、肩にきつく食い込んでいるように感じられる。担架や副操縦士を背負っている者は、さらにその重さがのしかかる。時間毎に交代しているとはいえ、足はどんどん重くなっていった。
 昨日の夕方、スコールに遭遇した。滝の中につっこんだかと思えるような驟雨だった。木々の枝葉では雨を遮る役目を果たせず、大きな雨粒が地面まで直接降りかかっていた。一行が雨にさらされていた時間そのものはそれほど長くなかったが、河の上流はそうではなかったらしい。雨水を大量に飲み込んだ河はあっさり決壊して、その幅を大きくふくらませた。おかげで、一行は河沿いを進んでいたルートを大幅に変更せざるを得なかった。
 こんな状況でキメラに遭遇するのは非常に危険だったが、結局この日は遭遇することはなかった。川幅増大の影響だろうか。キメラと言えど自然には敵わないらしい。

 5日目。
 一行の疲労はピークに達していた。
 ぬかるんだ泥にすら足を取られそうになる。
 昨日に引き続き、誰も口を開こうとはしなかった。疲れていたからだけではない。口を開いてしまえば、言いたくもない、考えたくもない言葉が漏れてきそうだったのだ。
 果たして基地までたどり着けるのだろうか、と。
 軍曹が意識を取り戻すことはほとんど無くなっていた。かろうじて生きてはいるが、それもいつまで保つかと言うところだ。腹部からの出血は止まっていたが、傷がふさがったからなのか、それとも出るものがなくなったからなのか。輸送機から持ち出した輸液ももう残り少なくなり、それがなくなれば生理食塩水でも押し込むしかない状態だ。
 副操縦士の方も、あまり変わらない。発熱は多少収まっていたが、それでもまだ自力で歩けるようにはなっていなかった。
 能力者たちの方も似たようなもので、酷い有様だった。体を支えていたのは、もはや気力のみだ。
 そんな状況で、違和感に気づけたのは幸運としか言いようがなかった。
 最初に気づいたのは鐘依だった。
 音が聞こえた。今まで耳に入っていた音とは、異質の音だった。それがどこから聞こえてくるのか、最初はわからなかった。首から提げていた無線機からだと気づくまでに、10秒近くの時間を要してしまった。
――ちら、第137前線基地司令部。カーゴ117、聞こえているか。聞こえていたら応答してくれ。
 電波が弱いのか雑音がひどくて聞き取りづらい音ではあったが、どうにか聞き分けることができた。
 鐘依は信じられないものを見るような目を手にした無線機に注ぐ。
 思わず立ち止まっていた鐘依を不審に思ったのか、全員がその足を止めて顔を向ける。
 皆に説明する余裕はなかった。鐘依は勢い込んで無線機に話しかける。
「こちらカーゴ117! 聞こえますか司令部!」
 永遠とも思える空白の時間。
 そして無線機から、はっきりとした応答があった。
『カーゴ117!? 本当にカーゴ117なのか!?』
 皆も状況を理解したのか、鐘依の周りに集まり始める。先行していた木場と鳳にも連絡して呼び寄せた。
「はい、こちらカーゴ117です!」
 無線機の向こう側で歓声が上がるのが聞こえた。この5日間、ずっと無線機に呼びかけ続けていてくれたらしい。
 歓声が上がったのはこちら側も同じだった。疲労一色だった一行の顔に、みるみる生気が戻っていく。
『カーゴ117! 状況を報告せよ!』
「りょ、了解!」

 無線機のやりとりと照明弾の打ち上げで現在位置を特定する。
 1時間もしないうちに全員が輸送ヘリに乗せられて、空へ飛び立つことになった。
「早くシャワーを浴びたいですよ」
 赤霧はずっと気にしていたらしい。
「俺はベッドでゆっくり眠りてェよ」
 煉威が笑顔で応える。
 それから数分もしないうちに、前線基地が見えてきた。
「どうにか、生きて帰ることができたな」
 木場がそう言って、大きく息をつく。
 全員がその実感を、ゆっくりとかみしめていた。