タイトル:灰色の依頼マスター:緋村豪

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/05/18 02:07

●オープニング本文


 最前線から避難してきた人でごった返す街。様々な人々が肩を寄せ合い、こもった空気の中で薄暗い曇り空を見上げる。あちらこちらでいざこざが発生し、治安はお世辞にも良いとは言えず、一歩間違えればスラムと言っても過言ではなかった。
 そんな街の場末の酒場。店内は薄暗く、煙草の煙が埃のように渦巻いている。その狭い店内のさらに隅の方で、人目を避けるようにさえない風体の男がふたり、さえない顔をつきあわせて、安い酒をなめるようにちびちびとやっていた。
「まずい酒だな」
「もっとうまい酒が飲みたいもんすねぇ」
 毎日のように同じぼやきをくり返す。まじめに働く気などさらさらなく、なにかうまい話はないものかと街の裏路地を徘徊する日々。さすがにそれにも嫌気が差してきた。
「やっぱり、アレしかねぇかな」
「アレっすか? でも、命あってのモノダネっすよ」
 ため息を尽きたそうな顔で店内を見回す。その目にテレビの映像が飛び込んできた。
「そうだ、危ない橋はヤツらにまかすってのはどうだ」
「ヤツらって、テレビの?」
 画面には丁度、UPCによる広報番組が流されていた。主な内容は兵士の募集とエミタ適正の検査に参加するように促すものだった。
「ヤツら、その道のプロだろう」
「そりゃそうでしょうけど。そんな頼みを聞いてくれますかねぇ。っつか、それ以前に先立つものが」
「そんなものぁ、終わっちまったらさっさとトンズラこきゃぁいいのよ。だいたいそんなことバカ正直に言うわけねぇだろ」
 突き合わせていた頭をさらに寄せて、ボソボソと話を続ける。時おり忍び笑いが漏れてくるが、そんなふたりに注意を向ける者は誰もいなかった。

 ラストホープ。本部のロビーで、いつものように斡旋される仕事のチェックをしていた。モニターに、いくつもの仕事が表示されては消えていく。どれにしようかと決めあぐねているうち、なんとなくとある依頼に目がとまった。
 避難してきた際に置き去りにしてしまった貴重品を回収したいらしい。
 回収に向かう先は、最前線が押し下げられた時にあおりを食らって避難対象にされた地域で、主戦場になったわけではないので被害らしい被害は出ていなかった。ただし、キメラの出没する頻度が非常に高く、一般人が生活できる場所ではないようだ。当然、軍人でもない人間がおいそれと行き来できるわけでもないので、こういう形で依頼することになったらしい。
 そういえば、ここ最近、裏のマーケットなどではあからさまな盗品の売買がおおぴらに行われているらしいと聞いたことがある。依頼主はそれを心配しているのかもしれない。
 しかし、と思う。そんな危険な地域ならば、それほど心配しなくてもよさそうなものだ。今のところバグアたちの目撃情報はなく、出没するのはキメラのみ。目につくところにあるものなら、キメラの気まぐれで破壊されることもあるだろうが、この依頼で言うようなものなら大丈夫そうだ。キメラの出没率が高いのなら、番犬代わりになっているんじゃないかと思ったりもする。
 なんにせよ、資産を持つというのも大変なものだ。心配事が増えるということとイコールなのだから。
 そう思って次の依頼を表示させようとしたときだった。
「あら、その依頼」
 振り返ると、リネーア・ベリィルンドが肩越しにモニターをのぞき込んでいた。
「なんで表示されているの!?」
 いや、そう言われても。普段通りに操作していたら表示されたのだが。
「それ、多分手違いなんです。周辺の調査がまだ済んでいなくて」
 調査というと、対象地域のことだろうか。
「それも含めてです。依頼人の身元とか。あのあたりはちょっとごたごたしていて、なかなか思うように進まないんです」
 なるほど。
「もしかして、依頼の受諾、してしまったりしました?」
 いや、していないが。
「そうでしたか。もし、してしまっていたのなら、ちょっと面倒なことになりそうでしたから」
 そうか、だったら大丈夫だ。そう言って、会話を打ち切った。つもりだった。
「ええ。この依頼人の方の身元がはっきりすれば問題ないんですけど、もし真っ当な人じゃなかった場合、そのまま依頼を遂行してしまったら大問題ですし。かといって、ぶしつけなことを言ってしまって、もしこの依頼人の方がちゃんとした方だったら、それはそれでまた問題になりますし。UPC、ひいては能力者への評判にも響いてきますし、あんまり思い切ったこともできないんです。かといって調査に時間をかけすぎて依頼が流れてしまいました、とかになっちゃったらそれもまた問題ですしね」
 リネーアが何を言いたいのか、ようやくわかってきた。わざわざそんな面倒事に首をつっこみたくもない。それ以上は相手にしないことにして、端末の操作に戻った。ずっと映りっぱなしだったその依頼を消して、次の依頼を表示させる。
「あーあ、なんとかうまく処理する方法はないのかしら」
 ようやくあきらめたのか、リネーアがカウンターに戻っていく。
 それからしばらく端末を操作していたのだが、その間ずっと背中に視線を感じていたのは言うまでもない。

 モニターには、チンピラという表現がぴったりの男が映し出されていた。どうやらこの男が依頼人らしい。再生ボタンを押すと、静止していた画像が動き出す。男がこちらに向かってぎこちなくしゃべり始めた。
『えぇと。頼みたいのは、ウチの家にある仏像の回収なんす。結構有名な人が作った像で、価値の高いものなんすわ。え、ああ、ウチは寺でしてね。オヤジも大切にしていたものなんで、心配だろうと。できれば俺もついてって、回収させちゃもらえないすかね』
 ヘヘヘ、ともみ手をしたところで映像が止まる。
 リネーアが言っていたことは本当のようだ。備考欄に依頼人の身辺等調査に時間を要すと記入されていた。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
シズマ・オルフール(ga0305
24歳・♂・GP
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
木場・純平(ga3277
36歳・♂・PN
木花咲耶(ga5139
24歳・♀・FT
デル・サル・ロウ(ga7097
26歳・♂・SN
優(ga8480
23歳・♀・DF
まひる(ga9244
24歳・♀・GP

●リプレイ本文

「ふたりそろってご登場たぁ見せつけてくれるねぇ」
 シズマ・オルフール(ga0305)が遅れてやってきたふたりをからかうように口笛を吹く。
「い、いえ、そんなつもりは」
 真っ赤になってうつむく石動小夜子(ga0121)の隣で、新条拓那(ga1294)は苦笑を浮かべて指先で頬をかいた。
「あんたらで最後だ。そろったところで情報交換と行こうか」
「時間も押している。依頼人との合流地点へ向かいながら話そう」
 木場純平(ga3277)の提案を受けて、全員がそろって歩き始める。
 道すがら、本部から持ってきたデータと、この街についてから集めたデータを突き合わせてみたが、かんばしい成果は得られなかった。戦線が近づいてきていることと、それに付随して避難民の流入が混乱に拍車をかけているせいだ。
「結局、これ以上のことは実際に会ってみないとわからないということですか」
 木花咲耶(ga5139)がそう言って嘆息する。
「そういうことのようですね」
 優(ga8480)が同じように肩を落とした。
「来たようだ」
 デル・サル・ロウ(ga7097)が道の先に視線を飛ばす。
 ふたり連れの男がこちらへ向かってくるのが見えた。目の前まで歩いてくると、戸惑ったように全員を見回す。
「えぇと、兄さん方がUPCの?」
「そうだ。アンタが依頼人の?」
「へい」
「そっちは?」
「こいつは弟みたいなモンで。運ぶのを手伝わせるんでさ」
「挨拶は後にして、さっさと移動しよう。急がないと今日中に帰ってこれなくなるぞ」
 一同は用意されていた車両に乗り込む。車での移動は途中までで、バグア勢力圏内に入ってからは徒歩で移動することになっていた。
 車に揺られながら、シズマが軽い調子で依頼人のふたりに質問を向ける。
「よう、その回収する仏像ってのは、どんなもんなんだい」
「どんな、と言われても、説明しづらいっすね」
「大きさとか重さとか」
「そうすね。両手で抱えられるくらいすかね。仏像としちゃありふれた大きさなんじゃないすか」
「曖昧なんだな」
「え、そ、そりゃまぁ、こういうことでもなきゃ大きさなんてあんまり気にしやせんぜ、普通は」
「ふぅん、そんなもんかね。そういやあ、親父さんは元気かい?」
「な、なんでそんなことを?」
「質問してるのはこっちだぜ。まぁ、いいけどよ。その仏像ってのは親父さんのモンなんだろ。依頼するときにそう言ってたよな」
「あ、え、ええ、まぁ」
「で、親父さんは?」
「え、ええと」
「アニキの親父はもうとっくに、ぃぐっ」
 隣に座っていた弟分の男が、脇腹を押さえてうずくまる。
「どうした?」
「さ、さぁ、車にでも酔ったんじゃねぇですか」
「あ、そ。で? 親父さんは?」
「さ、さぁ、最近は会ってねぇもんで」
「ほう、そいつは妙な話だな」
「な、なにがですかい」
「いや、そもそもの依頼が、親父さんが心配しているから仏像を回収しに行くって話だったよな。なのに最近は会ってねぇってのは、妙な話だろ?」
「な、なんですかい! 兄さん方は俺たちを疑うおつもりですかい!」
「まぁまぁ落ち着けよ。俺様はただ話が微妙に違うんじゃないかと不思議に思っただけだぜ。どこから疑うなんて話が出てくるんだ? そもそも何を疑うって言うんだ?」
「そ、それは、その」
 剣呑な空気になりつつある中、車がゆっくりと速度を落としていく。やがて路肩に寄せて停まった。
「な、なんですかい、どうしようってんで」
「何を言ってる。ここからは歩きだよ」
「へ?」
「バグア勢力圏内で車なんか使ったら目立つだろ。行き先の街には人っ子1人いないんだしよ」
「あ、ああ、そりゃ、そうっすね」
 男は肩を大きく上下させてため息をついた。

「どう思う?」
 まひる(ga9244)に差し出されたコーヒーを受け取りながら、デルは意見を求める。
「うーん」
 自分の分のコーヒーをカップに注ぎながら、まひるは悩ましげに息をつく。
 他の者が依頼人を手伝って仏像を梱包する間、外でキメラの警戒をしていたのだが、特に問題はなさそうだった。目的地の寺は大きなものではなく、敷地もそれほど広くなかった。街並みにとけ込むように並んで建っていたが、新興のものではないらしくそれなりに年代は感じさせる造りだ。周囲の家の並びをのぞけば視界も開けていると言ってよく、警戒も比較的楽にこなせそうだった。
「状況証拠だけでも真っ黒だよねぇ」
「だな。しかし、そうかと言って決定的な証拠もない」
「そうなんだよねぇ」
 そう応えて、まひるは熱いコーヒーを口に含む。まひるが思わず苦っとつぶやいたのを、デルは聞こえなかったふりをしてコーヒーに口を付けた。

 結局、勢力圏の境界付近に戻ってきてもキメラが現れることはなかった。
「聞いていた話と違いますね」
「そうですね。キメラの出没率は高いというお話を伺っていたのですけど」
 普段なら、任務が進めやすくなるのだから喜ぶべき場面なのだが、今回に限っては少々歯がゆいことになった。
 陽はすでに山の陰に入り始めており、あたりは薄暗くなってきている。
「気は抜くなよ。こういう時間帯が一番危ないんだ」
「そうですね。昔からオウマガトキと言いますから」
 一行は警戒を緩めることなく歩を進め、停めておいた車が見えるところまで戻ってきた。
 皆が息をつきかけたとき、木場が鋭い声を上げる。
「来たぞ」
 車の陰から、大きな生き物がのそりと姿を現した。四足獣型のキメラだ。歯をむき出しにしてこもったうなり声をあげている。
「今からディナータイムだってか?」
 軽口を叩きながら、シズマが大きな武器をこれ見よがしに抜きはなつ。
「注意してください。他にもいるようですよ」
 木花が言い終わらない内に、先に出てきたキメラに続くように車の陰から、さらに山際の木の陰から、同じようなキメラが複数匹、姿を見せる。
「出やがったなキメラども! ぶった斬られてぇヤツからかかってきやがれ!」
 新条が雄叫びを上げつつ、キメラの群れにつっこんでいく。苦笑を浮かべた石動がその後に続く。
「大げさすぎですよ、新条さん」
 さらにその後に優とまひるが続いて、先のふたりをサポートする。残ったシズマ、木場、木花、デルが、依頼人とその弟分の周りをがっちり固めていた。
「うへぇ。能力者ってのはすげぇモンすねぇ」
 能力者たちの戦いぶりを見て、弟分の男が感嘆の声をあげる。依頼人の男は、苦虫をかみ潰したような顔で周囲を見回していた。
「わかっていると思いますけど、わたくしたちから離れない方が身のためですよ」
「え」
「こう暗いと、人とキメラの見分けがつきにくいからな」
 デルが低い声で言い放ち、構えた銃の引き金を引く。轟音が響くと同時に、こちらへ向かってきていたキメラがもんどり打って倒れた。その先では、能力者たちが人間業とは思えない動きでキメラと戦闘を繰り広げている。
 依頼人の男は、恨めしそうな目で倒れたキメラを見ていた。

「それじゃ、このあたりで降ろしてくだせえ。後は歩いて行きやすんで」
 街の出発点あたりにまで戻ってくると、依頼人の男が疲れた口調でそう言った。弟分の男は座席の上で居心地悪そうにもぞもぞと動いている。
 あたりはすっかり暗くなっており、薄汚れた街灯が道を照らし出していた。
「そんな大きな荷物を抱えてずっと歩いていたのですから、ずいぶんとお疲れになられたでしょう」
「い、いや、そんなこたぁねぇすよ」
「でも、そのお荷物、これからお父様のところへ届けに行かれるのでしょう?」
「へ」
「何を呆けた顔をしている。10年ぶりに会うんだろう」
「えっと、あの、その」
「親父さんの仏像、まさかそのまま持ち逃げしよう、だなんてことは考えてねぇよな」
「う」
「もしもそうだとしたら、ちょっと許せませんね」
 車内の気温がすぅっと下がったような気がした。
 同乗している能力者たちは明確な動きを見せてはいないが、それでも目に見えない威圧感はすさまじい。先ほど、鬼神のような戦いぶりを見せつけていただけに、その効果はてきめんだった。
「い、いや、まさか、そんな」
「そうか。それならいいんだが。しかしあなたはなかなかの孝行者だ。10年間の空白があったとしても、今回のことできっと許してもらえる」
「それじゃ、このままこの車で病院までお送りして差し上げましょう」
「病室まで荷物を運ぶのも手伝ってやるぜ」
 車内の空気がふっとゆるむ。同時に依頼人の緊張の糸も切れてしまったようだ。座席にぐったりともたれ込んだ。

 数日後。ラストホープの本部ロビーで、石動が通りかかったリネーアを呼び止めた。
「あら、石動さん。それに新条さんも」
 ふたりと一緒に、木花と優の姿もあった。
「みなさんおそろいで」
「ええ、さっきそこで偶然」
「それで、どうしたんです? 新しい仕事を? それだったらさっき入ってきたのが」
「いえ、こないだの依頼の件で。依頼人の身辺調査費を請求しなきゃと思って。当然、別任務になるわけですし」
「え、えーとぉ」
「最近、神社の方の雨漏りがひどくて。そうでなくても何かと入り用ですし」
「それは大変ですね、石堂様。そういえばわたくしの神社でも、修繕しなくてはいけないところが」
「お互い、大変ですね」
 ふたりでため息をついてみせる。その隣では新条が苦笑を浮かべ、優は表情を表に出さずにそのやりとりを眺めている。
「え、えーと。あ、そうそう! その件の依頼人のことで、新しい話が入ってきてるんですよ」
 ぱん、と胸の前で手を叩くリネーア。
「その依頼人の方、支払い能力がなかったみたいで、どうしようかと今ちょっともめてるんです」
「あらま。それじゃあやっぱり」
「ええ。所有者の方とは無関係だったみたい。結果的には持ち主のところに届いたからよかったのだけど」
「依頼人の男は今どうなってるの?」
「UPCで拘束しているわ。おそらくだけど、兵士として徴用して、そのお給金から天引きして依頼料を払ってもらうことになりそうよ」
「それはそれは」
「災難と言うべきか、自業自得と言うべきか」
 5人の間に笑いが漏れる。
「それじゃ、私はこれで失礼するわね。はー、忙しい忙しい」
 残された4人で雑談を再開しかけて、はたと気づく。
 逃げるように立ち去るリネーアに、石動と木花は大きな声を張り上げた。
「リネーアさん! まだお話は終わってませんよ!」