タイトル:怪異の降る町マスター:緋村豪

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/28 00:12

●オープニング本文


 リネーア・ベリィルンドに連れられてやってきたのは、未来科学研究所の片隅にある別棟の小さな研究室だった。研究所の中ではかなり奥まったところにあり、言い換えれば『へんぴ』なところだった。受付から入って施設の中央部あたりまではひっきりなしに人が行き交い、その誰もが足早で大量の書類を抱え、電話に怒鳴りつけていたりなにやらぶつぶつとつぶやいていたりしていた。それがこの場所に踏み入れてからは、人の姿がすっかり消えてしまっている。先ほどまでの喧噪が嘘のようだ。防音設備が行き届いているのか、聞こえてくるのは自分たちの足音くらいだ。廊下の突き当たりにあるそのドアには小さなネームプレートが貼り付けられており、『アイザワ』とだけ乱暴に書き殴ってあった。
 リネーアはその誰からも忘れ去られたような部屋の前に立ち、迷うことなくインターホンを押した。しばらく待ってみるが、まるで反応がない。リネーアは辛抱強く、何度か呼び出しをくり返す。それでようやく、反応があった。
『武器や防具の強化ならやってないよ』
 めんどくさそうな声だ。どうやらそこそこいい年の男性らしいが、インターホン越しの声だけではそれ以上のことはわからない。
「リネーアです。ドクターのご依頼の件で傭兵の方たちをお連れしたのですが」
『ああ』
 今の今まで忘れていたらしい。思い出した、とでも言うように声の色が変わった。
『入ってくれ。ドアは開いてるから』
 かすかなモーター音がして、ドアが開いた。
 薄暗い部屋だった。
 電灯は最低限しかついておらず、窓も見あたらない。そこかしこに雑多な書類がうずたかく積み上げられ、壁に立てられた棚にはホルマリン漬けの生体標本が所狭しと並べられていた。煙草と埃に混じって、かすかに獣の臭いがする。足下には、空になった籠箱がいくつも放置されていた。
 リネーアは部屋の様子に臆することもなく軽い足取りで、がらくたの隙間のような通路を通って部屋の奥に歩いていく。
「相変わらずですね、アイザワ博士」
 椅子に座って背中を向けていた男が、首をねじ曲げるようにして肩越しに睨め付けてくる。どうやらこの男性が、アイザワらしい。書類とがらくたに埋もれた机の上でキーボードを何度か操作して、それからようやく体ごとこちらへ向けた。
「うむ、待ってたよ」
 気のなさそうな声だ。
 アイザワは立ち上がると、コーヒーはいるかね、と聞いてきた。アイザワは返事も聞かずにポットの前まで歩いていき、置いてあった紙コップをつかんで無造作に給湯口の下につっこむ。ポットのボタンを押しかけて、その動きを止めた。紙コップの中をのぞき込み、舌打ちしてからゴミ箱に放り込む。しかしそのゴミ箱も紙くずやなにやらがあふれていて山のようになっていた。紙コップがはじかれて床に転がる。紙コップの中から、煙草の吸い殻と灰がこぼれた。
「結構です」
「そうかい」
 中に何も入ってないビーカーをつかむと、インスタントコーヒーをスプーンも使わず流し入れて、湯を注ぎ込む。アイザワはデスクの前まで戻ってくると、椅子には座らず腰をデスクに預けて体をこちらに向けた。
 そろそろ中年にさしかかろうかというところで、精悍な顔つきをしている。体格もどちらかというと体育会系といって差し支えないほど鍛えられた体つきだった。白衣を着ていても研究者にはあまり見えない。
「自己紹介はいるかね」
「お願いします」
「相沢秀行。生物学」
 それで終わりだった。リネーアはため息をついて紹介を引き継ぐ。それによると、アイザワ博士はこの未来科学研究所の関連施設でキメラの生態に関して研究しているらしい。元々はどこかの大学で自然生物を研究していたそうだが、数年前に引き抜かれてやってきたという。
「はっきり言って、研究対象としてはあまりそそられないんだ、キメラってやつは。無理矢理作られたもんだから、いびつにゆがみまくってるんだよ。おまけに研究データは、武器性能の向上のためだとかいって全部吸い上げられちまう。それはまあいいんだが。それよりも、俺の研究は外へ出て対象を観察しなくちゃ始まらないんだ。それが来る日も来る日もこんなところに閉じこめられて」
「それで、依頼の内容なんですが」
 長くなりそうな愚痴を、リネーアが笑顔で遮断する。扱いには慣れているらしい。
「そうだったな。依頼の大まかな内容に関してはもう知っていることと思うが」
 本部の紹介所で確認してきた。一言で言うと『空飛ぶ頭の捕獲』だった。
「そう。まずはコイツを見てくれ」
 デスクの上にあったモニターに、地図が映し出される。日本の地方都市らしい。その地図の上に、×印がいくつかつけられてあった。
「その空飛ぶ頭の目撃された位置をチェックしたものだ」
 縮尺を上げると、山間部から都市部までかなり幅広い地域に現れていることがわかる。ただ、やはり都市部の方が目撃例は多いようだ。人口密度に寄るところもあるだろうが、それを差し引いても多いと判断できる。いくつかの目撃証言によると、最初は牛や犬猫などの動物の頭が空を飛び回っていたらしい。それが範囲が広がるにつれ、人の頭も現れるようになったという。
「中にはファストフードチェーンのキャラクター、なんと言ったかな。真っ赤なアフロのとかメガネで白ヒゲのおじさんとか、そういうのも飛んでたらしい。まるで冗談みたいな話だがな。しかしこんなご時世だ、単なる怪談話ってわけでもないだろう」
「これはキメラだと?」
「十中八九そうだろうな。そうだとしたらちょっとやっかいなことになりそうでな」
 行方不明になっていた人間の頭が飛び回るようになったことから、事態は深刻化してきたのだ。
「自治体の方からは殲滅する方向で依頼が出ているようだが、おそらくそれは難しいだろう。どれだけの数がいるかもわかっていないし、あまりにも範囲が広すぎるから」
 そういったことから、捕獲してその生態を見極めた上で、能力者に寄らない駆除方法を確立しようということだった。

●参加者一覧

ジーラ(ga0077
16歳・♀・JG
石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
弓亜 石榴(ga0468
19歳・♀・GP
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
南雲 莞爾(ga4272
18歳・♂・GP

●リプレイ本文

『さて。それじゃ、そろそろ始めようか』
 無線機から新条拓那(ga1294)の声が聞こえてくる。ジーラ(ga0077)は了解とだけ短く応えた。同じように、他の傭兵たちからも了解の応答があった。
 静かな夜だった。静かすぎると言ってもいい。遠くから響いてくる風鳴りの音しか聞こえない。明かりになるものは空に輝く星々だけ。普段はついているであろう街灯も、今はすっかり消えていた。
 ジーラはアーケードの北口にあたる位置で、建物と電柱の隙間にできた闇溜まりに身を沈めていた。
 通り一帯が天蓋に覆われた十字型のアーケードを巨大な檻に見立てて、そこでキメラを捕獲しようという作戦だった。自治体や周辺の住民に作戦を説明すると、快く了承してくれた。その上、前準備にと建物と天蓋の隙間や小さな路地に目張りをはることまで手伝ってくれた。夜になってからは、街中の明かりも全て落としてしまった。街そのものが、息を潜めているかのようだ。
 少々拍子抜けだった。一時的とは言え日常活動を停止させることになる上、建物にまで被害が出てしまうかもしれない作戦に、ここまで応じてくれるとは。もっとも彼らにしてみれば、自身の命がかかっているのだから、否応もないのだが。
 キメラはどの方向からやってくるのだろうか。ジーラは闇に慣れた目を、暗く沈んだ街へと向けた。

 アーケードの東口に当たる位置には、弓亜石榴(ga0468)とドクター・ウェスト(ga0241)が身を潜めていた。いや、潜めていたのは弓亜だけだ。ウェストは身を隠そうともせず薄笑いを口に浮かべて、手元の機械をいじっている。明かりはついていないが、暗視スコープのおかげで暗さは気にならないようだ。時折漏れ出す奇怪な笑い声に、弓亜は気味悪そうに見ていた。
「さっきから何やってんの?」
「見てわからないのかね〜?」
「わからないから聞いてるんじゃない」
「弓亜君、君は知っているかね〜? 脳というものは筋肉と同じで、使わなければその機能は低下していくものだということをさ〜」
「な、に、が、言、い、た、い、わ、け?」
「少しは頭を使いたまえよ〜」
「あんたにそんなこと言われる筋合いはないわよ!」

「何をやってるんだ、あっちは」
 アーケードの西口で、南雲莞爾(ga4272)は思わずため息をついていた。人通りのないアーケードは吹き抜けも同然で、離れたところの話し声もよく聞こえてくる。他に音のない今の街の状況ではなおさらだ。
 多人数でいるときに遭遇したキメラは逃げ出してしまうという。であれば、あんな風に騒いでいればキメラは現れないのではないか。一言だけでも注意しておいた方がいいかもしれない。
 通信機に手を伸ばそうとして、南雲はふと緋室神音(ga3576)に目を向けた。
 緋室は鋭い視線を空へ向けている。ろくな明かりもないおかげで表情を見ることはできないが、作戦開始から少しも緊張感が薄れていないことはわかる。
「なに?」
 緋室は顔も動かさずに、声だけで反応する。南雲は内心で舌を巻いていた。こんな暗闇の中、こちらを見ようともせず、首を動かしただけのほんのわずかな動きがわかっているのだからたいしたものだ。しかし南雲はそんなことをおくびにも出さず、素っ気なく返事する。
「いや、別に」
「そう」
 南雲は、無線に伸ばしかけていた手を戻した。
 こちらで騒いでいれば、囮の方に食いつきやすくなるかもしれない。

 鳴神伊織(ga0421)は懐中時計を取り出して、かすかな星明かりを頼りに現在時刻を確認する。作戦の開始からすでに1時間が経過していた。
 石動小夜子(ga0121)は落ち着かなさそうに、通信機に手を伸ばしたり、暗い空や街に目を向けたりしている。
「そんなに心配なのでしたら、1度連絡されてみてはいかがです」
「え、えっと、あの」
 まさかそんな風に言われるとは思っていなかった石動は、どうしていいのかわからずうろたえてしまう。
「で、でも、作戦中ですし、私用で無線を使うわけには」
「状況を尋ねたいのでしょう? 私用にはあたらないと思いますよ」
 そう言われても、もうひとつ踏ん切りがつかない。
 石動が鳴神の顔に目を向けると、鳴神はにこりと微笑んで見せた。石動はなんとなく心の中を見透かされたような気持ちになって赤面してしまう。
「うらやましいことです。大切な人がいるということは」
 鳴神のわずかに沈んだ声に、石動はどう声をかければいいのかわからなくなって、それっきり黙りこんでしまった。
 それからしばらくはそのままの状態が続いた。最初に沈黙を破ったのは通信機から流れ出した声だった。
「こちら新条。キメラが現れた。今のところ数は少なく、こちらの様子をうかがっている感じだよ。もう少し集まってくるかもしれないから、適当に回り道をしながら北口へ誘導する」
 それに続いて、了解の意を伝える傭兵たちの声が聞こえてきた。
「それじゃ、内側の方へ移動しましょうか」
「は、はい」
 北口から来るのであれば、ここで待っている必要もない。先に移動して、キメラを迎え撃つのに都合の良い位置を確保しておくべきだった。
「安心しましたか」
「えっ」
「ふふふ」
 石動が瞬時に赤面するのを見て、鳴神がおかしそうに笑いを漏らす。先を歩く鳴神に抗議の声をあげようとしたところで、通信機から流れ出す声に遮られた。
「これはちょっとマズイかも。すごい数のキメラが集まってきた。そっちの準備、なるべく急いで。あっ」
「新条さん!?」
 何かが叩きつけられたような音がしたと思ったら、通信機はそれっきり沈黙してしまった。
 石動は思わず駆けだしてしまう。その腕を、鳴神がつかむ。足を止めて振り向く石動に、鳴神はゆっくりと首を振った。
「お気持ちはわかりますが、作戦を乱してはいけません」
 新条の力量が信用できないわけではない。しかしこんな状況では心配するなという方が無理な相談だ。
「北口にはジーラさんがいます。たとえ新条さんに何かあったとしても、ジーラさんがフォローしてくれるはずです。今は作戦を優先して、待つしかありません」
 石動はぐっと口をかんでうつむいた。

「っくそ、こいつら思った以上に素早い!」
 新条は全力で走りながら舌打ちする。回り道しつつキメラを誘導、などと悠長なことは言っていられなくなった。入れ替わり立ち替わり攻撃を仕掛けてくるキメラのせいで、通信機を落としてしまった。もはや取りに戻るわけにもいかない。
 キメラの攻撃をかいくぐりながら走っていて、わかったことがひとつある。どうもこのキメラ、飛行や浮遊と言う表現が当てはまらないようなのだ。聞いていた通り人や動物の頭そのものの形状はしているし、かなり高いところを移動してはいるが、昔話にあるような抜け首や飛頭蛮とは少々様相が違っている。明かりがないせいでそれ以上の細かいところはよく見えないが。
「どっちにしろ、絵面は最悪だけど。っと、見えた!」
 ようやくアーケードの北口についたようだ。さすがにこれ以上の全力走行は息がもたない。北口にはジーラがいたはずだが、姿は見えなかった。キメラを誘い込んだ後に封鎖するため、姿を隠しているのだろう。それ以上のことを気にする余裕もなく、新条は勢いを殺さずそのままアーケードに走り込んだ。
 闇に慣れた目でもアーケードの中は暗かった。星明かりしかないうえ、それを遮る天蓋もあるのだから当然だ。そんな中ででも、アーケードの中央部、十字路の交差点に立てられたマネキンの影は見ることができた。
 マネキンを囮として、それに取り付いたキメラを檻に閉じこめてしまおうというのが作戦の要だ。問題は、キメラがマネキンに取り付いてくれるのかということ。そのこと自体は目撃者の話によって証明されているが、重要なのは周りに人間がいる状態でも人形に取り付くかどうかだ。最初はその点が不安だったが、今では新条も楽観していた。数えたわけではないから確かなことは言えないが、十数匹ほどもいる状態ではその内の1匹や2匹くらいはマネキンに取り付いてもおかしくはない。
 新条は十字路の中央に立つマネキンの影に入るように走り込む。追いすがるようにして跳びかかってきたキメラが、マネキンに激突して地面に落ちた。さらに追随するキメラが次々とマネキンに取り付く。それを確認した新条は、キメラが自分にまで取り付く前に、頭上に設置しておいた檻に瞬天速で飛び移り、間髪入れずに檻を落とした。
 金属が激しくぶつかり合う重い音が、周囲にけたたましく響き渡る。
 あっけないほどうまく行った。檻の中では、数匹のキメラがうごめいている。どうやらこの檻を破るほどの力はないようだ。
「よし! うまくいったよ! 明かりをつけて!」
 アーケード内の電灯が一斉に点く。光量としてはそれほど高くはないのだが、闇に慣れた目にはそれでも痛いほどの明るさだった。
 驚いたのはキメラの方も同じらしく、動きが止まる。
 そして、前後左右から傭兵たちが姿を現した。
「新条さん! 大丈夫ですか!?」
 西口方面から、石動が心配そうに声をかける。
「うん、大丈夫。この通り、ぴんぴんしてるよ」
 新条は檻の上から飛び降りつつ、笑顔を見せる。
 胸をなで下ろす石動の隣で、鳴神が油断なく周囲に視線を飛ばしている。
「あー、やっぱり動物の頭のやつもいるんだね」
 銃を構えたジーラが北口から姿を現す。ため息をつきたそうな声だった。
「うまく行ったようね」
「となれば、遠慮は必要なさそうだな」
 東口からは緋室と南雲が。
 そして南口からは、弓亜とウェストが姿を見せた。
「へあぁ、目が、目がぁ〜」
「電気つけるって言ってんのに、いつまでも暗視スコープなんかつけてるから」
 弓亜は引きずっていたウェストを、その場に放り出した。さすがにもうスコープはつけていないが、ぐったりとしたウェストの口から何かが漏れだしていた。
 ようやく明るさに慣れ始めた目で、キメラの姿を確認してみる。
「うわ、グロ」
 なんともすさまじい姿だった。前情報通り、人や動物の頭が本体のように見える。その頭から、サソリやカニのように4対から5対程度の足が生えていた。硬い物質でできているらしく、舗装された地面やコンクリートの壁面にあたって耳障りな音を立てている。壁面の突起に足をかけていたり電線にぶら下がっていたりと、かなり器用に動かせるようだ。本体の頭も酷い有様だった。比較的新しいものでもすでに腐敗は始まっており、古いものは肉が半ばまではがれ落ちて薄汚れた骨がのぞいていた。ほとんどのものが眼球も残っておらず、黒い穴が虚空を見つめている。残っているものも、白く濁っていて何も映していなかった。
「ふ〜む。どうやら妖怪の類じゃなく、動物の頭部に取り付く寄生生物のようだね〜」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花、と言ったところでしょうか」
「逃げるときに上げる笑い声というのも案外」
 壁面に取り付いていた1匹が東口へ向かって移動し始めた。足が壁面のコンクリートにあたって乾いた音を連続的に響かせる。
「と、言うことのようだね〜」
 その1匹が、緋室と南雲の脇をすり抜けたかに見えた。その瞬間、緋室の腕がぴくりと動く。
 真っ二つに割られた頭が、地面に落ちて鈍い音を立てた。足が断末魔のように痙攣する。そして、動かなくなった。
「ふむ、やはりただの生物のようだな。斬れば、ちゃんと死んでくれる」
 他のキメラも、ざわざわと動き始めている。ショックから立ち直り始めているようだ。
 傭兵たちの方もやるべき事はすでに固まっている。それぞれの武器を構えていた。
「必要な分は確保した。残りのキメラを殲滅するぞ!」
『応ッ!』

 キータッチの音だけが響いていた部屋に、突然騒々しい足音が乱入してくる。部屋の主のアイザワは頭を抱えたくなった。
「博士ー、なんかわかったー?」
「我輩の頭脳が必要であれば、いつでも貸してあげるのだがね〜」
 椅子を回して闖入者を確認する。いつもの3人、ジーラ、弓亜、ウェストだった。
「熱心だな、君らも」
「だって気になるじゃない」
 その応えに、アイザワは思わずため息をついていた。ウェストが興味を示すのはまだわかる。だが、ジーラと弓亜までがこうやってやってくるのは、どうも腑に落ちない。とはいえ、アイザワはそれ以上詮索する気もなかった。聞くのも億劫だったし、聞けば聞いたでまた面倒なことになりそうな気もしていたからだ。
「キメラの形状は君らもすでに見た通りだが」
 キーボードを操作してモニターに人の頭部の断面図を表示する。
「DNAを他の生物と比較してみた結果、もっとも近いのはヤドカリであることがわかった」
「ヤドカリ、って、あのヤドカリ?」
「あのヤドカリがどのヤドカリかは知らんが」
 モニターには、頭部の断面図に合わせて、キメラが重ねて表示される。どうやら寄生されたときの様子を表示しているようだ。体の大部分を頭部に潜り込ませていて、その様子はまさしくヤドカリのようだ。
「差し込んだ体の部分が口にあたる。こいつらは動物の脳組織を餌にしているらしい」
「ふ〜む。ということは、厳密に言うと寄生生物とは言えないようだね〜」
「人形の頭にも取り付くことを考えると、視覚情報を元に襲う対象を決めているようだな」
「それで、能力者以外で駆除する方法はもうわかったの?」
「簡単に思いつくのは、人形に毒餌を仕込んでしかけておくと言ったものだな。ただ、これでは根本的な解決にはほど遠い。その辺に関してはもう少し時間が必要だ」
「ちょっと博士ー、しっかりしてよぉ」
「そうだね。こうしている間にも犠牲になってる人がいるかもしれないし」
「犠牲を増やさないための予防策ならもうすでに先方に送ってあるさ」
「ほほう〜?」
「こいつらはどうやら光を嫌う性質があるようだ。夜間にはなるべく出歩かないこと。やむを得ない場合は強力なライトを携行することなど、だな」
「それなら多人数で行動することも予防になるんじゃない?」
「あ、目撃者たちの話でもそういうのが多かったよね」
「それは確実ではないだろうな。腹が減ったらかまわず襲いかかってくるかもしれない」
「そういうことなら、光に関しても同じ事が言えるんじゃないのかね〜?」
「そうだな。だから一番の予防は夜出歩かないことだ」
「うーん、頼りないなー」
「だから言ったろう。もう少し時間が必要だと」
「がんばってよね。なんだったらハグしてあげよっか? もっとやる気が出るように」
 ため息をつきたくなるのをどうにかこらえる。
「俺もレポートをまとめるの忙しいんだ。そろそろこの辺にしてくれないか」
 まだ何か言いたそうな3人をどうにか部屋から追い出して、椅子に深く座り込む。
「まったく。動物やキメラなんかより、人間の方がよっぽどやっかいな生き物だよ」
 アイザワは、ため息をつくように紫煙を大きく吐き出した。