タイトル:溜息マスター:緋村豪

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/21 22:25

●オープニング本文


 薄暗い室内で、用途のわからない機械類のLEDがぼんやりと光を放っていた。青や緑、赤の色の光だったが、周囲を照らし出すほどの強さではない。それでも作業をするのに困ることはなかった。
 白衣を着た男が、並んだ試験管をのぞき込んでいた。中は液体で満たされ、小指の先ほどもない小さな肉片が浮いている。男は試験管の一本を取り上げると、脇にあったスタンドライトのスイッチを入れた。光量を落としたブラックライトが試験管の中身を照らし出す。男が試験管を軽く揺すると、肉片はゆらゆらと水面まで浮かび上がった。肉片は黒ずんで、さらに小さく収縮していた。
「くそっ、また失敗か」
 男は試験管を流しに投げ込もうとして、動きを止めた。手に持ったまま流しまで歩いていき、中身を流しに捨ててしまった。水道で軽く洗うと、近くの籠の中に試験管を収める。流しの中は、割れた試験管の破片がいくつも転がっていた。
 男は椅子に戻ってボールペンを取り上げると、開いてあったノートに雑多な文字や数字を書き込んでいく。
 部屋の隅に、そんな様子を見つめる瞳があった。猿や犬、猫、兎、ネズミなど、ありふれた動物だった。置かれた数個のケージの中で、鳴き声をたてることもなく、ただじっと見つめていた。

「ちょっと奥さん聞いた?」
「え? 何をです?」
「それがさぁ‥‥」
 朝、出勤登校する家族を送り出し終えた時間。ゴミの収集場所で、2人の女性が頭を付き合わせて声を潜める。
「小出さんところのミケちゃん、一昨日から帰ってないんだって」
「え? またですか?」
「らしいわよ」
「だってこの前も、田村さんとのところのシロちゃんが行方不明になったところでしょう?」
「これでもう5匹目よ5匹目。ちょっと多すぎよね」
「何か原因があるんでしょうか」
「それが、キメラなんじゃないかって」
 潜めていた声をさらに潜める。聞かされた女性は、顔をさっと青ざめさせた。
「え、でもこの辺りはまだ‥‥」
「それが、ほら、山の近くの、ミカ‥‥ミサ‥‥研究所?」
「ああ、三島さん」
「そう! その三島研究所が、キメラを作ってるとかって」
「ええ! ホントに?」
「らしいわよ。根岸さんなんかさ」
「ああ、最初の」
「そうそう。その根岸さんなんか、もう聞いた途端顔真っ赤にして、すぐにでも怒鳴り込もうとしたんだって。でも、結局証拠がないからって周りの人に止められたんだけど」
「ああ、だからあんなに‥‥でも、それがホントだとしたら、早くどうにかしないと」
「ねぇ。今はペットだけだから良いけど。いえ、良くはないわね。でも、人に害が出てからじゃ遅いものねぇ」
「それじゃ、今夜の町内会会議って」
「そうみたいよ。どうなるのかしらねぇ、ホント」

 良くある話だ。
 端末で依頼内容を見ていた能力者は、そんな感想を抱いた。
 画面には経緯といくつかのデータが表示されている。研究所の間取りと所有者の経歴も付記されていた。
 それによると、研究所の所有者は三島博昭。以前は未来科学研究所の関連施設に勤務していたが、3年で辞職している。個人の研究室が与えられなかったことに不満を持っていたようだ。経歴には、バグアのキメラ生産に関する研究していたということ以外、特に目立った業績は書かれていなかった。
 研究所、とは名ばかりの一般的な1戸建て住宅らしい。要するに、辞職した後に実家へ戻って研究所を立ち上げたのだ。どこから資金を調達しているのかはわからないが、表に出てくるような成果は今のところないようだった。そんな状況で周辺の住民があれこれと憶測混じりの噂を立てていた所に、ペットが行方不明になるという事件が立て続けに起こったという訳だ。
 話の流れとしては珍しくもない。こんなものは警察の管轄だろう、とも思うのだが。
 手近なオペレータに話を振ると、簡潔な答えが返ってきた。
「実際にキメラが絡んでいると大惨事になりますし」
 まぁ、確かにそうだが。ではUPCは、この三島という男がキメラの作成に成功したと考えているのだろうか。
「いえ、それはありませんね。ただ、別の経路からキメラが迷い込んできた可能性はありますから」
 なるほど。可能性の確認と、キメラがいた場合はその処理も兼ねた依頼というわけだ。
「そういうことです」
 しかし、ペットばかりを狙うキメラというのも珍しいな。
「たまたまじゃないですか」
 たまたま、ね。
「多分」
 やれやれ。なんとも曖昧な話だ。

●参加者一覧

新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
三島玲奈(ga3848
17歳・♀・SN
桃ノ宮 遊(gb5984
25歳・♀・GP
流叶・デュノフガリオ(gb6275
17歳・♀・PN
巳乃木 沙耶(gb6323
20歳・♀・DF

●リプレイ本文

「はい‥‥?」
 3回の呼び鈴を鳴らした後にようやく玄関から姿を現したのは、20代後半くらいの神経質そうな男だった。しわの入った白衣によれたシャツとジーンズといった格好だ。見栄えがするとはとても言えなかったが、少なくとも不潔さは感じない。
「どちら様?」
 苛つきをいくらか含んだ声だった。
 三島玲奈(ga3848)は、あらかじめ決めておいた台詞を引っ張り出す。
「三島博昭博士でしょうか?」
 問いかけられた男は、一瞬イヤそうな顔をした。
「僕は博士じゃない」
 口の中でもごもごと言うものだから、注意していなければ聞こえなかった。
 三島にもその声は聞こえていたが、聞こえていないフリを通すことにした。隣に立っていた巳乃木 沙耶(gb6323)にも聞こえていたが、三島と同じように反応しない。
「三島博昭は僕だけど。君は?」
「良かった。私、三島玲奈と言います」
「へぇ」
「ご存じないですか? 一応遠い親戚なんですけど」
「いや、悪いが知らないな。会ったことはあったかな」
「あ、いえ、それは‥‥」
「ふぅん。‥‥で?」
「え?」
「その親戚の三島さんは、一体どんな用事で? そんなにたくさん引き連れて」
 どうやら第1印象はあまり良くなかったようだ。言葉にトゲは出ていないものの、いぶかしんでいる様子が見て取れる。
「ここ最近、この辺りで立て続けに起こっている事件はご存じですか?」
「事件‥‥?」
「住民のペットが行方不明になっているんです。今月に入ってから既に5件」
「それは知らなかったな」
「では、こちらの研究所への風評もご存じないのでは?」
「ここしばらくは研究に没頭していたから、君の言うとおりだ。どんな噂が?」
「キメラを造っているんじゃないかと」
「それは正確じゃないな。正確には、キメラの生産工程を解き明かすことによって生命としての構造を理解し、それによって根本的な対策を立てようという研究なんだけど」
「要はキメラを造っているんだろう!」
 突然話に割り込んできたのは、同行していた住民の1人だった。根岸と名乗った初老の男で、最初に行方がわからなくなったペットの飼い主だった。
「お前がキメラを造ったおかげでウチのミィが! お前のせいで!」
 余程溜め込んでいたらしい。あまりの剣幕に、博昭は呆気にとられていた。そんな様子を見て、根岸はさらに感情を爆発させる。新条 拓那(ga1294)が押さえ込んでいなければ、つかみかかっていたところだ。
「あ、ああ‥‥そういうことか」
 博昭はようやく事態を飲み込めたらしい。
「ウチじゃキメラは造ってないですよ。さっきも言ったとおり、キメラの生産工程を解き明かすための研究で」
「そうやってワケのわからない理屈を並べてケムにまこう腹なんだろう! バグアの言うことなんざ信用できるか!」
「バグアって‥‥」
 根岸以外の住民は、根岸ほど取り乱していなかったが、それでも猜疑に満ちた眼で男をにらみつけている。
「ああ、だからか。能力者さんまで来てたのは」
 住民たちと一緒にいたホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)に目を向けて、博昭は小さく溜息をついた。よく見るとホアキン以外にも、住民に混じって住民とは明らかに違う人種が混じっているのがわかる。外国人という意味ではなく、身にまとう雰囲気とでも言うべきか、とにかく何かが違うのだ。
「ということは、君たちもそうなのか」
「あ、いえ、私はULTのキメラ対策部門に就職を志望している者です」
 三島の隣に視線を移すと、巳乃木は黙ったままうなずいた。
 ふうん。そんなふうに声を漏らした博昭の目つきは、先ほどとほとんど変わっていない。むしろ冷たくなったような気さえする。
「で、用件は? 具体的な」
「あ、はい。研究所内を見学させていただければと」
「なぜ?」
「えっと、さっき言ったようにULTに就職志望なんですけど、噂のおかげで困ってるんです。それで、この件の解決について協力が出来れば、住民の皆さんの為になりますし、三島さんへの風当たりも弱まりますし。私も噂が無くなれば嬉しいですし」
 博昭は黙ったまま三島の言葉を聞いている。
「研究所の中を見せてもらえれば、三島さんも潔白が証明できるはずです。やましいところがないのなら、何も問題はないでしょう?」
「ずいぶんと都合の良い話だな」
「え‥‥」
「人に身の潔白を証明しろと言うのなら、まず先に自分の身の証を立てるのが筋ってものじゃないのかな。はっきり言って、僕は君の言うことがまったく信用できない」
「ど、どうしてですか?」
「突然見知らぬ人がやってきて、自分はあなたの親戚だから家の中を見せろ、と言われても信用できるわけないだろう。君自身、自分で言っていて、少しも怪しいと思わなかったのか?」
 思わず言葉に詰まる。
「君やあっちの住民たちは、僕がバグアじゃないかと疑っているようだが、僕からすれば、君らがバグアじゃないという保証はどこにもない。例えば警察だとか能力者だとか、一目でそうとわかる方がよっぽど信用できるよ」
 反論しようにも言葉が見つからなかった。口を開きかけてはまた閉じる。それを何度かくり返していると、博昭は背を向けて玄関へ向かう。
「あ、あの」
「見学したいんだろ? どうぞ。見るものなんてあんまりないと思うけど。ああ、君ら2人だけにしてもらえるかな。ウチは狭くてね。それに、興奮してる人らに中を荒らされちゃたまらない。特に子供は勘弁してくれ」
 そう言って男は家に入ってしまった。玄関が開いたままのところを見ると、先ほどの言葉通り、入っても良いらしい。
 三島と巳乃木は顔を見合わせた後、離れた位置にいる新条たちに顔を向ける。視線を受けた新条は、大きくうなずいて見せた。

「どう見る?」
 ホアキンは研究所の背後にある山に目を向ける。夏に向けて、木々の枝葉が大きく伸びているようだった。風に揺られてざわつく様を見ていると、あふれるような生命力を感じずにはいられない。
「うーん。ずいぶんと理屈っぽい人ってのが第1印象かな」
「科学者ゆーたらあんなもんちゃうの」
 新条と桃ノ宮 遊(gb5984)がうなずきあう。その横で、皇 流叶(gb6275)がつまらなそうにしている。
「どうした。何かあったのか」
「ちょっと研究所の中を見たかったなって。それだけ」
 そんなことを話していると、住民達が遠慮がちに声をかけてきた。
「あんた方は中で調査しなくてもいいのかね」
「こう言っちゃなんだけど、あんな若い、それも女の子2人で大丈夫?」
「ああ、大丈夫ですよ。あの2人も立派な能力者ですし、それなりに経験も積んでますから」
「そうですか?」
「ええ、安心してください」
 新条のにこやかな笑顔に、住民らは愛想笑いを返す。
 信用されていないわけではなさそうだが、言葉だけで不安を払拭するのは難しいようだ。
「中の様子はどうだろう」
 無線機が拾う音に耳を傾ける。どうやら研究室についたところらしい。

「研究所、なんて言ってはいるけど、実際にはそんなたいしたことはしてないんだ」
 博昭は三島と巳乃木を先導する形で階段を上る。1階は生活空間らしい。特別なものはなにも置いていないし、プライベートなものを見せる必要はないだろう。そう言ってすぐ2階へ向かったのだ。他に家族はいないとのことだった。
 2階の部屋は、薄暗かった。雨戸は閉め切られ、遮光カーテンまで引かれている。多少散らかってはいるが、足の踏み場がないほどではない。
 2人が部屋に入ると、唐突に猿と犬が吠えだした。
「ああ、すまない。見慣れない人を見るといつもこうなんだ」
 博昭はケージの前にしゃがみこむと、中に手を突っ込んで頭をなでる。2頭はすぐにおとなしくなったが、警戒は解いていないようだった。
 ケージは4つあり、猿と犬の他に猫と兎もいた。それとは別の位置にネズミの入ったケージもある。
「その動物は?」
「ペットショップで買ったものだよ。最初はいろいろと実験に使うつもりだったんだけど、飼ってる内に愛着がわいてしまって、今じゃすっかりペットに‥‥おっと、そう言えば、住民達のペットを探してんだっけ。なんなら、買った時の書類を見せようか」
 どこへやったかな、とつぶやきつつ、博昭は机の引き出しの中を引っかき回し始めた。
 6畳ほどの部屋を2つつなげて使っているようだった。間の引き戸が取り払われている。部屋の1面に流しが設置されており、その隣に長机が並べられている。机の上には試験管や試験管立て、ビーカー、フラスコ、シャーレ、プレパラートと言ったものが乱雑に置かれている。薬品類を収めた棚もあった。別の面には天井まで届く本棚があり、様々な書籍が詰め込まれている。後は、博昭が普段使っているらしい大きな机と、2つの冷蔵庫があった。机には開かれたままのノートと分厚いファイル、小さなノートPCや顕微鏡、遠心分離器などが置いてある。PCからは何本もコードが伸びており、モデムやルーター、ハブの類に、それらを介して顕微鏡やカメラなどがつなげられていた。
「これ、冷蔵庫ですか?」
「片方はね。小さい方は保温器だよ」
「中を見ても?」
「どうぞ」
 どちらの中も試験管やシャーレが所狭しと並べられていた。そのほとんどに液体が入っており、小さな物が浮いていた。
「これは?」
「キメラの体細胞。培養して、細胞分裂の過程を見てる」
「三島さんは、さっきキメラは作ってないと」
「作ってないよ。その細胞だってどれもすぐに死ぬ。培養がうまくいったところで、それがキメラになるワケじゃない。ウチを疑ってる連中ってのは、そこらへんが理解できてないんだろうなぁ。小学校で習う理科レベルの話だっていうのに。と、あったあった。ほら、ペットの購入書類。犬や猫はともかく、さすがに猿を買うのはちょっと面倒だったな」
「でも、肉片から増殖して自己復元してしまうようなキメラもいるんじゃないんですか?」
「ここにあるのがそんなキメラの細胞だったら、誰かのペットを襲うよりも前に、まず僕が食われてるよ」
「それは‥‥確かに」
「だいたいさ。キメラの製造に成功していたら、こんなへんぴな所に引きこもったりしていない。‥‥で、僕が犯人だとわかるような証拠は何か見つかったかい」
「そちらの机を見せてもらってもいいですか」
「構わないが、触ったり持ち出したりはしないでくれよ。僕にとって研究データはお金よりも大事な財産だからね」

「これはどうやら、シロっぽいなぁ」
「元職員の醜聞、なんてことにはならずに済んだようだな」
「てことは、やっぱどっかからキメラが迷い込んできてるっちゅーことかな」
「じゃあ、山狩り?」
 そう言った4人は山に目を向ける。
 ふと、空気が変わった気がした。視線を交わすと、他の者も同じように感じているらしい。どうやら勘違いではなさそうだ。
 新条は3人の住民達に鋭い声で指示を出す。
「すみません、少し下がってもらえますか。何かが出てきそうなんです」
「な、何かって」
「いいからとにかく下がって!」
 研究所から、動物の悲鳴のような声が聞こえてきた。
「どうした! 何があった!」
 ホアキンの問いかけに、やや遅れて無線機から巳乃木の声が答える。
『わかりません。三島さんのペットが突然騒ぎ出して』
 巳乃木の報告に被さるようにして、ガラスの砕ける音が響いた。
「裏の方か?」
 家の表側からでは見えない山に面した位置のようだ。
『1階ですね。山の方からキメラが家に侵入したようです。獣のような足音が』
「三島氏は無事なのか?」
『はい。3人とも2階にいるので』
「すぐに合流しよう。三島氏を護衛しつつ外へ出るんだ」
『わかりました』
「援護に行った方がいいかな」
 研究所の方を見ていた皇がぽつりとつぶやく。
「そうだね。3人が2階にいるんだったら、階段の下でキメラを食い止める感じがいいかも」
「わかった!」
 新条の提案を受けて、皇は嬉々として走り出した。
「ほな、あたしらはここで待機と」
「家に侵入しなかったヤツがいるかもしれないからな」
 そんな会話を交わしてから数秒もしないうちに、家の脇から大きな動物が姿を現した。犬か狼をベースに作られた四足獣型のキメラらしい。鋭い牙をむき出しにしてうなり声を上げ、双眸に憎悪の光をたぎらせている。
「結構でっかいなー」
「大型犬くらい、かな?」
「厄介な相手ではなさそうだが、油断はするなよ」
「護衛もしなきゃだしね」
「俺と桃ノ宮が前に出る。新条、後ろは任せる」
「任せといて。バッチリフォローさせてもらうよ!」
「了解や!」

 ホアキンと桃ノ宮が戦闘を始めてからすぐ、家に入っていた4人が飛び出してきた。能力者の3人はそれぞれの武器を手にしていたが、博昭はペットを抱えていた。両手に猫と兎、猿を頭にしがみつかせ、犬は自分の足で走らせていた。どれもキメラにおびえた様子で、耳障りな鳴き声を上げていた。
 戦闘そのものは、それほど時間がかからなかった。キメラの強さは下の方に位置していたらしく、損害らしい損害はほとんど無かった。
 キメラの死を確認した能力者たちは、武器を収めて覚醒を解く。
 その様子を遠巻きに眺めていた博昭と住民らが、おっかなびっくり近づいてきた。
「もう、大丈夫なんですか」
「ええ、ご安心を。死骸の処理については、警察か保健所、あるいはULTの方へ連絡してください」
「ありがとうございます」
「しかしこのキメラ、研究所から出てきたってことはやっぱり‥‥!」
 住民らの剣呑な視線を受けて、博昭が後じさる。
「し、知らない! こんなキメラのことなんて!」
「この期に及んでまだ!」
「待ってください」
 博昭と住民らの間に割って入ったのは、巳乃木だった。手に研究室から持ちだした分厚いファイルや数冊のノートを持っている。
「それは僕の‥‥!」
「すみません、勝手に持ち出したりして。でも、皆さんに説明するにはこれがあった方が良いかと思って」
 味方だと思っていた能力者たちに制止され、住民らは面食らっていた。
「結果から言います。三島研究所内で、キメラを生産製造できるような設備は確認できませんでした。詳しいことはこちらのファイルをご覧になればわかるかと」
「つまり、キメラは造ってないと? じゃあ家から出てきたキメラはどう説明するんだ!」
「裏山から侵入したようです。皆さんもガラスの割れた音は聞かれたかと思いますが」
 巳乃木からファイルを返してもらった博昭は、矛先を失って消沈した住民達の様子を見て小さく溜息をついた。
「んで、結局此処は何を研究する所なの?」
「だから、それは‥‥」
 皇のあっけらかんとした物言いに、博昭は言いかけた言葉を止めて、大きく溜息をついた。