●リプレイ本文
「さすがに狙いが正確だ」
装甲車の影に身を隠して、月森 花(
ga0053)はサブマシンガンの弾倉を取り替える。
周囲に配置された歩兵達は、月森の指示通りに3人一組になって構えた盾で身を守っていた。今のところ被害は出ていないようだが、それも時間の問題かもしれない。目の前のキメラに対応しつつ、離れた位置のビルからの狙撃を防がなければならないのだ。スナイパーの腕前はさることながら、数匹で連携を取りつつ波状攻撃を仕掛けてくるキメラにも苦戦を強いられている。個体能力はそれほど高くはなかったが、別の意味で厄介な相手だった。
「こちら月森。M2、聞こえる? そっちの様子を聞かせて」
数秒間の遅れがあってから、ようやく反応があった。M2(
ga8024)の方でも戦闘は激しさを増しているらしい。
『こちらM2、聞こえてるよ。今のところスナイパーの銃撃は受けてない。でもこのキメラ、案外厄介だな。数匹でカバーしあいながら動くから、かなりやりづらいよ』
「そう。スナイパーは今、こっちを狙って撃ってきてる。狙撃はかなり正確だよ」
『そっか。今、こっちは撃たれてないから、スナイパーが複数って線は薄いかな』
「待って。銃撃が止んだ‥‥気をつけて。そっちへ行くかもしれない」
『了解。っと、うわわ、言った尻から撃たれた! あっぶなぁ。しかしすごい銃を使ってるみたいだ。時間をかけすぎると、歩兵さんの盾が保たないかもしれないぞ』
月森は、歩兵達が構えている盾に目を向ける。M2の言葉通り、銃撃による損耗が見て取れる。戦闘開始からそれほど時間が経っていないにもかかわらず、だ。弾丸の当たり方によっては、貫通してくることがあるかもしれない。狙撃点はわかっているのだから、せめてこちらから牽制ができれば多少はマシだっただろうか。とはいえ、今の装備ではそれは無理だ。月森の頭にわずかな後悔がよぎる。
そこまで考えてから、その思考を頭から振り払った。
スナイパーがこちらを見ていない今、キメラの処理に集中するべきだ。
月森は黙ったまま銃を構え直すと、歩兵達の牽制で隙を見せたキメラへ容赦なく銃弾を叩き込んでいった。
三島玲奈(
ga3848)とイリアス・ニーベルング(
ga6358)は、物陰に身を隠したまま月森とM2の通信を聞いていた。今のところは当初の予定通りに展開しているようだ。スナイパーの所在も、事前情報と弾道予測との照らし合わせでほぼ特定できている。狙撃は陽動の方へ集中しているし、動き出すなら今が良いのかもしれない。
三島とイリアスは、黙ったままうなずきあう。三島は再び周囲への警戒に戻り、イリアスは無線機に向かって口を開く。
「三島、イリアス、状況開始」
それだけを伝える。即座に返ってきた反応も、了解の一言だけだった。
「さて、行きましょうか」
そう言って足を踏み出した時だった。
2人はほぼ同時にその存在に気づいた。少し離れた位置、建物の陰からキメラが姿を現したのだ。犬、あるいは狼、そのどちらとも違う四足獣型のキメラだった。決定的に違うのは、身体の大きさだ。ほぼ人と同じくらいはありそうだ。それが、2匹、3匹、さらに続く。どれもが牙をむき、敵意のこもったうなり声を上げている。
「待ち伏せか。さすがにそう易々とは通してくれないな」
5匹を数えて、もう1匹。
「違うタイプ‥‥?」
6匹目は、見た目から他のキメラとは一線を画していた。胴体部分は他のキメラと同じ四足獣型だったが、本来は首があるところに人の女性の上半身が載っている。
「ケンタウロスですね」
「え、でも、下半身が馬じゃないけど」
「馬じゃないのもいるんですよ。海には魚型のケンタウロスもいますし」
「それって、マーメイドって言わない?」
「分類上の話です」
「ま、なんでもいいけどさ。どうせキメラには何でもありなんだろうし」
「そうですね」
「ともかく、黙って通してくれそうもないし」
2人が武器を構えると、キメラが呼応するように展開する。どうやらケンタウロス型のキメラがリーダーらしく、他のキメラは彼女の指示に従って動いているようだ。
「これは、ちょっと苦労するかも」
「ええ。統制が取れているとなると、難しい戦いになりますね。陽動班に応援を頼むべきかもしれません」
ふと、三島の視線がケンタウロスの目と交差する。腰から上だけを見れば、まるっきり人間と変わらない。生きた女性の下半身をそっくりそのまますげ替えたかのようだ。
ケンタウロスの目の色がかすかに揺れる。だがそれも、次の瞬間には憎悪の光でかき消されてしまった。彼女の喉から、人のそれとは異質な音が漏れる。
キメラ達が一斉に動き出す。
三島とイリアスは、油断無く武器を構えなおした。
「選りに選ってこんな高い建物を選ぶなんて、ね」
水流 薫(
ga8626)は頭上に目を向けて、うんざりしたようにつぶやいた。階段が遙か上の方まで続いているように見える。
侵入した建物は、15〜6階ほどの高さがあった。ビルというよりはマンションに近い。戦闘の余波もあるのだろう、内部はかなり荒れていた。瓦礫や粗大ゴミがうずたかく積み上げられて、通路をふさいでいるところが多々あった。
「おまけにトラップだの何だのって。登るだけで一苦労だってのに、まったく」
ふさがれた通路を迂回しようとすれば、今度はトラップに足止めを食らう。至る所に設置されているわけではないが、思い出すようにさりげなく仕掛けられているものだから、どうしても慎重に進まざるを得ない。一直線に目標まで進めていられれば、もうとっくについているだろうに。そう思うと、余計に苛立ちがつのる。
「それにしても器用なもんだね。解除の仕方が堂に入ってるよ」
「住んでる家が罠屋敷のようなものだからな。設置も解除も日常茶飯事だ」
またひとつ、トラップを解除し終えたシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)は、道具を手早くまとめて立ち上がる。
「急ごう。思った以上に遅らされてる。このままだと外のみんなにばかり負担がかかる」
「だね」
周囲への警戒は緩めることなく、2人は足早に歩き出した。
「なるほど。なかなか合理的な戦法ではあるな」
窓から外を見ていたヴィンセント・ライザス(
gb2625)は、誰に言うのでもなくつぶやいた。
眼下では、月森の率いる歩兵部隊がキメラと戦闘を繰り広げていた。最初はこの窓から見える位置には居なかったはずだが、徐々に移動してきたらしい。
その歩兵部隊や月森に、別の場所、ヴィンセントがいる建物の屋上から銃撃が連続的に降り注いでいる。これなら狙撃手は自身の安全を確保できる上、仮に誤射してしまったとしてもキメラなら問題にならない。
「ヴィンセントさん、こちらからなら行けそうですよ」
角から顔をのぞかせた綾野 断真(
ga6621)が、外を見ていたヴィンセントに声をかける。
「ふむ、了解した」
ヴィンセントはもう一度窓の外に視線を投げかけてから、綾野に並んで歩き出した。
「それにしてもこのトラップの配置、自分が逃げることは考えていないかのようですね」
「空からならいくらでも逃げられるだろう」
「それはどうでしょう。ここまで勢力圏を奪われていては、空なら安全と言えないでしょうし」
「ふむ。他に何か隠し球があると考えるのが自然か」
「そうですね。スナイパーだからと、敵の能力をこちらと同じように当てはめて考えない方が良いのかもしれません」
「それもあるが、キメラの制御をどうやっているのか気になるところだな。キメラが人間相手に敵味方の区別を付けるとは到底思えん。それがこのスナイパーは、キメラのただ中に居て自由に動き回っている」
「それは確かに」
「と、考えてばかりいても仕方がないか」
「ええ。スナイパーを捕らえれば解ることですしね」
「そういうことだな」
「これで最後だ」
月森の放った銃弾が、四足獣型のキメラを撃ち抜く。突き飛ばされるように倒れこんだキメラは、ぴくりとも動かない。
「オヤスミ‥‥永遠に、冷たい闇の底で」
歩兵達の間からわっと歓声が上がる。その歩兵達を、月森は鋭い声で制した。
「敵はまだいるんだ! すぐ物陰に待避!」
月森が叫ぶのとほぼ同時に、銃弾が頭上から降り注ぐ。歩兵達は慌てて盾を構え直し、すぐさま手近な建物の影に飛び込んだ。
月森は全員を見回して、ほっと一息ついた。
負傷している者はいたが、戦死者は1人も出ていなかった。狙撃手の銃撃によって歩兵達の盾は酷く損傷しているところを見ると、まさしく奇跡的だ。歩兵達もそれがわかっているのか、負傷者の手当てをしている空気に重さは感じられなかった。
斬撃が、ケンタウロスの胴体を大きく斬り裂いた。鮮血がほとばしり、地面に深紅の華が咲く。
イリアスは槍を構えたまま、間合いを離した。
ケンタウロスは泳ぐようによろめいて、色あせたアスファルトに倒れ込む。あえぐように開かれた口から、大量の血を吐き出した。
他のキメラは、三島や駆けつけたM2と歩兵達の援護もあって、既に打ち倒している。
三島は、最後まで残っていたキメラのリーダーに、ゆっくりと銃口を向けた。
彼女は能力者たちを見ていなかった。獣の下半身はもう動かないらしく、人の腕を使って這いずっている。アスファルトに広がる紅い染みは、その領域をますます広げていく。もはや逃げる力も残っていないようだった。震える腕を、虚空へ向けて精一杯に伸ばしていた。大きく見開かれた目からは急速に光が失われていき、何を映しているのか判然としない。
彼女の喉から、か細い息が漏れ出す。
「っ‥‥と、もや‥‥」
声は、一発の銃声にかき消された。
女はそのままの姿勢で倒れ伏し、それっきり動かなくなった。
「三島‥‥?」
M2の問いかけに、銃を下ろした三島は黙って首を振る。
銃弾は、建物の上から放たれていた。
水流とシンの2人は、屋上に通じる扉の前に来ていた。薄く開いた扉の隙間から外を覗くと、狙撃手らしき者の背中が見えた。
スナイパーは銃を構えたまま、地上に照準を向けているようだ。
気づかれていないのは能力がうまく発揮されているからだろう。
様子をうかがっていると、目に光が飛び込んできた。どうやら綾野とヴィンセントらしい。別の出入り口に取りついたようで、そこから鏡で合図を送っている。タイミングを合わせて同時に突入をかけたいようだった。シンは扉の隙間から手を突き出して、了解の合図を送る。
それから数秒の後に、4人はほぼ同時に屋上へ踏み込んだ。
「そこまでです。銃を下に置いて手を挙げてください。それからゆっくりこちらに向いてください」
綾野は丁寧に、だが有無を言わせない口調で狙撃手の背中に声を投げた。
4人はそれぞれの出入り口をふさぐ位置取りで、油断無く武器を構えている。
「殺しても良い、ってオーダーで来てるんです、よ?」
水流がさらに言葉を重ねる。
背中を見せたままだった狙撃手は、大きな溜息をついた。それから言われたとおりに、巨大な狙撃銃を床に置いて両手を上げる。そして、ゆっくりと振り向いた。
深い色合いの裾が長いコートを着た、若い男だった。鋭い目つきをしていたが、瞳は感情を感じさせない色をしている。
「能力者と聞いてきたが、おまえさんがそうなのか?」
男は黙ったまま返事をしようとしない。その代わり、男の頬に不可思議な文様が浮かび上がった。どうやら覚醒して見せたらしい。
「能力者のあなたが、なぜこんなことを」
その問いにも男は答えようとしなかった。上げていた手をポケットに突っ込んで煙草とライターを取り出すと、男は能力者たちに目もくれず悠々と火をつける。大きく息を吸い、紫煙を吐き出す。
綾野が呆れたように口を開く。その時、男は遮るように右手を持ち上げて、4人の背後を指差した。
「そんな手に引っかかるだなんて、本気で思ってる?」
水流が小馬鹿にしたように口の片端をつり上げる。その背後で、金属的な扉の開かれるような音が響いた。出入り口の影に隠すようにして、鋼鉄製の檻が置かれていたらしい。中に入っていたのは、地上で陽動班が戦ったものと同じ種類の四足獣型キメラだった。4匹のキメラが次々に姿を見せる。
キメラに気を取られた4人の一瞬の隙をつき、男は身を翻して狙撃銃を拾い上げる。
4人が声を出す間もなく、巨大な銃が轟音を吐き出した。
能力者たちの身体は、頭で何かを考える前に動いていた。
スナイパーの男が、もんどり打って倒れた。両足を撃ち抜かれて、立ち上がることもできない。男の狙撃銃が弾き飛ばされ、コンクリートの床に落ちて耳障りな音を立てた。
最初は4人を相手に互角以上の戦いを繰り広げていた。だが、外壁を駆け上ってきたイリアスが参戦したところで状況が一変する。その後は一方的な展開になり、決着がつくまでそう時間は必要なかった。4匹のキメラは、スナイパーの男も獲物と認識していたらしい。乱戦の状況を作り上げるのに利用しただけで、キメラを制御していた訳ではなかったようだ。そのキメラたちも、既に絶命している。
「では、聞かせてもらおうか。なぜこんな真似をしていたのか」
上半身を起こした男は、荒い息をついて鉄柵にもたれかかる。傷は浅くないとはいえ、命に関わるほどではない。話くらいなら、十分にできるはずだった。
男は、自分を取り囲む能力者たちをぐるりと見回す。
自嘲の笑み。男が初めて見せる感情だった。
「なぜ、か。なぜなんだろうな」
そう言って男は話し出した。
この地方に作られたバグアの施設では、知能の高いキメラを生み出すための研究が行われていた。その過程で問題になったのは、知能を高めるために施す教育にかかる時間だった。刻一刻と変化する戦況の中で、有効に使える時間はごくわずかだ。
「奴らはその難題を、生きた人間をキメラに作り替えることで解決しようとしたんだ」
「でも、能力者のあなたがなぜ協力しているんです」
「奴らは市民を捕まえて、実験していた。その中に、俺の恋人が‥‥」
「まさか‥‥」
「‥‥俺は間違えたんだ。一番最初の、選択肢ってヤツを」
「何を」
「最初から、こうしておくべきだったんだ」
腰の後ろに回した男の手が引き出される。その手には拳銃が握られていた。
能力者達が反応する隙さえなかった。
「美弥、すまない」
こめかみに銃口を当て、男はためらいなく引き金を引く。
男の頭が、何かに殴られたようにぶれる。身体が横に流れて、そのまま倒れた。
誰も口を開かなかった。
何を言えばいいのか、わからなかったのだ。
そんな中、水流は緩慢な動きで足下に落ちていた狙撃銃を拾い上げる。
銃床を肩に当て、スコープのぞき込もうとして、その動きを止めた。
しばらく考えた後、銃口を空へ向けた。
ゆっくりとトリガーを引き絞る。
銃声は、長く尾を引いて木霊した。