●リプレイ本文
――第3中隊、敵キメラと交戦中! 数が多い! 進撃速度を維持出来ない!
――かまわん! どうせキメラは駆逐しなければならんのだ。シラミ潰しにやれ!
――こちら第2分隊、現在地周辺に敵影無し。指示を請う。
主戦場から多少下がった位置に設置された作戦本部では、並べられた無線機から報告や指示を請う声がひっきりなしに乱れ飛んでいた。
周囲を兵士たちが忙しそうに立ち回り、刻々と変化していく状況への対応に追われている。怒号にも似た喧噪の中でも、耳を澄ませば遠くから銃声や爆発音が聞こえてくる。ほこりっぽい空気の中には、硝煙の臭いも混じっていた。
戦場にいるのだ。
比喩でもなんでもなく、そう強く意識させられる。
飛び交う無線に耳を傾けながら、新条拓那(
ga1294)は思わず溜息をついた。
「用心棒としての役割はわかってるつもりだけど、やっぱりもどかしいと思ってしまうなぁ」
「そうね。焦っても仕方ないとわかってはいるのだけど」
緋室神音(
ga3576)は周囲に目を向けたままうなずいた。
「武蔵を待つ小次郎の心境、で御座いますね」
「巌流島、か」
「もっとも、こちらの武蔵は小次郎の存在を知らないようですが」
ジェイ・ガーランド(
ga9899)の軽口に、ディッツァー・ライ(
gb2224)は苛立たしそうに、拳を掌に叩きつける。気持ちの矛先は、言うまでもなくキメラだ。
「そうやってイライラしていると、戦いになっても小次郎の役回りを負わされますよ。甘いものでも食べて、気を落ち着けませんか」
美環響(
gb2863)はにこやかな顔でチョコの箱を差し出した。ディッツァーは、すまないなと答えてひとつ受け取り、口の中に放り込む。美環は他のメンバーにも勧めて回り、皆がひとつずつ受け取って空になった箱を嬉しそうにしまい込んだ。
――こ、こちら第6分隊! 例のヤツが現れた! 2つ頭のライオンだ! 至急応援を頼む!
通信が聞こえた瞬間、周囲の空気が変わった。
要請する声の向こう側から、激しい銃声と上官らしき兵士の怒鳴り声も聞こえてくる。
――撃て撃て! とにかく近づけるな! 足止めすることだけを考えるんだ! ありったけの弾をくれてやれ!
その声のさらに向こう側から、獣の咆吼のようなものが聞こえた。
「ここまでは予定通りだ」
通信を聞いていた作戦指揮官が、能力者たちの方へ顔を向ける。
「厳しい戦いになるだろうが、よろしく頼む」
「無理無茶無謀は俺らの仕事です。後は任せてください」
指揮官はひとつうなずくと、待機していた輸送車に指示を飛ばした。
現場に到着しても、銃声は絶え間なく鳴り続けていた。
能力者たちは部隊長に到着を伝えると、部隊長はほっとした表情を見せた。
「助かる。正直、これ以上抑えられる自信はなかったのだ」
「お疲れ様でした。すぐに下がってください」
「了解だ。武運を」
そう言い残して、部隊長は周囲に後退を叫んだ。能力者たちと入れ替わるようにして、兵士たちが退いていく。
思っていた以上に被害は大きいようだった。ほとんどの兵士が大小様々な傷を負っている。自力で歩けない者も少なくなく、後退が完了した後も幾人もの兵士がその骸を晒していた。
「‥‥あれがそのキメラかしら?」
紅アリカ(
ga8708)が前方をすかし見てつぶやきを漏らす。
硝煙と砂埃が立ちこめる中、巨大な四足獣が低いうなりを上げてこちらを見ていた。大きな腕を兵士の死骸の上に載せており、2つの口元がどす黒く汚れていた。
「‥‥なるほど。聞いていた通りの姿をしているわね」
「獅子のキメラ、ね。丁度良かったじゃないディッツ君。この子倒せたらちょっと箔がつきそうじゃない?」
白雪(
gb2228)がのどの奥で笑いながら、隣にいたディッツァーに声をかけた。すでに覚醒しているところを見ると、言ったのはどうやら真白のようだ。
「箔はともかく、負けるわけにはいかんな。刀の銘に懸けて。それ以上に、命を賭して戦った兵たちに懸けて」
ディッツァーの言葉を聞いて、能力者たちの顔が引き締まる。
「さて。大物退治、始めると致しましょう」
ジェイの号令を受けて、能力者たちが二手に分かれてキメラを取り囲むように移動し始めた。
巨大な四足獣は、相変わらず低いうなりを上げたまま動きを見せない。ただ、2つの頭はそれぞれ分かれていく能力者たちをその目に捉え続けている。
「頭が2つに体が1つで、ホントにまともに動けんのか?」
「そんな心配は無用ね。あの兵たちを見ればわかるでしょ」
「それもそうか」
新条と真白が口を交わしている横で、霧隠孤影(
ga0019)はぶつぶつと口の中でなにやらつぶやき続けている。
「ガンバルです、ガンバルです、一生懸命ガンバルです」
美環が苦笑しながら、その肩を叩く。
「力み過ぎじゃないですか? もう少しリラックス、は難しいかもしれませんが、肩の力は抜いた方が動きやすいですよ」
声をかけられるとは思っていなかったのか、霧隠は驚いたような顔を一瞬見せる。それから、恥ずかしそうにえへへと笑った。
「ありがとうです。でも、大丈夫です。これは気合いを入れるための呪文みたいなものです。ご存じです? 昔から忍者はこうやって、自己暗示のために呪文を唱えていたのです」
「へえ、そうなんだ」
「そうなのです」
メガネをきらりと光らせて得意満面の霧隠に、美環は再び苦笑する。
「さぁ、みんな配置についたようだし」
「そうね。始めよっか」
真白が言い終わる直前から、空気が張りつめる。
キメラもわかっているらしく、わずかに身をたわめていつでも動きを起こせるようにしていた。
「でっかいネコちゃん、遊んであげますよ。まずは芸でも仕込んでみましょうか」
言うが早いか、美環が腰に差していた剣を引き抜いて投げつけた。そのあまりの迅さに、反応出来た者は能力者の中にも多くなかった。だがその剣は、獅子の直前でなにかに刺さったように勢いを失う。そのまま噛みついて受け止めたキメラは、ふたつの口で噛み砕いてしまった。破片が地面に落ちて軽い音を立てる。
「やるじゃない。さすがに頭が2つもあると、芸には困らないみたいね?」
低いうなりは相変わらずだが、口元が微妙にゆがんでいる。見方によってはあざけってるようにも見えた。
「なるほど。安い挑発には乗らないってことか。上等!」
新条が武器を構えて無造作に踏み込む。それに合わせて、真白と緋室、ディッツァーが別々の方向から同じように攻撃を仕掛けた。
様子見のための軽い牽制だったとはいえ、それなりに力を込めた攻撃だった。しかし、そのどれもがキメラの身体に届かない。繰り出した刃は、強い風圧に押し戻されるように勢いをそがれるのだ。さらにその巨躯に似合わぬ俊敏さで攻撃をかいくぐり、人の足よりも太い腕をなぎ払う。鋭い爪は能力者たちの身体までは届かなかったものの、空気の層を切り裂いていく。
何度か同じような攻防をくり返した後、能力者たちとキメラは再び間合いを開いて対峙する。
「それにしてもフォースフィールドというのは卑怯です」
霧隠は、不満を隠そうともせずに大きく息をついた。
「こっちの攻撃は邪魔するのに自分の動きは邪魔しないなんて、ホントにずるいです」
「確かにね。強力すぎる能力には、弱点とか欠点とかが付きものだけど。そういうのはないのかしらね」
「今さらそんなことを言い出しても始まりませんよ。現状を嘆いても状況が改善されるわけじゃありませんから」
「そう言うこと。いくらでかくて強くたって、連携すれば何とでもなるさ! もう一回いくよ!」
能力者たちは気合いのこもった返事で応え、攻撃を再開した。
「くっ! そっちは有料だ、通行料は高くつくぞ!」
キメラがジェイに跳びかかろうと身をかがめた直後、ディッツァーがその間に身を割り込ませた。キメラは構うことなく、そのまま大きな体を跳ね上げる。巨大な鉄か岩の塊をぶつけられたような衝撃。刀でどうにかいなしたものの、全てのダメージを流しきれたわけではなかった。車にはねられたらこんな感じだろうか、と場違いな考えが一瞬浮かぶ。
「大丈夫か?」
「ああ、どうにかな」
キメラに目を向けると、離れた位置に着地したところだった。頭を巡らせて、憎々しげに睨みつけてくる。
「一筋縄ではいくまいと思っていたが、まさかこれほどとはな」
手はもとより肩までしびれている。ぐるりと腕を回して筋をほぐすと、ディッツァーは武器を構えなおした。
消耗が激しい。
致命的な被害を受けることはなかったが、じりじりと体力を削り取られていく。全身のいたるところに大小様々な傷がついていた。キメラの巨大な牙や爪が表皮を切り裂いたのだ。浅くない傷もないわけではないが、少なくとも今のところ動けなくなるほどではない。他の能力者たちも、似たり寄ったりの状況だった。
キメラの方も無傷とは言えなかったが、動きが鈍ることはなかった。それどころか、ますます獰猛さに拍車がかかっている。
「手負いの獣は危険だというけれど、まさにその通りね」
「‥‥ディスプレッサーデーモンに比べたら、まだ可愛いものだわ」
緋室の言葉に紅は反発して見せているが、言葉ほど余裕はなさそうだ。
「だが実際、どうするか。このままではジリ貧に追い込まれるのは目に見えている」
ジェイの視線の先で、キメラが低いうなりを発して能力者たちを伺っていた。少しずつ歩を進めて間合いを計っているようだ。
と、突然キメラの身体がふくらんだかのように見えた。
咆吼。
大地を揺るがすほどの振動波が全身を貫く。これまで低くうなるだけで吠えることなどなかったものだから、完全に意表を突かれてしまった。身体が硬直して咄嗟の動きが取れない。
その隙を、キメラが見逃すはずがなかった。
「あっ!?」
次の瞬間、紅の目前に巨大な目玉が4つ現れた。2つの口から黄色く濁った牙がむき出され、その奥から生ぬるくじっとりと湿った息が吐き出される。
「アリカァッ!」
ジェイが叫ぶのと、大きな口が勢いよく閉じられるのがほとんど同時だった。ジェイの所からでは、キメラの巨躯に隠れて紅の姿を見ることができなかった。
キメラの牙は、空を咬んでいた。
ジェイの叫びで我を取り戻した紅は、考えるより先に身体が動いていた。間一髪で頭を引いた紅は、上体をそらすのと同時に下から剣を跳ね上げる。ダメージを与えることはできなかったが、それでキメラからの牙による追撃を阻むことができた。直後、逆の手に持っていた大型の拳銃を発射させる。至近距離で放たれた銃弾は、フォースフィールドの影響をほとんど受けることなく大きな打撃を与えることに成功した。
この戦闘が始まって以来、キメラは初めて苦悶の咆吼を放った。
喜びの表情を浮かべた紅の顔が、驚きの表情に変わる。キメラの前足が、紅の左肩に食い込んでいた。叩き飛ばされた紅の身体が、もんどり打って地面に投げ出される。
「アリカッ、大丈夫か!?」
ジェイが駆け寄って抱き起こすと、紅は苦痛に顔をゆがめた。爪で切り裂かれた左腕から、鮮血が止めどなく流れ落ちている。骨は折れていないようだが、今までのように動かすことは厳しいかもしれない。
「‥‥私は大丈夫。それよりもキメラを」
痛打を受けたキメラは、驚きを隠せないようだった。紅の銃弾は右肩の付け根を撃ち抜いていたらしく、紅と同じように赤い血を滴らせている。これまで通りに動かせないらしく、右腕の扱いに戸惑っているのがわかる。
「あそこから崩せそうね」
「だな」
紅とジェイの前に立ちはだかるように、緋室とディッツァーが並んで武器を構える。新条と真白、霧隠、美環の4人が、キメラの向こう側に回り込む。
「休むヒマを与えず、一気に切り込むわ!」
「おうよ!」
自力で立ち上がった紅も含めた能力者たちが、緋室の合図を起点にして再び攻撃に転じた。
「八葉参の型・跳蔓草『重』」
真白の二刀から生まれた衝撃波が、層を成してキメラに襲いかかる。消耗したキメラの体勢を崩すには十分すぎる威力だった。
「ここが勝機――胴ォォォッ!」
「疾風突き! シルフィードスラッシュです!」
能力者たちがここぞとばかりに追撃を重ねる。
近づくだけで受けていた圧力が格段に弱まったが、それでもなおキメラの目に宿る憎悪の光は衰えておらず、手近な能力者に反撃を加えようと腕を振り上げる。
その腕を、ジェイのライフル弾が貫いた。さらに美環の小銃から撃ち出される銃弾が雨のように降り注ぐ。
キメラの口から咆吼が放たれる。以前のような力強さはもう残っていなかった。
「夢幻の如く、血桜と散れ――剣技・桜花幻影」
閃光、そして静寂。
キメラの前で構えていた緋室は、微動だにしていなかった。
いや、そう見えていただけだった。神速の居合いが、キメラを斬ったのだ。
2つの頭がずるりと滑り落ちる。地面に当たって鈍い音を立てた。断末魔すらなかった。
「ふう。どうにか、倒せたかな」
新条が大きく息をつくと、張りつめていた空気がふっとゆるんだ。
「獅子狩り、これにて終了だな。これで奪回作戦にも勢いがつくはずだ」
「そうだと良いのですが」
「はぁ〜、疲れたです〜」
「次にいつ要請が来るか分かりません。その間にしっかり休憩して回復に努めましょう!」
離れた位置から歓声があがる。後ろに下がった部隊が様子を見ていたらしい。兵士たちが能力者たちをたたえる言葉を口にしている。ディッツァーや霧隠は、そんな兵たちに腕を上げて応えて見せた。
「傷は大丈夫ですか?」
ジェイに支えられて立っていた紅に、白雪が心配そうに声をかける。
「‥‥ええ。見た目ほど深い傷じゃないから」
「そうですか。でも、無理は禁物ですよ」
「‥‥わかってるわ」
「それじゃ、応急手当だけしておきましょうか」
いつの間にか美環が隣に立っていた。手には応急セットを持っている。
そうこうしているうちに、ここまで送ってくれた輸送車も目の前まで来てくれていた。
この後はまた司令部に戻って待機することになるだろう。
「さすがに、もう一匹出てくるってことはないだろうね」
「どうかしらね。気は抜きすぎない方が良いかもしれないわ」
口々にそんなことを言いつつも、誰もが出てこないで欲しいと祈りたい心境だった。
輸送車に揺られて司令部に向かう。
離れた位置からはいまだに銃声が鳴り響いていた。
戦闘は、まだまだ終わりそうにない。