●リプレイ本文
車のドアの閉じられる音が連続して響く。
セレスタ・レネンティア(
gb1731)は、他の2台の車が動き出すよりも先に、ゆっくりとアクセルを踏み込んだ。エンジン音が高まるに連れて、ジーザリオがスムーズに走り出す。
助手席に座っていたファファル(
ga0729)はポケットから取り出したタバコを口にくわえて、シガレットライターで火をつけた。吸い込んだ息を吐き出すと、白い煙が後方へちぎれ飛んでいく。
「焦げ臭いな」
「依頼の話ですか」
後部座席に座っていたフェイス(
gb2501)が、大きめの声で応えた。幌がはずされているため、小さな声では風に流されてしまうのだ。フェイスの隣に座っていた聖綾乃(
ga7770)は、大きな目をくりくりと動かして人差し指を顎に当てる。
「でもでも、依頼人の人が嘘をついているようには、見えませんでしたよ?」
「問題があるのが依頼人だけとは限らないだろう」
「と、いうことは、えっと」
「罠がある、と?」
「さぁな。何にせよ、一筋縄ではいくまい」
「警戒しておくにこしたことはないということですね」
ファファルは返事をする代わりに、大きく息をついた。タバコの煙が後ろへ流されていく。
セレスタは、黙ったまま車の運転を続けている。
2台目に並ぶインデースには、野良希雪(
ga4401)と翡焔東雲(
gb2615)、そして依頼人の男が乗っていた。
男は田神と名乗った。とある証券会社で管理職をしているという。
「じゃあ、田上さん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな。あたしらの方も、動くのに情報がないと色々やりづらいからさ」
「あ、ああ、わかった」
田上はそう応えてから、小さく溜息をついた。疲労が溜まっているようだった。事件が起きてからこっち、ろくに寝ていないのだという。目の下に巨大なクマができており、それに重なるように深いしわが刻まれている。この様子では、食事もろくに摂っていないのだろう。
「娘さんの顔が確認出来るもの、何か持ってない?」
「ああ、携帯の写真でもいいかね」
「うん、とりあえず顔がわかればいいから」
男はポケットから携帯を取り出して操作する。それから翡焔に差し出した。
携帯の小さなモニターには、若い女性の写真が映っていた。自宅で撮ったものらしい。淡い色のサマーセーターを着て、手に白い冊子を持っている。ファインダーに顔を向けて、軽く驚いたような表情をしていた。
「その携帯を買った日に撮ったものでね。娘に教えてもらいながら、操作の練習をしていたんだ」
ということは、女性の持っている冊子は携帯電話の取扱説明書あたりだろう。
翡焔は前の座席に手を伸ばして、運転している野良にも写真を見せる。
「ご結婚が近かったそうですね?」
「ああ。私の上司の息子さんでね。まだ本決まりではなかったんだが、先方さんはずいぶんと気に入ってくれたみたいで」
「お見合いだったんですか」
野良に見せ終わると、翡焔は携帯を田上に返した。
「あの子にはずいぶんとつらい思いをさせてしまったから、せめて良い縁組みくらいは用意してやりたかったんだ。それなのに、なんでこんなことに」
「だ、大丈夫ですよきっと! 私たちもがんばりますから!」
「そう言えば、奥さんは?」
「あの子を産んでしばらくして」
「病気で?」
「いや、キメラにね」
「そうだったんですか」
「傭兵、だったんだ。君たちと同じ」
また溜息をひとつ。
翡焔と野良は黙りこんでしまった。気持ちを察したからではなく、まだ話が続きそうだったからだ。
「あの子が11の頃だったかな。大きな作戦に参加するとかで、そのまま帰ってこなかったんだ。それからは男手ひとつでやってきたんだが、仕事にかまけてあの子をずっと1人にしてしまった」
「娘さんは、そのことを?」
「ああ、知っている。だからかな、キメラと戦える能力者に、あこがれみたいなものを持っていたようだ。私に黙って適性検査を受けていたようだし。もし適正があったら、今頃は能力者になっていたかもしれないな」
男はまた溜息をついた。
「反対だった? 娘さんが能力者になるのは」
「当然だ。自分の子供を好きこのんで戦場へ送りたがる親はいないよ」
車内に微妙な空気が流れる。2人の能力者は口をつぐんでいた。どう答えるべきか判断に迷う。
「いやもちろん、君たち能力者や軍の人たちが戦ってくれているから私たちがこうして生きていられるということは、十分に理解しているつもりだ。別に君たちを批判しているわけじゃない。ただ、人の親とはそういうものなんだよ。まだ若い君たちには、わからないかもしれないが」
最後尾の3台目、これも同じインデースには、カルマ・シュタット(
ga6302)と鳳覚羅(
gb3095)が乗り込んでいた。
2人は油断なく周囲に警戒の目を飛ばしている。
「それにしても、避難対象区域に指定された街とは犯人は何を考えているのやら」
助手席に座っていた鳳が、苦笑と共にそう漏らした。
「ある意味、安全と言えば安全かもしれないな」
「と言うと?」
「少なくとも、人の目につかない。それに、警察に捕まる心配もない」
「だけど、こうして俺たちに出てこられれば、逆に危険になるんじゃないですか?」
「確かに。周囲にはキメラもいるわけだし。戦闘に巻き込まれてしまう可能性だってある」
「う〜ん」
「ま、本人に聞いてみないことには、答えなんて出ないだろうさ」
「それもそうですね。いろいろ裏がありそうだけど、とにかく今は無事指定ポイントにたどり着くことが先決か」
「そういうこと」
それ以降は特に会話もなく、30分ほど走り続けた。目的地までは残り2時間弱といったところだ。
最初に気がついたのは、鳳のほうだった。
「後ろから、何かついてきてますね」
「キメラかな」
「おそらく。犬型なのかな。4つ足で走ってますよ」
「追いつかれそうかな?」
「いや、多分大丈夫でしょう。速度を上げれば引き離せるんじゃないかな」
「じゃあそうしよう。前の2台にも無線で連絡しておこうか」
「了解です」
「見えました。あれが目的の倉庫だと思います」
「こんな危険な場所を指定するなンて」
前方に、大きな建物が見えていた。
宅配便の荷物集積所のようだ。かなり大きな敷地に建てられた倉庫は、トラックを後ろ付けするために片面が広く開かれた構造になっている。今はすっかり無人になっており、荷物はもちろんトラックや配達車さえも見あたらない。いくつかの大きなコンテナが積み上げられているが、おそらく中には何も入っていないのだろう。
敷地に入ると、セレスタは車の速度を落とした。後続の車もそれにならう。
「さて。どこにいるのかな」
「これだけ広いと、捜すのに骨が折れそうですね」
「いったん下りて、皆と相談するか」
「それが良いかもしれません」
倉庫に隣接するように事務所らしき施設があったので、そこへ車を止めて降り立つ。後続の車も同じようにして停まった。さすがにこれだけ広いと、当初に考えていたとおりに車で入り口をふさぐということはできそうにない。
後続車から4人の能力者と依頼人の田上が降りる。フェイスが困ったような顔を向ける。
「こんなに大きな倉庫だったとは予想外でした」
「問題はどうやって対象を捜すかだが。アイデアが無ければ、何人かに分かれてシラミ潰しということになるな」
ファファルが倉庫を見上げてタバコの煙を吐く。
「それはぞっとしないね。犯人やキメラに遭遇しないとも限らないし。そう考えると、少人数に分かれるのはキツイんじゃないか」
「そうですね〜。どうしても分かれなくちゃいけないようなら、4人ずつくらいまでにしておいたほうがいいかもです」
翡焔の指摘に野良がうなずく。
「えっと、じゃぁこういうのはどうでしょう? 田上さんに、お嬢さんのケータイに電話をかけてもらうンです」
「良いアイデアですね。ただ捜すだけよりはずっとマシになります」
フェイスが同意を示すと、聖は嬉しそうに微笑む。
「問題は通じるかどうかだけど。どうです、田上さん。アンテナ立ってますか?」
「ちょっと待ってくれ」
鳳に聞かれて、田上は慌てた様子で携帯電話を取り出した。
「大丈夫そうだ。1本立ってる」
早速操作して娘の携帯にかけているようだ。しばらくして携帯に反応が返ってきた。
――お客様の携帯電話は電源が入っていないか、電波の届かない所に――
「くそっ」
田上は苛立った様子で、もう一度携帯を操作する。
「これはダメですかね」
「ふむ」
カルマとファファルはあきらめた様子で周囲に視線を飛ばす。捜索の方法をどうするか考え始めた。
と、そのとき。
「つながった」
全員の視線が田上に集まる。田上の携帯から、かすかに呼び出し音が聞こえてくる。8人の能力者と依頼人は、押し黙ったまま耳を澄ませた。
音は意外に近くから聞こえてきた。18の目が一斉に事務所の方へ向く。
それからの行動には一切の無駄がなかった。
ファファル、聖、カルマ、鳳の4人は散開して周囲の警戒にあたる。
翡焔、野良、セレスタ、フェイスの4人と、田上は事務所に侵入した。ドアに鍵はかかっていなかった。
「春香!」
事務所に入るなり、田上が娘の名を叫ぶ。
保護対象の娘は、すぐに見つかった。部屋の奥に、無造作に転がされていた。両手を後ろ手に布で縛られている。同じように足も縛られ、目隠しと猿ぐつわもかまされていた。
駆け寄った田上が、すぐに目隠しと猿ぐつわを取り去る。
「春香! 大丈夫か!?」
「お父さん」
「どこか怪我はないか!? 痛いところは!?」
「ううん、大丈夫」
「そうか、良かった。お前が無事で、本当によかった」
「お父さん、ごめんなさい」
「いいんだ、気にするな。お前のせいじゃない。お前さえ無事なら、それでいいんだ」
セレスタは2人のやりとりを聞きながら、手足を拘束していた布を取り去る。特に力をこめずとも、すぐにほどくことができた。
「この人達は?」
「能力者さんたちだ。ここへ来るのに守ってもらえるよう頼んだんだ」
春香と呼ばれた女性は、どこか落ち着かない様子で4人の能力者たちを見ている。
「お怪我などありませんか?」
「いえ、大丈夫です」
縛られていたところをさすってはいるが、わずかに赤くなってはいるだけで、言葉通り怪我はしていないようだった。
翡焔は救急セットの用意をしていたが、何も使用することなくしまい込むことになった。
「喉は渇いてないか? 水で良ければあるけど」
「い、いえ、大丈夫です」
「では、すぐにここを出ましょう。いつキメラがくるともわからないですし」
フェイスがうながすと、田上と春香はうなずいてすぐに歩き出した。田上に肩を借りているが、春香の足取りに不安はなさそうだ。
車のドアの閉じられる音が連続して響く。
カルマは車に乗り込もうとして、その動きを止めた。ドアに手をかけたまま、ぐるりと視線を巡らせる。
「どうかしたんですか」
同じように乗り込もうとしていた鳳が、カルマにつられて動きを止める。
「いや、誰かに見られていたような気がしたんだけどね」
鳳も同じように周囲を見回してみたが、それらしいものは見あたらない。
「気のせいかもしれないな」
カルマが苦笑を浮かべていると、セレスタの運転するジーザリオが走り出した。続いて野良の運転するインデースも走り出す。
「俺たちも行きましょう。置いて行かれますよ」
「そうだな」
カルマは運転席に座ってドアを閉めると、鳳がドアを閉めたのを確認して、アクセルを踏み込んだ。先行した車と少し距離があいてしまったのを、速度を出して追いかける。
「結局、戦闘らしい戦闘がありませんでしたね」
「何もないならそれにこしたことはないさ」
「まぁそうなんですけど」
「でもまだ気を抜かない方が良いよ。帰りに何かあるかもしれないしね」
「わかってますよ。でも、それこそ何事もなければいいんですけどね」
軽い笑いを漏らしたカルマは、ふと前の車に目を向ける。リアウィンドウの奥に、4人の後ろ姿が見える。後部座席には依頼人の田上と、娘さんの春香が乗っているようだ。
「元気そうでよかったですよ」
「春香さんのこと?」
「ええ。誘拐されてこんな風に無事に解放されるのは珍しいんじゃないですか。解放の仕方に問題あったけど」
「それなんだけど。おかしいとは思わなかったかな」
「何がです?」
「春香さんの様子が、ね。拉致されて何日も拘束されていた割には、元気すぎる気がするんだ」
「そう、ですか?」
「思い過ごしならいいんだけどね」
鳳は黙りこんでしまう。カルマの話を聞いて、さっき見た春香の様子を頭の中に思い出しているのだろう。
「言われてみれば、そんな気もしますけど。でも、そうするとどういうことになるんです?」
「さぁ。可能性だけならいくらでも考えられるけど。春香さんの狂言だった、っていう線もあるね」
「それはさすがに」
「無いとも言い切れないんじゃないかな」
「でも、あるとも言い切れない。ですよね」
鳳の切り返しに、カルマは肩をすくめて見せた。
「あくまで可能性の話だしね。でもそれがあったとしても、ここから先はあの2人の問題だろうね」
「そう、ですね」
鳳は、後ろをふりかえってみた。
巨大な倉庫が、もうかなり小さくなっていた。
視線を前に戻すと、前を走るインデースが目に入る。
後部座席に座っている女性の姿が、なんとなく、先ほどとは違って見えるような気がした。