●リプレイ本文
「うーん? そう言われてもなぁ。オレらぁもあんまり近くに寄って見てるわけじゃねぇしよ」
石動小夜子(
ga0121)の質問に、おじさんはあまり要領を得ない様子で首をひねる。本部のモニターで見た証言映像とまったく変わらない調子だった。隠し事をしている様子もないし、そんなことをするような人物にも見えない。もっとも、そもそもそんなことをする必要もないのだが。
「キメラかどうかはわかんねぇけども、少なくとも畑から出てきて人を襲うってこたぁなかったなぁ」
「そうですか」
石動の肩がわずかに落ちた。戦闘に入る前に少しでも情報を集めたかったのだが、当てがはずれてしまった。作物を植える前に現れたということは、何か食べ物などで畑の外へ誘導することもできなさそうだ。
「まいったね。ホント、単なる巨大なミミズとしか思えなくなってきたよ」
周防誠(
ga7131)が芝居がかった調子で肩をすくめて見せた。
「とりあえずは、想定していた対処法に則って処理するしかないようだな」
白鐘剣一郎(
ga0184)は、雑嚢に入れておいたゴーグルとマスクを取り出して全員を見回す。
「顔を防護するためのマスクを用意してきたが、必要な者は?」
「あ、私は本部でお借りしてきました」
石動は言葉通りに防護マスクを取り出して見せる。白鐘が取り出したものとほぼ同じ規格のものだ。キメラの攻撃に対する防御性能はあまり期待できないが、跳ね上げられた土やまき散らされる液体程度なら十分に防いでくれるだろう。
「自分は自前のがあるんで、結構ですよ」
頭にかぶるように着けていたゴーグルを、指先でコツコツと叩いてみせる周防。
「そうか。さすがだな、みんな」
白鐘は小さく微笑んだ。自分の分だけを残して、余ったマスクを雑嚢にしまい込む。
「さて、それではそろそろ仕事に取りかかるとしよう。死骸の処理を頼んだ業者さんも間もなく到着するだろうしな」
「はいっ」
「んじゃま、ひとがんばりするとしましょうか。我々の台所事情のためにってね」
「うーん、絡まってたり半分土に埋まってたりでよくわかりませんけど、おそらく2匹ってとこですかね」
畑の上でもぞもぞと動いている巨大なミミズをすかし見て、周防がつぶやく。
「なぜそう思う?」
「頭と尻尾の数を数えただけですよ。って言っても、どっちが頭かわかりませんけどね」
そう言って周防が軽く笑う。つられるようにして白鐘と石動から笑みがこぼれた。
今日は良い天気だった。日差しは暖かで、風も心地良く吹き渡っている。これから戦いが始まる舞台とは思えないほどののどかさだ。
「それじゃあ、始めるとしますか」
周防の右目が銀色に輝く。覚醒状態に入ったようだ。それが開始の合図となって、残りの2人も各々で覚醒していく。瞬時に周囲の空気が張りつめた。
戦闘の口火を切ったのは周防だった。両手で構えた短機関銃が火を噴く。手前に位置していたミミズの胴体に着弾して、穴を穿った。地面に叩きつけるようにして胴体を激しくのたうたせる。悲鳴が聞こえてくるかと錯覚するほど劇的な反応だった。
「いざ。天都神影流白鐘剣一郎、参る」
鞭の乱舞のように波打つミミズの胴体をあっさりとかいくぐり、手にした刀をその胴に叩きつけた。その手応えに、白鐘は眉をひそめる。
「やはり、ただのミミズなどではなかったか。気をつけろ! 生半可な太刀筋では跳ね返されるぞ!」
反撃するかのようにのたうつ胴体をことごとくかわしつつ、白鐘はさらに斬撃を加えていく。
「さっすが。あんなぶっといものを一太刀でたたっ斬れるお人は言うことが違うね」
口笛でも吹きそうな口調で周防がつぶやく。
両断された二つの胴体が、周りの土と自らの体液をまき散らしながらのたうち回る。丸太のような胴体が土に叩きつけられるたびに、地鳴りのような鈍い音が足下に響いた。
そして周防は、白鐘とは別の意味で眉をひそめる。
体を切り裂かれて激烈な反応をしているミミズがいる一方で、もう一匹のミミズは我関せずと言った様子で今も土の上を悠然とうごめいている。
「ホント、なんなんだろうねこいつら」
周防はあきれたような口ぶりながらも、いつでも動けるよう油断無く様子をうかがい続けている。
「いきます」
ミミズの動きを見計らっていた石動が、一瞬で間合いをつめる。目の前に横たわる形で動きを止めたミミズの体に、大上段に振りかぶった刀を渾身の力で振り下ろした。
だが、その刃はミミズの身を裂くことなく空を切った。予想していた手応えがまるでなく、石動はたたらを踏む。突然うねったミミズの体が、身をかわすように太刀筋を避けたのだ。
「あっ!?」
土を踏んだはずの足が、地に飲み込まれる。ミミズが地中を通った跡らしく、トンネルのように空洞が横たわっていていのだ。転倒こそ免れたものの、体勢を大きく崩してしまった。あわてて足を引き抜こうとした石動の目の前に、丸太のような胴体がうなりをあげて襲いかかる。
「きゃぁっ」
石動の体が、木の葉のようにはね飛ばされる。
「石動!」
反射的に白鐘が声を上げた。
石動は空中で身をよじって、どうにか着地する。ただはじき飛ばされただけではなかった。勢いを利用して自分から飛んだらしく、それほど大きな被害は被っていないようだ。
「大丈夫か?」
「は、はい、なんとか」
「気をつけろ」
「ご、ごめんなさい」
「白鐘サンも、よそ見は危ないですよ」
「くっ」
押しつぶすようにミミズの体が頭上から降ってくる。間一髪で直撃は免れたものの、体勢を崩すには十分だった。その白鐘に、別の方向から胴体が投げ出される。
「はいはい、一旦下がってくださいねー」
周防が冗談でも言うような調子で短機関銃を掃射する。銃口からはき出された弾丸が濃密な弾幕となってミミズの体を押し戻した。
「油断は禁物ですよ、お二人さん」
ミミズから大きく距離を取った二人が、息をつく。
「すまない、助かる」
「どういたしまして」
改めてミミズに向き直ると、その場でのたうち続けている。
「キメラではあるようだけど、あんまりやっかいな敵ではなさそうですね。どうやら、知能もまったくなさそうだし」
「そのようだな」
小さく切り取られた部位は、動きといえるほどの動きもなく小さく痙攣しているのみだった。大きい方の胴体はいまだに激しくのたうってはいたが、先ほどまでの勢いが感じられない。体液を出し過ぎたのか、一回りしぼんでいるようにも見えた。
「なんにせよ、あの一匹に関しては次の攻撃でとどめを刺せそうですね」
周防の言に、皆が一様にうなずく。
「さぁ、第2ラウンドだ」
白鐘の宣言にならうようにして、それぞれが各自の武器を構えなおした。
断末魔を残すかのように、最後まで動いていたミミズの身が天を求める。そして力尽きて地に落ちた。
「うーん。案外あっさり終わっちゃいましたね」
周防の言葉通り、戦闘を始めてから終結するまでにそれほど時間はかかっていなかった。
「キメラっぽい形質はあったようですけど、そのくせキメラっぽくなかったというか」
「人を襲う、という性質がなかったせいだろうな」
白鐘が思慮深く周防の言葉を引き継いだ。
「そういう意味では、かわいそうなことをしてしまった。そうと知っていれば、殺してしまわずとも山に逃がすなどの方策がとれたかもしれない」
「それは結果論ってものですよ」
「確かに、そうだが」
「ま、そんなことはいいじゃないですか。どうでも」
動かなくなったミミズの体組織を採取していた周防が、仕事は終わったとばかりに振り向く。そこで、おや、と言いたげな目を白鐘の後ろに向けた。つられて白鐘がそちらへ目を向ける。
石動がその場にへたりこんでいた。
「どうした? どこか怪我でもしたのか」
「い、いえ、そういうわけじゃないんですけど」
石動は曖昧に言葉を濁すものの、立ち上がることもしない。どうやら本格的に腰が抜けているようだ。
何かを思いついたように周防の目がきらりと光る。
「そういえば石動さん、確か虫系統が苦手だったとか」
「えっ」
なんでそれを、と思う前に血が顔に集まる。石動はろくな言葉を口にすることもできず、もごもごと口を動かすしかなかった。
「そう恥ずかしがることはないじゃないですか。むしろ苦手な相手にそこまでがんばったんですから、誇っていいんじゃないですか」
「そうだな。周防の言う通りだ」
白鐘が立てるかと聞きつつ右手を石動に差し出した。
石動はその手におずおずと左手を差し出しかける。
「しかしそれにしても、何というか」
疑問符を貼り付けた2人の顔が、周防に向けられる。
「いや、言って良いのかわかりませんけど」
指先で頬をかく。
「ずいぶんと、扇情的なお姿になっちゃいましたね」
そう言われて石動が自分の体を見下ろす。
戦闘用の服に身を包んだ姿があるだけだった。どこかが露出しているというわけでもない。ただ、ミミズの体液を頭からかぶっていたために、全身が日の光に照らされてぬらぬらと光っていた。
石動が言葉の意味をつかみかねていると、白鐘がわざとらしい咳払いをして顔を背けた。
そして唐突に理解する。
「そっ、そういう事を言わないでください!」
先ほどまでの張りつめていた空気はどこへやら、再び緩やかな空気が流れ出した畑が広がる風景に、石動の声が響き渡った。