●リプレイ本文
「ううわ、こらまたごっついなー」
現場を見るなり桐生水面(
gb0679)が感嘆の声を上げる。同行している他の能力者も反応の仕方は様々だったが、見た感想はほぼ似たようなものだった。
アパートは、2階建てのあまり大きくない建物だった。資料によると、1DKでトイレバス付き、木造築40年で部屋数は各階に5つ、とのことだった。今は全体がツタに覆われているのでそう見えないが、おそらく見た目にもかなり古いものなのだろう。口さがない者なら、まず間違いなく「ボロアパート」と言うはずだ。だとすると、事後、建物の状態は問わないというのもうなずける。この機会に建て替えようと考えているのかもしれない。
「それはそうと、消防の姿が見えないのだけど。まだ来ていないのかしら」
周囲を見回した緋室神音(
ga3576)は、小さな溜息を漏らす。
「いえ、来ていますよ。あちらで警察の手伝いをしているようです」
フェイス(
gb2501)が指し示す方に目を向けると、野次馬達を近づけないようにしている者たちの姿が見えた。確かに、警察と消防が協力しているようだ。さらに周囲を見渡すと、赤く塗装された消防車両が角の向こう側に見えた。防火水槽がそのあたりにあるらしい。
「あのう」
突然、背後から声をかけられた。自治体の担当者とアパートの管理人らしい。
「本日はよろしくお願いします。それでその、呼べと言われたので消防にもきてもらいましたけど、もしかして、火をかけるつもりで?」
「ええ。植物ですし、それが手っ取り早いかと思ったんですが」
「そのう、できればそれは無しの方向でなんとかお願いできないでしょうか。ドアや壁を壊したりするくらいならいいのですけど、部屋の中には住人たちの所有物がたくさんありますし、それももろともですとちょっと」
「ああ、それは確かに」
「どうしても必要だとおっしゃられるのでしたら、できれば後で住人のみなさんに事情を説明して頂けませんかね? 補償の件もありますし」
「そうですね。わかりました。なるべく火は付けない方向でやってみましょう。ああ、それと。野次馬をもう少し下がらせてもらえますか。流れ弾が出ると危ないですから」
「ええと、どのくらい?」
「そうですね。100、いや200メートルですかね。ホント言うと追い払ってもらいたいところですが、それは無理でしょうしね」
「わかりました」
そう言い残して、担当者と管理人は警官隊の方へ下がっていった。
「では、そろそろ始めよう。慌てず焦らず、しかし行動は迅速に」
「だな。アパートの中には助けを待ってる人がいるんだ。早く出してやらねぇとな」
白鐘剣一郎(
ga0184)と砕牙九郎(
ga7366)が並んでアパートを見上げる。
ツタから生えた葉が、風に揺られてざわざわとうごめいていた。
「ほんならまずは、このツタをなんとかせなあかんね」
桐生は玄関と思わしきところに貼り付いているツタを剣でつついている。直接触れると異様さが際だつ。フォースフィールドのせいで、目に見える様子と手に伝わる感触があまりにも違いすぎるのだ。
「ここまで近づいてもキメラに反応がないというのは、少々気味が悪いですね」
「ですが油断はしないほうが良いでしょう。強い攻撃には反応するかもしれませんし」
フェイスと鳳覚羅(
gb3095)が、事象をひとつずつ冷静に確認していく。
「少し下がってくれるか。一気に斬り開いて侵入する」
「オッケー」
ドアの前にいた桐生がさがると、白鐘はノックして中に声をかける。
「誰か居るなら扉から離れてくれ。いいか!」
返事は確認せず、刀を引き抜いて呼吸を整える。
「天都神影流・斬鋼閃!」
陽の光を受けて刃が閃く。耳障りな音を立てて、緑の壁に大きな裂け筋が走った。
ひゅうと桐生が口笛を鳴らす。
「初っぱなから飛ばしてんなぁ」
「まぁ、勢いは大事ですからね。それより、空気が変わったのに気づいていますか?」
見た目には特に変化はないが、立ちこめる空気に強烈な違和感が混ざり始める。悪意か、あるいは敵意か。どちらにせよ、戦端は文字通り斬って落とされたのだ。
白鐘が扉に蹴りを入れると、かしいでいた扉が中に倒れた。貼り付いていたツタが何本もちぎれる。それにあわせて、例えようもない悲鳴が聞こえてくるような気がした。
「どうやら、目に見える速度での再生はできないようですね」
新しいツタが伸び始めることもなければ、触手のようにうごめき始めることもなかった。見ている分には、ただの植物のようだ。
「中の様子はどうですか」
開いた玄関から部屋の中をのぞき込む。
部屋の中にまでツタが侵入した形跡はなく、特に荒れている様子はなかった。
そして部屋の中央に、若い女性がしゃがみ込んでいた。自分の身体を抱きかかえて、暴力的に開かれた玄関におびえた目をむけている。
「助けに来ました。大丈夫ですか?」
能力者の姿を認めて、ようやく安心したようだった。ゆっくりと頷いてみせる。
鳳が手をさしのべると、おずおずとその手を握った。しかし腰が抜けているのか、自力で立ち上がれないらしい。
「じゃ、外へ行きましょうか?」
女性が頷いたのを確認して、鳳は抱き上げてアパートの外へ向かう。
玄関で植物に動きが無いか見張っていた桐生は、その様子を見てからかうように口笛を吹いた。
鳳はことさらに無視して、そのまま外へ出る。それと同時に、野次馬の方から歓声が上がった。
「さてと。どうやらすぐに動き出す様子はなさそうですね。他の部屋の救出が終わるまで、このままおとなしくしていてくれればいいのですが」
「そうだな。急ぐとしよう」
「さてと、この部屋で最後か」
2階の奥、階段の側から数えて5番目の部屋の前に、4人の能力者が立つ。
ここへくるまでに、すでに3人の住人を救助していた。中央の部屋は空室とのことだったので、中は確認せずにその次の部屋に行ったのだ。
「よし、じゃあ早速取りかかろう」
持っていた2本の剣を器用に使って、砕牙は手際よくドアに貼り付いたツタを切り払っていく。4度目ともなると、さすがにコツがわかってきたらしい。ほどなくツタは取り払われ、玄関のドアが開かれる。鍵はかかっていなかった。
「大丈夫ですか? 救助に来ましたよ」
砕牙の後ろから顔を出して、神無月るな(
ga9580)が部屋の中をのぞき込む。
だがそこには、空の部屋があるだけだった。
「どういうことだこれは」
漸王零(
ga2930)は靴のままずかずかと部屋に上がり込む。緋室神音(
ga3576)と神無月もその後に続くが、神無月だけは玄関で靴を脱いでいた。
部屋には生活の後が残っていた。どうやら部屋の主は几帳面な性格だったらしく、こぎれいに片づけられている。若い男の一人暮らしだったのだろう、それらしい服や鞄などがパイプ製の簡易収納にかけられていた。
「外泊でもしていたということなんでしょうか」
「しかし連絡はついていないのだろう。それに見るがいい」
漸は床の上に直接置かれたスプリングマットの上を指し示す。部屋の主がそこで寝ているらしいが、布団は誰かが起きて抜け出したように乱れたままになっていた。
「ええと」
「部屋は片づいているのに、布団をこのままにして行くとは考えにくい」
「荷物は片づけていても、寝床はそのままにしているって可能性もあるわ」
「ま、それも否定はできんがな」
話している間に浴室とトイレも確認したが、部屋の主を見つけることはできなかった。
「靴があるぜ」
玄関で植物の動きを見ていた砕牙が、足下を示す。
「それは私の靴ですよ」
振り向きもせずに神無月が応える。
「それはわかってるってばよ。おまえのとは別にもう一足あるんだ」
確かに靴が2足置いてある。1足は神無月のブーツで間違いないが、もう1足は使い込まれたスニーカーだった。少々くたびれているが、丁寧に手入れしてあるようだ。
「ということは、やはりどこかへ連れ去られたと見るのが妥当か」
「真ん中の空き部屋じゃないのか。あそこだけまだ確認してないぜ」
「よし、急ごう」
3人が部屋を出て行く。最後になった神無月は、律儀に靴を脱いだことをほんの少しだけ後悔していた。
「1階はこれで終わりか。2階の方はどうだ?」
桐生と鳳が5人目の住人を救急車へ運ぶ。白鐘はそれを見送ってから2階を見上げると、2階の通路から見下ろす砕牙と目があった。
「ちょっと来てくれ。困ったことになった」
それだけ言うと、砕牙はさっさと首を引っ込める。白鐘は隣にいたフェイスと顔を見合わせた。わざわざ呼ぶということは、よほどのことなのだろう。
鳳と桐生が戻ってくるのを待たずに、2人は2階へと駆け上がる。
2階では、中央の部屋の前で4人の能力者が苦虫をかみ潰したような顔をしていた。
「どうしたんです。何か問題でも?」
「とりあえず、これを見るがいい」
漸が開け放たれたドアの中を、顎でしゃくる。
白鐘とフェイスは、言われるままに部屋の中をのぞき込んだ。
「これは」
部屋の中央に、タマネギを思わせるような巨大なものが鎮座していた。色は茶か黄で、大きさのことさえ目をつぶればまさしくタマネギだ。下は根のようなものが畳に広がって固定しているようだ。芽にあたるところからは、幾筋ものツタが伸びて天井に当たり、そこから全体に広がっている。伸びた先は板の継ぎ目や、換気扇や窓などものの隙間から外へ突き抜けている。外へ出られなかった分は、カーテンのように壁に垂れ下がり、床へ落ちて広がり、さらに根とからまるようにして混沌の様相を呈している。
そして何よりも目を引くのは、タマネギの中央やや上部あたりから突き出ている、若い人間の男の顔だった。
「あの顔は?」
「それがわからないんだ。キメラの一部なのか、それとも取り込まれた住人なのか」
「意識はなさそうですね」
「ええ、声をかけても反応しなかったわ」
ようやく追いついてきた桐生と鳳が、同じように部屋の中を確認する。
「あっちゃー、あの人、養分にでもされとるんかいな。はよう助けたらんと」
「やはり、取り込まれた住人という前提で動くしかないか」
「だな。キメラだったらそのときにまた考えようぜ」
「それはいいのですけど、まだ問題が」
全員の目がフェイスに注がれる。
「あの球根がキメラの本体だとして、今までろくに反応がなかった分、激烈な抵抗があると思うのですが」
「そうですね」
「我らの手に負えないとでも言うつもりか?」
「例えあれが強敵だったとしても、こちらは8人もいるのだし、問題にはならないと思うけど」
「いえ、だから問題なんです。どうやって部屋に入るつもりですか?」
あっ、と間の抜けた声がほぼ全員の口から漏れた。
部屋の大きさは6畳前後と言ったところ。そして部屋の真ん中には巨大なタマネギ。入ろうと思えば入れなくはないだろうが、それでは身動きすらままならない。戦闘の事を考えればせいぜい2人、それでも長物を振り回すとなると動きはかなり制限されるはずだ。それ以前に、どのような攻撃を仕掛けてくるかわからない以上、回避行動も満足にできないような場所での戦闘は非常に危険だった。
「それじゃ、始めるか。すぐに助けるからな」
覚醒状態になった砕牙が、部屋に入りながら声をかける。緋室がそれに続く。
「アイテール、限定解除。戦闘モードに移行」
狭いスペースの中で、互いに立ち位置に気を遣いながらそれぞれの武器を構えた。
「いくぜ」
「夢幻の如く、血桜と散れ――」
2人の武器が目にもとまらぬ速度で球根に走る。だが、その白刃が届くことはなかった。唐突に現れた人型によってはじかれたのだ。
「やっぱり出やがったか」
全身が緑色にそまった全裸の女性形だった。真っ赤な目と口が、大きくゆがむ。
「悪趣味な」
人形に目標を変えて攻撃を激しくさせるが、ゆらゆらとかわされてなかなか有効打を奪えない。使える空間が狭すぎることもあって、次第にいらだちが募っていく。
「こいつ、ツタの上ならどこへでも移動できるのか」
確かに、人形の立ち位置が出現時とは大幅に変わっている。
「だとすると、壁や天井のツタも切り払っていった方がいいわね」
「だな」
人形への攻撃はゆるめることなく、それと同時に周囲のツタも切り払っていく。人形は相変わらず薄笑いを浮かべながら、ゆらゆらと揺れつつツタの上を移動している。そうして人形が、階段側の壁に映ったときだった。
「行ったぞ白鐘!」
砕牙の合図が上がった直後、人形の胸から刀が生えた。
「天都神影流・狼牙閃」
隣の部屋から壁越しに攻撃したのだ。気合いの声と共に、刃が縦横に奔る。がらがらと崩れる壁の向こう側から、白鐘とフェイス、桐生が臨戦状態で姿を現した。
「狭いなら、広げてしまえば良いんですよね」
「にしても、うっすい壁やなぁ。隣の音まる聞こえやでこれ」
ずるり、と粘液質な音がして、反対側の壁のツタから新しい人形が現れる。
「やっぱり1匹で終わるわけないよなぁ」
「1匹という認識があってるかどうかわかりませんが」
「まぁ、そうかもな」
「逆側! 行ったわよ!」
緋室の合図とほぼ同時に、今度は人形の胸元に槍の穂先が生えた。同じように逆側の壁が崩れ落ち、その向こうからは、漸、神無月、鳳が姿を見せる。
「この火属性を付与した槍で燃やし尽くしてあげるよ」
「それは良いのですけど、建物まで燃やしてはダメですよ」
そのやりとりの間に、さらに新しい人形が次々と現れる。その全てがまったく同じ姿形で、顔に薄笑いを貼り付けている。
「おいおい、際限なしかよ」
「愚痴をこぼしても始まらん。一気呵成に片づけるぞ!」
「よっしゃ!」
球根を切り開くと、取り込まれていた男性が崩れ落ちるように倒れてきた。
「おっと」
砕牙はそれを受け止めて、床に横たえる。
「大丈夫?」
「とりあえず、生きてはいるな。でも、すぐに運ばないと」
キメラの体液だろうか、粘液に濡れている。根のようにも見える繊維が、男の身体に差し込まれている。どうやら本当に養分として扱われていたようだ。服は来ていなかった。
心配そうにのぞき込む神無月の横で、桐生がからかうように声をかける。
「なにをそんなにのぞきこんどんの? やーらしーなー」
「なっ、そんなわけないじゃないですか!」
「ふーん、そう? その割には顔赤いけど?」
桐生はおもしろそうにけらけらと笑う。
「そんなふうに言われたら、したくなくても意識してしまいますよ!」
「ふーん? ほな、そういうことにしとこかー」
「もう!」
張りつめていた空気がふっとゆるむ。
そんな中、毛布に包まれた男性が能力者たちによって運び出されていった。