タイトル:スピードスターマスター:緋村豪

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/09/14 11:11

●オープニング本文


「さて、今回の諸君の任務は」
 いったん言葉を切った士官は、ぐるりと室内を見回す。なんとなく、言葉を出すのに躊躇している様子が感じられる。
「謎の怪人の調査である」
 室内からどよめきが上がる。主にあきれたような、中にはあからさまに小馬鹿にするような声も混じっている。
 言った方の士官も反応を予想していたらしく、小さく溜息をついている。
「怪人、という言葉を使うのは私も抵抗があるのだが」
 士官が手元の端末を操作すると、モニターにいくつかの画像が表示される。
 闇夜に何か白い物体がぼんやりと浮かんでいる写真が2点と、鉛筆で描かれたらしいスケッチが1点。
 写真は不鮮明で何を写したものなのかよくわからない。画のぶれ方を見ると、どうやら高速で移動しているものをとらえた写真のようだが。
 スケッチの方は、あまり上手とは言えないものだった。しかし『怪人』とやらの全体像を描いたものらしいということはわかる。頭部を覆うような2つの大きな複眼、人間のものによく似た胴と四肢。そしてもっとも目を引くのが、背に生えた蛾のような4枚の羽根だった。
「現地の人は、単に『バード』、あるいは『モスマン(蛾人間)』と呼んでいるらしい」
 部屋からわき起こる話し声の質がわずかに変わった。能力者たちの間から、情報が少しずつ漏れ始めている。
「知っている者もいるようだが、一応説明しておくと、『モスマン』というのは1960年代後半にアメリカ東部をにぎわせた未確認動物、UMAだ。高速で移動する車に併走してドライバーを驚かせるというのがその行動だったようだが」
 能力者たちもようやくまじめに話を聞くようになったらしい。話し声がなりを潜めて、士官に注目が集まってきている。
「今回、諸君らに調査を依頼するのも、ほぼ同じものだと思ってもらって結構。依頼内容が調査ということになっているのは、これがまだキメラであると確認が取れていないのが原因だ。今のところ直接的な被害が出ていない。しかし被害が出るまで放っておくわけにもいかないのでな」
 部屋の中から異議を唱える声は挙がらない。
「それともうひとつ。同じ地方で気になる事件が発生している。キメラによる自動車の強奪が発生している。以前、日本のとある地方でも発生した事件なのだが、状況が酷似しているのだ。この件は発生件数はまだ1件だけなのだが。こちらの方も併せて調査してもらいたい。なお、当時の事件資料については、別途配布する」
 士官はそれだけ言うと、手元の資料をまとめてさっさと部屋を出て行ってしまった。
 質問をしようとしていた能力者たちは、あっけにとられて成り行きを見ていた。
 そのあと、ミーティングルームが罵倒の声で充満したのは言うまでもない。

●参加者一覧

御山・アキラ(ga0532
18歳・♀・PN
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
緋室 神音(ga3576
18歳・♀・FT
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
鈴葉・シロウ(ga4772
27歳・♂・BM
アズメリア・カンス(ga8233
24歳・♀・AA
優(ga8480
23歳・♀・DF

●リプレイ本文

 郊外の道を、1台の車が走っていた。
 周囲には特に見るべきものもなく、ありふれた田舎の風景が広がっている。市内に入れば多少は店も建物も増えるが、この辺りは寂しいものだった。
「さすがに、この辺りには出ないんじゃない?」
 助手席に座っていたアズメリア・カンス(ga8233)が、運転席の御山アキラ(ga0532)に声をかけた。
「そうだな」
 自分たちの他に車の姿はない。ドライブを楽しむのにも少々物足りない平坦な道だったが、見通しだけは立つ。おかげで監視はしやすいが、他に車がいないのでは意味がない。
 御山はハンドルを切って、市内へ戻る道に車を乗り入れた。
 依頼主から貸し与えられた車は、ごくありふれた4ドアのセダンだった。塗装は薄いグレー。整備も行き届いており、不具合らしいものはなさそうだ。
「前回の時は、どんなところに現れたんでしょうか。その、キメラは」
 後部座席に座っていた朧幸乃(ga3078)は、隣に座って外を監視している緋室神音(ga3576)に遠慮がちに声をかける。
「そうね。やはり、ある程度交通量の多い市街地の方ではないかしら」
「それにしても謎の多いキメラよね。なんのためにわざわざ車を奪うのかしら。補食するためってわけではなさそうだし」
「キメラの考えることなんてわからんよ」
「でも、行動原理がわかれば出現場所の絞り込みも楽になるわ」
「確かにそうだが」
「では、どういう車が、狙われやすいのでしょうか」
「車種に関しては、好き嫌いはなかったように記憶しているな」
「ガソリンが切れかかった時点で手当たり次第ってことかしら」
「車の状態がよさそうなものを選ぶのではないかしら」
「ああ、前回借りた車はひどかったな」
「廃車寸前のものばかりだったものね」
 市街地に戻る頃には陽も沈みかけて、街はすっかり茜色に染まっていた。
「今日は、見つかりませんでしたね」
「まだまだこれからよ。前の時も、見つけるまで時間かかったしね」
「ま、焦らずじっくりやるさ。ドライブを楽しみながら、な」

 陽が落ちてから、すでに2時間が経過していた。
 UNKNOWN(ga4276)と鈴葉シロウ(ga4772)は、後部座席に隣り合って座って周囲への警戒をしている。
「すっかり日も暮れちまったな」
「街が暗いですよ。個人的にはもー少しにぎやかな所が良かったんですけどねぇ」
「鈴葉の好みに応じてキメラが出てきてくれれば、確かに話は早いが、な」
「それは予測がしやすい、的な意味で?」
「いや。お前がいなくなればキメラが出てこなくなるかもしれん、とな」
「なにそれ!? 自分がキメラの元凶だとでも!?」
「知らなかったのか?」
「初耳ですよ!」
 助手席で身じろぎする優(ga8480)に、ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)は運転席から声をかける。
「仮眠はもういいのか?」
「いえ。眠れそうもありませんから」
「ま、確かにな」
 ルームミラーに目を向けると、後部座席のUNKNOWNと鈴葉は夜の街の目を向けているのが見える。どちらも鼻歌でも歌っていそうな雰囲気だ。
 街は静かだった。静まりかえるというほどではないが、活気もあまり感じられない。午後9時を目の前にして、店の大半が明かりを落としている。人通りも少なく、道を行くのは家路を急ぐ者ばかりだ。時折開いている店と言えば、小さな飲み屋か個人経営のドラッグストアくらいのものだった。
「それにしても、なんでこんな寂れた街に出るんですかねぇ。人を狙うならもっとにぎやかな街の方だと思うんだけど」
「鈴葉にはおよびもつかん考えがあるんだろうよ」
「車が多いから、じゃないでしょうか。それもある程度流れる余裕のある」
「ほう? と言うと?」
「開発の進んだ街だと、公共の交通機関が発達してますし」
「でも、そういう街の方が車もずっと多いよ?」
「多すぎるんです。渋滞が発生するほどだと、自由に動けなくなりますし。そこで無理矢理動こうとすると、逆に障害が増えて身動き取れなくなりますし」
「なるほどな。では、モスマンの方はどう見る?」
「さすがにそこまでは。推論を重ねるにも、材料が少なすぎて」
 会話が途切れた。音量を落とした音楽が車内に流れる。車に乗ったときからかけっぱなしでいい加減聞き飽きていたが、誰も止めようとしないためにずっとそのままになっていた。
 ふと、周囲が暗くなったような気がした。
 夜だというのにさらに暗くなるとはどういうことなのか。だが、気のせいではないらしい。自分以外のものも気づいている。
 鈴葉が空を見上げようと窓を開けたときだった。
 上空から何かが降りてきた。
「って、出た! 出ましたよ!?」
 飛行と言うよりは、滑空していると言う方が正しいようだ。ほとんど体を動かすことなく、滑るように飛んでいる。姿形は、スケッチで見たものとほとんど変わらないようだった。頭部を覆うような2つの大きな複眼、人間のものによく似た胴と四肢。蛾のような羽根も、確かに見えていた。
「コイツが噂の怪人か。さて、その正体は」
 そう言いつつ運転に集中するホアキン。その後ろで、UNKNOWNはなにやら含み笑いをしている。隣にいる鈴葉は、荷物を引っかき回して何かを探しているようだ。
「あ、あれ? どこへやったかな。ぶっかけてやろうと思ってウォッカを持ってきたはずなんだけど」
「さぁな」
「って、みすたあんのん? なんで自分の頭をつかんでるんです?」
「鈴葉、煩悩全開だ」
「は!?」
「行ってキメラか確かめてこい」
「ちょ、待って!? 確かに守備範囲は広いですけど! さすがに人外はムリ!?」
 後部座席で2人が騒いでいるのをよそに、優は足下の鞄から鍋のふたを取り出すと、開けた窓から乗り出して身構える。鍋のふたを投げつけて、フォースフィールドが発生するか確かめるのだ。それでキメラかどうかが判別できる。
 物を投げつけるには、少し距離が離れているだろうか。一瞬の躊躇の隙に、モスマンは後方上空へ流れていってしまった。あっと思ったときには、もう手の届かない所へ飛び去ってしまう。
「クソッ、あんなにあっさり逃げるとは思わなかったぜ」
 ホアキンは車をUターンさせて追跡に移るが、空を自由に飛び去る相手を追いかけるのはほぼ不可能だった。車のまま建物の中を突っ切っていくわけにもいかない。
「とりあえず、クールビューティチームにも連絡しなきゃですね」
「そうだな。位置関係は詳しくな」
 無線機を取り上げたところで、鈴葉が呼び出す前に緋室の声が飛び出してきた。
『こちら御山班。ホアキン班聞こえていますか。キメラが現れたわ。車強奪のキメラよ』
 4人の能力者は思わず顔を見合わせていた。

 違和感を覚えたのは、運転を交代してしばらくのことだった。
 アズメリアがハンドルを握り、隣の助手席で御山が仮眠を取り始める。そうして走り始めて少し経った頃、後続に1台の車がついた。ヘッドライトをハイビームにして、煽るように追い立ててくるのだ。とはいえ、それだけならさして珍しいことではなかった。周囲への警戒をする必要もあって、それまであまりスピードを出していなかった。そのせいか、今日一日で後ろから煽られたのは1度や2度ではない。そのうえそうして煽ってくる車に限って、柄の悪そうな若い男たちが乗っていた。こちらの車に乗っている顔ぶれを見てあおり方の性質が瞬時に変わる。そんなことを何度も繰り返し見せられると、いい加減うんざりしてしまう。
 だから最初は、またかと思っていた。
 ところが、時間をおいてもあおり方の性質は変わらなかった。それどころか、次第に距離を詰められていつ追突されてもおかしくないところまで来ている。
「もしかして、真後ろにいる車」
「そう思うのだけど、まぶしくて」
「ああ、確かにこれじゃ、運転席は見えないですね」
「だったら、速度を落として横に並べば」
「アレがもしキメラだったら、速度を落とした時点で追突されてしまうわ」
「あ、そうですね」
「とにかく、ホアキン班に連絡を取るべきだ。振り切らない程度に誘導して、合流してから足を止めよう」
 いつの間にか仮眠から起きていた御山は、小銃の用意をしながら簡単に方針を決める。
 異議をはさむものもなく、それぞれが役割を確実にこなしていく。
 ホアキンたちの車とは、程なく合流できた。無線機で互いの位置を確認しあい、問題の車を前後からうまく挟む状況にまで持ち込めた。
『こちら優。運転席に人影がないことを確認しました。車体の下はさすがにこちらからも見えませんでしたが』
「了解。今なら周りに民間人もいないようだし、タイヤを撃ち抜いて足止めしてもらえるかしら。こちらからではヘッドライトのせいで狙いがつけられないの」
『UNKNOWNだ。任せておけ。この世に生まれたことを後悔するくらい派手に吹っ飛ばしてやるさ』
「いえ、あの。一般の市街地なのだから、周囲への被害はなるべく少なくした方が」
『――こほん。そうだな、市井の平穏は守らんとな』
『うわあ、ものすごい棒読み』
 なんとも言えない微妙な空気が車内に流れる。任せてしまって良いものだろうかと、不安がもたげてくる。とはいえ、他に方法もないのだ。
 それから時を置かずして、後方から銃声が響いた。後ろから照らされていたヘッドライトが揺れたかと思うと、あっさり制動を失った。何度も大きく蛇行した末に、正面からガードレールに突っ込んで動きを止めた。
 ある程度の距離を取って車を降りると、ホアキンたちも車から降りるところだった。
 その内のひとり、UNKNOWNは手に持っていたショットガンを無造作に持ち上げ、キメラが動かしていた車の後部、丁度ガソリンタンクがあるであろう位置に撃ち込んだ。他の者が止める隙さえ無かった。
 車の後部が跳ね上がる。目もくらむような閃光と、耳をつんざく轟音を響かせて、車が爆発した。吹き飛ばされた車の部品と、粉々に砕けたウィンドウの破片が周囲に降り注ぐ。
「くっ、バグアめ」
「いや、どう見てもアンタのせいでしょ」
 苦虫をかみ潰したような顔でつぶやくUNKNOWNに、鈴葉が冷静につっこみを入れる。
 他の6人は、出来の悪いコントを見ているような気分になって、溜め息をついていた。
 ずるり、と何かがはい出してくる音が聞こえてきた。
「出てきたぞ、油断するな」
 御山の警告通り、炎と黒煙を上げる車の下から、奇妙な生き物がはい出してきた。紫色の肌、はげ上がった頭、尖った目尻と耳。そして不定形の四肢。前回遭遇したものとは少々様相が異なるようだが、基本的な部分は同じように見えた。
「なんともはや。哀れを催すな」
 ホアキンが溜息を漏らした。
 ガードレールと衝突した時の衝撃に加えて、直後の大爆発。いくらフォースフィールドがあるとはいえ、これでダメージを負っていない方がおかしい。キメラは身体の所々から緑色の体液が流れ出しており、所によっては炎に焼かれたような跡もあった。動きは多少鈍っており、どこかゼンマイが切れかかっている機械仕掛けの玩具のようにも見える。
「しかし、トドメはきっちり刺しておかないとな」
「そうね」
 御山と優は無表情のまま武器を構えた。どんな状態であろうと、キメラに対して一切容赦するつもりはないようだ。もっとも、それに異議を唱える者などいるはずもない。
 全員が、武器を構えた時だった。
 真横から、何かが飛び込んできた。
 白い何かはまっすぐキメラにつっこみ、そして跳ね飛ばした。キメラはごろごろと無様に転げていき、ガードレールの支柱にぶつかるとそれっきり動かなくなってしまった。
「なんなんだいったい」
 キメラに突っ込んだ物体は、同じように道路の上を転げていた。やがて勢いがなくなり、動きを止める。一瞬の間をおいてから、すっくと立ち上がった。
「あ、モスマン?」
 朧がスケッチを思い出してつぶやく。
 そこには、確かにスケッチ通りの姿をした生き物が両足で立っていた。ただし、巨大な蛾のような羽根はついていなかった。
「いったい、何がどうなって」
 状況の推移についていけない能力者たちをそのままに、モスマンはゆっくりとキメラに近づいていく。最初はおっかなびっくり、キメラの身体をこづく。死んでいると確認できた途端、キメラの死体を蹴りつけた。
 そのモスマンに、小さな車の破片が投げつけられた。頭部に当たって乾いた音を立てる。投げたのは朧だった。続いて御山、アズメリアも同じように小さな石やゴムの塊を投げつける。それらも何かに阻まれることなく、モスマンの身体に命中する。
 さすがに振り向くモスマンの顔に、今度は鍋のふたが命中した。フリスビーの様にスナップを利かせて投げつけられた鍋のふたは、かなりの衝撃を与えたらしい。モスマンの上体が大きくのけぞった。
「いってぇ! なんてもの投げやがる!」
 そう言ったのは、モスマンだった。
 憤然と能力者に向き直るモスマンの目の前に、シロクマが立っていた。正確には、首の上にシロクマの頭を乗せた人間だったが。
「ふはははは、たまらん! モスマンvsシロクマ! まさにB級! だがそれがいい!!」
「な、な、なんだぁ!?」
 後じさりするモスマンの身体に、大きな花が咲いた。白いスーツの上にペイント弾の塗料が弾けたのだ。投げた緋室は、かなり冷ややかな表情をしている。今度は頭部に命中する。撃ったのはホアキン。
「い、いい加減に!」
 言いかけたモスマンに、ペイント弾の雨が降り注いだ。
「いたっいたたた!?」
「ちょっ、まっ、いたたたっ! 巻き込まれっ、グハッ!?」
 UNKNOWNが小銃を腰だめに構えて、ペイント弾を乱射しているのだ。鈴葉も巻き込んでいることも一切気にしていなかった。
「ふっ、街に怪人は2人もいらん」
「わけわからんわっ」

「では、自分の車が強奪されたから、その復讐の為にこんなことをしたと? UPCに報告もせずに?」
 地面に座り込んだ男は、御山の問いに憮然とした表情で頷いた。
 男は同じ能力者の傭兵だという。能力者の間から溜息が漏れた。
「こんな衣装まで作って。ある意味すげぇな」
 フルフェイスのヘルメットを改造して、モスマンのような造形にしている。とはいえ、近くで見るとそれほど精巧なものではなかった。暗がりの中で高速走行中に見た人の方が、UMAの姿を補完していたのだろう。蛾のような羽根は、グライダーを改造したものの様だった。簡単なエンジンまでつけられており、短時間なら自力で高度を上げることまでできるらしい。
「その行動力には敬服しますが、事の善悪は最低限つけておくべきでは」
 優はあくまでも丁寧に、しかし押さえるところはきつく押さえる。
 言われた男は、返す言葉もなくうなだれていた。