●リプレイ本文
「どうやら、着いたみてぇだな」
武藤煉(
gb1042)はジーザリオの速度をゆるめた。後続の白いライトバンも、すぐに追いついてスピードをあわせる。
田畑の合間に住居が点在するような、小さな村だった。勢力の競合地域とは言え主戦場から大きく離れており、直接的な被害は出ていないように見える。だが、建材の色のくすみ具合や戸外に放置されて朽ちかけたバケツやほうきなどの日用品が、時間の流れを物語っている。田畑はかろうじてそれとわかるものの、ほとんど野原にしか見えなかった。6年も無人だったのだから当然とは言え、どこか寂しさを感じてしまう。
山間を開いて作られた村落で、交通の便が良いところではなかった。ほぼ直線的に移動してきたにも関わらず、出発からすでに4時間が経過している。陽はもう頂点を越えたところに来ていた。
「さてと、墓地は村はずれの山際の方だったよな」
武藤は周囲に視線を飛ばしてそれらしい道を見繕う。
「どの道が正解か、頼子サンに聞いてみてくれねぇか」
「あ、はい」
セシリア・ディールス(
ga0475)がうなずいて無線機を取り出す。同じくジーザリオに同乗している柊理(
ga8731)と水雲紫(
gb0709)は、未だに周囲への警戒を解いていなかった。
ここへ来るまでに一度、キメラの襲撃を受けていた。強さも数もたいしたことはなく、手こずることもなく撃退できていたが、殲滅したわけではない。車の速度についてこられるとも思えないが、それでも追跡されている可能性は残っていた。
「あの」
「あん? どした?」
「頼子さん、一度自宅に寄っていきたいのだそうです。通り道だから時間はかからないって」
「そりゃぁ構わねぇけどよ。道はこれであってるのか?」
その後、何度か無線機でやりとりしたあと、2台の車は1軒の家の前で停まった。
2台の車から9人の人間が降り立つ。
依頼人の宮本頼子は梶原悠(
gb0958)に手を借りて車から降り、6年ぶりの我が家に眼を向けた。
ああ、と溜め息が漏れた。それ自体は短いものだった。だが、深い、とても深い。
誰も言葉を発しない。何を言えばいいのかわからないのだ。
家は、大きくもなく小さくもない、和風の民家だった。瓦葺きの一階建てで、部屋数はそこそこありそうだ。2階建てではない分、部屋の数を多くしたのだろう。都会と違って敷地に余裕があるからこそできることだ。この家も他の家とそう変わらず、風化が進んでいた。廃墟とまではいかないものの、手入れをする者のない状態では、やはり痛みやすく朽ちやすい。玄関の戸の上につけられた表札も同じように木の色が抜け落ちていたが、宮本と彫られた字はまだはっきりと読むことができた。
家を見つめていたのは、それほど長い時間ではなかった。頼子が最初に口を開く。
「少し、休憩していかれませんか。汚れてますけど、縁側くらいならすぐにお掃除できますから」
能力者たちは顔を見合わせていた。できることなら用事は早く済ませて帰途につきたいところだ。もちろん、今回の目的をせかすつもりはない。とはいえ、勢力競合地域では何が起こっても不思議ではない。
「お昼を用意してきたんです。その、御礼の方が、あまりたくさん用意できなかったものですから。代わりにと言ってはなんですが」
頼子は手に持っていた荷物を示す。かなり大きなもので、頼子1人で運ぶには少々骨が折れそうだ。
そういうことなら、と能力者たちは了承の旨を伝える。好意を無碍にすることもない、というのは建前で、実際には誰もが空腹を覚えていた。
「おばあちゃん。荷物、僕が持つよ」
「あらあら、ありがとうね、リオンちゃん」
小さな体で大きな荷物を抱え上げるリオン=ヴァルツァー(
ga8388)に、頼子は顔をほころばせる。リオンは面はゆい気持ちになって視線をそらすと、弁当が詰まった荷物のバランスを取るのに集中した。
墓地の様子も酷いものだった。雑草が所構わずというよりも、雑草の中から墓石が突き立っているといった有様だ。
畑の様子を見てある程度は覚悟していたのか、頼子は落胆した様子も見せずに掃除を始めた。
その場にいた能力者たちも、すぐさま手分けして手伝い始める。
「ああ、そんな。そこまでして頂かなくても」
「どうぞお気になさらず。私たちも最初からお手伝いするつもりでしたし」
「そうそう。やっぱりね、こんな様子を見てしまったら、お手伝いしないと気が済まないですよ」
葬儀屋(
gb1766)に蛇穴シュウ(
ga8426)が声をそろえる。梶原も同じようにうなずいている。
「ホントは墓地全体の草むしりとかしようって言ってたんですけどね。宮本さんみたいにこれない人、たくさんいるはずですし」
「それをするには少々広いですかね」
葬儀屋が墓地をぐるりと見回す。
小さな寺に隣接する墓地だった。村と山の境にある寺で、宗教施設というよりは墓地の管理設備といった意味合いの方が強いのだろう。墓地の敷地は広くもなく、狭くもなく。葬儀屋の発言は、護衛をしつつ草むしりするには、という意味だ。
「僕も、手伝いたい」
最初は戸惑っていた頼子も、リオンにそう言われては断りきれるものではなかった。
「それじゃあ、お願いしようかしら」
頼子は苦笑を浮かべつつ、リオンの頭をゆっくりとなでる。リオンは頼子を見上げて、小さくうなずいた。
さすがに4人もいると、1区画分の草むしりはすぐに終わった。葬儀屋は持参したたわしを取り出して墓石を磨き始め、他の3人は草むしりの範囲を広げていく。草むらの中からバッタやトカゲ、あるいはケムシなどが姿を現すのを見てはいちいち声をあげている。時には葉で指を切ることもあり、そんな時には頼子に手当をしてもらうことになった。
「すみませんね、どうも騒々しくて」
葬儀屋が墓石に語りかけるように謝罪する。手の中のたわしは、墓石にこびりついた苔をこそぎ落としている。
「いいんですよ。主人や息子たちも、賑やかなのは嫌いじゃありませんでしたから」
そう言って頼子は、目を細めて眺めていた。
「神仏は丁重且つ清楚にあるべし。掃除は大切ですよね」
水雲は墓地の様子を見下ろしながら、誰に言うのでもなくつぶやく。セシリアは聞こえているのいないのか、反応することもなく周囲に警戒の目を飛ばしていた。
寺の背後の山、少し急斜面を上ったあたりを2人で巡回していた。本来、人が歩くような場所ではなく道も何もないところだったが、キメラにとってそんなことはお構いなしだ。こちらから襲われると墓地まであっという間にたどり着かれてしまう。能力者には戦いづらい位置だったが、警護対象が待避するための時間を稼ぐくらいはできるだろう。
「どうか、しましたか」
墓地を見下ろしたまま動きが止まっていたらしい。水雲は無意識のうちに狐の面の右目に当てていた扇子を開いて自分を扇ぐ。
「いえいえ、ちょっとした考え事ですよ。気にしないでください」
「そうですか」
セシリアの方も詮索する気はないらしい。さっさと背を向けて歩き出す。止まってないで警備に集中しろと言いたいのだろう。
水雲はひょいと肩をすくめると、セシリアにならって周囲への警戒に戻ることにした。
「ううむ」
寺の敷地の正面に陣取って、武藤は悩ましげにうなる。
さっきからずっとこんな調子で警備になっているんだろうか、と横に立っている柊は少し不安に思ったりもする。今のところはキメラが来る様子もないし、特に困ることもないのだが。
寺は小高い丘に建っており、周囲には高い木もなく見通しがよかった。キメラの接近を警戒するには楽な場所だ。
「さっきから、いったい何をそんなにうなってるんです?」
「ん? ああ。まぁ、な」
武藤にしては歯切れが悪い。柊は不審に思うが、かといってわざわざ問いつめる気もない。どうせたいしたことではない、と車中での武藤を思い出して溜息をつきそうになる。女性を乗せて運転している、というだけで妙にハイテンションだった。だから悩み事もそれに近いことだろうと勝手に思っていたのだが。
「さっきの弁当、美味かったよなぁ」
「え? あ、ああ、そうですね」
まるで予想していなかった方向に答えが出てきたものだから面食らってしまった。
「お弁当が美味しかったのが、どういう」
「あの味、どうやって出すのかって、色々、な」
「ええと。おばあさんに直接聞いたらいいじゃないですか」
「それは、まぁ、そうなんだけどよ」
それからも、ああでもないこうでもない、とうなり声を上げる武藤を尻目に、柊は溜息をこらえつつ周囲への警戒をこなしていた。
「暑いなぁ」
真夏の太陽は、昼下がりになってますます勢いを増しているように思えた。
「さてと、だいたいこんなもんかな」
うずたかく積み上げられた雑草の山を見上げて、蛇穴は両手をはたく。
結局、敷地のほとんどを草むしりしてしまった。最初は荒れ地にしか見えなかったのが、今ではすっかり立派な墓地だ。大半の墓石は苔むしているが、さすがにそこまでは手が回らない。
「すっかり綺麗にして頂いて。本当になんて御礼を言っていいのか」
頼子が深々と頭を下げる。
「そんなに気にしないで、宮本さん。あたしたちが勝手にやったことですもの」
「ええ。半分は自己満足みたいなものですしね」
「それでもやっぱり有り難いことですから」
いつまでも頭を下げ続けそうな勢いの頼子をどうにか押し止め、能力者たちは積み上げた雑草の処理に取りかかることにした。
「全員でここを離れるわけにはいかないから、リオンちゃんは残って宮本さんを守ってね」
「うん」
「呼んでくれればすぐに戻ってくるから」
リオンはこくりと頷いて頼子のそばに戻ろうとする。その肩に葬儀屋が手を乗せる。
「久しぶりの再会ですから、家族水入らずにして差し上げましょう。護衛も重要ですが、あまり邪魔にならないように」
リオンは黙ったまま、再び頷いた。
頼子に目を向けると、墓石に向かって手を合わせているところだった。
「お、そろそろ交代の時間、ってなんだその草の山は」
「お疲れ様です。草むしり、終わったんですか」
蛇穴、梶原、葬儀屋の3人は、両手いっぱいに草を抱えて、寺の表に運んできた。台車などでもあれば運搬も楽だったのだが、あいにくそんな気の利いたものは見あたらなかった。裏には焼却炉があったので燃やすことも考えたが、キメラを呼び寄せることになりかねないため、敷地の外へ積み上げておくことにしたのだ。村が無人なのだから、無理に処理する必要もない。
「案外早く終わりましたよ。思っていたよりも敷地が小さかったもので」
「お疲れ様です。僕も手伝えればよかったのですが」
「その分、警戒してもらっていたんだから」
「役割分担ですよ」
「あ、はい、そうですね」
はにかむ柊の横で、武藤が渋い顔をしている。
「それは良いんだけどよ。頼子さんは今1人なのか?」
「いえ、リオン君がいますよ。我々もすぐ戻るつもりですが」
「そんなに広いところじゃないし、あんまり心配はいらないと思うけどね」
「そか。なら良いんだけどよ」
「キメラの方はどう? 来そうな感じある?」
「静かなもんさ。この辺にはいないんじゃねぇかなぁ」
「そうですか。では、私たちは戻るとしましょう。運び出さなければならない草もまだありますし」
そう言って3人が背を向けたときだった。
「ちょっと待ってください。何かが、来ます」
最初に気がついたのは柊だった。柊が指し示す方角、確かに何かがうごめく気配がある。
「あれは」
道中で、能力者たちが撃退したキメラの群れだった。どうやらずっと追跡してきたらしく、まっすぐこちらへ向かってくる。
「正面から来るとはな」
「そう決めつけるのは早計でしょう。何匹かは後ろから回り込んでくるかもしれません」
「とにかく、みんなに知らせなくちゃ」
梶原は無線機を取り出すと簡潔に状況を伝える。返事も単純即座に了解の意が戻ってきた。
「では、蛇穴さんと梶原さんは、宮本さんのところへ戻ってください。この場は私たちが」
「いや、ここは私が残らせてもらいますよ。葬儀屋さんは梶原さんと戻ってください」
さっそく覚醒した蛇穴の表情を見て、葬儀屋はあっさり引き下がる。
「わかりました。あまり無理をなさらないように」
「気をつけますよ」
口ではそう言いつつも、蛇穴の意識はもうキメラとの戦いに向かっていた。
「頼子サンのことは頼んだぜ」
「ここは任せてください」
葬儀屋と梶原は、3人をこの場に残して敷地内へと戻っていった。
そう言っている間に、キメラは確実に距離を詰めていた。勢いに乗って跳びかかってこないところを見ると、長距離の追跡で多少は疲れが出ているのかもしれない。しかし、逃げる気はさらさらないらしい。牙をむきだしにしてうなり声を上げている。
「悪ぃがこっから先は貸し切りだ。お引き取り願おうか」
3人はそれぞれの武器を構えると、一歩前に踏み出した。
「これ、私たちからです。よかったら、お墓に供えさせてもらえませんか」
そう言って梶原が花束を差し出す。
「まぁ、そんな。そこまでして頂けるなんて、なんて御礼を言ったらいいのか」
「ご主人や息子さんはお煙草吸われる方でしたか?」
「主人は吸ってましたねぇ。息子から、体に悪いからやめろっていつも言われてたっけ」
蛇穴は笑顔を返しつつ、葬儀屋に火を借りてタバコをふかす。それを線香に並べて墓前に立てた。タバコと線香の煙が混じり合って立ち上る。
能力者たちは代わる代わるに、墓の前で手を合わせていった。
全員が終わると、頼子は改めて能力者たちに深々と頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました。掃除を手伝って頂いたり、お花やタバコまで供えて頂いて。主人たちも喜んでいることと思います」
頼子はそう言って小さく息をついた。胸の中のつかえが取れたような、少し和らいだ表情をしている。
「ねぇ、おばあちゃん。今日、ここで、家族に、会えたの?」
リオンの問いに、頼子は少し驚き、それから微笑んだ。
「ええ。会えましたよ。リオンちゃんや、他のみなさんのおかげで」
「僕も、会えるかな。お父さんや、お母さんに」
頼子は小さく息をのむ。
「そう、そうだったの」
頼子はリオンの前にしゃがんで目線を会わせると、両手をリオンの肩に置いた。
「リオンちゃんは、お父さんやお母さんの顔を覚えていますか? 2人の、笑っている顔を」
「えっと、う、うん」
「だったら、大丈夫。いつかきっと、リオンちゃんにも会えますよ。必ず」
そう言って、にっこりと微笑んだ。
車の駆動音が遠ざかる。
誰もいなくなった小さな墓地から、線香の煙が幾筋も立ち上って空に消える。
背後の山から、蝉の鳴き声がいつまでも降り注いでいた。