タイトル:胃が沈下マスター:緋村豪

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/07/19 04:03

●オープニング本文


「アリサちゃんがいないんですのよ!」
 受付に飛び込んできた女性が、開口一番にわめきたてた。
「きっと避難の時にはぐれたんですわ! 軍の方が急がせるものですから、あわてて移動してたんですのよ。そうしたら手が離れてしまって。一瞬の出来事でしたの。すぐに人並みに埋もれて見失ってしまって」
 よよよ、と泣き崩れてしまいそうな勢いだ。
 年の頃は40後半から50くらいだろうか。派手な身なりで、上品さをあまり感じない。
 がばと顔を上げて、カウンターにかぶりつく。唾が飛んできそうな勢いに、思わず身を引いてしまう。
「頭の良い子だから、家に戻っているに違いありませんわ! ワタクシ迎えに行こうとしましたのに、軍の方が邪魔して家に帰してくださらないんですのよ! ひどいと思いません!?」
「は、はぁ、そうですね」
 曖昧な返事をするのがやっとだった。
 避難時にはぐれた子を探して欲しいという依頼なのだろうとはかろうじてわかったのだが、こちらから質問をするヒマも与えてくれないものだから確かめようがない。
「まぁー! なんですの、その気のないお返事!」
 一般市民とUPCを橋渡しするためのカウンターで業務を行うようになって結構経つが、さすがにここまで強烈なのは初めてだった。
「見てくださいな、このお写真!」
 女性がハンドバックから1枚の写真を取りだした。
 5〜6才くらいの女の子と、茶色の小型犬が映っていた。女の子はひらひらの洋服を着て、犬を抱きかかえて嬉しそうにしている。犬は、確かヨークシャーテリアと言う犬種のようだ。しっかりカメラ目線になっているところがかわいらしい。
「かわいいでしょう!?」
「え、えぇ、そうですね」
「でしょう! 目に入れても痛くないっていうのかしら。利発な子でねぇ、1度言ったことは必ず守ってくれるんですの。好き嫌いもないし、おとなしくて、ほんとにもうかわいくてかわいくて」
 顔が崩れる、というのはこういうことを言うのだろう。だが正直、あまり見たいと思えるようなシロモノではない。
 そこで事の重大さに気がついた。
「で、では、この子が避難勧告された地域に残されてるとおっしゃるんですね?」
「ですから、先ほどからそう言っているでしょう!」
「わかりました。もう少し詳しい情報をお聞かせいただけませんか。能力者の方々に依頼するには、情報はあればあるほど確実性が増しますから」
「ええ、ええ、是非お願いしますわ! ああ、アリサちゃん、もうしばらく辛抱していてちょうだいね!」

●参加者一覧

リチャード・ガーランド(ga1631
10歳・♂・ER
守原有希(ga8582
20歳・♂・AA
まひる(ga9244
24歳・♀・GP
神無月 るな(ga9580
16歳・♀・SN
イスル・イェーガー(gb0925
21歳・♂・JG
梶原 悠(gb0958
23歳・♂・GP
鹿嶋 悠(gb1333
24歳・♂・AA
護堂 源一郎(gb1568
87歳・♂・FT

●リプレイ本文

「んまぁ、なんですの? この下品な人は」
「んなっ」
 顔をあわせるなり飛び出したその台詞に、まひる(ga9244)は絶句した。
 強烈なキャラクターの持ち主だと聞いてはいたが、さすがに会っていきなりぶちかまされるとは思っていなかった。いくらなんでも初対面の人間に言うことではない。
 係官の者が見かねたのか、あわてて依頼人に注意を促す。
「この方が? 本当に?」
 依頼人は聞かされたことにいったん驚き、それから疑わしそうに、値踏みするような目つきで上から下までねめあげる。
「それにしては破廉恥な格好ですこと。ウチのアリサちゃんには見せたくありませんわね」
「くっ、こ、このっ」
「ダメよ、ストップ。どうどう」
 思わず爆発しそうになったまひるを、梶原悠(gb0958)が寸前のところで引き留める。
「気持ちはわかるけど、怒った方が負けなのよ?」
「で、でも」
「いいから。ほら深呼吸。吸って〜吐いて〜」
 言われるままに呼吸を整えて、どうにか落ち着きを取り戻した。しかし表情が引きつってしまうのはどうしようもない。
「あなたも能力者の方なんですの?」
「ええ、そうなんです」
「若い女の子ばかりなのね」
「あら〜、そう見えますぅ?」
 依頼人の声にはあからさまに侮蔑の色がこもっていたのだが、梶原は別の意味でその言葉を喜んでいた。依頼人はそれを気味悪そうに見ている。どうやら予想外の反応には慣れていないらしい。
「女の子ばかりではありませんよ。ちゃんと男だっています」
 鹿嶋悠(gb1333)が1段高いところから3人を見下ろしている。
「ふぅん。あなたも若そうだけど。あんまり頼りになりそうにないわね」
 どうあっても主導権を握っておかないと気が済まない質らしい。そのうえ若さに対して嫉妬でもしているのか、言葉から棘が抜けそうにない。
 目の前で相手をしている者も、離れた位置で様子をうかがっている者も、一様に心の中でため息をついていた。
 だがそんなことはおくびにも出さず、梶原はにこやかに話を続ける。
「ご依頼主様はお客様ですから。いざ戦いになると、皆頼りになるエキスパートですよ」
「フン、どうだか」
 梶原は、斜め後ろに立っていた鹿嶋を肘でつついた。それで意図は伝わったらしい。
 次の瞬間には、鹿嶋の穏和な雰囲気が吹き飛んでいた。蒼く変色した瞳が依頼主をギロリとにらみつける。雰囲気だけでなく、部屋の中の空気までもが一変する。
「な、なっ」
 隣で成り行きを見ていたまひるが口の端をつり上げて笑い、同じように覚醒した。全身の筋肉が野生動物のように張りつめる。肉というより何か硬い物の軋むような音が聞こえてくるようだ。
 部屋に充満する剣呑な雰囲気に、依頼人はさすがに顔色を失っていた。
「わ、わたくしをどうするおつもり!?」
「いーえぇ、あたしたちはただ、お話を聞きたいだけよぉ? アリサちゃんを無事、保護するために、ね」
「わ、わ、わかりました! わかりましたから!」
「そうですか。それはよかった」
 梶原がにっこりと微笑む。それと同時に、鹿嶋とまひるは覚醒状態を解いた。途端に張りつめていた部屋の空気がゆるむ。
「で、まずお聞きしたいのは、救助対象のことなんですけど」
 すっかりおびえておとなしくなった依頼人から、話を聞き出すのにはそれほど苦労せずに済んだ。
 部屋の入り口のそばに立っていた係官は、同じように見ていた他の能力者たちと顔を見合わせて苦笑していた。

「さっきはありがとね、ハルカ」
「あら、いいのよ。まひるちゃんの気持ちもよくわかるから」
 車での移動中、まひるに振る舞われた弁当に手をつけながら、それぞれが話に花を咲かせている。
「すまんかったのう、任せっきりで。どうも儂は、ああいう女性が苦手での。それにしても、あしらい方は見事じゃった。儂にはとうてい真似できんわい」
 旺盛な食欲で弁当を平らげながら、護堂源一郎(gb1568)はしきりに感心していた。
「やだもう、源さんったら。そんなにおだてたってなんにも出ないわよ? あ、麦茶飲む?」
「梶原さんの対応にはみんな感心してますよ。梶原さんがいなかったら、あそこまでスムーズに話を聞けなかったと思います」
 鹿嶋までもが調子を合わせてくる。さすがの梶原も、ここまで持ち上げられると嬉しさ以上に、照れくささまで出てきてしまう。
「ちょぉっと、んもう、みんなしてあたしを持ち上げてどうするつもり? あぁんもう、なんだか暑くなってきちゃったわ。脱ごうかしら」
 上着に手をかける梶原を、鹿嶋が真っ赤になりつつもどうにか押し止める。
「ハルカってさぁ。あ、聞いてもいい?」
「何よぉ改まっちゃって。遠慮なんて似合わないわよ?」
「えっと、男? なんだよね?」
「おう、わしもそれを不思議に思っておったところよ。事前情報では男になっとったのに、そんななりしとるしの」
「うふふ。オ、ン、ナ、よ。心は、ね」
「ふうむ」
「ええと。それはつまり」
「一般的にはニューハーフってことになるのかしらね」
「じゃあさ、じゃあさ、下の方はどうなってるの!? ついてる!?」
 まひるは興味津々と言った様子だ。質問の時に鼻の穴が一瞬ぷくりとふくれる様などはまさにエロ親父のノリだ。
 護堂はおもしろそうに成り行きを見ているし、鹿嶋は赤面しつつも好奇心を隠しきれていない。
「うふふ。どうかしらね? なんだったら確かめてみる? ベッドの、う、え、で」
 言われた方が身震いしてしまう。男のものとも女のものとも思えない妙な色気がある。
「えぇと。ごめん、さすがにそこまでは」
「あらん、残念。源さんや悠ちゃんはどう? あなたたちなら大歓迎なんだけどなぁ?」
「お誘いは嬉しいんじゃが、さすがに遠慮しておくわい。年には勝てんからの」
「あの、いえ、俺も」
「あら、そう? でも、気が変わったらいつでも言ってね?」
 特に気を悪くする様子もなく、梶原はウィンクしてみせる。
 目尻からピンク色のハートマークを飛ばすようなその仕草に、護堂と鹿嶋は思わず顔を見合わせて、曖昧な笑みを浮かべていた。

「あーっ、ダメだよ源じーちゃん!」
「ん? 何がじゃ?」
 護堂が懐から葉巻を取り出してくわえたところで、リチャード・ガーランド(ga1631)が大声を上げる。
「動物は臭いに敏感なんだからさー、タバコはダメだよ」
「おお、そうか。そりゃまずいの。坊は物知りじゃな」
「こんなの誰でも知ってるよ!」
 現地についてからは、2人組に分かれてそれぞれで捜索を開始した。
 依頼人の話によると、捜索の対象は犬の方だった。家にいるだろうとは聞いていたが、その家の敷地というのがかなりの広さになっている。どうやら結構な資産家らしく、豪邸と言っても差し支えないほどだ。
 ICレコーダーに依頼人の声を録音して何度も再生してはいるが、今のところ芳しい成果は出ていなかった。
「で、坊はどのあたりにいると思うかね」
「うーん。小型の室内犬だから、基本的には外をうろつきまわる可能性は低いと思うんだ」
「ふむ。少なくとも敷地内にいると見ていいわけじゃな」
「多分ね。100パーセントとは言い切れないけど。そもそもこの家に戻ってきてないって可能性もあるし」
「そうじゃな。なら、適当に時間を区切って、捜索範囲を広げることも考えておかねばなるまいの」
「できれば家にいて欲しいんだけどな。ほとんど敷地の外には出さなかったらしいし。外を捜索するにしても範囲の指針も決めようがないしなー」
「その時はその時じゃ。そうなってからまた考えれば良いて」
 敷地の裏口にさしかかったとき。
 外の通りに面した鉄柵門の前で、前足を立てて座っている犬の姿が見えた。敷地の外に顔を向けている様子は、誰かが通りがかるのを待っているかのようだ。
「あれは」
 借りてきた写真と見比べて確かめてみる。アリサという犬に間違いなさそうだ。
 犬の方もリチャードたちの存在に気づいているらしく、首を回して視線を向けてきた。
 一瞬、見つめ合う2人の人間と1匹の犬。
「アリサ!」
 リチャードが名前を呼ぶのと、アリサが駆け出すのがほとんど同時だった。アリサはあっという間に建物の勝手口にたどり着き、もう一度視線をこちらの飛ばしてくる。その後、ドアをすり抜けて中に入っていった。
「ああっ、せっかく見つけたのにー」
 リチャードと護堂は、アリサが入っていった勝手口に走り寄る。
 ドアには鍵がかかっているらしく、ノブを回しても音を立てるだけで開きそうもない。ドアの下の方、地面に近い位置には犬用のものらしい出入り口がついている。アリサはここから入っていったのだろう。大人の両手があればふさげる程度の大きさしかなく、子供と言えどもくぐり抜けるのは不可能だ。
「家の鍵って、預かってきたんだったよね。誰が持ってるんだっけ」
「確か、梶原君ではなかったかの」
「じゃあ急いで呼ぼう。あ、そうだ。他の人にも見つけたって連絡しなきゃ」
「おう、そうじゃそうじゃ」

「勝手口の方で見つかったって。急がんとね」
「うん。僕も聞いたから」
 広すぎる庭で捜索していた守原有希(ga8582)とイスル・イェーガー(gb0925)は、リチャードからの連絡を受けて、すぐに勝手口の方へと走り出した。いくら敷地が広いとはいえ、寄り道せずに走ればそれほど時間がかかるわけでもない。2人は間もなく勝手口にたどり着く。
 待っていたのは、護堂とリチャードの2人だけだった。
「鍵はまだ?」
「うん。もうすぐつくと思うけど。ああでも、まひるねーちゃんと鹿嶋のにーちゃんは外を探してたみたいで、戻ってくるのに時間かかるってさ」
 そうこう言ってるうちに、ばたばたと騒々しい足音が近づいてくる。
「ほら、ハルカさん急いで急いで!」
「ちょっと待ってったら。えぇと、これが玄関でしょ、これが通用門、これは」
 手に持った鍵束の中から勝手口の鍵を探しているらしい。走っているとじゃらじゃらと揺れて、かなり探しにくそうだ。
「あぁんもう、なんだってこんなにたくさんあるのよ!」
「あっ、ほら、もうみんな待ってますよ!」
 結局、勝手口の鍵を探し当てたのは、神無月るな(ga9580)だった。梶原が探していたのを、横からめざとく見つけてつまみ上げたのだ。そのまま鍵束を受け取り、ドアに差し込んで鍵を開けた。
「お邪魔しまーす」
「誰もいないのに」
「でもほら、一応他人の家だから」
 イスルのぼそりとつぶやいたつっこみにも、神無月は律儀に応える。
 勝手口から入ると、そこは厨房だった。ステンレスの流し台や調理台が所狭しと並べられている。
 厨房の奥、家の内部へ通じているらしい出入り口に、アリサがいた。しかし、能力者たちが入ってくるのを見ると、さっさと背を向けて走り去ってしまう。
「あっ、また逃げた!」
「警戒心の強い子なのかな」
 追いかけて厨房を飛び出すと、今度は廊下の先でこちらを見ていた。そしてまたすぐに奥へ走り出す。
「飼い主の声なら待ってくれるかも」
「ああっ、忘れてた!」
 しかし、それも同じ結果になった。アリサはまったく頓着せずに、家の奥へ奥へと行ってしまう。
「うーん、これって」
「どうしたの?」
「なんか逃げられてるというより、案内されてる感じがするんだけど」
「案内って、どこに」
「それはアリサに聞いてみないと」
 そう言ってる間にも、アリサは走り続けている。イスルが指摘したとおり、闇雲ではなく目的のある走り方のようだ。
 1階を走り抜け、階段を駆け上り、2階の奥まった部屋まで一目散だ。
 たどり着いた部屋のドアは少しだけ開いており、アリサはその隙間に入り込む。
「ようやく目的地ですか」
 部屋の前で足を止めて、守原がつぶやく。
 それとほぼ同時に、部屋から声が聞こえてきた。
「誰かいるの?」
 小さな女の子の声だった。
 能力者たちは驚いた顔を見合わせる。
 そうしていたのもわずかな時間だけだった。声を出さずに打ち合わせを始める。不測の事態に備えて、突入の順番を決めていたのだ。とはいえ、ほとんど確認するだけだったが。
 護堂と守原が先に踏み込み、残りが援護する形になる。
 それぞれが武器を構えて位置に着く。ドアの脇に張り付いた護堂が手で合図すると、守原以下5名が一斉にうなずいた。
 勢いよくドアを開いて、護堂と守原が踏み込んだ。ドアの外では残りのものが援護の体勢をとっている。
 少々広めの寝室だった。右手の壁に頭をつける形で大きなベッドが置いてある。左手にはテーブルとソファ。他にもテレビや小物や、様々なものが置いてある。
 ソファには、小さな女の子が座っていた。びっくりした顔で闖入者を見ている。両手でしっかりとアリサを抱きかかえている。
「だ、誰?」
 他には誰も、いや他の生物はいなさそうだ。
 能力者たちは構えていた武器を降ろした。
「えっと、君は?」
 聞かなくてもだいたいわかるのだが、一応の確認のために。
 部屋にいた女の子は、依頼人から預かった写真に写っている女の子だった。
「わたし、有紗」
 名前を聞いた瞬間、能力者たちは心の中で依頼人に対してほぼ同じような罵声を浴びせていた。そしてそれを思わず口に出していってしまったものが1人。
「紛らわしい名前つけんなよな」
 隣に立っていた梶原が、あわててイスルの口をふさぐ。さすがに本人を目の前にして言うべき事ではない。
 女の子、有紗はアリサがいないことに気づいて、1人で家まで戻ってきたらしい。アリサを連れて避難先へ戻るつもりだったのだが、1人と1匹での暮らしが思いの外快適だったらしく、ずるずると過ごすことになってしまったという。
「なんとも、剛胆な娘じゃな」
 ともかく、能力者たちが迎えに来たのだというと、有紗は素直にうなずいた。

 有紗とアリサを連れて外へ出たところで、キメラに襲われることになった。
 正確には、まひると鹿嶋が連れてきたのだが。捜索の範囲を広げすぎて、アリサではなくキメラを探し当ててしまったのだ。強さはそれほどでもなかったが、数が少々多かったために合流した方が良いということになった。
 そのキメラも、もうすでに骸をさらしていた。
 有紗はおびえた様子もなく、その光景を見ている。
「これを見てもおびえんとはな。なんともはや、嫌な時代じゃわい」
 護堂のため息をよそに、神無月はアリサ受け取って嬉しそうに抱きしめている。
 その横で、リチャードが思案深げに質問をぶつける。
「君のお母さんってさ、もしかしてアリサに嫌われてたりする? 声を録音して持ってきたんだけどまるっきり反応しなくてさ」
 ICレコーダーの声を聞いた有紗は、思わず吹き出していた。
「これ、おばあちゃんの声だよー。おばあちゃん、いつもアリサを抱きたがるんだけど、アリサはいっつもすぐに逃げだすんだよ」
 今度は、能力者たちが吹き出す番だった。依頼人にも少しはかわいそうなところがあるんだなと、初めて思えた。