●リプレイ本文
●走り出す緊張
任務を受け、傭兵達はラスホプ所属の高速艇で、ウラジオストックにあるロシア軍極東基地へと向かっていた。数多くの戦闘機やKVが並び、臨戦態勢に成っている中、彼らはガリーニンの格納庫へと、足を踏み入れていた。
「さすがに、でかいな‥‥。居住区もあるし」
周囲を見回しながら、赤村 咲(
ga1042)がそう言う。兵舎を兼ねたその建物には、ガリーニンに搭乗する隊員達の部屋もある。当然、隊長であるツォイコフ中佐も、何処かにいるはずだ。
「あー、皆ー。待ってたぉー。こっちこっち〜」
周囲を見回していると、ミクが曲がり角の向こうから手を振った。まるで潜入作戦中のように、ベレー帽を被った彼女、そう言って、皆をある部屋へと招き入れる。
「ミクちゃん、お久しぶり☆ 私の事覚えてる?」
「うん、覚えてるよ。猫耳のお姉さんだよね?」
きっぱりと言われて、顔を引きつらせるアリス(
ga1649)。あれは、ミクを納得させ、囮になるべくつけた代物だったはずなのだが、しっかり印象に残ってしまったようだ。
「あ、あははは。覚えてくれているのは良いけど、その猫耳は、別に趣味じゃないからね〜?」
「きゃはは、くすぐったいよぉ」
お仕置き! とばかりにわきの下を狙われて、きゃっきゃと楽しそうな悲鳴を上げるミク。と、まったく緊張感のない二人に、咲が苦言を呈す。
「その辺にしておいた方が良いんじゃないかな? 今回の任務は、ガリーニンの護送。そこのミニ准将さんをどうこうする事じゃない」
怒られて、顔を見合わせるアリスとミク。
「人聞きの悪い」
「あたし平気だよ〜♪」
ならいいんだけどね‥‥と、嘆息され、ミクは困ったようにこう言った。
「怒ってる?」
「緊張してるだけよ。きっと」
そんな彼女の頭を撫でると、アリスは肩をすくめて、そう答えるのだった。
●背水の陣
ミーティングルームと表記された、兵舎の会議室。ラスホプにあるのと、とてもよく似たつくりのそこでは、モニターからまるで洗脳するかのように、プライウェンの概要が流されていた。
「プライウェンのニュース、繰り返し流されてるなー」
兵士を鼓舞する目的で流されているであろうそれを見て、咲がそう呟く。
「勝って、人類反撃の狼煙とする‥‥確かに勝利以外、我々には無いですから、ね」
何か、約束をしているらしいキーラン・ジェラルディ(
ga0477)は、感慨深げにそれを見上げた。
「あれよあれよと言う間に、大規模作戦が展開されてたアルけど、人類の勝利の為に頑張るアル」
対照的に、静かにそのニュースを受け止めている烈 火龍(
ga0390)。それぞれ、思うところはあるのだろう。水理 和奏(
ga1500)もその1人だ。
「それもあるんだけど‥‥」
「どうしたの?」
ぎゅっと両の手を握り締めて、祈りを捧げるような仕草の彼女に、ミクが首をかしげる。
「うん‥‥。偵察隊に、大切な人がいるの‥‥」
「そっか‥‥。無事だといいね‥‥」
まだ子供の和奏の事、きっと家族とかそんな感じの人なのだろう。と、彼女はミクの台詞に頷いて、こぶしを突き上げた。
「私、信じてる。だから、大好きなみゆりお姉さん達のためにも、絶対失敗できないっ!」
「そうね。自分の母国だもの。なんとしても守りたいわ」
皇 千糸(
ga0843)もそう答える。まだ若い彼女、それしかできないから‥‥と。
「‥‥やるしか、ねえな」
何はなくとも、それをやらなければ、今回の作戦は始まらない。そう考える稲葉 徹二(
ga0163)だった。
「それで、例のプランなんだけど、出来れば、中佐が来ない部屋で話しが出来ると有り難いわ」
「うん、おじ様は今、ガリーニンの整備チェックをしているはずだから、今のうちに、ここを使うといいよ」
アリスの申し出に、頷いたミクは『使用中』『関係者以外立入禁止』と書いたカードを、会議室の入り口に置いた。基地の備品コーナーにあった正規の物だから、大丈夫だろう。
「ありがと。積荷のデータとかはあるのかしら?」
「うーん‥‥。本当は、まだ秘密にしなくちゃ行けないんだけど、いいや。おじ様引っ張ってこなくちゃいけないし」
礼を言ったアリスに、再度尋ねられ、ミクはよっこいせっとバッグから、モバイルコントローラーを取り出す。かなり小型化されたそれを、彼女はモニターに繋ぎ、あっという間に情報を引き出してしまった。
「大丈夫なのか?」
「痕跡は消しておくぉ。はい、これで本部直通回線OKっと」
そう言う意味で尋ねたわけではないのだが、稲葉くんがそう言うと、彼女はにんまりと笑って、モニターにプライウェンの詳細な概要を表示していた。良く見れば、左腕に音叉の紋章。どうやら、覚醒すると、天才児の片鱗を覗かせるらしい。
「これは‥‥。でかいな‥‥」
そう呟く稲葉。映っていたのは、『極秘』と書かれた、G4の画像だ。正式名称は、G4弾頭。G放電管の原理を利用した特殊なプラズマ爆弾の事である。直径18m、全高32mの円筒形。これに10数トン分の制御機械類が付属する。結果、弾頭の重さは195tにも上る。
「日本は今までターゲットになってなかったから、これが温存されてたんだ。まぁ、こんな大きな弾頭、搭載できるミサイルないってのが本音だけど。で、運べるのは、中佐のガリーニンだけ。それに、すっごくデリケートで、衝撃に弱いの。だから、輸送にはかなり注意が必要」
八王子工場の周囲に、キメラやワームが張りこんでいる事を考えれば、地上輸送はまず無理だろう。G4本体も、遠隔操作の場合で作動率は40%。起爆寸前まで調節を行っていれば70%程度の。もちろんその場合、調節を行っている技術者は緊急脱出を行なう必要がある。
「これを運ばせるつもりなのか」
「そうみたいだよ。だって、そうしないと、これ壊せないもの」
稲葉にそう答え、ミクはギガ・ワームの解析した映像を見せる。直系数キロにも及ぶそれは、拠点攻撃用の大型ワーム。『シリウス』の中身でもあり、メトロポリタンXを陥落させたのも、同じタイプのものだ。ただし、もっと大きいが。
「バグアの人、これでもって、名古屋のUPC本部を狙うみたいだって、暗号解読班の人が言ってた。あそこ落とされると、日本軍はがたがたになっちゃうしね。だから、これを使って、その前にギガワームを殲滅しようっていうのが、今回の作戦だよ」
つまり、この弾頭を機体に搭載したまま、直接体当たりさせる‥‥。ついでに日本総本部殲滅を阻止できればなお良し‥‥それがガリーニンの『荷物』だった。
「中佐は何を嫌がってるんだ?」
「ガリーニン、自動操縦不可」
キーランの問いに、ミクはあっさりと言った。ガリーニンは巨大な図体の割にはデリケートな機体で、完全な自動操縦が出来ない。つまり、体当たり直前までパイロットとエンジニアが乗り込み、操縦を制御しなければならない。そして、爆弾を起動させる前に脱出させなければならないのだ。もちろん、その後搭乗員を回収しなければならない。
「でも、それじゃ特攻じゃない」
「うん、そうだぉ。失敗したら死亡確定。成功しても、ガリーニンは失われる。だからロシアUPCは渋ってるの」
千糸の台詞に、ミクは平然とそう言っている。「おじ様も、日本が落ちても我がロシアが残ってれば大丈夫って言われてるみたいだよ」と淡々と続けていた。
「なるほど‥‥。ロシアとしては、貴重な輸送力を、そんな不確定要素に失いたくないと言ったところか‥‥。上層部では、なんと言ってるんだ?」
「仕方ないってさ。第一、ターゲットが日本じゃない? カミカゼって言われて、それまでだよ」
キーランが尋ねると、ミクは首を横に振った。この場合の『仕方が無い』は、おそらく必要な犠牲と言う意味だ。
「中佐が俺達に非協力的なのは、『部下を無駄死』させる確立が高いと踏んでいるからだろう。確かに、勝算の無い戦いは無益だ」
煉条トヲイ(
ga0236)が、さもあらんと頷く。事前に知らされた人柄とエピソードでは、その部下を大切にする御仁のようだ。そんな時代劇じみた特攻作戦には、応じられないと言ったところか。
「当然だよ。そんな事したら、大事なガリーニンも、部下の皆さんも、コマの一つとして放棄しなきゃいけなくなるもの」
覚醒後のミクは、平然とした顔で告げる。感情表現が変わるのは、エミタの能力者によくある事だが、彼女の場合、より『冷たくなる』ようだ。
「でも戦争って、そう言う事なんでしょ?」
「ああ‥‥。そうだな‥‥」
それも、子供の冷酷さ。あっけらかんとそう言うミクに、トヲイはややげんなりした表情で、そう答えるしかなかった。
●ガリーニン
さて、話を整理した一行は、いよいよ本題とばかりに、ガリーニンの元へと向かった。
「話を聞く限りだと、ツォイコフ中佐ってなかなか、好感がもてる人‥‥ね。‥‥将来は私も、ああいう上司が欲しいものね」
アリスが、肩をすくめてそう言っている。上層部の特攻作戦を良しとせず、自ら赴いて部下を救出しようと言うエピソードを聞いて、中佐に対する好感度を高めているようだ。
「ミクの話だと、機体整備そのものは部下に任せてるが、最後の点検は、一緒にやるらしい。その前に、何とか接触したいもんだな」
キーランがスケジュールをメモった紙を手に、そう教えてくれる。そんなわけで、一行が、ガリーニンの格納庫へと向かった所。
「いたいた。って、あれ? 和ちゃん?」
数人の作業員に混ざって、先客がいた。良く見れば、和奏である。
「そっか。乗ってる荷物に気を使ってくれる子なんだね‥‥。ガリーニンも好きになってきちゃったかな‥‥絶対、守るからっ!」
機械もお友達と思うタイプの彼女、ガリーニンの特性を聞いて、そう宣言している。輸送機体らしく、こちらから挑むような武装はないが、逆にその内部には、緩衝装置が組み込まれており、スピードが遅い分、やわらかい印象を和奏は受けていた。
「ふむ。衝撃の緩和処理はしてあると言う事ですね‥‥。あの、少々お話を聞きたいんですけど」
キーランがそう言って、整備員達に話かける。何人かは搭乗する部下も混じっているらしく、あまり快くない視線を投げかけられていた。しかし、こちらが下手に出ている分、相手はしてくれている。それに乗じ、キーランはこう尋ねた。
「貴殿らが戦う理由は何ですか? 日本が陥落すればバグアは極東支部へ手を伸ばしてくるでしょう。今は戦うべき時。ガリーニンの力が必要なのです」
と、その時だった。
「だからなんだ? すでにロシア軍は、バグアと戦闘態勢にある」
響くような低い声がして、つかつかと軍靴の音を響かせて現れた御仁。このガリーニンの機長を務める、ミハイル・ツォイコフ中佐である。
「むしろ、我々が戦っているからこそ、無事でいられている。違うか?」
彼は表情を変えずにそう言った。確かに、千歳はロシア極東軍が押さえているからこそ、持ちこたえているに過ぎないだけだと言うのは、ラスホプにも聞こえてくる情勢だ。
「露西亜の漢は勇敢で中佐の部下は勇者揃いと聞いたアル。一緒に戦えて光栄アル」
それでも、烈は敬礼で挨拶をしていた。礼儀を重んじるように躾けられているように見えるが、実際はそうして部下を持ち上げて、ヤル気を出してもらえればと言ったところか。
「だったら、せいぜい足手まといにならんようにするんだな」
もっとも、ツォイコフは、そんな考えなんぞお見通しらしく、2人を一瞥すると、作業員からチェック表を受け取り、作業を始めてしまう。
「け、結構難攻不落だな‥‥」
「完全に俺達を下に見てる‥‥」
顔を見合わせるキーランと稲葉。と、顔見知りらしいミクが、やっぱりご挨拶。
「おじ様、ごきげんよう。おじい様がよろしくっておっしゃってましたわ」
「‥‥ミク、お前もいい加減戦争ごっこなんぞしていないで、キャスターの所に帰った方が良いぞ」
中佐の鉄面皮は崩れないものの、そう答えた彼の姿を見て、和奏が遠慮ない一言を口にする。
「中佐ってミク准将のような子が好きなのかな? えっと、それって確か、ロ‥‥」
「わーわーわー。和ちゃん、そう言う事は、分かってても言っちゃだめ」
慌てて咲が口をふさいだ。しかし、中佐はギロリとこちらを睨みつけると、「聞こえているぞ」と一喝してくる。
「中佐。今度の作戦、本当に勝算が無いか‥‥ご自分の目で見極められよ。俺達は不可能を可能にしてみせる。大言壮語では無い事を、名古屋迄の間に証明しよう」
その態度に、トヲイが力強く宣言する。信頼は行動で勝ち取る物。必ず、ガリーニンを送り届けてみせる‥‥と。
「中佐は成功の可能性が0になった時点で、とおっしゃいました。ならば俺達はコンマ1でも可能性を死守します」
ミクから聞き出した話を思い出しながら、咲もそう言った。だが、中佐はそんな彼らにこう答える。
「若いな。そんな事を言うあたり、所詮は民間人上がりと言う事か」
ぐさぁっと各位に突き刺さる『民間人上がり』の文字。
「日本が落ちれば北海道の戦力がロシアを向きます。いつか打つ博打なら味方が元気な内が宜しいかと」
「函館を押さえられ、千歳も陥落間近と言うこの状況では、北海道の戦力なんぞ期待していない」
稲葉がそう言って説得するが、確かにすでに戦力はロシアを向いている。それに、極東ロシアがいなくなった時、北海道は完全に支配下に置かれるだろうと、もっぱらの評判だった。
「確かに人類に逃げ場はありません、しかし座して死を待つ程僕達は絶望していない」
「大げさな話を持ち出す事が、まだ青いと言うのだよ」
咲が再びそう言ったが、中佐にとっては、人類の未来どうのというあたりが、気に食わないようだ。
「ギガ・ワームを墜とすことは、この上ない人類の希望となります。そしてそれができるのは、あなた方のガリーニンだけなんです」
「その理屈は、昔カミカゼをやらせた上層部の説明にそっくりだな。それで、何人の犠牲が出たと思っている? それに、ギガ・ワームは一機だけではないぞ」
千糸も言い募るが、ロシア人の中佐にとっては、その理屈は通用しないようだ。
「この頑固さ、この暑苦しさ。あの髭親父‥‥ではなく、ツォイコフ中佐は故郷の親父と似ている」
頭を抱えるトヲイ。
「足並みを揃えることを忘れ、メトロポリタンXの悲劇を許した国連の‥‥中佐は、それをまた、繰り返してもいいと思うの?」
「あれはエミタがまだ開発されていない時だったからだろう」
アリスの説得も、右から左。確かに、スチムソン博士がその実用化にこぎつけたのは、陥落の翌日だ。
「ガリーニンは私達が全力で護ってみせるから‥‥、そうね、無事、日本を護れたら一緒にお茶でもどう?」
「で、自分達の理屈が通じないと、今度は色仕掛けか」
魅力的に微笑んでみせるアリスだったが、中佐にそれは通用しない。「むー‥‥」と頬を膨らます彼女。どうやら自分達の理屈は、ツォイコフには通用しないらしい。そう感じた稲葉は、かなりむっとした表情で、壁を叩いた。
「いい加減にしろよ。本土で戦ってる仲間を見捨てられんでありますよ‥‥アンタだって部下が大事なら判るだろうがッ!」
「‥‥しつこいぞ、お前ら」
いい加減にしろ! と言いたいのは、中佐も同じらしい。このままでは、埋めきれない溝が発生しそうな空気が、あたりに漂う中、和奏がすがりついた。
「中佐、危険な事お願いしちゃってごめんなさい‥‥」
おめめを潤ませて、怒られた子供のように。
「えぇい、能力者が泣くんじゃない」
「ひっく‥‥。でも、ここに居ないみんなも命懸けで‥‥だから、お願いっ!」
大声を出され、びくりと体を震わせる和奏。難しい事は分からないが、受けてくれないと始まらない事くらいは分かる。だから。
「覚悟ならあります。誰も死なせない覚悟が」
しゃくりあげる和奏の肩を抱きしめながら、千糸がそう言った。静まり返った格納庫で、和奏の泣き声だけが響く中、ツォイコフは引きつった表情で、ベレー帽を目深にかぶりなおす。
「わかったわかった。行ってやるから、泣くんじゃないっ」
「ありがとっ‥‥おじさん、大好きっ!」
ぶすっとした調子で、そう言われ、先ほどまで泣きじゃくっていた和奏は、ぱっと表情を輝かせると、ツォイコフに抱き付いてしまう。
「まったく、キャスターの奴に言っておかなければな‥‥。子供の理屈を基地に持ち込むなと‥‥」
「子供ってつえー‥‥」
困惑したように彼女を引き剥がす中佐を見て、トヲイはそう呟くのだった。
●出発
中佐の説得を無事終えた傭兵達に降りかかったのは、偵察隊からの悲鳴じみた報告だった。
「飛行キメラはともかく‥‥、トータルで100か‥‥。厳しいな‥‥」
厳しい表情を見せる稲葉に、無線からツォイコフの怒鳴り声が響いてきた。
『既存の戦闘機では、1匹倒すのに、70機いる。貴様ら、さっきの台詞が嘘でない事を証明してもらおう!』
「んな事ぁ、百も承知だよ。イーグル各機、出撃するぞ!」
稲葉がそう言って、メインエンジンに点火する。通常戦力では、7000に相当する部隊。それでも、本隊の数パーセントに過ぎないだろう。
「イーグル2、Azure了解」
キーランがKV・S−01に乗り込む。アザーと言う聞きなれない名前だが、今は亡き親友が、自分の瞳の色にちなんでつけてくれたもの。紺碧の空の色と言う意味を持つそれを、キーランはとても気に入っていた。
「イーグル3『GEAR』。煉条トヲイ、発進する‥‥!」
イーグル隊では第二編隊にあたる彼、コンビを組むのは、千糸だ。
「イーグル4『Tsukuyomi』、了解」
ローマ字で表記されているそれは、日本では、古来より月に宿る女神の名前だった。
「第一小隊を輸送機前方、第二小隊を後方に配置。敵の襲撃方向に応じ臨機応変に展開!」
稲葉がそう指示をする。
「了解。後ろは任せたぜ」
そう言って、KVを旋回させ、稲葉とキーランの後ろへと回るトヲイ。
(これなら、独断で戦線離脱は出来ないからな‥‥)
前後を挟むような形となっては、いかな中佐でも、無視して帰るとまではいかないだろう。と、その時だった。
「先行部隊より通達! ワームさん達、何機か抜けちゃったみたいよ!」
アラームが鳴り響き、僚機の千糸が、先行部隊の状況を告げる。偵察機である岩龍からの報告では、小型が18機との事だが、その1小隊が、ガリーニンを落とそうと、函館から追いかけてきたらしい。
「だろうな。ガリーニンには指1本触れさせない!」
「各機、玄関でお出迎えよ! 編隊を崩さないで!」
トヲイがそう言うと、千糸がそう指示をする。4機編隊となった彼らは、綺麗なダイヤモンドを形成して、ヘルメットワームへと挑みかかるのだった。
その頃、ガリーニン後方にいる第二小隊‥‥スワロー隊はと言うと。
「スワロー1、JET了解」
烈が通信機を片手にそう言った。若い連中には今ひとつぴんと来ないだろうが、昔の映画俳優にそんなのがいたはずである。
「スワロー2、brave発進します」
彼の僚機は咲らしい。既に覚醒し、メインエンジンを点火させる。
「スワロー4、Karateいきます!」
「スワロー3、CROSS了解。和奏ちゃん、よろしくね」
スワロー隊第二編隊は、和奏とアリスだ。と、そこへ露払いの先行部隊から、通信が入る。今回、三つの部隊が連動しての作戦となっている。岩龍を含む遊撃部隊に囲まれるように、ガリーニンを守るイーグル隊とスワロー隊が展開している。
「こちらスワロー2。イーグル小隊が、戦闘行動を開始したようです」
「スワロー1、了解アル。あの時の借り、帰させてもらうアル」
咲にそう答える烈。以前の依頼で、ヘルメットワームに、乗っていた岩龍を落とされた経験のある彼、舐めてはかかれない相手だと、身に染みていた。
「とは言っても今回空中で格闘戦は無茶みたい。すごい名前負けっ‥‥!」
足元に広がる紺碧の海を見て、和奏がそう言う。TACネームの空手を、彼女はいじめっ子に対抗する策として修めていた。だが、今回は使うヒマがなさそうだ。
『やりたいなら止めはせんぞ』
「我慢します‥‥」
ツォイコフに言われ、しょんぼりと肩を落とす和奏。と、そんな彼女に、咲がこうアドバイスしてくる。
「余計な事は考えずに、輸送機護衛に集中するんだ。傷を付けるなと言われているからね」
と、そこへアラームが鳴り響き、僚機の千糸が、先行部隊の状況を告げる。偵察機である岩龍からの報告では、小型が18機との事だが、その1小隊が、ガリーニンを落とそうと、函館から追いかけてきたらしい。
「うん。実質的な監視って言っても、あんまり脅迫する様な事はしたくないしね」
そう言って、スロットルレバーを握り締める和奏。そんな彼らに、ヘルメットワームは、雲の切れ間から、その姿を見せるのだった。
●新たなる敵
ヘルメットワームは、その名の通り、ヘルメットに酷似した姿をしている。だが、そんな可愛らしいモンではなく、両側についたビーム発射装置が、容赦なく傭兵とガリーニンを狙っていた。
「来たぞ! 高度を上げろ!」
そのビームがこちらへ向く前に、稲葉がKVの機首を上げる。だが、ヘルメットワームは、相変わらず、慣性を無視した動きで、直角に曲がり、彼らを追いかけてきた。
「相変わらず、無茶な動きしてやがる‥‥」
ガリーニン前方でスピードを落とし、待ち受けるキーラン。速度は出せない分、敵の襲撃に備えようと言うわけだ。
「食らいやがれっ!」
接敵した瞬間、稲葉がミサイルを放つ。S型のキーランを追いかけてきたワームへと、その狙いを定める稲葉だったが、残念ながら外れてしまう。
「避けんな馬鹿やろぉぉぉ!!」
反撃を必死でかわそうとする稲葉。どうやら覚醒した後は、かなり熱血気味な性格になるようだ。ミクと正反対である。
「無茶言うなっ! 相手は2機しかいない。一機づつ片付けるぞ!」
キーランが飛行速度をあわせながら、無線で叫ぶ。ワームは4機。どうやら、先行露払い組が、きっちりと仕事をこなしてくれたらしい。これで、何とか2対1に持ち込めそうだ。
「了解ッ。どうせディフェンダーは使えないんだ。ありったけぶち込んでやる!」
軽く衝撃が走るが、まだ持つ‥‥そう確信した稲葉、自機の装備を確かめる。出発時、既にディフェンダーは外してある。その分、ミサイルを数発余分に搭載していた。
「狙いは外すなよ! 落とされたら、人類の未来ごと海の藻屑だ!」
同じようにキーランも、遠距離からミサイルを放つ。相手に慣性を利用した技が通用しないなら、命中率の高さを利用して、撃ちまくるしかない。
「ほらほらこっちだ! 鬼さんこちら!」
そのミサイルをある程度撃つと、反撃をかわす為、回避行動に移るキーラン。2、3発衝撃が走り、中破の警告音が鳴り響く。
「落とされたら、中佐にも申し訳が立たねぇんだよ!」
交戦状態の最中、キーランをおとさせてなるものかと、追い掛け回すヘルメットワームへ、レーザーを撃つ稲葉。がつんっと大きく軌道を逸らすワーム。と、もう1匹が、味方の増援に回るつもりか、くるりと反転した。
「イーグル3、カット作業に入る!」
「イーグル4、同じく!」
ところが、そうは問屋が卸さない。第2編隊‥‥つまり、トヲイと千糸が、ガトリングを浴びせかけ、横合いから引き剥がしにかかる。
だが。
「ツクヨミ! おま、バルカンは!?」
コクピットの横にあるはずの機銃が、影も形もない。無線機の向こうで驚くトヲイに、千糸はこう一言。
「通じないから、外してきたわよ! ガトリングとミサイルあれば充分!」
どうやら彼女、ちくちく攻めるより、威力があるほうを選んだようだ。そのまま、敵が射程に入るなり、ミサイルを発射する彼女。確かに、R型が攻撃、S型が陽動を担当すれば良い話だなーと、そう思うトヲイ。
「私が引き付けるから、攻撃はお願いね!」
「了解ッ。こっちもやるぞ!」
R型のトヲイが、アグレッシブ・ファングのチャージを完了するまで、千糸は時間を稼ぐつもりのようだ。追いかけてくるワームをからかうかのように、距離をとろうとする。だが、ワームは最短ルートで、彼女を追いかけてきた。
「全く、弱点の一つや二つあってもバチは当たらないでしょうに!」
どうやら、ワームを相手にする時は、シミュレーターにあったような戦闘機ではなく、UFOの動きをイメージした方が良さそうだ。なんとなく、昔のSF映画を思い出す千糸。強く、衝撃が走る。これ以上相手をしていたら、機体が持たないかもしれない。
「相棒を墜とされちゃ立つ瀬がねェんだよッ!」
その時、もう一機のワームを相手にしていた稲葉から、ミサイルがぶっ飛んできた。
「‥‥ガリーニンを傷物には出来ん。悪いが、消えて貰うぜ‥‥!」
その間に、チャージを終えたトヲイが、アグレッシヴ・ファングを放つ。その絶大な威力は、既に小破していたワームを、ようやく仕留めていた。
「後方から2機接近!」
だがそこへ、新たな敵を告げる通信。見れば、無傷のワームが2体、戻ってきている。
「ちっ。こっちは2機で手一杯だって言うのに‥‥! なんとしても合流させるな!」
「「「了解!」」」
バルカンを撃ち、牽制する稲葉。他のイーグル各機もその牽制に加わり、ワームは仕方なく隊から離れて行くのだった。
だが、その2機が向かった先は。
『スワロー各機へ! すまん、2機そっちに行った!』
「スワロー各機展開! 防衛ラインを突破させないで!」
イーグル隊からの無線に、アリスがそう言った。その刹那、固まっていたスワロー隊が、2機づつに分かれる。S型を中心に、R型を左右に展開させていた。
「了解。岩龍のジャミングは!?」
『んなものに頼るな』
指示に応じて、隊を展開した咲が尋ねると、中佐が無線機で怒鳴り込んでくる。確かに、岩龍部隊は少し離れすぎていて、ジャミング装置は期待できそうになかった。
「へいへい。中佐殿は厳しいこって。各機、四方に隊を展開。ガリーニンは高度を上昇、格闘戦は極力行わず、接近前に長距離射撃で撃墜を狙う!」
別働隊からの救援要請は、出来れば応じてやりたかったが、この状況では、ガリーニンを離れられそうにない。そう思った咲は、烈にそう言って合図をする。
「了解っ! 火力を集中するアルよ!」
答えた烈が、バルカンで弾幕を張る。避けようとしたワームを囲い込むように、咲が加速した。
「ミサイル、スワロー2、ファイアッ!」
ブレス・ノウを乗せたガトリング砲が火を噴く。2機で挟み撃ちにする格好にされたワームは、反撃する間もなく、海上へと落ちて行った。
「狙いが定まらない‥‥!」
一方の第二編隊はと言うと、和奏が何とかファングで狙おうとしているが、ワームも中々そのチャンスを与えてくれず、逃げ回るばかりになっていた。
「無理はしないで! こっちでフォローするから!」
アリスがそう言って、バルカンで牽制をかける。離れすぎないよう注意を払いつつ、そのどてっぱらへと弾をバラまいていた。
「甘いかもだけど、僕達の戦いを見て、おじさん認めてくれたら‥‥!」
そう呟いた和奏機のキャノピーには、小さくガリーニンの姿が写っている。
「まだだ‥‥まだいける!」
「弾幕薄いアル! 何やってるアルか!」
第一編隊の咲も、急旋回を繰り返し、若干強火の熱さでもって、檄を飛ばす。
「一撃必中‥‥。お願い、僕のR‥‥。力を、貸して‥‥!」
そんな中、祈るようにチャージボタンに手をかける和奏。
「悪いけどまだ、死んであげる気はさっぱりないわよ? ‥‥そして、私みたいな人間ももう、出したくない。‥‥この勝負、勝たせて貰うわ!」
アリスのブレス・ノウが、その声に応える様に、ロックオン・サークルが重なった。
「今ある! 生きて名古屋でボルシチを食べるアル!」
烈がアグレッシブ・ファングのトリガーを引いた。アグレッシブ・ファングが、その力をより集めるかのように、太いレーザーを放つ。
こうして、なんとかワーム達を沈めることが出来た傭兵達だったが、その顔には疲労の色が隠せない。
『‥‥‥‥貴殿らの気概、とくと見せてもらった。この次は僚機として、存分に利用させてもらう』
そんな彼らに、無線機の向こうから、中佐が労う様に言った。その進路は、まっすぐ名古屋に取られている。
「おじさん、まだ怒ってるの?」
「‥‥素直じゃないだけよ」
和奏の不安そうな台詞に、アリスはくすっと笑ってそう答えるのだった。