●リプレイ本文
「私の故郷には茶畑があって、美味しいお茶が飲めますよ」
人の集まるバーで、残った住人の一握りであろう住民に、そう語っている浅川 聖次(
gb4658) 。マスターがいるカウンターだけが、妙に磨かれている中、偵察の途中で乱入した水無月 湧輝(
gb4056)が、こう切り出す。
「よう、バーボンはあるかい?」
一緒にいる水理 和奏(
ga1500)は未成年なので、ミルクを。注文を受けたマスターは、一通りの物は出してくれるものの、あまり歓迎していない様子で、にこりともせずこう言う。
「あんたら、よそ者だね。いったい、どこからきなすった?」
「ああ、私は通りすがりの大工だ。気にするな‥‥」
答えたのは三島玲奈(
ga3848)だ。ドッグ・ラブラード(
gb2486)も「ULTから来ました」と、身分証を見せる。
「どっかの島にある何でも屋だっけか‥‥。東洋の大工ってのは、ホットパンツでやるのか‥‥」
アメリカの人には、ブルマは丈の短いパンツに見えたらしい。しかし、そんな彼らのいぶかしげな顔などどこ吹く風で、ミルクを飲んでる玲奈。中々に難しそうな状況に、おなかを押さえるドッグ。それでも、残った村人を集めてもらい、熱弁を振るう。
「‥‥‥‥ですから、皆様方には、指定された地域へ退避をお願いします」
「バグアは近い将来、必ず我々が北米から叩き出しますので、少々辛抱していただけませんでしょうか?」
ミンティア・タブレット(
ga6672)もそう続けた。きっと、自分達の戦いを見せれば、人の心は動くと信じて。
「‥‥‥‥必ず、必ず! 守りますから! 貴方達も! 町も! お願いします!」
頭を下げるドッグ。と、それまで黙っていた玲奈が、ふうと物憂げに語りだした。
「まぁ落ち着け。んな風に言っても届かないさ。そうだなぁ」
言葉を選んでいるのだろうか。周囲を見回し、彼女はこう続けた。
「まず、まず命あっての物種。住民が全滅したら、誰が街を復興するのか? 伝統を知らないヨソの土地業者に、知ったような陳腐な分譲広告を出されたいか?」
地元住民も、そんな事は欠片も望んでいないようだ。だから、玲奈はこう言う。
「私も戦争で両親を失い、学校にも行けず、大工で生活してる。が、未来永劫続く戦争は無いのだ。だからまず街を空けて頂きたい。キメラ討伐の巻添えで怪我人も出る。私がULTに街修理の依頼を出すよう交渉するから、疎開先の不自由はさせない。その為の傭兵だ」
だが、それは他のUPCも同じ事を言っていた。それに、どう見ても未成年の少女に、口の悪い誰かが、こんな事を言い出す。
「ULTも土地業者も変わらないんじゃないのか? 同じ業者だろ」
ここの辺りでは、ULTは良く分からない業者として認識されているようだ。胃の痛いドッグ。これは、長期化しそうだ。言いたい事は玲奈が言ってくれたので、あとは相手の気持ちを汲み取りながら、通うしかない。彼がそう思ったときだった。そんな彼らをなだめるように、ナレイン・フェルド(
ga0506)がこう言い出す。
「町から離れたく無いかも知れないけど、生きていれば可能性があるでしょ?」
無理強いはしたくないが、目の前で傷つく人は見たくない。と、話を聞いていた水無月は、バーボンをちびりとあおりながら、ぼそりと言葉をつむぐ。
「アメリカ人ってのは常に新天地を求めてると思ったんだがね。特に、西海岸に住んでいるものは。地の果てまでたどり着いた開拓者の子孫が、新しい土地に行くことに不安を覚えるとは、皮肉なものだな」
そのセリフに、そうだ。とドッグは思いついた。そして再び人々に近づき、両腕を広げて熱弁を振るう。
「そうですよ。我々アメリカ人の祖先は、体一つで海を渡り、安住の地を得ました。その子孫である我等には切り開く力があるはずです!」
「なに、すぐに戻ってこれるさ。ちょっとしたバカンス‥‥そう考えればいい」
いつの間にか、カウンターを境にして、住民達と向き合う格好になっていた。その一番後ろ‥‥座っていた住人達の向こう側で、グラスを磨いていたマスターがこう答えた。
「‥‥わかった。そんなに言うなら、まず船を直してくれ。どっちにしろ、あれがないと、皆海には出られないし、避難も難しい」
こうして、町の了承を得た彼らは、脱出の為の船を修理し始めるのだった。
作業は、港の片隅で行われた。大きな船を動かすのは手間だし、開けたここなら、周囲を良く見渡せるから。
「資材、持ってきましたー」
そう言って、その周囲に打ち捨てられていた資材置き場から、材料を持ってくるドッグ。
「こいつが一番無事そうだね」
玲奈が、大道具の延長線ではあるが、中身があるかないかくらいは分かる。その培った知識により、使えるものと使えないものをより分けて行く彼女。
「ありがとう。あと、壊れた奴でも何でもいいから、放置されているのを、どんどん持ってきて」
より分けた部品を使って、船の修理を行うのはミンティアの役目だ。
「分かりました! あ、そうだ。船の部品もあったほうがいいですよね!」
船の部品から、使えそうなものをかき集めているドッグ。
「この辺りはまだ使えそうだ。補強をすれば大丈夫だろう。しっかり取れないように頼む」
技術的な面は安心だが、強度の面でのフォローをする玲奈。その材料は浅川がたたっ切っている。
その材料を組み合わせ、何とか20人が乗れそうな中型船を拵えていく。
「AUKVと上手く繋げば動く‥‥のかな?」
「ガッコの報告書では、やはり専用キットをつけないと、泳ぐのは無理っぽいです」
ミンティアが何とかAUKVを動力として押し出そうとするが、どうしても双方を浮かせる浮力が見えてこない。
「これは無理してでも船の貸し出しを申請すべきだったかしら。今はとにかくやらないとねぇ」
重たい資材は、浅川がやってくれているものの、中々はかどらない。と、そんな騒ぎを聞きつけて、周囲からきしゃあとわめき声が立ち上る。
「わわわっ。かぎつけられちゃったかな。ちょっと行って来ます!」
おそらく、町を困らせているディノニクス型だろう。ドッグもまた、その鳴き声が上がった方へと走り出していた。
「サイエンティストが船ぐらい。あと少しのはず」
「駄目なら筏でもかまわん。何とか避難させよう」
残されたミンティアと玲奈は、せめて町から離れられるようにと、作業を続けるのだった。
さて、バーを後にした偵察組。
「なんだその荷物は」
水無月が指摘した先には、迷彩服を着た和奏。方位磁石と連絡用無線機、首から双眼鏡。それに救急セットとランタン持参で、まるでどこぞの探検隊である。
「だって僕、隠密潜行持ってないもん」
自信たっぷりにそう言う和奏。だから、遠くからでもよくわかるグッズと、何があっても大丈夫なグッズを持ってきたらしい。
「ランタンは消しとけ。光で気付かれる可能性がある。あと、無線機はジャミングで使えない可能性があるから、持ってくのはこれとこれとこれな」
いらないものを除去ると、だいぶ身軽になった和奏。2人は、町外れにあるダムへ向かっていた。流れる川は、思ったよりも細い。その下には、漁港があり、作業をしている姿が良く見える
「バグア、いっぱいいるね。レンくん‥‥。いるかな‥‥」
レンの姿は無い。だが、作業員と思しき面々が、なにやら小箱のようなものを、あちこちにセットしている。その周囲を、キメラ達が警戒し、それはダム全域に及んでいた。
「わからんが、このダムに何か仕掛けている事は確かそうだな」
ダムに目を向けると、その水面で何かが動いた。その姿は、今周囲にいるディノニクスより大きい。
「アレは‥‥。恐竜?」
その動向を注意深く監察する水無月。刹那。水中で赤く光る。そう‥‥目の形に。と、その直後だった。ダムの水が盛り上がるようにして、中にいた正体不明の恐竜を浮かび上がらせる。噴水のように波打つ湖にいたのは‥‥大型KVよりも1周り大きな姿をしていた。
「起動させたか‥‥。あいつ、ワームじゃねぇか」
「僕、知らせてくるっ」
どう見てもキメラじゃない。そう判断する水無月を見て、和奏が回れ右をする。途中においてきた無線機を引っつかみ、そのまま川沿いの港へダッシュだ。
「あの大きいのがいる限り、そう簡単にはいかないな。まずは避難を優先させるか‥‥。あ、あまり時間はないがな」
あの巨体では、白雪(
gb2228)の銃も効力があるかどうかわからない。動き出した敵から目を離さないように、水無月は注意深く港へと戻るのだった。
が、戻った港の周囲では、既に戦闘状態になっていた。
「人の故郷を踏み躙る方には、ご退場願いましょう!」
浅川が開口一番、竜の咆哮をお見舞いする。吹き飛ばされそうになっているが、思いの他重量があるらしく、踏みとどまっている。そして、返す刀でと言わんばかりに噛み付いてきた。
「触れさせはしない」
がつっと盾で受け止めるドッグ。その間に、真白となった白雪が、にやりと笑って、住民達に告げた。
「戦禍に巻き込まれるのも馬鹿みたいだし、ちょっとだけ待ってて。お宅の奥さんのショッピングの時よりは待たせないわよ」
「その間に、皆さんはこちらへどうぞ」
ナレインが間に住民達をはさみながら、安全な場所へ誘導して行く。と、その時だった。
「トカゲが来た!」
怯える避難民達の目の前に、弓が放たれる。一瞬ひるんだところを、浅川の咆哮が吹き飛ばし、そこへ切りかかる真白。
「八葉流四の型‥‥乱夏草」
使う技は流し切りだ。首を狙い、焔の欠片が舞う中を、桜色の刀を振り回す。まるで、古のたきぎ能がごとく。
「あなたの命も尊いものだけど‥‥戦う術の無い人達を危険に晒す事は出来ないの‥‥ごめんなさい」
対照的に、銃を使うナレイン。そこから動くわけに行かない彼は、足元へ向けて銃を乱射する。
「出来るだけ高い場所の方がいいと思う。ダムを壊される可能性があるからな」
行き先を指示する玲奈。その手には、アンチマテリアルライフルが握られている。進路上に待ち伏せし、中距離から狙えば、背の高い恐竜は転ばせられる。そう思い、彼女は住民たちが斜線上にいなくなったことを確認すると、トリガーを絞った。
「って、全然転ばないじゃないかぁ!」
前のほうにいた和奏が悲鳴を上げる。足元に何かの強化がされているのか、それともキメラ改造の賜物か、命中したようにみえても、ディノの動きは鈍らなかった。
「背の高い敵は、足元の視界が疎かに成りがちなんだがな‥‥」
玲奈、そう言うと隠密潜行を使い、船から降りてくる。至近距離で撃てば、何とかダメージを与えられるはずだと。既に奇襲というレベルではなかったが、それでも諦めるわけには行かなかった。
「レンくんが仕切ってるんだ。ここでふんばらなきゃっ」
水理、その常識の通らないキメラ改造っぷりに、みずがめ座の少年の影を見る。
「‥‥あと何匹? 少しは楽しませてね、蜥蜴君」
そんな中、それでも不適に微笑む真白。その姿、クール・ホワイト。だが、それ以上にクールな一言が降り注いだ。
「みぃーっつけた」
すぐ近く。船の真正面。家の屋根。その影から、ぬうっと現れる巨体。ぎゅっと拳を握り締めた和奏は、恐る恐ると言った調子で尋ねた。
「レン君‥‥。まさか、あの恐竜って、僕の苗字から? 僕、それは女の子っぽくないけど‥‥こんな怪獣じゃないもんっ! それに僕スイリだからねっ!」
よく苗字を読み間違えられるので、恐竜ワームは自分をモデルにしたものと思ったらしい。今にも言い争いをはじめそうな彼女の肩をぽんっと叩き、真白がこうささやく。
「刺激しないで。悪いけど‥‥化け物相手にまともに戦う気は無いのよ」
そう言うと、死角を探して目が動いた。が、その刹那、レンはぱちりと指を鳴らす。
「あははは! じゃあお望みどおりにしてあげるよ!」
鳴動。地鳴り。それに気付いた水無月が、警戒して叫んだ。
「まずい。くるぞっ!」
どぉんっと、重く響く鈍い音。直後、何か重量物がはぜる音が迫ってくる。
「うわぁぁぁっ」
住民達が悲鳴を上げた。その刹那、見えたのは巨大な岩と泥の塊だ。それは、川をまっすぐ下り、港を襲う。その轟音に、レンの高笑いが混ざっていた。
「もしかして、これが目的‥‥?」
和奏には、レンが楽しそうにそれを操っている様に見えた。そう、まるでゲームのコマになることを、楽しんでいるかのように。
「ほうっておくとまずそうよ!」
ミンティアに言われ、慌てて用意していた水中用の槍を持ち出してくる。その間に彼女は、虚実空間を何とかして構築しようとしていた。そして、そんな彼らの囮になろうと、ナレインがすっと前にでた。
「誰も傷ついて欲しくないから‥‥」
「‥‥1人じゃ駄目だよ」
同じ様に、和奏も。敵は見るからに力を持っている。と、そこに玲奈がアドバイスを口にする。
「踏み潰そうと蹴りを繰出した時がチャンスだ。ライフルで急所や関節を掃射しバランスを崩せ」
「銃使うのって真デヴァステイター以来かしら」
闇雲に撃っても効果は薄いだろう。無表情に銃口を向ける真白の周囲に、ディノニクスが次々と集まってきた。が、レンのキメラは、通常は虫類の弱点といわれている箇所を、しっかりと補強されているらしく、勢いは衰えてくれなかった。
「何とか、目と足を狙いたいもんだが‥‥やっかいだな」
この調子では、例え目を潰したとしても、触角か何かで攻撃を繰り返すに違いない。臍をかむ思いの水無月。それでも、足関節を狙い、速射を使う。周囲に囲まれるような形となった時、合流したドッグが覚醒し、グッドラックを使う。
「‥‥恨みはありません。でも、貴方がこの町を滅ぼすつもりなら!」
錬力がからになっても構わない。こんな奴に蹂躙されるよりはマシだった。その思いを乗せ、口内を狙う彼。その捨て身の猛攻に、さすがのディノニクスやミズーリも、勢いをそがれてしまう。
「今だ! 食らえマシンガン急所突きぃ!」
その隙を、玲奈は見逃さなかった。距離を詰め、アンチマテリアルライフルを撃つ。そう‥‥近距離射撃と言う奴だ。
「まぁいいや。今日は顔見せだったし。じゃあねー」
ぶしゅうっと貫いた光弾が、ワームに一通りの傷をつけている。それを見てレンはそう告げると、満足げに引き上げて行くのだった。
後に残されたのは、土石流で半壊した町。
「申し訳ない。せっかく船を修理したのに」
頭を下げる玲奈。しかし、バーのマスターはこう言ってくれる。
「仕方がないさ。船が直っただけでも儲けモノだ」
確かに、町並みの一部は壊れていた。全壊した建物もある。しかし、彼らの努力で船は何とか修復され、人々も無事だったのだから。