●リプレイ本文
選んだのは、森里・氷雨(
ga8490)が調べてきた出没先を中心に、中学校と大戦の被害者が葬られている中央墓地にというコースだ。だが、報告書に『キメラ発生地帯』と書かれている割には、通りにも建物の影にも、哨戒しているキメラは少なかった。
「B班やC班のやつが掃除しているらしいな。さて、あの坊主は‥‥と」
そう言って、頻繁に目撃されている場所を目指す水理 和奏(
ga1500)と霧島 亜夜(
ga3511)。二人とも髪を茶色に染め上げ、兄弟のように似たような髪形に変えている。設定では、セーラー服姿で髪を下ろし、リボンをつけた和奏が妹の『カナ』、弁当用のピクニックボックスを持っている亜夜が兄の『夜人』だ。
「氷雨お兄さんの話だと、キメラの多い場所にいるみたいだから、このあたりなんじゃないかな」
雑学もそれなりにデートには役に立つだろうということで、ガイドブックまで持たされた二人、その丸がついている場所へと向かったところ。
「あれが、レンか‥‥」
白いジャケットに派手な装飾。目立つその姿は、すぐにわかった。周囲の人形達になにやら指示している周囲には、やはり護衛と思しきキメラが10匹ほどうろうろしていた。これでは、中央のレンに近づけない。しばらく観察していたが、一向に離れる気配はなさそうだ。
「何とかやってみよう。朧さん、います?」
『ええ、反対側に。こっちは何とかするから、気をつけてね』
上着の襟につけた小型マイクにそう話しかけると、朧 幸乃(
ga3078)の声が返ってくる。様子を窺っているA班を監視している者がいないか、罠はないだろうか。注意を向けては見たものの、よくわからなかった。
「しかたない。直接のコンタクトは、A班に任せて‥‥っと。いきますよ」
とりあえず、目の前の取り巻きを排除する方が先。そう判断した朧、シアン・オルタネイト(
ga6288)に合図を送る。
「他の面子は?」
「その辺に隠れてると思います。監視の方に回ってもらいましょう」
彼の問いに、B班の居場所を指し示す朧。きらりと一瞬見えたのは、ミカエル・ヴァティス(
ga5305)のスナイパーライフルだろう。その近くに、愛紗・ブランネル(
ga1001)と氷雨もいる筈だ。
「了解。そっちは任せましたよ!」
そういうと、シアンはまず取り巻きの周囲にいるキメラへと走りこんでいく。見れば、すでに全身を蒼い焔が取り囲み、手にした紅へと伝わっていた。それでもなお、周囲に動きはない。確かめた朧は、シアンを援護するべくSMGを射程ぎりぎりからぶっ放した。しかし、レンの周囲にいる取り巻きは、なかなか行動を起こそうとしなかった。
「はーい。こっちも釣るわよーん。一発しかないから、後はよろしく〜」
一方、その動かない取り巻きに、ミカエルが狙撃眼を使った。錬力ががくんと落ちるが、四の五の言ってられはしない。
「そっちには行かせないよ! 早く逃げて!」
キメラの注意が自分へと向いたと同時に、移動始めるシアン。紅を手にしてはいるが、積極的に振り回してはいない。何とか引き剥がそうとはしているのだが、どうやら相手の取り巻きも、なんとなく程度の流れに引きずられるほど間抜けではないようだ。
「ダメ、そんな所にいたら危ないっ!」
しかし、和奏はまったく気にする素振りもなく、銃声と剣戟と、そしてキメラの声が響く中を走り出した。そして、取り巻きを突き飛ばすようにレンを抱きかかえ、そのまま走り抜ける。と、それを見計らったように亜夜が駆けつけてくる。
「バカ、一人で先に行くなっていっただろ! ‥‥んで、そいつは?」
「わかんないけど、危ないから‥‥えぇと、名前は?」
えへへ‥‥と照れくさそうに答えた彼女、振り返ってレンに尋ねる。
「レン」
偽ってはこなかった。その様子に、どうやら合流成功したようだと判断したシアンは、仲間に続きを尋ねる。
「あっちは大丈夫かな。どうしましょっか?」
「その辺に祥ちゃんが張り付いてる筈だから、先にこっち追っ払いましょ。夢中になりすぎて背後からきーめーらーなんて事になりたくないし」
ミカエルがそういった。一人だけ姿を見せていない佐倉祥月(
ga6384)は、今頃隠密潜行でどこかに潜んでいるはずである。
「っていうか、こーなーいーでー!」
おまけに愛紗がお子様モード全開で、容赦なく噛み付いて引っかき、超音波な泣き声を響かせていた。
「あれだけやって、後は分断して離脱って所ね」
うなずいてシアンは、そのキメラにとどめを刺し、その場から離れるのだった。
そして、彼らが何とかキメラの群れから遠ざかってる頃、祥月は近くの建物の間に潜みながら、レン達の様子を観察していた。
「うーん。うちの子達っていわゆる良い子ちゃんだったから、比較対象としては向かないかもね」
比較対象は彼女の兄弟や自分自身の子供の頃なのだが、見る限りレンはそのどれとも似ていなかった。どうやら、彼女がうらやましく思うような天真爛漫な子供ではないようだ。
「それで、レン君はどうしてあんなところに‥‥。学校とかどうしたの?」
一方、和奏は同じ年頃という事で、興味深げにレンへと話しかけていた。本来なら、義務教育を終えていない。そのあたりから話せば、すんなり入り込めると思ったのだが。
「この状況で、あんなつまんないトコが運営してると思う?」
「あははは、そういえばそうだね」
レンにそう言われ、思わず地を出してしまう和奏。横で亜夜が『‥‥カナ』と、名前を呼ぶ振りをしてたしなめ、彼女はあわててこう言い繕った。
「ぼ‥‥私も、学校のお友達に会いに来たの。もう、ここにはいないけど‥‥」
そう言って、歩き出す和奏。向かうのは、大戦の死者が葬られている墓地だ。
「ふうん、不思議な事するんだね。これと同じなのに」
「そんな事ないよ。みんなは私のここで生きてる。だから、ああやって会いにくる人もいるんだ」
そこには、先回りしていた祥月が、墓に手を合わせていた。沈んだ表情で黙祷を捧げていた彼女は、一向に気づくと、はっと顔を上げる。
「君は!?」
「‥‥レン」
試すような口ぶりと、にやりとした笑み。能力者だと見抜かれているのだろうか。その目だけは笑っていない、意味ありげな表情からは、読み取る事ができない。
「ううん、何でもないわ。ごめんね、大声上げちゃって」
祥月はそう言って首を横に振った。向こうはどうあれ、甲斐蓮斗とは気づいていない振りをしてみようと。
だが、言われたレンは、その差し伸べられた手をすり抜けるようにして、近くにあった墓石に座り込み、その壁面をとすとすと蹴っているとか言う行為に及んでいた。
「誰と間違えたか知らないけど、死体なんて肉にしか過ぎないよ。新鮮なものなら、材料にもなるだろうけどね」
くくっと笑う彼。相当身軽なのか、墓石の上に立ち上がってみたりもする。その姿を見て、氷雨がこう呟く。
「あの坊や‥‥。学校には行っていないみたいですね‥‥」
土地勘はあるかどうか、今のところさだかではないが、少なくとも地元の中学生名簿に、レンの名前はなかった。行方不明者リストの中にもなかったし、兄と呼んでいた京太郎の名前も出なかった。
「名前は明らかに日本のなんだけど‥‥偽名って事?」
「もしくは記憶を偽られてるか‥‥ですね。賞金首が地元に戻ってくるとも思えない‥‥。京太郎は、アメリカ移住組だが、あっちは教育を受け切れていない子供も多い‥‥」
日本でも、数年前から現れた『生まれてはいないはずの』子供。おそらく、レンはその類なんだろう。レンの方に視線を戻すと、和奏は、墓石の上からレンを下ろそうとしながら、こう言い募っていた。
「そんな事言っちゃ駄目だよ。みんな、悲しむよ。レンくんは、学校行ったことないの?」
「あのシステムは役に立たないよ」
相変わらず墓石から降りないレンに、今度は亜夜が問いただしに来た。
「お前は兄弟とかいないのか?」
「いたかなぁ。気がついたら研究所だったから、知らないや」
すっとぼけるように、別の墓石へ。追いかける二人。監視する面々の意識に、試験管ベイビーという単語がよぎる。それは、どちらかというと一般的な感覚とはかけ離れているといった印象を、ミカエルは受けた。
「京の字ったら、どういう教育してきたのかしら」
彼女、すっかり京太郎がレンの保護者だと信じている。手元の報告用紙に京×レンと、謎の単語が走り書きされていた。
「そっか。じゃあ、あまり変わらないね」
「カナもお前も苦労して生きてきたんだな。早くこの戦いが終わるといいな」
私もあまりお友達がいなくてー‥‥と、何とか会話の糸口をつかもうとする和奏と亜夜。だがレンは、それまで浮かべていた笑みを消し、まるで爬虫類が獲物を値踏みするような表情で、片腕を広げた。
「戦い? 違う、これは実験室のフラスコ」
その指先で、振られるフラスコを示す。
「フラスコにシェイドがいるのか‥‥」
「あれは鳥。人を模したモノ」
亜夜がそう呟くのに、彼はそう答えた。
「そうか。いつか俺もシェイドとか倒して有名になってやるぜ! でも、ああいう機体ってどうやったら操縦できるんだろう? ちょっと乗ってみたいよな」
機体をほめれば、何とか振り返るかと思ったが、それほど甘くはなさそうだ。
「レン君‥‥私達、友達になれるかな?」
「君達が、人形として役に立つならね」
くくくっと、そう言って、ようやく墓石から降りてくるレン。そこへ、通りすがりを装って、愛紗がちょこちょこと近づいてくる。
「お兄ちゃんの服って派手ー。お祭りに出るの?」
「そうだねー。血祭りってお祭りかな」
監視していた氷雨とミカエルに、戦慄が走る。バレてる可能性が高い。
「飯にすっか。多めに作っていたから3人でも大丈夫だろ」
「お兄ちゃんのお弁当美味しいよ! 私の半分こして分けてあげるね」
心配をよそに、二人とレンは、墓地の隣にある公園で、ランチタイムにしようとしていた。もっとも、うれしそうにクーラーボックスの中身を広げるのは、和奏と亜夜ばかりで、レンは少し離れた場所から、その様子を見つめている。
「元々カナは2人分くらい食うからな。遠慮すんな!」
「食事ねぇ。んー、さすがにそんなアジア人特有の風習に付き合う気はないよ」
二人で食べるにはやや多い量のおにぎりや、ピーマンの肉詰め、付け合わせの人参グラッセ、トマトと胡瓜とレタスのサラダ等が並んでいる中、レンはさらに距離をとった。
「腹くらい減るだろ」
おにぎりを手にとって差し出す亜夜。が、レンはそのおにぎりを受け取らず、すぐ後ろにあった木へと飛び乗ってしまう。
「何、そんなに僕を逃がしたくないんだ。賞金首だから?」
ばれてる。そう確信する亜夜。
「ちょっとは参考になるかと思ったけど、無駄足だったねぇ。傭兵さん」
くくくっと、相変わらず何を考えているのか、今ひとつ読みにくい笑みでもって、そう突きつけるレン。その様子に、C班の朧、逃がすまいと姿を見せる。
「やはりですね。異端という意味では、似たようなものと思ってましたけど」
同じように、氷雨と愛紗、そしてミカエル。監視していた面々が、レンの周囲へと集まってきた。
「おやおや、ぞろぞろと。じゃあこっちも人形を呼んだ方がいいねぇ」
ぱちんと指を鳴らすと、その彼らを取り囲むように、追い払ったはずの取り巻きが現れる。おまけに頭上にはドラゴンフライまで出没していた。
「どうして君はゾディアックに‥‥‥‥そっちに行ったの?」
シアンが、悲しそうにその理由を問う。朧も、自分の価値観のみで話たくはなかったらしく、そう声をかけるのを止めはしない。
「僕は最初からこっちだよ。こっちで生まれて、こっちで育ったの。そっちもへったくれもないよね」
最初から、バグアの世界が彼の世界。それは、祥月の問いかけに答えないことからも明らかだ。
「君は本当に望んで今の場所にいるの? 罪悪感はないの? 君には、欲しいものや守りたいもの、憎いものはないの?」
私は、あの子がいた世界を守りたい。あの子を殺したバグアが憎い。だから、能力者になったのに。
「何? それ」
真顔で問いかけられて、言葉に詰まる祥月。
「ここには、調べる為に来たんだけどね。欲しい物はあえて言うなら、実験場かな」
どうやら、祥月と違い、世界は彼にとって『守りたいもの』でも『大切な居場所』でもないようだ。いや、その感覚すらないのかもしれないが。
「あのね、友達になりたいって気持ちは本当だよ‥‥これで‥‥僕の事分かるかな‥‥?」
一方、和奏は降ろしていた髪をポニテに結い上げ、いつもの姿へと戻してみせる。そして、レンのいる木の根元から、とりすがるように訴える。
「一緒に‥‥またお弁当食べたり、中学校に通ったり‥‥きっとできるよ‥‥だから、僕達の所に来て、お願いっ!」
が。
「やだ」
レン、嬉しそうにそう言って、木の上から姿を消す。ドラゴンフライに飛び乗ったのだろう。羽音が激しくなった。
「逃げる気かっ。ならばっ!」
亜夜が覚醒し、クーラーボックスを投げつける。中に入ったアイスがばらばらと飛び散るが、レンはピエロのようにそれを受け止める。
「騙して悪かったな、それはお詫びだ。今度は正々堂々戦場な!」
そのまま去っていこうとする彼に、亜夜がそう言い、愛紗が「またね〜」と手をふりふりする中、ぎゅっと空を見上げ、こぶしを握りしめる和奏。
「僕、諦めないから‥‥いつか‥‥」
今はまだ、その心が見えなくても。