タイトル:鯨の腹マスター:姫野里美

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 4 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/05/01 23:35

●オープニング本文


●降下
 カンパネラにさえヘルメットワームが現れたのは、偶然ではなかったのかもしれない。宇宙でもあちこちで戦闘の火花が散り、激戦が繰り広げられる中、地上でもまた連戦が繰り広げられていた。
「また同じデータですか。いったいどうなってるんでしょうね‥‥。既にあのあたりに大規模な一団が出たと言うデータはないのですが‥‥。いったいどうなっているんでしょうね」
 グリーンランドカンパネラ分校。データ解析の能力はこちらに移された都合上、寺田の作業場所もこちらへと移っていた。そこへ、今日もまた大量の解析データが送られてくる。今渡されたのは、はるか南国の地での出現情報だ。
『調べようにも、カラスも私も宇宙での任務がありますから。ここは、後輩に任せるべきかと』
 モニターの向こうでティグレスが首を横に振る。その裏側に『絶対行きたくない』と言う感情が見え隠れしていて、寺田はやれやれとため息をついた。
「いえ。場所が場所です。適任者がいるでしょう」
 ぴ、と別の画面が起動する。『呼んだぉ?』と現れたのは緑のツインテール。
「ミクさん、ちょっと南国までレジャーに行きませんか?」
『へ? 何の話‥‥』
 怪訝そうに首を傾げる彼女だったが、データと説明を渡され、後ろに居た祖父に許可を求めていた。
「うーん。おじいちゃん、いい?」
「宮古島か‥‥。データどーなってる?」
 渡されて、ためすすがめつしているジジィ。ややあって、自分のデータを引っ張り出す。
「あー、確かにこれだけありゃあ宇宙これるな。こっちに来られても困るが‥‥。カラス、どうにか出来そうか?」
『今忙しいんでちょっと自信はありませんがね。っと!』
 後ろから、戦闘中の音が聞こえた。しばらく思考をめぐらせた後、ジジィはミクにこう言う。
「ちっとばかし痛いが、その分は傭兵に頑張ってもらえ」
「はーい。大丈夫だよ。一回行った事あるし」
 人質になった事は頭の外だ。
「そうですか。では少し様子を見て来て下さいね」
「わかったおー」
 それでも寺田はGOサインを出し、ミクは宮古島へ赴くのだった。

●囚われる歌姫
 ところが、である。
「な、なんだろ。これ‥‥」
 到着したミクは、空港の外に広がる光景に唖然としていた。かつての激戦痕が残る場所には、周囲に不自然な岩の塊が浮かび、沖合いには船にも似た影が浮かぶ。左手に音叉のマークを浮かべた彼女は、暫し周囲を見回すと、持ってきた通信回線を茂みの中で開いていた。
「ミクさん?」
「BFが停泊中っと。沖合いだから戦力に加わるかわかんないけど。HWは10機くらいかな。あと、不思議岩塊がいっぱい。ちょうど、ここ数回のデータと一致してる」
 口調がまともなのは、覚醒した効果だろう。カメラ越しに見つけたそれを、ノイズ交じりのまま、寺田の元へ転送する。それは、彼の手元で、ここ数日配布されたデータと一致していた。
「分散して持ってきたと言ったところでしょうかね」
 おそらく、その不自然な岩の塊には、ワームなりキメラなりが潜んでいることだろう。海用のKVをもって来るべきだろうか。そう考えた刹那‥‥モニターの向こうにがさりと踏みしめる音。
「避けろ!」
「きゃああっ」
 寺田が素に戻ったのと、ミクの悲鳴が響いたのが同時。そして、モニターがブラックアウトする。ぎりっと唇をかみ締めながら、彼は別のモニターを起こした。その面に、表情は浮かんでいない。いつもの、ように。

●運ばれるもの
 だが、同日同時刻。宮古島市街地。
 窮屈な生活を強いられても、人々は生きていかなければならない。ともすれば暗い雰囲気になるが、南国特有の気風は、それすらも前向きに持ってきていた。
「ここの所、HWが多いな‥‥」
 作業中、空を見上げる住民たち。今日は何度目だろう。大人しくしていれば来ないと言う安堵感もあったせいか、彼らの警戒心は、水同然のアメリカンコーヒー並みに薄れていた。
 悲劇が起きたのは、その直後である。
「隣じゃ激戦だって言うからな。ここにも、いつくるか‥‥うわぁっ」
 話していた片方の首が、突然はねとんだ。ぐらりと揺れ落ちた身体の向こうには、ヘルメットワームから降りてくる黒い鎧の騎士がいる。そう、騎士としか表現しようのないものが。
「う、うわぁぁぁっ!」
 もう1人が恐慌を引き起こして走りだす。だが、そうして後ろを見せたが最後、只人の身に降り注ぐ刃。ざしゅりと嫌な音がして、彼もまた地に転がる。
「ふむ。これで掃除は完了。邪魔な連中はいないか」
 遺体を回収させる黒鎧のバグア。その遺体は、海岸線に横付けされたBFの中へと連行されていく。その桟橋めいた橋の上で、バグアの1人がこう言った。
「合流まで後僅かなのですが‥‥。妙な拾いものをいたしました」
 指し示した先には、籠のような部屋に放り込まれたミクの姿がある。気は失っていないが、覚醒したままらしく、ほっぺを膨らましていた。それを一別した黒鎧のバグアは、ふんと少し笑ってこう告げる。
「一緒に宇宙に上げるのも手だな。あの方もお喜びになろう」
「かしこまりました。しかし、生身で送るにはいま少し時間がかかりますが」
「構わん。京太郎様もお喜びになろう」
「ははっ」
 浮かんだ名は、人類の裏切り者と化した元アストロノーツ。素性は伏されて久しい男のもの。その会話が周囲に漏れたかは定かではないが、その後しばらくHW達の動きは大人しかった。BFでは騒ぎが続いていたようだが、島に攻勢をかけてくる事はなく、沖に鎮座するのみ。
 だが、その間、運悪く惨殺された人々の死体が消え、村の残った家畜や動植物の幾つかが刈り取られていたと言う‥‥。

 そして、本部。
『宮古島周辺に、戦力が集まっています。その1つに潜入したミクさん捕らえられました。他にも、幾つか惨殺行為が目撃されています。遺体を運んでいるので何かの実験が行われている可能性があります。現地にてそれを確認し、ミクさんを救出して下さい』
 なお、可能ならば迎撃も許可されていた。

 宮古島の悪夢が‥‥再び始まるのかもしれない。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
ジョー・マロウ(ga8570
30歳・♂・EP
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG

●リプレイ本文

 宮古島の沖合いに浮かぶビッグフィッシュ。
 通称BFと呼ばれるそれを、海岸の岸壁から見上げる傭兵達がいた。
 普段は穏やかな海であろうそこは、沖合いの影響か、ざぱぁぁぁんっと大きな波が打ち付けている。そんな岸壁、木々の生えた影で、機材を運びこむ彼ら。
「けっひゃっひゃっ、我が輩はドクター・ウェストだ〜」
 波を背景に、ドクター・ウェスト(ga0241)がいつもの高笑いを浮かべていた。もっとも、大半は波間にかき消されてしまい、周囲に拡散する事はないのだが、それでも目の前で頭を抱えているもう1人。
「所長、荒海に叫ばないで下さいよっと」
 ジョー・マロウ(ga8570)である。さすがに、密林じみた森で、いつもの私立探偵然としたスーツは目立つ為、今日は動き易いツナギである。所長であるドクターに呼び出され、今回の救出作戦に加わる事になった彼は、いつものように自己紹介してみせた。
「俺はジョー・マロウだ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
 うだつの上がらない、何故かお金の残らないハーフボイルド風の彼に、そう答えたのはハミル・ジャウザール(gb4773)である。と、ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)が沖合いに浮かぶBFと自分達の人数を見比べて、早速思案する仕草を見せていた。
「挨拶も終わった所で、作戦を練りましょうか。流石に‥‥この人数は厳しいな。救助優先で‥‥他は諦めるか、仕方ない」
「ミクの救出‥‥。はあ〜‥‥子供だな〜‥‥」
 どうせなら、20過ぎの綺麗なおねいさんがよかったなーと、ため息をつくジョー。まだ大人の女性なら、やる気も起きようと言うところだが、中学生では口説く気にもなれない。いや、やったら犯罪だが。たぶん。
「遺体を集めてどうするのか‥‥気になりますが‥‥今は救助が優先ですね‥‥。救助の妨げにならない程度に‥‥調査は留めておきましょう‥‥」
 もっとも、ハミルにしてみれば、集められた遺体の方が気になるが。ともあれ、それを回収している余裕はない。それはユーリも同じだった。
「確かに、何にしているのか‥‥。しかし、下手に探って気付かれたら、ミクを助けられなくなるし。こっちは少数だから、その事態だけは避けたいですね」
 今は、生きているであろう者を優先しよう。少しでも状況が掴めると良いと、脳裏によぎるハミル。と、そんな思いをめぐらせる彼らを、現実に引き戻したのは、ドクターだった。
「行かないと分からないと思うがね。進むのは海中からだね〜。捜索救出後、すばやく脱出したまえ」
 その為、一行は水中用の装備を整えてきている。ダイバースーツとエアタンクに身を包んだ彼らは、まだ波の残る海へと、文字通り潜り込む
「へいへい。まったく、所長は人使いの荒い‥‥」
 1人、スーツを持っていなかったジョーは、借り物だ。ぶつくさ言いながらも、ドクターに、「何か言ったかね」と睨みつけられ、「何でもありません」とその後に続いた。舞い上がる砂地で、若干視界は悪いが、見えないほどではない。沖縄特有の透明度が、目標地点まで導いてくれそうだった。
「では、向かうとしようか〜。不思議岩は、場所を覚えておくよ」
 だが、そんなBFの周囲には、多数の不自然な岩の塊が転がっている。それを記憶するドクター。作り物めいたそれは、触れれば真偽も分かろうと思うが、それはせず、位置だけを覚えていく。その間に、他の面々は波間に揉まれ、そっと間をすり抜ける。しかし、岩に動く気配はなかった。
「そのまま動かないですかね」
「いや、その可能性は0だと思うがね」
 人数が少ないので、反応していないのだろう。電源か何か切ってあるのかもしれない。いや、そうなったのは、ひょっとすると事前に使ったグッドラックの効果かも知れないが、真相はわからなかった。
「おおっとラッキー。なんてね」
「ミクの分のエアタンクも持っていかねばね〜。サンプル採取ができればいいがね」
 ジョーの冗談には目もくれず、ドクターは予備のタンクを手に、そろそろとBFへ近付いていく。相変わらず能力者には冷たい姿に、ジョーが不満そうに「所長かまって下さいよ」と口を尖らせる。
「無理ですよ、もう覚醒しちゃってますから‥‥。気付かれ難い様、接近は水中から‥‥が良いでしょうか?」
「ですよねー。そこ、上がれそうですよ。あっちは、待ち伏せかな」
 探査の目を使いながら、ユーリがそう言って道を示した。ぱっと見た限り、何を使っているのか分からない材質だが、意外と手をかける場所はありそうだ。だが、反対側には何か動いている姿が見える。しかし、それを見たドクターは水中で首を横に振った。
「網を張るほど攻撃してはいないから、そっちは無視して良いだろうね〜」
 これがもし、襲撃されるような状態ならば、部隊を分けてとも考えられたが、小娘一人にそこまで怯えている様には見えない。その様子に、ユーリは水中でも使えるカメラを回す。
「ノイズは入るかね?」
「いえ、比較的クリアですね」
 バグア特有の妨害電波はカメラにも作用を及ぼす。しかし、今回はわずかに切れ目のような物が入るだけで、比較的形は見えるようになっていた。
「ふむ。では記録して起きたまえ」
 ドクターがサンプルの代わりにと言うわけか、そう言った。こうして一行は、外壁と思しき場所に取り付き、鯨に似た腹へと取り付く。反対側に気付いた様子はないが、気にしておくに越した事はない。ハミルが周囲を見て合図をし、謎金属で覆われた小部屋の中へと滑り込む。ユーリとハミルが、探査の目を発動し、少しでも発見しやすいようにしていた。ジョーも、グッドラックでそれを支援する。
「こっちじゃないですかね」
 どこがどうなっているか分からないジョーだったが、船ならば一般的には上の方に艦橋があるというもの。だが、こっそりと忍び込んだその前には、変わり果てた遺体が積み上げられていた。
「いや、どうだろうな。あー、遺体ってそう言う事か‥‥」
 他の面々が見を隠す間、見張りを続けていたハミルが、集めた遺体の使用用途に気付く。恐らくは材料なのだろう。保存の手順は、想像していた通りのものだ。曰く‥‥漁師が魚を輸送するのと変わらない。
「どうします?」
「こうしよう。見つかっていない、ということはないだろうしね〜」
 だが、ドクターは、そんな【材料】になってしまった犠牲者には目もくれず、小部屋の壁にセッティングされていた機器に目をつけていた。人のそれと同じ様に、モニターがついている。
「弄れますかね?」
「これくらいの大きさなら、平気そうだね」
 以前、衛星ポセイドンで、コンソールをハッキングした事がある。目の前にあるそれの使用用途はわからないが、ここからネットワークをたどり、機器操作でミクの居場所を捜索することくらいは出来そうだった。
「急いで下さいね。ここ、見つからないわけじゃなさそうですから」
 警戒は、ユーリとハミルが当たっている。探査の瞳は、ドクター以外の全員が持っているので、何かあればすぐにわかるだろう。
 警戒の時は、しばらく続いた。と、やがて赤ランプが緑に変わる。にぃ‥‥と、ドクターの口元に笑みが浮かんだ。見れば、モニターに地図が浮かび、その一角が葱色に輝いていた。
「あった。距離はそう遠くもなさそうだね〜」
 すぐ下の階層らしい。ここから、5分とかからない。
「ではなんとかやれますか。戦闘は極力避けて下さいよ」
「こっちはそのつもりだがね」
 ハミルにそう答えるドクターだが、手にしたエネルギーガンは、相当使いこまれていて、その言葉がどこまで本気なのか、そもそもそう思っているのかすら、定かではない。ユーリは、慎重に地図に示された会談を下っはていく。ハミルが周囲を見張り、誘導していく。その目には、バグア達は荷揚げに集中しているように見えた。それはまるで、鯨に餌を与える飼育係だ。
 おかげで、ミクの部屋までは、すんなり赴く事が出来た。とは言え、どこを向いても同じ様な光景にしか見えない鯨の腹。ユーリのカメラにも、延々と同じ光景ばかり写している。
 それが切れた所に、問題のターゲットはあった。
「助けに来ましたよ‥‥」
「あうあー。ごめんだぉー」
 漫画じみた牢屋の奥で、転がっているミク。仰向けになったその姿は、本当に子供で。第二次性徴期すら通過しているのか怪しい体躯。その姿に、ジョーは「ちっ、子供だな」と残念そうにつぶやいていた。
「そのうち大きくなるもん」
 身を起こし、ぷうと頬を膨らますミク。その扉を開けて、ジョーが中から彼女を救出仕様とした刹那だった。鍵代わりのコンソールを操作していたドクターが、おもむろに叫ぶ。
「まて、それは偽物だよ!」
「え!?」
 反射的に距離を取るジョー。と、そのさっきまでいた場所の床が、盛大に白い煙を上げていた。何かが溶けた後のように、嫌なにおいが立ち込める、ひょう‥‥と口笛を鳴らして、顔を引きつらせる先には、どろどろと崩れたスライムがいる。変化能力を持つキメラは見た事はないが、幻影効果を持ってるキメラがいても不思議じゃない。
「興味深い事例だね〜」
「所長、今はサンプルを採取してる暇なさそうですよ!」
 キメラと知るや、興味を示すドクターを、ジョーが止めた。その刹那、反対側から声が響く。白い煙の反対側から、ゆらりと表れる黒い影。
「ご名答。本物はこちらだ」
 どうやら謎の溶解光線を放ったのは、全身黒の鎧のような者をまとったバグアだった。頭まですっぽりと覆われた外装は、中身が何ものか分からなくしている。その腕に、気を失ったミクが抱えられていた。
「ほう、君達はキョータロー君の部下か〜」
「おや、我が主をご存知ですか」
 声すら、加工してあるように見える。だが、ドクターにとって、そんな事はどうでもよかった。話には答えず、そそのまま抜き打ちでエネルギーガンを連射する。撃てるだけの数を撃って、彼が発したのは。
「とてもよく知っているよ」
「不意打ちとはやってくれるな」
 加工されたその声は、巻き上がる煙の向こうから聞こえた。生きてはいるようだ。視界の落ちたそこへ、ジョーが不満げに口を尖らす。
「って、所長いきなり仕掛けないで下さいよっ」
「やっちゃった以上仕方ないですよ。足止めします。今のうちにミクさんを」
 その攻勢は、鯨を目覚めさせてしまったのだろう。アラームらしきものが鳴り響き、転がっていたミクが目を覚ます。
「ん? あ、あれ? あっ、皆!」
 今度は、本物のようだ。きょろきょろと周囲を見回し、自身のおかれた状況に軽くパニくっている所を見ると、囚われてからずっと気を失っていたらしい。
「大丈夫ですか?」
「今回は平気だおっ」
 それでも、口調がいつものモノに戻っている。どうやら間違い用だと確信するユーリ。と、ハミルがその2人から守る様に後ろへ移動していた。そこへ、駆けつけたのだろう。バグアと思しき人型の何か。
「諦めて、強行突破ですかねっ」
「でしょうねっ」
 ハミルが足止めのエナジーガンをぶっ放し、ジョーが小銃を乱射して道を作る。水中であれば、アロンダイトも使えるのだが、ここは陸上。しかたなくドクターは小型超機械で対応していた。
「‥‥皆、あっちに!」
 牢屋の突き当たりには、窓のようなものが設えられていた。そのつなぎ目は、普通の船のようになっている。先ほどの余波で、金具らしきものが壊れていた。
「あれなら、行ける‥‥!」
 ハミルがそう言って足を速めた。人ひとりは通れそうな窓だ。強制的にあければどうにかなる。探索系の技能しか持ち合わせていないが、グッドラックは幸運を引き寄せる。そう、信じて。
「せぇいっ」
 気合を込めてクロックギアソードを振り下ろせば、窓はその枠ごと盛大にぶっ壊れて行った。吹きこむ海風と光は、バグア達から彼らを守ってくれる。そこへ、ユーリが後退を告げていた。
「ドクター、撤収しますよ!」
「命令しないでくれたまえ」
 ユーリに首根っこをつかまれるものの、ドクターは言う事を聞いちゃくれない。覚醒中は、傭兵に対して良い感情を持っていない。ずかずかとエネルギーガンを食らわせていく。
「ああもう。仕方がないな。眠らせられるか、やってくれ」
 暴走しようとするドクターを羽交い絞めするジョー。誰かが彼を止めるだろうか。そう期待した刹那。
「えいっ」
 ミクが、その足元をネギのようなもので蹴り飛ばしていた。ととっとたたらを踏んだ先に、床は‥‥ない。
「ちょ、なにするのかね〜!!」
「ええええ!?」
 ジョーと共に落ちていくドクター。唖然とするユーリとハミルに、彼女はにっこりと笑う。
「こうした方が楽だと思うぉ? 気を失った人運ぶの、大変だぉ?」
 そう言うと、自分もまた海の中へと身を躍らせていた。
「なるほど。気を失うよりは、さっさと行かせた方が早いと言う事ですか‥‥」
 ユーリがそう言う。どぼぉぉんっと下の方で聞こえた水しぶきは、彼の頭を冷静に戻しているらしい。いや、そうでなくても、水に落ちれば嫌でも浮上せざるを得ないわけで。強制と言う名の誘導に、大人しく従っているらしいドクターが見えた。
「違いない。俺達も行こう」
 ミクを助けた以上、長居する必要はない。そう思い、ハミルもまた水面にその身を躍らせるのだった。

 そして。
「やれやれ、酷い目に会いましたね」
 岸へと上がってきたユーリが、濡れた髪を絞るようにしてため息をついた。4人とも、銃撃の余波なのか、ところどころにかすり傷を負っている。しかしドクターは、能力者を信用出来なくなっているのか、「自分で直したまえ〜」と、救急キットだけ渡してくる。
 決して、顔をこちらには向けない彼。その見せない表情は、自身の信仰との板ばさみで、苦悩している証なのかもしれない。
 能力者は研究対象。直すの意味は誤字ではないのだ。
 と、そんな救急キットを手にしたのはミクだった。覚醒していない今、さほど器用とは言えない手つきで、包帯を巻いていく。
「む?」
「お礼、かな。なんか迷惑かけた気がするから」
 不思議そうな顔をしたドクターに、彼女はそう言ってにっこりと笑って見せるのだった。