●リプレイ本文
宮古島の沖合いに浮かぶビッグフィッシュ。
通称BFと呼ばれるそれを、海岸の岸壁から見上げる傭兵達がいた。
普段は穏やかな海であろうそこは、沖合いの影響か、ざぱぁぁぁんっと大きな波が打ち付けている。そんな岸壁、木々の生えた影で、機材を運びこむ彼ら。
「けっひゃっひゃっ、我が輩はドクター・ウェストだ〜」
波を背景に、ドクター・ウェスト(
ga0241)がいつもの高笑いを浮かべていた。もっとも、大半は波間にかき消されてしまい、周囲に拡散する事はないのだが、それでも目の前で頭を抱えているもう1人。
「所長、荒海に叫ばないで下さいよっと」
ジョー・マロウ(
ga8570)である。さすがに、密林じみた森で、いつもの私立探偵然としたスーツは目立つ為、今日は動き易いツナギである。所長であるドクターに呼び出され、今回の救出作戦に加わる事になった彼は、いつものように自己紹介してみせた。
「俺はジョー・マロウだ。よろしくな」
「はい、よろしくお願いします」
うだつの上がらない、何故かお金の残らないハーフボイルド風の彼に、そう答えたのはハミル・ジャウザール(
gb4773)である。と、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)が沖合いに浮かぶBFと自分達の人数を見比べて、早速思案する仕草を見せていた。
「挨拶も終わった所で、作戦を練りましょうか。流石に‥‥この人数は厳しいな。救助優先で‥‥他は諦めるか、仕方ない」
「ミクの救出‥‥。はあ〜‥‥子供だな〜‥‥」
どうせなら、20過ぎの綺麗なおねいさんがよかったなーと、ため息をつくジョー。まだ大人の女性なら、やる気も起きようと言うところだが、中学生では口説く気にもなれない。いや、やったら犯罪だが。たぶん。
「遺体を集めてどうするのか‥‥気になりますが‥‥今は救助が優先ですね‥‥。救助の妨げにならない程度に‥‥調査は留めておきましょう‥‥」
もっとも、ハミルにしてみれば、集められた遺体の方が気になるが。ともあれ、それを回収している余裕はない。それはユーリも同じだった。
「確かに、何にしているのか‥‥。しかし、下手に探って気付かれたら、ミクを助けられなくなるし。こっちは少数だから、その事態だけは避けたいですね」
今は、生きているであろう者を優先しよう。少しでも状況が掴めると良いと、脳裏によぎるハミル。と、そんな思いをめぐらせる彼らを、現実に引き戻したのは、ドクターだった。
「行かないと分からないと思うがね。進むのは海中からだね〜。捜索救出後、すばやく脱出したまえ」
その為、一行は水中用の装備を整えてきている。ダイバースーツとエアタンクに身を包んだ彼らは、まだ波の残る海へと、文字通り潜り込む
「へいへい。まったく、所長は人使いの荒い‥‥」
1人、スーツを持っていなかったジョーは、借り物だ。ぶつくさ言いながらも、ドクターに、「何か言ったかね」と睨みつけられ、「何でもありません」とその後に続いた。舞い上がる砂地で、若干視界は悪いが、見えないほどではない。沖縄特有の透明度が、目標地点まで導いてくれそうだった。
「では、向かうとしようか〜。不思議岩は、場所を覚えておくよ」
だが、そんなBFの周囲には、多数の不自然な岩の塊が転がっている。それを記憶するドクター。作り物めいたそれは、触れれば真偽も分かろうと思うが、それはせず、位置だけを覚えていく。その間に、他の面々は波間に揉まれ、そっと間をすり抜ける。しかし、岩に動く気配はなかった。
「そのまま動かないですかね」
「いや、その可能性は0だと思うがね」
人数が少ないので、反応していないのだろう。電源か何か切ってあるのかもしれない。いや、そうなったのは、ひょっとすると事前に使ったグッドラックの効果かも知れないが、真相はわからなかった。
「おおっとラッキー。なんてね」
「ミクの分のエアタンクも持っていかねばね〜。サンプル採取ができればいいがね」
ジョーの冗談には目もくれず、ドクターは予備のタンクを手に、そろそろとBFへ近付いていく。相変わらず能力者には冷たい姿に、ジョーが不満そうに「所長かまって下さいよ」と口を尖らせる。
「無理ですよ、もう覚醒しちゃってますから‥‥。気付かれ難い様、接近は水中から‥‥が良いでしょうか?」
「ですよねー。そこ、上がれそうですよ。あっちは、待ち伏せかな」
探査の目を使いながら、ユーリがそう言って道を示した。ぱっと見た限り、何を使っているのか分からない材質だが、意外と手をかける場所はありそうだ。だが、反対側には何か動いている姿が見える。しかし、それを見たドクターは水中で首を横に振った。
「網を張るほど攻撃してはいないから、そっちは無視して良いだろうね〜」
これがもし、襲撃されるような状態ならば、部隊を分けてとも考えられたが、小娘一人にそこまで怯えている様には見えない。その様子に、ユーリは水中でも使えるカメラを回す。
「ノイズは入るかね?」
「いえ、比較的クリアですね」
バグア特有の妨害電波はカメラにも作用を及ぼす。しかし、今回はわずかに切れ目のような物が入るだけで、比較的形は見えるようになっていた。
「ふむ。では記録して起きたまえ」
ドクターがサンプルの代わりにと言うわけか、そう言った。こうして一行は、外壁と思しき場所に取り付き、鯨に似た腹へと取り付く。反対側に気付いた様子はないが、気にしておくに越した事はない。ハミルが周囲を見て合図をし、謎金属で覆われた小部屋の中へと滑り込む。ユーリとハミルが、探査の目を発動し、少しでも発見しやすいようにしていた。ジョーも、グッドラックでそれを支援する。
「こっちじゃないですかね」
どこがどうなっているか分からないジョーだったが、船ならば一般的には上の方に艦橋があるというもの。だが、こっそりと忍び込んだその前には、変わり果てた遺体が積み上げられていた。
「いや、どうだろうな。あー、遺体ってそう言う事か‥‥」
他の面々が見を隠す間、見張りを続けていたハミルが、集めた遺体の使用用途に気付く。恐らくは材料なのだろう。保存の手順は、想像していた通りのものだ。曰く‥‥漁師が魚を輸送するのと変わらない。
「どうします?」
「こうしよう。見つかっていない、ということはないだろうしね〜」
だが、ドクターは、そんな【材料】になってしまった犠牲者には目もくれず、小部屋の壁にセッティングされていた機器に目をつけていた。人のそれと同じ様に、モニターがついている。
「弄れますかね?」
「これくらいの大きさなら、平気そうだね」
以前、衛星ポセイドンで、コンソールをハッキングした事がある。目の前にあるそれの使用用途はわからないが、ここからネットワークをたどり、機器操作でミクの居場所を捜索することくらいは出来そうだった。
「急いで下さいね。ここ、見つからないわけじゃなさそうですから」
警戒は、ユーリとハミルが当たっている。探査の瞳は、ドクター以外の全員が持っているので、何かあればすぐにわかるだろう。
警戒の時は、しばらく続いた。と、やがて赤ランプが緑に変わる。にぃ‥‥と、ドクターの口元に笑みが浮かんだ。見れば、モニターに地図が浮かび、その一角が葱色に輝いていた。
「あった。距離はそう遠くもなさそうだね〜」
すぐ下の階層らしい。ここから、5分とかからない。
「ではなんとかやれますか。戦闘は極力避けて下さいよ」
「こっちはそのつもりだがね」
ハミルにそう答えるドクターだが、手にしたエネルギーガンは、相当使いこまれていて、その言葉がどこまで本気なのか、そもそもそう思っているのかすら、定かではない。ユーリは、慎重に地図に示された会談を下っはていく。ハミルが周囲を見張り、誘導していく。その目には、バグア達は荷揚げに集中しているように見えた。それはまるで、鯨に餌を与える飼育係だ。
おかげで、ミクの部屋までは、すんなり赴く事が出来た。とは言え、どこを向いても同じ様な光景にしか見えない鯨の腹。ユーリのカメラにも、延々と同じ光景ばかり写している。
それが切れた所に、問題のターゲットはあった。
「助けに来ましたよ‥‥」
「あうあー。ごめんだぉー」
漫画じみた牢屋の奥で、転がっているミク。仰向けになったその姿は、本当に子供で。第二次性徴期すら通過しているのか怪しい体躯。その姿に、ジョーは「ちっ、子供だな」と残念そうにつぶやいていた。
「そのうち大きくなるもん」
身を起こし、ぷうと頬を膨らますミク。その扉を開けて、ジョーが中から彼女を救出仕様とした刹那だった。鍵代わりのコンソールを操作していたドクターが、おもむろに叫ぶ。
「まて、それは偽物だよ!」
「え!?」
反射的に距離を取るジョー。と、そのさっきまでいた場所の床が、盛大に白い煙を上げていた。何かが溶けた後のように、嫌なにおいが立ち込める、ひょう‥‥と口笛を鳴らして、顔を引きつらせる先には、どろどろと崩れたスライムがいる。変化能力を持つキメラは見た事はないが、幻影効果を持ってるキメラがいても不思議じゃない。
「興味深い事例だね〜」
「所長、今はサンプルを採取してる暇なさそうですよ!」
キメラと知るや、興味を示すドクターを、ジョーが止めた。その刹那、反対側から声が響く。白い煙の反対側から、ゆらりと表れる黒い影。
「ご名答。本物はこちらだ」
どうやら謎の溶解光線を放ったのは、全身黒の鎧のような者をまとったバグアだった。頭まですっぽりと覆われた外装は、中身が何ものか分からなくしている。その腕に、気を失ったミクが抱えられていた。
「ほう、君達はキョータロー君の部下か〜」
「おや、我が主をご存知ですか」
声すら、加工してあるように見える。だが、ドクターにとって、そんな事はどうでもよかった。話には答えず、そそのまま抜き打ちでエネルギーガンを連射する。撃てるだけの数を撃って、彼が発したのは。
「とてもよく知っているよ」
「不意打ちとはやってくれるな」
加工されたその声は、巻き上がる煙の向こうから聞こえた。生きてはいるようだ。視界の落ちたそこへ、ジョーが不満げに口を尖らす。
「って、所長いきなり仕掛けないで下さいよっ」
「やっちゃった以上仕方ないですよ。足止めします。今のうちにミクさんを」
その攻勢は、鯨を目覚めさせてしまったのだろう。アラームらしきものが鳴り響き、転がっていたミクが目を覚ます。
「ん? あ、あれ? あっ、皆!」
今度は、本物のようだ。きょろきょろと周囲を見回し、自身のおかれた状況に軽くパニくっている所を見ると、囚われてからずっと気を失っていたらしい。
「大丈夫ですか?」
「今回は平気だおっ」
それでも、口調がいつものモノに戻っている。どうやら間違い用だと確信するユーリ。と、ハミルがその2人から守る様に後ろへ移動していた。そこへ、駆けつけたのだろう。バグアと思しき人型の何か。
「諦めて、強行突破ですかねっ」
「でしょうねっ」
ハミルが足止めのエナジーガンをぶっ放し、ジョーが小銃を乱射して道を作る。水中であれば、アロンダイトも使えるのだが、ここは陸上。しかたなくドクターは小型超機械で対応していた。
「‥‥皆、あっちに!」
牢屋の突き当たりには、窓のようなものが設えられていた。そのつなぎ目は、普通の船のようになっている。先ほどの余波で、金具らしきものが壊れていた。
「あれなら、行ける‥‥!」
ハミルがそう言って足を速めた。人ひとりは通れそうな窓だ。強制的にあければどうにかなる。探索系の技能しか持ち合わせていないが、グッドラックは幸運を引き寄せる。そう、信じて。
「せぇいっ」
気合を込めてクロックギアソードを振り下ろせば、窓はその枠ごと盛大にぶっ壊れて行った。吹きこむ海風と光は、バグア達から彼らを守ってくれる。そこへ、ユーリが後退を告げていた。
「ドクター、撤収しますよ!」
「命令しないでくれたまえ」
ユーリに首根っこをつかまれるものの、ドクターは言う事を聞いちゃくれない。覚醒中は、傭兵に対して良い感情を持っていない。ずかずかとエネルギーガンを食らわせていく。
「ああもう。仕方がないな。眠らせられるか、やってくれ」
暴走しようとするドクターを羽交い絞めするジョー。誰かが彼を止めるだろうか。そう期待した刹那。
「えいっ」
ミクが、その足元をネギのようなもので蹴り飛ばしていた。ととっとたたらを踏んだ先に、床は‥‥ない。
「ちょ、なにするのかね〜!!」
「ええええ!?」
ジョーと共に落ちていくドクター。唖然とするユーリとハミルに、彼女はにっこりと笑う。
「こうした方が楽だと思うぉ? 気を失った人運ぶの、大変だぉ?」
そう言うと、自分もまた海の中へと身を躍らせていた。
「なるほど。気を失うよりは、さっさと行かせた方が早いと言う事ですか‥‥」
ユーリがそう言う。どぼぉぉんっと下の方で聞こえた水しぶきは、彼の頭を冷静に戻しているらしい。いや、そうでなくても、水に落ちれば嫌でも浮上せざるを得ないわけで。強制と言う名の誘導に、大人しく従っているらしいドクターが見えた。
「違いない。俺達も行こう」
ミクを助けた以上、長居する必要はない。そう思い、ハミルもまた水面にその身を躍らせるのだった。
そして。
「やれやれ、酷い目に会いましたね」
岸へと上がってきたユーリが、濡れた髪を絞るようにしてため息をついた。4人とも、銃撃の余波なのか、ところどころにかすり傷を負っている。しかしドクターは、能力者を信用出来なくなっているのか、「自分で直したまえ〜」と、救急キットだけ渡してくる。
決して、顔をこちらには向けない彼。その見せない表情は、自身の信仰との板ばさみで、苦悩している証なのかもしれない。
能力者は研究対象。直すの意味は誤字ではないのだ。
と、そんな救急キットを手にしたのはミクだった。覚醒していない今、さほど器用とは言えない手つきで、包帯を巻いていく。
「む?」
「お礼、かな。なんか迷惑かけた気がするから」
不思議そうな顔をしたドクターに、彼女はそう言ってにっこりと笑って見せるのだった。