●リプレイ本文
グリーンランドホスピスは、グリーンランドのほぼ中央部に位置する。一ヶ月に一度の定期便が予定されている。しかし、傭兵達は高速艇を使う事が出来る上、KVで駆けつければ、目と鼻の先といった場所だ。周囲の天候は確かに荒れている時も多く、外に出るには厳しい環境な為、傭兵達に課せられたのは、一種の箱庭を楽しくするお仕事、だった。
「なるほど、ここはボクに任せてくれたまえ」
口調こそ男の子だが、見た目はどう見たって年頃の娘さんなエリス・ランパード(
gc1229)が、ホスピスのテーブルにがんっと置いたのは、『目安箱』と書かれた木製の箱だ。
「やっぱり大なり小なり不満は出ると思うんだ。フランクに意見出来る物として設置かな」
だが、よく見ると、ベースはお土産品の千両箱だ。その箱をいかにも時代劇に出てくる目安箱っぽく加工してある。
「意見を出してくれる人が入れば良いのですが‥‥」
同行している寺田が、学校の授業を引き合いに苦笑する。思い出して欲しい。一般的な学生が、学年目標やクラス目標に、気合いを入れただろうか。
と、そこに。
「寺田がお泊り会主催だと‥‥!」
ばたーーんっと、ホスピスの(と言っても、外へ直通する扉ではなく、その内側にある談話室への)扉が、勢いよく開かれ、煩悩にバーニングハート中の森里・氷雨(
ga8490)が現れる。
「女子会か?ギギギ!」
謎の歯軋りを立てている森里くんだが、その場にいるのは、エリス以外は全員男の子だ。白虎も無月も、女性の様にたおやかだが、IDカードにはしっかりはっきり男性と書いてある。
「良いから席に付きなさい。1週間あるんですから、ミーティングを聞かないと、飢え死にしますよ」
寺田が容赦なく着席を促した。学生の敵は、いつの時代でも教師であり同級生である。だが、基本へたれの森里君に、抗う術はない。「は、はひ‥‥」と、こくこくうなずいて、言われた通りにする彼。
「なるほど。強化人間さん達の家かぁ‥‥」
概要を聞いたエリスがうなずく。今はまだいいが、戦後になれば、雇用、維持費問題とかも出てくるだろうし、最終的に施設の管理、運営を強化人間達に譲渡出来る様になるまで出来れば良い‥‥と、漠然と考えていたのだが。
「あまり、快く思わない者もいるでしょうね。ここには、自ら望んで来ている方ばかりではありませんし」
寺田の指し示した先には、まだ空席の目立つ各部屋の光景。その一室では、檻の中の熊な行動パターンで、部屋をろうろしているマンゴー頭が映っている。
「でも、家や職員に愛着を持ったりすれば、脱走を防ぐ事は出来るかも」
強化人間達が言えと認識すれば、そこへ戻ってくるだろうと。
「つまり、強化人間の人達が楽しく暮らせるようにしてあげれば良いのですね。任せなさーい♪」
「UPC職員達の保養所兼強化人間達の家、って感じになる様にがんばろー!」
エリスの案に、うんうんと頷く白虎(
ga9191)ことしっと団総帥だった。
で、そんなシリアスな事情はさておき、マンゴー頭を取り出した傭兵達は、早速魔改造に取り掛かっていた。
「とぉりゃあああ!」
ごぉぉぉんっと、壁に盛大な轟音が響く。マンゴー頭のいってぇぇぇ! と言う悲鳴がかき消されるほどの音に、壁は盛大に砕けていた。
「うん、ダメ。パワー落ちたこいつでも、砕けるんだもん。もっとセキュリティ機器を増やさないと」
エリスが強度の欄にバッテンをつけている。セキュリティ機器も監視カメラだけと言う緩い体制なので、あっという間に逃走されてしまいそうだ。
「って、俺が基準かー!」
「だって、本当に脱走は不味いしー」
そんな箇所にチェックを入れて行くエリス。だむだむと文句を言うマンゴー頭が、「要塞じゃないんじゃなかったのかいっ」とツッコミを入れている。
「だって、このままだと、超薄着の女子が拝めないぞ。見たいべ? ふともも」
「彩りくらい欲しいだろうが。あぁん?」
森里が言うには、天井を断熱や防弾ガラスに変え、日光を誘導できるようにするそうだ。それによって、寒冷な屋外環境と差別化し、中は温暖天国パラダイスにして、薄着女子を大量発生させようと言う魂胆らしい。
「そんな餌で釣られないマンゴー!」
「じゃあ、プールを温水にしちゃわない? 年中無休で、水着女子が鑑賞できるよ!」
後ずさりするマンゴーに、エリスがにじり寄る。温水だと気持ち良いもんねー♪ と楽しそうに言う彼女の横で、森里は監視の寺田にびしっと要求をつきつける。
「でなかったら、風呂を混浴にするか選べ寺田」
「温水で良いと思いますよ」
あっさりと認める寺田。教師の倫理的には、水着でちゃっぷんじゃないと不許可と言った所だろう。そんなあっさり即答されちゃ面白くない森里君。
「なぁなぁ。いっそ温泉引いて来ない? 保養施設の類は、UPCの人や能力者にも開放し、彼らとの交流の場として使えるようにすれば、閉鎖的にはならないと思うよー」
「鉄道のあたりに湧き出していましたが、むしろコストがかかるので、湯の花あたりにしておいて下さい」
温泉が沸いているのは、鉄道のあたりなので、ホースやらなにやらで引き込むよりは、保存の効く温泉の素が妥当だろうとの事。
「ほんじゃ、作業始めますかね」
「何で俺の首根っこを掴むんだー!」
早速改良をはじめる傭兵達。しかし、何故か肉体労働に借り出されているのはマンゴー頭だ。
「えぇい。貴様の家だろうが。水着パラダイスを邪魔しやがると、自分が苗になるぞ」
「何で俺が農民にならにゃならんのだー! だったら風呂選ぶわ!」
葱の苗を押し付けられ、ぶーぶーと文句を言いながら、風呂の工事現場へと向かうマンゴー頭。
「まんまと引っかかっちゃったね」
「まぁ、脱走のブレーキになりそうだから、いーんじゃね?」
エリスがにやりと笑う。実は水温が高いプールの方が、普通のプールより疲労を感じ易い。暴れるような体力を削るのがエリスで、自分で工事した方が愛着がわきやすいと言うのが、森里の思惑。
それに気付かないマンゴー頭は、自らの巣を、その手で作っているのだった。
で。
「だから何故こうなるうううう!」
いつの間にか、収容所には巨大なアスレチックが出来上がっていた。セキュリティ機能を使って、通路と扉をロックし、本棚とプールで迷路を作ってしまっていた。マンゴー頭にはゼッケンが渡され、スタートの赤いお立ち台に立たされていた。
「好成績だったら、プリンを追加して上げるよ。ねぇ?」
エリスが「ごっどほーぷ特製北極プリン」をちらつかせながらそう言った。ゴッドホープでも限定30名様にしか手に入らない幻の一品だ。
「突破できればだがな」
ニヤニヤしながら、白虎がコースを説明している。回転する足場に、そそり立つような壁。金属性のポールスライダーに、指先だけで渡らなければならない場所や、重量40kgの持ち上げる扉など、越えなければならない場所はいくつもあった。ちなみに解説は寺田だ。
「よ、よかろう! 家老のパゥワァを見せ付けてくれるわぁ!」
半ば自棄になったように、スタートの赤いボタンを押してダッシュするかろう。おっさんボディが池を足下にした宙に舞う。
「スタートしちゃったけど、どうするんスか?」
「まずはタイムとリプレイかなぁ。体を動かせば、ストレスも少しは解消されんじゃない」
森里にそう答える白虎。各コースにはタイマーがセッティングされており、時間切れになったとたん、BGMが切り替わり、足元のプールにダイブする。
「考えましたね。ただ、そうも限らないことを考えておくように」
「はーい」
マンゴー頭は事あるごとに温水プールに叩き込まれているが、寺田曰く『そうとも限らない』為、白虎は難易度を上げるべく、森里にあるモノを持っていかせていた。
「ふふふ。これこそがジャングル仕様! 厚い壁は極寒の地の楽園の守り!」
巡回と監視を兼ねて、障害物の変わりに立ちはだかる森里。
「突破出来るものならやってみるがよい!」
白虎がそう言って、手もとのボタンをぽちっと押した。刹那、いっせいに飛んでくる雪玉。強制雪合戦仕様のそれに、マンゴーが著作権を主張する。
「おのれー。そのネタは俺が先にやってたんだーーー!」
「そう思うなら分かっているだろう。やるぞ森里!」
続けて足元からせり出してきたのは、張りぼてのきのこ。何故かレンガの土台に乗っているが、よく見ると砕ける特殊素材だ。
「いいか、ここを池ポチャすれば、張り付いたブラがだな」
「おっさんの透け濡れで何が楽しい! ここはかわいいおにゃのこだろうっ」
もっとも、その妨害と巡回のあり方を巡り、白虎の主張に猛抗議する森里君。まだ、実験段階でしかないそこに、幻のおねーちゃんを浮かべつつ、若人は熱い非リア充会話を交わしている。
「おっさんでも需要はあるぞっ。その辺とか!」
びしぃっとマンゴー頭の方を指し示す森里。が、そこに彼の姿はない。
「そのおっさんもう逃げてるよ」
「「しまったー」」
どうやら、ちょっとした主張行為をしている間に、先に進んでしまったらしい。
「えぇい、時限装置作動! キノコとコイン頼んだ!」
「何で俺がそんな真似をー!」
白虎に文句言いつつ、森里はそのでっかい張りぼてきのこを抱えて、マンゴーの後頭部にぶつけるべく追いかけて行く。
「さぁて、じゃあ追跡開始ー♪」
エリスが、そんな2人をにこやかに見守りながら、中ボスへ誘導するように追跡を開始するのだった。
数分後。
「ぜぇはぁ。ここまで来れば、大丈夫‥‥か?」
びしょぬれずたぼろになった家老が、最後の島にたどり着いていた。重量40kgの扉をふんぬっと上げたところ、そこにいたのは。
「お疲れ様‥‥」
微笑みを浮かべる終夜・無月(
ga3084)さん。足元には、何故かハリセンやピコハン、エアーソフト剣等が散乱している。
「な、何故貴様がここにいるっ」
「説明しようっ! ここは中央チェックポイント。水上に設置された足場から叩き落された方が負けなのだ!」
泣く子も黙るフルチューン傭兵に、顔をひきつらせるマンゴー頭。そこへ現れた「解説」の総帥がびしぃっとマイクをつきつけると、無月は微笑を浮かべたまま、マンゴー頭の頭を、豪力発現付加のアイアンクローで掴む。ええ、足元の非殺傷兵器はガン無視で。
「抵抗したら割れますね‥‥」
「って、ちょっと待て! 既に違うぞ! なんでもう投げられる寸前なんだよ。つか、なんで司会が羽交い絞めなんだよ!?」
勝負もへったくれも、すでにとっ捕まっちゃった家老に、二人は声をそろえて「気にしないで」「ください」と紡ぐ。直後、ぼっちゃああああんと水に落とされた家老の上に、すぱぱぱぱんっと花火が降りそそいだ。
「こんぐらっちれーしょん! 挑戦者さんには、突破時間に応じて、ポイントを進呈!」
「何か御褒美でもあるのか?」
家老、根は庶民らしい。ちょっとわくわくした顔で聞いてくる。
「保存食に頼るのはよくないっ。理想は! 給食の! バナナを! 上目遣いで! 頬張っ‥‥」
「そこまで。バナナもチェリーも要りませんから」
森里の危険な台詞は、後ろから現れた寺田に、力の限りつっこまれていた。後頭部に盛大なたんこぶを作りつつ、「ちぇー」と残念そうにする彼に、白虎が代わりに説明してくれる。
「ポイント貯めたら、各種豪華景品を出します。それでいいよね?」
優先的に保養施設を仕えたりするらしい。盛大なカタログになっているポイントブックに、マンゴー頭がちらっと『それで良いかな』的な顔を見せた。
「美味しいご飯もつけてあげよう。ねっ?」
エリスが、無月の方を見る。「まぁ‥‥御賞味あれ‥‥」と言った彼は、備え付けの厨房を借りると、アルティメット調理器具を駆使して、お料理を始めた。
空中に投げた巨大なエビを、両手で持つアルティメット包丁と鬼包丁の二刀流で、力強く一閃。風圧を伴うその動きは、材の細胞を潰す事無く叩斬った。
間髪入れずに再度空中に大量の玉ねぎを投げ、まずは閃光をなびかせつつ、華麗に繊斬り。落ちて来る食材は手にしたアルティメットまな板で落下の衝撃を無にするよう受け止め、物凄い速さで微塵斬り実施。速度が速すぎて、涙も流れやしません。
「一体何を作る気なんだ?」
「エビチリと麻婆豆腐の予定ですが‥‥。ああ。それと杏仁豆腐つけますよ」
メニューは中華らしい。森里が「新鮮野菜もつけようぜー」とリクエストしたので、マンゴーが追加された。
「では、参りますね」
中華は火力だと言われるが、火を通す作業でも、アルティメット調理器具が活躍する。
最後に、アルティメットおたまで深鍋のスープを優雅に攪拌又は鍋の炒め物を力強く空中を舞う様に混ぜ、アルティメットフライ返しでフライパンの上の食材を踊らせる様に返し、料理のソースやドレッシング等も作りアルティメット泡立て器で繊細且つ素早いが美しく泡立てれば、完成だ。
「食堂のおばちゃんみたいだねー。なんていうか、お母さん?」
並んだ料理を見て、似合うかもーと言っている。一瞬、美味そうだナーと鼻の下を伸ばしたマンゴー頭だったが、はたと我に返っていた。
「メシと娯楽で誤魔化されるか! 俺は外に行きたいんだー!」
「わかりました。じゃあどうぞ」
森里が、あっさりとドアロックを解除する。「え」と怪訝そうな顔を浮かべるマンゴーのケツを、彼はえいっと蹴り飛ばした。
びゅうーーーーーっとグリーンランドの強烈な風邪が吹きつける。
「この極寒池ポチャで、外に出たいなら止めはしないですよ」
「ぎゃーーー。いれておかーーさーーーん!」
猛吹雪に煽られて、猛反省する家老だった。
数時間後。
「よ、よくわかった。ならば一つ条件がある」
お風呂で程よく茹で上がった家老は、皆に取り囲まれてフルーツバスケットの罰ゲーム状態になってい。
「なに? まだ何かあるの?」
エリスがそう聞き返すと、マンゴー頭は申し訳なさそうな顔で、こう訴えてくる。
「逃亡と言うわけじゃないが、せめて外出くらいは勘弁してくれ。監視付きでかまわんが、大人のクラブ活動くらいいいだろう!」
「しょうがないなー。ポイント項目の中に、外出権利とお買い物券を混ぜておくから、しっかり働けよ?」
OKを出す白虎。保養施設とは、人らしく過ごす施設‥‥と、昔の映画でやっていた覚えがある。
つまりここは、いわゆる「強化人間の住み込み職場」になってしまったようだった。