●リプレイ本文
授業には一定の節目がある。その時間の7割くらいは練習に使っても構わないと言う事だった。
「えー、走る前に」
コーチ役の赤霧・連(
ga0668)が、体操服に着替えた生徒を体育座りにさせつつ、訓示している。
「今回のレースの授業の意味は何でしょうか? はい、和奏さん」
「えーと‥‥AUKVの訓練‥‥僕も将来、AUKVみたいなの使えたら無駄にならないと思うし‥‥かな」
いきなり指名された水理 和奏(
ga1500)、目をぱちくりさせながら、しどろもどろに答えている。首をかしげる彼女に、赤霧はこう告げた。
「貴方は戦場に立ち目の前に重傷の怪我人がいます。怪我人を如何に安全に後方へ移動させるか? 貴方の技術が問われますよネ。この場合、洋服は怪我人ですネ」
「あ、そうか。乱暴に扱えない子もいるよね」
単純に骨折だけだったとしても、丁寧に扱わなければならないだろう。以前の事を思い出したのか、納得する彼女。どういうわけか、春香までうんうんと頷いている。
「ふうん。あの2人、性格だけじゃなくて、理解力も変わらないみたいね。でも、身体能力はどうかしら‥‥」
彼女達の様子を観察していたパチェ・K・シャリア(
gb3373)、そう呟いた。それを、手元の記録用紙に、記録していく。
「えっとぉ、僕も装着してるような感じで、これをを背負ったらいいと思うんだけど」
そんな中、和奏は持ち込んだ装備品で、AUKVを装備するのと同じ様に調整しているようだ。パチェはそれらを省みて、何か使えそうなものがないか、探して見たのだが。
「ふ。ならばこれを使って見てくれ」
そこへ、どこからともなく現れるUNKNOWN(
ga4276)。相変わらず神出鬼没のようだ。
「あんのんさん、どこから‥‥」
「いや、昨日寺田が‥‥。なんでもない」
何故かあさっての方を向くあんのんさん。和奏も春香も、首をかしげている。そんな、わかってない生徒達を尻目に、彼は持っていた服を提供する。
「‥‥愛用の品だ。頑張ってくれたまえ」
サングラスをくいっと直し、口元がにやりと歪む。
「それに、成功すれば寺田がセーラー服を着てくれるらしいぞ? 昨日密約してきた」
おま、いったい何やった。
「すごいや、あんのんさんは寺田先生と中良いんだね!」
そう思うのは報告官だけかもしれない。和奏はいっこう気にせず、手を叩いて大喜びである。
「ふふ。さてではこれを練習に使えるよう加工しようか」
マジックテープを片手に、セーラー服を切ろうとするあんのんさん。工作もまた、楽しい授業だ。
「うーん。俺これよりも、アレに登るほうが重要だろうなぁ‥‥。普段だったら、駆け上がっちまえばいいと思うんだけど‥‥」
こうして出来上がった帽子を手に、翔幻を見上げる依神 隼瀬(
gb2747)。
「これ、勢いつけたら、飛んでっちゃいますね」
「だよなぁ。とりあえず、何も持たずに登って見るか」
担当はパチェらしい。KV用の大きなそれは、リンドヴルムのままでは、軽く滑空できそうだ。感覚をつかむ為、彼女はその帽子をパチェに預けて、よいしょっと足をかける。
「もうちょっと右側から‥‥。そう、腕のパーツに足をかけて。大丈夫、それくらいじゃ、翔幻は壊れないわよ」
登っていく彼女に、下からパチェがアドバイスしていた。その手には、落ちた時の為に、命綱が握られている。フリークライミングの要領だ。何とか登れるようになった隼瀬に、帽子を渡す。
「どう言う風に持ったら、一番風の抵抗少ないと思う?」
表にしたりひっくり返したり。持ちにくそうなので、何とかたたみたい所だ。このままでは、空気抵抗がありすぎる。
「そうねぇ‥‥。背中に背負うのが一番でしょうけど‥‥。あんのうんさん、なにかごぞんじ?」
パチェも、そう言った事には不得手らしい。くるっと振り返ると、アンノウンはこういって、大きな布を広げた。
「わかった。では使えるように、折り方を教えようか」
「翔幻しか使えないのかしら。リッジウェイじゃ、駄目?」
美空(
gb1906)が、格納庫に納めている自分の愛機を引っ張り出そうとしていたが、それはアンノウンに止められてしまった。
「しくしく‥‥。リッジ、もう少しダイエットしなきゃ駄目だね‥‥」
いやそれはすでにリッジじゃないだろう。
「稼動領域が大きいかもしれんな。凹凸も激しいだろうし」
「構造がまず違いますよ。ほむ、間接部はこう『ズビッ!』として『ガシャン』としているのです」
一方で、KV独特の出っ張りを説明する話が、いつの間にか動かし方の説明になっている。さらに、使ってみないとわからないレベルになっていた。それでもなお、簡単なレクチャーを行っていた赤霧は、こう尋ねる。
「それじゃわかんないって。あ、服は出来た?」
ざくざくと大雑把に切って張り合わせただけだが、それなりに形になっている。と、それを見た美空は、いそいそとリンドヴルムを起動させた。そして、その辺に転がっていた鉄パイプをちょいちょいっとまげて、針金ハンガーならぬ鉄パイプハンガーを作っている。
「できあがり。これなら、運ぶ時も壊れないよね」
洗濯物を干す要領で、出来上がったスカートをひっかける。あとは、実際に持って走るだけだ。
「準備は出来たか? 一回通してやってみろ」
「ふふーん。練習だからと言って手は抜きません」
そう言って、今まで見学しているだけだったハインが促した。赤霧が練習中の相手チーム役を務める事になったらしい。と、その時だった。
「ちょっと待ったぁ!」
びたーんと地上への扉が開き、背後に光源を背にした藤田あやこ(
ga0204)さん登場。
「敵は1人ではありませんわ。私のアンジェリカで、お相手いたします!」
「いや、この場合アンジェリカに着せる方であって‥‥」
皆が唖然とする中、ひとりハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)だけはいそいそと隠密潜行を使い、あやこの視界外へと潜入する。
「ふむ。敵戦力名‥‥藤田あやこ‥‥。なるほど、1人で3人分くらいの衣装を持っているようだ」
「懐かしいですね。私の学生時代、更衣は男女共用でした」
ハインがうぉっちんぐしている中、話を聞いて納得した様子のあやこ。服装は紺の水着ビキニにセーラー服だ。どうやら、ハンデのつもりらしい。
「大丈夫だ。お前達なら出来る。今までの特訓を思い出すんだ‥‥」
「うん、わかった!」
皆が唖然としている中、そう言ってあんのんがスタートラインに、生徒達を並ばせる。よーい、スタートとばかりに、彼らは走り出した。
「見てなさい。これ位工夫しないと戦闘中に武器持替出来ませんから」
レースの途中であやこが始めたのは、体操着への早着替えだった。スカートを着たままブルマを付け、上着のまま体操着を被り、周囲から見えないように着替えると言う、女性が中学校くらいになると覚え始める技だった。
「脳筋には無理鴨しれませんわね」
屈んでスカートの裾を踏み、起立で体を伸ばすと同時に脱ぎながら、そう自慢げに言うあやこさん。が、当の春香はいっこう気にせず爆走中。
「ふぅっ、凄い熱気ね、汗で濡れちゃったあ。イヤン、負けちゃった恥ずかしくって‥‥お嫁にいけなぃ」
胸元を意識しながらパタパタと身を扇ぐ彼女だった。
休憩後。
「ここまで本格的にやらなくてもよかったんだが」
ティグレスが、ため息をついていた。まるで、運動会のように放送席と救護テントが設けられ、その傍らには『応援用』と紙が貼り付けられた獅子舞まで鎮座している。そして、トラックの中央には、隼瀬のクロガネが、まるでファッションショーのモデルみたいなポーズで、能力者達を見下ろしていた。
「何言ってますの。たとえ授業でも、全力で挑むのが私ですわ☆ 現場のハインさん、選手達の様子をお願いしまぁす」
練習相手から、実況係になったあやこさんが、通信機へ語りかけると、試合状況の把握と伝達‥‥と言う名目で、少し離れた場所にいたハインが答えを返してくれる。
「ああ。こちらでは準備体操の真っ最中だ。多少、緊張しているようなので、コーチ陣と最後のミーティングをしている」
距離にすると200mも離れちゃいないわけだが。それでも雰囲気だけはばっちりだ。
「大丈夫。練習した通りにやれば上手く行く‥‥」
「負けません、勝ちに行きますよ?」
ぶつぶつと自分に言い聞かせている隼瀬に、学園の体操服を借りた赤霧のお目目がキラーんと輝いている。そんな中、パチェがホワイトボードを指し示した。そこには、走る順番が書いてある。
「あ、アンカー‥‥。頑張らなくちゃ‥‥」
あんぐりと口をあけている和奏。なお、横には春香の名前もある。
「‥‥生まれ変わったドラグーンの力、見てみるかね?」
そんな彼らの姿に、カメラの前でふんぞり返りながら、サングラスを光らせ、位置を直すアンノウン。
「えと、お手本みせるですよ♪ 見てると良いですっ」
ぱぁんっと、スタートピストルが鳴った。トップバッターのヨグ=ニグラス(
gb1949)がブレザーを持ち、一周目を走り出す。
「ぶっ飛ぶですっ! って、わぁ!」
彼、覚醒するものの、ブレザーが破けそうになってしまい。慌てて解除する。
「イヤン、もっと優しくしあげてぇ。アァン、破れちゃう、血が出るかも」
と、中継のあやこさん。念のために言うと、血は出ない。たぶん。
「開発者さん達にフルボッコされそうですよっ‥‥」
そう言って、翔幻に近づくヨグ。パチェに指示を仰ごうと、ちらりと視線を送る。
「持ち方の工夫一つで、大分服も破けにくくなると思うわ」
「なるほどです。むんむんむん!」
パチェのアドバイスに、彼は抱え込むようにしてブレザーを持つと、第二走者の美空の元へと向かった。
「ヨグさぁん。こっちですぅ!」
「お願いしますですよー!」
ぶんぶんとおててを振っている美空へと駆け込むヨグ。
「そ、そんな。ヨグくんの手が‥‥きゃ☆」
つけやすそうなのもさることながら、タッチの合図に、そのヨグのおててのぬくもりを感じてしまい、ぽっと頬を染めている彼女。
「見ててね、ヨグくん。絶対無事に届けるから!」
心に誓いつつ、美空はスカートをハンガーに引っ掛けたまま、クロガネへと近づいていく。
「うわーん。中々うまくいかないよぉう!」
最初、セパレーツスカートの片方を端っこに結び、そのまま回せばいいのかなぁと思っていたが、そうは問屋がおろさない。腰周りが広すぎて、手が届かないのだ。
「がんばるですっ」
「うんっ! 負けない!」
ヨグの応援に気を取り直した美空、パーツ分けして装着しようとしたが、結局うまくいかず、粘着テープで取り付ける事になっていた。
「隼瀬さん。次、お願いします!」
なんとかやり終わった彼女、ぜぇはぁ言いながら、次の隼瀬へタッチ。
「ティグレスさんより早く登らないとっ!」
帽子を頭に乗せる為には、翔幻をよじ登らなければならない。苦労している彼女に、あんのうんが力強く「そこだ、特訓を思い出せ」と応援し、彼女は練習していた時と同じように、その出っ張りに手と足をかける。
しかし。
「甘いな」
「うわぁん、せっかく特訓したのにぃ!」
3人目の相手が悪かった。ティグレスだったのである。結構引き離していたはずなのに、あっさりと追いつかれてしまった。
「最後は春香さん‥‥。負けないっ」
互角の勝負になった。最後を締めくくるのはバスケットを運ぶ和奏。
「早めに身体を傾ける様心掛けてみて!」
パチェのアドバイスに、大きく頷く和奏。
「あーっ、出ちゃう、出る出る‥‥ダメェ春香抜いちゃダメェ」
あやこが春香を妨害するかのように、実況と言うかナレーションを入れている。おかげで春香さんはものすごくやりにくそうだ。
「落ちないように、一歩一歩確実にっ‥‥!」
慎重にバスケットを運ぶ和奏。
「そんなゆっくりだと日が暮れちゃうよっ」
が、春香の方はそうは行かなかったらしく、最後は足の差で春香に抜かれてしまうのだった。
そして、終了後。
「ふう、よく走りましたわ」
汗だくで疲労困憊していたが、美空の顔には、やり遂げた漢のそれが浮かんでいる。
「次は、負けないよっ」
「おおぅ‥‥は、走るですよっ! リベンジですっ! アイルビーバック!!」
「今度は夜に勝負よ」
和奏、ヨグ、あやこはそれぞれの口調で、再戦を心に誓っている。そんな彼女達に、春香は右手を高く差し出してこう言った。
「またやろうねっ」
「うんっ」
ぱしっとその手をとる和奏。ハイタッチ。ぶんぶんとシェイクハンド。そんな彼らの表情を見て、満足げにあんのうんさんは寺田にこう言った。
「ま、楽しませてもらったよ。今度、酒でも飲まんかね? 雰囲気のいい店がある」
「時間が合えば、ね」
やんわりとそう答えている寺田教諭に、今度はパチェが思っていた事を口にする。
「仲のよい事ね。でも、教員の数が足りてないのなら、パチェも教員としてお役に立たせて貰えないかしら?」
だが、寺田の説明によれば、依頼や課題で、同じ傭兵なのに立場が上になると言う事に、反発を覚える者も少なくはないそうだ。それに、もし教諭の称号を得る為には、今までの称号を捨てなければならない。
「まぁ、私も課題を出す時には、協力者がいる事を心がけておきましょう」
それでも、寺田先生はそう約束してくれた。
「では‥‥また逢おう。学園の覇権を賭けて‥‥」
こうして、あんのうんはそう言ってダンディにサングラスを直すと、全力疾走で校舎の外へと走り去るのだった‥‥。