●リプレイ本文
うねうねとしたバナナと小麦粉が、田畑で暴れているのを見て、ドクター・ウェスト(
ga0241)は口から魂を放出しまくっていた。
「ま、まさか、ココがこんなところとは‥‥」
カンパネラに始めてきたらしい彼は、目の前に広がる光景が信じ難いのか、かなりショックを受けているらしい。と、そこへつかつかと歩み寄るエリザ(
gb3560)。
「もう少し落ち着いて対処なさい」
やおら、張り手の音が響いた。
「冷静さを失ってはいけませんわ」
うつむいたままのドクターに、そう告げる。ほんのりと厳しい空気が漂う中、東雲・智弥(
gb2833)がそれを打ち消すように、こう尋ねた。
「学園の食事事情が大変になりかねないから退治と‥‥。あと、課題として捕獲はしないと!でも、ホントにあれはキメラ?」
「学生の遊びにしては、ちと過ぎたオモチャだな‥‥ありゃ」
ヒューイ・焔(
ga8434)もまた、うねうねしているバナナと小麦粉に、かなりあきれ気味にため息をつく。
「生物学部やなどの実験生物のなれの果て、ミュータントとかじゃないのですか?」
「確かにキメラ‥‥と言うほどのものではありません。繁殖と言うにも不完全なものですし。まぁ実験動物のようなものだと考えてもらって構わないですよ」
さらに疑問を投げかけると、そう答えながら、教室の入り口に、寺田智之(gz0131)教諭が顔を出す。いつの間に現れたんだと思いつつ、ヒューイは肝心な事を尋ねた。
「それで、そいつの捕獲に使えそうなケージは、貸し出してもらえるのか?」
「ええ。ちょうどそれを持ってきたところです」
見れば、その後ろに頑丈そうな檻があった。荷物用のケージを加工したと思われるそれを運んできたらしい。
「生態プログラム‥‥いわゆる『習性』で活動しているものと推測できます。‥‥単純なトラップの方が効きそうですね」
動きを確かめている真田 音夢(
ga8265)。矢絣模様の着物に袴、ブーツという、大正浪漫な、はいからさん姿だ。一方、智はケージの中に、まだ梱包用のロープやらなにやら残っているのに気付き、それを拾い上げる。
「この辺りも使えそうですよね。捕獲するのと、そうじゃないのは、分けた方がいいのかな?」
「ロープは必須アイテムよね。切られないように、これも持っていきましょ」
エリザが、絡み付いていた鎖をはずす中、音夢は無言で、ぺこりと頭を下げた。
「別に、礼を言われるほどの事ではありませんよ」
だが、寺田先生は意味ありげに答え、そう口元をゆがめるのだった。
で。
「ほんで、細かい話はどうするんだ?」
必要そうな捕獲用品を調達し、そう尋ねてくるヒューイ。
「‥‥‥‥」
無言でトルネードを見せる音夢。
「そうか、そいつを使うんだな。それじゃ、適当に弱らせて捕まえますかね」
そう言うと、彼は移動するスピードを上げた。
「AU−KVを着用しての実戦は初めてですわね。ドキドキしますわ」
そう言うと、エリザは覚醒状態となり、持ってきたAUKVを装着する。授業以外で武器を振るうのは初めてだった。
「ようは追いかけっこだな。こっちが鬼だ。何とかしてタッチアウトに持ち込めばいい!」
「わかりました。こうやればいいんですわねっ!」
同じ様に覚醒したヒューイに指示され、彼女は一気に距離を詰めた。
「‥‥‥‥」
それにあわせ、無言でトルネード炸裂させる音夢。と、その炸裂する竜巻に追われ、バナナの方向がくるりと代わり、生徒達の方へと向く。
「私のカンヴィションアックスを食らいなさいまし!」
エリザ、その振り向いたバナナへ、自分の武器を振り下ろした。一方で、少しでも体力を削ろうと、音夢は無言でトルネードを操作している。
「あのバナナ、以外に頭回るのかもしれないな。牽制よりメインアタッカーの方を知ってやがる‥‥」
だが、バナナの攻撃対象は、音夢には移らない。目の前で長柄のアックスを振り回すエリザ。しかし、バナナは器用にその攻撃を体を振って避けている。
「えい‥‥‥‥あら、意外と攻撃って当たらないんですのね」
悔しそうに口を尖らせるエリザ。ムキになってアックスを振り回すが、バナナはその度に身をくねくねと高速に動かして、まるでダンスを踊るよう。覚醒したエリザの武器は、光の軌跡となるらしく、まるでショータイムだ。
「カウンターが効きそうな相手じゃないな‥‥」
その様子を見て。ぼそりと呟くヒューイ。向こうが攻撃するのを待ってカウンターといきたい所なんだが、目の前にいるエリザと、援護している音夢にかかりきりで、こちらまで気を回してはくれないようだ。
「‥‥‥‥」
ヒューイが距離を取っている間、音夢もまた距離を取っていた。そして、直撃させないようにしながら、まるで彼と挟撃するかのように、トルネードを操作する。押し戻されたバナナが、エリザに体当たりを食らわせて。
「‥‥‥‥っ。下郎の分際でよくもわたくしに傷をつけましたわね!」
頬に一筋、傷跡が走った。その刹那、エリザの後頭部に怒りマークが浮かぶ。直後、彼女は携帯していた機械剣へ手をかけた。
「お食らいなさい!」
その白い軌跡の周囲に、光の微粒子が舞う。ざしゅっとまるで大きな大根を切る音がして、バナナはゆっくりとのけぞった。その後ろにあるのは、音夢のトルネードだ。
「‥‥‥‥」
彼女、それを横にひらりとかわして、背面へ用意しておいた、バナナボート型のケージを開放する。
「おし、今だ!」
げしぃっとヒューイが止めとばかりにクルシフィクスで押し込み、がっちりと蓋を閉めた。壊さんばかりの勢いで鍵を閉めれば、バナナはもう籠の鳥である。
「捕獲完了ですわ。次は‥‥小麦粉!」
エリザがきっと顔を上げ、変形を解除してバイク形態へ戻る。そのまま、土煙を上げるかのように猛ダッシュをかけると、今度は小麦粉の暴れるゴマ畑へと向かうのだった。
「おーい、俺も乗せてってくれー」
「‥‥‥‥」
おててふって合図するヒューイの横で、トルネードとバナナを片付けた音夢が、無言で『聞こえてないです』とばかりに首を横に振るのだった。
さて、その連絡を受けた智はと言うと。
「バナナはなんとかなったみたいです。次は、小麦粉か‥‥」
通信機から聞こえてきた報告を、ドクターにも告げた。
「‥‥どうやら、一般的に小型か中型と言われる類のようだね〜」
農具置き場の影から、キメラを観察している彼はそう言った。容姿は溶けかかった白玉に似ている。大きさは約1mの半円。一般的なスライムと、能力も攻撃性能も変わらない様に見えた。もっとも、フォースフィールドだけは若干弱くなっているようだったが。
「ドクターさん?」
だが、智は気付いた。その表情が、今までとは売って変わった硬いものになっていることに。
「我が輩は能力者としても、科学者としても、今ひとつ甘かったようだ」
一見しただけでは、表情はいつもの通り、口の端を吊り上げた笑み。しかし彼は、普段から『最後の良心』と言われている首の十字架に手をかけた。
「その甘さ、そぎ落とさなくてはね」
ためらいなく、チェーンを外す。
「‥‥‥‥っ!」
その瞬間、怒りに染まった双眸が、いつもより激しく輝き始めた。
「このような生命、生かしておくわけにはいかないな」
声さえも、若干低くなったように感じる。ホルスターに下げられたエネルギーガンの出力が、最大に合わせられた。
「ちょ‥‥! 先生からは、捕獲しろって‥‥」
「聞く耳、もたんな」
きっぱりと、そう言って。刹那、キメラにそのエネルギーが降り注がれる。そこに、一切の容赦はなかった。
「どうしよう‥‥」
その怒りが、わからないでもない。止めあぐねている智が、攻撃を悩んでいると。
「やめておけ、東雲」
騒動を見に来たのか、様子を確かめに来たのか、寺田教諭が姿を見せる。口調が変わっているところを見ると、何か感じ取るものがあったのだろう。
「‥‥わかりました。ちょっと気になる事もありますし、ドクターさんの意向を尊重しましょう」
こくんと頷いた智が取り出したのは、『独自製法でふんわり』と書かれたドライイーストの箱だ。
「いえ、ふっかけてみたら発酵するのかなー? と思って」
そう言うと、彼はそれを持ち込んだ超機械にぶち込んでいた。ういんういん言いながら、イースト菌を飲み込む。
「美味しいパンになったら面白いよね。えぇい」
そう言って、出来上がったイースト菌ビームを、小麦粉へと噴射する智。ところが、その直後だった。
「これは‥‥!」
もごもごと膨れた小麦粉の塊は、まるで細胞分裂するように、2匹に増えてしまう。そこへ、バイクで駆けつけるエリザ。
「ちょっと。でっかい音がしましたけど?」
「小麦粉が増えちゃったんだ。あっちはドクターさんが何とかしてくれてるみたいだから、こっちを!」
指し示した先では、分裂した小麦粉がいる。エネルギーガンで撃ちこまれ、ところどころに穴があいた小麦粉は、こりゃあタマランとでも思ったのか、移動を開始する。
「籠は用意してあるよね?」
智がロープを片手に確かめると、音夢が無言で小さな籠を差し出した。中には、餌らしきものが仕込んである。それを。彼女は進行方向の前へと置いた。
「残念ながら、行かせるわけにはいかんな」
だが、ドクターはその刹那、機械剣へと持ち替えた。
「やりすぎじゃ‥‥」
「知る物か」
きぱりとそう言って。
「‥‥食らいたまえ。我が輩の怒りを!」
握り締めた剣が、もう一匹の小麦粉玉を切り落とす。
「‥‥今です」
音夢が表情のないままそう言って、もう一匹の小麦粉を、檻へと誘導するのだった。
捕らえられたバナナと小麦粉は、キメラ研の係員が引き取って行った。
「‥‥いじめないで、あげてください‥‥ね?この子達も‥‥きっと、悪意があってやったんじゃないと思いますから‥‥」
音夢が、念を押すようにそう伝えている。ケージの中でうねうねする小麦粉の玉は、なんだかちょっと愛嬌があって可愛いなーと思ったらしい。
「これで何とかなったかな」
その様子を見て、ほっと胸をなでおろす智。ただ、ドクターは、相変わらずだ。
「ただ、思うけどこんなモノ作るなんて、許可がいるはずだし、マッドサイエンティストが近くにいそうだよね?」
「ふむ‥‥。一理あるな」
それでもなお、言い募る智に、ようやくドクターは答えた。どうにかして、その沸き起こる怒りを抑えようとしているのだろう。
「しかし、なんで今回こんな事になったのかねぇ」
ヒューイが、小麦粉を見送りながら、頭を抱えている。と、そこで智が、その怒りの矛先を、施錠されている地下倉庫へと向けた。
「ただ、思うけどこんなモノ作るなんて、許可がいるはずだし、マッドサイエンティストが近くにいそうだよね? あそこ辺りに何者がいるはず!」
そう言って、振り返らずにバイクを走らせる智。後ろにドクターを無理やり引っ張り出している。彼が、倉庫を蹴り飛ばすと、そこには白衣姿の男性がいた。
「な、何故ここが!」
「学園の平和を乱す奴は何があっても赦さないです!」
びしぃっと指先を突きつける彼。
「我輩の夢とロマンをぶち壊した奴を、許しておくわけにはいかないねぇ」
ドクターも、エネルギーガンを向けていた。と、その彼は口元をにやりと笑みにさせて、白衣をばさりと取ってしまった。
「バレてしまったようだな。そうとも、手引きをしたのは俺だ」
まるで、ソニックブームか何かのように。倉庫の背後が吹き飛んだ。瓦礫で、視界が閉ざされた直後、壁に穴が開いており、その向こうに人間型キメラの姿があった。
「ち、仕留めそこなったか‥‥」
空の上に行ってしまったそのキメラ。どうやら、バグアがひそかに潜り込んでいたようだ。
「このサンプルを見るに、不完全な知識で培養したモノを組み込んでしまったようだね‥‥」
「それを、潜入したバグアが利用した‥‥と言うわけですね」
残されたものは、報告書で何度か見た事がある培養液だ。どうやら、実験に使っていたサンプルのキメラを、彼が加工していたらしい。
「ドクター」
と、そこへ寺田教諭が姿を見せた。
「寺田、とか言ったな」
厳しい表情で振り返るドクター。
「あなたのお怒りはごもっともです。ですが、ここカンパネラはUPCの配下でありながら、UPCの管理下と言うには、あまりにかけ離れた場所。こう言ったことも起こり得る事を、ご容赦いただきたい」
「‥‥‥‥‥‥」
彼は答えなかった。ただ、研究された品の残骸を見つめている。寺田教諭はさらに続ける。
「こちらのキメラもどきは、正直言うと不完全な存在です。もし、可能ならば、あなたにもこの実験生命体を完全版にする研究を、手伝っていただきたいのですが」
「‥‥考えておこう。ああそうだ。怪我の治療を行わなければね」
それだけを言って、彼は怪我をしたエリザ達に、練成治療を施してくれるのだった。