●リプレイ本文
数多くの特殊高速艇が連なる出撃ハッチ。そこには既に、同じ依頼を受けた傭兵達が集まっていた。
「あれ? リズさん?」
その1人、リズレット・ベイヤール(
gc4816)の姿を見て、硬直する結城 桜乃(
gc4675)。今まで、他の依頼でもよく会う知り合いだが、気に病んでいる姿は相変わらずのようだ。
「‥‥おや、また一緒になりましたね‥‥」
「お姉さん、まだ見つからないの?」
ふんわりと微笑む彼女に、彼が尋ねると、少女は心なしか寂しそうに見える表情で、首を振る。
「こればかりは、仕方がないですよ‥‥」
「そっか‥‥」
その姿を見て、結城の脳裏から、執事喫茶の仕入れと言う重要案件が次々と消えて行き、リズに置き換わって行く‥‥。だが、それを打ち消したのは、クリスの元気そうな一言だ。
「チョコレート工場! ちょっとわくわくしますですの!」
おめめをきらきらさせているクリスティン・ノール(
gc6632)。「早くキメラをやっつけて、美味しいチョコを作っていただきますですの!」と、わくわくする彼女に、BEATRICE(
gc6758)も同意している。
「若い人たちが楽しみにしてそうなのに‥‥こまったものですね‥‥」
「‥‥チョコレートを狙うだなんて‥‥‥‥ひょっとして魚座の方の差し金だったりするのでしょうか‥‥」
リズ自身も、首をかしげていた。もしかすると、バグアもチョコレートがほしかったのかもしれない‥‥と。
「まぁ物資は大事ですし。ましてや、食べ物ならなおさらです。食べ物は、人間を勇気づけてくれる。私は食べ物を守ります」
そう語る楊江(
gb6949)。甘いものは、各地で要望が高い。結城が、お屋敷でチョコレートを出すのも、そうやってお客様を喜ばせたいから。
(何か、力になって上げられれば良いのに‥‥)
あの、物静かな人形のようなリズの横顔。そこに浮かぶ寂しそうな表情を払拭し、願わくば、笑顔を取り戻させてあげたい。そう思い、結城は急いで現場へと向かうのだった。
工場は、良い匂いに包まれていた。そう、頭が痛くなるほどの、驚異的に強烈な甘い香りだ。頭痛すぎて、眠くなってくるくらい強烈なそれは、周囲をうっすらとチョコレート色に染めているようにさえ思えていた。
「チョコレートの匂いがしますの」
もっとも、甘いものの好きなクリスにしてみれば、この程度の匂いは同と言う事でもないらしい。いざとなれば、キュアを使って浄化してしまえば良い。それはヒカル(
gc6734)も同じだった。
「自分のカカオから作れないのかしら・・・」
「できれば早く終わらせたいな・・・」
黒雛(
gc6456)もうんざりした様子で呟いている。好き嫌いに関わらず、この状況は早急にどうにかしないと、周囲に盛大なご迷惑が掛かってしまうだろう。それより何より、新作チョコレートと言う甘い御褒美に釣られまくっちゃった荒巻 美琴(
ga4863)は、奥の方に向かって濃くなるチョコレート色にびしっと指先を突きつけた。
「よっし。頑張って邪魔なキメラをやっちゃおう!」
「それにしてもとっても大きなキメラですの。クリスの何倍もありますの!」
同じ用に頭をチョコレート色に染めたクリスが、ううーんと背伸びして、そのチョコレート色で染められた中心にいるカカオの木を見上げていた。
「アレが納まるくらいの工場なのかな。ちょっと内部の状況を教えてもらってくるね」
美琴がそう言って、避難してきたらしい作業服姿の人達に近付いていた。着の身着のままで、事務所だか倉庫だかから脱出して来たのだろう。不安そうに様子を見守る男性社員&パートのオバチャンに、美琴は工場内の様子を尋ねていた。
「‥‥と言うわけっす」
それによると、中にはチョコレートを加工する機械や、一時加工を済ませたチョコを保管するタンクやら、様々なものが置いてあるらしい。大きさは、両手で抱えるくらいのものから、身を隠せるレベルまで様々だそうだ。それ以外は、衛生上の都合で、大掛かりなキッチンと言ったところらしい。
「微妙だなぁ。何とか機械の陰から、不意打ちできれば、楽なんだけど‥‥」
通路は機械の都合によって、人ひとりが入れるところだったり、台車に製品を載せて通行で出来るところだったりとまちまちだ。一応、搬出ルートを教えてもらったが、キメラがその通りに進んでくれるとは限らない。
「3班に分かれようか。ボクって抵抗力はそれ程高くないから、小型の相手はキツイかな?」
「‥‥ならば‥‥コンテナの守備は、リゼ達にお任せを‥‥。存分に力を振るってください‥‥」
美琴のセリフに、そう答えるリゼ。相談の結果、物資、小カカオ、大カカオに分かれる事になる。
「さぁて、ちょっと様子を見てくるよっ」
一番身の軽い美琴が、こっそりと身を進めれば、そこに居たのは、大小のキメラ。共に、倉庫をこじ開けようと、コンテナをひっくり返そうとしている。だが、頭のよろしくないキメラは、そう上手くは行かないようだ。
「まずは物資を集めてください。出来れば隅の方に」
その様子を聞いた揚江が、携帯品から匕首を二本取り出す。
「わかりました。では、こっちです!」
「反応した!?」
気を引こうと、ビートが地面に向けて銃を撃ち込んだ。乾いた金属音が響き、キメラ達がいっせいにこちらを向いている。刹那、傭兵達は3班に別れ、行動開始していた。
「可能なら、コンテナまで移動したいのですが‥‥」
「わかりました。牽制は私がやります」
リゼが覚醒しながら、コンテナの上を指し示す。と、頷いた揚江は、手にした匕首を二本、飛刀の要領で、小カカオに向けて投擲する。しゅるっと空気を切り裂いて伸びたその刃は、キメラ達の蔓に命中し、いっせいにこちらへ向かって、カカオ弾を放つ。
「わ、わわっ。えぇと、敵を迎撃しないとっ」
ばしゅばしゅばしゅっと飛んでくる硬い実のようなもの。バグア製のカカオは、まるで石の用に硬い。礫弾と同じだけの能力を持つその弾に、慌てて距離を取る結城。隅の方までよければ、揚江が自身に障壁を張る所だった。
「援護、お願いします」
「う、うんっ。え、えとっ。あの蔓がこっちにくるからっ」
静かに言われ、何とか敵の行動を読み取ろうとする結城。ちょうど、小カカオがこちらに向かって蔓を振り伸ばしてくる所だ。
「‥‥叩き落としてください‥‥」
「わ、分かってるけど。中々っ」
リズに言われながらも、上手く行かない結城。避けて読んで撃って避けて読んで撃ってとぐるぐるしてはいるものの、具体的な方法が思いついていない状態だ。
「‥‥攻撃手段が分かっているのですから‥‥対策は簡単です‥‥」
その間に、リズはカカオ弾を拳銃で撃ち落とし、蔓を匕首で払う。多少、頭痛の匂いは、レジストの効果で打ち消していた。
「時間的な余裕はありませんからねっ。ある程度でかまわないと思いますよっ」
揚江もまた、多少の被弾は耐えつつ、伸びてくる蔓をマチェットで受け止める。さっきまで持っていたSMGは、結城がおたおたと逃げ回っている間に交換したのか、2本目3本目の蔓は、蛇剋で受け止めていた。重さの為、若干動きは鈍くなっているが、そこはリゼが射撃でカバーしている。だが、カカオは一体ではない。もう一匹が、ぶしゅうっとブレスを吐き出した。
「これは‥‥!」
拡散された強烈なブレスは、周囲に頭痛を巻き起こす。救急キットを持ち出した結城が、それを見て「こっちへ!」と物資の陰になるよう引き寄せる。
「だ、大丈夫?」
「ええ‥‥私は大丈夫‥‥」
もっとも、即座にレジストを発動したリゼは、怪我そのものは負っていないようだ。がんがんと鳴り響く頭の鐘に、結城は悲しそうに眉を曇らせた。
「これ、救急キットじゃダメなのかっ」
「怪我の対応は出来ますが、これはキメラの引き起こす頭痛‥‥。頭痛薬では回復しないでしょうね」
どうやら、自前の抵抗か、誰かに治療してもらわないとダメらしい。その事を揚江から教えられ、結城はきっぱりとこう言った。
「だったら、何とかしてあいつを倒さないと!」
「その為に、キメラ達をコンテナから引き剥がしてください。援護しますから」
リズが指し示したのは。コンテナの上だ。こくんと頷いて、一番威力の高いであろうスコーピオンを乱射する結城だった。
その、コンテナから引き剥がす1班の反対側で、小カカオに狙いを定める2班の姿があった。
「さぁて、次はこちらの番ですね‥‥」
資材に影響を与えないよう、少し離れた場所に位置を取るビート嬢。小カカオは、まだその姿を減じては居ない。
「先に小さい方をやらねばなるまい」
「ええ。コンテナに近いと、被害を与えるかもしれないから、気をつけて」
黒雛に言われ、こくんと頷いて、レジストを使う彼女。先ほどから襲う頭痛と眠気には、これで対応出来るはずだと。それが終わると、壱式を構え、黒雛は目の前の小カカオへと歩を進める。
「‥‥いくぞ!!」
迅雷の技を使い、一気に距離を詰める黒雛。刹那の技で、目にも留まらぬような一撃を繰り出す。キメラが反応に遅れる中、その蔓へ壱式を叩き込んだ。避けきれず、蔓がすぱーんっと切り落とされる。
「樹って‥‥銃撃効き悪そうですよね‥‥」
それを援護する為、スコーピオンを後ろから撃つビート。鶴を斬り飛ばした小カカオに、その攻撃を集中させる。二本目の蔓を飛ばしてくるキメラ。
「ちっ・・・。目障りだ!!」
そこへ、もう一度刹那の技で幹を攻撃する黒雛。しかし、相変わらず頭痛は襲ってくる。眠気も、こらえるのが精一杯だ。
「くうっ・・・」
迅雷で再び距離を取る黒雛。ビートも、レジストしなければ、さっくり落ちてしまうだろう。だが、その瞬間、急に頭痛が軽くなった。見れば、揚江がターミネーターで牽制弾を撃っているところだ。
「こっちへ! 怪我をしても、何とか出来ますから」
流石に、頭痛や眠気は蘇生術ではなんとも出来ないが、怪我をされるよりはマシだ。小カカオを相手にしながら、2人は1班と合流する事になる。
「‥‥少し遅いですが‥‥これはバレンタインプレゼントですよ‥‥」
そこへ、リゼがコンテナの上から、アンチマテリアルライフルMk−2を撃ってくる。横っ腹からばら撒かれたそれは、リゼの練力を吸収しつつ、着実にダメージを重ねて行った。
「よし、これで何とかっ」
結城が、減り始めた小カカオに、何とか見通しが立った事を確信する。しかし、その刹那だった。小物には任せて置けないと踏んだのか、小カカオをかきわけつつ出てくる、大きなカカオの木。
「大物が出てきたな」
「ええ。でも合流はさせない」
ヒカルが、そう言って歌声を響かせる。ただの歌なら、ここにあるのは場違いかもしれない。だが、彼女が歌うのは、ただの歌ではない。聞くものの動きを鈍らせる特殊な歌。呪歌だ。
「歌声が聞こえましたの。行きますですの!」
その歌を合図にクリスが切り込もうと走り出す。
「どうやってこっちの目標を定めてるんだか‥‥!」
それにあわせて、美琴も切り込んで行く。木のどこに目標の位置を知る器官があるのかわからないが、とにかく撹乱するべしと、クリスより先にその爪を煌かせていた。
「一刀両断!ですのっ!!」
そのクリス、半テンポ程遅れたものの、ソニックブームを食らわせる。その後、距離をつめ、両断剣をその幹に食らわせていた。が、大カカオは、近付いてきた彼女に、波動を放つ。眠気を起こさせるそれは、彼女ばかりではなく、周囲にも襲いかかった。
「くっ。やはり、眠気が‥‥!」
「もう、朝ーですのー!!」
抵抗力に自信のない美琴が引っかかりかける。キュアを使い、がくがくと肩を揺さぶって起こすクリス。そこへ、木の実弾丸がぶっ飛んできた。慌てて剣で受け流す彼女。
「援護、するわ‥‥」
引き続き、呪歌を奏でるヒカル。周囲を見回しても、チョコはない。確か、コンテナの中に収容されているとの事なので、安心して歌に専念できる。
「大丈夫ですか?」
「ああ。すまない」
その間に、揚江が蘇生術でもって、手当てをしていた。残り練力を考えれば、一回こっきりしか使えないが、それでもないよりはマシだ。
「ブレス、来ますですの! 避けてですの!」
でかいカカオが、その幹に口をかぱりと開ける。その兆候に、クリスが距離を取った刹那、子供がトラウマになりそうな幼児番組のセットみたいなブレスを噴き出した。
「あたんないよっ」
「今ですの! 美琴様!」
見れば、ヒカルが超機械を発動させ、結城が急所付きをお見舞いさせている。4人がかりでボコられて、隙が出来ないわけがない。
「よーし、これでも食らえー!」
瞬天速で距離を詰めた美琴が、的確に急所付きの技を使い、その口の中へトドメとばかりにロエティシアの爪を突っ込んでいた‥‥。
こうして、大きいキメラは倒された。その結果、カカオの実は収穫され、精査の後、研究材料に回されることになった。
ただ。
「小さい方は、逃がしてしまったな」
「ごめんなさい。私がふがいないばっかりに‥‥」
居なくなった事を確認してきた黒雛に、ビートがそう言って謝っている。幾つかの小カカオは、大カカオが居なくなった瞬間に逃げ出した。倒す事に精一杯だった小カカオ担当が追いかけられなかったのも無理はない。
「あの、報酬が現物支給って聞いたんだけど」
その一方で、礼を言っている工場の人に、美琴が忘れていたチョコの話を問いただしている。と、工場の人が、コンテナの中から、お姫様のキャラクターが書かれた箱を持ってきた。白雪姫の誘惑に、ラプンツェルの旅路と言う、ホワイトとミルクのチョコレート菓子だ。贈答用なので、高級感が漂っている。
「ありがとうございますですの! 甘いもの、大好きですの!
「よぉし、これはお義兄さんへのお土産にしちゃおうっと♪」
「私も‥‥甘いものは、好きなの‥‥‥‥」
クリスと美琴がおおっぴらに喜び、ヒカルも控えめだが笑みを浮かべていた。やはり、甘いものは人の笑顔を写す。そう確信した結城は、工場の人にこう申し出ていた。
「これ、うちの執事喫茶に提供できないかな‥‥。これじゃなくても良いんだけど、工場から直接手に入れたいんだ‥‥」
今回の品じゃなくても良い。どうにか、手に入れられる仲立ちが出来れば。そう考えた結城だったが、工場では小売もしているらしいので、出来るだけ優先的に流してくれるとの事。
「大丈夫そうですね。お疲れ様でした‥‥」
その様子に、ビートは緊張の糸がほぐれたのか、わずかに表情を緩ませ、ねぎらいの言葉を伝えるのだった。