●リプレイ本文
小雪のちらつく旧校舎沿岸。AUKVと車に分乗して、現地へと向かった。ここが和室ならば、三つ指をついてご挨拶と言った聖那に、同じ車に便乗する天野 天魔(
gc4365)はその身を案じる発言をする。
「今回の最優先項目はデータの回収でなく君の安全だ。会長たる君が死亡したり、連れ去られたら、人類の受ける被害は甚大だ。だから‥‥万が一の場合は、俺達を捨石にしてでも、撤退するように、いいな?」
「‥‥わかりました。ですが、くれぐれもそのような事のないように」
笑みを浮かべたまま、少し間を置き、決断する聖那。と、そんな彼女の笑みを浮かべた仕草に、嘉雅土(
gb2174)は心にちくりとしたモノが走るのを自覚する。
(‥‥何度見ても懐かしい人を思い出す‥‥。似ているようで、似ていないのに‥‥)
目の前の少女が攫われるのは勿論、怪我されるのも嫌だった。それ以前に、単位の問題もある。可愛い女の子を守るのに、抵抗はなかった。
「校舎はこの先だな。方向はあっているか?」
そんな挨拶とデータ交換を済ませ、作戦に移る一行。先頭は、斥候としてAUKVを走させているヘイル(
gc4085)だ。
「左右からの攻撃に気をつけてくれ。両側が、射撃するのにぴったりの壁になっている」
フォローを入れる天魔。崩れた壁は、その崩れた部分が、古い城に見られる弓打ち小窓そっくりになっており、キメラが隠れるのにもちょうど良さそうだ。最短ルートは、見晴らしの良い場所になっており、やはりキメラが迎撃するのにちょうど良い場所になっている。
「なるほど。ではここは迂回した方が正解そうだな‥‥」
迂回すれば、障害物の多い場所を通り抜ける事になるが、方位磁石と地図は、目的の場所から離れてしまう事を告げていた。
「そっちの方はどうなってる?」
難しそうだな‥‥と判断したヘイルは、本隊に合流しようと、AUKVを反転させる。ここから先は、皆でまとまって動いた方が良いだろう。だが、そんな彼に運転していたハミルが、通信機の向こうで苦笑する。相変わらず盛大に通信機の妨害が入る中聞こえて来たのは、女子同士の楽しそうなおしゃべりだ。
「ふむ、初めての出入りなんですね」
運転中は覚醒しているのだろう。口調が若干変わっている。ヘルメットからこぼれる髪の毛が、日本人らしい黒髪に変わっていた。左右を功刀 元(
gc2818)と御剣 薙(
gc2904)に挟まれた状態だが、すぐ後ろを走る車の中で、楽しそうにリズィー・ヴェクサー(
gc6599)が話しかけてきたのに、そう答えている。
「ところで、会長さんは、好きな人居るの?」
一瞬、押し黙る聖那さん。
「嫌いな人は、あまり居ないですけど‥‥」
「へー。魅力的なとか、学園ってどんな所?」
が、リズィちゃんはまったく気付かずに、そんな素敵な人がいるであろう学園に興味深々だ。
「良いのか? これ‥‥」
「まだ、旧校舎までは距離がありますし‥‥」
まるで学園の食堂めいた会話だが、大神 直人(
gb1865)の問いに、ハミル・ジャウザール(
gb4773)はOKを出していた。報告書には、ゾディアックの名前がある。この会話が聞こえていないとも限らない。
「喋ってるのも良いけど、キメラを気にした方が良い。相当数がいるようだ」
天魔が釘を刺す。流石に巣窟、と言うのはデマではない模様。それを見て、彼らが旧校舎の中心部へ向かうルートから離れたのは、それから程なくしての事だった。
手に入れた偵察情報を元に、ヘイルは遮蔽物の陰から進むルートを提案していた。校舎内は崩れているとは言え、ひと1人が隠れられそうな場所は、随所にあるだろう。ハミルの運転する車が、校舎の見える位置‥‥雑居ビルの跡に止まり、銀色の車カバーで覆われる。
「どきどき、なのさね」
本格的に作戦業務となった状況に、リズィーはごくりと喉を鳴らし、連れてきたビスクドールを、ぎゅっと抱き締める。
「念の為、旧校舎の肝試し大会に来たって事にしときませんか?」
「良いですね。旧校舎と言えば、学校の怪談ですが、会長はそう言うの信じますか?」
ハミルに提案され、あくまでも普通の学生として振舞うように告げられた元は、横を飛び越えた聖那に、そう聞いて見る。
「そうですね‥‥。お婆様の所には、よく遊びに来られる方がいたようで、神棚に日本刀置いてましたけど‥‥。カンパネラに来てからは、あまり見ませんわね」
それはお化けとは違うんじゃなかろうか‥‥と元は思ったが、つついたらものすごい反論が出てきそうなので、諦める。
「我が母校カンパネラ学園旧後校舎の謎に迫る‥‥。わくわくして来ましたねー」
「捨てられた旧校舎‥‥。うう、こう言ういかにもな雰囲気の所は苦手だよう‥‥」
なので、その向こうに居た薙に声をかけてみると、彼女はAUKVの中でびっくうと背中に寒気を走らせていたようだ。びくつく薙を抱き寄せ、「僕がいますから」と囁く元。そのセリフに、薙のヘルメットから、湯気が出ていた。
「あれは、回収できないか‥‥?」
前の方にいたヘイルが、教室だったと思われる場所の片隅に、ころんと置き去られた鋼鉄の塊に目をつける。だが、その周囲には、いわゆるビートルタイプのキメラが3匹程うろうろしており、近寄れそうにない。しかも、ロッカーは1つではない。屋根が吹き飛ばされ、壁に大きく穴が開いているその間際へ、まるで吹き飛ばされたバリケードのように、そこかしこに転がっている。
「中身が無事じゃないかもしれないだろう?」
天魔に言われ、納得するヘイル。天魔もまた、使えそうな端末がないか、探査の眼を光らせていたが、十数年も放置された書類が、そのまま読めるとは思えない。
「使えるものは、残骸でもってところだな。こっちだ」
代わりに、ヘイルは通れそうな通路を探してきた。かつては、扉も調度品もあったであろう通路は、バグアの襲撃でひび割れ、無残な陥没跡を見せている。だが、それが逆にキメラを寄せ付けていないのか、はたまたただの偶然なのか、キメラの姿は見えない。
「足元、気をつけてくださいね」
「うわーん。元くん、脅かさないでよぉ」
陥没した周囲は、AUKVでは進むのがやっとの細さしかない。そこを、元と薙がおっかなびっくり進んで行く。途中で、ちらりとキメラの姿が見えた。幸いな事に、小型の芋虫型だった為、すぐにライスナーで始末できたが、心臓によろしくないのは変わらない。
「大丈夫ですか?」
「うん。落ちはしなかったけど‥‥。場所は、まだ遠いの?」
元に手を貸してもらい、安定した床の上にたどり着いた薙に、元は肯定の返事をしている。後方担当の大神が、地図を確かめた所、その先に、目標の端末が見えた。
「ターゲットはあそこだな。聖那、援護するから、端末を頼む」
「‥‥こちらは見ないでくださいましね」
嘉雅土が促すと、聖那の髪の色が変化する。メットを降ろし、表情を見えないようにした彼女は、手にした日本刀を突きの形に構え、飛び出して行く。
「やらせませんよ!」
加速したそこへ、キメラ達の一部がマシンガンのように氷弾を飛ばしてきた。中には、ブレスを吐き出す者もいるが、嘉雅土のペイント弾が、その視界を潰し、関節や羽根を狙い、聖那からそらさせていた。
「お化けが来て貰っちゃ困るんだっ」
薙がそう言いながら、現れたビートル型に、スコルを使って蹴りをぶち込んでいた。硬い甲殻は彼女の膝を跳ね返すほどだったが、AUKVの装甲が衝撃をやわらげてくれる。そのおかげで、上中下と分類分けした箇所へ、回し蹴りと突きをランダムにたたき付けている。
「あーん。怖かったぁぁぁ」
「そ、その割に強いね。薙お姉ちゃん‥‥」
女性らしく元に抱き付いている割には、相手にしたキメラをぼこぼこにしていた。元が「怪談の類は苦手みたいですからー」と、その背中をなでなでしている。しかし、そう思ったのもつかの間、背後から囲む様に、もうひと組みのビートルキメラが現れる。どうやら、お笑いをやっている余裕はないようだ。
「くっ。他のキメラを呼び寄せたくなかったんですが‥‥。流石に無理でしたか」
殿にいたハミルが、気付いてフェイルノートの矢を放つ。ばしゅばしゅと突き刺さる矢が、距離を取らせ、その間に彼はソードへと持ち変える。
「回収機は、その先です」
「やらせませんよっ!」
竜の翼を発動させた元が前に出る。その影に隠れるように、聖那がリズィを片手に端末へと近付いて行く。
「こんな事あもあろうかと、秘密兵器は用意したんだよっ。赤龍以外のをだけどね」
「メリッサ、お願い。びりびりしちゃえっ」
その隙に、薙が持っていた先行手榴弾を投げた。めくらましにキメラが怯んだ瞬間、視界の影から、リズィーがビスクドール型超機械の電波を増幅させる。その間に、聖那が端末の前へと滑り込んでいた。
「‥‥出来るだけ急ぎます。リズィさん、手伝ってくださいまし」
「わかったのさね」
サイエンティストの彼女から見れば、その端末は研究所の鉄くず操作よりも容易そうだ。UPC側から提示されたよりも、かなり早く終わらせる事が出来るだろう。それでも、分単位の時間がかかる筈。
だが、それを覚悟した時だった。今まで弾丸のように降り注いでいたキメラの弾が、突然止む。嫌な予感が、傭兵達の間に流れた。
「困るんだよねぇ。僕の玩具売り場、荒らされちゃうとさぁ」
「だぁれ? あなた」
知らないリズィーは。首をかしげている。少しむっとした表情の、青色の髪の少年。足元には、幾匹ものキメラが見えた。
「‥‥そこに書いてあるだろ」
「うげ。厄介なのが現れたな」
嘉雅土が顔を引きつらせる。やはり、データを奪われたくはなかったようだった。
レンが居るのは、比較的高さを残す建物の縁だった。まるでベンチのように腰掛ける彼の姿に、大神は戦慄を隠せない。
「ゾディアック水瓶座か‥‥。記録通りなら、ここは逃げる隙を作らないと‥‥」
めちゃくちゃ生身では強いとか、悪い噂しか聞いた事がなかったが、見る限り、そこの読めない子供にしかみえなかった。
「別に荒らしに来たわけではないですよ。ここで、真冬の肝試しをしていただけです。旧校舎の事を知ってる先生が、旧校舎なら肝試しと思いついてしまっただけの事でね」
ハミルが、予め用意していたセリフを口にする。季節外れだが、カンパネラならそれもあると言い張れる。
「ふうん。誰?」
「‥‥寺田先生です」
教師の名を問われ、とっさに詰まったハミルの代わりに、聖那が口にしたのは、寺田の名前だ。よく、カラスを捕まえている手腕は、もしキメラを差し向けられたとしても、逃げおおせる事は可能だろうと。
「‥‥だ、だから。適当なPCを使って、カンパネラと通信を繋ぎ。行った証拠に指定データをダウンロードすればクリア‥‥と言うわけでね」
信用されるかどうかはわからないが、ハミルはそう口にする。と、レンは意外な事を言った。
「‥‥寺田か。そう言えば、アストレアちゃんも先生がどーとかって言ってたっけ。ちょっと興味があるかな」
向こうが乗ってきたと思い、ハミルはさらに続ける。
「こんなんでも、単位がかかってるんですよ。出来れば、見逃してもらえますかね? 差し支えなければ、そちらの用事もお手伝いしますが」
「‥‥じゃあ、協力してもらおうかな」
レンの姿が、掻き消える。刹那、紫色のビームが空を切り裂き、端末を狙う。その直前にいるのは、むき出しの端末を持った聖那だ。
「危ないっ!」
「‥‥嘉雅土さんっ」
ちゅいんっと、その光線が、嘉雅土の体を貫く。話を受け入れないレンに、ハミルが「何をするんです!?」と、詰め寄っている。
「あははは! 肝試しが、そんなの持ち合わせてるわけないだろ」
そこから一歩下がったレンが指摘した先。それは、雅土が胸元にしまっていた予備の端末だ。ただし、砕かれてダメになっているが、貫通はしていない。
「さぁて、本当の事を言って貰おうかな?」
「待て!仕方ない、本当の事を言おう。俺達は当時の校長に依頼されて、校長室のとある思い出の品を取りに来たのだ。嘘を吐いた事は謝ろう。正直に話したら邪魔をされると思ったのでな」
じり、とキメラの足が距離を詰めてくる。その時間を稼ぐ為、天魔が慌ててそう言うと、元もそれに合わせる。
「校長の思い出のしなってなんでしょうねー。とても興味をそそられますー。早く探しに行きましょうー」
だが、それもまた、レンに見抜かれてしまったようだ。
「校長って、誰?」
「‥‥え、えーと。伯爵だっけ」
そう言えば、校長の名前を、彼らは詳しく知らない。伯爵もドロームの社長も、出資はしているが、学校の運営そのものには関わっていない。言葉に詰まる生徒達に、レンはこう言い放つ。
「‥‥嘘、下手糞だね。まださっきの肝試しの方が、リアリティあったよ。じゃあね、ばいばい」
「うわぁぁっ」
偽りの『真相』を告げた天魔が、キメラの弾に貫かれる。その光景に、聖那が鋭く声を上げた。
「撤収です! データ、半分は抑えてます。後は、研究部で何とかしますから!」
その手には、紅くちかちかとランプの瞬く端末が握られ、AUKVの内側へと仕舞われる所だ。
「聖那。先に俺が言った事は覚えているな? なら撤退しろ。指揮官は最後まで見苦しく生き足掻かねばならない」
「‥‥舎弟を最後まで見捨てないのも、姐の務めですわ」
苦しい息で、真っ先に逃げる事を進める天魔。そんな彼に、聖那は独特の言い回しで、命がけの撤収を行う事を宣言する。
「英雄的な討ち死にが許されるのは兵士だけだぞ」
「‥‥分かっています。組長は、鉄砲玉にはなりません」
討ち死にする事は、考えていないようだ。自分の言った事は、理解はしているらしい。刹那、レンの合図を受けて、いっせいに襲いかかる大型キメラ達。それを、元と薙の2人がかばう。
「薙さん、道を切り開きます!」
強烈な閃光が撒き散らされ、視界が覆われる。薙の赤龍が発動し、猛火がその一匹を包みこんだ。
「出し惜しみが出来る場合じゃないな。こっちだ! 突破するぞ!」
「メリッサ、手伝って!」
大神がS−01を放った合図で、リズィーがメリッサを使う。強化された弾は、キメラ達の足元に炸裂していた。
「そんなトコ狙ったって、当たらないよんっ」
「それが目的じゃないっ!」
やはり血だらけの嘉雅土が狙ったのは、近くに残っていた支柱だ。大神のS‐01もまた、瓦礫をわざと上げるように、それを砕く。直後、崩れた瓦礫が土煙になり、レンとの間に壁を作っていた。
「今回の情報が、少しでも奴を倒す一助になれば良いが‥‥な」
その間に、何とか振り切った一行に、大神はぼそりとそう呟くのだった。