タイトル:【BD】毒と麻痺の地図マスター:姫野里美

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/08 12:03

●オープニング本文


 ベネズエラから溢れた敵軍は、防戦に努めるブリュンヒルデと傭兵、正規軍の手に削られつつも、多くがコロンビア国内へ降下した。
「随分大盤振る舞いされたじゃねぇか。ま、やられただけとは思っちゃいない」
 太い指が、ベネズエラ国境のやや内側にあるヘルメットワームの工場を指す。かつてコロンビアがバグア側だったときに建造されたものだ。
「俺は、ここの守りが手薄になった、と見ている。大振りの時には必ず、ガードが甘くなるもんさ」
 生身で近づき施設を制圧してから、KVで強襲。バレンタインの作戦の簡易版といった様相だ。狙いも、同じである。
「獲物の回収には、大型ヘリを何機か回す。しくじるなよ?」
 日に焼けた男は、傷だらけの顔で豪快に笑った。

 その頃、ベネズエラ某所。
「ふうん。それで僕を呼んだの」
 出されたピンク色のジュースを、大して美味しくもなさそうに弄ぶ、青い髪の少年。まるで、どこぞの要人を迎えるような応接間。だがその窓の外には、ジャングルの木々と思しきモノが大量に生えている。しかも、あろうことかそれはうねうねと動いており、まるでどこぞの映画にあった魔界の木々のようだった。平身低頭な親バグア達を知り目に、その青い髪の少年‥‥甲斐蓮斗は足を投げ出しながら、サンプルを弄ぶ。
「別に。用があったから良いけど。面白そうな材料があるって聞いたしぃ」
 どうみても人体に影響がありそうな緑色のぬめりとした液体。入れ物から外すと、スライム型のキメラとなって、自律行動を始める。やがて、テーブルの端から窓の外へ向うと、密林へと消えた。盛大な‥‥ばしゃんと言う質量物の落ちた音と共に。
「京兄様は大人しくしてろって言ったけど、そろそろいいよねぇ? それに、あんまり潜んでると、知らない子が増えちゃうしさぁ」
 くくくっと笑みの浮かんだレンの手元には、工場の全体図があった。かなり広いそれには、その大半に緑とピンクで塗られたエリアが存在する。
「でも、ただ迎え撃つのはアス兄みたいで、気に食わないなぁ。そぉだ」
 良い事思いついちゃったーとばかりに、応接間のソファーから飛び降りるレン。
「ここ、工場だよね。せっかくだから、ちょっと嫌がらせしてみようっと。脳筋馬鹿な傭兵達にはちょうど良いし」
 浮かべた笑顔の裏側に、人類にとってよろしくない事が考えられているのは、想像に難くなかった。

 それから、しばらくして。
「のわぁぁっ、またやられたぁぁぁ!」
 UPCの作戦発動により、HWの工場があると思しきエリアに進んだ軍の面々は、予想外のトラップに阻まれ、その人数を半分に減じていた。
「誰だよ!? 手薄だって行った奴は!」
「全然手薄じゃないじゃないかぁ! ああっ、また麻痺ったー!」
「こっちは毒だ! 手が足りない!!」
 文句を言いたくなるのも当然で、工場へ至る道のあちこちに、バグア製の成分不明な毒の沼や、麻痺の池、甘い匂いが頭痛を起こすエリア等が存在していた。どれほど慎重に対応をしても、沼は自ら動き、人々を引きずりこむ。そして、それを利用するかのように、やっぱり自らうねうねと動く巨大な花が立ちはだかっている。その匂いはまるでクッキーを焼く時のような甘いもので、思わず寄って行ってしまう効果があるようだ。
「あははは。やっぱり引っかかった。たっぷり味わってってね。お馬鹿さん」
 だが、その巨大な花の飼い主はレン。当然、捕獲されて工場のほうに運ばれて行ってしまったのである。

 その画像は、指揮を取るUPCの基地にも届いていた。
「生産工場に向った地図回収部隊が、トラップに引っかかって孤立したようですね」
 工場はかなり広い。生身で制圧するにも、KVで強襲しようにも、勝手が分からないと、無駄に戦力を消耗するはめになる。そこで、工場の全体図を把握する為、偵察と回収を目的にした部隊を送り込んだのだが、予想外の敵に、思いっきり引っかかってしまったらしい。
「報告によれば、現地には、毒や麻痺の効果を生む有害物質が大量にあり、身動きが取れなくなっているようです」
 その敵とは、バグア製の毒の数々。バグアの化学はうちゅういち! とばかりに、解明できない素材で出来上がった毒に、対抗手段やワクチンなんぞ用意しているわけもなく。おまけに普通の武器に関しては、あり得ない速度で侵食してくる為、うっかり足も踏み入れられないようだ。
「SES装置にどう影響を及ぼすかは、データがないのでわかりませんが、少なくとも一般兵達よりは保つでしょう。そこで、このエリアに向かい、該当部隊の救出と、地図の回収をお願いします」
 寺田の説明は淡々と続く。それは、その先に続く重要事項でも同じだった。
「なお、現地にはレンの姿が目撃されているので、気をつけてください」
 ひょっとすると、生身でワーム達を相手にする事になるかもしれない。だがそれでも、必要な情報は確保しなければならないのが、傭兵達だった。

●参加者一覧

ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
兄・トリニティ(gc0520
24歳・♂・DF
八葉 白珠(gc0899
10歳・♀・ST
沁(gc1071
16歳・♂・SF
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD
Kody(gc3498
30歳・♂・GP
麻姫・B・九道(gc4661
21歳・♀・FT

●リプレイ本文

 目的地までは、さほど苦労せずたどり着けた。隊員の確保と治療と地図を手に入れると言う目的の元、傭兵達はそれぞれの荷を手に、現地へと足を踏み入れていた。
「焦らず急げってやつだなぁ‥‥」
 咥え煙草で、そのデータを纏めて端末に送っている九道 麻姫(gc4661)。その端末に、恋人の待ち受けが映っている。禁煙を言い使っていたが、今は同行していないので、常に煙草を燻らせていた。
 ぼそりと恋人の名前を呼び、しっかりと思いを刻んでから、仕事に取り掛かる。それは、八葉 白夜(gc3296)、八葉 白雪(gb2228)、八葉 白珠(gc0899)の八葉兄妹も同じだ。
「二人とも、無茶はせず。決して気を抜かない事。わかりましたね」
「はい、白夜兄さま」
 長兄の白夜に、そう言ってうなずいているのは、末娘の白珠。そんな兄と妹の姿を見て、白雪がぼそりと呟く。
「‥‥こうして兄妹で依頼に出るのもいいものね」
(そうだね。誰かがいるって安心できるよね)
 今は、真白が表に出ているようだ。心の中で、白雪の方がそう答えている。UPCの兵が消息を絶ってから数時間。軍属なので、それなりに鍛えてはいるだろうし、装備も整えているだろうが、それほどのんびりしてはいられない。
「スライムのキメラ‥‥か。‥‥珍しい、にしては奇妙だ」
 沁(gc1071)がそんな事を言い出す。Kody(gc3498)も肩をすくめながら、その報告書にあったキメラ達を、頭へと叩き込んでいた。
「まぁ、ここは一つ脳筋の恐ろしさを見せてやらねぇとな」
「問題は、あの子には、脳筋が通用しない事だけど」
 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)がぼそりと注意を促す。しかし、世史元 兄(gc0520)にはその言葉は届いていない。
「レンか‥‥戦いたいが、時間も場所も力の差も不利だから、出来る限り早く終わらせてぇなぁ」
「だいたい、ゾディアック居るとか、そういう重要な事をさらっと言わないでほしいなー」
 苦笑するユーリ。それなりにチーム分けをして、捜索を開始しようとすると、麻姫がくるりと踵を返した。
「人命優先だ。先に生かせて貰う。何かあったら、こいつに連絡をくれ。救急セットは持っている」
 見せたのは傭兵用の無線機だ。救助者対策もしてはあるらしい。身動きの取りやすさを重視したいが、決して勝手な動きをしたいわけではないのだろう。そう判断した沁が、水筒を投げて寄越した。そういえば、装備品のチェックの際、水を組んでいた事を思い出す。見つけた際に役立つだろう。
「白珠‥‥索敵を頼みますよ。真白は前方向に注力してください。私は奇襲に備えます」
「はぁい、白夜兄さま」
 八葉兄妹は、3人で行動する事にしたようだ。真白となった白雪が、妹に「しらたま、足元に気をつけなさい。そこを踏むと足をとられるわよ」と注意を促している。3人はそのまま行動させて大丈夫そうだ。
「そっちは任せた。こっちも比較的安全なルートを探してみるよ」
 ユーリは、残りの面々と共に捜索に赴く事にした。隠密潜行と探査の眼は、彼も得意とする技だ。先んじる事も出来るだろう。
「ワームの擬態等もいるようだから、常に警戒を怠らないようにな」
「スライムは、どうせ襲って来るんだから倒しちまえばいいじゃねぇか」
 Kodyが緊張した面持ちの中、世史元が面倒くさそうに言った。が、沁は首を横に振り、やはり緊張した表情を浮かべる。
「それもそうだが、時間が惜しい。道中、甘い匂いに気を付けてくれ」
 遭遇した時は、した時。まずは探索の方が先だろう。沁の指示に、世史元は頷いて、探査の班に加わるのだった。

 最初に遭遇したのは、全体的に直観力の高いユーリ達の班だった。どこからか、遠く極楽鳥のような鳴き声がする中、足元の川の先に、ぐんにょりとうねる沼が見えた。
「くう、おいでなすったな」
 見つけたのはやはりユーリだった。そのまま川を遡ってくる『沼』。一見すると、川の水位が移動しているようにも見える。周囲を見回した彼は、近付いてくるその前に、密林の木々の陰へともぐりこんだユーリは、機械剣ウリエルを機動させる。
「相手が相手だ。知覚武器の方が良いだろう」
 超機械も持って来てはいる。しかし、威力はウリエルの方が上だ。毒の類を避けられるか自信はなかったが。
「了解。なるべく近寄りたくはなかったけど、そうもいかないようだな」
Kodyが取り出したのは、機械巻物『雷遁』。相手が水の生き物ならば、サンダーボルトが効果を持つ。そう思い、スライムにその雷撃をお見舞いする。その隙にさっさと撤収しようと思ったのだが、その刹那、スライムがぐももっと膨張していた。
「毒に気をつけろ。くるぞっ」
 風船のように膨らんだ体積が、4人へと襲い掛かる。
「OK。さーて殺りますか」
 ばしゅっと世史元の周囲に、覚醒の光が舞い飛んだ。さながら、盛大に燃え上がる火の粉のような姿に、毒スライムがいっせいに突っ込んでくる。
「瞬雷!」
 音声認識で同じ機械巻物を発動させる沁。短い詠唱で、スライムへと一撃を浴びせていた。相手の動きがわずかに止まった所で、練成強化を施す。使うのは、世史元の壱式だ。
「刀技‥‥焔魔!」
 いつものようにズブロフを吹きかけ、燃え上がる刀を作り上げる。今回は、沁の練成で強化済みだった。
「く、やはりどうしても接近戦になるか‥‥」
 余計な消耗は避けたいユーリだったが、さすがに逃げ回る事をレンは許してくれないようだ。スライムは水のように横へと広がり、その周囲には木のキメラがうぞうぞ集まっている。
「迂回したいのは山々だが、絡め取られるよりはなっ」
 諦めて交戦に赴くユーリ、木を足止めし、スライムがこれ以上広がらないようにする。前に出たユーリは、ぶしゅうっと足元で溶ける様な異臭を撒き散らすそれを、出来るだけ意識しないようにして、残りの3人へ散るよう促した。
「いまのうちに!」
「しょうがねぇな!」
 Kodyが、そのユーリとスライムが接触する足元に攻撃している。スライムの足がどこかなんて、知る由もないが、切り裂けば、機動力くらいは削げるだろう。
「‥‥雷紋」
 牽制と撃退は、沁も思うところだ。巻物の片方を掴みながら投げ、その中心部をスライムへと浴びせかける。ばらばらと撒き散る雷撃が、不規則な軌跡を描いた。その隙に4人はスライムの向こう側へと撤収する。
「見つけた。救助に向う」
 ユーリの眼が、スライムの向こう側で、転がっている兵士を見つけた。比較的呼吸は安定している。芯が状況を問うと、苦しげながらも返事をしてくれた。意識はあるようだ。
「やれやれ、まだ先は長そうだな‥‥」
 手持ちのエマージェンシーキットと水筒で、負傷者を治療しながらそう呟く沁だった。なにしろ、数は5名。最低でもあと1人は、見つけなければならないのだから。

 その頃、八葉兄妹もまた捜索に赴いていた。探査の眼を使う白珠を、筆頭に、密林の中を捜索していた。
「この辺りに、罠が張られているようです。安全な通行ルートって、中々ないですよう」
 軍用双眼鏡を覗きこみながら、兄と姉にそう報告する白珠。周囲を見回すが、どこもかしこもうぞうぞと密林キメラがうごめいていた。
「仕方がないわね。錬力を温存して、突っ切った方が早そうよ」
「ふむ。白珠、真白、少し下がっていなさい」
 真白の案に、百夜がそう言って、超機械を取り出す。周囲が昼なお暗い空間へと変じる中、スライムの周囲に色の違う霧がぶしゅうっと立ち込め、触れた瞬間に厳しい事になりそうなのは、目に見えていた。
「白夜お兄様、どうか御随意に」
 白珠が後ろへ下がるのと入れ替わりに、機械剣を振るう真白。迅雷を使い、すぐに離れる。余り触れたくないのは、真白も同じ。その間に、百夜は超機械で風を起こし、その毒香を吹き飛ばす。
「風を起こす魔道具‥‥便利な世の中になったものです」
 吹き飛ばされ、巨大な不定形となったキメラに、その超機械で攻撃しながら百夜が呟く。
「それだけでは、なんともならないけどね。大丈夫、しらたま?」
「真白姉さま‥‥あの、ありがとうございます!」
 真白に礼を言う白珠。刀で切り払い、助けてくれた姉に、素直にそう言っている。だが、話はそれだけでは終わらない。
「‥‥毒を受けましたか。真白、私は一度下がります。白珠、手数ですが治療を」
「はいっ」
 百夜が毒の洗礼を食らっていた。薬学の知識は、その毒がすぐに手当てすれば、大丈夫な事を告げている。大切な兄姉を守ろうと、彼女は小さな手で、その治療に赴くのだった。

 その頃、麻姫はと言うと、1人で捜索に赴いていた、
(もたもたしてるとマズイのはわかったけどよ‥‥。単独行動だから慎重にってのもなぁ‥‥)
 工場はまだ遠い。あまり時間をかけるわけには行かないようだ。
(まぁ、いいか‥‥色々考えてる時間が惜しいってもんだ‥‥!)
 ざっと歩みを進める麻姫。出来るだけ戦闘は避けたい。しかし、その行く手には、うねうねと歩く木々が、スライムの上を進んでいた。舌打ちする麻姫。そんな面倒なキメラとドツキあう暇はない。しかし、1人ではつっきる事も難しい。イラ付いた感情をそのままに、彼女は踵を返す。
(性に合わねぇが‥‥避けて通らせてもらうぜ‥‥)
 なるべく迅速な行動を、とは頭にあった。が、さすがに1人では動きの早い木に見つかってしまう。しゅるっと伸びてきた木を、素早い動きで避けると、反対側から振り下ろされた木を、左手の閻魔で振り払い、近付かせないようにソニックブームで振り払う。
「悪いな‥‥守るもんが増えちまってよ‥‥」
 豪破や紅蓮よりも、追撃を防ぐ方が良いだろう。そう判断した彼女は、なるべく接触しないルートを取って、工場へと向うのだった。

 こうして、どれだけ経過しただろうか。毒や麻痺で、行く手を阻まれながらも、傭兵達は何とか工場へとたどり着いていた。
「ここからは、分かれて行動した方が良さそうだな」
 ユーリがそう言った。既に、探査の眼を発動し、敵の警戒に備えつつ、部屋の扉に耳をそばだて、中に誰もいない事を確かめた彼は、持って来た工具セットで、その扉をこじ開けていていた。
「無線は持った。どれだけ通用するか分からんがな」
 Kodyも瞬天速を駆使し、散らばった先行部隊を探そうと、あちこちに眼を向けている。要救助者を見つけたら、連絡が来る手はずになっていた。
「敵の戦力は、UPC兵が相手にするには、中々にやっかいなようですね‥‥」
 そう言って、白珠が見たものを、手元のメモに書き記す白夜。工場の施設と戦力を調べれば、今後の作戦を優位に出来ると、そう確信して。
「敵を知れば、50戦危うからずです」
 本当は、己を知れば100戦まで跳ね上がるのだが。と、そこへ探査の瞳とグッドラックを使っていた白珠がおててを上げる。
「白夜兄さま、真白姉さま、みつけました!」
 さっと緊迫感が、兄と姉に走った。白珠が、怪我をして呻いている兵士に、とててっと駆け寄って、早速助け起こしている。
「あの、お怪我を見せてください!すぐに直しますから!!」
「真白、まだ隊員の方は足がおぼつかない様子。肩を貸して差し上げなさい」
「大丈夫、歩ける?」
 もっとも、体格差がありすぎて、真白と百夜の手を借りる事になったのだが。ふらふらしているが、意識はあるようで、申し訳なさそうに『こんな綺麗なおねいさんたちに助けられるなんてなー』と、困った表情を浮かべている。1人は男性なのだが、女形を演じられるほどに容姿の整った白夜は、欧米の兵士には、区別が付けられなかった模様。
「オラ! しっかりしろ! このボケ!」
 世史元も怪我人を見つけている。連絡した様子から察すると、隊長クラスの兵のようだ。
「治療をしたら、一緒に行動するように。地図はどうだ?」
「脳筋に無茶言うな。どこにあるかわからん」
 ユーリの連絡に、そう答えるKody。体を素早く動かす事には自信があるが、そこに地図が隠されているのか、さっぱり見当が付かない。
 と、その時だった。2人の無線機から、嫌な予感のする轟音が響いて来た。悲鳴と、怒号。しばしして、無線機から聞こえてきたのは、世史元の苦しそうな声だった。
「此方、兄。ブツを回収‥‥したがまずった」
「どうした?」
 ユーリが問うと、世史元はため息を付きながら、起きた出来事を報告してくる。
「体だるい‥‥。ものの見事に引っかかっちまったらしい‥‥」
「わかった。すぐ行く」
 かちゃっと無線機が切られた。その無線機から顔を上げた世史元は、目の前で窓に座っている少年を睨みつける。
「‥‥初めましてになるなレンとやら」
「あー。ハズレかな。久々に出てきたら、こんなのだよ」
 ぶらぶらと足を動かしている少年。どうやら、本当は別の目的があったらしい。同じ場所には、麻姫の姿もある。
「合流したこっちは大当たりだな。頼りにしてるぜ旦那?」
「分かってると言いたいところだが、ここはさっさと撤収するのが正解だな」
 じりっと、世史元と背中をあわせつつ、じりじりと後退する2人。レンは、興味を失ったように、窓際に居た。その距離が適度に離れ、背中がドアに付いた瞬間である。
「雷撃‥‥」
 沁の声が響いて、雷撃が部屋になだれ込んできた。あちこちに雷撃が飛び散り、部屋が焦げ付いてしまう。そこへ、レンがぱんっと手を鳴らす。直後、窓辺にいた木々が遅い掛かってきた。
「俺がひきつける。いまの内に!」
 追いついたKodyが、瞬天速を連続使用して、その撹乱を試みていた。打撃の地点を見切らせないよう、駿速撃で吹き飛ばす。
「‥‥万雷!」
 そこへ、沁もまた、出し惜しみをせず、連続して雷撃をお見舞いする。しかし、木々とスライムは一行に減る気配を見せない。
「蒼雷陣‥‥!」
 あれに襲われたら終わりだ。そう思った心は、雷撃の対象を巻物自身とした。びりびりと静電気が襲い、盾のように広がる。
「なんだよう。遊んでくれないのー? アストレアがそろそろ起きるって言うから、準備しておこうと思ったのになー」
「残念だが、今回はちょっとねっ」
 不満そうに言うレンに、ユーリはそう叫び返すと、麻姫と共に世史元を引きずり出して扉を閉めるのだった。

 そして。
「はー、はー、あークソ! やっぱり場所が悪すぎだったかな〜」
 毒づく世史元。出血は止まったが、毒も麻痺もまだ残っており、回復には時間が掛かりそうだ。どうやら、レンと直接相対したせいで、その毒の効果が上がってしまったらしい。
「相手が悪かったと言ったほうが良いだろうな。今回は、目的が違うし」
「だろうなぁぁぁぁ‥‥」
 ユーリに気にするなと言わんばかりに慰められ、世史元は肩を落とす。そのだるそうな態度が、決して毒の効果ばかりではないのは、明白だった。