タイトル:笹に願いをマスター:姫野里美

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 44 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/26 00:46

●オープニング本文


 7月初旬、会長室にて。
「たーなーばーたーさーらさらー♪」
 鼻歌まじりでお仕事しているカンパネラの主‥‥龍堂院聖那さん。
「会長! それは七夕ではなく笹の葉です!」
「あら、そうだったかしら?」
 小さい頃、たなばたさらさらだと思ってた人は、結構いるのかもしれない。それはともかく、カンパネラ学園でも、ささやかな七夕祭を行いたいと思う生徒はいるらしく、会長である聖那も、部屋に小さな七夕飾りを用意していたのだが。
「ものたりない‥‥」
 ちょっと寂しそうに、彼女は首をかしげていた。管理部の生徒が「え?」と聞き返すと、彼女は腕を広げて熱弁してくれる。
「七夕って言えば、やっぱいこう大きくて太い奴ですわよねぇ。お婆様の家には、これの20倍くらい大きな笹を、従業員の方達が運んでたって聞きましたけど‥‥」
 だが、会長室とは言え、5mを越えるようなものは入れられない。AUKVは所定の場所に停めているが、聖那がイメージしているいわゆる『ショッピングモールの吹き抜けにある奴』は、運びこめないだろう。
「そんな大きな笹、ここには入りませんよ」
「ですわよねぇ。あ、でも校庭か演習場か、闘技場ならよろしくありません?」
 もっとも、地下にある様々な施設エリアだったら、そんな巨大笹も展示できようと言うものだが。
「確かにそっちは入りますけど、校庭以外は校舎から見えないですし‥‥。後、そんな大きな笹って、輸入モンじゃないと難しいって聞きましたよ」
「海外から調達するわけにはいきませんわねぇ‥‥。何かないかしら‥‥あら?」
 依頼の確認やら、生徒達の要望を見ていた聖那、その1つ。動画つきの報告書に、気になる事例が表示されていた。

 場所はカンパネラの湯だ。この時期、来る気温の高い季節に合わせて、一部湯をプールとして利用しようかと言う案が持ち上がっている。その掃除に来た生徒が報告してきた。
「竹だーーー!」
「笹だーーー!」
 見れば、うねうねと動く巨大な竹が見える。数は5本。周囲は、研究用と書かれたイエローテープが張られ、普通に生えていた太い竹に合わせて、踊るようにくねくねしていた。
「と言うか、何で笹だか竹だかが動いて襲って来るんだよ!」
「ひょっとして、ここの所、七夕用の出荷が相次いだからなのか!?」
 七夕は、ラスホプ各地でも行われている。湯を利用して育った笹を、その為に使うと言うのも行われており、もしかしたら次々出荷されていく笹仲間に、笹が怒ったのかもしれない。
「馬鹿言え、ここはカンパネラの湯だぞ? どっかの馬鹿が放置してたに決まってる!」
 常識的に考えれば、何かの理由でキメラの一部が紛れ込んで増殖したか、研究員が作った人工物のどちらかだろう。
「と、とにかく管理部に連絡だ! ここのVまわしとけ!」
 こうして、生徒会のサーバーにもその画像がまわされていたわけだが。

「どうかしましたか?」
「‥‥空気を読んだ誰かさんがいるようですわ。えぇと、場所は演習場にしましょう。その方が運びやすそうですし。余ったら、闘技場におすそ分けでもよさそうですね」
 にこっと笑顔でそう言う聖那さん。こうして、管理部の名前で、以下のような七夕告知が表示されていた。

『七夕夕涼み』
 カンパネラの湯では、施設の一端をお借りして、ささやかなせせらぎを再現する事にいたしました。
 つきましては時節柄、七夕夕涼みを行いたいと存じます。
 地下で涼みもへったくれもないとは思いますが、せめて季節の行事を堪能しようというものです。
 御用とお急ぎでない方は、是非おいでください。
 なお、数に限りはございますが、浴衣の貸し出しもございますので、お好みのモノがあれば、何なりとお申し付けください。

「これで、よしっと☆」
 ご丁寧に聖那のサイン入りである。いや、この場合承認ハンコと言う意味で、決して色紙に書かれているような類の物ではないのだが。
「スタッフはどうしましょう?」
「何人か生徒さんに頼んでください。浴衣の気付けが出来る方もいらっしゃるでしょうし、それより先に、笹竹試作品を回収しなければなりませんから」
 頷く管理部の皆様。と言うわけで、聖那の考えた七夕は、色んな意味で規格外な夕涼みになろうとしていた。

【七夕の夕涼みスタッフも募集】

 なお、お掃除メンバーの募集は、なぜか夕涼みの隣に、目立つように張り出されていたと言う。

●参加者一覧

/ 水理 和奏(ga1500) / 如月・由梨(ga1805) / 終夜・無月(ga3084) / 藤村 瑠亥(ga3862) / 大河・剣(ga5065) / 社 朱里(ga6481) / 錦織・長郎(ga8268) / ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751) / 虎牙 こうき(ga8763) / 武藤 煉(gb1042) / 月島 瑞希(gb1411) / 如月・菫(gb1886) / 鬼道・麗那(gb1939) / 嘉雅土(gb2174) / 東雲・智弥(gb2833) / 鷹代 アヤ(gb3437) / 正倉院命(gb3579) / シェリー・クロフィード(gb3701) / リヒト・ロメリア(gb3852) / 流叶・デュノフガリオ(gb6275) / 五十嵐 八九十(gb7911) / ウェイケル・クスペリア(gb9006) / エイミ・シーン(gb9420) / ファタ・モルガナ(gc0598) / 神棟星嵐(gc1022) / エリス・ランパード(gc1229) / 雨宮 静香(gc1675) / 和泉 澪(gc2284) / 祐那(gc2492) / ミュレイ・ティアーノ(gc2807) / 功刀 元(gc2818) / 御剣 薙(gc2904) / 初瀬 羽沙(gc3035) / 夏子(gc3500) / デイジー カッター(gc3840) / イレイズ・バークライド(gc4038) / 金刀比羅 双葉(gc4176) / ティナ・アブソリュート(gc4189) / ネイ・ジュピター(gc4209) / 紅砂(gc4279) / イシェ(gc4300) / 廿楽 沙希(gc4305) / もはる(gc4311) / 牙楼神(gc4313

●リプレイ本文

 と言うわけで、まずは、竹の調達とあいなった。
 和泉 澪(gc2284)が、対竹もどき用に、愛刀『隼煌沁紅』を準備している。抜刀術を心得て居る彼女、腰に刺したままでも充分準備完了だ。もっとも、こっちに向ってこない限りは、自分から切りに行くつもりは無いのだが。
「まったく、七夕ぐらい普通に――できないのが傭兵、か‥‥」
 リヒト・ロメリア(gb3852)に同行していた月島 瑞希(gb1411)が、イアリスでなるべく長さを残すように切断していた。それほど強くないキメラや試作品だが、何故か数が多かった。
「ふむ、その前にキメラもどき退治かね。まあ、人数は居るので僕らはフォローに廻るかね」
 その数に、采配を振るう方を選択する錦織・長郎(ga8268)。被害を受けないような場所で、竹退治に参加する面々を指示している。
「まあ、所謂管制の真似事かね。だが整理整頓してこそ効率良く上手くいくのだからね。そうだね。この状態だと、飛び道具は使わない方が良いだろう」
「えー、せっかく小銃持ってきたのにー」
 普段の管制管理と全く同じノリで彼が告げると、S−01を持ってきた雨宮 静香(gc1675)が不満そうに口を尖らせていた。スナイパーな彼女、弓や銃が獲物なのはごく当たり前なわけだが、さすがに竹が相手では、上手く動けない模様。
「カンパネラには良くわからないものもいるみたいですね。ある意味空気を読んだと言うか」
 如月・由梨(ga1805)さん、そう言うと自身のKVをよっこいせと機動させた。土木作業用に持ち込んだのだが、うっかり足元の竹を踏み潰してしまっている。藤村 瑠亥(ga3862)が踏み潰したそれの根元を、二刀小太刀で良い感じのサイズに切断していた。
「そうだね。切り口焼いた方が、水の吸い上げが良くて植物は長持ちするって言うし? ちょうど良いんじゃないかな?」
 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)も理屈はあっているわけだが、花屋の剪定には少しばかり派手すぎる気もする。耐久力の無い竹なので、叩いた瞬間盾に亀裂が入りそうだ。それは、チャイナドレスで回し蹴りをお見舞いしている覚醒効果でお嬢様度数が上がっているらしいエリス・ランパード(gc1229)も同じである。
「私といたしましては余りやりたくはございませんけど‥‥、ごめんあそばせ!」
 よくしなる竹に、しなった直後を狙って、蹴りを入れていた。舞い散る羽の幻影。カウンターを待ってはいたが、相手が正面切って攻撃を仕掛けてくるとは限らないため、タイミングを合わせるほうにしたらしい。豪快な蹴り飛ばしを食らわされ、竹がぎざぎざに割れていた。まぁ、シェリー・クロフィード(gb3701)のように、浴衣がまくれているのを全く気にせず、下駄を鳴らして手斧をぶん回すお嬢さんも居るわけだが。
「うわ、まだ暴れてるぞ」
 さて、そんな竹だが、中には一発で沈まないものもいたらしい。終夜・無月(ga3084)が試しに、フルパワーのKV一撃を食らわせていた。べきょっと折れる竹。見も蓋も無い一撃で、効果を確かめるまでもなく竹が沈黙するが、根元の方がまだちょっとうにょうにょしていた。
「あ、寄生虫いるじゃねぇか。えい」
 嘉雅土(gb2174)が覗きこむと、節の部分に芋虫型のキメラが巣を作っていた。うねる竹モドキをロープで縛り揚げ、その寄生虫キメラを潰している。いやんな匂いが漂うと共に、今度こそ沈黙する竹。
「はい! 怪我人は此方に!」
「いや、大丈夫だから」
 寄生虫の体液を拭いている嘉雅土を、ミュレイ・ティアーノ(gc2807)が怪我人と勘違いしたのか、救護テントへ連れて行こうとする。すっかり作業生徒の休憩室と化したテントで、飲み物や食べ物を配る彼女。そうこうしているうち、ようやく準備が整っっていた。
「兵器のKVもこう使うと、人の世の役に立つ、ですか‥‥私の力も人の役に立っているのでしょうか」
 笹を立てかける作業を終えた由梨が、KVから下りてきた。不安そうに自機を見上げる彼女の肩を抱き、竹を捧げ持たせた無月は、にこりと微笑む。
 いなかったら、もっと時間はかかっていただろう‥‥と。

 セッティングが終わった所で、細かい飾り付けとなった。用意するのは、折り紙と短冊。それに作り方をプリントアウトした物や、たくさんのペン。テーブルの上に並べられた材料を、思い思いに切って飾る事になったらしい。ミュレイの救護所が、そのまま短冊を書くスペースにチェンジしていた。
「七夕なんて、ずいぶん久しぶりだけどね」
 そう言っている瑞希は、紺色の布地に、青と白で花が描かれている。古風な浴衣に見えるが、生地そのものは薄いから、きっとプリントなのだろう。リヒトも戦闘の余波で崩れた合わせを直し、横に並んでくれた。
「それで、何をするの?」
「何か願い事を書いておくようだ」
 神など信じていない瑠亥だが、いわゆる年中行事に反対する言われは無い。楽しみにしていたリヒトが、テーブルにある作り方のプリントを眺めている。
「えぇと、クリスマスじゃないから、飾るのは短冊だよね」
「そんな事はない。実は、笹にも飾りをつける。靴下やサンタじゃないがな」
 見れば、確かにランプみたいな形の飾りや、星の作り方等が載っていた。折り紙とはさみで作るそれは、孤児院の子供達にも教えて上げられそうだ。瑞希も短冊を手に取っている。色とりどりのそれに、。リヒトは今願うただ一つの思いを書いた。どうか、その願いがかなうように。
「世界中の皆が、手を取り合って、笑い合える世界になりますように‥‥と」
「これからも皆と一緒にいられますように。瑠亥は何書いたの?」
 子供っぽいかなぁと思いつつ、書き記して竹に吊るす瑞希。が、振り向いた先で、彼はぷいっと横を向く。せめて後数人‥‥守れるようにと書いたなんて、該当者本人を目の前にして言えない。
「そっか。たまには休んでても、罰は当たらない、よね?」
「アレだけ盛大に昼寝しているのもどうかと思うけどね」
 リヒトにそう答える瑞希。既に、救護所は避暑地と化しているようだ。リッジウェイの上で、昼寝こいてる武藤 煉(gb1042)みたいなのもいるが、スタッフの管理部生徒も、仕事しているとは言いがたかった。
 よし、飾り終わったから、カキ氷食べにいこ」
 瑞希が、すぐ近くの氷機付き屋台をさし示した。戦災孤児チャリティカキ氷屋台『へるへぶん』と書かれ、涼しげなのぼりが吊るされている。
「つめたぁいカキ氷はいかがですかぁ? 美味しい美味しいカキ氷ですよぉ」
 店長の鬼道・麗那(gb1939)さんが、浴衣にたすきがけと言う格好で、ハニカミ笑顔で客引き中。
「はー、美味しいー。やっぱりカキ氷は練乳たっぷりのイチゴがいいですよね」
 しかも、屋台の前で優雅にカキ氷を食しているのは、カンパネラを牛耳る会長さんだったりする。純白のKVが持つ元竹もどきを、しみじみと眺める聖那。ちょうど瑞希達がカキ氷を食べにきたところだ。
「いらっしゃいまふべ‥‥ぐはっ」
 同じくカキ氷屋さんでオーダー担当をしていた金刀比羅 双葉(gc4176)が、慌てたのか思いっきり『噛んで』しまった。「慣れない事したからだと思いますがのう」と、同じく店員しているネイ・ジュピター(gc4209)さんが指摘する。
「これが七夕でゲスか。短冊に願いを書くとか‥‥。考えると糖分が欲しくなるでゲスね」
 シャツの上から着物を羽織った夏子(gc3500)、『平和への力を』と書かれた短冊を握り締め、興味深そうにカキ氷屋さんを覗いていた。ものはためしとばかり、オーダーしている。
「トッピングは何にするかの」
「お任せで良いでゲス」
 作り手のセンスが問われる注文に、わくわくしている夏子。お品書きの横に書かれた『お勧めやお任せはお勧めしません』の注意書きは、全く見えていないようだ。オーダーを受けたネイが、ニヤリと不気味な笑みを浮かべる。彼女が手に下のは、コーヒーシロップと小豆だ後悔するが、時既に遅し。
「コピ・アルック風味カキ氷じゃ。きちんと全て食べるのだぞ」
 どんっと山盛りにされたカキ氷。ナッツだかフルーツだかの風味がするらしい高級コーヒーに似せる為か、一緒にピーナッツソースがかけられ、トッピングに湯で小豆が乗っかっている。涙目な夏子。
「なお、暖かきお茶を飲むと楽になる。そうじゃな、そこに温泉饅頭を配っていた輩がいただろう」
 お茶とコーヒー味のカキ氷じゃ微妙に冥府魔道まっしぐらな気もするが、夏子は青い顔をしながら、温泉饅頭の主を探した。見れば浴衣『青海波』を着たティナ・アブソリュート(gc4189)が、屋台の影からこっちを見つめている。
「ネイさん、頼んだら、エクステ着けてくれるかな‥‥」
 彼女の手には、ストレートロングのエクステが握られている。が、彼女はネイさんに限らず、店員達に見惚れていた。
(ああ、カキ氷屋さんする人、皆可愛いなぁ。特にデイジーって子、超可愛い! 撫でたい!)
 デイジー カッター(gc3840)と一緒にいるのは、静香と神棟星嵐(gc1022)だろう。親子に見える姿に、彼女はどきどきとカメラを探している。その為か、ネイに見つかってしまったようだ。
「あのう、どっかにカメラが無いですか? 1枚とりたいんですけどー」
「それなら、デジカメ借りてくれば良いんじゃないかしら。記念撮影くらい許してもらえると思いますよ」
 聖那がそう答えてくれる。
「じゃあ安心だね。ねぇネイさん、これつけてくれない? きっと似合うよ!」
 相手の返答を聞くまでもなく、ティナは持っていたエクステを、ネイに装着してしまった。双葉までちょっとしたイタズラ心を切り出している。こうして、おそろいの浴衣になったカキ氷屋さんは、カップルの良い休憩場所になっていく。夏子が「お二人とも仲が良いでゲスねぇ♪見つめあうのもいいけど、ちゃんと七夕も堪能するでゲスよォ♪」と、功刀 元(gc2818)と御剣 薙(gc2904)にひゅーひゅー光線を放つ中、ポツリと呟く店長さん。
「はぁ、カップルさん羨ましいですねぇ‥‥ダメダメ! 今の私はお仕事に集中ですわ!」
 こっそりため息漏らす乙女。そんな彼女の手元には『皆で求める新型AUKVが早くデビューしますように』と書かれていたのだった。

 さて、カキ氷屋さんの隣には、竹で組上げられた流しそうめんの台座が設置されていた。最後に『Vulcanus謹製』と、隊長の鷹代 アヤ(gb3437)が看板を記して完成である。
「こ、こういうのは初めてだぜ‥‥」
 どうふるまって良いかわかららず、戸惑うデイジー.一方の静香は、にっこりとその傍らで微笑んでいる。
「静香、デイジー、まずは小隊の方々に紹介するから行こうか?」
 で、今日はもう一つ大事な用があった。星嵐が所属している小隊の皆に対し、2人を紹介すると言うミッションだ。
「皆さん、こちらの二人が同行者の雨宮静香とデイジー・カッターです。静香は鷹代隊長とシェリー殿は会ったことありましたよね?」
 頷く静香。ほっと胸を撫で下ろす星嵐。血は繋がっていないが、本当の親子のように過ごしたかった。
「うぉ!? なんだ、この冷たい食べ物は!?」
 カキ氷を食して、驚いちゃったりもしている。静香が「ほらほら、そんなに慌てて食べてはいけませんわよ?」と、茶を差し出していた。
 照れくさそうに、でもあちこちに好奇心を爆発させるデイジーと静香を、微笑ましく見守りつつ、星嵐はこう口にする。
「七夕か‥‥自分の今はどれだけ幸せなことなのだろうか」
 今のご時世、七夕のようにというのは、あり得ない話ではない。
「愛し合う二人‥‥いつか私にも、この感情が分かる時が来るのでしょうか‥‥」
 まだ今は、仲よしの親子でいたいけれど。そう考えた時、澪が「そうめん出来ましたよー」と声をかけてきた。見れば、山盛りに盛られた素麺と、結構な数の付け汁が配られている。食べ物の匂いをかぎつけたデイジーが「ほらほらぁ! こっちこっち!」とはしゃいでいる。作業を終えたアヤも、浴衣に着替えて争奪戦開始だ。
「もたもたしてると、杜ちゃんに全部食べられちゃいますー!」
 シェリーもあやと同じく全力全開で流しそうめんに挑んでいた。澪曰く「素麺がなくなったら、お蕎麦にしますね」との事だが、若人の胃袋は早い者勝ちを訴えている。
「ってか、何で私下流なのさ!? 麺来ないじゃない!」
「順番に流しますから」
 澪に配置で文句付けている社 朱里(ga6481)。「えぇい、こうなったら!」と、素麺台の一番上流へ。次の蕎麦は、素麺の分まで食べやると。
「って、それ生!」
 ざるの中に置かれた蕎麦に手を伸ばし、ひょいぱくと口に入れてしまった彼女、まだ茹でる前だったのを知る。
「皆さん欲張らずにお願いしますね!」
 苦笑する澪。素麺はまだたくさんある。蕎麦の出番はまだ先だ。
「こんなに楽しいの‥‥初めて」
 そんな中、デイジーの笑顔を見て、星嵐はほっと胸を撫で下ろすのだった。

 その頃、休憩所ではまったりと3人組が過ごしていた。
「結構色々ありましたけど、なにかこうやってゆっくりは、そんなになかったねぇ」
 そう言うエイミ・シーン(gb9420)。胸から覗く扇のネックレスは、流叶・デュノフガリオ(gb6275)とウェイケル・クスペリア(gb9006)の親友3人お揃いで、絆だ。
「御酒、どうやら今回はなしみたいですね]
 3人とも、御酒は全くダメである。ここは学校なので、アルコールは一滴も出てこないから、酒乱で醜態をさらす事にはならなさそうだ。
「学内のイベントだしね。花火やるって言ってたけど」
「普段の演習レベルだから、それほどたいした事は無いと思うけどね」
 手持ち花火でも充分である。用意されたお子様花火に、消火用のバケツでも、充分風情は楽しめる。
「はい、これどうぞ。実家で作っているので、味は悪く無い筈だよ」
 そこへ、流叶がお茶とお茶請けを持ってきた。特に何か目的がある訳ではないが、まったりと過ごすのもまた良いものだ。そう思うウェル。
 自分の幸せに貪欲に生きてきた自分にとって、最も求めていた存在の一つ。即ち、気心の許しあえる親友と、平穏な日常を謳歌できる事。
「お、あれが例の竹か。短冊つけてこよーぜ」
 それ自体が嬉しくて。この辺りは、まだ少女なのだ。その割には、悪ガキ全開で【手前ぇの幸せは手前ぇで掴み取る!】と短冊に書いている。
「願い事か‥‥そうだな。『今、この時を、傍に居てくれる人達と、ずっと共に、居られます様に』‥‥かな」
 そう書き綴る流叶。私が今此処に居られるのは間違いなく、そのお陰だろうから。
 だから、支えられた分は支えようと。
 特に‥‥あの人の支えに成れたなら、それは喜ばしい事だと。
(‥‥うん。そうだね‥‥我侭かも知れないが、もう1つ)
 心の中に浮かんだ最愛の人の姿に、流叶は短冊をひっくり返す。さすがに見られるのは、少し恥ずかしい。
『永遠に、ただ、彼の傍に』
 いつまで共に在れるか分からないけれど。ちらりとエイミのほうを見れば、彼女もまた両面に書いている真っ最中だ。表には『世界に笑顔が戻りますように‥‥』と書いてあるが、裏はよくわからない。
「仲良いな。おまいら」
 リッジの上から、そんな妹達の姿を微笑ましく見守る煉。
「練にぃ! 昼寝こいてないで、にぃもやろうよー!」
「オレ、後でで良いや。邪魔したくないしな」
 準備の終わった彼、再びごろりと横になる。吹き抜ける風は人工だが、それでも願いを笹に揺らせた。
『いつまでも3人仲良くみんな幸せになれますように』
 揺れたエイミの短冊の裏には、そう書かれていたと言う。

 さて、カキ氷やせせらぎを求めるのは、カップルも多い、屋台と言うにはささやかなコーナーを、それでもカップル達は思い思いに楽しんでいた。
「こんなものかね」
 錦織が来ているのは、雅シリーズにあった青海波の浴衣。それに、駒下駄だ。自分の兵舎から持ち込んだ彼に合わせる用にして、正倉院命(gb3579)も雅シリーズにラインナップされた絣を着て、雅な演奏をかもし出している。
「好みは何かあるかね?」
「えぇと、雰囲気のあるもの‥‥」
 せっかく和の雰囲気を演出しているのだから、それに沿ったモノが良いと申し出る。屋台の数はさほど多くないが、雰囲気が出せそうなものは、和風素材を取り揃えたカキ氷屋さんだろうか。生徒達に飛ぶように売れているらしいそのカキ氷へと誘導する錦織。
「では、腰を下ろせる場所を探そうか。ほう、ちょうど良いのがある」
 横の休息所には、雰囲気を出す為か、和風柄の布も敷いてあった。そして、そこでも短冊が置いてある。錦織が促すと、命はこくんと頷いて、そこに座る。
「願いをかける‥‥かな?」
「ほな、私はこれを」
 渡された短冊には『平和』と書いてあった。一方、錦織はと言うと、中々に思う所はあるようで。
「んー。『南米、蝿の王打倒』に『諜報関係に復職を』と‥‥」
 お仕事の目標なようだ。こう言う場所ならば、男女関連を願うべきかもしれない。現に他の面々はそうしている者も多い。が、彼はその分大人だった。
 幸せは、自分で掴み取るもの。そう思って、彼は命を連れ、笹を遠くからでも眺められる場所へとエスコートする。今、こうして腕の中に納まっている命と共に在れるように。
「おや、向こうでイベントが始まったようだ。行ってみるかね?」
「もう少し、このままで」
 きゅっと手に力が篭った。直後、命の踵がきゅっと上がる。上目遣いの頬が染まる、身長差40cm。
 2人の距離が埋まったのは、それから程なくしての事だった。

「甚平は仕方が無いか。そろそろ終わったかな」
 元、借りようとしていた甚平の数が足りず、浴衣になっている。恋人の薙とは、浴衣に着替えてから七夕祭りの笹の下で待ち合わせ。
「おまたせ‥‥その‥‥に、似合う‥‥かな?」
 ミカガミの影から、恥ずかしそうに頬を染めたのは、手伝いの時に来ていた男子用夏服とはうって変わって、雅シリーズの浴衣「青海波」と、ヒール下駄に着替えている。その上に、混天綾を肩に羽織り、髪をアップにして鈴の髪飾りで留めていた。
「薙さん。浴衣とっても似合ってますよ」
 普段男の子っぽい格好してるから、今日は一段と輝いている気がする。元がまぶしそうに目を細める中、慣れていないらしい彼女は、少し慌てたように、屋台の方を指し示す。いわゆるデートと言うのは、始めてらしい彼女、興味津々だが、勝手がわからないようだ。元はそんな彼女、七夕会場へエスコートする。
「次はどれがいいかな? あっちの屋台なんか良さそう、元君、行こっ」
 ヨーヨーや型抜きなんかがある中、元は麗那のカキ氷屋さんへと案内した所だ。夏子の浴衣がとても独創的なのを見物しつつ、カキ氷を注文する2人。
「鬼道会長ー繁盛してますかー? カキ氷2つ下さいー。1つはレインボーで!‥‥薙さんは何味が良いですかー?」
「じゃあ、ボクは宇治金時がいいな」
 お金はどうやら元が出すようだ。その様子に、たまたま通りが買ったらしい菫が、ひゅーひゅーと口笛を鳴らす。
「お二人さん。良くお似合いだな!」
「あははー。お似合いでしょうー? もうラブラブですからー♪」
 受け取り方の相違で、冷やかされたと思った薙が、真っ赤になって俯いていた。そんな彼女のおててをぎゅっと握り締め、終始にこにこしっぱなしの元。
「んもー‥‥」
 だが、そんな薙も、ちょっと見せ付けたい気もするらしく、苦笑しながらも、無言で腕を組んでみたりしていた。2人並んで、くっつくようにして、色とりどりの短冊に願いを書く。ただそれだけなのに、何故かとても心が癒される気がする。
「薙さん、願い事は何て書きましたかー? ボクのは‥‥秘密ですー♪」
 その後、隣に自分の短冊を吊るす元だったが、薙より20cm高い背で隠そうとしている。不満そうに口を尖らせた薙もまた、ぷいっと横を向いて「内緒だよ♪」と答えていた。まるで背の届かない子供が返せーと言わんばかりに、ぴょんこぴょんこする薙。が、慣れないヒール下駄で動き回ればどうなるか。
「あっ」
 2人、もたれかかるように尻餅をついてしまう。その後ろには、綺麗な花火。屋内なので、天の川は見えないが、星の空は用意されているようだ。綺麗な花火に、薙の紅潮した頬が華やいで見えて。
「‥‥ん‥‥」
 思わず、キスをしてしまう。薙も、それを受け入れてくれたようだ。
『元君といつまでも幸せで居られますように』
『これからもずっと薙さんと一緒にいられますように』
 それはきっと、寄り添う二枚の短冊が、同じ願いを書いていたからだろう‥‥。

「もう、こんな季節ですか。時が経つのも早いですね。そういえば、まだ短冊書いてないです」
 立てかける作業が終わわり、KVを踏み台にした飾り付けも、そろそろ終わる。自分の仕事を終えた由梨は、他の者に任せて、自らも短冊を書きに向っていた。
「じゃあ、書きましょうか」
 そう言って、彼女が書いた短冊には、『無月さんが無事でありますように』と書かれていた。時々、依頼に行っては、怪我をし過ぎて帰ってくる気がする。それを、相も変わらず心配しつつ、どこかいつものことかと諦観の念を持つ自分を戒めるように。
「無月さんは何を書いたんです?」
「内緒です‥‥」
 苦笑してそう答える無月。しかも、短冊の内容は、由梨には見られない様に飾る念の入れようだ。
「むぅ‥‥別に教えてくれても‥‥」
 頬を膨らます由梨の手を引く無月、向うのはKVの肩の部分だ。
「さて、これで終わり。こちらへ来ませんか?」
「なんか全力で誤魔化された気がしますが。まぁいいか」
 よいせっと由梨を後ろから支える。よじ登ったKVの肩は、演習場の中とは言え、視点が高くて気分が良い。それに、隣同士に二人座り、他愛の無い話を繰り広げるのは、何だかとても幸せな気分だ。二人が共に居る事を第一の喜びとして優しい一時を過ごしながら、七夕の話をする無月は、ぽそりと言った。
「二人が合えるのは年に一度‥‥」
「私たちも、織姫と彦星みたいなものかもしれませんね‥‥彼らほど、会う頻度は低くないですけど。それでも、戦いに明け暮れる日々が、私たちの日常ですから」  
 いつ、依頼から遺体で帰ってくるかも分からない。そうしたら、もう二度と会う事は出来ない。どんなに笹に願いを捧げても。それを思うと、この時間がとても愛しい。
「一度きりの夜を大切にすると言うのはとても凄い事だろうね‥‥」
 上を見上げて天井の先の空に思いを馳せる無月。ふと顔を戻して不意打ち気味に由梨にキス。だが、無月は思う。このひと時を大切にしたいと。
『二人、添い遂げる日が一日でも早く来る事を願う‥が叶えるのは自分達、だからほんの少しの天運の力を貸してくれれば』
 寄り添う二人の後ろに掲げられた彼の願いには、そう書かれているのだった。

「なんか故郷の祭り思い出すなぁ‥‥。見たいものある?」
 七夕の光景を見て、そう言う虎牙 こうき(ga8763)。大河・剣(ga5065)が気を惹かれるのは、カキ氷や林檎飴風チェリーらしい。手元にあるバッグは、いつもの通り大き目だが、それは後回しにしたいのか、まずカキ氷や屋台グルメを堪能しようと言う事になった。
「っと、迷子にならないように‥‥な?」
 ただし、手は離さない。勢いそのまま、カキ氷を堪能し、流しそうめんのおすそ分けを貰う。そうしているうちに、屋台でお腹を満たした若人達は、短冊も書き終え、用意された手持ち花火で楽しみ始めている。笹の回りにも人が少なくなってきた。
「つ〜るぎ、そろそろ空いてきたから行ってみよっか?」
 そのまま、手を引いて剣と一緒に短冊を吊るしに向かうこうき。
(もう、付き合い始めて一年になるのかぁ、こんな情けない俺にずっと付いてきてくれて、やっぱ‥‥う、嬉しいよな、うん)
 その脳裏によぎるのは、手を引いている相手が、自分よりずっと頼りになる姉貴分だと言うこと。そんな大河は、大人しく従うと、短冊にこう書いていた。
『こうきが無茶して身体を壊しませんように』
 意外と扱いが酷い。だが、彼女は落ち着いた表情で、ゆっくりと短冊を書いている。
「ん‥‥ま、少なくとも俺よか強くなってもらわねえとなあ」
 振り返ると、こうきもまた短冊を書いていた。そこには
『このまま、皆がいつまでも幸せに過ごせますように』
 と書いてあったのだが、ひっくり返した時に、裏にこっそり書かれたお願い事が見えてしまった。
『頼れる男になって、剣を守れるようになれますように‥‥』
「何書いてんだよぉ」
 吊るそうとしたこうきを、うりうりとつつく大河。こうき、「わー、見るな。恥ずかしいだろっ」と、大騒ぎ。その姿に大河も、ちょっと恥ずかしそうにしていた。雰囲気を堪能しながら、やがてたどり着いたのは、カンパネラの湯の端にある休息所だ。
「そういえば、弁当持ってきたんじゃ?」
「やー、えーと・・ちょっと卵焼きこがしちまってよ‥‥ほら、さっき屋台飯くったから別に弁当はいいんじゃ‥‥」
 しどろもどろの大河。実は、お弁当をちょっと失敗してしまったので、あまり出したくない。
「仕方が無いな。じゃあこっちも出すから、そっちも出せ。それで良いだろう?」
 こうきがそう言って出して来たのは、小さなリボン付きの箱。開けると、七夕風に竹のチョコレートが乗っかったベイクドケーキだ。ちょうど、2人で食べ切れそうなサイズである。
「お、おう、ありがとよ ‥‥相変わらず顔に似あわねえ事しやがる」
「た、たまには作ってくるのもいいじゃねぇか。なぁ?」
 口をぱくぱくさせてそう言う大河に、少しはお返しをしたいこうきくん、そう答えている。「そうだな」と微笑む大河、笹を見上げてぽつりと言った。
「あれからもう一年、か とりあえず俺ら、よくここまでこれたな」
 付き合い始めてから一年以上たった。たしか去年も何処だかで七夕の短冊を書いた。あの時の願いは、今のところ、届いているようだ。
「だから、よ これから先も‥‥」
 願わくば、共に。
 二人の影が重なったのは、それからまもなくの事である。

『暇だな! 七夕会で待ってるから来いよ! いいか、絶対だかんな!』
 そんな如月・菫(gb1886)のメールを見た東雲・智弥(gb2833)は、行くけど少し遅れる旨をメールで打った。
(でも、用事が‥‥先に片付けよう)
 そう考えていた所から。話はスタートである。
「ふーんだ、私より用事が大事なのか‥‥というか人の用事くらい確認しておけ! まったくもう」
 ぷうっと頬が膨らんでいる所を見ると、思いっきり拗ねてしまったようだ。仕方なく彼女、きょろきょろと周囲を見回すと、明後日の方向を向いてこう言った。
「良いもんね、他のカップル弄ってやる‥‥」
 何しろ七夕だ。他にもカップルがざっと5〜6組いる。その中の1人が、カキ氷屋さんで彼女の分まで代金払っているのを目ざとく見つけた菫、ひゅーひゅーと口笛を鳴らしていた。彼女の方は顔を真っ赤にしていたが、彼氏のほうはふんぞり返っている。それが、菫には気に食わない。ていうか、イチャイチャしてて何か切ない。
 何だか悲しくなって来てしまった。こんな時に、何で自分は1人なのだろう。そう思うと、寂しくて、ぽろぽろ涙がこぼれてしまう。
「うぅ‥‥ぐすっ。ふんだ。良いもんね。‥‥うぅっ、智弥ぁ、グズッ」
 こう言う時に、あんにゃろめの名前が出てきてしまう。そうして、ひとりぼっちでしょんぼりしている菫さんを見つけるのに、智弥の時間はそれほどかからなかった。
「ごめん! 遅くなった!」
 全力疾走でぜぇはぁしながら、彼女の元に駆け寄る智弥。はっと顔を上げた菫ちゃん、泣いていた顔をごしごしとこすって隠すと、ぷいっとそっぽを向いてしまう。本当はかなり嬉しかったりするのだが、それをおおっぴらにするほど、菫は素直に出来ていなかった。それは、智弥も充分分かっている事だ。
「ごめんってばー。機嫌直してー。ほらぁ」
 笑顔で、ナデナデする彼。ぎゅっと手を握り、なんとか落ち着かせようとする。気が済むまで撫でて上げる。たくさん甘えて、ぷうたれていたほっぺが、だんだんしぼんでいくと、一応、急に呼び出したことは悪いことだと思ったのか謝ってきていた。
「ごめん。急に誘ったりなんかして‥‥用事、大丈夫? 終わった?」
 めそめそしてるのはキャラじゃない。だから、すぐ立ち直る。
「うん。はやく用事を切り上げてきたから」
「上等だ。さっさとエスコートしろ」
 傍から見ると、アフォの子全開の気がするが、本人達は欠片も気付いていない。むしろ、幸せそうだ。仲直りしたた2人が向ったのは、短冊の所だ。選んで、ペンでお願いを書く。筆ペンなんぞも用意されており、七夕気分を盛り上げる中、智弥はその一本を手に取り、菫に尋ねた。
「これがいいかな。菫の願いは何?」
「ふ、ふん、私のすーこーな願いは誰にも見せんのです!」
 ふいっとそっぽを向く菫。が、智弥は微笑んで、「知りたいな」と落ち着いた感じで訊ねている。きっと、突拍子のない願いでも、菫らしさがあるはず。
「ひみつつったらひみつなのです!」
 ちたぱたと黙秘権を行使する菫ちゃん。ほっぺの赤さ加減を見ると、どうやらキャラじゃない事なのだろう。そんな彼女を可愛いなと思いながら、智弥は遅れた分を取り戻そうと、菫をエスコートする。
「お願い、叶うといいね」
 握り締めた手が絆を結び、その雰囲気に導かれるように、2人が寄り添ったのは、ごく自然な流れ。
『ずっと智弥といられますように』
 キスした2人の後ろで、菫のそんなお願いが、笹に揺れて居るのだった。

 さて、カップルと言うのは、何も出来上がった者達ばかりではない。
「決着をつけなきゃな‥‥」
 五十嵐 八九十(gb7911)は、そう言って深刻な表情で会場へ向っていた。途中で、倒された笹キメラの枝を一本調達していく。その笹の枝に短冊一つぶら下げ、短冊には「後悔を残さない」とだけ書く。短冊を下げた枝を手に、想い人を待っていた。
「やぁお待たせ。和服の着付けってのは中々難しいねぇ。洋服のように簡単に出来ないもんかね」
 浴衣装備の上、なぜかローブも着用して現れたのは、その想い人‥‥ファタ・モルガナ(gc0598)。少し前、告白を受けているご身分だが、特に対応は変化せず、説明を聞いて、八九十の持つ笹を見つめ、その短冊に願いを書く事にした。
「これだけで願いが叶うなら、安いもんだねぇ‥‥ま、願掛けみたいなもんかね」
 内容は【面白き こともなき世を 面白く】だ。
「さ、願い事を吊るしつつ、少し話をしようか。君も、それが目的だろう?」
 短冊を吊るした後、少し輪から離れていくファタ。誘われて、人気の無い場所へ連れて行かれた八九十は、思い切ってその思いを口にする‥‥。
「俺は無為な時間を長く生きるより、短くとも想い人と共に過ごす日を送りたいんだ。 だから、俺の傍に居てくれないか?」
 以前、依頼で同じ様に告白した。だがその時は、彼女自身の持つ問題を理由に断られた。それは、今のファタも変わらない。
「これ以上近くなってどうするのさ?‥‥君も、薄々は勘付いてる筈だよ。私の時間は、もうそれ程長くはないって事は」
 短冊の裏には小さく【一秒でも長い未来を】と書いた。なぜなら。
「私は、君が戦死でもせん限り、間違いなく君を遺して逝く。子供も‥‥作ってやれない。この薬がないと、私は二日と保たずに壊れてしまう」
 一度は断ったのは、それが理由。だから、彼女は戸惑ったように尋ねた。
「‥‥ねぇヤクト。私は君を、好い友だと思ってる。‥‥それじゃダメなのかぃ?」
「俺は理由を聞きたいんじゃない、貴女自身の気持ちを聞きたいんだ、それで俺は自分の気持ちに正直になれる! 後悔はしたくないんだ!」
 ファタは答えなかった。どうやら、そこまでの思いを捧げられて、考える時間が必要になってきたようだ。
「返事はすぐじゃなくていいさ。よく考えるといい」
 そう、それは『体の丈夫じゃなく、何も残せない自分でもいいのか?』と言う問いかけ。
「‥‥よっし! 貴女の正直な気持ちが聞けて良かった、色々とご心配をかけさせた様で‥‥、呑みにでも行きますか!」
 まさか、OKとNO以外の回答があるとは追わなかった八九十、とりあえず正直な気持ちを受け止めた事を喜んでいる。
「じゃ、私は帰るよ。ゆっくりしていってね」
 だがファタは、それには同行せず、自身の考える時間をひねり出しに行くのだった。

 こうして、それぞれのカップルがそれぞれの模様を見せる中、七夕は終盤に近付いていた。
「皆さん完食です♪ 相変わらずVulcanusの皆さんは良く食べるなぁ」
 素麺もお蕎麦も、小隊のハラヘッタ組に、綺麗に食べられていた。満足そうにそう言った澪、取っておいた蕎麦を手繰っている。休憩所でも、ミュレイが蕎麦を配っていた。と、エリアの電気がおとされ、代わりにランタンが点灯される。
「おぉー‥‥すごいのですよー♪」
「うわぁー。綺麗‥‥」
 シェリーと澪が交互に声を上げた。竹に穴をあけて糸で吊るせるようにして、その中にランタンを入れたプラネタリウムと言う名の人口の星の海である。リッジの上で昼寝こいていた煉も、感嘆したように身を起こしていた。そんな彼女達の姿を「夏祭りっぽくっていいよね」と思っていたミュレイ、自身が短冊を書き忘れていた事に気づいた。
「そうだ。お願いしなくちゃ!」
 いそいそと短冊に向かう彼女。自分と皆の安全を願うミュレイを見て、澪も短冊を書き綴る。
『私の想いが形になりますように』
 そう書いて、笹に括り付ける澪。想いは、『私の眼に映る人は絶対に死なせはしない』と言うもの。
『みんな元気で楽しく過ごせますように‥‥・と』
「隊のみんながこれからも怪我無く過ごせますように」
 朱里とアヤの願いが微妙に被っている気がしないでもないが、アヤはその裏にこっそり親友の恋が成功する事を祈っていた。それは、同じ隊のエリスも同じである。
『楽い義姉ーさんが出来ますように』
「部隊のみんなや大好きなあの人がずっと笑顔でいられますよーに byシェリー」
 義理のおねいさん候補は、そんな事は全く知らず、可愛らしい丸文字で、彼女を含めた『大好きな人』の笑顔を書き記していた。そこへ、花火がそろそろ上がるお知らせが回ってくる。火災対応の為、消火に使える水場があるカンパネラの湯近辺で、それほど高さのない花火を使うとの事。学園側の許可は、『演習と同レベルで』と言う条件を守ると言う前提で許可されたらしい。なお、花火師なんぞそう簡単にオファー出来ないそうなので、打ち上げ機械の担当はキャスター准将だそうである。今頃は、借り出されたジジィが、電気点火の花火に、スイッチを入れている頃だろう。
「椅子、持ってきたぞ」
 だらだらと過ごしていた嘉雅土が、観賞用の椅子を持ってきた。ついでに、自作のわらび餅も携え、冷やした緑茶と、あったかい紅茶を持ち出している。もっとも、浴衣姿のまま、1人でこなすのはとても大変なので、お手伝いがいた。ティグレスである。どうやら呼び出された模様。しかも嘉雅土ン家のお婆ちゃんの手ほどきで、ティグまで浴衣を着せられていた。
「ところで、怪我は大丈夫なのか?」
「もうとっくに治ってる」
 何しろ数ヶ月前である。ミュレイが「怪我ですか?もう、気をつけてくださいね?」とわきわきしているが、ティグ曰く「こっちの作業じゃないから、心配するな」と断っていた。
「あの時は悪かったな。お詫びに聖那をこれでもってくらい飾ってやるから、水に流せ」
 ちょうど聖那が着替え終わって出て着たところだ。ちょっと前に、ロッタの陰謀で巫女服着せられていたから、着れない事は無いのだろう。
「花が足りないな。ちょっと待ってろ」
 が、髪に物足りなさを感じた嘉雅土、荷物の中からがさごそとコサージュと香水を取り出す。鈴蘭のマークがプリントされた小瓶から、ふわりと香だけを引き出し、正面からもかすかに見えるように結い上げる。
「後は、短冊だな」
 聖那の願いは決まっているようだ。ちょっとイタズラっぽい笑みを浮かべた嘉雅土は、短冊に『世界征服』と太い文字で書いている。正直、このご時世だと考える奴もいるが、実行に移すのはとても暇そうだと思う彼。裏には『傷付く人が減りますように』と書き記されていた。
『手の届く範囲で良いから、平和を』
 ユーリの願いはささやかだが、それは傭兵達誰しもが思うもの。それを示すように、ぱぱぱぁっと噴出す花火。弟妹達のカンパネラ学園に入りたい願いに答えるべく添えられた星の数は、だいたい500と書いてあった。
「それにしても、誰が上げてるんだろうね」
 ただし、企画者の名前は無い。例え、本人が協力者に礼を言いながら、短冊を吊るしに行っていたとしても。