●リプレイ本文
試作バイクは、大型の形をしていた。シルバーを貴重としたその姿に、橘川 海(
gb4179)は目を輝かせる。
「これがお師さんのバイク‥‥。テクニックいっぱい身につけます」
見かけはごくごく普通のバイクだ。メーター表示の脇に、センサーライトが装備されている。
「扱い方はごくまっとうなレーレプだ。AUKVみたいに運転補助はついてないから、ある程度練習はいる。エンジンガードはつけておいたんで、コケても心配はないけどな」
持ってきた准将がそう言った。見れば、車体の下の方に、教習所でよく目にする銀色のバーみたいなパイプがうねうねと付いている。
「邪魔じゃありません?」
「これくらいは、何とかなるだろう。中身はすっかすかなんで、むしろ軽いくらいだぜ」
海とジジィがあーだこーだと使い方レクチャーをしているのを、ミクが興味深そうに覗き込んでいる。その姿を見て、小さなレースチームの工房を思い出す月城 紗夜(
gb6417)。
(バイクはいい、ロマンだ‥‥我はバイク普及の為尽力する。国内ライセンスしか持ってない―――国際欲しい)
最後は取っていないレーサーライセンスの要望になってしまったが、月城の年齢では、いかんともしがたい気がする。
「どうしたぉ?」
「ちょっと物思いに浸っていただけだ。国際ライセンスどうしようかとかだな」
ミクに聞かれて、そう答える月城。「UPCに言えば何とか試験は出来そうな気がするけど‥‥」と、本部頼みな彼女に、彼女は苦笑する。さすがに世界的なライセンスとかになると、簡単には取得出来ないのだ。
「私物の盾と銃も持ち込んでおきますか。先に耐久チェックやりましょう」
アクセル・ランパード(
gc0052)は、自身の武装を持ち込んだ模様。火力以上に、速度と安定性、それに耐久度は身を護る術に直結するので、防御を固めておきたいようだ。
必要なものを揃える間、生徒達は着る衣装の選定に入る。念の為、ミクと聖那との通信回線をONにして、そのまま会議に入る。集まった面々を考えると、いわゆるツッコミと言ったところだろう。
「そうだなぁ‥‥ジャケットと、それに合わせたブーツやグローブとか良いんじゃないかな」
『いやそれ、普通の服でもそうだぉ』
嵐 一人(
gb1968)がサンプルとして転がっていたバイク雑誌をめくりながらそう言った。ミクも、どこからか引っ張り出してきたファッション関係のサイトを転がしながらそう答えている。
「俺が考えたのはこんな感じなんだが‥‥」
一人が差し出したのは、バイク雑誌に乗っていた切抜きを加工したものだ。無地のジャケットにワンポイント、ぱっと見は少しパンクでやんちゃな上着と言った風に見える。
「バイクとセットじゃなくてもサマになる、カジュアルさを強く出していけば女性受けも良いんじゃ? あと個人エンブレムは入れられるようにすると良いな」
胸の辺りに誇らしげに輝くエンブレムは、おされポイントかもしれない。しかし、男性が着るにはカジュアルだが、女性が着るには少し辛い。
『それが‥‥、いくらカジュアルでも、バイク用を普段着に着るのは女の子的には、あまり歓迎されていないようです』
聖那さん曰く、ファッション向けと乗用では根本的に『違う』らしい。何がどう違うのか、いくら外見が女の子と間違えられる一人も、中身はしっかり男の子なので、よくわからない。
「それよりは安全性を重視しないと。コストも下げなきゃいけないし‥‥」
「なるほど。月城さんのおっしゃってるのはセパレートタイプですねっ。インナーでお洒落できますから賛成です」
月城が別の案を出してきた。上下で別れたそれは、いわゆる普通のライジャケだ。
「中をビニールにして、ファスナーを閉める事で防風性を高め体温を保てると尚いいんだけど‥‥。保管状況を考えると、多少高くても春夏秋冬使えるものがいいんじゃないかしら」
しかし、思考回路は男性よりのようだ。そこへミクが首を横に振る。
『最近の女子はプチプラ好きみたいだぉ‥‥。人によっては、毎日違うお洋服じゃないと納得行かない子居るし』
カンパネラは制服のある学校だが、仲には毎日違うお洋服で登校している者もいる。高級一点ものは敬遠される傾向にあるようだ。
「体の線が出るスーツは女性は嫌がるでしょうから、オーバー系を提案したいかな」
「あのそれ‥‥。身体のラインが見えるから嫌なんじゃなくて…。その、足が長く、スリムにみえるシルエットにしてほしいかなっ?」
アクセルの提案に、海が遠慮がちにそう言った。今のところ、体をすらりと見せるかと言うと、微妙なラインだ。
「じゃあブーツから考えましょうか。こっちは、さほど数はなくても良いと思うのだけど‥‥」
月城がそう言った、革製の刺繍が施されたウェスタンブーツは、ミクの持つおされ服通販サイトにも『マストアイテム』として紹介されている。縁起物、と言うと敬遠されそうだが、それはそれこれはこれだ。
『先にヘルメットを考えたほうが良いかもしれませんね』
どうも話がまとまらない様子なので、聖那がそう言った。と、月城は一人が持っていたバイク雑誌をめくり、ヘルメットの紹介ページを開く。
「ジェットは顔全体を守れないし、ここはフルフェイスが良いと思うわよ。バイク形態で転んだら悲惨だし」
「そうですね。だったら競艇のヘルメットが参考になるんじゃないでしょうか」
アクセルがサンプルとして、競艇選手の紹介ページを引っ張り出す。分かりやすいようにヘルメットと上着の形が表示されていた。
「色々ありそうですけど‥‥」
「あれは、販売段階では真っ白です。選手に合わせて一品物の塗装・絵柄が施されるんですよ。こうすれば、自分だけのお洒落を楽しみつつ、安全が確保できるのではないかと」
問題は、多少コストが上がる事だろう。女子はデコると言う手段を心得ているものだが、それでもある程度下地を揃えておかないと、材料費がかかる。
「でも、他の方のを見るだけで新しい物が欲しくなりますし、物は消耗品ですから、リピーターを確保できると思いますよ」
ミクはその辺がよく出来ない子のようだが、世間にはイージーオーダーと言う手もあるから、後回しで良いだろう。
『そもそも、女子が頭に何かをかぶると言う事に抵抗がある気がしてきたぉ』
「難しいなぁ。とりあえず決まったものを誰か着て見ないかな」
ミクのツインテールを見る限り、ヘルメットは入らない気もしてきた一人が、そう言って若い女性の一人である海を見る。
「うー、一人じゃ恥ずかしいし、お願いっ」
その海、モニターの向こうのミクにそのまま顔を向けた。カンパネラの生徒といえど傭兵。どうやらその辺りの『ピエロ』になるのは、ちょっと恥ずかしいようだった。
海の振るう棍棒‥‥アイムールが、しゅっと風邪を切る。朝の誰もいない板張りの道場にも似た周囲の空気を肌で感じつつ、海の表情が深刻なものになる。張り詰めた空気を切り裂くように、棍を振り下ろす。そして振り払う。身につけたアオザイが、海の動きにあわせてひらりと舞う。踏み出して、突く。親と静まり返った白い空間に、海の足跡だけがぺたぺたとついていく。次第に、衣擦れの音すらやんで行く。
「わぁ。可愛いの着てるー」
「え、わぁぁっ。そんなガン見しなくてもーーー」
いつの間にか、ミクがいた。柔軟運動がわりに、演舞の動きを確かめていた海は、恥ずかしそうに頬を耳まで赤くしていた。
「気にしなくてもいいぉ。そろそろ始めるみたいだぉ」
時計を見ると、そろそろカメラが設置し終わったころだ。どうやらミクは、呼び出しに来たらしい。
「それじゃ、手順はこの通りに行きましょうか」
アクセルが、絵コンテを皆に配っている。全マシンの紹介から始めるようだ。エンジンがかけられ、4人はそれぞれの担当に跨る。映像はアクセルが通信機を使って、ミクにやらせていた。
「まずは全AUKVを出して‥‥と、紹介順に走行させるのを忘れないで。ミク、数値テロップは大丈夫?」
見ればミクも、その左手に音叉のマークが浮かんでおり、凄いスピードでキーボードを叩いている。サイエンティストではないのだが、かちゃかちゃとキーボードを操作すると、画面の隅っこに、アクセルが指示した騒音の数値が出てきた。
「人数足りないけど、合成しなくてもよかったのかしら」
「あんまり多くてもよくないと思うしね。じゃあ任せた」
アクセルがそう答えている。CG合成をと安易に考えていた月城だったが、それよりも実際の走行シーンを見せた方が良さそうだ。モニターが切り替わり、まずリンドが映し出される。
「リンドいくよ」
アクセルが合図をしてきたのを受けて、月城はぐいんっとコーナーを曲がった。スロットルを操作し、ウィリーを試みる。バランスの難しい技だが、何とか少しだけタイヤを浮かす事が出来た。着地の際、ずざざざざっと足元から白い雪煙が上がる。そこへ、ミクが試作機に乗って、がりがりと走ってくる。さすがに慣れていないらしく、そのままつっきってくるのを、リンドで避ける月城。そこでカメラのカットが入る。
「やっぱりこの子は汎用性としてはバランス良いわよね。次はこの子かしら」
そう言って、月城はミカエルを発進させた。ストレートコースを走り出し、スロットルを全開で空ける。ぐぃんっとメーターが跳ね上がり、耳元の風がその音と強さを増す。ライセンス所持は伊達じゃない。
「そろそろダート行きますよー!」
海が地図を表示する。氷の粒がでこぼこと隆起する細い道。だが、バハムートの開発に携わった一人である海は、そのでこぼこ路面を踏みしめられるだけの能力を、バハムートが持ち合わせている事をしっかりと理解していた。ミクが試作機のスイッチを入れ、ミサイルを発射する。
「中身はただの粉だって言ってた‥‥ならっ」
師曰く、発射スピードの遅いロケット花火のようなものらしい。円筒形の金属の塊に見えるそれに、海は変形して竜の鱗と瞳を発動させた。そこへ、ミサイルと言う名のオモチャが突っ込んでくる。目前に迫るその塊を、彼女は気合いと共に棍で振り払った。きぃんと金属の音がして、叩き落とされる。刹那、粉が周囲に飛び散った。ペイント弾の技術を応用したものらしいそれが、周囲に色を撒き散らす中、510mmのロングバレルを誇る青い銃身の拳銃、瑠璃瓶を叩き込む。
「OK。一人、曲よろしくー」
竜の爪の力が上乗せされた一撃はとても派手に炸裂していた。その画像に満足げにそう言ったアクセルは、続けて一人にPVで使う曲の演奏を依頼する。
「これ着たままやりたいんだけどなぁ」
一人、パイドロスのアーマーを着たままのギター演奏を提案していた。が、構成と撮影のアクセルは、それに首を横に振る。
「スキルは良いけど、ギターが傷むし、顔が出ないだろう?」
楽器と言うものが、以外と繊細な機械である事を知っている一人、言われて自身の愛機が傷むのを嫌がった一人は、そのままギターを構える事にする。
「そうか。曲はこっちで考えていいのか?」
「ああ、疾走感を出してくれれば。できればユーロビートでアップテンポの奴を頼むぞ」
PVに合わせたい曲の意見は一致しているようだ。アレンジも必要なさそうなので、一人は早速用意した自作の曲を奏で始めた。
「おう。んじゃあいくぜ!」
タイトルには『Ride On』と書かれていた。32ビートくらいあるアップテンポなロックナンバーだ。
ミラーの中で俯いた 昨日までの自分振りほどき
夜を裂いて走り出す Let`s get on the way
熱く今ハートが叫ぶ
誰も止められない鼓動
風よ舞い謳え 闇を吹き散らせ
明日の「今日」(いま)追いつく Ride on
未来の「現在」(いま)追い抜く Ride on‥‥!
一人曰く、疾走感を出しただかったらしい。それが繰り返し流される中、今度はパイドロスを借り、アイムールを振り回していた。
「よし、次は接近戦だ」
構成は最後の格闘戦に移っていた。
(バハムートより、軽いっ!)
海が、パイドロスを着たまま、棍を振るう。
舞花棍、撩棍、点棍。棍が地を打つ。
背棍、雲棍、撥棍。棍が風を切る。
「パイドロスの排気に反応しないようにしないとっ」
試作機の調整を済ませた月城が、試作機を使い、スロットルを握る。うぃんと力強く加速がかかり、前輪が浮き上がる。転ばないように注意しながら、手元のボタンをぽちっと押した。ミサイルが発射され、試作機が大きくのけぞる。何とか足はついたが、負担は大きかった。
「こっちの方が見栄えがすると思うがなっ」
そこへ、数とが試作機の音感センサーに引っかかったアクセルの機体の反対側から、パイドロスを発進させる。バイク形態で建物の影から急接近すると、足元に転がっていた台を利用して、高々とジャンプする。装着変形をさせたまま着地した一人に、アクセルがスピードを緩めるなと指示。
「そのまま合流して! 速度落とさないで!」
その後には直線のラインが広がっている。他のAUKVに跨った面々が次々と合流する中、一人は「連撃いくぞっ」と、装輪走行で後退、距離を取ったところで竜の翼で急接近、袈裟懸けに一閃する。覚醒時の効果で、纏っていた光が翼のように広がり、周囲へ舞い飛んだ。
刹那、試作機の突っ込んだ先に、雪原の演出用パウダーが広がる。その粉を背景に、4台のAUKVが白く照らされるのだった。
で。
「結局、試作機に乗る機会がなかったねぇ」
「PV撮りとは別になら、可能でしょう。試作機に対する意見も出るでしょうし」
月城が、残念そうに言ったのに、そう答えるアクセル。一応一通りのシーンを撮り終わり、残った試作機は高速艇に積み込むまでは、護衛と言う名目で好きにして良いようだ。
「はいはいはーい。棍の攻撃は一陣の風、といいます。パイドロスの音と比べてどうでしたかっ?」
「少し小さいみたいだぉ。もう少し大きい音じゃないと、使えないみたいだぉ」
ミクが、出来上がった映像をチェックしながら、海にそう答えている。だが、出来るだけ近い音を再現してくれるそうだ。
「しくしく、頑張ったのに」
「まぁまぁ。何事も経験ですよ」
肩を落とす海を、そう言って慰めるアクセルだった。