●リプレイ本文
命を受けた傭兵達は、言われた通り、海岸にある捕鯨基地跡へと足を踏み入れていた。周囲は雪と氷に閉ざされた街道。その中にぽつんと建てられた港は、雪空とあいまって、どこか退廃的な雰囲気をかもし出している。それでも傭兵達は、A〜D班に分かれ、それぞれ街の中を探索しにかかっていた。
「では、頼りにしている。シロウさん」
覚醒したイシュケ=ナイトメア(
gb9499)は、今までののんびりとした口調が消え、KVの操縦が格段に向上していた。
「好きなように動いてくださいよ。私は全力でそれを支えてみせますから」
ペアを組んだ鈴葉・シロウ(
ga4772)が、熊と化した顔でそう答える。普段、何もない場所で転んでも、ニコニコして感情の読み取れない彼女だが、通信モニターから見える姿は、どうみても戦場を駆ける妖精だ。
(覚醒後に口調が変わる人の典型ですね。それはそれで大変けっこうですが)
特に眼鏡っ娘なあたりが。こっちは逆に表情が分かり辛くなる白熊さんだが、うきうき気分は変わらない。
「気をつけてください。ここからが街のようですから」
それでも、彼は先に進んでいた。両隣の区画には、B班とD班がある。ヘルヘブンのデータを確実に取る為にも、彼は盾として前に出ていた。
「どうやら、おいでなすったようだな」
その後ろで、地殻変化計測器を作動していたイシュケがそう報告してきた。見れば、針が小刻みに揺れている。
「だが、しかしてやることをやり抜くだけか。不測の事態は、何とかするしかないのだが、な」
そう口にした刹那、道路に敷かれたアスファルトがめきょめきょめきょっと盛り上がり、古代の首長竜は釜首をもたげるがごとく、サンドワームがその姿を現す。
「こんなサービス、滅多にないんですからねっ」
総重量440の贅沢武装、とはシロウの弁だが、その殆どは弾幕を張るようには出来ていない。400発の弾丸が、砂蟲と言う名の平気へ襲い掛かった。
だが。
「く‥‥早いっ!?」
すんでの所で避けられる。装甲がはがれたところを見ると、当たってはいるようだが、ドローム社の測定値で700オーバーをたたき出した兵装の全てと言うわけには行かなかった。
「前とは違うようだな!」
その援護射撃を受けて、イシュケがヘルヘブンのスピードを上げた。手には推奨装備である機槍ユスティティアが握られている。
「だが、速さならこっちも負けてられない!」
イシュケがレーザーカノンをお見舞いした。だがそれも避けられてしまい、装甲を薄く引っぺがすに留まっている。
「ここで使ったら、町に大迷惑が‥‥!」
副兵装を使うことを一瞬躊躇うシロウ。周囲は工場だが、まだ人がいるかどうかは、確認していない。
「援護を頼む」
それでも、無線機からはイシュケの銃弾を求める要請が聞こえてきて、シロウはぐっと操縦桿を握り締めた。そして、躊躇わずそのスイッチを押す。白煙が上がり、放たれたミサイルが、サンドワームめがけて突っ込んで行く。
「叩く!! そして打ち砕くぞスレイプニルっ!!」
イシュケのヘルヘブンが、4脚から2脚へと変化する。うねうねと動き回る巨大なミミズは、的としては申し分ない。高速2輪モードとなったヘルヘブンは、そのままサンドワームへとその槍先を突き立てる。スピードの上がったイシュケの攻撃を避けきれず、サンドワームの装甲が貫かれていた。たまらず、地中に潜って行くサンドワーム。
「さすがに地中までは無理か‥‥」
遠ざかって行くサンドワームの様子を、測定器から察したイシュケの横で、シロウが他の班に「こちらC班。どうやら奴は街中を巡回しているようです」と報告しているのだった。
「どうだ?」
「この近くには来ているようだが、C班のサンドは、寄生リッジを連れていなかったらしい」
紅月 風斗(
gb9076)の報告に、昼飯がわりに配布したレーションをあわただしく胃に放り込みながら、そう答えている相棒はロジャー・藤原(
ga8212)だった。今頃は、水理 和奏(
ga1500)もシチューを美味しそうに食べている頃かもしれない。
「来たようだ」
「飯くらいゆっくり食わせろっての」
モニターに、地殻変化計測器を設置した直後、地面がずごごごごと揺れ動く。ガトリングガンを、その地面へと叩きつけると、衝撃に駆けつけてきたのは、無数とも呼べるキメラ達だった。
「キメラが邪魔だな‥‥」
ストライクシールドで取り付こうとする蜂達を防御する紅月。射程に入るや否や、彼のガトリングナックルが煙を吹くが、キメラの数は予想以上に多かったらしく、メインの槍を突き立てるまでに行かない固体が多い。
「近づかれる前にふっ飛ばす!」
しかし、距離を取れば取ったで、戦法はある。紅月が弾き飛ばしている格好となった蜂の群めがけて、ロジャーがグレネードを放った。赤い閃光が走り、蜂達がまとめて吹っ飛ばされる。だがその肉片が、ヘルヘブンの風防をべちゃりと塞ぐ。
「しまった! どこいった!?」
慌ててそぎ落とせば、先ほどまで反応があったはずのサンドワームは姿を消していた。影も形も見えないが、紅月はC班達の報告から、移動しているらしい事はわかっていた。他の班に情報を転送しつつ、進行方向と思しきルートへと走り出す。その先に、寄生されたリッジウェイ。
「コンテナつきが現れた。追いかけるぞ!」
「いや、この場合回り込んだ方がいい!」
追いついたロジャーがそう言って追い越して行った。さすがに地上の加速力は、紅月のシュテルンより早い。追い越したロジャーは、仲間に警戒を発しながら、出現予想地点から距離を取った。ちょうど紅月との中間地点に、サンドワームが姿を現す。しかし、そんな彼らを守るかのように、キメラもわらわらと吐き出されてきた。
「キメラを呼び出してきたな‥‥」
「数が多いようだから援護させてもらう、負傷者は出したくないからな」
紅月がそのキメラ達の相手をしている。彼がキメラを串刺しにしている間に、ロジャーは手元の機動スイッチに手をかけた。
「シールド点火! ライディングモード・アクセラレーション!」
ヘルヘブンの4輪タイヤが、2輪へと姿を変える。スピードの出せる姿となった彼は、俺の手番だと言わんばかりに、サンドワームへと向う。振りぬきざま、その手にしたアイギスがブーストした。ずざざざざっと地面を削る音を鳴らし、機体が斜めに倒れながら、鋭角にUターンする。倒れそうな体制を建て直した直後、ロジャーはヘルヘブンのもう1つの能力を発動させる。
「チャージ発動! さあ、お前の中の『山猫』の血を見せてやれ!」
キャバリーチャージ。狙うはサンドワームのどてっぱら。ブースターが火を吹き、その手にした金曜日の悪夢と言う名のKV用チェーンソーが、うなりを上げる。
「まさに、氷上の悪夢‥‥か」
がっきんと金属を切断する音が響いた。見れば、接続するアームの部分が真っ二つにたたっ切られている。たまらず、地面へと引っ込むサンドワーム。残されたリッジウェイは、何とか無事なようだった。
その頃、A班の小笠原 恋(
gb4844)と水理は、お互いの背中を庇いあうような格好で、街の探索を行っていた。B班とは常に無線の届く距離な為、先ほどのからの戦闘音がひっきりなしに入ってくる。
「やはり、あちこちをうろうろしているようですね。無線の届く範囲にいてよかったです」
「けっこう道が狭いから、離れすぎないようにしないと‥‥」
そう言った恋の乗るヘルヘブンは、通常でも他のKVが歩くよりは遥かに速い速度で走れる。その為、足並みが揃わない時には、二輪モードになろうと心に決めていた恋の方が、速度を合わせる格好になる。
「街の中心部までどれくらいでしょうか‥‥」
「距離があるみたいだよ」
その恋が手にしている測定器は、研究所の強化では3の数値を出したものだ。他により範囲の広いものを持ってきているが、こうも反応が多いと、あまり役には立っていない。
「こっちにも来たようです。うわっ! 凄い加速力です」
それでも、計測器に反応があった場所へと急行する恋。今までのKV陸戦とは違った重力感に、思わずハンドルへしがみついてしまった。
「恋さん、しっかり捕まってて!」
そう答えた水理が、もこもこと雪煙を上げる恋にそう叫んでいる。直後、氷の塊を弾き飛ばしながら姿を見せるサンドワーム。その後ろには、コンテナがくっついていた。
「なんとしてもこいつを仕留めないと‥‥」
水理より先にたどり着いた恋は、前衛に立つべく腰を落とし、頭上の射線を開ける。しかし、ばしゅばしゅと放たれた高初速滑空砲は、むなしく地面に打ち込まれるのみだ。
「早いっ!?」
「援護できる足場さえあれば‥‥。く、こっちにもキメラ?」
水理、レーザーさえ撃てれば、負ける気はしないのだが、サンドワームの攻撃は以外と邪魔をするように、ぬうっと頭上に現れる影。グレネードランチャーを向ける水理。だがその影は、こちら側に取り付くのではなく、レーザーらしき砲を撃って来た。
「いえ、アレはゴーレムです!」
「そ、そう言えばいるって忘れてた!!」
依頼文にはこうあった。サンドワームの他にゴーレムの姿が確認されていると。グレネードランチャーも効果はなさそうで、一掃するには及ばない。
「これならどうですか! ガトリングナックル!」
恋が加速してガトリングナックルをお見舞いする。以前頭を落としたままでは、足元に一撃を食らわすのが精一杯だが、盾にはなれるようだ。
「和奏さん、もう機体が持ちそうにありません。急いでください!」
それでも、げしげしと攻撃は続く。あちこちの装甲が剥がれ落ちる中、水理のSESエンハンサーが力を増して行く。
「僕のリカで増幅された威力、ただのレーザーと思わない方がいいよっ!」
ばしゅううっと青白い光が伸びた。それは、遅いかかるゴーレムの腕を貫き、サンドワームにも届く。そう、ちょうど継ぎ目のあたりを。
「コンテナは確保したけど、サンドには逃げられた‥‥。相手も、危機管理能力を備えていると言う事ですか」
逃げて行くサンドワーム。大破したゴーレムを、その特殊能力で飲み込み、地中深くへと潜って言った。
「追いかける?」
「先に他の班に連絡しておきましょう。追いかけるのは、それからでも遅くありませんし」
水理の問いに、首を横に振る恋。なにしろ、機動力では負けていないのだから。
こうして、ヘルヘブンと他の機体が、コンテナを確保しつつも、サンドワームを追い詰めきれずにいた頃、D班の佐渡川 歩(
gb4026)と奏歌 アルブレヒト(
gb9003)も、やはりその近くで、ワームを探していた。なるべく死角を作らないよう地殻変化計測器を設置して。
「いました。他はいません」
もし、そのサンドワームの他、多数のキメラやゴーレムがいたのなら、他の班を呼ぶ必要があっただろう。だが佐渡川が見つけたのは、コンテナをくくりつけたサンドワームのみだ。
「‥‥戦いにくい場所です‥‥誤射や奇襲に‥‥注意しないと」
ただし、見つかった場所は、街の中心部。2輪モードのヘルヘブンでも、一台やっと通れるかどうかと言う場所。しかしそこへ、再びキメラが現れた。しかも、その射線を通させないようにするように、だ。
「このままじゃ、通らない‥‥。佐渡川、後で直すのは手伝って‥‥」
と、奏歌は周囲を気にしつつ、工場の壁にアームをかけた。そしてあまり強度のないその建物に、思いっきり力を入れる。壁がめきょっと粉砕された。
「奪回に支障が出るなら、仕方ありませんね」
街の被害が少なくなるよう気をつけたい佐渡川だったが、多少の被害は目を瞑るつもりのようだ。「‥‥射線を確保‥‥援護射撃開始します」
そして、風通しのよくなったその倉庫2階から、レーザーバルカンが降り注いだ。そんな青白いロビン色の雨の中を、2輪モードになった佐渡川が、多連装機関砲を手に距離を詰める。奏歌は足が遅れそうだからと、マイクロブースターを起動させた。目標のサンドワームが胸と頭の感応機を通して動いたのが分かる。
「ふっふっふ。そんな重いものを付けてたら避けれないでしょう。データを取らせて貰いますよ!」
そこへ、佐渡川が調子にのってキャバリーチャージを稼動させた。眼鏡がきらんと輝き、その一撃がサンドワームにごつんと加えられる。コンテナの連結部分を狙った一撃に、奏歌も動く。
「畳み、かける‥‥!」
彼女はレーザー砲を同時に撃ち込んでいた。だが直後、サンドの口がかぱりと開き、佐渡川向って触手を伸ばす。慌てて後退する佐渡川。運のよさが幸いして、何とか武器は奪われずに済んだが、情けない声を上げて逃げ回るは目になってしまった。
「囲い込みますよ‥‥」
「わかってます。回り込みます!」
すぐに立て直した佐渡川が、再び高速2輪モードになった。が、サンドワームはその間に、地中深く潜ってしまう。
「こちらが欲しいのはコンテナだけです。置いて逃げるなら、深追いはしない方がいいでしょう」
佐渡川は、彼らを追い詰めるより、残されたコンテナの回収を優先して、それをヘルヘブンの荷台に乗せるのだった。
問題は、まだあった。
「うーん‥‥。1度奪われたサンプルがこんな割と簡単に奪還できるのっておかしい気もする‥‥。考えすぎだったらいいのだけど」
もしかしたら、本当の狙いは機体かヘルヘブンそのものなのかもしれない。水理の脳裏にそうよぎった刹那だった。計測器を片付けようとしていた恋がはっと気付いた様に叫んだ。
「水理さん! 真下から来ます!」
警告に、傭兵達が飛びのく。その床が鳴動し、地面を跳ね上げて3体のゴーレムが現れていた。
「ゴーレムですか‥‥。強化して正解でしたねっ」
シロウが真っ先に飛び掛る。コンテナを抱え込み、ロックをかけた状態で、その爪を振るった。だが、ゴーレムの背中には薄い羽根のようなバランサーがついており、その一撃をするりとかわす。
「やっぱりいました、女王バチです!」
倒せば蜂の動きも鈍るだろう。そうアドバイスする恋に、避けられたシロウは熊とは思えないしなやかな動きで、双剣をクロスさせる。レンジの増えたシロウのKVは、ゴーレムの攻撃も中々当たらない。
「不測の事態に備えて、わかな粒子砲は残してあるんだ!」
そうして一匹がかかりきりになっている間に、SESエンハンサーが火を吹いた。ばしゅうっと光の本流がゴーレムの1体を包む。
「壊れてはいないですね。けっこう頑丈なものだったようです」
その光が収まった時、敵は消えていた。倒したのかそうでないのかは判明していないが、抱え込んでいたシロウは安堵したように報告してくれるのだった。