●リプレイ本文
まだ、工事用の資材が乱雑に置かれている中、生徒と聴講生達は、それぞれの荷物を持って、地下に足を踏み入れていた。
「わー、結構広いんだねー」
設営の終わっていない闘技場は、結構広い。わんわんと反響する空間を楽しみながら、水理 和奏(
ga1500)はそう言った。
「KV用の闘技場ですからねぇ。広くて当然です」
同行しているクラーク・エアハルト(
ga4961)が、頷いている。 闘技場は結構な大きさを誇るエリアだ。反響しているのか、あまり人がいないにも関わらず、わいわいがやがやとしていた。
「うーん。これだけ広いと、チャリティって言っても、何して良いかわかんなくなっちゃう」
和奏、頑張ろうと思ったらしく、拳がぎゅっと握られてる。
「和奏さんは和奏さんらしく手伝ってくれれば良いですよ。仮装は持ってきましたか?」
「うん。ばっちりだよ」
その和奏につきあうクラークは、最近奥さんに構いっきりで、妹の面倒が見れなかったので、息抜きを兼ねて、参加しに来たとの事。
「あ、和ちゃーん。こっちだぉ」
そんな和奏に、カウンターの向こう側で手を振るミク。彼女自身はドラグーンではないのだが、どういうわけか制服姿にライトアーマーみたいな鉄板を貼り付けている。
「おはようミクちゃん。えーと、もしかして受付さん?」
「そだぉ。食品以外のバザー品は、こっちで委託を受け付けてるんだぉ」
笑顔で頷く彼女のカウンターには、受け付け用紙と、持ち込まれた品が山積みされていた。それは、管理部の面々によって値札がつけられていた。
「んと、僕達は直接売り子さんするんだけど‥‥、そう言う人はどうするの?」
「確か、手続きがいるんだぉ。聖那さーん、どうしよう?」
直接参加はまた別枠らしい。ミクがインカムに話しかけると、ちょっと離れた所から「はいはい。ただいま参りますわぁ」と、聞き覚えのある声がした。見れば、腕章をつけた会長さんが、自ら御案内中。
「こ、こんにちは。きょ、今日はえと、誰かの為になる事って大好きで、お金稼ぎとかは得意じゃないけれど…」
どぎまぎした様子で、口ごもる和奏。と、聖那さんはにっこりと笑顔で、その頭をくしゃりと撫でる。
「こんにちは。ふふ、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。お茶会みたいなものですし」
「へー」
見れば、確かに親子連れもちらほらいたり、生徒が談笑しながら通り過ぎていた。そんな彼女に導かれ、直接参加の受付コーナーへと案内される2人。
「ずいぶんたくさん持ってきたようだけど、何を持ってきたの?」
「うん、本当なら、お菓子とか習って持ってきたかったんだけど、1人だと上手く出来なかったから、昔着てた服‥‥」
聖那に問われ、和奏はそう言って、少し寂しそうな顔をする。そんな彼女を慰めるように、聖那さんこう告げた。
「そう。でも料理は別に女性ばかりの特権じゃないわ。ティグレスなんか、あの格好でパイとか焼いてるみたいですし」
あの仏頂面で、デコレーションとかしているのだろうか。目を丸くしている和奏に、彼女はイタズラっぽく笑う。
「ふふ、ここに持ってくるのは恥ずかしいらしくて、こっそりですけれど」
「そっか。じゃあ落ち込むことなんてないんだね。よし、まずは気分転換にちょっとシャワー浴びてくる! 行こう、クラークさん」
気持ちを切り替えた和奏、着替えの入ったバッグを手に、併設されたシャワールームと言う名の湯屋へ向うのだった。
「いってらっしゃーい。でも男女は別ですよ〜」
1人手持ち無沙汰になるのもなんなので、クラークもまた、それを見送ると、自分もひとっ風呂あ美に行くのだった。
そこで待ち受けていたのは、ある意味想定されたトラブルかも知れなかった。
「で、なんでミクまでお風呂に入ってるぉ?」
「き、気分転換だよ。もう脱いじゃってるんだから、気にしないー」
怪訝そうに首をかしげているミクに、和奏はそう答えている。脱衣どころか、既に洗い場に来ちゃっていたりするので、「しょうがないなぁ。和ちゃんだけ特別なんだぉー」とか言いながら、わしわしと髪を洗ったりしていた。
「ふふふ、真っ先にお風呂に来て正解ですわ。可愛い子を2人も発見してしまうなんて、私は運が良いですわ♪」
そんなつるぺた2人を、でれーんと鼻の下を伸ばしながら、ガン見している少女がいた。水森 藍華(
gb8827)である。その視線に、きょろきょろと周囲を見回すミク。
「何か見られている気が」
「え、ここ女湯だよ? まさか、覗き魔?」
和奏も慌てて周囲を確認するが、洗い場に窓はない。と、そこへ何故かやっぱり風呂に入れられていた聖那さんが、視線の先にいた藍華を指し示す。
「さっきからそこでこちらをガン見しているお嬢さんが犯人じゃないかしら」
「はっ。なぜバレた!?」
いや、さっきから食い入るよーに見つめてるからですよ。と、聖那は思ったが黙って手招きしていた。
「そんな所で壁に隠れてないで、こっちいらっしゃいな。女の子どうし、仲よくしましょう?」
「はいっ、喜んでっ!」
ばしゃばしゃと湯船の隣に紛れ込む藍華さん。こうしていると、ただの仲良しな女の子達である。
「えへへ、ねえミクちゃん、会長さん大きいね…!」
「貧乳も良いけど、巨乳もなかなか」
もっとも、和奏も藍華も百合ッ気のある体質らしく、話題は自然と胸のお話に。ミクがぷっと頬を膨らませて、「ミクだってそのうち大きくなるモン」とか言っていたが、貧乳好きらしい藍華は「ならなくても良いですわ」と首を横に振る。
「あー、藍華ちゃんまた見てるー。ぺったんこな僕はともかく、会長さんまで覗いたらお仕置きだぞー」
「きゃー、にっげろー♪」
ばしゃばしゃ、きゃっきゃ。少女達のはしゃぐ声が、女湯に響いていた。
「‥‥これは、寺田の嫌がらせッスかね」
「‥‥バグアの仕業ですよ。きっと!!!」
なお、壁越しにもばっちり聞こえてしまい、男子が滝涙を流していたのを、追記しておく。
再び闘技場。わいわいがやがやは相変わらずの中、設営は進んでいた。
「よーし、これでいいかなっ」
「たくさん来ると良いねェ」
管理部がそんな事言いながら、設営を済ませている。だいぶ終わったその光景を見回して、後発の周太郎(
gb5584)は、首をかしげていた。
「…これ本当に耐久試験になる…のか?」
もっとも、食べ歩きと言うのは楽しいもので、「いらっしゃいませー」と歓迎の言葉を投げかけられながら、その手にはお菓子の小袋がいくつもぶら下がっていた。
「結構人がいるなぁ。まぁ、バザーだし、食いながら考えるのも一興‥‥か」
その菓子をツマミながら歩いていると、前の方から知った顔の女性がとててっと駆け寄ってきた。
「ようやく見つけましたよ。周太郎さん。トリックオアトリート♪」
フィルト=リンク(
gb5706)である。挨拶がわりに言われ、周太郎は持っていた菓子を差し出す。
「ハッピーハロウィン。めずらしいですね。フィルトが学校なんて」
「ハロウィンだからね。たまには良いかしらって。やっぱり来てくれたんだ」
普段は、依頼を理由に学園へ来るのは遠慮しているフィルト。やはり、年齢的に制服を着るのが気恥ずかしい模様。
「気が向いたし。それに、穣治さんに、店の手伝い頼まれちゃって」
「でも、この人だかりだと、ちょっとわからないですね」
知り合いを探しているのだが、まるでどこかの屋台村のような人だかりに、2人とも首をかしげている。
「うーん、さっきから探してはいるんだけど‥‥」
「イベント広場かしら。ちょっと行って見ましょうか」
相手は子持ちのお父さんなので、その子供が多く遊んでいるイベント広場へと行ってみる事にした。屋台も多いので、食べ歩きにはぴったりだ。
「さーあ、誤用とお急ぎでない方は寄って行ってねーん」
で、そのイベント広場では、どういうわけか下着姿でギターの機材一式をご用意しているゼンラー(
gb8572)さんの姿が。
「あれは、一体‥‥?」
「どうも大道芸のようですけど、ギター一式持ってるので、違うかもしれませんね」
何しろ、普通のエレキギター一式にアンプスピーカー。それにアコースティックギターとマイク。そこまでならば、ただの演奏なんだろうが、横っちょに見慣れない機材が2つ、鎮座していた。と、ゼンラーさんは、その1つを指し示し、観客の皆様に紹介していた。
「こちらにおわすはループマシンという不思議機材。安らぐ音色で、ヒーリングもばっちりだ!?」
何でも、一定の音色を繰り返すように出来るマシンだそうだ。もう1つは、リズムマシンと言うらしく、いわば電子楽器なドラム。全てあわせると、それなりの重量になる為、耐久テスト用に持ってきたらしい。
が。
「コラァ、そこの大道芸人っ。ちょっと待てい」
専門用語の並ぶ本格的な演奏と、それに見合う楽器はともかく、衣装が問題だった。人だかりをかき分けつつ、ぴーと笛を吹く風紀部が姿を見せる。
「許可書は出したが、何も全裸でやって良いとは言ってないぞ」
「これは全裸ではなく、この間特注で作った特製下着でござってなぁ‥‥」
ファイルに収めた許可証には『楽器演奏:ダンスミュージック等』と書かれていたが、衣装に関しては明記されていない。正装だと主張するゼンラーだったが、風紀部は聞く耳を持ってくれなかった。
「変わらないっつーの。とにかく、今日は小さい子供もいるんだ。目の毒なのは自重しとけ」
「仕方がないなー」
ぶつぶつ言いながら、着替えを取り出すゼンラーさん。こんな事もあろうかと、丸めた浴衣を御用意してある。と、その様子を見て、指をさす子供1名。
「あー、生着替えだよ。ととさんー」
「しっ、見ちゃいけません」
見れば桂木菜摘(
gb5985)と桂木穣治(
gb5595)である。子供にざっくりトドメを刺されちゃったゼンラーさんは、涙目になりながらこう訴えていた。
「こ、これでも昔はギターで小銭を稼いでたんだぞっ」
んで、おもむろにアコギを爪弾き始める。音色の割には、パーカッシブな演奏で、ループマシンで調整されたリズムマシンが、良いアクセントになっていた。その様子を見て、さっきの風紀部が、ぽんっと肩を叩く。
「まー、そう凹むな。服さえちゃんと着てくれれば、細かい事は言わないからさ」
「しくしく‥‥」
咎められた相手に言われても、あんまり嬉しくはない。
「二人は見つけたし、放っておきましょうか」
涙ちょちょ切れているゼンラーさんを尻目に、探す相手を見つけた周太郎は、その後を追いかけるのだった。
桂木親子は、イベントに併設された屋台ブースで、準備に追われていた。もっとも、ちたぱたと走り回っているのは、主に娘の菜摘ちゃんで、パパんのほうは、そんな娘の姿に、にやにやと顔を緩ませているだけだったりする。
「ととさん、ケーキできたー?」
「おう。今日はカップケーキにしてみたぞぅ」
娘のニンジン嫌いを克服させる為、キャロットケーキを作った事のある穣治パパ、今回は小分けにして、お持ち帰りOKのサイズにしてみたようだ。オレンジ色のスポンジと、アラザンにチョコチップ。甘い香りを漂わせるそれに、菜摘は目を輝かせる。
「わー、美味しそう。それで、紅茶のはっぱはー?」
「え、確かその辺に‥‥って、ああ、わからないっ」
もっとも、そのカップケーキにあわせる筈の紅茶は、荷物にまぎれて行方不明になってしまっている。探したいが、時、既に時間切れ。
「もー、ととさんってば、しっかりしてよー」
「えーん。たしゅけて、しゅうたろうえもーん」
涙目な穣治パパ。菜摘ちゃんがあきれている中、声を聞きつけた周太郎が、いそいそと現場へたどり着いてくれる。
「あー、いたいた。大騒ぎしていると思ったらやっぱりですか」
「よかったー。しゅー兄、来てくれたんだね」
ほっと胸をなでおろす菜摘。余裕があれば、と思っていたが、この調子では、余裕がなくても手伝わないといけないようだ。
「ええ。まったく、用意ぐらいしておいてくださいよ」
「ごめーん。じゃあ今日はよろしく頼むわ」
ぶつぶつ言いながら、バッグを下ろす周太郎。こんな事もあろうかと、紅茶葉と道具は用意してある。
「よろしく。さて、とりあえず紅茶のセッティングから‥‥っと」
「いやー、助かった。じゃあ次、なっちゃんはお店を綺麗にして来てね」
てきぱきと道具を並べる様子を見て、穣治パパはその内装を菜摘ちゃんに一任する。「はーい」とよいこのお返事をした彼女は、んしょんしょと荷物の中からテーブルクロスを引っ張り出してきた。
「オレンジと黒と、メニューの隣にカボチャさんっ☆」
ハロウィンをイメージしたクロスを、ふわりと重ねる。中央に手書きのメニュー表を置くと、横にかぼちゃのペーパーウェイトを添えた。
「紅茶のスタンバイOKっと。おや?」
一方、紅茶グッズを準備していた周太郎は、ちたぱたと動き回る菜摘の動きが止まったのに気付き、慌てて顔を上げる。
「とーどーかーなーいー。しゅー兄助けてー」
大人びていても、まだ小学生くらいなので、ちょっと高いところにある荷物は降ろせないようだ。うるうると瞳を潤ませる菜摘に苦笑しながらも、ひょいと目的の物を取ってやる周太郎。
「これで大丈夫っ。私、着替えてくるねー」
「行ってらっしゃい。フィルトの奴を見かけたら、後で行くからと伝えておいてくれ」
満足した菜摘ちゃん、伝言を承ると、衣装を着替えに更衣室へと向うのだった。
その頃、準備の整った屋台村へは、あらかた販売を済ませた和奏とクラークは、仮装姿のまま、屋台村へと足を踏み入れていた。
「なんだか賑やかだなぁ。ねぇねぇ、一息ついたし、他のところ回ってみようよ」
お店のほうは、おおむね大丈夫らしい。そんなわけで、格闘ゲームの女の子空手家の仮装と言うよりはコスプレをした和奏が、クラークを待っていると。
「そうですね。えぇと、衣装はこんな感じでどうでしょうか」
クラークの衣装は、どー見ても古い米陸軍装備だ。ヘルメット軍服は言うに及ばず、マシンガンみたいなものまで持っている。
「わー、すごい。そのまま依頼出られそう」
「まさか。これはただのモデルガンですよ」
時々、似たような格好で仕事に出ている傭兵もいたりするので、和奏としてはすっかり本物だと思ってしまったらしい。が、よく見るとマシンガンのようなものには、オモチャメーカーの刻印が入っていた。
「そうなんだ。よく出来てるねー」
「いや、元空挺部隊だったですし。こっちは完全に趣味ですけどね」
昔の軍装は、自力で放出品を調達してきたらしい。そう話していると、屋台の人が声をかけてきた。
「そこ行くお嬢さん♪」
「お、お嬢‥‥っ。えっ」
ターゲットになったのは、どうやら和奏のようである。顔を真っ赤にして照れくさそうにしている彼女に、つばの大きな黒い三角帽子に、丈の短いメイド服みたいな魔女っ子衣装を着て、太ももの上あたりからカボチャパンツをチラ見させた藍華は、ひらひらとおててを振った。
「ああ、やっぱり。さっきお風呂で会った方ですわね」
「なんだ。藍華ちゃんか。びっくりした。仮装しているから、わからなかったよー」
ほっと胸をなでおろす和奏。帽子のつばを上げて見せれば、そこには多少化粧を施してはいたが、紛れもなく日本人フェイスの藍華が、にっこり笑顔で対応していた。
「ふふ。日本人なので馴染み薄いですが…ハロウィンですから楽しみませんとね」
「あ、これは和奏さんに似合いそうですね?」
そんな彼女が扱っているお菓子と、ちょっとした小物を見て、クラークが早速物色を開始。と、そこへ藍華さんは、並べていたカボチャパンツをびろーんと広げて、和奏の前へ。
「こちらカボチャパンツ、お一ついかがですか? お尻が大きくみえて可愛いですよ〜」
「そ、そうかなぁ」
今ひとつ、似あう自信のない和奏。と、そこへひょっこり顔を出すミク。
「せっかくだから、着てみるといいぉ」
「って、ミクちゃん?」
見回りらしい。「あうあー」と、葱のオモチャを取り付けたポインターをふりふりしている。そんな彼女に、藍華さんはお菓子をひょいっとつまみ上げて差し出した。
「ハッピーハロウィン。これどうぞ☆」
「ありがとうだぉ♪」
お礼を言うミク。すかさず藍華、カボチャパンツを広げる。
「で、よかったらミクさんもどうぞ」
「んと、和ちゃんと一緒ならやる」
によーんと意地悪い表情で、和奏に水を向けるミク。どうやら、さっき風呂場でぺたんこ胸をいぢられた仕返しのようだ。仕方なく、試着室へと向う和奏。
「うん、やっぱり似合ってますよ?買いましょうか?プレゼントです」
「や、止めとく‥‥」
クラークがのほほんと褒めてくれたが、やっぱり遠慮しちゃう和奏ちゃんでした。
一方、フィルトは設営した屋台の、最後の準備を行っていた。
「よし、これで準備はOKですね。後は看板っと」
カボチャの食材にジャックのランタン。冷蔵庫や簡易型キッチンが並べられ、様々なハロゥイン小物が、所狭しと並んでいる。
「余裕、なさそうだなぁ。せっかく一緒に回ろうかと思ったんだけど」
そんなフィルトを見て、ぼそりとそう呟く周太郎。ちょっと待った方が良いかもしれない。
「さてとっ…バザーだから、つまり…要らなくなった物を売ればいいんだよね! 僕の要らなくなった物っていうと…。これかなっ」
ブースに戻った和奏が、10歳くらいの時の服を売っていた。もっとも、買って行くのは男の子を連れたお母さん達。中には何故かクラークと同じ年頃の青年もいたりして、和奏ちょっと顔が赤い。
「ととさん、私も後で行きたいー」
「んじゃあ、後で一緒に行こうか」
周太郎のいる店で、菜摘に連れられ、隣のブースを覗き見している穣治パパ。その姿を見て、和奏は買って行った青年は、きっと若い父親なのだろうと思う事にした。
「ぷりんとクッキーOKっと」
藍華の店でも、カボチャのクッキーとプディングが増えている。ついでに巨大カボチャもたくさん増えていて、ものすごい量になっていた。
「うちなんか、まだ可愛いほうですよ。ほら」
和奏にそう言って、フィルトの店を指し示す藍華さん。見れば、『月兎亭』と名付けられた店には、ランタンで間接照明を含め、光源を多く置いた状態だ。そこに、白玉をカボチャあんで包んだかぼちゃ団子、坊ちゃんカボチャの中に、甘いカボチャシロップと、杏仁白玉を浮かべたカボチャの杏仁白玉、カボチャ羊羹にりんごのタルトと、数多くのスイーツが並んでいる。かなり本格的だった。
「いらっしゃいませっ☆」
その向かい側にある穣治の店‥‥吸血鬼カフェ『ドラクル』では、黒のゴスロリ服に、こうもりの羽飾りをつけた菜摘が、胸に『てんちょう』とひらがなで書かれた名札をつけて、にっこりご挨拶。こっちも本格的だった。
「今日のメニューは、えーとえーと、こちらに書いてありますー」
そんなちびてんちょうさんが扱うのは、カボチャのスコーンとクロテッドクリーム、パンプキンパイとサッパリとしたバニラアイス、キャロットケーキとホイップクリームと、全て冷蔵庫の必要なメニューである。おまけに吸血鬼の仮装をしてきた人にはもれなくカシスソルベかドリンクをサービスすると言う徹底振りだ。
「ケーキやパイと一緒に、吸血鬼が淹れた真っ赤な紅茶はいかがかな」
で、あまり寒いと冷えるので、そこにはドリンクメニューとして、紅茶やコーヒー、こども用のグレープフルーツジュースなんぞがリストに載っていたり。差し出すのは、髪をオールバックに燕尾服、襟を立てたマントを着用して昔からおなじみの吸血鬼の仮装した穣治パパだ。
「普段と変わらないけど、まさか本物の血‥‥」
「いえいえ。ちょっと変わった茶葉の紅茶なだけですよ。ほら、これ」
セレクトしたのは勿論周太郎である。色が少しだけ赤いが、そう言う種類の紅茶らしい。そんな周太郎も、やっぱりハンティングされそうな吸血鬼の格好だ。と言っても、普段からサングラスなので、首から上はさほど変わらないが。
「普通の茶葉ですね。うん、おいしいですよ? これ」
クラーク、気に入ったらしい。そんな良い香のする屋台を、こどもがきゃっきゃと走りぬけて行くのを見て、フィルトはバスケットにあったキャンディを差し出す。
「こらこら、そこー。悪戯はしないでください」
「ああ言うのも良いですね。和奏さん、トリック・オア・トリート。お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ……ってね」
その光景に、クラークが一緒にいた和奏にそう言った。が、ケーキにクッキー、アイスにソルベと、食いしん坊っぷりを全開にしていた和奏、申し訳なさそうに首を横に振る。
「そんなぁ。お菓子食べちゃったよ」
「なら、イタズラですね」
そう言うが早いか、クラークさん、和奏のほっぺに軽くキス。「きゃんっ」っと頬が朱に染まった。
「たまには、こういった事をしたくなる時もあるのですよ? 少しは驚いてくれましたか、和奏さん?」
「ビックリさせすぎだよー」
ほっぺをさすりさすりする和奏さん。いわゆる欧米風の挨拶ちゅーに、目をぱちくりさせている。
「ふふ。たまには皆でばかばかしく楽しむのも、よいものだな」
と、そこへぽろんとヴァイオリンの音色が響いた。覚えのある声に振り返れば、いつもは黒一色のダンディ不明ことUNKNOWN(
ga4276)が、色を変えた状態で鎮座していた。
「って、アンノーンさんは、一体何をしているのですか?
「わー、黒い人が白い!」
すなおに驚く和奏さん。ちなみに解説すると、裾がロングの月の輝く夜空を思わせる白のインバネスコートを翻し、パールホワイトのタキシードを着こなす不明氏。ウェストコートはダブルに、つば広シルクハットも着用。よく見れば懐から、懐中時計のものらしき銀の鎖が見え隠れ、咥え煙草は忘れない。
「正装だよ。これにはそっちの方が似合うだろう?」
、握りが象牙獅子彫の金属杖を片手に、そう言って見せる不明さん。高級品である事は間違いないようだが、普段とは180度違うイメージに、一同唖然としている。
「今宵のひと時、飲むかね?」
「未成年も多いですし、止めておきます」
首を横に振るクラーク。と、周囲には子供も多い事に気付いた不明氏は、「ではこうしてみようか」と、軽く片目を瞑って見せ、ヴァイオリンを爪弾き始める。軽妙な音楽が、周囲に響き渡った。
「相変わらず何でも出来る人ですね」
「そうそう、そういう具合に、だよ」
しかも、そのヴァイオリン曲を弾きながら、菜摘達子供に、簡単なダンスを教えている。
「楽しそうな曲だね。なんて名前?」
「UNKNOWN‥‥さ」
名前はないらしい。
ところが、そうやって不明がバイオリンの音色を響かせているのを、ガン見している藍華がいた。
「あれがアイちゃんひみつメモ第一級警戒人物『あんのうん』さんですわね。寺田先生がいらっしゃると良いんですけど‥‥」
手元には、なにやら鍵か何かのついたミニノートを手にしている。ずらずらと並べられた単語には、寺田の名前も記されている。
「おやおや。また寺田が揉めているようだ。少し、失礼するよ」
その寺田はと言えば、ミクと寺田、そして何故かゼンラーさんが揉めている。
「ミクはAUKVのれないぉ? これ、多分聖那さんのだぉ?」
「いやー、やはりここはサイエンティスト的に萌えると言うかっ」
どうやら、置かれていたAUKVをミクのものと勘違いして、カスタムを思いついたらしい。寺田は「作業するなら、ガレージでお願いしますね」と注釈つけている。そこへ、当の持ち主である聖那が、作業を終えて戻ってきた。
「まぁ、なんだか面白いギミックがつきましたわねー」
ニコニコと改造を普通に受け入れている。
「って、完全スルーかいっ。死の制裁がくるかと思って、用意しておいたのにっ」
「カスタムに関しては、通常バイクの範囲内で許容していますから」
主に重量アップを目指したゼンラーさんの加工は、防御力アップに繋がっちゃったらしい。そこへ、不明さんが乱入して、寺田の後ろを取ってしまう。
「何をしている」
「ただの説明ですよ。あなたこそ、毎度毎度それを持ち出すのはどうかと‥‥」
その手には、何故か自慢の黒縄が握られている。そんな2人の姿に、きゅぴーんと目を輝かせる藍華。
「先生、何かの試合中に縛られたと聞きましたが、本当なのですか?」
「主犯がそこにいますよ」
さらっと不明を指し示す寺田センセ。
「人聞きの悪い。ただの安全確保だよ」
「不法侵入者がよく言う」
この辺のやり取りはもはやお約束だろう。藍華のペンがすらすらとその一字一句を逃さぬよう走る中、足元から姿を見せる森里・氷雨(
ga8490)。
「よぉし、話は全て聞かせてもらいましたよっ」
何やら、後ろに人員を引き連れている。寺田が部外者を咎めるように、こう訪ねた。
「森里くん、その後ろの奴は?」
「あ。これっすか? 北海道から呼び寄せたTVの人です。先生、是非この演目に許可をっ」
よく見れば、カメラ持参である。そこへ差し出したのは、『上演許可書』と書かれた書類だ。と、それを覗き込んだ聖那さん、ぼそりと「あら、面白そうですわね」何ぞと言っている。
「ふむ。危険対応は?}
「僕がやります」
「少し強めのものなら、大丈夫です」
寺田の問いに、クラークとフィルトがそう口にする。ゼンラーが「ようし、そう言うことなら、拙僧も参加するぞい」と言い出し、ミクも頷いていた。
「わかりました。では、事故のないように」
これは、私から管理部の方に出しておきます。と、書類を方手に後者へ戻る寺田先生。
「やれやれ、逃げられてしまったようだな」
ぼそりと、不明が呟いたとか何とか。
演目がダンボールフリップにざざっと書かれる。
「というわけで! 第一回、お代官様と越後屋ごっこ〜」
趣旨は和菓子でイタズラと言うことらしい。
「着物、大丈夫そうですか?」
「帯はばっちりだぉー」
「どうせ脱がすんだから、適当でもいいんじゃないかしら」
ちなみに生娘役は、ミクやら聖那やら参加した傭兵さんやらだ。
「ってわけで、お菓子を貰ってイタズラもする…。その日本人的最適解は時代劇にあり。是非っ!一般女生徒の皆さんにもくるくるを体験していただき! 心地よい汗を湯で流す!」
微妙な下心が見え隠れしているが、森里の持っている進行表には4項目ほど書いてある。どれももっともらしい名前が付けられているが、その効果は疑わしい。
「むちゃくちゃだな」
「…混浴で! 浴室も更衣室も当然! 男女共有ですよねっ?」
いや、森里くんや。若い男女の集う湯で、そんな事は多分風紀部が許さない。
「まぁいいじゃありませんの。別もまた、楽しみがイパイですわよ」
中には藍華のようなタイプもいるので、それはそれでヤバいのかもしれないが。
「むむう。ま、まぁいいか。それじゃ、はじめますよー。皆さん、お願いしまーす」
森里が合図すると、先ほどの『TVの人』がずらずらと準備を始める。怪しい和室に始まって、枕二つ並べたでかい布団、それに黄金色に輝く最中。しかし、結構本格的なし用に鳴っているにも関わらず、準備していたTVの人が文句言う。
「ちょっと森里! ハロウィンでデザートバイキングって聞いてたのに、肉体労働だなんて、聞いてないわYO!?」
「えぇい、斬られ役要員は黙ってお仕事してなさいッ」
以前のへたれっぷりが影を潜めた偉そうな口調。しかし、その1人のおっさんに、和傘の影に連れ込まれた森里、なんだか青い顔をしていた。
「ふふ、これはこれで良いネタになるかも‥‥」
よく見りゃ、片方はこっそりイケメンである。藍華のペンがさらに走った。
「で、俺ぁ何をやりゃあいいんだ?」
ぼそっとそう口にするのは、コントのお殿様みたいな和服を着せられたジジィである。そこへ、森里がしゅたっと台本を渡す。
「えーと。んー、なるほどな。こいつだったら、別に見なくても良さそうだ」
まぁいわゆる『悪代官』なので、さほど苦労はしなさそうだ。
「それと、お代官様のお好きな黄金色のお菓子でございます」
「うむ。ではありがたく頂戴しよう」
「イタズラ☆のほうは次の間に…」
滞りなく進む寸劇。ちなみに越後屋は森里自身がやっている。その一連の流れをぶったぎる、青い葱娘。
「わーーー、くるくるアトラクションだぉー」
「ちょっとミクちゃん、走ると布団でコケるよ!?」
和奏が注意する中、目の前でごっけんと凄い音がした。布団につんのめったはずのミクが、なぜか目を回している。どうやら、布団に金属が仕込まれているようだ。
「いいんですよ。耐久試験ですから。あ、係の人お願いしますねー」
「おう、えーと、よいではないかー。だっけ」
一方では『係員』とプラカードぶら下げたゼンラーさんが、森里の合図で、体操着の上に巻きつけた帯をくるくる回しては、女生徒達に歓声を上げさせている。
「これ、どうやって収拾つける気だね?」
「やりすぎは良くないですけどね」
頭を抱える不明と寺田に、森里がぼそりと一言。
「あ、仕事人さんは、種無しカボチャってことで!」
やばいんじゃないかな、とクラークが気付いた時には遅し。
「喧嘩を売るなら、相手をするが」
「え、きゃー、種付けされるーー!」
その後、森里がどうなったのか、知るよしもなかった。
「はー、さっぱりした。やっぱり大きなお風呂って気持ちいいですねー」
「‥‥次の新刊はばっちりですわね☆」
ただ、藍華のネタにはなったようで、片付けを終えたフィルトが、湯船でご機嫌にしている彼女を目撃した事は追記しておく。