●オープニング本文

　カンパネラ地下演習場‥‥。その一画では、カンパネラに通う学生が集まり、なにやら極秘任務を行っていた。
「よくぞ集まってくれた。同志諸君」
　リーダーと思しき男が、そう言ってかけたメガネを持ち上げる。設置されたホワイトボードには、ある女性の写真が貼り付けられていた。

　ヴェレッタ・オリム大将である。

　鉄の女然とした彼女の写真を手に、隊長らしい男は、こう声を張り上げた。
「この麗しきオリム殿が、常に軍服姿とは、まったく嘆かわしい」
　まぁ確かに彼女の私服姿は、あんまり見た事がない。少なくとも‥‥報告官は。
「そこでだ。貴君らに課せられた任務はただ１つ。オリム殿のグラビア水着姿を撮る事だ！！」
　そのセリフに、周囲へ重苦しい空気が漂った。あの厳しいオリム大将の事、頼んだって着てはくれまい‥‥。たとえ命令でも。
「危険な任務ではある。だが、これは我々の士気向上の為、そしてあのドキドキ間を取り戻す為なのだ！」
　ぐっと拳を握り締め、決意の表情を浮かべる隊長。
　そう‥‥。彼らは裏切られたのだ。いつぞやの‥‥『グラビア写真用意します』のあの言葉に。
「手伝いはいくら頼んでも構わん。犠牲が出ても良いだろう。だが‥‥‥‥友の屍は、踏み越える覚悟で臨め」
　用意されたのは、メジャーにカメラにサンプル水着だ。どうやら、サイズから計ろうと言う魂胆らしい。確かに彼女の３サイズから計測ともなれば、血の雨が降るのは免れないだろう‥‥。命の保障は出来ない危険な依頼だ。
「では行け‥‥。オリム殿の麗しき水着姿を後世に残す為に！」
　そう言ったとたん、集っていた生徒が闇に散る。その一部始終を見物していたジジィことキャスター准将、ぼそりとこう呟く。
「若いって良いよなー‥‥」
　そう言う割には、双眼鏡を用意している辺り、やる気は満々のようである。

●参加者一覧

/ 大泰司　慈海（ga0173） / 藤田あやこ（ga0204） / 須佐　武流（ga1461） / 翠の肥満（ga2348） / 霧島　亜夜（ga3511） / ＵＮＫＮＯＷＮ（ga4276） / 百地・悠季（ga8270） / 森里・氷雨（ga8490） / リュドレイク（ga8720） / ユーリ・ヴェルトライゼン（ga8751） / 美環　響（gb2863） / 佐渡川 歩（gb4026） / 冴城　アスカ（gb4188） / ふぁん（gb5174）

●リプレイ本文

　オリムたんに水着。その単語を聞きつけた、一部傭兵達は、その限られた一部で盛り上がっていた。
「大将の水着姿、この目に焼き付ける為ならば、僕は手段を選びません！　あのドキドキ感を取り戻すためにも！」
　すなわちやる気は満々だぁー！　の佐渡川　歩（gb4026）と。
「大将にホの字な僕が、参加しないわけにはいくまい！」
　きっぱりと断言している翠の肥満（ga2348）と。
「いやー、水着グラビアなんて、面白そうじゃないですか」
　苦笑しながらも、そう言っている美環　響（gb2863）センセ。こちらも楽しむ気は満々のようである。
「グラビア‥‥水着‥‥スク水‥‥」
　動機は様々な彼ら、目的は完全に一致していた。そんな中、藤田あやこ（ga0204）さんはうーんと考え込んでいる。
「どうしたの？」
　今回、お手伝いする冴城　アスカ（gb4188）に、そう訪ねられると、彼女はポンっと手を叩いてこう答えた。
「コスプレですか？！あれですね。全身タイツ着て、顔を同色で塗りたくった人が『鯉幟』だの『エッフェル塔』だの前衛的な神輿を担ぐという。で、舞台の両脇にどんどん点数が積み上がって合格に達しないとションボリな効果音が鳴るという‥‥わかります！」
「その大将の人とちゃうやろ」
　どういうわけか、首に縄をくくりつけられた准将が、かーんっとツッコミの鐘を鳴らしていた。
「大将の前に、あの幼女が何考えてスク水を白を仕入れたのかと、小１時間‥‥」
　一方では、そんな事をぶつぶつと言っている森里・氷雨（ga8490）がいる。やおら、拳を握り締め、明後日の咆哮へ向きつつ、力の限り問い詰めていた。
「他の色はないのかと！」
「問題はそこかよ！」
　倫理的な問題じゃあない模様。再びジジィのツッコミが入ったようである。
「さてっと‥‥なんだか無茶苦茶な話になってきたな‥‥。しかし、オリム大将の水着姿って‥‥需要があるのかよ、これ？」
「「あるっ！！」」
　須佐が首を傾げた刹那、神速の早業で、佐渡川と翠から肯定されていた。
「まぁ、もの珍しさと言うことで」
　間を取るように、百地・悠季（ga8270）がそう答えている。
「しかしなー受けちゃったからなー。やらないとなーどうしようかなー？　まぁ、やらなきゃダメだけどなー」
　その様子に、考え込んでいる須佐　武流（ga1461）。と、今度は、いつもと同じよう黒のフロックコート／ベスト／スラックス／帽子／皮靴／革手袋／白の立襟カフスシャツ／シルクロングマフラー／紅のタイ／チーフ／銀のカフ／タイピン／縁なし度なし眼鏡装備のＵＮＫＮＯＷＮ（ga4276）さんが、ぷかりと煙草をくゆらせ、優しげな微笑を浮かべながら、こう告げる。
「面白いではないか。彼女も、笑えれば可愛いと思うし、ね」
「どうでも良いが、ここでその格好は熱くないか？」
　冷静に突っ込む須佐。ちなみに、現在地は演習用室内プール。気温２８度。回りは大体夏服なんだが、こいつだけ季節が半年後になっている。
「ふふ、そんな事どうでも良い事なのだよ。私にとってはね」
　額に浮かぶ汗は、見なかったことにしたいらしいアンノウン。
「気にしないでおこう」
　須佐きゅん、正解☆

　顔合わせを済ませた面々は、それぞれの手段で、オリムたんを呼び出す事にした。
「よし、これで変装はカンペキだぜー！」
「なんで私が巻き込まれるのだーー！」
　野球帽にぐるぐる眼鏡といういでたちの須佐に、首根っこを持ち上げられ、ちたぱたと手を動かすちびっ子大佐ことマウル嬢。
「はっはっは。こういうことは根回しが大事だ」
「ばかばかしい。私は忙しいのだ。帰る！」
　そう諭そうとする須佐だったが、マウルちゃん、ぴょんっとその腕から飛び降りると、くるっと回れ右して、本部へ戻ってしまった。
「ちぇー。せっかく協力してもらおうと思ったのに」
「俺も帰‥‥」
　残念そうな須佐。ついでに准将まで回れ右しようとしていたが、そうは問屋が大根おろし。
「却下！　准将にはその分、多いに協力して貰うぞ！」
　そう言うと、須佐は首根っこにつけたロープをぐいっと引っ張る。べたーんと盛大に鼻を打った音が響いた。
「さっそくですけど、これに署名をお願いしますね」
　佐渡川が差し出したのは、カプロイア社アテの書簡である。それには、こう書いてあった。
『ある女性に、飾らないことの美しさ気付いてもらう為に、伯爵のお力をお借りできないでしょうか？』
　手紙の内容はオリム大将のスケジュールを祝賀パーティのために空けて、出来れば出席を勧めて貰えないかという内容だ。
「カンパネラの理事である伯爵なら不自然ではありませんし、伯爵を通してなら大将も参加してくれる可能性も高いですから」
　別に本人が来る必要はないのだが。
「准将も一筆書いて。これ３枚」
「へいへい。まったく、なんでこんな目に」
　霧島　亜夜（ga3511）が、文面を調えた書類を、准将の前に差し出す。うち、２枚は学園に出すプールと食堂の使用申請だ。責任者の欄に、准将の名前が書いてある。教師の足りない学園では、別に霧島でもよかったのだが、念には念をと言う奴だ。
「水着のラインナップはこんなもんで良いですかねー」
　そう言って森里が見せたのは、ＵＰＣの各種女性職員‥‥ＵＫ参番艦とか水中任務に赴く面子とか、学園女生徒等からリサーチしてきた最新流行品である。
「おい、これ本当にオリムの嬢ちゃんに着せる気か？」
「もちろんです。水着コンペの名目で、各方面にアンケートをとった結果ですから」
　苦労しましたぜーと語る森里、確かにどことなく重症を負っている感がある。ビキニやワンピ、Ｖ字カットに手ぶらまである中、見本とばかりにちら見せするあやこさん。
「三十路寸前のおばちゃんですけど、オホホ」
「いや、お前さんくらい綺麗な子なら、そいつは失礼になっちまうだろう。なぁ？」
「その通りです」
　やや自嘲気味に言っている彼女だが、准将も森里も、男性陣は激しく同意している。そんな中、須佐はこう訪ねた。
「‥‥で、キャスター准将、アンタはどうするつもりなんだい？　まさかこのまま俺たちだけにやらせるつもりじゃあないよな？」
「俺ぁただの通りすがりのはずだったんだが」
　ここまで関わって、しらねぇとはいわせねぇぞ！　と、そんな空気が漂っていたが、んな事にびくつくジジィではない。それは、須佐も同じで、逆にアイテム拝借を申し出ていた。
「まぁ、俺は俺のやり方で‥‥やらせてもらうことにするけどな！　　准将。可能ならカメラの用意を頼む。それも飛びっきりの性能の奴を‥‥一つな？」
「しらねーぞ。俺ぁ」
　そう言いながらも、ニヨニヨと事態を楽しんでいる様子なのが、いい証拠だった。

　色々根回しを終えた傭兵達は、准将の護衛と言う名目で、どやどやと大将の執務室に押しかけていた。一応、霧島は制服姿に身を包んでいるが、その人数が台無しにしてしまっている。
「招待状の方は、ご覧になったでしょうか？」
「ああ、見た。出所もきちんと調べさせてもらった。本気で私を呼びたいようだな」
　霧島の問いに頷くオリム嬢。その手元には、彼が出したプールと食堂の使用申請の写し、そしてカプ伯の添え書きも添付されている。傭兵達が出した各種申請は、きちんと大将の手元に届いているようだ。
「だが私は書類整理で疲れてるんだ。この上パーティなんて人を殺す気か」
　が、大将は不満そうにそう言っている。みれば、その両側には、各種書類がうずたかく積み上げられている。
「い、いやその。事務作業なら我々が‥‥」
「馬鹿者。そう言うわけにもいかんだろう」
　須佐がそれを肩代わりしようとしたが、オリムたんがそれを許さなかった。
「スケジュールだと、少しくらいなら、開いてるそうだが」
「まぁ、そう言うなや。一応皆祝ってくれてんだしよ」
　壁のスケジュールには、分刻みで表記されているが、ところどころに空白がある。と、一緒に連行されていた准将がそう薦めている。しばし、考え込んでいたオリム嬢。低い声音でこう言った。
「‥‥仕方がない。主賓が欠席するわけにもいかんからな。１時間半だけだぞ」
　やったぁと、後ろでハイタッチ。
「ご協力有難うございます。これで閣下の魅力が惹き立てられる衣装が出来上がりますね」
　深々と一礼する百地。彼女もまた軍服姿だった。が、オリムはさっさと席を立ってしまう。
「何を言っている。着替えなどしていては、あっという間に時間だぞ？　そんなことより早く始めろ」
「ああっ。すみませんっ」
　すたすたと部屋を出ようとするオリムたんを、慌てて追いかける百地。そこへ、あやこさんが、テープを左右に広げた。
「ではまず、テープカットの予行という事で‥‥」
「もう少しマシな案を考えてきたらどうだ？」
　裏側にべったりと糊がついているのを、見破られてしまったようだ。さすがに若くして大将と呼ばれるだけあって、結構な洞察力をお持ちである。
「つかぬ事をお伺いしますが、あのフィギュアは、大将と同じ寸法なので？」
　と、そこへ、クリーニング屋さん風のエプロンをつけた森里が、『献上品』と書かれたオリム嬢の人形を見つけ、そう訪ねている。そんな事知ったこっちゃないが、代わりに准将がこう言い出した。
「だが良く出来ているという噂だぜ」
「よし。ではこれを元に」
　縮尺からサイズを割り出そうって魂胆の森里。ごそごそと糸とメジャーとものさしを駆使して、何とか割り出そうとしていると、オリムたんの怒鳴り声が響いた。
「そこ！　何をこそこそやっている！」
「ななななんでもありませんっ」
　慌てて回れ右する森里。と、そこへ入れ替わるように、色の濃いトロピカルジュースを持ってくる大泰司　慈海（ga0173）。
「まぁまぁ、これでも飲んで落ち着いて‥‥ああっ」
「あーーー！」
　わざとらしくすっ転ぶ大泰司。悲鳴が上がった直後、ジュースは宙を舞い、オリムたんに頭から降りかかる。
「申し訳ありません！　風邪を引いてしまう！　染みになってしまう！　急いでこれに着替えてください！」
　彼が差し出したのは、森里が念のためと用意していた、色んなサイズのスク水とカンパネラ制服。
「‥‥帰れ！　馬鹿者！！」
　直後、オリムたんの鉄拳制裁が降り注ぐのであった。

　それから数日後。
「というわけで、『第一回カンパネラ水泳大会オリム杯及び、オリム大将昇格依頼パーティー』を行うぜー」
　プールの入り口に『祝・昇格！』と、花輪と花束が添えられたＰＯＰが飾ってある。各位水着やそれなりのおしゃれ装備に身を包んだ参加者が、プールサイドに集合している中、ふぁん（gb5174）がカメラを回している。胸に『カンパネラ写真部』の入部章が輝き、腕に『取材中』と書かれていた。
「オリムさんて人気者なんですね。いつも制服姿というのはもったいないです。オリムさんも女性なんですから、そういった方面のアピールも必要だと思うんですよね」
　響がレインボーローズを片手に、そのふぁんのカメラへ目線を向けている。が、当の本人は、水着どころか制服姿のままである。
「まさか本気で水泳大会やるとは思わなかった。しかも大将脱いでないし」
「水泳大会じゃなくて、水泳訓練だろ」
「アハハ‥‥、オリムさんて人気者なんですね」
　ごそごそとそう私語を慎まない各傭兵達。森里、大泰司、響の３名である。そんな彼らをじろっと睨みつけ、オリム先生、こう言った。
「私は能力者といったものに詳しくないが、一般人を遥かに凌ぐ身体能力を持っているのだろう？」
　が、んな視線になんぞまったく気付かず、レインボーローズを真ん中にあしらったプールサイドで、優雅にご歓談中の大泰司、こんな事をのたまっている。
「あの人って見た目は３０代後半だけど‥‥実年齢は＋１０だっけ？‥‥俺より年上だったりしてー☆」
「そこ！　いいからさっさと並べ！」
「「「うはーーい」」」
　再び雷が落ちた。慌てて並ぶ３人。と、その一部始終を記録に取っていたふぁんにも、オリム先生はげしげしと厳しい指導を降り注がせる。
「そこの制服もだ！　記録は必要ないだろう！」
「そのウォータープルーフの化粧は、生徒達のよい見本となるんですわー」
　助手のあやこが、フィギュアにお守り、チア姿に化粧道具という『かんぺきないでたち』でもって、大将を水に引き釣り込もうとしていた。
「学生ならば化粧など必要ないだろう！」
「校内新聞写りをよくするためです」
　ニコニコとご機嫌よくカメラを向けるふぁん。あやこも「ウォータープルーフをＰＲするためですわー」と、それに拍車をかけている。
「やらないなら、こっちから落としてやろうか？」
「きゃー」
　げしっと蹴りが飛んだ。
「オリムさんに実習頼んだら、マジで特訓になっちゃったねぇ」
　一応、生徒達に水中指導をと頼んで見た大泰司。ちょっと申し訳なさそうな気分。その彼らに、オリム先生はぴーっと笛を鳴らして、まず飛び込み台の上に整列させた。
「全員、プールサイドに並べ！　まずはクロール２０往復だ！」
「「ええー！」」
　文句たらたらの傭兵達。ムードもへったくれもないじゃないかと。
「きゃー。さすがは大将！　そこにしびれる、憧れるぅ！」
「「いいからやれと言っているだろう！」
　あやこ、今日は１日大将ファンクラブをやるつもりか、そんな事ゆってたが、オリム先生容赦なし。そこへ、事態を遠巻きに見守っていたユーリ・ヴェルトライゼン（ga8751）が、連れていたペットのラグナを紹介している。
「すまん。こいつも一緒にいいか？　寒い地方の出身なんで、この時期は泳ぎたがってね。もしかしたら、はしゃいで飛びつくかもしれんが」
「構わんが、迷惑はかけるなよ」
　で、クロールを繰り返す傭兵達の隣で、犬掻き開始する白いもふもふ。本当は雪狼らしいのだが、見かけは白いわんこである。
「わかってますって。ああ、うっかり飛び付いてプールに落ちる可能性があるから、濡れても良い様に水着着てて下さい」
「心配せずとももう着てる。さっさとやれ！」
　どうやら、制服の下には、水着を既に着ているようだ。「へーい」と、しぶしぶ飛び込むユーリ。後からラグナがついてくる。
「一等になった奴には、准将から景品がー」
「こねぇよ！　せいぜいパーティが豪勢になるくらいだっつーの」
　百地が賞品をせしめようとそう言うが、それは准将ご自身によって阻まれた。ちなみに彼女は、オレンジ色であしらったセパレート水着を着用中。上に夏制服を羽織り、大将によりそう用にナレーションを敢行しようとしていたが、あっさり上着を引っぺがされた。
「ふふ、いいねー。綺麗だよ、オリム」
　そんな問答無用な彼女を、まぶしそうに見つめる翠の肥満さん。その手に何も持っていないのに気付き、リュドレイク（ga8720）がこう訪ねた。
「あれ？　翠さん、カメラは‥‥？」
「必要ない。自分の脳裏に焼き付ける！」
　だそうです。頑張れ彼氏（ｂｙリュド）。
「次は着衣水泳訓練だ。全員服を着て立ち泳ぎ開始！　足はつくな！　気絶した者から引き上げろ！」
　ぢごくのクロール特訓が終わると、オリムさんはそう厳命していた。ちなみに、訓練を受けているレスキュー隊員でも、１０分もたずに気絶者が出始めるそうである。
「ええええ！？」
　そんな文句を許されるような立場じゃない彼ら、次々と洋服着たまま落とされる。
「大将、せっかくのプールパーティですし水着を着てみてはいかがですか？　大将ならきっと似合いますわ」
「水着くらい自分で持っている！　見学なんぞ認めん。さっさと入れ！」
　そう勧めてきたアスカを、容赦なく水へ落とすオリム先生。泳げないから見学という理屈は、こいつには通用しない模様。そりゃあ兵隊が泳げないから任務にいけないのは困るわけで。
「せっかく水着を楽しみにしてたのに‥‥ぶくぶく」
　佐渡川がまず生贄になった。
「気絶した奴は順次引き上げろ！」
「まぁ、衣装はたくさん持ってるから良いけどね‥‥ぶくぶくぶく」
　オリム先生の指導が飛ぶ中、霧島が沈んでいく。
「やれやれ、情けない事だな‥‥」
「お・前・も、だ！」
　優雅にその様子を見守っていたアンノウン、ご自慢の黒コート姿のまま、容赦なく蹴り落とされた。
「乱暴だな‥‥ぶくぶくぶく」
　ダンディさを保ったまま沈んでいく彼。いや、彼ばかりではなく、水をかけられて嬌声を上げていたあやこも、その魅力を強調する間もなく、プールに突き落とされる。着衣水泳の覚悟は完了していた為か、メイクは落ちなかったが、意識は落ちちゃったようだ。おかげで、引き上げ係の手が足りなくなってしまう。
「思いの他軟弱だな。まったく」
「おおっ。大将が水に‥‥！」
　で、仕方なく、オリム先生上着を脱いだ。ここぞとばかりにシャッターを切りまくるふぁん。
「馬鹿者。さっさと救助しないと死ぬだろう」
「いや、ある意味手遅れ」
　それを押しのけて、自ら救助作業に当たるオリムさんだが、３０代にしては引き締まっている方の体型に、黒のモノキニを着用中。その姿に、佐渡川がびしぃっと眼鏡にひびを入れつつ、鼻血を吹いて、再び水底へ沈んで行った。
「やっぱり黒似あうわねー。そのままだと生徒には刺激が強すぎるわよ」
　用意していた百地さんが、満足そうに頷いている。さすがにフリルやパレオは却下食らったようだが、競泳用水着にもあるハイレグカットは許されているようだ。
「せっかくだから、記念撮影をお願いしますよ」
　一通りの救出が終わったあと、大泰司がそんな事を言い出す。カメラはふぁんだ。
「はい、私となりで！」
「駄目です。隣は翠さんです！」
　あやことリュドが、どこに人を配置するかで揉めている。
「誰でも良いから、さっさと済ませろー」
　イライラした様子で怒鳴り散らすオリム先生。こうして、すったもんだの挙句、記念撮影と言う名の集合写真が撮られたそうである。

　屍累々‥‥というのは置いといて。
「よぉし、準備完了っと」
　舞台は食堂へと移る。立食形式と、ダンスタイムを予定に入れた霧島は、多くの学生達が集まれるようにと、扉はオープンにして、会費はごく少々。残りは経費として、請求書に准将の名前を書いてしまっている。「何で俺がー」とわめいているが、んなこたぁ知った事か。
「って、お前さん、その格好は‥‥」
「ん？　目立ったモン勝ちだろ」
　ニヨニヨしながら、机運んだりテーブルクロスをかけたりしている大泰司に、霧島はそう言った。彼の衣装は、ゴスロリっぽい衣装に、デビルウィングで、どこかの動くビスクドールみたいな格好になっている。
「あー、霧島さん。せっかくですから、大将のお好きなものでもと思ったのですが、ご本人は？」
　そこへ、エプロン姿のユーリがそう尋ねてきた。
「着替えてる。ワンピが濡れたからだって」
　社会人として、一応そう言うドレスを持ってはいるようだ。制服を着替えてくると姿を消した大将のところに、手芸部お手製のパーティドレスを片手にした百地以下、アスカ、ふぁん、あやこが追いかけて行ったのを思い出す。
「本人達、大喜びでしょうね。じゃあ、こっちも腕によりをかけますか」
　リュド、裁縫も水泳も得意じゃない。訓練ではろくな活躍も出来なかったし、その分挽回せねばと思っているらしい。
「デザートは俺が担当しますよ」
　同じ様にあまり得意分野じゃなかったユーリ、お菓子の類を作るのが得意ということで、パティシエ役を担当している。と、その傍らで、ラグナがくぅんとひと鳴きした。
「一緒に来るか？」
　無言で尻尾振られた。
「わかった、一緒に行こうか」
　どうやら、ご主人様の作るお菓子は、ラグナも大好きらしい。こうして、パーティ用の様々な料理や菓子が出来上がっていく。メニューは次の通りだ。
　シーフードパエリア、ラザニア、チーズフォカッチャ、ブルスケッタ、鯵とあさりのアクアパッツァ、グリーンカレー（ライス付き）、海老の生春巻き、小竜包、海老マヨ、揚げ出し豆腐、ホウレンソウの胡麻和え（小鉢）、巻き寿司、グリーンサラダ、コンソメ・ポタージュ・ミネストローネ各種、ドリンク各種はサーバーとペットボトルで補充と。
　ここまでがリュド担当。
　大人用ブランデーケーキ、、定番チェリーパイ、さっぱり風味の桃のヨーグルトクリームケーキ、砂糖不使用で自然な甘さのマンゴープリン、和風デザートに水まんじゅうを、氷水張った大皿に笹の葉敷いて浮かべている。
　足りなくならない様、それなりに数作っていく２人。セッティングも終わり、手の開いている自称雑用係の響、須佐、森里をこき使いつつ、若人の胃を満たせる量を作っていく。
「本日、大将の着付けを手伝わせていただきます冴城です。どうぞよろしくお願いします」
　その頃、当の本人には、アスカが笑顔で深々とお辞儀していた。すでに、スリーサイズは森里が調査済みでもあり、水泳訓練は終わってしまったので、水着を進める必要はないのがちょっと残念だが、彼女は続く更衣室に、彼女を案内する。
「では大将、こちらの部屋へどうぞ」
　そこには、手芸部御謹製の真紅のドレスがかかっていた。ホルターネックのマーメイドラインで、金縁紫の薔薇意匠が大きく描かれている。百地がデザインしたというそのドレスには、どう言う訳か『微笑みの君より』とメッセージカードが添えられていた。響が添えたもんだが、名前はない。
「では失礼します‥‥大将スタイルいいですねぇ‥‥お肌もとても綺麗‥‥とても４０間近の女性の身体とは思えませんわ‥‥あたっ」
　うっとりとした表情で指を這わせていたアスカのお手手に、よく見ればボールペンが突き刺さっている。
「じゃれると本気で時間がなくなるぞ」
「‥‥‥‥ち。面白くないわね」
　ゆりんゆりんモードは通用しないようだ。と、彼女はお付きの仕官が影も形も見えないことを問いただす。
「ところで、ボディガードはどうした」
「え？　ああ、なんだか具合が悪くなったみたいですわ」
　をほほほ‥‥と誤魔化すアスカ。大将、何も疑わずに「軟弱だな」とかぶつぶつ言っている。後で盛大な雷が落ちるであろう予想をしつつ、気にせずつかの間の着せ替えショーを楽しむアスカ。
「‥‥すまんな。オリム嬢にも、気の置けない友人という者を作っておきたくてね」
　で、そのお付の仕官はというと、アンノウンがロッカーにぶちこんじゃっていた。いつも持ち歩いている例の縄で前に縛っているが、猿轡は噛ませていない。
「いや、別に逃げる気はないんですが。しばらくどっか行ってろってんなら行きますし」
「これは君の安全を考えて、だよ。まぁ１時間程そこで待っていてくれたまえ。あとでパーティの料理くらいは届けさせよう。ちょっとしたアルバイトだ」
　おかげでよく喋る。げんなりしているお付きにそう言っていた時、彼はコートの内側に手を入れ、携帯を取り出す。
「おっと失礼。電話のようだ。ふむ、準備が整ったようだね」
　どうやら、料理が出来上がったようだ。会場に向かえば、フルコースとはいかないまでも、ディナービュッフェくらいは開けそうな量がある。足りないのは、順次作る予定だと、リュドは語る。
「どうでも良いが、ちょっと暑くないか？」
「ふふふ。さもあらん。名付けて、北風と太陽作戦です！」
　佐渡川が割れた眼鏡をきゅぴーーーんっと輝かせてそう言った。夏服の下から、海パン姿が覗いている食堂の気温は、プールと殆ど変わらない。
「さてさて、では主賓をお呼び致しましょうか」
　響がそう言って、シルクハットをこんこんと叩いた。直後、ドライアイスがぶしゅーっと吹きあがり、視界を白く染める。奇術師の響さん、回りを見回している傭兵達の前で、ドラムロールを鳴らさせる。
「種も仕掛けもありませんが、このように‥‥」
「って、何をする！」
　言い終わる前に、オリム大将の怒声が響いた。ぱっとドライアイスが晴れると、そこにはドレッシーなオリム先生の姿があった。「おぉーーー！」と歓声が上がる中、響は懐のハンカチをシルクハットにかぶせる。
「呼び出して見せます。大将、これはお祝いの品です。お受け取りくださいな」
　直後、出てきたのは一輪の薔薇。それを、彼は微笑を浮かべたまま、オリム先生の髪に飾る。
「‥‥椅子をよこせ。立食は疲れる」
　が、彼女が発したのは、礼でも何でもなく要求だった。とことんこう言う雰囲気にセリフをあわせないおぜうさんである。「それくらいならどうぞ」と、またもや奇術で椅子を取り寄せ、座らせると、それなりに絵になった。
「この間に、皆カメラをっ」
「シャッターチャンスは逃さないぜぇぇぇぇ」
　群がる野郎ども。須佐が准将から奪った高解像度のデジカメをばしばしと使っている。証拠を残そうとぐるぐる周囲を回っている須佐を尻目に、オリム先生顔色１つ変えずにこう言った。
「どうでも良いが、室内の気温を下げておけ。暖房だってばかにならん」
「い、いやこれは翠さんが」
　じろりと睨み付けられ、身の危険を感じた佐渡川、責任を翠になすりつけようと振り返るが、彼の姿は、どこにもなかった。
「何。奴がどうした？　いないぞ」
「あーーー！　逃げちゃったー！」
　ご丁寧に『ただいま堪能中』の置手紙までご披露されている。目ざとくそれを見つけたオリム嬢、ぐいいいっと佐渡川を締め上げる。
「ほほう。貴様ら、また何か企んでいたのか？」
「い、いや。なんでもありませんっ！　それじゃこれでっ！」
　で、ダッシュで逃亡。ついでに須佐まで逃亡開始。瞬天速と限界突破まで使っちゃっている。
「まったく、人を撮る時には、望遠から狙った方が良いんですよねー」
「そこ、隠れてこそこそしない。何を撮っている」
　料理を作り終わったユーリが、スナイパーのよーに、ちょっと離れた場所から。シャッターを切っていた。が、腕章つけて見つからないように、姿隠していたのだが、元々食堂にあんまり隠れる隙間はない。腕章に『報道』とつけていたせいで、何とか睨まれるだけですんだようだが。
「そこの女がいるだろう。取材に２人も３人も必要あるまい」
「あはは。念のためって奴ですよっ。それに、さっきからカメラの調子悪いしっ」
　話題を向けられたふぁん、そう言って明後日の方向を向く。カメラのメディア部分を開けたり閉めたりしていたが、多分調子は絶好調だろう。
「ところで、コスプレどうです？」
「そんな浮ついた格好では、任務などこなせんぞ」
　そこへ、霧島がくるっと自分の格好の評価を求めてくる。即答するオリム嬢に、「可愛いと思ったのになー」と、残念そう。いや、それで可愛いといわれても多分困る。
「んー、やっぱパーティはこれに限るわね」
　一方では、着替えさせ終えたアスカが、その着飾ったお姉さん達を肴に早くもジョッキを２〜３杯カラにしていた。
「ではせめて、酒の味の感想でも」
「この後仕事があるからな。アルコールはお断りだ」
　そう言えば、さっきから酒には一切手をつけてない。
「だが料理は美味かった。気が向いたら、食事に来るかもしれんな」
　ぼそっとそう言うオリム。そのセリフに、一同の目が点になる。その間に、彼女は時計を見遣ると、本部の方向へ回れ右。
「おっと、そろそろ時間だ。写真はもういいのか？」
「は、はいっ。できればもう２〜３枚ッ！」
　記念撮影くらいなら応じてくれるようだ。こうして、ばたばたと撮影会が終了すると、アンノウンが「送っていこう」と、迎えの車をよこす。さも当たり前のように、それに応じるオリムさんを、彼は助手席の扉を開け、エスコートする。
「傭兵達‥‥‥‥若い奴らにびっくりしたかね？　彼らも、軍とは違うスタンスで。だが、守りたいと考えているのだよ」
「‥‥その割には、浮ついているがな」
　運転の最中、そう話すアンノウン。だがやはり、ああいった空気は受け付けてもらえないようだ。「どうだい？　今度は夕食でも」
「残念ながら、そこまで余力はない」
　後部座席には、サテンブルーの肩出しイブニングドレスが置いてあるが、元々さほど時間がないと言っていたので、丁重にお断りされてしまう。
「そうか。では、宿舎までの道のりで構わん。色々話させてもらおう」
　それほど距離はないが、車内で色々と語るのも悪くはあるまい。そう思うアンノウン。
「ふふ‥‥。汝が魂に幸いあれ‥‥ですかね」
　見送る響が、そう呟くものの、車が見えなくなると、ぐったりと疲れが襲ってきた。
「壮絶なミッションだったわね」
「ええ、色々な意味でね」
　後に伝説として長く語られる‥‥といいな☆　と希望を口にするアスカに、その手助けとなるよう、校内新聞の草案を見せるふぁん。
「はいはーい。これは写真身長じゃなくて、ブルマーとか入れて、着せ替えフィギュアとかにした方が売れると思います！」
　添付されていた水着とフォーマルドレス姿に、佐渡川がそう提案するが、んなもん見つかったら、タダではすまない事を、誰もが知っているのだった。