●リプレイ本文
【鉄くず忠臣蔵】
●ふすまの向こう
今回撮影するのは、ネット回線で流すカンパネラの宣伝番組だ。ただ、本来の新春ドラマ枠のように、十何時間というわけではない。あくまでも『宣伝』なので、アニメのOP曲程度の枠にしてくれとのこと。それでも、宣伝としては長い方なので、皆気合が入っていた。
「んーと、確か松の間にいるって言ってたっけ」
で、まずは準備と言う事で、鈴木 一成(
gb3878)は衣装を片手に、ジョン博士の元へと向かっていた。既に、呼び出し完了して放り込んでいる筈である。あと2人‥‥和奏から希望のあったツォイコフ中佐とデラード軍曹に関しては、今オファーを放り投げている真っ最中だ。
「こなかったら、別の手を考えないとなぁー。えと、松の間は廊下の突き当たり‥‥と」
ちなみにセットを1から作ると面倒なので、カンパネラ内にある和風の寮を借用している。その一部屋に、ジョンを連行しているはずだった。
ところが。
(あれ? 話し声がする‥‥?)
呼び出したのは、博士1人のはずだった。だが、中からはなにやらぼそぼそと話し声がする。壁に耳あり障子にメアリーと言うことわざがあったなーと思い出しつつ、一成は障子の隙間から、そっと中を覗いてみた。
「研究所で鍛えて貰った荒縄だが、使い勝手がいまいちでな? 他の者達が来る迄の間でいいが少し手伝って貰えんかね?」
そこに居たのは、一部では結構有名になってしまった黒コートことUNKNOWN(
ga4276)だ。和室の中で、相変わらずロイヤルブラックのフロックコートに、白の立襟カフスにロングマフラー、ベストも帽子も対ピンまでカンペキにそろえた黒服ダンディ仕様な衣装のまま、くわえタバコでそう頼んでいる。
「まぁ、かまわんだろう。俺もちょっと退屈してた所だ」
紫煙の香が漂う室内で、そう言ってなにやらごそごそと引っ張り出す2人。ぺしっと紙をはりつけたそれは、よく見りゃマネキンだった。
「‥‥!?」
一成が唖然としているのも道理で、貼り付けてる紙は、寺田センセの顔を引き伸ばしたモンである。そこに、いい歳をした2人で真面目な顔で、マネキン人形を縛っている。が、柔らかいマネキンのお肌に、ちょっとかすり傷がついているのを見て、黒コートがぼそりと一言。
「ふむ…もう少し伸縮性が欲しいかな? 肌を傷付けぬ様にしたいものだな…」
何に使うのか予想もしたくなかったが、そう言うや否や、蝋燭を垂らりと一滴。ちょっとお肌が溶けた。人に使ったら火傷確定な温度に、黒コートがこう要求してくる。
「蝋燭の温度はもう少し下げれないかね?」
「そうすると蝋燭って言えなくなるぞ。つか、何で俺らこんな事を」
「ふむ?やはりジョンも。亀甲がいいと思うか、ね?」
「いや、そうじゃないんだが‥‥」
薄日の差し込む和室で、レポートにメモを取る2人。圧力や温度等が測定され、何かに気付くたび、ジョンの眼鏡を光る。そんな2人には、専門用語が飛び交い、議論が展開されていたのだが。
「誰だね。そこにいるのは」
「す、すんませんっ。い、衣装を届けに来たスタッフのモンですっ」
がらりと障子が開き、黒コートが帽子を被ったまま、見下ろしている。いつもと変わらない姿だったが、一成はついいつものくせで謝り倒し、持っていた衣装を差し出す。
「――少し待っていてくれ」
顔色1つ変えず、再び障子が閉じられる。音もなく静かに閉ざされたその向こうで、ばたばたと「アレも隠せ!」「て言うかお前も隠れとけっ」と、何かを動かす音だけが響いた。
「ああ、手間をかけたな。えぇと、着方がよくわからないんだが‥‥」
再び障子が開き、何事もなかったようにタバコを吹かす博士。アンノウンの姿がない事には触れもせず、差し出された衣装に、説明を求めている。
「その辺はお手伝いしますよ。ここに説明書がありますから」
一成が、A4の『着物の着方』と書かれた紙を差し出す。一般的な浴衣に毛の生えたような書かれ方のシロモノだが、一成も日本人。榊兵衛に手ほどきを受けたのを思い出しながら、ジョンに着付けていく。
「何か視線が‥‥」
「気にするなっ」
もっとも、押入れのふすまの隙間から、その様子をじぃぃっと見つめている4つの目があった。突き刺さるその視線に、一成が顔を引きつらせるが、博士は首根っこを捕まえて反論を許さない調子で低く呻いている。
「そ、そうですよねっ。な、何も見なかったんですよ。じゃあ、支持はこちらで出しますから、これの時間通りに、移動してくださいね」
そう言って、台本を渡す一成。そのまま、何も見なかった事にして、くるりと踵を返し、スタッフの手伝いをするべく、大道具の元へ向かうのだった。
●枠は1分半
着替えを配り終わり、台本を読み、ついでに原作も読んだ学生達は、借りた和寮の玄関に集まっていた。学生達の憩いの場や、茶道系部活の研修場所として、和風の庭園が設けられている。そこに、一成が雰囲気を出す為に、人口の雪‥‥材料は紙ふぶきだったりプラチップだったりだ‥‥を降らしている。
「よし、こんなもので良いかな。後はなにやるんだっけ?」
「レフ板お願いします。カメラは、部活の人にやって貰うのでー」
溶けない雪なので、高張ちょうちんに見せかけた照明や、雰囲気にそぐわぬよう木箱で覆ったカメラやらが、多数取り囲んでいる。そんな雑用に走り回っている中、更衣室の方が騒がしくなっていた。
「よう。何か呼び出されたが、カンパネラの和庭園ってのは、ここかい?」
「デラード軍曹、本当に来てくれたんですねっ」
ちょっと嬉しくなる一成。そこには、軍曹ことズウィーク・デラード軍曹が、いつもの格好で、更衣室前に現れていたから。
「何か面白そうだったしな。それで、一体何したら良いんだ?」
「は、はいっ。え、えと、まずは着替えと台本をっ」
わたわたと衣装を持ってくる一成。依頼の内容をかいつまんで説明すると、軍曹はちょっと同情的な顔をしていた。
「一応、鉄くずは持参しましたけど、お礼は皆様にお任せしますね」
そんな彼に、こっそりと耳打ちする一成。見れば、その鉄くずには、メトロニウムフレーム、コート、革靴、ソード、健康サンダル…と今までの尊い犠牲の品目を刻んであったりする。
「この調子だと、中佐のおじさんも来てくれるかな。来てくれたらいいな‥‥」
そのデラード軍曹を推薦した一人、水理 和奏(
ga1500)は着替えを手伝いながら、そう呟く。デラードの役どころは、いわゆる大石親子の息子の方だ。で、その親である蔵之助役に、ツォィコフ中佐を推した彼女、たとえお芝居でも良いから、部下を演じれる事に、頬が完全に緩んでしまっている。
「中佐がくるまで、役のおさらいをしておきましょうか」
そんな水理に一成がそう言った。中佐と軍曹の役が決まっているだけでなく、傭兵や学生達にも、それぞれ希望の役どころがあるようだ。
「えぇと、結局どっちが良いのかなぁ」
「会長の話だと、バラエティ色が強い方が良いみたいですから、架空な方が喜ばれると思いますよ」
まじめな忠臣蔵ならば、時代考証やらなにやら必要だが、今回はバラエティ企画なので、オリジナル名前の方が良さそうらしい。本来の名前だと、子孫の方に迷惑がかかるかもしれないと言うのもあるようだ。
「よし。じゃあボクは水理和奏右衛門だ。んと、モデルはこの人だから、病死したお父さんの後を継いだって設定で!」
モデルにした47士の1人を、申告する和奏。差異がないように、一成が用意した47士カードに、自身の名前を書き込んでいる。例えば『矢頭右衛門:水理和奏』と言うように。
で、そうしてわくわくと準備を整えていると。
「水理さん、中佐さん来たよー」
「えっ。本当?」
一成がにこにこと笑顔で呼びにくる。彼が頷くと、和奏はそのまま話も聞かずにすっとんでってしまった。
「‥‥正直、こう言うプロパガンダ役は好みじゃないんだが」
「わぁ‥‥」
あまり広報活動的な事はお好きではない中佐。が、傭兵達の頼みに、衣装を着て、陣太鼓を持ってくれている。お目目を輝かせる和奏。
「よーし。ボク、ここだけ参謀ねっ。中佐のおじさん、よろしくねっ」
「‥‥‥‥まったく、あまりはしゃぎすぎて転ぶなよ」
が、しょせんはお芝居と割り切ったのか、そう言って和奏の頭にぽふんと手を置くのだった。
●カメラは回る、刀は踊る
「よぉい、スタート!」
カメラが回る。和奏が緊張した面持ちで、こう指示を飛ばしていた。
「50人東へ! 西へは30人を回せ!」
采配が振るわれる。多少上ずった声だが、精一杯背伸びをして振り上げるそれは、47士衣装とあいまって、若い視聴者には受けそうだ。なお、計算が合わないのは、大本の作品でも、そうして人数を多く見せ、敵を恐怖に陥れるはったりをかましていたからだそうである。
(見てくれる人がいると良いな)
鳴り響く陣太鼓と、足音は録音だったが、お腹に響く音響は、討ち入りの雰囲気を盛り上げるBGMとしては最適だ。そんな音と映像が、人々に届く事を願う和奏。
「拙者の名前は大高・GENGO・美虎なのであります」
だんだら模様の羽織袴と、衣装も勇ましい美虎(
gb4284)。が、やはり規格外の小ささを誇る美虎にはそれでもぶかぶかであった。おかげで、せっかく名作を頭に叩き込んできたのに、展開がバラエティって入る為、緊張感が沸かない。それでも、和奏はまぁったく気にせず、こう言った。
「門を破れ!」
「あらほらさっさー」
水無月 春奈(
gb4000)がそう答えながら、門の前へと移動する。そこには、何故か放り出されたままの大槌。ちなみに水無月が持ち込んだモノである。それを握り締め、覚醒する彼女。髪の色が金色に染まり、輝き出す。
「ひ・か・りに、なぁれぇぇぇ〜!」
とか何とか叫びながら、門に大槌が振り下ろされる。用意された大道具さん製作のダミー門が、木っ端微塵に粉砕される。
「赤穂藩士、水無月春之助である。主君とセーラー服の仇を討つべく推参した。欲するのは吉良の首一つ。手向かいせねば斬りはせぬ」
その粉砕された細切れが周囲を紙吹雪のように舞う中、大槌片手にカメラ目線でそう言う水無月。足元で、美虎が『あとレベル8でくず鉄になったツーハンドソードと、レベル5でくず鉄になったエメラルドリングの仇っ!』と、用意した47個のアイテムの成れの果てを片手に騒いでいたが、背が小さいので、カメラ内ではぴょこぴょことアホ毛が揺れているだけだ。モデルカードには『大高源吾』とあり、吉良の首級を上げる役だそうだが、その為には踏み台が必要な様である。
「何の騒ぎだ!」
そこへ、博士子飼いの武士。槍の名手と言ったいでたちで、榊兵衛(
ga0388)が姿を見せる。普段から着物を着用しているせいか、動きになんら遜色のない彼は、やっぱり持ち込んだ愛用の槍を構えていた。
「くっ…、何者だ、名を名乗れ」
出てきた兵衛に、台本に書かれていた通りのセリフを読み上げる水無月。この辺は時代劇の定番な名乗りシーンなので、セリフに淀みはない。
「貴様らの行為は逆恨み以外の何者ではない! そこに正義が無い以上、大義は我が主君にある。殿に成り代わり、この榊左衛門丞が槍のサビとしてくれよう」
槍が空中でかるがると振り回される。叩きつけた先で、雪が蝶のように両側へと飛んでいた。
「わが名は、水無月春之助。引かぬとあらば…その首貰い受ける」
あらかじめドニーが用意していた芝居用の刀を抜く水無月。相手の槍も、ドニーが傷を付けないようにしてくれたものだとわかっているので、思いっきり打ち込む事が出来た。
「慮外物共め! 常日頃の恩も忘れて逆恨みとは……。こうなれば、貴様らを一人残らず血祭りに上げてくれるわ」
それでも、がきーんと打ち合う金属の音と火花は盛大だ。飛び散ったそれが、人口雪に引火しないよう、関係者が祈っている中、槍を大げさに振り回し、カメラに見栄えが良いようにしている。
「く。こうなれば‥‥いでよ、我が同志!」
ぴーと呼笛が鳴った。と、美虎が反対側に周り、脇にあったもう1つの扉‥‥普段は実際に通用門として利用されている場所である‥‥から、他の浪士達がなだれるように乱入してくる。
「く、多勢に無勢とは卑怯なっ。殿、先に逝く不忠、なにとぞお許しを‥‥!」
その雪崩に飲み込まれ、画面外へと消える兵衛。カメラの外で、雪まみれになりながら『まぁ、芝居が盛り上がるためには、俺みたいな悪役も必要だろ?』と、ドニー・レイド(
gb4089)に話している姿が見えた。
「美環響ノ進、義によって助太刀いたす!」
黒地に金の華が刺繍された着物を見に付けた美環 響(
gb2863)が、そう言って長刀と小太刀クロスさせる。
「今宵、大事なものを鉄くずとされたものの恨み。思う存分味わってもらうぞ!!」
その交差された刀ごと、相手にぶつかっていく響。振りぬかれた刀が、雑魚役の一成に当たると、その都度、彼の背後に花が舞う。
「あれどうやってんだ?」
「ん、後ろ見て下さい」
出番の終わった榊兵衛が訪ねると、ドニーは響の背中を示す。カメラに移らないよう、丁寧に細工された着物から、水芸の要領で、花びらが吹き出ていた。
「美環さんのご要望でね。他にもいくつか頼まれたものがありますが、何に使うやら」
そう言って、見ているよう告げる彼。と、そのカメラの中で、相手の刀を受け止めた彼が、ちょちょいと何やらつつくと、刀がぐにゃりと曲がる。
「秘剣手品斬り、その奥義特とみよ!!」
自慢げにそう言う響。
「完全にコメディだな」
「いちおー本を読んで見たが、ちなみに、手品は江戸時代にもあったそうなので、別におかしかないそうだ。まぁバラエティだから良いんじゃないか?」
あまり忠臣蔵に馴染みのない彼、そう言って置いてあった鉄くずを手に取った。見れば、各位が持ち込んだ鉄くずが、まるで替えの武器のように、うずたかく積み上げられている。
「ま、こう言う仕事なら大歓迎だ。役を演じるのは楽しいからね」
そう言ってドニーは、用意した撮影用の衣装と日本刀を手に、乱闘シーンの撮影へと加わっている。
「相棒の仇、覚悟せよ!」
ちなみに名前は『新戸信清』だそうである。馬廻役大石瀬左衛門信清さんがモデルだそうで、よく聞けば、響を呼ぶときの名前が『美環殿』に変わっている。
「どけどけぇ! これでも食らえ! 邪魔をするなぁ!」
キムム君(
gb0512)が、野太刀を振り回し、力任せに雑魚敵を蹴散らしている。後先考えずに突っ込んでいる様に見えるのは、浪士側も吉良側もいわば能力者なので、遠慮はしていないだけ。きちんと、相手が防御を固めている場合は、崩そうとその手元を狙っている。
こうして、撮影はまるで乱捕り稽古の様相へと変化していくのだった。
●激闘鉄くず対戦
さて、参加した傭兵達は、何も大石側ばかりではない。さすがに少しは吉良側にも兵力を割いた方が臨場感が出るだろうと言う吾妻の提案で、役1割のメンバーが、吉良側に入っていた。
「まずは楽しむとしましょう」
吾妻・コウ(
gb4331)の台本には、『大石側が乱入したら、屋敷から出てくる』様に、指示が書かれている。ので、彼は外に誰かがいた気配を確かめると、すぱーんっと続く襖を開ける。
そこには。
「ふはははは! 吉良はどこじゃあー!」
体中に鉄くずを巻きつけた須佐 武流(
ga1461)が、板の間の階段の上で、どすどす歩いている。
「うるさい。安眠妨害じゃないか!」
結構な重さを誇るその鉄くずを、アーマー代わりにしちゃった須佐が歩くたび、みしみしどしどし音がするので、コウは思わず叫び返してしまった。
「これがなければ、吉良へのお礼参りは出来ない! かかって来るが良い!」
「良い度胸ですね。あなたに恨みはありませんが、やらせていただきます」
相変わらず大音響な須佐。内心耳栓が欲しいと思いつつ、コウはノリノリでそう言うと、階段を駆け上がる。
「この杖を抜かせたら止まりませんよ?」
「上等だ。止められる門なら止めてみやがれ!」
須佐がそう言って踊りかかる。が、鉄くずのせいで動きが鈍い。おそらくわざとなんだろうなーと思うコウは、それに合わせて、すいっと横にそれた。
「うぉっ!?」
びたんっと盛大につんのめる須佐。バランスを崩し、片足でぴょんぴょんと階段の方へ。
「えい」
タイミングを見計らい、追い討ちをかけるように、コウが刀の抉で、須佐の背中をどんっと突く。
「ウヴォアァァァァ!!」
叫び声を上げながら、足を踏み外す須佐。そのまま階段をごろごろと転げ落ちて行った彼は、勢い余って障子をぶち破る。しかし、それでも止まらず、そのまま庭へ飛び出してしまった。さすがにそこで踏みとどまったものの、場所は池の濡れた岩の上。
「押すなよ? 頼むから押すなよ!?」
須佐が目配せした。降りてきたコウが、にっこり笑顔で、足を払う。
「だぁぁぁ! 冷たい! 熱湯風呂にしとけっていったじゃねーかー!」
事前の打ち合わせでは50度弱の高めなお風呂と希望していたんだが、池の温度は、何故か氷が浮かんでいた。見れば、カメラの向こうで一成が『温度が高いとカメラが曇る』と、カンペを用意している。
「お。おのれぇぇぇい。このままでは死なんぞぉぉぉぉ!」
びしょぬれになりながら、池から上がってきた須佐、エコーを響かせ負け惜しみを叫ぶと、そのままカメラの向こう側へと消えていくのだった。
「恐ろしい敵だった‥‥」
しみじみとその強さをかみ締めるコウ。と、その引っ込んだ先で、入れ替わりに『裏切りものぉ!』『表帰りだー!』とか言うミア・エルミナール(
ga0741)の声が聞こえて来た。
「有象無象はざっくざく! 古今東西今弁慶たー、あたしのことよ〜! 通りたければ屍越えていけい!」
どこかの番組予告みたいなセリフは、本人は楽しそうに、長柄の斧を振り回している。
「己が選択を棚に上げ、人をねらおうなんざー、何と狭い野郎どもよ! そんな奴らに負けはせぬわー!」
とか何とか言っていたところに、「むう。かつての仲間とは言え、容赦はせんぞー」と、後ろから頭に吸盤を付けた矢が‥‥。
「ミアさん、あぶなーい」
どんっと突き飛ばされる。身代わりに、コウが背中からぶち切られた。血糊なんぞは仕込んでいない上、ただのよく出来たオモチャなので、痛くも痒くもないのだが、コウはそのまま、べしゃあっと床につっぷしてしまった。
「大丈夫か? って、お前、顔っ!」
助け起こすと、顔面強打で、鼻血吹いちゃたらしい。後で練成治療でもかけてもらおうと思いつつ、勢い、瀕死の重症人モードで抱えられているコウは、ぴくぴくしながらこう言った。
「す、すみません。先に行って下さい。必ず後から追いかけます」
「わかった。お前の犠牲は無駄にはせんぞ」
セリフだけ聞いてると感動的なシーンだが、旗から見ているスタッフは、笑いをこらえるのに必死だったそうだ。
「皆ノリノリだなー。さて、そろそろ出番か」
台本を確認しながら、そう答える大泰司 慈海(
ga0173)。見れば、ミアが戸口へと向かっていた。その台本には『移動したら出て来てね』と書いてある。その指示通り、慈海は、戸口の裏側へと移動する。
「あー、そういえば、誰やるんです?」
アシスタントの一成が、色々と鉄くずを持ってくる。と、カード差し出す彼。そこには『不破数右衛門』と書いてあった。なんでも、浅野家の家宝を勝手に持ち出して鉄くず化させたた為、色々あって班を追い出された奴らしい。自分がお宝持ち出した事は棚上げで、ジョンに復讐をという設定だ。
「俺も前にハブーンを鉄くず化しちゃってさー。当時入ってた小隊がやる作戦にぴったりだってんでやってみたんだが‥‥パーセンテージなんて飾りだよねー」
ちょうど大規模作戦の折、いや映画撮影の折だ。確率5%だと言われ、GOサインを出したら、見事に鉄くずったそうだ。
「サイエンティストの弁じゃないような‥‥」
「気にしなさんな」
ちなみにその小隊では、妙に鉄くず化率が高かったそうだ。顔には出さないが、本人も相当悔しかったらしい。
「抜けば珠散る氷の刃! 寄らば斬ろうぞ! かかってこんかーい!
戸口を開けて、撮影会場に出向けば、ミアが斧をどんっと床に叩きつけながら、寄せ手の相手をしているシーンだった。
「ふふっふ。裏切り者には、裏切りものが相応しい。苦労の末に体得した、我が秘技を受けてミヨー」
若干棒読みはいたし方がない。そう言って慈海がぱっちりと合図すると、ミアの持っていた長柄の斧が、さらさらと砂鉄状に崩れ去った。
「ああっ。あたしの武器がっ! えぇい、替えなどいくらでもあるわー!」
そう言って、倒れたモブ役の須佐から、刀を奪い取るミア。
「無駄ですよ。いくら持ってこようとも、この鉄くず奥義の前には無力です」
「ぐはぁぁ。ここまで来れば矜持の勝負じゃー!」
しかし、それすらもくず砂鉄と化してしまい、ミアは凍りついたようにばったりと力尽きる。ああ堂々の立ち往生だった‥‥。
●VS吉良‥‥?
こうして、乱闘シーンが長く続いた後、庭の方ではあらかた雑魚を倒し終わった役者達が、右往左往していた。
「裏切り物は倒れた。吉良はどこだー」
春奈が、そう叫びながら走り回っている。
「屋敷の外には出ておらぬ、どこかに隠れておるぞー」
彼女のセリフを耳にして、ブレスト博士が移動する。台本には『吉良が中々見つからないので、探しているシーンです。そのセリフが聞こえたら、納戸の裏から、中に入ってください』と指示が書いてある。
「まったく、なんだってんだ。いったい‥‥」
ブレスト博士、まったく意味がわかっていない状態で、指示通り張りぼてな納戸と言う名の物置に向かう。裏側に小さな出入り口があけられており、役者はそこから出入りするようになっていた。
が。
「いたぁ!」
入って座ってたら、いきなり正面の扉が開けられる。開けたのは美虎だ。ずいぶんと小さい赤穂浪士さんに、ブレスト博士の胃がきりきりと痛む。
「くず鉄暴君ブレストめ、俺の戦友たちのくず鉄の恨み、思い知らせてやるぜ!」
そう言って、野太刀を片手ににじり寄るキムムくん。そんな彼らに、和奏が割って入る。
「まってよ。見つけたんなら、そこまでやる必要なんて‥‥」
一応、自害を進める蔵之助がいるんだが、中佐が芝居は見てるだけと言い張った為、彼女がその代わりに止めに入っている。
「大丈夫だよ。壊してはまずいものは壊さないようにしてあるから」
ドニーが後ろからこっそりとアドバイス。
「なぁんだ。じゃあ大丈夫だね、中佐のおじさ‥‥蔵之助殿」
「うむ、まぁ怪我をしないようにな」
よきに計らえ、とルビが振られそうなセリフだが、和奏を見下ろす目は普段よりも優しい。
「全然大丈夫じゃないだろうが。これ以上胃痛の種を増やしてたまるか!」
一方の博士が、防御を固めるように、着物のあわせをしっかりと止めている。ついでに横に転がっていた上着を着込もうとするが、それを慈海ががしっとつかんだ。
「悪いなー。着せるわけには行かないんだよー」
そう言って、着物に手をかける彼。確か帯はテープで止めてただけだったなーと思い出し、継ぎ目の所をべりっと引き剥がす。と、まるでマジックのように、着物がはらりと脱げ落ちた。腰紐巻いてあるかなーと思ったら、外人さん向けに簡略化してたようだ。
「って、脱がすな馬鹿者ー!」
「はっはっは。諦めろー」
笑顔でそう答える慈海。そこへ、傭兵達がいっせいに鉄くずを投げつける。
「せぇらぁ服の仇ー!」
「殿と、鉄くずとなって散って行ったモノ達の仇也‥‥お覚悟!」
春奈が鉄くずを手に、ドニーが非覚醒状態で、美環がそのドニーから借りた鉄くずで。こうして博士は、哀れ傭兵達の生贄となってしまうのだった。
人が夢 すがらに望む 君が為
命尽きても 果てまで駆けむ
こうして、撮影は滞りなく終わった。キムム君の詠む時世の句、それは『儚い人の夢の様にあなたの為に最後まで思っています。たとえ死んでも最後まで走り続ける』だそうで、彼の傭兵としての思いも重なっているそうだ。
「お疲れ様でした。今回は付き合っていただき感謝します」
刹那そうな曲の流れるEDロールでコウが、博士、それに軍曹や中佐と言った協力者にも、微笑ながら飲み物を手渡している。
なお、視聴覚室で出来上がり具合を確かめたところ、以外と皆が楽しそうなので、宣伝用とは別に、生徒作品として公開する事になったのだった。