●リプレイ本文
物資を送り届ける。無事に。
それが今回の仕事だ。
だがそこには、敵の仕掛けた罠が右往左往しており、緊迫感を否が応でも高めていた。
「運ぶの‥‥でもぶんぶん、黄色いよぉ?あっちの方。大丈夫?」
独特の口調で、ロジーナ=シュルツ(
gb3044)が街中の方を指し示す。彼女にとって、危ない所、もの、人は全て黄色くてぶんぶん鳴っているらしい。言うならば、ミツバチの警戒色と言ったところだろうか。
「大丈夫じゃないみたいですけど、ね」
「‥‥いいけど。がんばるもん。ボク、怖くないんだよ?」
神翠 ルコク(
gb9335)が首を横に振る。が、ロジーナは構わずリンドブルムへと跨っていた。今回、やはりカンパネラの生徒をはじめとするドラグーンが多い。理由は、ここへ来る報告書にあった、見慣れぬ生体バイクに乗った部隊。ハーモニウムと呼ばれた彼らに、興味を示したゆえだろうか。
「うふふ。カンパネラ対ハーモニウム‥‥何だか面白そうじゃん♪」
一番楽しそうなのは、ドラグーンではないクロスエリア(
gb0356)だったりもするのだが、ともかく新しい存在に、心躍らせているのは事実なのだろう。高揚感とも言うのだろうが。
「この辺りの地図は‥‥。相変わらずだな。最短距離はこれでいいか」
月城 紗夜(
gb6417)が、データベースから引っ張り出してきた昔の地図を、方位磁石と共に、自分のリンドブルムに貼り付けている。風防の真ん中で、エンブレムのようにくるくると針を回して‥‥ぴたりと止まった。
「というか、敵も面倒な事をしてくれる。蹴散らしてやりてぇが、まぁ補給活動が優先だな」
その様子に、無線機を取り付けるユウ・エメルスン(
ga7691)。適うなら、粉砕撃破と行きたいところだが、トランクに収めた充電器の事を考えると、そうも行っていられない。と言うわけで、連絡を取りながら向おうと言う事になった。
「隊列はこんな感じで良いー?」
クロスエリアが、AUKVの配置を決めている。先行と左右で挟むようにして、極力戦闘を避けようとポジショニングされている。物資輸送を優先した結果らしい。各自がエンジンスイッチを回す。クロスエリアを後ろに乗せたロジーナが先行し、一行は敵の顎待ち受ける街中へと滑り込んで行った。
「月城のルートだと、ジーザリオが通れないかも知れねーな。予備ルート用意しておくぜ」
最短ルートは、向こうも予想していることだろう。車での突破が困難であることを考えて、ユウは他のルートも選択していた。ロジーナとクロスエリアのリンドにも転送する。
「皆様、無事に帰ってきましょうね」
その月城と共に、左右に展開していた若菜が呟くように言った。心配する彼女を含め、ジーザリオの周囲にいるAUKV組は、何故か女性が多い。
「うーん、そういや今回は女の子多いな‥‥‥‥」
「ユウさん、鼻の下伸びるっすよ」
同乗している真上銀斗(
gb8516)がツッコミを入れている。顔を引きつらせるユウ。弁明している声が上ずっている。
「い、いや、別に他意は無い、ただの‥‥そう、ただの感想だ!」
「って、前危ないっすよ!」
おかげで、選考するロジーナに追突しそうになる。ききっとふらつくジーザリオ。
「みんな、若いなぁ‥お姉さんとして頑張らないと」
後ろが大騒ぎしているのを、無線機で聞いたクロスエリアは、のほほんとそう呟くのだった。
傭兵達が向った市街地エリアは、細かな路地が入り混じっていた。まだ、人も住む地域。バグアへの対処の為か、車一台通れるかどうかと言う場所だ。だが、先行するリンドブルムは、そんな細い路地でも、難なく入り込んでいる。その路地で、運転していたロジーナがききっとリンドを止めた。
「あっちぶんぶんしてるの、ぶんぶん黄色いの」
ロジーナ、路地の向こうに見え隠れする四角い物体を指し示し、そう報告してくる。見れば、マインドリフレクターが、まるでダンボール箱のように積みあがっていた。
「ふんふん、ここの道はもう使えないっと」
その様子に、後ろのクロスエリアが、カリカリと地図に書き込んでいる。
「黄色いの、いないところ。ぶんぶんしていない所」
通れなくなった道を、再計算して、新たな最短距離を算出するロジーナ。そっちへ向うと、行き止まりへと差し掛かる。
「ちょっと待って。念の為」
後ろのクロスエリアは、探査の目を使いながら、慎重に周囲を見回した。一見何もないように見えるが、油断は禁物だ。
『どうかなさいまして?』
「あの壁‥‥偽物だね」
後ろの綾小路 若菜(
gb8529)が、無線機から問うてくる。それに短く答えると、リンドから下り、慎重にS−01を構えながら、近づく。
「なるほど。あっちは駄目だけど、地図にないここは通れるんだね」
どうやっているのか知らないが、壁は壁ではないらしい。近づいてみると、すぐ近くに、MIの姿があった。まだ傘は閉じている。この壁が薄いフィルターのようなものなのは、それを隠すためだろう。
『こちらは何もありませんでした』
後ろでは、周辺を見回した若菜がそう言っていた。どうやら、ここは通したくないらしい。無理に相手をすれば、こちらが被害を被る。リンドに戻ったクロスエリアは、緊張している様子のロジーナにこう指示。
「む、何か嫌な感じがするから、ルート変更。ロジーナちゃん、次を左ね」
「わかったの」
こくんと頷いたロジーナが左折する。その後ろを、ジーザリオとAUKVが追随する。
「狭いな。ここは、前後に分担するべきか‥‥」
とは言え、左右に展開できるほど広くない場所では、フォーメーションを変えざるを得ない。しっかりと両膝でタンクを挟み、バックミラーを折りたたんで走行する月城。何とか片手で運転したかったが、この狭さでは無理をしない方が良さそうだ。
「無線機の調子はどうだ? 真上」
『ちょっとザラついてますね。ジャミングが濃くなっているみたいです』
常にONにした無線機の向こう側で、対応してくれたのは、ジーザリオの後部座席に乗っている真上だ。と、運転していたユウは、ロジーナのリンドブルムに続き、左折しようとしてふ気付く。
「ん? 過重量か? ジーザリオのハンドルが重い気が‥‥」
何しろ、大人3人+充電器である。箱に詰め込まれたそれは、その他にも色々詰め込まれているらしく、見た目よりも重い。動きが遅い気がする中、先行していたロジーナが、再び立ち止まった。
「ぁ、みっけー‥‥。逃げよ?」
3本ほど向こうの路地を曲がる辺りに、二輪のフロントタイヤが見えた。少なくとも人類のものではない。ロジーナのみつばちセンサーが警報の羽音を響かせている。迂回するルートを探したが、ジーザリオの入れる隙間がない。
「みーつっけた♪」
そうこうしているうちに、スズメバチが3匹、こちらへ姿を見せてしまう。見つかったと思った刹那、ジーザリオの後ろから、月城が追い抜いて行く。車体を抜けたところで、アーマー形態に変形した彼女は、ジーザリオの正面へ回り込むと、そのスピードを殺さぬまま一番手前の生体バイクへ肉薄する。
「吹き飛べ!」
竜の咆哮が響きわたった。轟音が生体バイクを包むのを見て、クロスエリアがひょうと口笛を吹いた。
「むぅ、速いなぁ‥‥。みんな、ハーモニウムが来るよ」
警告を発した直後、生体バイクがむくりと起き上がり、その上の御仁がニヤリと嘲笑う。
「乱暴だなぁ。そんなの僕にもできるよ」
「何っ」
月城が驚く間もなく、その体躯が地に転がる。衝撃波が襲ってきたようだ。
「くっ。敵襲、ここで食い止める。先に行け」
「援護します」
ジーザリオの後部座席に乗っていた真上が、小銃を乱射する。だがそれは、相手のライディングギアにはじかれてしまった。しかも、スピードをあげた彼らは、生体バイクの強みを生かして、壁に張り付いてしまう。よく見れば、足の部分から鍵爪が生えていた。
「こんのぉっ!」
「きゃはははは、あたらないよーん」
弾丸が壁にめり込む。残されたガラスが砕け、頭上に降り注いだ。その中を、ようやく起きあがった月城が肉薄する。
「この刃に慈悲は無い」
「あーあ、かわいそうなボクタチ」
蛍火の一撃が相手をとらえた。少年姿のバグアだったが、月城は容赦なく、その足下をねらう。しかし、靱帯を切ったはずのバグアは、楽しそうに言って、ジーザリオの上へと飛び降りてきた。
「ちょろちょろ邪魔だっつーの!」
「だってそれがお仕事だもーん♪」
後部座席のユウが、その牽制をしようと、小銃をぶっ放す。その弾が、体にめり込んでも、どこか楽しそうな相手の姿に、背筋すら凍る思いだった。
「せぇいっ!」
「うわっ」
真上が距離を詰められ、その身に爪らしきものを振り下ろされる。思わず小銃で受け止めた刹那、相手が横に飛んだ。
「こっちはそれなりに出来るみたいだねー」
見れば、月城が蛍火を使ったところだ。
「す、すんませんっ」
「戦力が減る。それだけだ」
申し訳なさそうな真上に、月城は冷静に告げた。覚醒した都合なのか、生来の性格なのかはわからないが、その左頬に浮かんだ蝶の痣と、深紅の瞳、浮かんだ十字架は、無慈悲な証。
「だ、大丈夫ですか!?」
「うっす。平気っす」
駆け寄った若菜に声をかけられ、ファイティングポーズをしてみせる真上。救急セットは生き残った後でもよさそうだ。
「危ないの、ぶんぶんなの、黄色いの‥‥」
「やっぱり、囲まれてる気がする。僕が敵だったら‥‥。そうか!」
おそらく、ロジーナの視界は、黄色く染まっているだろう。そんな彼女達を先行させたルコクが、何か思い悩むような風情なのを見て取り。若菜が首をかしげた。
「どうかなさいまして?」
「多分、僕だったらジーザリオを狙うと思うんです。怪しいですから」
だが、相手は先に行った者達と戦っている。
「なかなか上手くいかないものだな」
ユウは一気に仕留めたかったようだが、相手もそう簡単には沈んでくれない。まるで、何か目的があるかのように。
「‥‥! ここは危ないです!!」
ルコクのせりふに、若菜はその「目的」を思いつく。が、その刹那、ビルの上から降ってくるのは、バハムートと同じ大きさの生体バイク。それは、ジーザリオの真上に降ってきた。
「く。やはりですか‥‥」
がつんっと強い衝撃が走った。天井を切り裂こうしたのか、さらなる衝撃が襲う。これ以上はやらせないと、ルコクが、ジーザリオの影から進み出る。
「どうしたの?」
「新手です!」
クロスエリアに答えるルコク。だが、彼女達も目の前の戦いに手いっぱいだ。ここは、自分が相手をするしかない。そう判断し、懐から鉄扇を取り出す。
「どうしてもやるしかなさそうですわね」
若菜、あまり戦いたくはなかったらしい。決して厭戦気分で言っているわけではない証拠に、すでにリンドブルムは装着済だ。
「いきますわよ!」
大型タイプが、邪魔だと言わんばかりに、若菜に装着した爪をふるう。それをレイシールドで受け止めた後ろから、駆け上がるようにして、ルコクがつっこんできた。
「僕の舞い、見切れますか?」
流し斬りを使い、肉薄する彼女。鉄扇を閉じ、舞の仕草で振り下ろす。
「ふうん、ずいぶんと自信過剰な奴ばっかりだねー」
軽く言われているが、盾扇で受け止めたその一撃は、かなり重い。
「僕の舞いは止められませんよ?」
「止めるなんて思ってないよ。好きなだけ踊ってくれるかなっ」
びゅうんっ爪がルコクを凪いだ。走る痛みに、ルコクは活性化を使わなければ‥‥と、地に足を着く。だが、相手はその暇すら与えてはくれないようで、目の前にがつんと爪が突き刺さった。
「縄張り争いをしてるんです。容赦なんて、しませんよ!」
その爪に、一撃を食らわせるルコク。人とかバグアとか、どちらでもいい。獣の戦いに、温情などいらない。
「長引きそうね‥‥。そんな暇ないのに‥‥。仕方ない、使うか」
劣勢とは言わないが、ここでもたもたしていると、充電器が運べない。そう判断したクロスエリアは、懐の閃光手榴弾に手を伸ばす。
「ボクをいじめないでーーーっ!!」
その目の前では、ロジーナが竜の爪と瞳で、相手をしていた。そこへ、クロスエリアが合図する。
「皆! 目ェ瞑って!」
「えっ、ははははいっ!」
刹那、強烈な光の奔流が周囲を覆った。相手も視界は同じだろう。探査の眼は、そんな中でも、出口を指し示してくれる。
「さ、今のうちに逃げるよ♪」
クロスエリアの導きで、一行は素早く戦場を後にするのだった。
その後、AUKVをバイク形態に戻し、無線で位置を聞きつつ、最短ルートを走ることに成功していた。
「敵掃討終了、任務続行。そちらの居場所は?」
「ん、こっちは平気っす」
月城にそう答えている真上。程なくして、充電器は無事避難所へと運ばれる。
「皆様、お疲れ様でした」
「ロジーナちゃん、乗せてくれてありがとね♪」
若菜とクロスエリアが、同乗者と仲間に礼を言っている中、ルコクは不自由な生活を余儀なくされているシェルターの中の人々に、こう申し出る。
「これでいいのかな。皆さん、時間があれば、僕の踊りを見ていただけませんか?」
きっと、忙しくなるだろうから。
せめてひととき、楽しんでくれれば、士気も上がるだろうと思って。
こうして、シェルターには、『踊り子充電器』という都市伝説が、まことしやかに残るのだった。