●リプレイ本文
「つまり、周期的に考えて今夜犯行を行う可能性が高い訳ですか」
注文した紅茶を飲みながら、二条 更紗(
gb1862)が判明した事実を元に結論を導き出した。
誰かが小さな声で「ご都合主義」とか言ったようだが、気にしない。
「それじゃあ予定通り、ボクと未早さん、更紗さんとしのぶさんが囮になって犯人を誘き出す作戦で問題ないですね」
隣でおいしそうにパフェを頬張るしのぶ(
gb1907)を見ながら、神鳥 歩夢(
ga8600)が確認の意味も込めて発言する。
ちなみにしのぶの向かいの席では双寺 文(
gb0581)が同じパフェを食べており、二人は時々味を賞賛していた。
カララク(
gb1394)は不機嫌な表情でコーヒーを飲んでおり、傍から見ればまるでその苦味に顔を歪めているようにも見える。
神無月 紫翠(
ga0243)と美海(
ga7630)はのんびりお茶を楽しんでいるばかり。
水上・未早(
ga0049)は今後のことを心配しながら、店内に置かれていた漫画の読書を始めた。
明るい内に情報を仕入れた一行は、犯行が集中している夜間まで思い思いの過ごし方で時間を潰していった。
「期待を裏切ることなく、似合ってるのですよ」
美海の言葉に、歩夢は複雑な思いで笑みを浮かべた。
本人たっての希望ということで、歩夢は今回男性ながら囮役として行動する。
無論、囮役を務める為に現在歩夢は女装をしているのだが、その違和感のなさこそ違和感があった。
セーラー服を身に纏い、頭には装飾のためにコサージュを付けている。
知らない人が見れば、可愛い女子学生以外の何者でもない。
知っている人が見ても、可愛い女子学生以外の何者でもない。
「これは‥‥犯罪でしょう」
紫翠の言葉は言い得て妙と言えた。
続いて着替えを終えた囮役の他の女性陣も登場する。
未早はフォーマルなスカートとブラウスを着用し、少しメイクをして大人びた女性を演じている。
年齢がやや若いような気もするが、知的な雰囲気が有能な新人会社員という印象を与えてくれる。
一方の更紗は黒のゴスロリ服を身に着けていて、まるで生きた着せ替え人形のようである。
本人が誇りを持っているという胸の無さも手伝い、一部の男性の絶大な支持を受ける事間違いない。
最後に登場したのは、若い子らしい私服のしのぶである。
派手さはないが、歳相応の可愛らしさがあり、その豊満な胸には一部の男性が必ず振り返るであろう。
皆各々の魅力を十分に引き出しており、犯人を誘き寄せる囮としてはこれ以上ないほど最適だった。
「それじゃあ、『狩り』に出かけるか」
カララクは準備が整った事を確認すると、狩猟者の目で店の外へと出て行った。
他の者達も後を追うように店を出て行き、最後に文が退店しようとして振り返る。
「わざわざ着替えまでさせてもらって、有難う御座います」
「いやいや、こちらこそいいものを拝ませてもらったよ」
文が感謝の言葉を告げて店を出て行った後、喫茶店のマスターは何故か女装した歩夢の事を思い出して笑顔を浮かべていた。
時刻は午後6時半。
まずは2班に分かれた内の1班が、最初の囮作戦を開始する。
道順は被害の多かった駅周辺を時計回りに一周。
偽女子学生の歩夢と有能新人の未早のペアが駅から溢れ出る人に紛れてゆっくりと歩き出す。
その様子を離れた所で美海とカララクが見守っているのだが、相変わらずカララクからは殺気が溢れている。
最早それがどす黒い瘴気となってカララクを包み隠して目立たなくしているのだから神秘だった。
美海はベンチに腰掛け、地面に届かない足を空中で落ち着きなく動かしている。
囮役の2名は周囲に気配を配りつつも露骨に視線を動かす事なく、まるで姉妹のように楽しく談笑しながら予定の道を進んでいく。
特に異変もなく、20分ほど経過して再び駅に近付き始めた時。
「ちょいと、お二人さん」
と、声を掛けてきた人影が在った。
人影は背中が大きく曲がり、齢70歳くらいに見えたが、まだまだ元気そうな体付きをしていた。
「すまんが、ここらへんで『すうぱあ』というものを知らんかね。ちょいと買い物がしたいんじゃが‥‥」
どうやら下着泥棒などではなく、単に道を尋ねてきた老人らしい。
未早は持っていた地図を取り出すと、南西に少し歩いた場所に大手スーパーが在る事を教えてあげた。
「おお、有難うさん。恩に着るよ」
老人はペコペコと何度も頭を下げた後、覚束無い足取りでゆっくりとスーパーへ進んでいく。
未早と歩夢は顔を見合わせて笑った後、残り少ない予定路を進み終えた。
「結局、犯人は現れなかったのですね」
一目のつかない路地で一同は集合し、美海が残念そうに視線を落とした。
「いえ、そうでもなかったりします‥‥」
と言ったのは未早で、見てみれば僅かに彼女の顔が紅潮している。
他の皆は最初はどういう事か理解できなかったが、視線を集められて挙動不審な彼女の様子から、事態を察知する。
「馬鹿な! いつの間に!?」
カララクは感情のままに大きな声を上げ、近くのコンクリートの壁を叩いた。
周囲が少し暗かったので誰もその時は気付かなかったが、実は僅かに亀裂が生じていた。
「美海は目を放した事なかったですよ」
「恐らく、先ほど老人と話をしていた時だと思います。あの時は説明する事に集中していたので」
悔しさと羞恥心で、未早の顔が更に紅く染まる。
「とにかく、この事を連絡して、B班にも注意するように促しましょう」
歩夢の提言に同意すると、カララクは苛立たしげに無線機で連絡を行った。
「未早さんが‥‥被害に遭われた‥‥そうです」
通信を終えた後、紫翠が静かに発表し、他のメンバーにどよめきが起こった。
自身が警戒し、さらに監視されている状態での犯行である。
よもや犯人は魔法使いではあるまいな、と思わず疑ってしまいたくなるほどだ。
「そろそろわたくし達が囮を始める時間です。
これ以上被害者を出さないためにも、より一層注意を払いましょう」
更紗は予定時刻が迫っている事を知ると、作戦を続行する旨を伝達した。
仲間に被害者が出たからと言って、囮作戦を今更中止させる訳にはいかない。
被害に遭ったという事は一応囮としての役目は成功している訳であり、有効的な作戦という証拠であった。
例えこちらも被害に遭ったとしても、犯人を必ず捕まえてみせる。
それが、夜空の輝きとなった仲間への手向けだから。
『私は下着を盗まれただけなのですけど‥‥』
通信機の向こうから未早のそんな声が聞こえてきそうだが、皆頑なに夜空を見上げていた。
ついでに敬礼なんかして、完全に死んだ仲間を見送っている。
「対策は多分万全、いざ出陣です」
すっかりやる気になった一同に更紗が声を掛け、第2の囮作戦が決行された。
こちらの巡回は、駅から少し離れた所にある大手スーパー近郊を時計回りに調査。
この周辺も犯行が集中して行われている場所である。
ゴスロリ少女に純情そうな乙女という奇妙な組み合わせの囮だったが、楽しそうに予定路を歩く2人の姿に違和感はなかった。
スーパーの駐車場には紫翠が待機し、追加囮要員と囮の護衛として文が2人の後ろを離れて歩いていく。
文は元々は捕獲側の予定であったが、先程の連絡を受けてもし犯人が近寄ってきた場合を考慮し、護衛として2人の後ろについた。
その後、巨大なスーパーを囲むようにぐるりと一周して予定を全て消化したが、幸か不幸か犯人らしき人物は現れなかった。
「クッ、つるぺたは標的外ですか。ですが胸は無くとも、志は折れません」
更紗が何故か悔しそうに言葉を零し、隣でしのぶが乾いた笑みを浮かべる。
「ちょいと、お二人さん」
と、先ほど歩夢と未早に声を掛けたのと全く同じ老人が同じ口調で2人に声を掛けた。
手には買い物袋が提げられており、恐らくスーパーで買い物をした後なのだろう。
「すまんが、駅の方向はどっちだったかの?」
完璧に耄碌していたが、そんな事を知らない2人は地図を広げて親切に老人へ目的地を教えてあげる。
「おお、有難うさん。恩に着るよ」
再びペコペコと頭を下げながら、駅へ向けてゆっくりと老人は歩き始める。
「こちらB班。老人と接触したが‥‥それ以外問題なしです」
作戦終了を告げるために紫翠が連絡をし、それを受けたカララクは何かに勘付いた。
『もしかしてその老人というのは、腰の曲がった70歳ほどの老爺か?』
「ええ‥‥その通りです。知り合いですか?」
『急いで囮の2人に下着の有無を確認してくれ。もしかするとそいつが──』
カララクが全てを言い終える前に、絹を裂くような叫び声が聞こえ、紫翠は驚いて声のした方向へ振り返った。
悲鳴の主はしのぶと更紗で、その近くで文が困ったような顔をしている。
紫翠が状況を理解できないでいると、通信機の向こうでそれを聞いていたカララクが確信をもって宣言した。
『──そいつが、犯人だ!』
「さっきのお爺さんが下着泥棒って、本当ですか?」
相変わらず女子学生姿の歩夢が、通信の終了を待って名探偵カララクに詰め寄った。
「ああ、多分間違いない。さっきもあの爺さんが現れた後で未早が被害に遭ったしな。
向こうからの情報によると、爺さんは駅に向かって移動をしているらしい。
ここに戻ってきた所を一網打尽にするぞ」
カララクの案に、美海と歩夢が頷いて賛成を表明する。
被害者である未早が一番犯人を憎らしいのだろうが、これ以上捕獲作戦への参加は出来ない。
何故ならば、犯人を捕まえようと派手な動きをすれば、描写上大変宜しくない事になるからである。
残念だが乙女の純情を守るため、未早はここで大人しくしていることが決定された。
スーパーの方向から駅へ続く道を3人が見守ること10分、緩慢な歩行で老人が姿を現した。
すぐさま3人が集合し、老人の行く手を遮るように前に立つ。
「なんじゃ、あんた達は? ‥‥おぉ、先ほどのお嬢ちゃんじゃないか」
カララクと美海の顔を訝しげに見た後、歩夢の姿を見ると老人は途端に好々爺の表情を浮かべた。
「もうすっかりバレてるぞ、爺さん」
カララクが怒りながら笑うという高等技術を披露しながら、両拳の骨をゆっくりと鳴らす。
「大人しく未早さんの下着を返すのですよ」
大きな声で言って良い内容ではなかったが、構わずに美海は大声で下着の返却を命じた。
「すいませんが、少し調べさせてもらいますね」
歩夢は申し訳なさそうな顔をしながらも、しっかりと疑いの眼差しを向ける。
老人はまるで身の覚えがないと言いたげに怯え、3人の顔を落ち着き無く見渡した。
「まさか、か弱い老人に暴力を振るうと言うのかね」
「いい加減、猿芝居はやめな!」
カララクが老人の胸倉を掴もうと手を伸ばしたが、その手は空を掴んだ。
気が付けば老人の姿が忽然と消えており、3人はまるで狐に抓まれたような感覚に襲われた。
「ほっほっほ。遅いのう」
背後から突然声が響き、3人は即座に振り返る。
一瞬前まで正面にいたはずの老人が、いつの間にか背後に回り、おまけにこちらに背中を向けて立っていた。
一体何が起こったのか誰も理解出来なかったが、同時に皆知り得た情報もあった。
それは、眼前の老人がただの老いた爺ではない、という事である。
「お嬢ちゃん。今度から下着はちゃんと女性物を着けるといいぞい」
言って老人は何かを美海に投げ渡し、思わず美海はそれを受け取ってしまった。
丸められたそれを開いてみれば、男性物のボクサーパンツであった。
それが何か認識した瞬間、美海の顔が真っ赤に染め上がる。
それは決して男性物のボクサーパンツを手にしたからではなく、それがつい先刻まで自身が穿いていた下着だったからである。
「お爺さん、何者ですか」
歩夢の表情が硬くなり、明確な敵意を老人に向ける。
「人に名を尋ねる前に自分から名乗るものじゃろうて。
まぁ、良い。ワシの名前は八木橋 桃源斎(ヤギハシ トウゲンサイ)じゃ」
「そうか。死ね」
名乗り上げたばかりの老人に、カララクの拳が容赦なく叩き込まれる。
しかし再びカララクの攻撃は空振りとなり、またしても老人──桃源斎は目にも止まらぬ速さで移動していた。
「御主らは頑張った方じゃろう。じゃが、まだまだワシを追い詰めるには及ばなかったのう」
いきなり桃源斎が不適な笑みを浮かべて、3人は言い知れない不安を感じた。
直後、駅の方から電車が到着した事を知らせるベルが鳴り、桃源斎は3人を無視して一目散に走り始めた。
その健脚振りはとても70歳近くの老人のものとは思えず、一歩一歩が力強く地面を蹴っていた。
3人が覚醒して慌てて後を追うが、桃源斎との距離は全く縮まらない。
必死の全力疾走も空しく、桃源斎が駅の出入り口へと辿り着いてしまった。
「勝った! 第1部完!」
桃源斎が勝利を確信して訳の分からない事を喋った直後、その前方に鋼鉄で武装した乙女が2人現れた。
「「ヒート‥‥」」
2人が低い声で同時に半身を引き、勢いの止まらない老人は恐怖に顔を歪めて「ひぃっ」と情けない声を出す。
「「ナックルー!!」」
その顔面へ向けて、しのぶと更紗の息の合った正拳突きが放たれ、為す術もなく老人は今来た道を後転して戻るはめになった。
「やっぱり能力者だったのね」
文が桃源斎の胸にエミタが埋め込まれている事を確認すると、呆れたように息をついた。
一時は騒然とした駅だったが、未早と美海が掻い摘んで事情を説明すると、全員あっさりと納得して野次馬はすぐに消えた。
現在は桃源斎を駅の医務室へと運び、気絶から覚めるのを待ちながら任務完了の報告をしている。
「間もなく‥‥迎えと護送車が‥‥こちらに到着する‥‥そうです」
紫翠が連絡を終えると、桃源斎がゆっくりと目を開けた。
「ワシももう、引退じゃな。
これからは若い世代の時代じゃ‥‥」
さっきまでの覇気はどこへやら、元気がなく寂しげな桃源斎の口調に、その場の空気が少し重くなる。
誰も一言も発しない重苦しい空気の中、ゆっくりとカララクが桃源斎に近寄った。
「爺さん、最後にこれだけは確認したいんだ」
「何じゃ、若いの」
「爺さんはこの帽子に見覚えあるか?」
カララクは自分の頭に被っているニット帽を指差して、桃源斎に尋ねた。
「ああ、ワシも同じものを持っておる。
気付かれた時に顔を隠すために利用しておったよ」
「そうか、それが分かればいいんだ‥‥」
カララクは優しい表情を浮かべながら、桃源斎の腹の上にゆっくりと跨った。
「まずこれは俺の分!
さらにお前の被害にあった人らの分!!
そして全国のニット帽愛好家の分だ! 喰らえッ!!!」
カララクは気絶から覚めたばかりの桃源斎に容赦なく拳のラッシュを浴びせ、終始「オラオラオラ」という声が医務室に響いたのであった。