●リプレイ本文
「傭兵の諸君、本日はわざわざ集まってくれて感謝するよ。存分にゲームを楽しんでもらえると有り難い」
繁華街から少し離れた所にある小さなバーで、リック・ブルースはゲーム開始前の挨拶を行っていた。
席に座ったまま一同は小さく拍手を行い、ゲームの開始を祝福する。
ちなみに本日はバーは貸し切りであり、傭兵達一同とリック、無口なマスター以外は誰もいない。
「予想がついている者はいると思うが、一応今回のルールを説明させてもらう。
カジノなんかのブラックジャックと違って、今回はプレイヤー同士で戦うことになる。ディーラーは存在しない。
カードはテーブル中央に置いて、1人1枚ずつ引いていく。誰にも見せないようにな。
終了後は毎回カードを集めて切り、もう一度ゲームを開始する。これはカードを覚える事を防ぐためだ。
イカサマをしようなんて奴はいないだろうが、万が一存在してもあんたらなら見抜けるから大丈夫だろう。
チップに関してだが、1人50ポイント配らせてもらう。
それで、肝心の賭け方なんだが、ポーカーのルールを活用させてもらう。
ヒット、フォールド、レイズ、コール。これが今回使用可能なアクションだ。毎回最低でも1ポイントはベットしてもらう。スタンドはコールと同一化する。
ちなみにヒットは2回までだ。2回引いて降りる事も出来るから、最後まで諦めない事だ。
勝負した時に全員同数だった場合は引き分けで全員ポイントを払わなければならない。
一人だけ負けた場合は、賭けたポイントの倍を支払わないといけない。
従来のルールと違うので最初は戸惑うかもしれないが、頑張って欲しい。
誰か、質問のある者はいるだろうか?」
リックはそう尋ねて全員の顔を見回したが、誰も挙手する事はなかった。
「では、早速ゲームを始めるとしよう。
ここにクジを用意したので、1人1本ずつ引いて欲しい。
1つのテーブルに3人でゲームを行う。2人の席に、俺が混ぜさせてもらうよ」
説明しながらリックが取り出したのは、割り箸を使用したクジだった。
クジの結果、最初のゲームは以下の通りの面子となった。
A席:JOKER(
gb1735)、篠原 悠(
ga1826)、UNKNOWN(
ga4276)
B席:曽谷 弓束(
ga3390)、ゴールドラッシュ(
ga3170)、鴉(
gb0616)
C席:レティ・クリムゾン(
ga8679)、エメラルド・イーグル(
ga8650)、リック・ブルース
「宜しくお願いしますね」
「よろしゅう頼みます」
「宜しく頼む」
A席では挨拶もそこそこに、早速ゲームが開始される。
JOKERは口元に微笑を浮かべながら、悠はやや緊張した面持ちで、UNKNOWNは無表情でカードを引いていく。
最初に揃ったJOKERの手札は「K」と「8」。つまり、「18」である。
次の悠のカードは「5」と「10」。合計「15」。
最後のUNKNOWNのカードは「3」と「11」。合わせて「14」となる。
JOKERとUNKNOWNは自信のある微笑を浮かべ、悠は困ったような表情を見せた。
「どうやら最初の勝負は私が勝ちを頂けるようです」
JOKERの発言に悠は驚いた表情を向け、UNKNOWNは真意を読み取ろうと視線を向ける。
しかしJOKERの表情は相変わらず微笑みを浮かべたままで、その自信が虚勢かは見破れなかった。
「ほな、ヒットです」
悠は宣言しながら祈る思いでカードを一枚引き、恐る恐るその数字を見た。
引いたカードはダイヤの「3」。悠のカードの合計はこれで「18」となる。
「では、私も‥‥」
UNKNOWNは悠に続いてカードを引き、無表情のままそこに刻まれた数字を見る。
そこに印刷されていたのは「2」の数字。UNKNOWNの合計は「16」に変更された。
「まだ、カードを引かれますか?」
JOKERのその言葉は挑発とも威圧とも取れ、前者はUNKNOWNに。後者は悠に強く感じられた。
「ほな。うちは大人しく降りるとします」
悠はJOKERが手札によほど自信があるのだと考えると、テーブルにカードを放り出してチップを1ポイント差し出した。
JOKERは放られた悠の手札を見て少し安堵し、UNKNOWNはそれを見逃さない。
「レイズだ」
UNKNOWNはそう宣言してさらに賭け金を追加し、5ポイントも最初の勝負で積んだ。
JOKERはその行為がこけおどしか否かをしばらく思考した後、自分の手札に自信を持ってこう応じた。
「コールです」
無言のまま両者は睨み合い、合図した訳でもないのに同時にお互いのカードを提示する。
結果は、JOKERの勝利。
「おやおや、勝ってしまいましたよ」
JOKERはわざとらしい勝利宣言を行い、
「失敗とは、よりよい方法で再挑戦するいい機会である‥‥と言ったのは誰だった、だろうかね?」
UNKNOWNはポイントを払い終えると、咥えていた煙草を消して新たな煙草に火を付けた。
B席では、比較的緩やかな雰囲気が漂っていた。
最初の勝負はゴールドラッシュが見事にブラックジャックを果たし、弓束と鴉から1ポイント徴収。
現在2回目の勝負を行っていて、弓束の手札は「8」と「3」。ゴールドラッシュは「A」と「2」。鴉は「8」と「J」となっている。
「1枚引かせてもらいますえ」
弓束は山札から一枚引くと、素早く手札に加えた。
引いたカードは「A」。これで弓束の手札は「12」もしくは「22」となるが、ここは無難に「12」を選択しておく。
「あたしも1枚もらうわ」
ゴールドラッシュも続いてカードを引き、「5」を当てる。これによって「8」もしくは「18」となり、ゴールドラッシュは「18」を選んだ。
鴉はカードを引かず、代わりに2人の顔を見つめた後、
「はは‥‥俺に勝たせないでください、ね」
と、わざとらしく挑発した。
弓束は妖しく微笑み、ゴールドラッシュは「ムキー!」と声を上げて易々と挑発に引っ掛かった。
「ほな、最後にもう1枚引かせてもらいます」
弓束は笑顔を崩さずにさらにカードを引く。
出た数字は「10」。
「あきまへん、バーストどす」
弓束は笑顔を少し曇らせてカードを置き、ポイントを中央に差し出した。
「あたしはレイズだ!」
さきほどの挑発に刺激されてすっかりやる気になったゴールドラッシュは、一気に10ポイントまで加算した。
これには鴉も少し戸惑い、もしかすると手札に自信があるのではないかと勘繰ってしまう。
しかし鴉は自分のプレイスタイルを貫くことを心中で決定し、努めて冷静に、
「なら、俺はさらにレイズです」
と言って、20ポイントを賭ける大勝負に出た。
これでさきほどの行為がブラフかどうか判断する。鴉はそう考えていた。
しかし、ゴールドラッシュは予想外の行動に出る。
「ならあたしはもっとレイズだ!」
なんと2回目の勝負にして30ポイントも賭け、敵意に満ちた瞳でゴールドラッシュが鴉を睨んでいた。
その気迫とこれ以上やるとチップがなくなってしまうことを恐れ、鴉は呆れた表情で降参を申し出た。
「失敗失敗‥‥手強いですね」
続けて勝利を獲得したゴールドラッシュはやたらと大喜びである。
「うふふ。あれえーまた勝っちゃったけど良いのかな、みんなこのままで?」
やたらと挑発的な態度だったが、2人は微笑を全く崩さずに、そのまま3回目の勝負が始まった。
「やはり、修羅場を渡り歩いてきた傭兵との勝負は楽しいものだ」
3回目の勝負を終えて、リックは満足そうな笑顔でそう漏らした。
1回目はレティのブラフが的確に効果を発揮してレティの勝利。
2回目はリックが「20」のカードを引いて勝利。
3回目はエメラルドが「18」のカードながらも、その無表情さに2人が手札を読めずにフォールドしたため、勝利。
一進一退を繰り返す勝負はいよいよ4回目となり、全員が慣れた手付きでカードを引く。
レティは「K」と「3」。エメラルドは「5」と「10」。リックは「A」と「9」になった。
レティは無表情のままカードを新たに引き、エメラルドもそれに続いた。
2人が引いたのはどちらも同じ「5」のカード。
リックは二人の表情を素早く見比べた後、ゆっくりとした動作でチップを上乗せした。
「悪いけど、9枚レイズさせてもらう。これで俺のベット数は10だ」
見れば分かる事をあえて口に出したのは、リックの策略。
2人は静かにその瞳を覗き込み、そしてすぐに、
「コール」
「コールです」
と、宣言を行った。
それぞれの視線が絡み合い、不安や動揺がないか探りを入れた後、一斉にカードがテーブルに置かれる。
結果、レティは「18」、エメラルドとリックは「20」となり、レティが一人だけ負ける事となった。
「なかなか上手くいったようですね、何よりです」
エメラルドはぼんやりとした表情のまま自分の勝利を喜び、リックは片方の口の端だけを持ち上げて笑った。
「‥‥次、行こうか。休憩など要らない」
レティは全員のカードを集めて山札に加えると、丁寧にシャッフルして再びテーブルの真ん中に置いた。
その後、勝負は夜遅くまで続行され、その間にメンバーの入れ替えやポイントの整理などが行われた。
そして時刻が間もなく夜中の3時を示そうという時、丁度全てのテーブルの勝負が終了したのを確認して、リックが立ち上がった。
「勝負はここまでとしよう。各自、自分のポイントを計算して、俺に教えてくれ」
リックの終了宣言に全員は緊迫した雰囲気から解放され、安心したように大きく息を漏らす者が多かった。
自分のテーブルのトランプを手早くしまうと、リックは一人ずつポイントの合計を聞いて手元の紙に書き込んでいく。
リックに通達を終えた者は順番にカウンター席へ移動し、マスターが用意してくれた料理を味わった。
「悠、勝負をしないか」
カウンター席で軽い打ち上げのようなものが始まった後、レティは悠にゲームを持ち掛けた。
「ええけど、折角やから何か賭けへん?」
悠は少し考えるような仕草をした後、悪戯な笑みを浮かべてそう提案した。
「ちなみに『何か』とは?」
レティは悠に何か考えがあるのだと察すると、少し不安を覚えつつ尋ねてみた。
「何か一つお願いを聞く、ってのはどう? 勿論、無理のない範囲でな」
悠の笑みにつられるようにレティは微笑み、
「いいだろう」
と承諾の返事を返した。
「では、私は世界一周を旅してみるか」
レティと悠の勝負を横目で見守りながら、UNKNOWNはマスターにカクテルを注文した。
まずは最初の一杯目、アラウンド・ザ・ワールドが用意される。
UNKNOWNはそれをダンディに飲み干すと、煙草に火を付けて次の一杯を待った。
悠とレティの勝負は一瞬で決着がついた。
悠が「A」と「10」で見事にブラックジャックを決め、レティがバーストしてしまったのである。
「むふふ、賭けはうちの勝ちやね♪ さて、何をお願いしようかな〜♪」
勝利の余韻と願い事を叶えてもらえるという思いが、悠の表情を自然と緩ませた。
「何をさせる? どんな願いでも1つだけ聞いてあげるぞ」
レティは冷静に、負けた事実を受け止めていた。
「今すぐは決めれへんから、それはまた後日ってことで!」
悠は明らかに今すぐ決めるつもりはないようで、そう提案してきた。
敗者は勝者に従うのみ。そう考えているのか、レティはすぐにその提案を了解した。
「最後に、今日のゲームで一番ポイントの多かった者と逆に少なかった者を発表する」
UNKNOWNが十数ヶ国目のカクテルに口をつけた時、リックが全員の真ん中に立って発表を始めた。
「中盤以降から急に運命の女神に好かれ、合計103ポイントで今日の一番ポイントゲッターは曽谷 弓束だ!
逆に序盤は調子が良かったんだが、終盤で急激に落ちたゴールドラッシュが最下位となった」
勝者には拍手が。敗者には慰めの言葉が送られる。
「あら? ‥‥ほんまに? まあ、嬉し♪ おおきに。ええ経験させていただきましたえ」
弓束は嬉しそうに笑顔を浮かべ、拍手を送ってくれる他の傭兵達に丁寧に挨拶を返した。
「‥‥‥‥ごふっ」
一方のゴールドラッシュはカウンターにもたれるように崩れ落ち、全身で敗北感を見事に表現した。
「諸君、今日は本当に有難う。
久し振りに充実した一時を味わえたよ。
あまり量はないが、マスターの料理を味わってくれ。俺の驕りだ」
全員はそれぞれのタイミングでリックにお礼を言い、リックは照れた表情でそれに応えた。
マスターはそんなリックの笑顔に嬉しそうに少しだけ口の端を曲げると、より一層料理の腕を揮った。