●リプレイ本文
「雰囲気ありますね。さながら恐怖の館‥‥て感じ?」
蓮角(
ga9810)は洋館を見上げて、苦笑いを浮かべた。
洋館は二階建てで、一階部分の外壁はほとんど蔦で覆われていて、真昼だというのに雲で満ちた空のせいで、周囲は薄暗くなっている。
白い外壁の洋館は真新しい建築物のようにも見えるが、実際にいつ建造され、誰の所有物なのかも分かっていない。
「とりあえず、入りましょう」
いつまでも洋館を眺めていても埒が明かないと判断し、瓜生 巴(
ga5119)が大きな声で提案した。
全員は同意するように頷き、改めて洋館に視線を向けた後、入り口へと足を運び始めた。
草を踏む音、枝を折る音、土を蹴る音が静かな山奥に響く。
そしてそれは勿論洋館の中にも届き、ウサギのマスコット風キメラは遊び相手の訪問を知って喜んだ。
「はっ!」
優(
ga8480)が月詠を横一文字に払い、玄関の扉を真っ二つにしてしまう。
扉の向こうの罠を警戒しての行為だったが、扉の向こうには妖しいものは一切存在しなかった。
「お邪魔しま〜す‥‥っと」
蓮角は必要もないのにわざわざ断りを入れてから、恐る恐る館の中へと入っていく。
他の者達も警戒しながら破壊された扉を踏んで、玄関ホールへと移動した。
「この内装とウサギキメラの行動を合わせて考えると、一層不気味感が増すわね」
ぐるりと館内を見回した後、そう言って緋室 神音(
ga3576)が皮肉めいた笑みを浮かべた。
報告にあった通り、洋館の中は床一面に紅い絨毯が敷き詰められ、壁は白を基調として、小さなピンク色のハートが無数に描かれている。
玄関脇にはアンティークとしてなのか、高価そうな椅子の上に小さな熊のぬいぐるみが座らせられていた。
上を見上げればそれなりに大きなシャンデリアが飾られていて、廊下には壁から突き出たように装飾の凝った電灯が点在している。
ここに武装した警官隊が突入したなんて虚実に感じられるほど、館内は清掃されていて落ち着いた雰囲気を漂わせていた。
「それでは、作戦通り二手に分かれるとしましょうか」
淡雪(
ga9694)は持ち前ののんびりとした口調で作戦開始を申し出て、一同は了解の意の返答をした。
事前の打ち合わせでは、館内の捜索は1階と2階の探索のために二手に分かれる事になっている。
1階を調べるのは、神音、天狼 スザク(
ga9707)、山崎・恵太郎(
gb1902)、淡雪の4人。
そして2階を調査するのは、瓜生 巴(
ga5119)、優、蓮角、都倉サナ(
gb0786)の4人である。
最後に通信機の周波数の確認を行った後、2階へ進む一行は玄関ホールの中央にある上階へと続く大きな階段へ。
1階を探索する一行は玄関左にある扉へと近付いて行った。
「風船を発見。破壊します」
スザクはスコーピオンを構え、廊下の隅に置かれていた風船の群れへ向けて銃弾を放つ。
風船達は連続した破裂音を響かせた後、小さなゴム質の破片として床に散らばった。
「‥‥これも違いますね」
恵太郎はギシギシと床を軋ませながら移動して風船の欠片を拾い上げると、それがよく見知った風船であることを告げた。
現在1階を捜索している一同は玄関脇の一室を調査する前に、風船型爆弾キメラを警戒して部屋中の風船を除去している最中だった。
「どうやら敵は、わざわざ爆弾に擬装するために本物の風船を膨らませているようね」
滑稽だと言わんばかりの表情で、神音が最後に残った窓際の風船へ歩み寄っていく。
「危ないですよ?」
「承知の上よ。調べてみたいの」
神音は淡雪の注意を無視し、窓際に飾られていた風船を掴むと、異変がないかじっくりと観察を始める。
風船はどこにでもある赤一色のゴム質のもので、キメラが中にいたり、付着している様子はなかった。
「これも本物ね」
神音は風船を元あった場所に戻すと、次の部屋の調査へ向かおうと全員に呼びかけた。
室内は風船以外に特に目を惹くものはなく、一同は更なる調査のためにゆっくりと退室を始める。
最後に退室しようとした神音は思い出したように振り返ると、携帯していたスコーピオンで最後の風船を破壊した。
「今の所風船爆弾はなし、ですね」
最後の風船が破裂したのを確認すると、巴は防御体勢を解いた。
万が一爆発した場合に備えて、爆風を防げるように巴のエルガードの後ろからサナが狙撃して風船を破壊するようにしている。
2階を探索している一行は既に幾つか部屋を調べ、行く先々にある風船を破壊して回っているが、今の所報告にあった風船型爆弾とは遭遇していない。
「そっちの様子はどうですか?」
巴は無線機を取り出すと、1階の調査を行っている班に連絡を行ってみた。
『爆弾もウサギさんも見つかりませんねぇ』
淡雪の報告を聞き終えると、探索続行の旨を告げて巴はすぐに無線機をしまった。
「何だか益々不気味ですね」
蓮角が漏らした言葉には、巴も同意見だった。
敵は既にここから逃走したのではないかと一瞬疑ったが、それならばUPC軍が追跡を行うはずである。
敵は間違いなくここにいる。しかし、攻撃をしてこない。
(「もしかして、遊んでいる‥‥?」)
巴はそれ以上思考に集中しそうになるのを首を振って防ぐと、調査を続けるために次なる部屋を目指した。
一同が風船を破壊しながら館中を探し回っている中、当のウサギは可笑しくて仕方ない様子だった。
相変わらず顔は不気味な笑顔のまま、お腹を抱えてゴロゴロと左右に転がって奇妙な声を上げている。
爆発の被害を恐れて関係ない本物の風船を破壊している一行が、ウサギには臆病で脆弱な存在に思えていた。
マスコット風キメラには従来のキメラが持つ強靭な肉体は備わっていないが、それを補うだけの頭脳が授けられていた。
そして今、笑う動作に疲れたのか、ゆっくりと上半身を起こしたウサギが、最初の攻撃の策を練り始める。
「全然見つかりませんね」
恵太郎は部屋中を隈なく調べた後、作戦前の緊張した口調とは違う、余裕のある口調で他の者達を見た。
スザク達は言葉にはしなかったが、心中では同じ思いだった。
かれこれ1時間近く洋館内を調べているが、一向に風船爆弾もウサギのキメラも現れない。
緊迫した状態で調査を行っていた一同は、精神的に少し疲労していた。
「さっき廊下から見た様子だと、調べてないのはこの先の部屋くらいですかね」
恵太郎は最後の未調査部屋と思われる扉に近寄り、その扉のノブに手を掛けた。
今までは毎回注意して扉を開けて進んできたのだが、無駄な徒労にすっかり警戒心は薄まり、特にAU−KVの性能を過信していた恵太郎はその筆頭だった。
だから、今度も大丈夫だろうと恵太郎は扉のノブを回した。
きっと扉の先には今までと同じようにただの風船が置いてあって、それらを潰して1階の調査は終わるのだ、と。
その心の余裕は、即ち警戒心の弛み。
明確に言葉にするならば、『油断』であった。
──パチン。
扉の向こうから小気味の良い音が聞こえ、恵太郎が「えっ」と驚きの声を漏らした瞬間。
爆音と共に恵太郎の視界は炎に包まれ、AU−KVを装備して重量の増した体がいとも簡単に空中へと放り出された。
何も分からないまま恵太郎は後ろに引っ張られるように飛び、壁に背中をぶつけるまで床を何度も無様に転がった。
その様子をまるでビデオのスロー再生のように感じていたスザク達も、一体何が起こったのか事態が理解出来ずにいた。
しかし、爆発した扉の向こうから奇妙な声が聞こえ、一行はゆっくりと視線を向けてみる。
そこには、大爆笑しているように恵太郎を指差して膝を叩く奇怪なウサギのマスコット姿をしたキメラがいた。
その瞬間、やっとスザク達は事態を把握した。
(「ああ、野郎が仲間をやりやがったのか」)
無意識とも言える自然さで、全員が武器を取り出してウサギに向ける。
しかしウサギはわざとらしく口元を片手で押さえる仕草をすると、あっという間に扉の陰に隠れてしまった。
「待てっ!」
慌てて追おうとするスザクを、淡雪が腕を掴んで停める。
「何をする、姫!」
「跡を追ったら向こうの思う壷だよ。それより、今は山崎さんを治療しないと」
怒りの形相で淡雪を睨むスザクだったが、淡雪に目に自分を動かさない力を感じ、次第に冷静さを取り戻し始めた。
「取り乱して悪かった‥‥」
スザクの謝罪の言葉に淡雪は笑顔で応えると、恵太郎の傍に駆け寄って急いで傷を確認し始める。
「AU−KVはすごいね。ほとんどダメージを遮断したみたい。でも、山崎さんは衝撃で気絶してる」
淡雪はスパークマシンαを地面に突き立てると、『練成治療』を発動させて恵太郎の傷を治し始めた。
「それでは、私が代わりに2階へ連絡するとしよう」
神音は無線機を取り出すと、通信を開始した。
その頃2階では、逃走して階段を駆け上がったウサギを2階捜索班が追跡している所だった。
こちらも長い緊迫状態から、少し平常心を失っている。
深追いは避けるべきだと事前に話をしていた人間も、一緒になってウサギを追い詰めるために行動していた。
そしてとうとう、ウサギは他に出入り口のない部屋へと逃げてしまい、扉の前に一行が横に並ぶ形となった。
ウサギは挙動不審に部屋中を見渡し、慌てている様子を表現している。
「逃がしはしません」
蓮角がスコーピオンの銃口を向けて冷たく言い放つと、ウサギは驚いた仕草をした後、頭を抱えてその場に蹲ってしまった。
その光景に怯える兎に銃を向けているような錯覚を一瞬覚えるが、蓮角は改めて銃を握り直すと、引き金に掛けた指に力を込めた。
──パチン。
小気味の良い音が響き、それがウサギが指を親指の付け根へ打ち付けたものだと視認すると、蓮角はその行為の意味を探ろうと一瞬だけ行動が停止した。
次の瞬間、横に並んでいた一行の床の下から激しい振動と爆音が響き渡り、休む暇もなく、突然足元の床が崩れて一行は階下へと投げ出された。
ウサギはゆっくりと立ち上がると、崩れた床の上で苦しむ一行を見下ろして、とても嬉しそうに騒ぎ始める。
ウサギは追い詰められた振りをして、わざとこの部屋に誘い込んだのである。
入り口を塞がれる事を予め予測し、1階の天井に風船型自爆キメラを潜伏させておいて、頃合を見計らって起爆させた。
結果、その上にいた一行の部分だけ床は崩れ、ウサギは「ざまーみろ」と笑っているのであった。
しかし、ウサギの奇策が通用したのは最初の数回のみであった。
次第に自爆キメラの潜伏位置やウサギの思考を絡み取り始めた2班の連携した行動に、ウサギは追い詰められていく。
特に、回復した恵太郎はウサギにとって脅威だった。
硬い装甲を持つAU−KVには爆発の威力がほとんど遮断され、なりふり構わずに突っ込んでくる姿はウサギにとって恐怖でしかなった。
気が付けばウサギは玄関ホールの階段の踊り場で、上下を傭兵達によって完全に封鎖されていたのである。
ここに仕掛けてあった爆弾は既に起爆されてしまったので、もうウサギには『次の一手』が存在しなかった。
「ウサギさん、見ーつけたっ。逃がしませんよ。‥‥絶対に」
淡雪が笑顔を浮かべて──しかし目は笑わずに──ゆっくりとウサギへ歩み寄る。
ウサギは懸命に許しを請うように正座して何度も頭を下げ、全員の顔色を窺ったが、その効果は一切なかった。
まず、サナの弾丸が額を撃ち抜いた。
次に、恵太郎の短剣が抉るように顔面を引き裂く。
さらに蓮角の刀が額を割り、淡雪の銃が左右の腕を撃ち貫いた。
神音と優の斬撃が胴体を裂いて内蔵を露出させ、スザクの刀が首を刎ね飛ばす。
これでも足りないとばかりに巴がエネルギーガンを発射すると、ウサギのキメラはただの肉塊へと変貌し、どの段階で絶命したかも分かる事なく死亡した。
そしてその瞬間、ウサギの『奥の手』が発動する。
一行がウサギの死亡にせいせいしていると、突然洋館全体が激しく揺れ始め、まともに立つ事も叶わなくなった。
「まさか‥‥」
呟いたスザクの蒼褪めた表情に、全員が全く同じ事を想像する。
そして次の瞬間、一斉に玄関の外へ向けて皆走り出したのだった。
結果として、ウサギの最終手段である『洋館まるごと自爆』は失敗に終わった。
洋館は跡形もなく爆発・炎上したが、傭兵達は間一髪の所で退避に成功していたからである。
しかし、爆風の衝撃からは完全に逃れる事は出来ず、一同は砂と泥で全身を汚すはめになってしまった。