タイトル:空中遊劇 ―侵入―マスター:水君 蓮

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/06/02 00:25

●オープニング本文


 某月某日未明、『それ』はゆっくりと空に姿を現した。
 まず最初に『それ』を発見したのは、早朝の散歩のために起床した老男性だった。
 玄関を出て朝の爽やかな空気を肺一杯に吸い込んだ老人は、周囲がいつもより暗いことを知った。
 雲が太陽を覆っているのだろうかと天気の心配をしながら見上げ、『それ』を目の当たりにする。
 『それ』は、上半分を消失した半球状の鋼鉄の塊だった。
 無機質で幾何学的な模様を浮かべた巨大な鋼鉄の半球体が、空に浮かんで太陽を隠していたのである。
 老人からは見えなかったが、半球の平面には土が敷かれて草木が生えていた。
 中央には大きなテントが張られ、誰かが生活している様子が窺える。
 それはただの鋼鉄の塊ではなく、浮遊する島だった。
 唖然とする老人を狙ったかのように、島から落ちた一枚の紙が彼の顔に貼り付く。
 驚いて情けない声を発しながら老人が紙を引き剥がすと、それは宣伝用のポスターだった。
 陽気で面白そうな催しの数々と、数名の顔写真と名前。
 そして一番上には、主催である『アルマノイド・サーカス』という団体名が記されていた。

「まずは、アルマノイド・サーカスについて説明させてもらうとしよう」
 薄暗い作戦会議室で、髭を生やして軍服を着た男が声を発した。
 年齢は三十代後半と言った所だが、襟章や胸の勲章の数々が彼の階級の高さを示している。
「既に知っている者もいると思うが、アルマノイド・サーカスは文字通りサーカス団体だ。
 この戦況下で市民達を元気付けるため、敢えて危険な地域に赴き、無償でショーを披露していた。
 その気高い精神と豪華な演目内容は高く評価されており、過去何度か傭兵が護衛任務に就いたこともある」
 真っ白なスクリーンに護衛任務の時のものと思われる写真が数枚スライドショーされる。
 中には笑いを誘うものもあり、部屋の中に小さな笑い声が響いた。
 頃合を見て軍人が咳払いをして空気を整え、今度は少し顔を曇らせて説明を再開する。
「だが、去年末にアルマノイド・サーカスはバグアに襲撃され、その消息を絶った。
 以降小規模ながら捜索は続けられたものの、一切足取りは掴めなかった。
 ‥‥昨日までは、な」
 襲撃現場の様子が映った後、今度は青空を背景にした巨大な半球体がスクリーンに登場する。
「一昨日の深夜に出現したと思われるこの物体は、輸送艦ワーム『ビッグフィッシュ』の改造艦である。
 直径約千メートルほどあり、内部に無数のキメラを乗艦させている。
 今はゆっくりと移動しているのみだが、その最終目的地はUPC北中央軍の本拠地オタワであると思われる。
 現時点でも市民に多大な恐怖心と不安感を与えているのだが、オタワに侵攻されれば戦闘は当然大規模化し、被害も甚大なものになると予想される。
 我々としてはその前に手を打ち、早急にこれを撃破したい」
 スクリーンが切り替わり、老人の顔に貼り付いたのと同じポスターが表示される。
「これは、改造艦──我々は『ヘミスフィア』と呼んでいる。
 ヘミスフィアからばら撒かれたポスターなのだが、この内容は今までにない全く新しいものだ。
 つまり、捕らえられたアルマノイド一座は、バグアに洗脳されて手駒にされた可能性が高い。
 そして恐らく、ヘミスフィアの運用は彼らの手によるものだろう」
 次にスクリーンに映ったのは、鋼鉄の浮遊島と戦闘し、撃墜されていく戦闘機だった。
「この改造艦自体に戦闘装備は皆無だが、飛行キメラや機雷型キメラが多数迎撃に出撃する上、超硬度を誇るフォースフィールドを球状に展開しているため、外部からの撃墜は難しい。
 そのため、諸君らにはキメラの出撃口が開いた瞬間を狙い、内部に強行突入して欲しい。
 今回は突入支援と内部での破壊工作のため、諸君の他に二チーム傭兵部隊が構成されている」
 ゴクリ、と誰かが唾を飲む音が会議室中に響き渡る。
 軍人はスクリーンに新しい資料が映るのを見届けて、会議室のメンバーと向き合った。
「諸君に任務を伝える。
 ナイトフォーゲルを使用して巨大浮遊艦『ヘミスフィア』へ潜入。
 平面部へ向かい、テント内部に潜んでいると思われるアルマノイド一座を殲滅せよ!」

●参加者一覧

キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
音影 一葉(ga9077
18歳・♀・ER
まひる(ga9244
24歳・♀・GP
クリム(gb0187
20歳・♀・EP
抹竹(gb1405
20歳・♂・AA
エミル・アティット(gb3948
21歳・♀・PN
ソーニャ(gb5824
13歳・♀・HD

●リプレイ本文

 ●某月某日 PM1:22 アメリカ上空
 傭兵達の編隊が積乱雲を乗り越えると、巨大改造艦『ヘミスフィア』がその姿を現した。
 突入支援部隊が先行しているらしく、既に空域では激しい戦闘が展開されていた。
「ビッグフィッシュ‥‥さすがに大きいな」
 ヘミスフィアの外観を目の当たりにし、キョーコ・クルック(ga4770)は素直な感想を述べた。
 基礎となっている輸送艦ビッグフィッシュも巨大な部類の戦艦だが、ヘミスフィアはそれよりも一回りほど大きい。
 しかも平面に生活環境が整備されたそれは、まさに『浮遊島』と形容するに相応しいものだった。
「これがヘミスティアか‥‥。この中にサーカス団の皆さんが居るわけですね」
 一方、同じヘミスフィアを眺めながら、芹架・セロリ(ga8801)は平面部分に設立されたサーカステントに思いを馳せていた。
 彼女の瞳に、今回の依頼はどのように映ったのだろうか。
 かつてアルマノイド一座を警護し、同じ舞台に立った経験のある彼女には、他の者にはない色が瞳に浮かんでいた。
 間もなく戦闘空域に突入するとなると、否応なく傭兵達の緊張も一層高まる。
 その中で、まひる(ga9244)は敢えて戯けた口調で仲間に声を掛けた。
「一葉、やっと同じ空を飛べたね‥‥凄く嬉しいよ‥‥頑張るから、見ててね?」
 通信を受けた音影 一葉(ga9077)は恥ずかしそうに頬を赤らめた後、柔らかな笑顔でそれに答えた。
 まひるはニッコリと笑って、次にクリム(gb0187)に話し掛ける。
「よし、きあら。頑張ったら後で沢山『ごほうび』をあげようね」
 『ごほうび』の言葉にクリムは俄然やる気を向上させるのだが、
「蒼風紫裂の技を魅よ‥‥って、からくり人形では意味無いではないかぁ‥」
 機械が苦手な彼女にとってKV操作も例外ではなく、充分に実力を発揮できないことに僅かに意気消沈した。
 ちなみに、編隊の中で時折左右にぶれる機体が彼女の操縦するS−01である。
「やっほー、エミル。切り込み、宜しくね」
 最後にまひるは、最初の突入を担当するエミル・アティット(gb3948)に挨拶をした。
「姐さん、にゃは〜だぜ。今回よろしくな〜」
 上機嫌で言葉を返すエミルとまひるは随分親しそうだが、実際に会うのはこれが初めてというから不思議で仕方ない。
 傍から見て、彼女達は何年も付き合いのある関係に見えるほど仲が良かった。
 そんな彼らの搭乗する八機のKVに気付いたキメラ達が、まるで新しい玩具を手に入れて喜ぶ子供のように笑い声を上げた。
 愛らしい動物の人形のような外見のそれらは、それだけならば全くの無害に見えただろう。
 だが笑い声を上げながら突入支援部隊の機体に密着し、素手で破壊を試みる様子は不気味と表現する他ない。
 よく観察すると笑う動作こそしているが、その表情は一切の感情を浮かべていなかった。
「ファンシーななりしてえげつねえこと、この上ないな‥‥」
 事前に情報は得ていたとはいえ、実際に見てみると予想以上に気味が悪く、抹竹(gb1405)は思わず眉を寄せた。
 人形キメラ達が歓迎するように向かってくるのを視認すると、傭兵達はまるで蜘蛛の子を散らしたようにその場で別々の方向に散開した。
 その時、セロリが後ろに付いて来ている事を確認しながら、ソーニャ(gb5824)は小さく呟いた。
「ソーニャ・サーカスの始まりだよ」

 ●PM1:38 ヘミスフィア周辺空域
「よぉ。あんたらが突入部隊だな?」
 戦闘空域に入るや否や、通信機から聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。
 突入支援部隊の一人だろうと察し、全員が肯定の返事をする。
「俺は突入支援部隊の一応のリーダーだ。あんたらを無事にあの中まで届けてやるよ」
 偉そうな口調だが、憎めない声質の男だ。
 全員で「宜しく頼む」と告げた後、セロリが、
「キメラの展開率や、出撃ハッチの場所等。そちらの入手したデータを共有してもらえませんか?」
 とお願いすると、支援部隊のリーダーを名乗る男は口笛を吹いた。
「おいおい、こっちは暑苦しい男ばかりなのに、そっちは随分と華やかなんだな?
 オーケー。お嬢さん。調べた限りの情報を差し出そう」
 男は快諾し、仲間にセロリの機体へ情報を提供するように促す。
 数秒後、セロリの乗るウーフーに様々な情報が集結した。
 セロリは素早く情報に目を通し、同時に仲間達へ同内容の情報配信と簡略した内容の説明を始めた。
「出撃口はヘミスフィアを護衛するキメラの総数が減少することで開き、増援を投入する様子です。
 現在、キメラは五十体近く存在するため、もう少し数を減らす必要がありそうです」
 伝達を受けた仲間達が了解の意を告げ、戦闘準備を整える。
「なんかいっぱいいいるぜ。まぁ、別に全部倒す必要なんてないし‥‥そんなことより、新生阿修羅の力を見せてやるぜ!!」
 やる気満々のエミルの言葉に刺激されたように、一同は一斉に攻撃を開始した。
 事前情報で最も危険視されていた風船のようなキメラの群れを発見すると、一葉は後続のエミルに声を掛けた。
「先にディスタンが狙います‥。トドメは任せましたよ、エミルさん」
 相手の返答と同時に、試作型スラスターライフルによる攻撃を仕掛ける一葉。
 弾丸は見事命中したが、五匹中三匹までしか絶命させるに至らなかった。
「もらったぜ!」
 一葉機が軌道を変えたのを確認すると、その陰から飛び出すようにエミルはR−P1マシンガンを乱射した。
 元々ライフルの威力によってほとんどの生命力を失っていた風船キメラは、ばら撒かれた弾丸を浴びて容易く命を終える。
 最後の悪足掻きで内一体が自爆したが、生憎とその影響範囲内には誰の機体も存在していなかった。
 一方、KVの両翼をマジョーラにペイントしたまひる機と後続のクリム機に前方から人形キメラ三体が迫り、まひるはUK−10AAMを放つ。
 先頭の二体は殲滅できたが、後続の一体は負傷しながらも速度を落とさなかった。
 後は任せたと言うようにまひるが機首を上げ、クリムはバルカンによる撃墜を試みる。
「バルカンを受けよ‥‥って、何故ミサイルが出る!?」
 しかし機械音痴の彼女はガトリング砲の発射ボタンとホーミングミサイルの発射ボタンを間違え、誤ってミサイルを発射してしまった。
 結果として、ミサイルは見事キメラを撃墜したものの、クリムは微妙な気持ちを抱かざるを得なかった。
 その頃、ソーニャとセロリは敵の攻撃を回避しながら、こんな会話をしていた。
「セロリちゃん、アルマノイド一座とお友達?」
 ソーニャの問いにセロリは頷き、簡単に自分とサーカス団の関係を伝えた。
「そっか。じゃあ、がんばらないとね」
 直後、後方からキメラが接近してきたため、ソーニャは縦宙返りを敢行する。
 しかし途中である事を思いついたソーニャは、頂点部分で背面状態から一回転し、再び曲線を描いた。
 ハートループと呼ばれるこの曲技飛行に驚かされたように、キメラは何もしないままソーニャの描いたハートの中央を通り過ぎようとする。
 そこを素早く反転したセロリ機が襲撃し、キメラをスラスターライフルで撃ち抜いてそのままハートを通り過ぎた。
 偶然にも、それがハートを射貫いた矢のような形を形成していた。
 その様子を目の端に捉えながら、キョーコは情報通りの場所に出撃口が存在することを確認するためにヘミスフィアに接近していた。
 探索に集中するキョーコの虚を突くように、その背後にキメラが急接近して奇襲を仕掛けようとする。
 だが後続機の抹竹機がそれを許さず、キョーコ機に当たらないように器用に弾道を逸らしてMSIバルカンRでキメラを落とした。
「あった! ‥‥あれか」
 ヘミスフィアに沿って半周ほど飛行した時、キョーコはついに目標である出撃口を発見した。
 一見すると外壁と変わらないように見えるが、注目してみると四角形に線が入っており、そこが開閉することが推察できる。
 キョーコが仲間達により正確な突入場所の位置を教え、支援部隊に突入時の支援要請を伝えようとした時だった。
 ゆっくりと出撃口の扉が開き始め、同時に中から多数のキメラが湧き出始めたのである。

 ●PM2:00 ヘミスフィア・キメラ出撃口
 この千載一遇の機会を待ち望んでいた傭兵達は、即座に行動を開始した。
 まず一葉機、エミル機が出撃口に向かって突撃し、先陣を切る。
「全機突破準備を‥道は私とディスタンが開きます」
 言い終わるのを待たずに、一葉はグレネードランチャーを出撃口に向けて発射した。
 それは我先に出ようとしたキメラ郡の中心に当たり、出撃口に固まっていたキメラ達を一掃する事に成功する。
 続けて一葉は煙幕装置を起動し、出撃口を狙撃して濃い煙幕を展開させると、アクセル・コーティングを全開にして一気に出撃口の中へ押し入った。
 一瞬後に後続のエミル機も突入し、通信機から侵入成功に喜ぶエミルの声が聞こえてくる。
「煙幕が切れるまでが勝負です。一気に抜けて下さい」
 一葉に改めて言われるまでもなく、傭兵達は既に更なる突入準備を整えていた。
「爆発注意!!」
 出撃口に戻ろうとするキメラ達にホーミングミサイルを浴びせながら、まひるは遅すぎる注意を勧告した。
 当然キメラ達は塵と化し、まひる機、クリム機の順番で煙幕の中に姿を消す。
 直後に金属を擦る嫌な音が響いたが、どうやらクリム機が着地に失敗しただけで、大した損害はない様子だった。
 次はソーニャ機とセロリ機の番だったが、これ以上の突入は許さないと言わんばかりに、残ったキメラの群れが彼女達を襲っていた。
 このままでは突入以前に撃墜されるのではないかと二人が危惧していると、
「お困りですかな、お嬢さん達?
 しつこいナンパ野郎退治なら任せてくれよ」
 陽気な口調と共に支援部隊が現れ、二人とキメラの間に割って入った。
 直後、戦闘音に交じって風船キメラの自爆音が鳴り響き、片翼が破損した機体が急降下していく。
「悪い。先に帰ってビールでも飲んでるわ」
 だが墜落していく機体に追い討ちをかけるようにキメラが数体張り付くと、機体は空中で無惨にも爆散した。
 折角作ってもらった機会を無駄にする訳にはいかない。
 ソーニャとセロリは纏わり付いていた数体のキメラを振り払うと、出撃口への侵入に成功した。
 キョーコ機、抹竹機も無事侵入を果たし、後に続こうとしていたキメラを全て殲滅する。
 周囲にキメラの影が存在しないことを確かめると、傭兵達は機体から降下して次なる作戦遂行の準備に取り掛かり始めた。
 そんな中、愛刀の鞘を持つと、セロリは静かに呟いた。
「‥‥敵を全て滅ぼすなどとは思いませんが、あの人たちを踏みにじった連中は何時か、ボクたちが潰す」
 彼女の瞳には、蒼く輝く怒りの炎が宿っていた。

 次回(6月6日予定)に続く