●リプレイ本文
「皆さん、本日はようこそいらっしゃいました。
僕が依頼主でありこの家の主のデビッド・アンドリューです。
本日は皆さんが腕に縒をかけて料理をご馳走してくれるとの事で、僕は感激しております」
実際にデビッドの表情は弛みっ放しであり、本当に心待ちにしていたことが誰の目にも明らかだった。
「本日はお招き頂き、本当に有難う御座います。
粗品では御座いますが、どうぞお受け取り下さい」
香原 唯(
ga0401)は全員を代表して丁寧に挨拶をした後、綺麗に包装された平らな箱を差し出した。
「ご丁寧に有難う御座います。
料理を作ってもらえる上にお土産までもらっちゃって、僕はもう感動してます!」
その言葉通り、デビッドの目尻から涙がいつ零れてきてもおかしくない様子だった。
一同は喜んでもらえた事に安堵して微笑を浮かべ、デビッドの案内で洋館の中を進んでいく。
デビッドの個人邸宅は小規模な会社でも社長という身分であるだけに、巨大な洋館という言葉がしっくりくる外見だった。
真新しい芸術性の高い洋館は外見の優雅さだけに止まらず、内部の豪華さも兼ね揃えており、一同は感嘆を漏らす他なかった。
「ここが和室です。
実際に日本の方を招いて作ってもらいました。
一応仕事部屋なんかもあるんですが、僕は大抵家にいる時はここで過ごしてます」
そう言ってデビッドは苦笑していたが、案内された和室は実に見事なものだった。
床は全て畳で、壁は緑、掛け軸に雰囲気のある壷まで置かれ、おまけにそこから見える庭は日本庭園のような造りになっている。
「わぁ、すごいですね〜」
小川 有栖(
ga0512)は庭園の美しさに心を奪われ、思わず近寄って行った。
「お褒め頂き感謝します。
僕もここからの眺めが好きなんですよ」
一同はしばらく無言で庭園を楽しんでいた。
「さて、お仲間の方も待ってますし、早速キッチンへ案内しますね」
デビッドは思い出したようにそう提案すると、一同を連れて台所へと移動した。
キッチンは和室からそう離れておらず、食事も和室で行う事が多いのだろう、と数人が納得する。
「櫻杜・眞耶(
ga8467)さん、お待たせしました」
キッチンの扉を開けて人影を見つけると、デビッドは眞耶に声を掛けた。
予め訪問して事前準備を終えて待機していた眞耶が、全員の到着を笑顔で迎える。
「それでは、皆さん。必要なものは予め用意しておいたので、どうぞ腕を揮って下さい。
足りない物があった場合は気兼ねなく申し付けて下さい。僕はさっきの和室で待ってますから」
それだけ告げて部屋を出て行こうとするデビッドを、佐倉・拓人(
ga9970)が慌てて呼び止める。
「デビッドさん、本日はこの後仕事の予定等は?」
「いえ、今日一日は休日となってるので、一切予定はないですよ」
「それでは、デビッドさんはお酒は大丈夫ですか?」
「あまり多くは飲めませんが、それなりに飲むことは出来ます」
「日本酒を用意しているのですが、お出ししても宜しいですか?」
「おお。僕もよく日本酒は飲んでいるよ。是非頂きます」
デビッドさんは嬉しそうに何度も首を縦に振って肯定した後、今度こそ退室した。
「それじゃ、お料理開始と参りますか!」
M2(
ga8024)の開始宣言に続くように、全員が片手を空に突き上げて「おー!」と声を上げた。
「前準備、ありがと」
朔月(
gb1440)は事前の準備をしてくれた眞耶に礼を言うと、早速キッチンに立った。
本日の献立は『お好み焼き(豚玉)』と『塩むすび』。
出す順番としては最後の方になるが、お好み焼きのためにキャベツのミジン切りやお好み焼きの生地準備などの下準備に取り掛かる。
その隣の調理台では、福居 昭貴(
gb0461)が料理を作っていた。
彼が考えているメニューは『冷製茶碗蒸し』と『肝吸い』である。
冷製茶碗蒸しは冷やすのに時間が必要なので先に作り、手が空いた時に肝吸いの調理も同時に行っていく。
順番が来た時に待たせる訳にはいかないと焦っているように見えるが、包丁で指を切るといったアクシデントはなかった。
そのさらに隣では、有栖の料理の一品目が早速完成しようとしていた。
彼女が作ろうとしているのは、『冬瓜のスープ』、『きゅうりとキャベツのポン酢漬け』、『豚肉とゴーヤの味噌炒め』の3品。
まずはコース料理で言う所の『前菜』として、きゅうりとキャベツのポン酢漬けが作られている。
既に酢揉みは終えており、後は漬かるまで時間を待つだけである。
その間、有栖は盛り付けるお椀を冷蔵庫に入れて冷やし、他の料理へと取り掛かる。
M2は事前に作っておいた二種類の餡を冷蔵庫に入れ、用意されていた新鮮なゴマサバをまな板の上へと運ぶ。
まず事前の工夫として、臭み消しの為に水ではなく酒で身を洗っておく。
次に、食べ易い、程良い大きさにサバを切り分け、皮の部分に×印の隠し包丁を入れた。
ちなみに彼は『ゴマサバの煮付け』と『水まんじゅう』をお出ししようと考えている。
水まんじゅうは最後にデザートとして提供するつもりなので、今はまずゴマサバの料理に集中していた。
4人から少し離れた料理場では、唯が頭上の換気扇を最大出力にして『鰻の蒲焼』に挑戦していた。
台所設備は広いだけではなくどれも最高級のものが揃えられているようで、鰻から出る煙を換気扇は見事に全て吸い込んでいた。
各々がそれぞれの料理に愛情を込めて熱心に頑張る中、まず最初の料理としてきゅうりとキャベツのポン酢漬けが完成する。
眞耶が盛り付けられたそれを丁寧にお盆に載せて、和室へと運んでいく。
和室に辿り着いてみると、デビッドはいつの間にか甚平に着替えていて眞耶は少し驚いた。
「ああ、これですか? やはりこの部屋にいる時はこの格好の方が落ち着くのですよ」
デビッドの日本愛が本物だと感じながら、眞耶は丁寧に入室して木製の机に料理を置いた。
「これは、何と言う料理ですか?」
「『きゅうりとキャベツのポン酢漬け』と申します。有栖はんが作られました」
「ほほう。それでは早速頂きます‥‥」
デビッドは器用に用意された箸を使うと、きゅうりとキャベツを同時に掴んで口の中に入れた。
「これは、中々酸味が強いですがあっさりしていて、さらに歯応えがあってとっても美味しいです!」
数回顎を動かすや否や、デビッドの顔が『ご満悦』という文字をそのまま体現したような表情になる。
眞耶はまるで自分の料理を褒められたように嬉しそうに笑うと、次の料理を運ぶために退室した。
「ちょっと待ってね〜。もうすぐ全部出来るから」
眞耶がキッチンへと戻ると、有栖が2品目の料理を完成させ、3品目の仕上げを行っている所だった。
豚肉とゴーヤの味噌炒めからはおいしそうな湯気が立ち上り、冬瓜のスープは間もなく温まりそうな感じだった。
眞耶は自分が来る前から炊飯されていた高級そうな白米を思い出すと、大きな炊飯器から茶碗一杯分のお米を盛ってお盆に載せておいた。
「こっちも完成っと!」
M2は眞耶に知らせるために大きな声を出すと、最後に程良い照りを付け、隠し味を付ける為に、小さなスプーン一杯分のゴマサバに垂らした。
さきほど持って行った盆では全てを運ぶには小さいことを察すると、眞耶は大きめの盆を用意して料理を器用に並べていった。
「お待たせ〜」
最後に有栖の料理も完成し、少し不安定ながらも零すことなく眞耶は料理を運んで行った。
その後、立て続けに拓人の『肉じゃが』と『ナスの醤油漬け』、唯の『鰻の蒲焼』、昭貴の『冷製茶碗蒸し』と『肝吸い』、朔月の『お好み焼き(豚玉)』と『塩むすび』が完成したので、デザートとして『水まんじゅう』を作る予定のM2だけキッチンに残して、全員で和室へと移動した。
唯と昭貴は雰囲気作りのために浴衣に着替え、朔月は割烹着のままで和室に向かう。
「こんなにおいしい料理を食べられて、僕はとても幸せです。
しかし、この幸せを独り占めするなんて僕には出来ません。どうぞ、皆さんも食べて下さい」
デビッドは満面の笑みで一同を迎えた後、机を囲むように席を勧めた。
一同も、この量を一人で食べるのは辛いだろうと察し、お言葉に甘える形で皆の料理を食べる事にした。
「うん。このお好み焼きはとてもおいしいですね」
「拓人の肉じゃがだってうまいぞ。この味は俺には出せない気がする」
「あっくん、腕を上げましたね」
「香原先生にお褒め頂けるとは、恐悦至極です」
お互いの料理を食べ、皆で楽しく食事をする。
その光景を笑顔で見つめながら、デビッドはかつて家族と日本で食事をした光景を思い出していた。
幼いデビッドはまだ日本の風習やマナーというものが完全に理解できず、時には父に厳しく叱られた事。
そんな時に母は父を宥め、優しくデビッドにマナーを教えると、父が居心地悪そうににご飯をかきこんでいた事。
その父と仲直りし、一緒に食事をした時、母が言った言葉。
『やっぱりどこの料理でも、皆で楽しく食事をするのが一番ね』
「‥‥そうだね、母さん」
誰にも聞こえないほど小さな声で、デビッドは静かに呟いた。
その目尻には先ほどとは違う涙が浮かんでいたが、一同は料理に夢中で誰も気付く事はなかった。
デビッドにとってそれは幸いで、慌てて涙を拭うと、ナスの醤油漬けを口に運んだ。
「これもおいしい! この醤油の甘味とナスの歯応えがとてもマッチしてるよ!」
続いて、唯の鰻の蒲焼をご飯の上に載せ、タレを掬うようにご飯と一緒に口に入れた。
「僕は日本食でも特に魚が好きなんだけど、これは今まで食べたどの店の鰻よりもおいしい!」
慌てて食べたのがいけなかったのか、それともコメントに熱が入ったせいか、デビッドは喉に詰めたらしく、慌てて昭貴の肝吸いを流し込んだ。
「ああ、この薄味ながらもちゃんと自己主張をする味は最高だ‥‥」
とうとうデビッドの目から涙が零れる時が来た。
一同は慌てて、何事かと心配する。
「申し訳ない。皆さん、僕は大丈夫です。ちょっと昔の事を思い出しちゃいまして‥‥」
恥ずかしそうに涙を拭うデビッドに、一同の表情が曇る。
きっとデビッドは今すぐにでも昔の家族の思い出がある日本へ旅立ちたいのだろう。
しかし、今は戦争中であり、決してそれは容易く叶う夢ではない。
デビッドが照れくさそうに笑みを浮かべたので、一同は笑顔で返し、心の中で全員同じ事を決心した。
早くこの戦争を終わらせよう、と。
「デザートの水まんじゅうお待ちっ! ‥‥って何かありました?」
M2が水まんじゅうを持って入室すると、何だか雰囲気が重く感じられて不思議そうな表情で室内を見渡した。
一同は慌てて誤魔化すように笑い声を上げ、M2は何だか自分だけ仲間外れにされていることに疎外感を覚えつつ、机の中央に運んできた水まんじゅうを置いた。
「白いのが皆がよく知っている普通の水饅頭。もう一つの黒いのが朧月って言って、黄身餡を黒糖を混ぜた団子で包んだもの。
結構苦労したのですが、綺麗に満月の形に黄身餡が浮かんで大成功です」
説明しつつ一同と同じように席に座り、残っていた料理を眺めてどれから食べ始めようかM2は悩み始めた。
「それでは、この黒いのから食べますね」
デビッドは一同の視線が自分に集中していることに気付き、沢山詰まれた団子の山から黒い団子を取って一口で食べた。
しばらく両目を瞑って何度も咀嚼し、一同が緊張した面持ちで見守る。
十分に顎を動かしてから飲み込んでも、デビッドはまだ両目を閉じたままで、一同が次第に不安になり始めた時だった。
「うーーーまーーーいーーーぞーーーー!!」
突然デビッドさんがその場で立ち上って大きな声を上げたので、一同驚愕である。
全員がしばらく唖然とした表情でデビッドの挙動を眺め、当の本人は何事もなかったかのように再び座って団子に手を伸ばした。
「いや、昔にこういう反応をする料理評論家を見たもので」
言いながらさらに団子を食べるデビッドを見て、やっと一同は笑い声を上げた。
デビッドも一緒になって笑い声を上げながら、心の中でそっと呟いた。
(「皆で楽しく食事をするのが、一番だな」)