●リプレイ本文
●対峙する十六人の兵
傭兵達が村の中央広場に到着すると、雷光と共に八卦衆が姿を現した。
激しい稲光に眼が眩んだ一瞬で音も無く現れるその業は、幾度も修羅場を体験してきた傭兵でも驚きを隠せない。
傭兵達は即座に武器を構えて臨戦態勢を整えたが、八卦衆は腕を組んだまま微動だにしなかった。
「良くぞ参られた。武士(もののふ)達よ」
八卦衆の内の誰かが歓迎の旨を伝える。
しかし外見上はほぼ同一人物のように見える彼等では、誰が口を開いたのか確認出来ない。
特に頭部に黒頭巾を被り、口元を長く尾を引いた布で覆い隠しているとなれば尚更である。
「既に承知かも知れぬが、名乗らせて頂く。
某(それがし)等は影に生き、人の闇を討つ者。名を八卦衆と申す。
主(あるじ)の命に従い、貴殿等をここで討たせて頂く」
正面に武装した傭兵達がいるにも関わらず、八卦衆は平然と名乗りを挙げた。
それが彼等の流儀であり、決して欠かす事のない礼儀である。
「娘御の心配ならば不要。一切手出しはしていないと誓う。
この先に在る民家で眠っている。が、会う事が出来るのは某等を倒した者のみ」
身代わりとなった少女の姿が見えない事に不安を覚える傭兵達を見抜いたような口調だった。
そしてその安否を確かめたいならば闘え、と強要している。
易々とは信じられないが、今は戦闘に集中すべきだという考えで傭兵達は一致した。
「これ以上の言葉は不要。いざ、参る──」
「「!?」」
腕を解き、構えたと思った次の瞬間には傭兵達の前に八卦衆が居た。
それが能力者達で言う所の『瞬天速』だと気付いた時には、既に別々の方向へ傭兵達の体が飛ばされていた。
数秒の間に全員が分離、そして八卦衆の追跡が終了し、中央広場にはブレイズ・S・イーグル(
ga7498)と八卦衆の一人のみが残される。
ブレイズは相手の想像以上の実力に無性に楽しくなるのを感じながら、ボロマントを脱ぎ捨ててコンユンクシオを構えた。
「選べ‥‥道をあけるか、くたばるか」
言い終わる前に彼の瞳が金色に変化し、全身から黒い『歪み』が漂い始める。
その問いを受けた八卦衆の一人は、腰に携えた日本刀の柄を掴んで戦闘意欲を態度で示した。
「某の名は乾(ケン)。道を通りたければ、某を倒してみよ」
●鋼鉄の腕と剣士
「某の名は坤(コン)。貴君の名を問うても良いか?」
拳を作らずに手を開けたまま構え、坤は対決相手に選んだ少女に尋ねた。
少女はしばらく無言で考えた後、「悠だ」と短く答えた。
「悠殿か。承知した。
では、勝負だ。悠殿」
坤の体がゆらりと動いた瞬間、時枝・悠(
ga8810)は月詠を盾代わりに使い、装備していた小銃を後方に投棄した。
刹那、坤の掌底が月詠に叩き付けられ、悠はその衝撃を抑えられずに数歩後退する。
尋常ならざる腕の痺れを覚えながら、悠は副兵装をキアルクローに素早く変更した。
間を置かずに坤の体が彼女に迫り、再び攻撃を加えようとする。
悠はそれを月詠の薙ぎ払いで迎えるが、坤は悠が反撃する事を見抜き、一瞬だけ動きを停止させて紙一重の間合いで回避した。
しかし悠の狙いは坤のその動きであり、停止したその僅かな隙を狙って流し斬りを発動させる。
坤が驚きに僅かに表情を崩しているのを横目で見ながら、悠は坤の右側面から月詠を上段から振り下ろした。
悠の虚を突いた一撃は効果的であり、坤に負傷を与えるには充分なはずだった。
だが彼女の刃は坤に届く事はなく、額の上で人差し指と中指によって固定され、押す事も引く事も叶わなかった。
ならば、と悠がキアルクローを正拳突きのような動作で坤の腹部に打ち込む。
坤はそれを視認すると刀を放し、後方に大きく跳躍する事で二度目の攻撃も回避して見せた。
「素晴らしい判断能力と適応性だ。
だが、今の正拳突きは修正せねばなるまい」
離れていたはずの坤の体が、瞬きほどの間に眼前まで迫る。
しかも今度は腰を深く落とし、右上半身を少し後ろに引いた構えで。
「──これが、『真拳突き』だ」
雨音も風の音も全て掻き消え、坤のその言葉だけが彼女の耳に聞こえた。
まず彼女を襲ったのは、まるで背後に重力場が発生したような吸引力。
次に、腹部から全身に伝わっていく衝撃の波紋。
最後に、衝突した威力で折れた巨木との接触面から伝わる激痛。
とても立ってなどいられず、彼女は木の根元で跪いて必死に意識が消えそうになるのを我慢した。
代わりに彼女が吐き出したのは、胃液と少量の血液。
泣きたくもないのに涙が溢れ、立ち上がりたいのに足は痙攣するばかりで力が入らない。
世界が歪み、彼女は苦痛に悶え苦しんだ。
それでも次第に痛みよりも状況を理解し始めたのは、彼女が無意識に活性化を発動させていたからかもしれない。
再び胃液を吐き出しながら、涙を手の甲で拭って坤に視線を向ける悠。
坤は彼女の惨めな姿を腕を組んで静かに見下ろしていた。
その状況を第三者の視点から理解した時、悠は屈辱に怒りを覚え、戦意でその場に立ち上がってみせた。
相変わらず足の震えは止まらず、月詠を杖のように地面に突き刺していなければまたすぐに倒れそうになる。
それでも悠は立ち続け、キアルクローを構えて坤と対立した。
「‥‥尚も立つか。その心意気や良し。
ならばせめて、次の一撃で決めるが某の情け」
坤は悠長な腕組みを止めて、再び戦闘の構えを取る。
悠は坤の言葉を聞いていたが、その意味を全く理解していなかった。
無意識ではなく、故意で坤の言葉を脳内で抹消していた。
次が最後だとか、自分がどれだけやられているかとか、彼女には全く興味がなかった。
目の前の敵を倒す。それが彼女の目的だった。
悠の焦点がやっと自身に合わさった事を確かめると、坤は再び目にも留まらぬ速さで行動を開始した。
そして悠はそれを『感じる』と、再び流し斬りを発動させる。
坤の素早い動作も相乗し、悠の体が移動を終えた時には彼の背後に彼女の姿が存在した。
無論、坤はそれを認識しているため、すぐに反転して月詠の刃の行方を探る。
悠の月詠は再び縦に振り下ろされ、坤はそれを片手で受け止めようとする。
しかし視界の隅で何かが動いたのを知り、坤は慌ててもう一方の手でそれを止めようとした。
彼が掴んだものは、悠のもう一方の腕──キアルクローを装備した腕だった。
月詠による致命傷を警戒していた彼は、悠の月詠を再び二本の指で受け止める事に成功した。
だが二段撃によって同時に放たれた彼女のキアルクローまでには完全に気が回らず、その爪先が彼の腹部に突き刺さっていた。
不幸中の幸いと呼ぶべきか、彼の手は悠の二の腕を掴んでおり、爪全体が彼の腹部に挿入される事態は回避する事が出来た。
坤は怪力によって月詠を跳ね除け、悠の爪を腹部から抜き出すと、彼女の胸目掛けて強烈な蹴りを放った。
回復の兆しがやっと見えた中で戦闘を続行した彼女の体はそれを回避する事など微塵も考えず、素直に受け止めて後方に飛ばされた。
ごろごろと地面の上を何度も転がり、数メートルほど移動した所でやっと停止する。
悠が地面に倒れたまま全く動かない様子を見守った後、坤は自身の傷を確認して無意識に呟いた。
「見事だ」
●連なる二刀と音楽士
両手に刀を持つ利点は何か。
ヴァシュカ(
ga7064)は嫌というほどそれを理解していた。
多人数を相手にする時は守りと攻めを瞬時に切り替えるため、一人を相手にする時は反撃する隙を与えないため。
つまり、圧倒的な手数の増加。
一発一発の威力はさほど大きくないが、それを何十と叩き込まれればかなりの負傷となる。
現に彼女はエンジェルシールドを使用しながら、半分近くの生命力を失っていた。
しかし、彼女もただやられているだけではない。
二刀の攻撃を必死に防ぎながら、二発の影撃ちを命中させる事にした。
一発は右脛を掠り、二発目は左足の甲を貫いた。
負傷具合としては五分に見えるが、実際にはヴァシュカの方が大きく消耗していた。
まるで彼女の癖を見抜くように不意に攻撃のリズムを崩し、常に盾の脇から攻撃を仕掛けようとする巽(ソン)。
ちなみに当たったのは二発だが、実際に彼女が放った影撃ちは三発だった。
三発目を撃った時は巽の咄嗟の機転により回避され、逆に彼女が負傷を負った。
おかげで残された練力は少なく、影撃ちをあと一度回避されれば彼女に反撃の機会は永久に訪れない。
(「‥‥次で倒す」)
彼女がそう考えるのは当然とも言えた。
一方の巽も、彼女と全く同じ事を考えていた。
ヴァシュカには悟られないようにしているが、二刀の連続攻撃を長時間続ける事は自殺行為に等しい。
今はまだ手数の多さに助けられているが、いずれ動きが鈍れば倒されてしまうかもしれないと彼は怯えていた。
二刀の欠点、それは使用者の体力に極度の負担を与える事にあった。
故に彼は今まで標的を短期決戦で葬り、決して戦闘が長期化しないように心掛けていた。
だが、ヴァシュカの徹底防戦は人知れず彼を苦しめ、予想以上の疲労を蓄積させていたのだ。
静かに息を整え、眼前の敵を見据える巽。
ヴァシュカも盾を握る手に再び力を入れ直し、最後の勝負に臨もうとしていた。
雨粒が木の葉に当たり、枯れ掛けていたそれは枝から落ちて地面へと向かう。
そこへ突然風が吹いてきて、二人の間で木の葉は奇妙な舞いを踊り、地面へ急降下した。
刹那、巽が走り出し、ヴァシュカも行動を再開する。
戦闘の激化に感化されたように、空が閃光を放って二人を照らした。
光に遅れて轟音が響いた時、一方の影が地面に倒れた。
もう一方の影は静かに武器をしまい、倒れた影を黙って見下ろす。
勝利したのは、巽だった。
彼はそれまで一度も使わなかった相手の背後に回り込む芸当を突然披露し、彼女の虚を突いた。
切り札に温存していたのではなく、彼は最後までこの技を使うつもりはなかったのだ。
だからなのか、彼は気絶したヴァシュカに向けて一言「御免」と言うと、その場を去った。
●水の流れと少女
戦闘開始前、美海(
ga7630)は持参した国士無双を持ち上げながら、仲間にこんな事を言っていた。
「こここれだけでかければ、忍者なんか一刀両断なのであります‥‥。おもっ‥‥」
彼女の身長は百八センチ。対する国士無双は三メートルの巨刀。
覚醒を行えば自在に振れない訳ではないが、素早い連続攻撃は不可能に近い。
彼女はこの直刀による一撃粉砕を狙っていたのだが、その考えが仇となった。
時に穏やかな波のように。時に嵐の激流のように。
自在に動きを変化させる薙刀使いの坎(カン)は、彼女の最大の敵となった。
たまに攻撃の隙を見せたかと思えば、彼と刀の間に薙刀が割り込んで防御され、そのまま反撃を食らう。
おまけに坎は早々に実力の差を見切り、明らかに美海をまともに相手していなかった。
「貴君では到底某の相手は務まらぬ」
戦闘を開始して十分が経過した頃、彼が美海に言い放った台詞である。
勿論そんな事を言われて黙っていられるほど美海は大人ではなく、前言撤回させようと躍起になって攻撃を仕掛ける。
すると坎は迫り来る国士無双の刃を薙刀を斜めに構える事で受け流し、勢い付いた美海の足を払って転ばせた。
今まではそれで終わっていた。
それ以上坎は追撃せず、再び美海が攻撃を仕掛けて来るのを待った。
だが、彼もそろそろ変化のない戦闘に嫌気が差し、早々に切り上げる事を望み始めていた。
その考えが、彼にとどめとして大振りの攻撃を行わせた理由だった。
それまで国士無双に振り回されていただけの美海は、ずっとその機会を待ち望んでいた。
素早く起き上がり、直刀の柄を両手で握り締めて弾丸のように跳躍する。
攻撃をかわされて隙が生じていた坎は、彼女の今までにない動きに戸惑いを見せていた。
(「──いける!」)
美海はそう信じて疑わなかった。
しかし、坎は冷静に瞳を細めると、僅かに身を逸らして彼女の渾身の一撃をいとも簡単に避けてみせた。
更に刀身を薙刀と自身の体で挟むと、攻撃時の舞を行って美海ごと国士無双を体の周囲で振り回し始める。
「あわわわわっ!?」
美海が驚いていると突然拘束が解かれ、凄まじい勢いで国士無双と共に彼女の体が飛んでいく。
坎は通り過ぎ際に彼女の胴体に薙刀の柄を叩き込み、最後の追撃を終えた。
美海が着地した時には既に意識はなく、国士無双は彼女の傍らで深々と地面に突き刺さったまま動く事はなかった。
「修行して出直して参れ」
坎はそれだけ言い残すと、早々に姿を消していた。
●破壊の大刀と竜騎士
「本調子じゃないっていうのにさ〜。正々堂々やって欲しいわね!」
「貴君がそれを申すとは、片腹痛い!」
狐月 銀子(
gb2552)と離(リ)の戦いは熾烈を極めていると言っても過言ではなかった。
銀子はAU−KVの機動性を活かして、離の周囲を高速を旋回しながらエネルギーガンを連射。
離はそれを大太刀の分厚い刀身で防ぎながら、障害物諸共銀子を叩き斬ろうとする。
離の扱う身の丈以上はある大太刀は、大雑把な外見で鉄板のような印象を受けるが、実は洗練された業物である事が銀子には窺えた。
障害物を間に挟みながらも威力の落ちる事のない離の豪快な薙ぎ払いが、彼女のAU−KVを数箇所削っている事がその証明である。
幸いにも損傷の深い部分はなかったが、一撃でもまともに喰らえば文字通り粉砕されてしまうのは目に見えていた。
(「‥‥そろそろ『アレ』をやろうかな」)
一進一退の攻防を繰り返しながら、銀子は決着の機会を探っていた。
そしてついに、彼女の待ち望んだ時が訪れる。
「見切ったり!」
「!?」
エネルギーガンを連射しながら移動を繰り返していたある時、ついに離が彼女の動きを捉えた。
離は大太刀の薙ぎ払いを途中で中断して勢いを殺すと、逃げる銀子の背中に思い切り棟を打ち込んだ。
巨大な刀身は遠心力を加えて強烈な鈍撃を放ち、銀子のAU−KVの背中部分を破壊した。
銀子は脊髄に響く激痛と衝撃に耐えることが出来ず、かつては民家だった瓦礫の山に衝突するまで横転し続けた。
銀子はその攻撃で、背中の骨にヒビが入った事を直感した。
幸いにも下半身不随という事態は避けられたが、咳が止まらず、立ち上がる事もままならない。
仕方なく銀子はエネルギーガンを杖のように使用して立ち上がり、不恰好ながら姿勢を安定させようとした。
彼女がゆっくりと瓦礫の山を背にして起立した時、その正面には既に腰を落として大太刀を構えた離の姿があった。
今度は刃の部分で彼女の胴体を分断しようと狙いを定めている。
銀子はエネルギーガンを両手で持ち上げ、止まない背中の痛みを根性で緩和させた。
刹那、離が大太刀を持ちながら信じられない素早さで彼女との間合いを詰めようとする。
それを見た銀子は一瞬遅れて竜の翼を発動させ、離の眼前まで迫った。
驚く離に笑みを見せて、銀子は離の足を狙った竜の咆哮を放つ。
離は超人的な判断能力でそれを大太刀の刀身で防御する事には成功したが、体勢が不十分であり、後方に弾き飛ばされてしまった。
だが、銀子の攻撃はここから開始される。
再び竜の翼を発動させて宙に浮いた離に追いつくと、腹部にエネルギーガンの銃口を密着させ、竜の角を乗せた最高威力の一撃を放った。
「狐は人を化かしてなんぼなのよ!」
離はこれをまともに喰らい、受けた衝撃の影響でさらに空中に打ち上げられた。
更に追撃を行えば、もしかすると離を倒せたかもしれない。
しかしこの時既に、銀子にも、AU−KVにも限界が来ていた。
練力を全て失った銀子はそれ以上AU−KVを動作させる事が出来ず、背面の破損で活動限界を迎えていたAU−KVが自動的に装着形態を解除する。
一方空中を漂っていた離の体は地面に激突寸前で体勢を立て直し、足から着地して二次被害を回避した。
腹部を抑えて苦しそうに呻きながらも、離の戦意が失われていない事は瞳を見れば明白だった。
その目を確認すると、銀子は降参と言わんばかりの身振りをした後、
「もう手は無いわ。でもあたしの勝ちじゃない?
あたしの仕事は彼女を探す事、君を倒す事じゃないしね」
と、言ってのけた。
離は唖然と銀子を見つめたまましばし無言だったが、急に笑い声を上げ始め、
「喰えぬ女狐よ!」
と最後に残し、閃光と煙幕と共に雨の中へと消えていった。
●妖魔の鎌と銃撃手
八卦衆の被害を逃れた民家の中で、蒼河 拓人(
gb2873)は荒い呼吸を繰り返していた。
彼の全身には裂傷が数箇所存在し、いずれからも血液が流れ出て止まっていない。
彼は相手──艮(ゴン)に対して恐怖感を覚えていた。
物陰に身を隠しながら銃撃を行う彼の戦闘スタイルに対して、艮の双極鎖鎌は最悪の相性だった。
まるでこちらの位置を把握しているように鎖鎌が湾曲し、背後から、あるいは側面から、彼の体を切り刻む。
しかも飛び出せば正面から鎌の投擲を喰らい、彼の動きはほぼ封じられていた。
(「このまま何も出来ないまま終わる?」)
不意にそう考えた自分が可笑しくなって、彼は戦闘中にも構わず笑みを浮かべた。
拓人は最終手段と考えていた攻撃方法を今実行する事を決断すると、最後の弾丸装填を終えた。
「既に承知しておろう? 某に銃など無意味。弾丸の無駄である、と」
鎖鎌の片方を振り回しながら、艮は壁の向こうに隠れている拓人に諭すように語り掛けた。
艮の言葉通り、正面から発砲した拓人の弾丸は鎖鎌に弾かれるか、微小な動きで全て回避されていた。
拓人はその事実が悔しくて認めたくなかったが、目を背けてはいけないと自分に言い聞かせて現実を受け入れた。
(「相手は弾丸を簡単に避ける怪物だ。ならば、避けられないような状況を作ってやればいい」)
拓人は持参していた閃光手榴弾のピンを抜くと、隠密行動を発動させながら物陰から飛び出した。
同時に番天印を連射し、艮に攻撃する隙を与えない。
おかげで最後まで反撃される事はなかったが、銃弾は一発足りとも艮に命中しなかった。
ならば、と拓人はピンを予め抜いていた閃光手榴弾を投擲し、素早く最寄の物陰に身を潜める。
艮は投げられた閃光手榴弾の存在に気付くと、鎖の中腹付近を両手で持ち、二本の鎌で自身を覆うように振り回し始めた。
一瞬後、閃光手榴弾が炸裂し、強烈な光が艮を包み込む。
その呻き声を確認した後、拓人は物陰から上半身だけ露出して影撃ちを行った。
しかし放たれた弾丸は鎖による防御陣によって阻まれ、視覚を一時的に失った艮はその発射音で拓人の居場所を突き止めた。
敵が接近してくる事を察知した拓人は、再び物陰から飛び出して番天印を連射した。
相変わらず正面からの攻撃はまともに受けてくれないが、拓人はそれで構わなかった。
番天印を撃ち尽くすとその場に放り、ソードブレイカーを構えながら拓人も艮に向けて走り出す。
艮はその気配を感じ取ると、片方の鎌を投げて迎撃しようとした。
しかし拓人はそれをソードブレイカーで受け止め、絡めたまま投げ返して携帯していたアラスカ454を取り出す。
視力の回復した艮は投げ返された鎖鎌に余計なものが付いている事に驚きつつ、すぐに対応してソードブレイカーを取り外した。
一瞬後、拓人のアラスカ454が艮の胴体を捉え、鋭角狙撃と影撃ちを併用した強力な一撃が放たれる。
艮はそれを一目見て回避不可能だと理解すると、鎖鎌を構えて防御体勢を整え、ある物を拓人に返却した。
拓人の銃弾が初めて艮に命中するも、その威力は半分以下にまで抑えられる。
一方の拓人は、自身の胸にソードブレイカーが刺さっている事を視認すると、ゆっくりとその場に崩れた。
今まで一番ひどい傷だが、致命傷までには至っていない様子である。
艮は人差し指と中指だけ立てて虚空に陣を描くと、何事もなかったように闇に紛れて消失した。
●操りの糸と策士
見えない、切れない、十本の糸。
兌(ダ)の操る傀儡糸は扱いが難しいだけあり、その破壊力は凄まじいものだった。
優れた武器かどうかはその汎用性が示すとはよく言ったもので、この傀儡糸の使い道は異常な多さと言えた。
瓦礫に巻きつければ投射する事ができ、柱に巻きつければ倒す事ができ、柔らかい素材ならば切り裂く事もできる。
中でも特に紫藤 文(
ga9763)を苦しめたのは、弾丸を受け止める傀儡糸の網である。
十本の強靭な糸で編まれた網は弾丸をも受け止め、兌に対する文の攻撃を全て完全に防いでしまう。
どちらもまだ有効打を決めていなかったが、文は焦燥感を覚えていた。
プレッシャーを与えて主導権を握っていたはずが、いつの間にか全て相手の手の内に存在する。
そしてそれを取り戻す事は、想像を絶する至難だと気付いた。
無論、だからといって降参を申し出るつもりはなかった。
(「遠距離が無理なら、近距離で攻めればいい‥‥!」)
文は持っていたくず鉄を適当な方向に投げて、兌の注意をそちらに向けた。
刹那、まるで生き物のように傀儡糸がくず鉄を襲い、その周りと一緒に微塵に引き裂いてしまう。
文はその光景に恐怖感を覚えながら、くず鉄とは反対方向に飛び出して一気に駆け出した。
何もせず接近すれば糸の餌食となる事は明白だったため、銃による射撃を行いながら距離を詰める文。
兌は素早く網を形成し、文の弾丸を全て防いだ。
ならば、と文は小銃を仕舞って機械剣を取り出す。
兌はその動きを見届けると、網を解除して弾丸を全て地に落とした。
文の機械剣が兌に迫るが、やはり兌は易々と攻撃を許可しない。
解かれた糸は文諸共機械剣を絡め取り、一瞬にして拘束を完了してしまった。
だが身動き出来ないにも関わらず、文は余裕の表情を崩さない。
糸に絡まれる直前で、彼は機械剣を手放し、スパークマシンに持ち替えていたからである。
次の瞬間、棒状の電圧発生装置の先端が傀儡糸に接触した状態で稼動し、激しい火花を散らす。
文の計算ならば、その影響で兌に高圧電流が流れているはずだった。
しかし兌はそんな文の考えを透視したように、非情な一言を告げる。
「残念だが、この糸は鋼鉄製に在らず。獣の体毛なり。
‥‥御免」
次の瞬間、文の体が宙を浮いたかと思うと、糸で拘束されて受身の取れぬまま地面に投げ落とされた。
その一撃は文の意識を刈り取り、彼の体により一層糸を食い込ませて皮膚を裂いた。
兌はゆっくりと傀儡糸を解いて文を見下ろすと、雨粒を一滴一滴糸で弾きながらその場を後にした。
●神速の小太刀と二本の小太刀
「貴君の太刀筋には迷いが在る」
戦闘を開始して僅か十分で震(シン)はティリア=シルフィード(
gb4903)の心中を見抜いた。
その言葉に一瞬動きを緩めるも、すぐに抗うように円閃を仕掛けるティリア。
美しい円の動きが攻撃力を高めるが、震は一瞬にしてその射程外まで後退していた。
震の扱う武器は小太刀。皮肉にも、ティリアは二刀の小太刀を扱う似たような戦闘スタイルだった。
そのせいか、裏稼業を営む家庭に生まれた彼女には、どうしても震と自分の姿が重なって見え、それが彼女の心を時折曇らせていた。
「暗殺者は暗殺者らしく‥‥人知れぬ闇の中に呑まれて果てろ‥‥っ!!」
心を蝕む思いを払い捨てるように、ティリアはチンクエディアの刃先を震に向けて声を上げた。
「言われる迄もなく。だが、覚えておけ。某は影。闇に在らず。
闇は‥‥貴君の中にあるのではないか?」
震の思わぬ反撃に、ティリアは攻撃も受けていないのに視界が霞んだ。
そしてすぐに、大きな声で否定を始める。
「違う違う違う違う!!」
「隙在り」
ティリアが気付いた時には、既に彼女のチンクエディアは遥か上空を飛翔していた。
目にも留まらぬ速さで間合いを詰めた震が、彼女の武器だけを払い除けたからである。
すぐにティリアは反撃を試みたが、ゲイルナイフをかわされ、おまけに腹部に震の掌打が入れられた。
呻き声を漏らしながら彼女は後退し、震はそれ以上追撃しなかった。
上空を舞っていたチンクエディアが、震の背後の地面に突き刺さる。
「貴君のその太刀筋、見覚えがある。確か──」
裏世界に精通するものとして、八卦衆が彼女の一族を知っているのも不思議ではなかった。
だがティリアは、震にその名を言わせる訳にはいかなかった。
ゲイルナイフを構え、苦しさを我慢して再び震と向き合う。
「振るうのは同じ暗殺剣かもしれない‥‥でも、ボクは、お前たちとは違うっ!」
それが、ティリアの精一杯の否定だった。
震は瞳を細めてティリアの表情を見据えた後、初めて小太刀を逆手に持つ構えを披露した。
「笑止。貴君と某の剣では、格が違う」
震の明らかな挑発。だが、平静を乱したティリアには効果があった。
ティリアは怒りに身を任せてゲイルナイフを振るい、震はそれを小太刀の流れに乗せて受け流す。
踏み込んだティリアの腹部へ、先ほど放った一撃よりも強力な掌底を震は叩き込んだ。
同部位に放たれた拳は彼女の視界を歪ませ、意識を削ぎ落とす。
気絶する直前に、ティリアは震の声を聞いたような気がした。
「‥‥強くなれ」
●見えぬ居合いと破壊の剣
「ファフ‥ナァ‥ブレェーイ!」
ブレイズが雄叫びと共に、豪破斬撃による突き、上段からの振り下ろし、紅蓮衝撃と豪破斬撃を併用した下段からの切り上げを連続で行う。
初撃を後ろに跳んで避けた乾は、二撃目を居合い斬りによって相殺し、三撃目に動きを合わせるように後方宙返りをして回避した。
だが乾は着地の際に僅かに装束が破れている事を知り、最後の攻撃をかわしきれていない事に気付く。
「チッ‥‥この野郎、小夜子と同等‥‥或いはそれ以上か」
一瞬で練力を大量に消費したブレイズに対して、乾は呼吸を乱してすらいなかった。
だが余裕という訳ではなく、その両目からは一瞬足りとも油断が窺えない。
(「しょうがねぇ、『アレ』をやるか‥‥」)
頭を掻いて面倒臭そうな表情を浮かべた後、ブレイズはコンユンクシオを地面と平行に構えて腰を落とした。
その動作が何を意味するかよく知る乾が、やや嬉しそうな声を漏らす。
「ほう。貴殿もその業が使えるか」
乾も同じように腰を落とし、鞘に納まった状態の日本刀の柄を掴んだ。
二人のその構えこそが、日本で誕生したと言われる有名な刀を使用した武術──『居合い』である。
抜刀術と呼ばれる事も在るが、居合いは鞘に収めずとも使用する事ができ、一説では全くの別物と扱われている。
雨音のみが響く中央広場で、二人の睨み合いが続いた。
いつまでも静止しているように思われた二人だが、合図もなく唐突に終幕する。
「‥‥破の秘剣、火産霊神!」
「奥義、『水流(みずながれ)』‥‥!」
互いに一瞬にして距離を詰め、同時に刀を払って一撃を決めた。
刀を振り切った姿勢のまま、再び微動だにしなくなる二名。
先に動いたのは、乾だった。
「ぐ、見事なり‥‥!」
逆袈裟に斬られたの傷口から大量の血液が溢れ出し、その場に跪く乾。
ブレイズの一撃にはソニックブームと紅蓮衝撃が付加されていたため、当然の負傷具合と言えた。
しかし決定打を決めたはずのブレイズは浮かない顔もまま、ゆっくりとコンユンクシオを下そうとして、傍らに落としてしまった。
ブレイズはそれを拾おうともせず、そのまま後ろに倒れて仰向けになる。
しばらくすると、ブレイズの背中から乾と同じく大量の血液が泥水に混じって流れ始めた。
「相打ち‥‥いや、俺の負けか」
出血量は同程度だが、ブレイズは起き上がる事も叶わないと知り、敗北を認めた。
だが、乾はそれを否定した。
「否。貴殿の勝利だ。
某に本気を出させた。それだけで充分だ」
予想外の一言に、ブレイズは頭だけ起こして乾を睨みつける。
「てめぇ‥‥!?」
「最初から、貴殿等を倒すつもり等なかった。
全ては戯言(たわごと)。貴殿等を誘き出すための、な」
乾は傷口に手を当てながら、ゆっくりと立ち上がった。
「何故だ‥‥?」
ブレイズの問いに一度は何か答えようとするが、すぐに苦笑して乾は口を噤んだ。
「某は影。語る口を持たず」
その言葉を最後に、乾は雨の中へとゆっくり姿を消していった。
●少女の瞳に魅せられて
傭兵達が意識を取り戻した時、そこは見知らぬ民家のベッドの上だった。
驚いて起き上がろうとするが、傷が痛んで上半身を起こす事すらままならない。
苦痛に声を漏らしていると、部屋の扉を開けて一人の少女が入ってきた。
少女は無言で傭兵達の傷の手当てをし、もうすぐ本部の救命艇がやって来ることを手振りで教える。
傭兵の一人が、少女に尋ねた。
「君が、身代わりになった女の子?」
少女は無言で頷き、肯定した。
「何故? 何故身代わりに‥‥?」
残念ながら、傭兵の問いに少女は言葉で答えられなかった。
両親を亡くして以来、少女は喋れなかったのだ。
その代わり、少女は覗き込むようにその瞳を傭兵に近付けた。
その眼に満ちていたものは、『慈愛』。
苛烈な環境で育ったからこそ、少女が手に入れた力だった。
傭兵達はまるで魅せられたかのように、その透き通った美しい瞳をいつまでも見つめ続けた。